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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.13 森に住む人々 後編

 創世神話には、この世界を創ったのは最高神であるアムテリアだと記されている。そして彼女は世界を今の形に整えた後に、六柱の従属神を創ったという。それは闇の神ニュテス、知恵の神サジェール、戦いの神ポヴォール、大地の神テッラ、海の女神デューネ、森の女神アルフールの六柱だ。

 アムテリアが創ったのは神々だけではない。彼女は同時に自身や従属神に仕える眷属を、更に人間を含むあらゆる生き物を創造したと伝わっている。これらの事跡は『創世記』などに(まと)められており、メリエンヌ王国を始めとする諸国の民は、それを信じている。

 もっとも既に滅亡したベーリンゲン帝国は例外で、こちらは独自に奉じていた神が世界や生き物を創り、それを乗っ取ったのが他国の信ずる神々と教えていた。しかし、それ以外の国々、今シノブが滞在しているデルフィナ共和国も『創世記』に記された内容を信じている。


 『創世記』では、人間が今のように四種族に分かれたのは、神々が人間達の願いを聞き届け、彼らにそれぞれの力を授けたからだという。当初、人間は高い知能を持つが肉体的には特別な力を持たない種族であったらしい。そして、非力な我が身を嘆いた人間達は、神々に不平を訴えたそうだ。

 幸いにして人間達の嘆願は聞き届けられた。四柱の神々が自身を信奉するなら力を授けようと名乗り出たのだ。それは、サジェール、ポヴォール、テッラ、アルフールである。

 そして、サジェールを選んだ者達が人族に、ポヴォールに惹かれた者が獣人族に、テッラを奉じた者がドワーフに、アルフールに集った者がエルフとなった。そしてアムテリアが、人間達に知恵をもって魔力を使う方法、魔術を授けた。これが『創世記』に伝わる内容だ。


 しかし、ここデルフィナ共和国には、人類の発生について少しばかり違う伝説があった。エルフには、森の女神アルフールの眷属が地に降りてエルフになったという言い伝えがあるのだ。

 とはいえ、それはあくまで伝説だと考えている者もおり、必ずしも全てのエルフが頭から信じているわけではない。シノブ達とも親しいメリーナもその一人で、彼女は伝説に疑問を感じていた。メリーナは、エルフだけが特別だというのは自分達に都合が良すぎると考えているらしい。

 だが、自分達だけが他とは違うという言葉には魅力がある。それに、他種族とは交流せずに過ごすエルフ達を(まと)めるのにも好都合だ。そのためか、エルフの長老達などは眷属が起源だと殊更に言い立てていた。


──実際のところ、その辺りってどうなの? もし良ければ教えてくれないかな?──


 シノブは、隣に座るアミィへと思念で問いかけた。シノブ達は、エルフの神事である巫女の託宣を見学することとなったのだが、今は準備が整うのを待っているところである。


 二人は、デルフィナ共和国の首都デルフィンのほぼ中央にある大神殿にいる。

 デルフィンは、他の国の都市とは違い自然を活かした造りである。そのため、シノブ達が知っている都市とは街の構造もかなり異なるのだが、中央に重要な施設があるのは同じであった。大神殿は、先ほどまでシノブ達がいた中央議事堂のすぐ脇に存在したのだ。

 森を愛するエルフらしく、大神殿や中央議事堂は見上げんばかりの巨木に囲まれ、敷地の周囲には清らかな水が満ちた堀が配された、心和む空間であった。

 そして建物も緑豊かな街に相応しく、木造である。現在シノブやアミィがいる大聖堂も、壁や床、そして天井まで全てが木で造られていた。もちろん、正面に置かれた七体の神像も同様だ。


 そのため、シノブは日本の神社や寺院にいるような、どこか懐かしい感覚を(いだ)いていた。もしかすると、そんな日本古来の神聖な場に似た空間が、シノブが創世神話の一幕を思い出す原因となったのかもしれない。もっとも、シノブ達は西洋風の椅子に座っており、それは日本の神社などとは異なるのだが。


──えっとですね……──


 アミィは、正面の神像に一旦視線を向けた。

 神々の像は人間の四倍か五倍程度の大きさだ。木像としては極めつけの巨像は、今にも動き出しそうな造形美で、彩色こそしていないが他国のものに勝るとも劣らない出来である。

 七体の並びは、中央がアムテリアの像という点は他所と共通している。しかし、右脇が森の女神アルフールで左脇が海の女神デューネと中央の三体全てが女神というのは、シノブが初めて見る配置である。この辺りは、女権社会であるエルフだからかもしれない。

