表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
331/745

15.11 森に住む人々 前編

 かつてベーリンゲン帝国の中枢であった『大帝殿』の閲兵場には、美しい曲線を描く半球が出現していた。それは、岩竜の長老ヴルムと(つがい)のリントが岩で造った新たな神殿である。

 半球状の神殿は、前面の殆どが透き通っている。ヴルムとリントは、入り口のある側の大半を水晶へと変えたのだ。そのため神殿の中には(きら)めく光が差し込み、とても明るい。

 神殿の内部にはアムテリアと従属神達を象った七体の神像があり、更に無数の生き物の像がある。神々の像はシノブとアミィが、そして残りはヴルムとリントが造ったものだ。これらの像は、水晶の窓から入る光で幻想的な輝きを放っている。

 それは、神々を崇めるために世界中の生き物が集ったかのような光景であった。


「ヴルムとリントは、色んな生き物を知っているんだね……」


 シノブは、神像を取り巻く様々な生き物の姿を見ながら、思わず呟いた。

 数百以上もの石像には、シノブが知らない種類の動物も多数含まれている。竜の長老達は、陸海空を問わず様々な場所に訪れたのか、石像には獣や鳥だけではなく、魚など海に棲むものまで存在した。


──八百年以上も生きているとな。流石に海の中は海竜ほど知らぬが、若い頃は潜ってみたこともある──


──人の住まない場所には良く訪れたものです──


 シノブの側には、二頭の竜が控えていた。腕輪の力で人間と同じくらいの大きさとなった、ヴルムとリントだ。彼らは、これまでの生を思い出したのだろう、感慨深げな思念でシノブに答えている。

 彼ら竜達は、人を避けて暮らしていた。人と意思を交わすことの出来なかった竜達は、互いの安全のために距離を置くことを選んだのだ。

 岩竜と炎竜は遥か北の島を棲家(すみか)としていた。極寒の島は人跡未踏の地で、しかも魔力も多い。成竜達は殆ど魔力のみで生きることが可能であり、彼らの強靭な肉体には寒さなど関係ない。例外は生まれて間もない幼竜で、岩竜と炎竜は子育てのときだけ南の地に訪れる。

 海竜は、大海を回遊して暮らしている。こちらは決まった棲家(すみか)を持つことは無いらしい。ただし、出産とその直後は子供を育てるため陸上に棲む。シノブも訪れた海竜の島のように、南方の暖かな海に人の訪れない島を見つけ、そこで子育てをするようだ。

 シノブは会ったことが無いが、嵐竜も海竜と同様な生態らしい。こちらは海ではなく空を生活の場とするが、やはり子育ては絶海の孤島などで行うという。


──我らは人のいる地を避けてきた。今のように意思を伝える(すべ)があれば違ったのだろうが……だが、これからは違う──


 ヴルムの思念には、将来への大きな期待が含まれているようだった。

 彼らは極寒の地でも暮らすことが可能だが、暖かな南方を嫌っているわけではない。シノブが『アマノ式伝達法』を竜に伝えるまで人と会話する方法が無かったから、無用な争いを回避しただけだ。

 これまで竜達は人間と関わらないようにしていた。しかし言葉を交わすことさえ出来れば、種族の違いを超えて友となれる。彼らは、そう思っていたようだ。竜は人間の言葉を話すことは出来ないが、人語を理解する高い知性を持っていたからだ。

 だが、人間からすれば十倍近く大きい竜達だ。しかも、恐ろしげな姿の竜達は人間からすれば巨大な魔獣としか映らなかったのだろう。そのため過去の人間達は、竜が近くに住めば追い払おうとしたり討伐を(くわだ)てたりと、排除に努めてきた。

 竜達からすれば、人間の攻撃など多くの場合は恐れるほどのものではなかったらしい。とはいえ投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)などの大型兵器や、稀に現れる優れた魔術師などは、竜にとっても無視できない。しかも、まだ飛翔も出来ない幼竜は非常にか弱い存在だ。

