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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
336/745

15.16 ドワーフ救出作戦 中編

 アルマン王国の都市オールズリッジの地下には、秘密の工場があった。オールズリッジの港の北には軍の造船所が存在する。その造船所の地下に、ドワーフの職人やベーリンゲン帝国から来た魔道具技師の働く極秘の施設があったのだ。

 地下工場には大きな作業場が複数あり、更に資材置き場や魔道具技師の暮らす部屋、ドワーフ達を幽閉するための部屋などもある大規模なものだ。大型弩砲(バリスタ)などドワーフ達が造る武器や帝国の技術を用いた数々の魔道具を生産するためだろう、地下にしてはかなり広い施設である。

 もっとも、地下だけあって室内は狭苦しい。シノブ達がいる武器製造用の作業場も、組み立て中の大型弩砲(バリスタ)や旋盤などの大型の工作器具で埋まっており、空いた場所など殆ど存在しなかった。そのためアミィは、魔法の家を展開する前に、それらを撤去していた。


 展開した魔法の家は、およそ10m四方の面積の平屋の小さな家となる。ただし、それはあくまで外見上のことであり、内部はその何倍も広い。入るとすぐにあるのは外から見た面積の倍ほどもある石畳の広間で、その奥に本当の住居部が存在する。おそらく、内部の全てを合わせると本来の六倍近い広さだろう。

 この大幅な内部拡張に加え、カード状にしての収納や呼び寄せ機能まである。これらは地上の魔道具では実現できないものだ。正に、神具というべき品である。

 もっとも、その扱いには多少の注意が必要だ。使用するには、魔法の家が納まるだけの平らな場所と、屋根が衝突しないだけの高さが必要である。これらが満たされていないと、魔法の家は展開できないし、当然呼び寄せも出来ない。


 そこで今回は、先に展開できるか確かめた上で、シェロノワで待機している者達を連れて来ることになっていた。

 まず、場所を作ったアミィがシェロノワのアルノー・ラヴランに通信筒で連絡をする。そして彼が魔法の家を呼び寄せ、ジェレミー・ラシュレーや部下達と共に魔法の家に入る。そして、再度アミィが魔法の家を呼び寄せるわけだ。

 既にこれらは終わり、地下工場の内部にはアルノー達が散っている。彼らは、囚われていたドワーフの職人や地下施設を警備していた兵士達を、作業場へと運んでいる最中だ。


「兵士達は縛っておけ!」


「ドワーフ達が先だ!」


 指揮官であるアルノーとラシュレーの命令で動くのは、フライユ伯爵領軍の兵士達だ。

 ドワーフや警備兵はシノブの催眠魔術で眠ったままだ。そして『隷属の首輪』を外されたドワーフ達は、当分目を覚まさないだろう。それに『隷属の首輪』を外した直後は衰弱が激しい。そのためドワーフ達は動くことも難しい筈だ。

 しかし、警備兵達は違う。万一催眠の魔術の効果が切れると、彼らは暴れるかもしれないし、ドワーフ達を害するかもしれない。そこでアルノーは、念のために縄を掛けることにしたようだ。


「了解しました! おい、全員に縄を掛けろ! それから一(まと)めにしておけ」


 アルノー配下の隊長が、自身の部下に指示をする。彼は、個々に縛った上で更に一つに束ねるつもりのようだ。

 警備兵は全部で十名だ。そのため全員の手足を一々縛るよりも、一塊にした方が楽だと思ったのであろうか。確かに、それなら一人二人が起きたとしても、残りが足枷となって動けないだろう。


「はっ!」


 隊員達は、上官の指示通りに動き出す。こちらも十名であり、それぞれが警備兵を拘束すると、更に全員を集めて縛り上げる。そして彼らは、縛った警備兵達を魔法の家の左側に寄せた。


「ドワーフ達は、これで全員だ!」


「魔道具も、とりあえずは押さえました!」


 そこに、シノブとアミィが戻ってくる。ドワーフ達の魔力を判別できるシノブが解放を指揮し、魔法のカバンを持つアミィは隣接する作業場で魔道具を回収していたのだ。

 シノブの背後には、十数名の兵士がドワーフの男を担いで続いている。ドワーフ達は、先に運び込んだ者達と合わせて二十五名だ。つまり、これで救出対象の全てを確保したわけである。


