03.11 治癒術士の薔薇庭園
日もだいぶ傾き、あたりが赤く染まっていく頃。
伯爵達が再び魔法の家へと訪れた。シノブは、来訪した彼らを玄関先で出迎える。
伯爵はいつもの略装の軍服だが、女性達はそれぞれ昼とは装いを変えていた。
シャルロットは先日の真紅のドレスではなく、涼しげな印象のスカイブルーのドレスを着ていた。
彼女の瞳の色に近い、輝くような青いドレスはすらりとした肢体をより魅力的にみせるためか、スレンダーラインのロングドレスであった。
トップはハイネックで肩が大きく露出しているが首元まで上品に覆っているため、むしろ清楚な印象を受ける。
ウェストは腰高にきゅっと絞られており、外を歩くことを考えてか裾も足首が見える程度ですっきりと纏められていた。
飾りの少ないシンプルなデザインだが、それがなおさらシャルロットの美しさを引き出しているようにシノブには感じられた。
緩やかなウェーブを描くプラチナブロンドも細めのバレッタで纏め、楚々とした印象である。
シャルロットのすぐ後ろにいるミュリエルは可愛いピンクのドレスである。
バルーンタイプのスカートの丈は膝よりちょっと下くらいで、白いタイツが覗いている。艶のあるアッシュブロンドにはドレスと同色の大きなリボンで飾られており、愛らしさに華を添えていた。
夏場であるせいかノースリーブではあったが、全体としては年齢にふさわしく露出の少ない可愛らしいデザインだ。
その隣のミシェルはいつもの侍女服のようなワンピースドレスだが、小さな髪飾りを付けてちょっとだけおしゃれをしている。
子供達の後ろで優しげに微笑んでいるカトリーヌは妊娠中ということを考えてか、薄青のAラインのドレスを着ていた。
まだ非常に早期であるため、そこまで気にする必要はないはずだ。しかし待望の男子出産となるかもしれないので、それを阻む要素はどんな僅かなものでも排除したいのだろう。
第二夫人のブリジットもカトリーヌに合わせたのか、薄緑のAラインのドレスだ。控えめな彼女らしく飾りの少ないドレスを身に纏い、一番後ろに静かに立っていた。
「これは美しい……」
シノブは、思わずそう言った。
「そ、そうか。まあ母上達はドレスを着なれているからな。私など軍服と甲冑ばかり着ていたせいか、なんだか変な感じがするのだが……」
シャルロットは赤くなりながら、シノブを見つめた。
「いえ、シャルロット殿も美しいですよ。一昨日の決闘の時が戦女神なら、今は美の女神かな……」
こんなセリフを言うのは生まれて初めてのシノブ。だが、思わずそう言いたくなるほど、彼女の姿は美しく見えたのだ。
「……すまないが、そろそろ屋内に入れてもらえないかな? なんだかとても熱いので、早く魔法の家で涼みたいのだが」
伯爵がニヤリと笑いながらシノブとシャルロットに向かって言った。
「こ、これは失礼しました! さあ、どうぞ!」
シノブは慌てて伯爵達を中へと招き入れた。
「……私達もドレスを着てくればよかったかな?」
「シャルロット様の前では私達なんか何を着ても同じじゃない?」
軍服姿のミレーユとアリエルは、若干寂しそうな表情でお互いを見ると、彼らに続いて入っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「おお、これは……」
ダイニングのテーブルに並んでいる料理の多くは伯爵達にとって見慣れたものだったが、目を引いたのは中央に盛られた鶏と野菜の冷製仕立てであった。
大きな皿に氷をたっぷりと盛り、その上に細く切った鶏肉や色とりどりの野菜を綺麗に盛り付けている。
ミュリエルやミシェルを考慮したのか、押し麦のリゾットに野菜の煮込みのような食べやすい物も出されている。
そして、野菜や大豆がたっぷりと入った栄養のありそうなスープも冷製のようである。
暑い時期ということを考慮して、魔法の家に備え付けられた大きな冷蔵庫を活かした献立にしたらしい。