 そのため竜達は人の住む領域を避けるようになったのだが、今は違う。竜達は人と語る術を身に付け、人の側で暮らすようになったのだ。


──私達も、こちらに棲家(すみか)を移すことにしました。この地を囲む山々のどこかにしようと思っています──


 リントは、自身と(つがい)のヴルムの棲む場所を北の島から移すつもりだと言う。旧帝国領の北方にはノード山脈があり、南方にはズード山脈がある。これらは人が越えることの出来ない高山帯であり、魔力も多い場所でもあるという。したがって、彼らの棲家(すみか)に適しているのだ。


──炎竜の(おさ)達も、そうするようだ。オルムル達もこちらで暮らすのだからな──


 どうやらヴルム達が移住を決めたのは、オルムル達と離れたくないからのようだ。それを示すかのように、ヴルムの思念は今までになく和やかなものとなっている。シノブは、孫の成長を喜ぶ祖父のような岩竜の長老の様子に、思わず頬を緩めていた。


「ところでシノブ君、ここでも転移は出来るのかね?」


 岩竜の長老達と語り合うシノブの下に、先代アシャール公爵ベランジェが戻ってきた。彼は、ヴルム達が造った石像を見て周っていたのだ。

 ヴルムとリントが作った石像は、まるで世界中の動物を全て集めたかのように多岐に渡っていたし、精緻な姿は本物そっくりの素晴らしさであった。そのためベランジェは、その一つ一つをじっくりと鑑賞していたようだ。


「さあ……アミィ、どうかな?」


 シノブは、隣に控えていたアミィへと振り向いた。

 ベーリンゲン帝国の都市の大神殿では、帝国の神の像をアムテリアと従属神の像に造り変えると自然と転移できるようになっていた。どうもアムテリアは、新たな国に転移網を敷くときなど、特別な場合だけ言葉を掛けるようにしているらしい。したがって、毎回神秘の訪れがあるわけではない。


「たぶん出来るのでは? でも、試してみるしかありませんね」


 アミィは、小首を傾げながら答えた。

 シノブとアミィは帝国領だった都市で神像を造り変えた時、実際に転移できるかを試していた。アムテリアから言葉を授からない以上、使ってみるしかないからだ。

 幸いシノブやアミィは、神官達とは違い日に何度でも転移できる。二人は魔力も加護も神官達とは比べ物にならないほど多いから、回数や運べる量が制限されることは無かったのだ。


「試験ついでに私をアシャールまで連れて行ってくれんかね? 毎日神官殿に運んでもらうのも、気が(とが)めていたのだよ。

とはいえアシャールには、なるべく顔を出したいからね。レナエルのお腹もだいぶ大きくなってきたし、ロジオンとカテリーナもいるから……」


 レナエルとはベランジェの第二夫人だ。彼が言う通りレナエルは妊娠中で、後二ヶ月半ほどで出産する筈である。

 そしてロジオンとカテリーナとは、ベランジェが引き取った皇帝の孫だ。二人の親である皇太子夫妻は皇帝の策略で竜人と化したらしい。帝都での戦いが終わった後、皇族が住む『小帝殿』には、三歳のロジオンと二歳のカテリーナだけが残されていた。そこで彼らを案じたベランジェが、自身の養子としたのだ。


「わかりました。それでは、アシャールを経由して戻りましょう」


 シノブも、シェロノワに戻ろうと思っていたところだ。

 ここでの用事は済んだし、アレクサ族の(おさ)であるエイレーネにはデルフィナ共和国への訪問を申し入れている。通信筒にはまだ返答は無いが、彼女の答え次第では今日明日にでもエルフ達の国に訪れることになるかもしれないからだ。