「陰謀を探る手掛かりとなるものは少ないですが……工場ですから仕方ないですかな」


 アルバーノは、少々残念そうである。彼は、部下と共に地下施設の各所を回っていた。こちらは収納の魔道具が無いため、大きな袋を担いでいる。


「今回の目的はドワーフ達の救助だから、それさえ達成できれば良いよ」


 シノブは、抜き放っていた光の大剣を背負った鞘に収めながら、アルバーノに答えた。今の彼は、他の二つの神具、光の首飾りと光の盾も身に着けた完全武装というべき姿だ。


「そうですな……後は、イヴァール殿達ですか」


 部下に袋を手渡したアルバーノは、苦笑しつつシノブの言葉に答えた。そして彼は、作業場の入り口へと振り返る。


 イヴァールはホリィとミリィを連れ、魔道具技師達のところに向かった。ホリィ達が事前に行った偵察で、魔道具技師の居場所は判明している。そこでシノブは、その一帯だけ催眠魔術の行使範囲から除外した。魔道具技師に一芝居打ち、情報を引き出すためだ。

 帝国の神を信奉する者達に尋問をしても、情報を引き出すことは難しい。彼らは他国に情報を漏らすくらいなら死を選ぶことすらある。しかし咄嗟(とっさ)のことであれば、彼らも気が緩むかもしれない。そこでドワーフの少女に変じたホリィとミリィが、父親役のイヴァールと親子の再会を演じることとなったのだ。


「上手く行くと良いけど……あっ、イヴァール達の魔力が!」


「……はい、こっちに向かっています!」


 作業場の入り口へと視線を向けていたシノブだが、接近してくる三人の魔力を感知し顔を綻ばせた。そして僅かに遅れてアミィも気が付いたようで、シノブに微笑む。

 イヴァールの魔力の側には、十人程の人族の魔力も存在する。おそらく、無事に魔道具技師達を捕らえたのだろう。そう思ったシノブは、笑顔のまま入り口を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブよ! カルウィッチだ、ベイリアルの西だ!」


 通路から飛び込んできたイヴァールは、満面の笑みと共にシノブ達へと叫ぶ。彼は縄で縛った十名の魔道具技師を担いでいるが、その重さなど全く気にならないらしく軽やかな足取りで駆け寄ってくる。


「シノブ様、そこにドワーフ達の家族がいます!」


「マリィに教えてあげて下さい~」


 ドワーフの少女に変じたままのホリィとミリィは、一直線にシノブとアミィに向かってくる。金鵄(きんし)族である彼女達の本当の姿は、青い鷹だ。しかしホリィ達は人間の姿が気に入ったのか、この方がシノブやアミィ以外と話しやすいためか、暫くこのままでいるつもりのようだ。


「わかった! ベイリアルの西のカルウィッチだね!」


 早速シノブは、心の声でマリィに伝える。ベイリアルを探っているのは、マリィだからだ。

 金鵄(きんし)族のマリィとバージを始めとする四頭の光翔虎の成獣は、ドワーフ達の家族を探すため、アルマン王国の北部に散っている。それぞれ、ドワーフ達を乗せた船が寄港したと思われる都市を一つずつ受け持っているのだ。


「お願いします! 私達では届きませんから!」


「ここから300km近いですからね~。順々に伝えていくことは出来ますけど~」


 ホリィとミリィは、シノブを見上げながら答える。二人の身長はアミィよりも更に頭一つ近く低い。元々ドワーフの女性は小柄だが、彼女達の背丈なら十歳を多少下回るくらいだろうか。