「凄いね。この氷も魔道具で作ったのかな?」
伯爵は料理を見るなりシノブに問いかけた。
「ええ……そうだよね、アミィ?」
自分は料理に関わっていないため、アミィに確認するシノブ。
「はい。あちらの魔力冷蔵庫で作った氷です」
アミィは伯爵に微笑むと、そう答えた。
「う~む。凄いな。冷蔵庫は館にもあるが、これほど大量の氷を惜しげもなく使うとは……」
やはり、アムテリアが用意した魔力冷蔵庫の性能は飛びぬけているようだ。
「ともかく、皆さん席についてください」
シノブの声に、一同は席に着いた。
奥側にカトリーヌ、伯爵、ブリジット、アリエル、ミレーユと並び、その対面にシャルロット、シノブ、ミュリエル、ミシェル、ジェルヴェと座った。
なお今回、アミィは料理人として参加したいようで、彼女は共に準備をした侍女のアンナやサビーヌと控えたままだ。
最初の晩餐のように、シノブがアムテリアへの感謝の言葉を唱え、一同はそれに唱和する。
伯爵家での会食と違い、ほとんどの品々が既に並べられているため、それぞれ目についたものから味わい始める。
「冷たくて食べやすいですね」
カトリーヌは、冷製の品が気に入ったようだ。伯爵が手ずから取り分けた、冷たく冷えた鶏肉や野菜、冷製のスープを味わうと、にっこり微笑んだ。
「本当に。でも、これだけのものを良く短い時間でお作りできましたね」
ブリジットも冷製仕立てのスープを味わいながら、不思議そうにいった。
「この魔力冷蔵庫は、短時間で冷やすこともできますし、氷もすぐ作れますから」
アミィは、夫人達にそう説明する。
「ブリジット様。アミィ様のおっしゃる通り、この冷蔵庫はあっという間に冷やしてしまいました」
ブリジット付きの侍女サビーヌも、そう言い添える。
「それは凄いな! ここは涼しいし、毎日この家で夕食を食べたいものだよ!」
伯爵も感心したような口調で言う。大勢の客を招いたのでエアコンを稼働させており、室内は適温に保たれている。
「確かに。ヴァルゲン砦のように肌寒くもなく、とても快適ですね」
シャルロットは父の言葉に同意する。
日本の夏ほど暑くはないが、領都も夏はそれなりに気温が上がる。それが、ここでは適度な涼しさが保たれている。
「シノブお兄さま、魔法の家をずっと出しておくことはできないのですか? そうしたら毎日お邪魔したいです!」
子供用に少し甘く味付けしたリゾットを美味しそうに食べていたミュリエルは、隣のシノブを見上げながら自身の希望を伝える。緑の瞳は期待に満ちて輝き、愛らしい容貌には笑顔を浮かべている。
「……そういえばジェルヴェさん、さっきの件は?」
シノブは、なぜかミュリエルに答えずに、家令のジェルヴェへと話しかける。
「それが……領都内には空地は少ないものでして……まだ充分探せていないせいもありますが、かなり離れたところしか見つかっておりません」
ジェルヴェはシノブに困惑したような表情で答えた。
「シノブ殿! ここを出ていかれるのか!」
「シノブお兄さま! ずっとお側にいてください!」
突然のことに、シャルロットとミュリエルが、それぞれシノブを見つめ、悲鳴のような声で問いかけた。
母同様に冷製の品々を楽しんでいたシャルロットは手に持ったフォークが食器にあたり、耳障りな音を立ててしまう。
ミュリエルはといえば驚きのあまりスプーンを取り落としていたが、全く気がついていないようだ。
「しかし、毎回裏庭を占拠するのも問題だと……」
両隣から同時に叫ばれたシノブは、戸惑った表情で答えた。
「父上! 近くの公邸をお貸しして、そこの庭に置いたらいかがでしょう?」
シャルロットは対面の伯爵へと向きなおる。
「公務と関係の無い私が屋敷を借りるのも問題では?」
公邸と言う以上、公職に就いていない自分が使う権利はない、と思うシノブ。
「まあまあ、シャルロットもミュリエルも落ち着きなさい。要は、魔法の家を置ける場所があれば良いのだろう?