「頼むよ! あっ、ヴルム、リント。部下にはちょっとアシャールに行ってくるから、と伝えてくれたまえ。明日の朝には戻るよ」


──了解した。妻や子供達を大切にするのは当然のことだ──


──そうですね。『光の使い』よ。オルムル達やイジェ殿によろしく伝えてください──


 なんとベランジェは、岩竜の長老達を伝言係に使うつもりのようだ。しかもヴルムとリントも慣れているのか、驚く様子は無い。

 苦笑を浮かべたシノブは、隣に立つアミィへと顔を向けた。すると彼女も同じような表情で、シノブを見上げている。


「ヴルム、リント、また来るよ。元気でね」


 シノブは二頭の竜に手を振ると、アミィやベランジェと共に神像の前に進み出る。それを岩竜の長老達は胸を張り首をもたげた(おごそ)かな姿で見送り、威厳に満ちた咆哮(ほうこう)で応える。


「……それでは、アシャールに」


──転送いたします──


 ヴルムとリントが見守る中、三人は七色の光に包まれた。そして神々しい輝きが満ちる中、シノブの脳裏に愛らしい思念が届く。これは、アミィの妹分にあたる眷属の思念らしい。

 アミィが喜んでいるだろうと思い、シノブは頬を緩めた。そして彼は笑顔のままで、暖かな光に満ちる神殿から遥か西に転移していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 都市アシャールにベランジェを送り届けたシノブは、そのままシェロノワへと帰還した。ベランジェは久しぶりだから自身の館にと誘ったのだが、アシャールに転移した直後にエイレーネからの返信がシノブの通信筒に届いたのだ。


 エイレーネはアレクサ族の(おさ)としてデルフィナ共和国の族長会議に出席している。会議の議題は、帝国の残党と彼らが持つ隷属の魔道具への対応についてである。残党の存在をシノブから知らされたエイレーネは、他の族長達に伝えた上でデルフィナ共和国としても他国と協調していきたいと思ったようだ。

 しかし族長会議の進み具合は、芳しくなかった。デルフィナ共和国は長年他国との交流を絶ってきたが、現在まで問題が生じたことは無かったらしい。しかもエウレア地方でエルフが住むのはデルフィナ共和国だけであり、他の国にはいない。そのため、他国と交わる必要は無いという意見が多いという。


 アレクサ族はデルフィナ共和国で最も西側の部族で、メリエンヌ王国と隣接する場所に住んでいる。そのため多少は外部との接触もあった。

 それに、エイレーネの孫であるメリーナ達はフライユ伯爵領に滞在し、故郷にも国外の情勢を伝えている。それ(ゆえ)エイレーネは、このまま自国だけが時代に取り残されては、と考えているようだ。

 とはいえ、他の族長達は外のことを知る(すべ)など持っていない。そのためだろう、様子見をすべきだという者が大半を占めているという。


「……そういうわけで、ちょっと午後からデルフィナ共和国に行ってこようと思う」


「夕食までには帰りますから、心配しないで下さい」


 シノブとアミィは、昼食の場に集まった者達に『大帝殿』での出来事や今後の予定について説明している。話を聞いているのは、シャルロットにミュリエル、そしてセレスティーヌだ。ちなみにミュリエルの祖母アルメルは、領政庁で昼食を済ませることが殆どで、今日もここにはいない。


「会議の場に行って外の状況を教えるだけだし、エルフは争いごとを嫌うらしいから危険は無いよ。それに、メリーナさんやシャンジー達にも同行してもらうからね」


 シャルロット達が驚いたような顔をしていたので、シノブは安心させようと笑顔で言い足した。


 会議には乱入するような形になるが、出席者の一人であるエイレーネの招待だ。それに、エルフが理性的で力に訴えることが無いというのは広く知られていた。そもそも彼らが国を閉ざしたのも、戦いを避けるためであったという。

 ベランジェも、そのあたりを知っているからシノブに訪問を勧めたようだ。押しかけたことを非難される可能性はあるが危ないことは無いだろう、というのが彼の意見である。


「いえ……シノブやアミィですから、大抵のことなら問題なく切り抜けるでしょう。エルフの魔力が多いといっても、それは人の範疇(はんちゅう)のことですし」


 シャルロットは、シノブ達がデルフィナ共和国に行くことに不安を(いだ)いていないらしい。送り出す時に不安げな素振りを見せた彼女だが、これは行き先が『大帝殿』の地下神殿、つまり帝国の神を(まつ)っていた場所だからのようだ。