「アミィよ、カルウィッチというのはベイリアルから近いのか?」


 イヴァールは、担いでいた魔道具技師達を魔法の家の右脇に無造作に降ろすと、アミィに問いかける。彼は、仲間の居場所が気になるようだ。


「ええ、内陸に10km程ですよ! マリィが全力で飛べば、一分と掛かりません!」


「ああ、もうすぐ着くらしい。バージとパーフはこのまま中継役として残るけど、ダージとシューフはマリィを手伝いに行くって」


 笑顔のアミィに続いて、シノブもイヴァールに答える。

 現在、一番近くのラルナヴォンを担当しているのは光翔虎のパーフで、その北のドォルテアが彼女の(つがい)であるバージだ。マリィ達からの返答は、この二頭を介して届いたのだ。

 バージとパーフは、中継のため暫く今いる場に残るという。なお、残りの二頭ダージとシューフはベイリアルより北を担当していたため、こちらはマリィに合流するそうだ。


「そうか! なら今晩中に!」


「ああ……何か来る! 普通とは違う魔力だ!」


 シノブは笑顔でイヴァールに応じた。しかし彼は、途中で表情を引き締め入り口へと視線を向ける。


「私にはわかりませんが……」


「まさか、あのときの~?」


 怪訝な表情のホリィに、小首を傾げたミリィが応じる。

 そしてアミィは、背後に積まれた魔道具技師と警備兵に視線を向けた。魔法の家の前には、向かって右手に魔道具技師、左手に警備兵が固まっている。それぞれ十名ずつが個別に縄に縛られ、更に一塊に(まと)められている。


「グレゴマンか?」


 シノブの呟きに、アルノー達も険しい表情となる。グレゴマンとは、帝国の残党の首魁と思われる人物で、ホリィをも苦しめた魔術の使い手だ。彼らが警戒するのも当然だろう。


「ドワーフ達の確認を急げ!」


 ラシュレーとアルバーノ達が剣を抜いて入り口に向き直る中、アルノーは部下達を急かしていた。

 ドワーフ達は半数以上を魔法の家に運び込んだが、まだ十人程がその場に残ったままだ。これは、魔法の家に入れる前に、念のため身体検査をしているからだ。

 最初の隠し港で、グレゴマンはドワーフ達を囮にした罠を仕掛けていた。そのためシノブ達は、貴重な魔法の家に入れる前に、最低限の検査を行うことにしたのだ。


「帝国の元公爵か……ちょうど良い。アミィ、戦斧と戦棍(メイス)を頼む」


 イヴァールは、アミィへと手を伸ばす。

 ドワーフの職人を装うため、イヴァールは革服しか身に着けていなかった。そのため彼は、武器など持っていない。そして、彼の愛用の戦斧と戦棍(メイス)は、アミィが持つ魔法のカバンに仕舞われている。

 しかし、アミィはイヴァールに応じず魔法の家の方に向いたままだ。彼女は、イヴァールの言葉が聞こえていないかのように立ち尽くしている。


「おい、アミィ!?」


「すみません! はい、どうぞ!」


 何かを案じているかのようなアミィだったが、再度のイヴァールの催促には応じ、魔法のカバンから巨大な戦斧と戦棍(メイス)を取り出した。


「まずは俺が相手する。アミィ、イヴァール、それにホリィとミリィは付いてきて。それから後ろに魔力障壁を張る……」


 アミィ達を連れたシノブは、入り口に向かって進みながら自身の背後に魔力障壁を展開した。

 グレゴマンや配下の竜人だとしたら、普通の者では対抗できない。何しろ、彼らが放った火球はホリィですら苦戦した。そこでシノブは、アミィとイヴァール、そしてホリィとミリィだけを伴い、他は障壁の後ろに残したのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブが魔力障壁を張り終えるのと同時に、入り口からローブを着た男達が入ってきた。

 作業場に入ってきた者の大半は、男女の区別も付かなかった。何故(なぜ)なら一人を除いてフード付きのローブを(まと)っていたからだ。

 入室した二十数名の中で顔を晒しているのは先頭の若い男だけである。彼だけはフードを下ろしているが、残りは目元以外を隠しており、しかも下に甲冑でも着込んでいるように着膨れしている。おそらく彼らは、魔道具の鎧を着た竜人達なのだろう。