 ちなみに、この場にいるのはシノブ以外全員女性だ。政治だけではなく、神事に関わるのも女性が中心らしい。エルフ達が信奉するのは女神のアルフールだから、そのせいであろうか。


──これは、内緒ですよ?──


 一瞬シノブへと視線を動かしたアミィは、再び正面に顔を向けた。シノブの隣には、メリーナの母のアヴェティもいるから、言葉を発しなくても見つめ合っていれば不審に思われるかもしれない。そこで、彼女は準備の様子を眺めている振りをしつつ説明することにしたようだ。


 神像の前にある一段高くなったところ、他でいう聖壇だと思われる大よそ10m四方には、場を清める儀式が行われている。そこでは白い衣装を(まと)ったエルフの少女達が、鈴の付いた杖を四方に打ち振りつつ神に歌を捧げている。

 おそらく、歌はまだ当分続くだろう。そのため、アミィはシノブと話す時間が充分あると思ったようだ。


──ああ、もちろんだよ──


 シノブも、正面の舞台へと目を向け思念を返す。

 歌は賛美歌のような西洋風のものだが、服装や儀式の挙措は日本の巫女のようでもある。そして、エルフ達は全員プラチナブロンドと緑の瞳の持ち主だ。そのため、シノブは西洋人が巫女の真似事をしているように感じていた。

 しかし、そんなことを思っているのはシノブだけだろう。彼の周囲は、敬虔な表情で清めの儀式を見守っている。


 シノブ達の側にはアヴェティだけではなく、メリーナの従姉妹マデリネなどアレクサ族の者が座っている。しかも前列には族長達や長老衆、周囲や後ろには他の五部族の補佐役や同行者もいるのだ。そこで、シノブも内心の違和感を顔に出さず、大人しく託宣の開始を待つことにする。


 実は、シノブとアミィが巫女の託宣を見学するにあたっても、一部の長老衆から反発の声が挙がっていた。エルフだけの秘蹟を他の種族に見せるのはどうか、と主張する者達がいたのだ。

 しかし、メリーナの祖母でアレクサ族の族長であるエイレーネや、その母で長老衆のソフロニアなどが、特例として見学を認めさせた。彼女達は、シノブやアミィが神々の意を受けた存在だと主張し、反対派を説得した。そのためシノブとしても、エイレーネ達の面目を潰すような行動をしたくなかったのだ。


──アムテリア様は最初から四種族に分けてお創りになった……そう聞いています。ただ、サジェール様達は、それぞれの種族を特に慈しんだそうです。ですから『創世記』ではその辺りが少しだけ誇張されたのではないかと……それに、地上の人達は『創世記』を信じていますから──


 アミィは、人間達が信じる『創世記』が間違っていると言いたくないようだ。

 今までシノブは、アミィがいつ頃生まれたのか聞いたことはない。しかし、シノブが察するところだと、彼女は創世より数百年経ってから誕生したらしい。そして彼女が生を受けたのは、おそらく『創世記』が記された後なのだろう。

 そのためアミィは、神々が作成に関与したかもしれない聖典を頭から否定するのは避けたようだ。


──エルフの伝説は、大きな魔力や長い寿命を持った彼らが、自分達を特別な存在だと思ったことに始まっているのではないかと……実際には、そんなことは無いのですが。

魔力や寿命なら、竜や光翔虎の方が上です。でも、彼らも人間と同じでアムテリア様がお創りになった存在です──


 しかしエルフの伝説に触れたアミィは、少しばかり憂いを感じさせる思念となっていた。彼女の思念は、今までとは違い、アムテリアの意思が正しく伝わっていないことに対する懸念と嘆きを含んでいるようであり、どこか寂しげですらあった。


──そうだね。自分達だけが特別だと思うのは、良くないね。アミィが言うように、力や寿命なら竜や光翔虎の方が上だ。でも、彼らはそれで(おご)るようなことは無い──


 シノブは、ここにはいない竜や光翔虎達を思い浮かべた。

 巫女の託宣は、短くて一時間、長ければ三時間は掛かる儀式だという。そのためシノブは、炎竜イジェに狩りにでも行くように勧めたのだ。

 デルフィナ共和国には、魔獣の棲む場所も多い。それに、だいぶ東だが光翔虎のシャンジーと両親の棲家(すみか)もある。それなら人間の儀式を見学するより、狩りなり飛翔の訓練なりをする方が彼らにとって有効な時間の使い方だ。シノブは、そう考えたのだ。