「とはいえ、朝は旧帝国領で、午後からはデルフィナ共和国ですか……」


 シャルロットは苦笑気味の笑顔となる。シノブ達は転移などで簡単に移動できるが、どちらに行くにも普通は陸路を徒歩か馬車で往復すれば、半月は掛かる旅路である。この世界の常識からすれば、移動に必要な時間は半日ではなく半月なのだ。


「昨日は東の端でしたね……」


「今日だって、一瞬ですがアルマン王国にも行きましたわ。それにここに戻る途中にはアシャールにも」


 ミュリエルとセレスティーヌも、シャルロットと同じことを考えていたらしい。

 前日、シノブは旧帝国領の東の端まで行って来た。そして、今朝はアルバーノ達を迎えにアルマン王国の王都アルマックにも行った。前者は光翔虎のメイニーに乗って、そして後者は魔法の家で瞬間的に往復して、と手段は違うが、昨日今日でエウレア地方の東と西の端に行ったことになる。


「そうか……まあ、ともかく心配しないで。それで、イジェ達が来たら出かけるよ」


 シノブは、話を今後の予定に戻した。

 炎竜イジェは、今日も子竜や光翔虎の子フェイニーを連れて北の高地に行っている。いつものように北の高地で子供達に飛翔や狩りの練習をさせるためだ。

 そして、光翔虎のメイニーとシャンジーは、イジェの補助をするために同行していた。メイニーは二百歳前後で成獣になったばかり、シャンジーはその半分の歳だが大きさは成体より少し小さいだけである。そのため二頭の助けを得たイジェは、だいぶ負担が減ったようだ。

 そしてイジェは、帰り道でエルフのメリーナを拾ってから戻ってくる。メリーナは、今日は兄のファリオスの様子を見に北の高地に出かけていたのだ。


「わかりました。会議の場所は、デルフィナ共和国の首都デルフィンでしたね?」


「ああ。シェロノワから南東に700kmくらいらしい。連続転移を使えば三十分程度だね」


 シャルロットの問いに、シノブは笑顔で答えた。光鏡を使えば、普通に飛翔するのに比べて桁違いの速度で移動できる。そのため、シノブ達の行動範囲は大幅に広がっていた。


「シノブお兄さま、私達はお留守番ですか?」


「ごめんね。危険は無いだろうけど、念のためにね」


 残念そうなミュリエルに、シノブは優しい声音(こわね)で答えた。

 危険は無いから安心して待っていてほしいと言いつつ念のためだと置いていくのは、矛盾している。そのため、シノブの表情は苦笑気味であった。


「わかりました。今日は、私が夕食を作ります。ですから遅れずに戻ってきてくださいね」


「ありがとう。気をつけるよ」


 しかしミュリエルは、矛盾を指摘することも無く、明るい笑みで夕食は自分が用意すると告げた。

 昨日は姉のシャルロットが作ったから今日は自分が、ということなのだろうか。シノブは、そんなことを思いつつも、彼女に感謝の言葉を返した。


「私も、お料理を習うべきでしょうか? シャルお姉さまも、ミュリエルさんも料理が出来ますのに、私だけが何も出来ないというのは……」


 王女であるセレスティーヌは、今まで料理を作ろうとしたことは無いらしい。しかし彼女は、シャルロットとミュリエルがシノブに手料理を作るのに、自分だけがそのままで良いのか、と考えたようだ。セレスティーヌは、シノブの表情を窺うように、じっと彼を見つめている。

 セレスティーヌがシノブの答えを待っていると思ったのだろう、シャルロット達も口を(つぐ)んで同じようにシノブへと顔を向けた。


「……出来て損は無いと思うよ」


 広間にいる全員の視線が集まったため、シノブは少々気恥ずかしさを感じていた。そのため彼の頬は、僅かに赤みを増している。だが、どうやら答えなくては解放されないらしい。そう感じたシノブは照れつつも思ったままの言葉を口にする。