「君がシノブだね?」


 先頭にいた黒の短髪と茶色の瞳の若者は、シノブを真っ直ぐに見据えていた。まだ二十歳(はたち)前の若い男だが、どこか威厳に満ちた態度と声音(こわね)である。そのためだろう、配下らしき者を率いて立つ姿は、とても自然に感じる。


 一方のシノブ達は、問いかけた男を凝視していた。手前に出たシノブ達は当然だが、ドワーフ達の体を検めていた兵士達も若者から目を離せないようで、その手を()めている。

 若者は美男子と言って良い容貌だが、どこか異質な雰囲気を放っている。彼の背後に控える顔を隠した者達も異様だが、酷薄そうな表情を浮かべた若者には更に危険な何かがあるようだ。それらが、兵士達にも感じられるのだろう。


「ああ。お前がグレゴマン……ディーンボルン公爵グリゴムールか?」


 前に進み出たシノブは、静かに問いかけた。

 シノブは、眼前の者達から殆ど魔力を感じなかった。どうも、彼らが身に着けている装備か何かが、感知を妨害しているらしい。そのため、近くに接近されるまで、気が付かなかったのだろう。

 アミィが作った透明化の魔道具は同じような魔力の隠蔽が可能だし、光翔虎の姿消しも同様だ。もちろん、これらは極めて特殊な技術や能力である。しかし帝国の神から知識を授かった者達なら、同様のことを出来ても不思議ではない。


「やはり、君達は知っていたんだね。でも、グリゴムールの名は捨てた。滅亡した国の公爵なんて、何の意味も無いからね。

ところで、君達の後ろにあるのが、転移が出来る家かな?」


 シノブに答えた若者グレゴマンは、魔法の家へと視線を向けた。

 作業場の中に出現した家など、不自然極まりない。それにシノブ達が魔法の家で転移することは、昨年末の帝国との戦い以来、知る者が多い。そのためグレゴマンは、目の前にある物が何か察したのだろう。


「お前に答える必要は無い!」


 シノブは、答えをはぐらかした。馬鹿正直に肯定する必要も無いと思ったからだ。そして彼は、無数の水弾をグレゴマン達に放つ。

 最初シノブは、相手の出方を見ようと思った。しかし、どうやらグレゴマンは雑談に紛れて何かを狙っているらしい。そう感じたシノブは、先手を取ることにしたのだ。


「くっ、障壁!」


 グレゴマンは、慌てた様子で魔力障壁を展開する。彼だけではなく、周囲の者達も同様だ。

 シノブが放った水弾は、かなりの魔術師でも防ぐことが出来ない筈だった。しかし、彼らは多少後ろに下がったものの、何とか受け止める。

 これは、シノブが手加減をしたからだ。狭い室内で更に地下だから、あまり強力な魔術を放つと作業場自体が崩壊しかねない。それに下手に火やレーザーなどを使えば、引火するかもしれない。周囲には鍛冶のための設備もあるから、彼の心配は杞憂(きゆう)とは言えないだろう。


「うおおっ!」


 シノブが放った水弾に僅かに遅れ、戦斧と戦棍(メイス)を握ったイヴァールが飛び出していく。そして彼は、グレゴマンの手前2m程の場所に己の武器を打ち下ろした。彼は、修練で磨いた魔力感知能力で、そこに魔力障壁があると察したらしい。

 イヴァールが戦斧を打ち下ろした空間から、白い輝きが散る。おそらく戦斧に通したイヴァールの魔力と、魔力障壁が干渉したのだろう。


「風魔術なら!」


「風の精霊シルフよ~! 今の私はエルフじゃなくてドワーフですけど~!」


 ホリィとミリィは、風の魔術を使ったらしい。グレゴマン達の左右に激しい風が吹き荒れる。彼女達は、それぞれ両脇のフードの者達を狙ったらしい。


「ミリィったら……」


 一人だけ手出しを控え(たたず)んだままのアミィは、(あき)れたような顔をしていた。そして、シノブも水弾を放ちつつ苦笑する。

 ミリィは風の精霊と言ったが、それは彼女の冗談の筈だ。シノブがアミィに教わった通りなら魔術の行使に当たって精霊に願う必要など無いし、そもそも精霊が存在するなどとシノブは聞いていなかった。