ジェルヴェ、薔薇園は改修中だと思ったが?」
伯爵はジェルヴェに問いかける。
「はい、中央に噴水を設置する予定ですので一旦整地したところです。およそ15m四方を空けております」
ジェルヴェは伯爵の意図が分かったのか、一転して明るい表情で答えた。
「ならば、そこを使ってもらえば良い。整地済みなら魔法の家を置く分を残して、他は芝でも植えておけば良いだろう。
シノブ殿。まだ案内していなかったと思うが、館の西側には当家自慢の薔薇の庭園があるのだよ。今は時期ではないが、春と秋はなかなか風情があって良いと思うよ」
伯爵はシノブへと笑いかけた。
「薔薇園の中に魔法の家! 素敵です!」
泣きそうになっていたミュリエルは、明るい笑顔を取り戻した。
隣で不安そうに聞いていたミシェルも笑っている。
「素晴らしいですね。今度からこちらで診察してもらおうかしら?」
カトリーヌもその光景を想像したのか、にっこりと微笑んでいた。
「……よろしいのですか?」
シノブは、伯爵に問いかける。
「何を言っているのだね。シノブ殿には末永く逗留していただきたいと思っている。勝手な言い分だが、カトリーヌの件もあるしシノブ殿が居ないと我々のほうが困ってしまうよ」
「そうでございますとも。御子の誕生までシノブ様とアミィ様が頼りでございます」
伯爵とジェルヴェは、真剣な表情で口々にシノブに言う。
「父上の言うとおりだ。シノブ殿、この屋敷を出るなんてことは言わないでほしい。
その……私も……シノブ殿と共に居たいと思っている……」
シャルロットは色の薄い頬を赤く染めながら、シノブに小さな声で言った。
「シャルロット殿……」
シノブは、シャルロットが恥じらう様子に見惚れてしまった。
「あっ……シノブ殿と修行して、もっと強くなりたいのだ! シノブ殿ならお爺様より強いだろうし、私も……その……」
慌てるシャルロットに、シノブ達は思わず笑ってしまった。
「シャルロット。お前はもう少し武術以外にも目を向けるべきだと思うよ。代々の習わしとはいえ2年も砦にやったのは間違っていたかもね」
伯爵は戸惑う娘を優しく見つめながら冗談ともつかない口調で話しかける。
「まあ、あなた。そんなことを言って良いのですか?」
カトリーヌは伯爵の発言に苦笑し、その顔を見つめた。
「口うるさい父上が居ないから大丈夫さ。そうそう、父上はしばらく王都から離れられないようでね。
だから、シャルロットを領軍の第三席司令官に据えて私の補佐をしてもらうよ。今日はシャルロットとその打ち合わせをしていたところだ」
伯爵はカトリーヌに微笑みながら娘の転属を告げた。
「ヴァルゲン砦はポネットを正式に司令官とする。シャルロットには本部で父上が抜けた穴を埋めてもらうつもりさ」
「お父さま! 本当ですか!?