「頑張りますわ!」


 セレスティーヌは、決意に満ちた口調で答えた。青い瞳を輝かせた彼女は、どこか嬉しげな表情である。

 もしかすると、王女だから料理をしなくても良い、などと特別扱いされなかったからだろうか。シャルロットやミュリエルと同様のことを望まれるのは、彼女達に近づいたから。そう受け取ったのかもしれない。


「料理も中々楽しいですよ」


「セレスティーヌ様、今日は一緒に料理しましょう!」


 シャルロットとミュリエルも、セレスティーヌを祝福するような温かな表情となっていた。シャルロットは始めたばかりの料理の楽しさを語り、ミュリエルは今日の夕食を共に作ろうと誘う。それは、まるで仲の良い三姉妹のような和気藹々(わきあいあい)とした様子である。


──セレスティーヌ、大丈夫かな?──


──シャルロット様やミュリエル様が付いているのですから、心配要りませんよ。シノブ様、今日の夕食がますます楽しみになりましたね──


 シノブは、アミィとこっそり思念を交わした。そして二人は、何を作るか楽しげに語るセレスティーヌ達に笑みを浮かべながら、食事を続けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──シノブの兄貴~! お待たせしました~!──


 昼食が終わった直後に、光翔虎のシャンジーの思念がシノブの脳裏に響く。

 シノブとの決闘で負け彼を兄貴と呼ぶようになったシャンジーは、言葉通りシノブに兄貴分への敬意を持って接している。しかし、どことなく緊張感の無い彼の思念は、シノブの頬を緩ませる。


「シノブ?」


 シノブが急に微笑みを浮かべたためだろう、シャルロットは怪訝そうな顔と共に尋ねかける。


「ああ、シャンジーの思念だ。ちょっと待ってね」


 シノブは席を立ち、通路へと出て北側の窓に歩み寄っていく。彼の感知能力は、先頭にシャンジー、続いてメイニー、少し遅れてイジェ達の魔力を捕らえていた。


──そんなに急がないでも大丈夫だよ! メリーナさんとは合流できた?──


──もちろんです~! イジェさんの磐船に乗っていますよ~!──


 そんな会話をしているうちにも、シャンジーは急速に近づいていた。シノブは彼を迎えるべく窓を大きく開いて待つ。


──ありがとうございます~!──


 館の上空に現れたシャンジーは、腕輪の力で普通の虎ぐらいに小さくなった。元のままだと体長20m近いから、小さくならないと館に入ることは出来ない。そして窓から通路に飛び込んだ彼は、シノブへと頭を擦り付ける。


──シャンジー、貴方意外に速いわね!──


 二番目に入ってきたのは、メイニーであった。彼女もシャンジーと同様に小さくなってから館に入る。


「それじゃ、行こうか」


「はい、シノブ様!」


 二頭の虎と共に、シノブとアミィは歩みだす。もちろん、二人の後ろにはシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌも続いている。シノブ達は館の前庭から磐船に乗り込むのだが、そこまでは見送りをするのだ。


「シャンジー、エルフと会ったことはある?」


──姿を消して眺めたことは何度もあります~。でも、話すことが出来なかったので~──


 シノブは歩きながらシャンジーに問いかけたが、彼の答えは予想通りであった。光翔虎も竜と同じく人語を理解できるが、話すことは出来ない。そのため、離れた場所から眺めるくらいだったらしい。

 とはいえ、光翔虎は姿を消すことが出来る。したがって、竜のように人の住む領域を避けていたわけではないらしい。彼らは、子供のうちから同族の棲家(すみか)を行き来する。それに成獣となった雄や子育てを終えた年長者は世界を放浪するという。そのため、姿を隠して人の住む場所に近づくこともあるという。


「シャンジーは、デルフィンという街を知っていますか?」


──はい~。ボク達の棲家(すみか)から、だいぶ西の方ですね~──


 シャルロットは、デルフィナ共和国の東の森に棲むシャンジーなら、首都のことも知っている可能性はあると考えたようだ。そして、彼女の予想は当たっていた。しかもシャンジーは、名前だけではなく大よその位置まで把握しているらしい。