「くっ……予想以上だね。ところで同胞を返してくれないか? 彼らは、数少ない同郷の者達なんだ」


 シノブ達の攻撃に耐えているためだろう、グレゴマンは額に汗を浮かべ、顔を(しか)めている。

 だが、そんな苦境にも関わらず、グレゴマンはローブに包まれた左腕を静かに上げた。彼の腕は、魔法の家の左側に積まれた技師達に向けられている。どうやら、彼が言う同胞とは魔道具技師達らしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「何を! 負けそうなくせに!」


「慌てるな! ヤツに手出しは出来ん!」


 声を上げたのは、シノブの背後にいるフライユ伯爵領軍の兵士達だ。そして、ざわめく彼らを指揮官達が叱咤する。

 グレゴマンの左手には何も握られていないし、攻撃魔術を使う様子も無い。それにグレゴマン達は、シノブが張った魔力障壁から向こうには何も出来ない筈だ。

 アルノー達が静観の構えを取ったのには、それらが理由だろう。


「誰が返すか!」


「返さないと、君の同胞が死ぬよ?」


 イヴァールの地を揺るがすような叫びにも、グレゴマンは動揺しなかった。それどころか、彼は(あざけ)るような様子で眼前の怒れるドワーフに応じる。


「どういうことだ?」


「ドワーフ達に使い魔を仕込んだのさ。ほら、これだよ」


 シノブの問いに、グレゴマンの右手から何かが飛び立った。彼が嘲弄(ちょうろう)と共に放ったそれは、数匹の小さな羽虫であった。

 おそらくは蝿か何かの一種なのだろうが、かなり小さく遠目からだと判然としない。しかも、小さな虫ということもあり、外に漏れる魔力も僅かなようだ。


「魔力障壁を張って安心していたようだけど、こいつらなら隙間から向こうに行けるからね。

使い魔達は既にドワーフ達の腹の中だ。もし君達が言うことを聞かないなら、体を食い破らせる。心臓を破れば、どうなるだろうね?」


 グレゴマンは、酷薄そうな表情で自身の成したことを語る。

 シノブも、魔力障壁で作業場を完全に仕切ったわけではない。そんなことをすれば空気が遮断され、会話することも出来ないだろう。そのため、魔法の家の手前を守るように立てた障壁と左右の壁には、多少の隙間が存在した。グレゴマンの使い魔は、その隙間を通ってドワーフ達の下に辿(たど)り着いたらしい。


「ほら、早くしないとドワーフ達が死ぬよ」


「閣下!」


 グレゴマンの声に重なるように、アルノーの叫びがシノブの耳に届く。シノブが振り向くと、魔法の家の入り口近くに並べられたドワーフ達が、苦しそうな(うめ)き声を上げながら身を(よじ)っている。

 魔法の家の手前には、十人程のドワーフが並んでいる。その右手には警備兵達、左手には魔道具技師達が、それぞれ拘束されて積まれているが、彼らに異変は無い。


「くっ……」


──シノブ様、()にいる者達は返しても大丈夫です。彼らは、たぶん大した情報は持っていないでしょうから──


 苦しむドワーフ達を前にしたシノブの脳裏に、アミィの心の声が届く。意外にも、アミィの思念は僅かに微笑んでいるかのような、落ち着きさえ漂うものだ。どうも、彼女には何らかの策があるらしい。


──でも、魔道具技師は……えっ、()だって? そうか!──


 シノブは、魔道具技師は逃がしたくなかった。彼らを尋問できれば、帝国の残党の持つ魔道具がどんなものか知ることが出来る。それは、ドワーフ達を救出した後の戦いで、大いに役立つ筈だからだ。