お姉さま! ずっと館にいてくださるの!?」
ミュリエルは姉が臨時ではなく正式に帰ってきたことに喜びを隠せないようだ。
席を立ってシャルロットの下に走り寄った。
「ああ。これからはもう少し構ってやれると思うぞ」
シャルロットも、満面の笑顔のミュリエルに微笑み返し、その頭を撫でた。
その後は和やかな雰囲気で食事を楽しみ、会話が弾んでいった。
デザートにはなんとアイスクリームと果物のシャーベットまで出され、ミュリエルやミシェルは大喜びしていた。
伯爵達もシャーベットは何度も食べたことがあるが、アイスクリームは知らなかったようで、しきりに感心していた。
「本当に美味しいですね。あまり食べるとお腹が冷えてしまいそうだけど……。
これは、誰でも作れるのですか?」
カトリーヌも興味をもったようで、少しずつ味わいながらアミィに質問する。
「はい。簡単に言えば、ミルクや生クリームに砂糖を入れて冷やしながら、かき混ぜるだけです。かき混ぜるのは単純に力仕事ですが、冷やすのは冷蔵庫か冷却魔術を使うことになります」
もちろん塩や硝石などを使って化学的な方法で冷やすこともできるが、この世界では魔法に頼った方が簡単なので、アミィはそう説明した。
「なるほど。我が領は牧畜も盛んだし、良い特産物になるかもしれないね。
アミィ殿、このアイスクリームは我々が作っても良いのかね?」
妻達が美味しそうに食べるのを見ていた伯爵は、アミィへと視線を向ける。
「もちろんです。アンナさんとサビーヌさんには教えていますので、ぜひ皆さんで試してみてください」
アミィの言葉に、女性陣は大喜びだ。
ミュリエルとミシェルは歓声を上げているし、ミレーユまでそれに加わっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「アミィ、今日はお疲れだったね。ありがとう」
来客達が引き上げた、シノブとアミィだけになった魔法の家。今日は久しぶりに魔法の家で過ごすことにしたのだ。
「アンナさん達との料理は楽しかったですし、皆さんに喜んでもらえてよかったです!
あの……シノブ様、本当にお片付けされるんですか?」
事前の準備が忙しく、夕食の間は給仕に徹していたアミィは、皆が帰った今、一人夕食を食べている。
「今日、俺は何もしていないからね。アミィの仕事を取ってしまうのは悪いと思うけど、今日ぐらいは見逃してよ」
シノブは、アミィに笑いかける。
キッチンには魔力食器洗い機まであるので、それほど大変でもない。だが、普段アミィは「従者の仕事です!」といってシノブに家事をさせない。
今日は特別ということで何とか説得に成功したが、それでもアミィは気になるらしい。
「シノブ様にお片付けしてもらって一人で食べるのは、なんだか凄く違和感があります……」
アミィは言葉通り居心地が悪いのか困り顔で、狐耳もちょっと垂れ気味である。
実はアンナやサビーヌも誘ったのだが、彼女達は遠慮して帰っていった。遅番の家臣もいるので、館にある使用人用の食堂に行ってもまだ充分間に合うそうだ。
アイスクリームやシャーベットなどをお土産として渡すと、彼女達は恐縮しながら受け取り館へと帰っていった。
「たまには良いじゃない。今日は本当にありがとう。皆も喜んでくれたし、俺も嬉しいよ。
冷製仕立てやアイスクリームなんて、よく思いついたね」
シノブはキッチンで皿などをざっと洗い流しながら、魔力食器洗い機へと入れていく。
「はい! 夏場なので冷たくして食べやすくしたらいいかな、と思って。
アイスクリームは、シノブ様が旅行前に調べていたサイトの情報を参考にしたんですよ!」
アミィはシノブに褒められたのが嬉しいようで、にっこりと微笑んだ。
彼女によると、シノブが旅行前に立ち寄ろうかと検討してチェックした牧場のサイトに書いてあった情報らしい。
「あ~、そうか。アイスクリーム作り体験教室とかあったよね……」
シノブは、事前にダウンロードした牧場のサイトを思い出した。
彼が持っていたスマホの情報を引き継いでいるアミィは、それらを上手く活用したようだ。
「アイスクリームは皆さん喜んでいましたし、こっちでも作れるようになれば良いですね」
アミィは、話題のアイスクリームを食べながらシノブに言う。
「そうだね。カトリーヌ様も、お腹が冷えたら困ると言って少し食べたらミュリエルに譲っていたけど、もっと食べたそうだったからね」