──行ったことがあるの?──


──ありますよ~。ここほどではないけど、結構大きな街でした~──


 シャンジーはメイニーの問いに得意げな様子で答える。どうやら彼は、シノブ達の役に立てるのが嬉しいらしい。頭を高く上げ尻尾を大きく揺らして歩む(さま)は、どことなく微笑ましくもあった。


 シノブは、これなら一層速く着けると思い、顔を輝かせていた。

 メリエンヌ王国には、デルフィナ共和国の地図は無い。シノブ達は、メリーナから大まかな地理情報を伝えられてはいたし、首都デルフィンは他の集落よりも格段に大きな街だという。そのため、上空からでも充分発見できると思ってはいた。

 しかし、シャンジーが場所を知っているなら、安心だ。シノブは、それまでにも増して軽快な足取りで館の外に歩み出ていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 訓練場に行くと、ちょうど炎竜イジェの運ぶ磐船が降りるところであった。巨大な竜が運ぶ船の両脇には、岩竜の子オルムルと光翔虎の子フェイニーが浮かんでいたが、シノブの姿を発見すると二頭は勢い良く飛んでくる。


──シノブさん! 狩りは楽しかったです!──


──獲物が沢山いました~!──


 オルムルとフェイニーは腕輪の力で猫ほどの大きさになると、シノブの肩の上に降り立った。もう毎日のことであり、双方とも慣れたものである。


「そうか! 良かったね!」


 シノブも慌てることなく言葉を返す。彼は、両肩の上の子供達が落ちないように手を添えるが、これはあくまで念のためである。オルムルとフェイニーはしっかりとシノブにしがみついており、落ちる心配は無いだろう。


──シノブさん! 私も魔狼を四頭狩りました!──


 着地寸前の磐船から飛び出してきたのは、炎竜の子シュメイである。彼女は生後三ヶ月ほどであり、まだ飛行可能な距離が短い。そのため狩場への行き帰りは、大半を磐船に乗っているようだ。

 しかし、そんな彼女でも四頭の魔狼を仕留めるのだ。これは、竜が空を飛んで遠距離からブレスで攻撃できるためである。まだシュメイは人間と大差ない大きさであり、魔狼に比べれば随分と小さい。したがって飛翔とブレスを使わなければ、狩りどころではないだろう。


「凄いね! もうそんなに狩れるんだ!?」


 とはいえ、快挙には違いない。そこでシノブは同じく小さくなって頭の上に降りたシュメイを、優しく撫でてやる。


──僕も早く狩りをしたいです──


──ファーヴちゃんは、もう少し大きくならないとね~。大きくなったらボクが狩りを教えてあげるから、焦らないで~──


 何と、シャンジーは一旦シノブの下を離れ磐船に飛び乗ると、岩竜の子ファーヴを背に乗せて連れて来た。彼の白く輝く背の上には、まだ全長1mにも届かないファーヴが身を伏せてしがみついている。

 シャンジーは同性でしかも年下のファーヴを気に入ったらしい。光翔虎の雄は、雄同士で序列を作る。シャンジーが己を決闘で負かしたシノブを兄貴と立てるのも、その習性によるものだ。そして、シャンジーは光翔虎の雄では最年少である。そこでシャンジーは、自身より年下の雄であるファーヴを弟分としたらしい。

 弟分といっても、百歳のシャンジーと生まれて二ヶ月にも満たないファーヴであり、大きさや能力の差も歴然としている。それがシャンジーには逆に良かったようで、彼はファーヴの世話を焼くことに喜びを見出したようだ。年下の存在が出来たことが、彼の精神的成長を促したのかもしれない。