──はい。エルフは、他より多くの魔力を持っています。それこそ、多くの力を合わせれば神の意思を問うことが出来るほどに……ですが、慢心はいけません──


 アミィは、微かに表情を厳しくしていた。

 神官でも、神託を授かることが出来るのは各国で一人か二人だけだ。多くは、国内の神官達を束ねる大神官だけだという。しかも、大神官達も神の言葉を受けるだけで、随意に言葉を交わせるわけではない。彼らは、あくまで神々が発する言葉を受けるだけだ。つまり、願ったからといって神託を得られはしないのだ。

 しかしエルフの巫女の託宣は長時間を要するが、ほぼ確実に神の言葉を授かるらしい。もっとも、非常に体力や魔力を必要とするため簡単に出来ることではないし、アルフールは安易な使用を禁じているという。

 充分に準備をすれば神の意思を問えるのは、エルフの魔力が非常に大きいことも関係しているのだろう。他種族なら最優秀の魔術師に並ぶか超える魔力があるから、他では不可能なことを可能とするのではないか。アミィは、そう思っているようだ。


──慢心は油断に繋がるからね……おっ、準備が終わったのかな?──


──あっ、メリーナさん達です!──


 シノブとアミィが話しているうちに、清めの儀式は終わったようだ。壇上で歌っていたエルフの少女達は神像に深々と頭を下げると、静々と降りていく。そして同時に脇の入り口から、六人のエルフの女性が現れた。それは、各部族から選ばれた巫女達である。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──確かに、男性の前に出ても問題ないと思うけど……ギリギリじゃないかなあ──


 シノブは、壇上に上がる六人の若い女性達の姿を見て少しばかり驚いていた。巫女達が身につけている衣装は、清めの儀式の少女達とは、大きく異なっていたのだ。

 メリーナを含む六人の女性の衣装は大部分が向こうまで透ける薄絹のようなものであった。それに、(じか)に肌を晒している場所も多い。流石に胸や腰回りはしっかりした布地で不透明だが、それ以外は遠目だと何も身に(まと)っていないように見えるかもしれない。

 彼女達の姿は、シノブが知っているもので言えばベリーダンスの踊り手に近かった。腰から下をスカートのように巻いた薄絹が足首近くまで覆っているのも、良く似ている。もっとも神事ということもあってか、色は白かそれに近い薄いもので、派手ではない。


──そうですね~。清めの儀式の人達が普通な感じだったから、少し意外です──


 アミィが言うように、清めの儀式を行った少女達は、緋袴ではなく白い袴を付けた巫女のようであった。白い上衣の袖も長かったし、肌の露出といえば手と顔くらいである。そのためアミィは、メリーナ達も同様の衣装だと思ったのだろう。


──アルフール様は、こういう衣装が好みなのかな……像を見る限り、そんな感じはしないけど──


 シノブは、思わず眼前の神像へと視線を向けた。アルフールを含め七体の神像が(まと)うのは、(いず)れも古代ローマやギリシャの衣装に似たものだ。女神は丈が長く足首まであるチュニックで袖は無い。それに胴体は布の下に隠れ、メリーナ達のように腹部が露出しているようなことは無い。

 見事な花が咲き誇る枝を手にしたアルフールの立像は静謐(せいひつ)な美を誇ってはいるが、露出は少なく清楚というべき姿である。


──美しいお方ですし、芸能にも造詣の深いお方ですから、踊りもお好きだとは思いますが……──


 アミィは、途中で思念を途切れさせた。メリーナ達の舞いが始まったからだ。これから神託があるのに、思念とはいえ会話しているのは畏れ多い。アミィは、そう考えたのだろう。


 壇の両脇には、笛や太鼓を持った者達がいる。そしてメリーナ達は彼らが奏でる曲に合わせて、ゆったりとした動きで舞い始めた。メリーナ達も先刻の少女達と同じく手には鈴の付いた杖を持っている。そのため、踊りに合わせて鈴の軽やかな()が曲に重なっていく。


 笛は木製の横笛で、太鼓は三脚のような架に打面が床と垂直になるよう掛けられた薄いものだ。そのためだろう、シノブは雅楽の演奏風景を連想した。それに、シノブには笛や太鼓の(おと)も和楽器の奏でるものに近く感じられた。