 しかしシノブは、あることに気がついた。そしてアミィが伝えたいことを理解した彼は、苦悩の表情を保ちつつ、グレゴマンへと振り向いた。


「わかった……ドワーフ達の命には代えられない。だから……使い魔を()めてくれ」


 シノブは魔法の家を守っていた魔力障壁を解除した。そして彼は、険しい表情のままグレゴマンへと言葉を発した。


「アルバーノさん、彼らを連れてきてください!」


 シノブが重苦しい声でグレゴマンに答える中、アミィはアルバーノに声を掛ける。ドワーフ達は催眠の魔術で眠りに落ちている筈だが、その苦悶は激しい。そのため交渉を早く終えないと、命取りになると思ったのだろう。


「……え、ええ……了解しました!」


 少しばかり動揺を示したアルバーノだが、左側にいる十人の男達を担ぎ上げ走ってくる。

 長身とはいえ細身の彼が十人もの男を担げるのは、強力な身体強化(ゆえ)であり、誰にでも出来ることではない。


「賢明な判断だね。それなら、使い魔を()めようか。でも、私達が立ち去るまで使い魔はこのままにしておくよ。後ろから攻撃されては(たま)らないからね」


 グレゴマンの言葉の直後、ドワーフ達の苦鳴(くめい)()んだ。彼らは、今までのことが嘘だったかのように、静かに横たわっている。


「シノブ……済まない」


「いや、謝るのはこちらだ」


 シノブの下に戻ってきたイヴァールは、(つら)そうな顔をしていた。シノブが要求を呑んだのは、自分の同胞であるドワーフ達の命を救うためだと思ったのだろう。


「それでは、失礼する。どうも、今のままでは君達に勝てそうもないからね。もう少し力を貯めることにするよ」


 グレゴマンが語る間に、彼の配下がアルバーノから十人の男を受け取った。そしてグレゴマンの配下は、男達を(まと)めていた縄を断ち切り、それぞれの肩に担ぎ上げる。


「行くぞ!」


 そしてグレゴマンは、配下に声を掛け室外へと走り出した。配下達は、言葉を発することも無く後に続いていく。

 使い魔で動きを制したとはいえ、攻防で圧倒していたのはシノブ達だ。そのためグレゴマンは、得るものを得たら状況が変わる前に撤退しようと思ったのだろう。グレゴマン達は脱兎もかくやと言わんばかりの勢いで、後ろも振り返らずに駆け去っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「閣下、またドワーフ達が!」


 グレゴマン達が去った作業場に、アルノーの声が響いた。シノブ達が振り返ると、ドワーフ達は最前のように苦しんでいる。


「くそ! あんな奴の言葉を信じるべきではなかったのだ!」


「大丈夫だ! アルノー、ドワーフ達を押さえつけて! 光弾よ、使い魔を倒せ!」


 イヴァールの肩を押さえたシノブは、光の首飾りから十数個の光弾を呼び出した。そして砂粒のように小さくなった光弾は、ドワーフ達の口から彼らの体内に入っていく。


「グレゴマンが約束を守るなんて思ってはいないさ。だから、最初からこうするつもりだったんだ……ホリィ、ミリィ、回復魔術を!」


 シノブが魔法の家に向かって歩むうちにも、ドワーフ達は苦しみから解放されていた。どうやら、体内に侵入した光弾は、無事に使い魔を倒したようだ。


「はい!」


「ドワーフさんに癒しの光です~」


 ホリィとミリィはドワーフ達に駆け寄ると、回復魔術を使っていく。

 ドワーフ達の苦悶の様子からすると、食道か胃でも食い破られたのだろう。そこでシノブは、ホリィ達に魔術を使うように指示したのだ。

 幸い使い魔が非常に小さかったから、傷は大きくなかったらしい。そのためホリィやミリィは僅かな間ドワーフ達の胸や腹に手を当てていただけで、治療を終えていた。


「助かったのか……だが魔道具技師は……」


 イヴァールは、安らかな寝息を立てる同胞を見て安堵の声を漏らした。そして安心した彼は、残念そうな表情で魔法の家へと視線を向ける。しかし彼は、意外なものを発見することとなる。