シノブは、食事の時の女性陣の様子を思い出した。普段、軍人らしくと心がけているシャルロットですら、このときばかりは表情を緩めて初めての味を堪能していたくらいだ。
「カトリーヌ様、男の子が生まれるかもと凄く気にされていますからね~。今からあんなに気を張っていては、体に悪いかもしれません……」
アミィは妊娠に喜ぶ伯爵達、特にカトリーヌの様子を思い出して、少し心配そうだ。
「そうだね。でも、ここだけの話だけど本当に男の子かもしれないよ」
「えっ、そうなんですか! もしかして、魔力感知でそこまでわかっちゃうんですか?」
シノブの言葉に、アミィは非常に驚いたようだ。
「治療院に行ってから、いろんな人の魔力をチェックしているんだけど、どうも男女の差がわかってきたように思うんだ。
でも、まだ確信をもって言えるほどじゃないから、アミィも内緒にしてね」
シノブはアミィに口止めをしておいた。伯爵達の様子を見ていると、ぬか喜びをさせるわけにはいかない、と思ったのだ。
「……そうですね。万一間違いだったら、がっかりしますよね。
でもシノブ様、本当に魔力感知が上達されましたね。決闘の時も感知でシャルロット様の出方を上手く察していたように思いましたけど」
「ああ。魔力感知や操作を上手く使えば色々出来そうだし、森でアミィに特訓してもらってよかったよ。治癒魔術や戦い方が上達したのも感知と操作を使いこなせるようになったからだし。
これなら俺もお世話になるだけじゃなくて、ここで皆の役に立てそうだね」
異世界に来て何ができるだろう、と思っていたシノブ。
それだけに、アミィに教えてもらった魔術で伯爵家の人々に喜んでもらえたのは、素直に嬉しかった。
「シノブ様は、もう立派にこちらの世界で活躍されていますよ。伯爵やシャルロット様を始め、皆から頼りにされていますし。私のサポートなどいらないくらいです」
アミィは、シノブを元気づけるように優しく微笑んだ。
「ありがとう。でもアミィの助けがあってこそだよ。これからもよろしくね!」
「はい! 当然ですシノブ様! こちらこそよろしくお願いします!」
シノブとアミィは互いの顔を見ると、これからも一緒に頑張ろうと誓い合った。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日。早速、敷地の西側にある薔薇の庭園に訪れたシノブ達。
「これは、立派なものですね……」
綺麗に剪定された何千株もの薔薇の木が美しい模様を描くように配置されている庭園。
夏の盛りということもあり、いくつかの品種を除いては花を付けずに秋に備えているが、それでも美しく整えられた様子やアーチを覆う緑を見てシノブは感嘆した。
「気に入ってもらえたようで良かったよ。ほら、あそこに噴水を作るつもりだったんだ」
伯爵が指し示す庭園の中央には、広く空けられた場所があった。
「ありがとうございます。それでは早速出しますね」
シノブは、綺麗な庭園の中央を惜しげもなく貸してくれた伯爵にあらためて礼を言ってから、魔法の家を展開した。
「わぁ~、やっぱり薔薇園に可愛いお家が似合っていますね!
シノブお兄さま、もし、私が病気になったらここで治療してくださいね!」
「うん。でも健康なのが一番だよ」
ミュリエルの言葉に思わず苦笑するシノブ。
彼の手を引いて魔法の家へと入っていくミュリエルを、伯爵は微笑ましそうに見ていた。
「……お前は行かなくて良いのかね?」
そして、伯爵は隣にいるシャルロットに語りかける。
「……武芸のみに生きてきた私には、ああいった真似はできません」
シノブとミュリエルの様子に寂しそうな表情を浮かべるシャルロット。
「何を言っているのかね。まだこれからだろうに。
決闘の時は、あれだけ攻勢に出ていたお前が、こうも尻込みするとはね。
もう一回『逃げるなんて卑怯だろう』と手紙を書いたほうが良いのかな?」
伯爵はそんなシャルロットを穏やかな笑みを浮かべて見つめた。
「さあ、行っておいで。戦わないと勝ち取れないのは、戦も恋も同じだよ」
伯爵は娘の肩に手を掛けると、優しく前へと誘った。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から第4章になります。
本作の設定集に3章の登場人物の紹介文を追加しました。
上記はシリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。