 鳥の鳴くような笛の()や、木を叩くような固めの太鼓の(おと)は、森の様子を表しているのだろうか。時に激しく時に優しく強弱や緩急を変えていく演奏は、シノブに森の鳥や獣の営みを思い起こさせるものであった。


 そしてメリーナ達も、演奏に合わせ変幻自在に舞っていく。

 曲は最初こそ緩やかだったが、それは僅かな間であった。そのため、踊り手達の肌は幾らもしないうちに赤く染まっていく。だが、よほど修練を積み重ねているのだろう、そんな激しい踊りでも彼女達の動きが乱れることは無い。

 巫女達は、六部族から一人ずつ選ばれている。したがって、集まり練習することなど殆ど無いだろう。もしかすると、この六人が揃ったのは初めてかもしれない。

 しかしメリーナ達は、そんなことを感じさせない確かさで、神に捧げる舞踏を舞っていく。早くも忘我の境地に入ったのか目を閉じて一心に踊る彼女達は、正に神に仕える乙女というべき美しさと神々しさである。


 メリーナ達六人の魔力は、徐々に高まっていく。しかし、事前に聞いた通りなら最低でも一時間は掛かる筈だ。そう思っていたシノブだが、唐突に高まる神秘の気配に思わず身を硬くした。舞いが始まって十分も経っていないが、どうやら巫女達の願いは神に届いたようだ。


「会いたかったですよ、シノブ……私の可愛い弟」


 舞いを中断したメリーナは、真っ直ぐにシノブを見つめていた。そして彼女は普段とは異なる口調と呼び方で、シノブへと語りかける。


 壇上には、他の五人の巫女が(ひざまず)いている。彼女達はメリーナから放たれる神気に打たれたかのように、顔を伏せ身を低くしていた。更に曲を奏でていた者達も、演奏を()めて呆然(ぼうぜん)とした面持ちでメリーナを見つめている。

 そして巫女達の背後の神像は、(いず)れも温かな光を放っていた。それは神々の御紋の光に似た、清らかで優しい輝きである。


「……アルフール様ですか?」


 周囲の注目が集まる中、シノブは静かに言葉を返した。

 アルフールから神託を授かるための儀式であり、シノブは他の神が現れるとは思っていなかった。しかし彼に聞こえるのは口調こそ違えどメリーナの声で、姿も元のままだ。そのためシノブには、相手の正体を知る(すべ)は無かった。


「ええ。シノブ、アミィ、こちらにいらっしゃい」


 メリーナ……いや、メリーナに乗り移った存在は、自身がアルフールだと答える。そして彼女は、シノブとアミィに向けて手を差し伸べた。


 シノブとアミィは立ち上がり、壇に向かっていく。

 そして、二人を見送る族長や長老達の顔には、(いず)れも激しい驚愕が浮かんでいた。とはいえ、彼女達は檀上のメリーナや歩んでいくシノブ達を見つめるだけだ。

 メリーナが放つ圧倒的な神気は、彼女の言葉が真実だと告げている。そして、あまりに神々しい空気は、族長や長老達から言葉を奪ってしまったのかもしれない。

 そんな中、エイレーネなどアレクサ族の者達は、他の部族の者より動揺が少ないようだ。彼女達は、シノブやアミィを神の使いだと思っていたらしい。そのため、多少なりとも耐性が出来ていたのであろうか。もっとも、こちらも声を発することもなく見つめるだけである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ……初めまして、と言うべきかしら?」


「……私は初めて会ったと思うのですが」


 壇に上がったシノブは、メリーナに乗り移ったアルフールの言葉に、どう答えるべきかと思案した。彼にはアルフールと会った記憶は無いからだ。

 しかし、メリーナの顔には親しげな笑みが浮かんでいる。それは、彼女が口にしたように弟に愛情を注ぐ姉を思わせる優しいものだ。そしてアムテリアの慈母のような微笑みとも違う、もう少し近い距離を感じさせる笑顔からは、彼女がシノブを家族だと思っていることが、はっきりと伝わってくる。


「では、初めまして。私の大切な弟、シノブ」


 メリーナは満面の笑みを浮かべると、シノブを柔らかく抱きしめた。それは、本来のメリーナならありえない行動であり、シノブは少しばかり面食らう。


「その……メリーナさんが後で困ると思うので……」


 シノブは、赤面しながら答える。メリーナの意識が現在どうなっているのかシノブにはわからない。しかし、仮に今は意識が無くても後で聞いたら。そう思ったシノブは、あまり彼女と触れ合うべきではないと考えたのだ。