「シノブ、あれは!?」


「そうさ。彼らが担いでいったのは、警備兵だよ。アミィが幻影魔術を使ったんだ」


 イヴァールが魔法の家の右脇に見つけたのは、魔道具技師達の姿であった。そしてシノブは、驚くイヴァールに笑顔で語り始める。

 多くの兵士達はドワーフや魔道具技師達を魔法の家に運び込む作業を再開している。しかし手の空いている者達は、シノブの話に耳を傾ける。


「アミィが魔道具技師と警備兵の姿を入れ替えたんだよ。たぶん、イヴァールに武器を渡す直前だと思うんだけど……もっとも、あのときはグレゴマンの魔力を探っていたから、俺も気が付かなかったんだけどね」


 シノブは、隣に控えていたアミィの頭を優しく撫でた。

 グレゴマンが来る直前、異様な魔力を察知したシノブの注意は、室外へと向けられていた。そのためシノブは、アミィが幻影魔術を使ったことに気が付かなかったのだ。


「その……こんなこともあろうかと思って……あのとき、幻影だけ残して彼らの側に行って、術を掛けていたのです」


 アミィは照れたのか、僅かに頬を染めている。シノブに褒められたのが嬉しいのだろう、彼女は頭上の狐耳を小刻みに動かし尻尾を大きく揺らしている。


「そういえば、技師が右で兵士が左だったな」


「敵がいたから、後ろなんて見ていなかったよ」


 兵士達が、感心した様子で(ささや)いている。

 それに対しアルバーノなど一部の者は気が付いていたのか、笑みを浮かべているだけだ。おそらくアルバーノの場合、アミィの指示を受けた時点で察したのだろう。アルノー達も、同じかもしれない。


「ですが、ここから離れたら露見するのでは? 今回は魔道具を使っていないでしょうし……」


 ラシュレーは、自身が狼の獣人に変じたときのことを思い出したようだ。

 あのときラシュレーは、アミィが与えた付け耳と付け尻尾で姿を変えた。アミィによれば、何らかの媒体があれば幻影も長持ちするらしい。そのため彼はそれらを装着したのだ。

 そして、適切な媒体が無い場合、有効時間は大幅に短くなるという。どうやらラシュレーは、王都メリエで受けたそれらの説明を思い出したようだ。


「ええ。彼らの衣服を媒体としましたが、急場ですから大して持たないでしょうね。でも強めに術を掛けたから、もう暫くは大丈夫です。お陰で、だいぶ魔力を使いましたけど……」


 ラシュレーの問いに、アミィは微笑みと共に答えた。

 アミィがラシュレーに与えたのは、魔術に適した雪魔狼の毛皮で作ったものだ。それに比べ、警備兵が着ていたのは、普通の布の服である。したがって、魔力の込め易さも大幅に違う筈だ。おそらく、アミィが攻撃に加わらなかったのは、そのためだろう。


「それじゃ、魔力を補充しなくちゃね……さあイヴァール、北に向かおう。グレゴマンより、残りのドワーフ達だ」


 シノブはアミィに魔力を注ぎながら、イヴァールに声を掛けた。

 既に、ドワーフ達は魔法の家の中に運び込まれている。それに、魔道具技師達もだ。したがって、もうここに用は無い。

 そしてシノブがグレゴマンを見逃したのは、残りのドワーフ達、カルウィッチにいるドワーフの家族達を優先したからだ。

 可能性は低いが、ここで争っている間にもドワーフの家族達がどこかに移されるかもしれない。それにドワーフを全て救出できれば、アルマン王国やグレゴマン達と遠慮なく戦える。そのためシノブは当初の目的を優先し、二兎を追うことを避けたのだ。


「おお! こうしている場合ではなかったな!」


「そうさ! 早く助けに行こう!」


 イヴァールは、威勢の良い声と共に魔法の家に駆け込んでいく。

 多少は予想外のこともあったが、ドワーフの職人達を無事に救出し、魔道具技師達という情報源も得た。そのためだろう、イヴァールの足取りは宙を駆けるかのように軽かった。


 そしてシノブとアミィも続いていく。

 二人の顔には(まぶ)しい笑みが浮かんでいた。もう少しでドワーフ達の救出が終わる。シノブは明るい予感に胸を弾ませながら、アミィと共に魔法の家に入っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年1月20日17時の更新となります。


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