「そうだな。シャンジー、しっかり世話してあげるんだぞ」


 シノブは、光翔虎のシャンジーが岩竜のファーヴにどのように狩りを教えるのだろうかと思った。しかし、彼は内心の疑問を置いてシャンジーとファーヴの頭を撫でてやる。


──はい、兄貴~! ファーヴちゃんが大きくなったら、絶招牙を教えます~!──


 シャンジーは、シノブに褒められたのが非常に嬉しかったようだ。彼は得意げな思念を発しながら、シノブを見上げている。


「絶招牙とは光翔虎の技では?」


 シャルロットは、絶招牙を岩竜のファーヴが習得できるかと疑問に思ったようだ。なお、彼女はシノブやアミィから絶招牙がどんな技か聞いてはいる。


「はい……お伝えしたように、回転しながら攻撃したり分身のような動きで相手を翻弄したりですね……」


 アミィは、少しばかり苦笑を浮かべていた。彼女も、竜が絶招牙を会得できるか疑問に感じたらしい。


「竜の皆さんには、ブレスがあるから絶招牙を覚えなくても良いのでは?」


──そんなことはありません! 色んな飛び方が出来れば、きっと狩りも上手くなります!──


 ミュリエルに反論したのは、一同の視線を集めたファーヴである。彼は、シャンジーの背から体を起こし、シノブ達をつぶらな目で見つめている。


──そうですよ、私も練習しました!──


──私もです!──


──私も練習中です~!──


 シノブに乗っていたオルムル、シュメイ、フェイニーは宙に飛び上がると、それぞれ前転を始めた。それは、メイニーが得意とする絶招牙の一つである。どうやら、今日は八つある絶招牙のうち、これを練習したらしい。


 オルムルとシュメイは、翼を畳んで回転している。通常、竜達は翼と重力操作を併用して飛んでいる。しかし、今は重力操作だけで浮いているようだ。おそらく、前転しながらでは揚力を得られないからだろう。

 それはともかく、ころん、ころん、というのが適切なくらいの速度で子竜達が前転しつつ宙を前に進むのは、何とも奇妙なものである。


 光翔虎のフェイニーは元から知っていただけあって、一番回転が速かった。

 もっとも彼女でも、かなり甘く見て秒間一回転というところであろうか。メイニーは、少なくとも十倍は速く回るだろうから、まだまだである。

 なお、光翔虎には翼が無いため元から重力操作のみで浮いている。彼女が一番上手なのは、そのためかもしれない。


「まあ、色々知っていて損は無いよね。それに、回転しつつブレスを吐くとか、そういう技も出来るかもしれないし」


 シノブは、回転しながら火を吐いて飛んでいく怪獣がいたな、と思いながら呟いた。もっとも、あれは亀だった筈であり、竜である彼らが再現するのは様々な意味で困難だ。


──シノブさん、それです! 回転ブレス、絶対に習得してみせます! 絶対にです!──


──兄貴、素晴らしいです~! ファーヴちゃん、頑張るんだよ~! ボクも協力するよ~!──


 シノブの呟きは、ファーヴとシャンジーの心に響いたらしい。ファーヴは翼を羽ばたかせつつ、シャンジーは尻尾を激しく振りながら、真っ直ぐにシノブを見上げている。


──男の子はこういうの好きよね……まあ、面白いのは確かだけど──


 オルムル達も回転を()めたし、メイニーも僅かに(あき)れた(てい)ではあるがファーヴを見つめている。おそらく、その様子からすると彼女達も興味は惹かれたのだろう。しかし熱狂的に思念を発する雄の二頭ほどではないらしい。


「……ともかく、今はデルフィナ共和国だ。さあ、磐船に乗ろう! シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌ、すぐに戻ってくるからね!」


 やはり竜や光翔虎にも男女の差があるのだろうか。そんなことを内心考えたシノブだが、今は目的地であるデルフィナ共和国の首都デルフィンに急ぐことにする。シャルロット達に声を掛けた彼は、磐船の甲板に一跳びで跳び乗った。

 アミィや子竜達、三頭の光翔虎がシノブに続いて磐船に乗り込むと、炎竜イジェは再び空に舞い上がる。そして手を振るシャルロット達が見上げる中、磐船は一気に高度を上げると青空の中へと消えていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年1月10日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