「そうですね……アミィ、久しぶり。貴女も良く頑張っていますね」


 シノブから身を離したメリーナは、今度はアミィを抱きしめる。アルフールの言葉遣いはアムテリアと良く似ているが、僅かに砕けたような感じだ。それは、仕草や行動も同様である。その辺りは、最高神と従属神の違いなのだろうか。


「……アルフール様。その……弟……とは?」


 族長の一人が、畏れを滲ませながら問いかける。族長達や長老衆などは全て立ち上がり、シノブ達の様子を見つめていた。


「シノブは私と同じで母上の子供です。私にも、弟が出来たのです」


 族長達に向き直ったメリーナは、とても嬉しげな様子で答える。もちろん、答えているのは乗り移ったアルフールだ。

 森の女神アルフールは、兄弟姉妹とされる従属神では一番末とされている。従属神はアムテリアが同時に創ったため年齢の差は無いのだが、それでも一応は長男がニュテスで、以下サジェール、ポヴォール、テッラ、デューネ、アルフールとなっていた。

 そのため彼女は、新たにこの地に現れたシノブを自身の弟としたようだ。シノブはアムテリアの血を受け継いだ存在で、アムテリアは彼を我が子と呼ぶ。ならば、最年少で最も後にこの世界に来たシノブが、末っ子だと言える。


「その……できれば内密にお願いしたいのですが……」


 シノブは、アルフールが弟扱いしたことには驚いてはいなかった。

 アムテリアは自身をシノブの母だと口にする。そのため従属神であるアルフールから弟と呼ばれても、さほど動揺しなかったのだ。

 もちろんシノブには日本に両親もいれば妹もいる。したがって通常の家族関係とは異なる意味で母や弟なのだとはシノブも思っているが、そう呼ばれることは予想の範囲内であった。

 とはいえ、多くの人から神の子供や弟などと敬われるのは、彼の望むところではなかった。シノブも家族には自身の出自を伝えているし、それ以外でも国王達や先代アシャール公爵ベランジェなどは、ある程度察しているだろう。だが、身近に接する彼らとは違い、シノブのことを知らない者達は、どう思うだろうか。

 それ(ゆえ)シノブは、神として祭り上げられるようなことを回避したかったのだ。


「そうですね。貴女達、これは口外してはなりません。わかりましたね?」


「はっ! 仰せのままに!」


 アルフールの言葉は、決して厳しいものではなかった。しかしエルフの族長や長老達は、極めて重く受け取ったらしく、その場に(ひざまず)く。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、託宣のことを……」


 アミィは、本来の目的である巫女の託宣を思い出したらしい。託宣の儀式を行ったのは、エルフ達がアルマン王国を警戒すべきかどうかで揉め、神の意思を問おうとしたためだ。決して、アルフールとシノブの会う場所を設けるためではない。


「そうだった! アルフール様……」


「シノブ、姉と弟なのですから、もっと親しく呼んでもらいたいです……そうですね、お姉ちゃんとか、どうですか?」


 シノブはアルマン王国のことを伝えようとしたが、アルフールが(さえぎ)る。彼女が乗り移ったメリーナは、女神の心を表すように不満げな表情である。


「……姉上で如何(いかが)でしょう?」


 流石に『お姉ちゃん』は避けたい。そう思ったシノブは別の呼び名を提案する。


「そうしましょう! 姉上……良い響きですね」


 アルフールは、姉と入っていれば何でも良かったのかもしれない。彼女は末っ子らしいから、姉と呼んでくれる存在を渇望していたのではないか。そう思ってしまうくらい、女神の依り代となったメリーナの顔は輝いていた。


「それで姉上、アルマン王国のことですが……」


「知っています。貴女達、シノブの言うことは真実です。西にいるのは、油断ならない相手です」


 アルフールも、地上での出来事は把握していたらしい。アムテリアから聞いているのか、それともアムテリアが地上を知るのを助けているのか、彼女はアルマン王国に関する知識も持っているようだ。


「竜や光翔虎も人間と協力しています。もう森に閉じこもる必要はありません。それに、このままでは新たな時代から取り残されるでしょう。私は、愛し子達が孤立する姿など、見たくはないのです」


「ですが、我らアルフール様の子は、他の種族に妬まれましょう……」


 長老衆の一人が、顔を伏したまま微かな声で呟いた。それは、アルフールへの反論というわけではないようだ。ただ、自分達をアルフールの眷属の末裔と信じる長老衆からすれば、それは拭えない懸念らしい。


「アルフール様。エルフはアルフール様の眷属の子孫なのですか?」


 アルフールとエルフのやり取りに口を挟んだのは、アミィであった。彼女は、アムテリアの創世神話が正しく伝わっていないことを嘆いていた。そのため、この場で正しておこうと思ったらしい。


「何を言うのです、アミィ。貴女も知っている通り、人間を、いえ全ての生き物を創ったのは、母上です。母上こそ、全てを作り出した至高のお方なのです」


 アルフールにとって、アミィの問いは意外なものであったらしい。彼女が宿るメリーナは、目を大きく見開きアミィを見つめている。


「な、なんと……」


「では、我らは……」


 驚いているのはアルフールだけではなかった。エルフ達、特に長老衆は茫然自失(ぼうぜんじしつ)(てい)である。強い衝撃に我を忘れた彼女達は、無意識にだろうが顔を上げ、(ほう)けたような表情を晒していた。


「姉上、愛し子というのは?」


 呼吸すら忘れたかのような長老衆を横目に、シノブはアルフールに問いかけた。

 この件をきちんと片付けておかないと、後の禍根となる。再びエルフの優位性を訴える者が出かねないし、特別なエルフは同族だけで暮らすべきだと主張し、他との交流を拒むかもしれない。シノブは、そう考えたのだ。


「私が特に目を掛けている者達、という意味です。サジェール兄上が人族を、ポヴォール兄上が獣人族を、テッラ兄上がドワーフ達を慈しんでいるのと同じことですよ」


 アルフールは、無邪気とすらいえる口調でシノブに答える。

 もしかすると、彼女は自身の守護するエルフ達を可愛がるあまり、愛し子と連発したのではないだろうか。そんな気がしたシノブは、思わず苦笑した。


「どうかしましたか、シノブ?」


「いえ、姉上が慈愛深い方だと思っただけです」


 シノブは、小首を傾げるメリーナ、実際には彼女を操っているアルフールに笑顔で答えた。

 アムテリアも、シノブに対し過保護とすら感じるほどの愛情を注ぐ。それならば、娘であるアルフールが同様にエルフに接しても当然かもしれない。そんな思いが、彼の顔に笑みを広げたのだ。


「嬉しい言葉ですね! ……シノブ、早く地上の問題を片付けなさい。貴方を待っているのは私だけではないのですよ……」


 メリーナは、再びシノブに手を伸ばす。そして彼女は、シノブの頬をそっと撫でた。

 それは、別れを惜しむ仕草だったのだろう。シノブがそう思ったのは、語り終えたメリーナが自分に向かって力が抜けたように倒れこんできたからだ。それ(ゆえ)シノブは、アルフールが神界に戻ったと察したのだ。


「メリーナさん、大丈夫かな?」


「……シノブ殿? もしかして、私……」


 メリーナは、シノブの呼びかけに答えて顔を上げた。しかし、彼女はそれまでのことを覚えていないらしい。おそらく彼女は、途切れた意識などからアルフールの依り代となったと悟ったのだろう。


「ああ、見事に巫女としての勤めを果たしたんだ」


「メリーナさん、お疲れ様でした!」


 シノブに続き、アミィもメリーナに(ねぎら)いの言葉を掛ける。それを聞いたメリーナは、安堵したような笑みを浮かべる。


「シノブ様、私達エルフは貴方様のお言葉に従います」


「敵への備え、外の世界との融和。我らには学ぶべきことが多いようじゃ……」


 エルフの族長達や長老衆は、シノブへの協力や反省の言葉を口にする。立ち上がった彼女達は、アルフールの残した言葉通り、シノブと共に歩み他種族とも手を取り合っていこうと決心したようだ。


「こちらこそよろしくお願いします。私達は、新たな知識を学ぶ場を作ろうとしています。出来れば、皆さんにもそこに加わっていただき、互いに教えあい、そして理解を深めたいと思っています」


 どうやら、これでデルフィナ共和国も問題ない。そう思ったシノブは、輝くような笑顔となっていた。そして彼は、エルフ達に自身が行おうとしている様々なことを語りだす。

 そして、エルフ達はシノブの語る内容を、興味深げに聞いていた。ある時は驚き、ある時は笑いと、その時々で表情は異なるが、共通しているのは未来への希望だ。

 それらの顔を見たシノブは、エルフにも新たな時代が訪れるのだと感じていた。そして彼は、自身が予感したものを現実とすべく、ますます力を篭めながら己の描く未来図を語っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年1月14日17時の更新となります。


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