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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
327/745

15.07 死んだ戦友の口癖だ

 アルマン王国の王都アルマックは、人口八万五千人の大都市だ。南東の港町を含めての人口だが、ガルゴン王国の王都ガルゴリアとほぼ同数、カンビーニ王国の王都カンビーノよりは五千人は多いエウレア地方でも有数の大都市である。

 アルマックを超えるのは旧帝都の九万人とメリエンヌ王国の王都メリエの十五万人だけだ。要するに、アルマックはエウレア地方で三番目か四番目の巨大都市なのだ。


 アルマックの主要部分は他の都市と同じく円に近い形状だが、その南東部から海岸の間にも街が追加されている。そのためアルマックは、大雑把に言えば円形の主要部と海に向かう末広がりの台形が繋がっているような形状であった。


 そして海岸まで街を伸ばす理由は港である。港から主要部分までは倉庫や海運関係者の住居、それに船乗り相手の繁華街となっているのだ。そこでアルマックに住む者は、主要部分を城下町、台形部分を港町と呼んでいる。

 城下町は高さ10m以上にもなる城壁で囲まれているが、南東部には港町と繋がる大門がある。そのため城下町は、他とは違い東西南北と南東の五つの大門を持っていた。

 この港町にも、少々低めだが王都に相応しい立派な城壁が存在する。港には壁は無いから城壁があるのは三方だ。城下町の側から海へと伸びる城壁には、それぞれ四つずつの門が置かれている。


 そして今、その港町の城門の一つ、南方へと繋がる大門を一人の男が(くぐ)ろうとしていた。


「次!」


 人族らしき衛兵が、こちらも人族らしき男へと顔を向ける。もっとも、双方が人族というのは特に珍しいことではない。アルマン王国には人族が多く、衛兵達や都市に入ろうとする者達の大半が人族であった。ちなみに、残りは北方に多い狼の獣人や狐の獣人、それに熊の獣人である。


「マドウェイ東七十八番街のアレックス・ガンダー、商人です」


 柔らかな声で門を守る衛兵に名乗ったのは、細身の三十歳前らしき金髪碧眼の男性であった。口にしたとおり商人らしいが、腰には小剣を佩いている。

 しかし護身用に剣を持つ者は多いから、衛兵達も見咎(みとが)めることはない。


 アルマン王国は他の国と違い魔獣の森など存在しないから、他国より狭くても多くの人口を抱えることが可能だ。とはいえ国内に魔獣がいないわけではなく、他より数が少なく小型というだけである。したがって、商人といえど護身の武器は必要だ。


「あちらは使用人のファル・コンジーです」


 アレックスと名乗った商人は、馬車の御者台に乗っている人族の男を指差しながら通関証明書を衛兵に渡す。彼の後ろには幌付きの馬車があり、御者台には同じく痩せ型の若者が座っている。

 栗色の髪に茶色の瞳の若者は、まだ二十歳(はたち)といったところであろうか。商人にしては長身で、アレックスという男よりも更に背は高い。それに、痩せているというより引き締まっていると言うべきか。ただし、こちらは旅慣れていないのか若い顔には緊張が滲んでいる。


「……ふむ、問題は無い……無いのだが……」


 衛兵の(おさ)らしき男は、通関証明書を眺めながら重々しく呟いていた。彼の部下達は、馬車の中を改め終わっている。したがって、問題が無いのなら、さっさと通すべきであろう。


「そういえば……」


 アレックスという商人は、懐から取り出した包みを、素早く衛兵の手に滑り込ませた。渡したのは、大きさの割に重たそうな包みである。どうも、賄賂を贈ったらしい。


「おお! アレックスとやら、待たせたな! 通って良いぞ!」


 (おさ)らしき男は、重みからそれなりの量だと察したのだろう。彼は(しか)めていた顔を綻ばせると、通関証明書を戻し馬車の前から退(しりぞ)いた。


「ありがとうございます」


 如才ない笑顔を浮かべたアレックスなる男は、軽快な動作で御者台に乗り込んだ。そしてファルという使用人が手綱を操ると、二頭の馬は馬車をゆっくりと()いていく。

 彼らの後ろでは、衛兵達が新たな荷馬車へと向かっている。都市に入る者達を調べる重要な任務だが、衛兵達にとっては自身の権威を見せびらかし、小遣い稼ぎをするための美味(おい)しい職務らしい。そのためか、兵士達の顔は朝日に増して輝いている。

 都市に入る馬車に乗った二人の男は、そんな光景を少しばかり皮肉げな顔で見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アルバ……」


「ファル、私はアレックス・ガンダーですよ。アルでも良いですがね」


 不満げな顔で呼びかけた若者の言葉を、年上の男が素早く(さえぎ)った。そう、彼らは偽名を使っていたのだ。年上の男が猫の獣人アルバーノ・イナーリオで、若者はフライユ伯爵家の家臣の一人ファルージュ・ルビウスである。

 とはいえ、今のアルバーノを見て彼と思う者はいないだろう。彼の頭上から猫耳は消え、今は人族のファルージュと同じく頭の両脇に耳があるように見える。それに本来は金髪金眼だが、瞳が緑色に変わっている。これは、アミィが作った人族に姿を変える魔道具を使っているからだ。

 なお、もう一方のファルージュは元の姿のままであった。アルバーノは北方には珍しい猫の獣人だが、ファルージュは人族だからである。

 それにシノブの側近として顔の売れているアルバーノとは違い、まだ二十歳(はたち)前で地位も高くないファルージュを知る者は少ない。そこで、彼は素顔のままであった。


「す、すみません……」


「普段から気を付けていないと、思わぬところで失敗しますから。まあ、あまり気にしないことです。反省は、戻ってからにしましょう」


 恐縮した様子のファルージュに、アルバーノは鷹揚に語りかける。商人らしい口調を心がけているのか、アルバーノは普段よりも穏やかな物言いであった。


「わかりました……しかし、賄賂ですか……例の件といい、許し難いことです」


 一旦は神妙に頷いたファルージュだが、再び怒りを顕わにしていた。それは若者らしい潔癖さ(ゆえ)でもあるが、彼の置かれた環境も関係していた。

 ファルージュは、フライユ伯爵領の元農務長官トリニタンの息子である。そのトリニタンは、前フライユ伯爵クレメンの陰謀に加担を疑われたが嫌疑不十分で刑の執行を免れ、北の高地での労働に回された。

 実際のところ、トリニタンに罪という程のものは無かったらしい。側近なのにクレメンの陰謀を見抜けなかったことが罪といえば罪であり、トリニタンが元の職務を外された理由もそれである。そのため彼は、北の高地でも罪人としてではなく、監督職として開墾の場で働いていた。

 しかし父の一件があったためだろう、ファルージュは不正というものを徹底的に嫌うようになったらしい。それで、賄賂を受け取る衛兵達を許せないのだろう。


「まあまあ。こういうのは商売に付き物です。それより、上手いこと似たような者に出会えて良かったではないですか」


 憤然たる表情のファルージュに、再びアルバーノが諭すように語り掛ける。

 似たような者とは、本当のアレックス・ガンダーとファル・コンジーである。アルバーノ達は先に都市オールズリッジに潜入したとき近郊の村で成り代わる相手を物色し、選んだのが更に南方の都市マドウェイから来た二人連れアレックスとファルであった。

 この二人組の商人は、村人を(だま)して粗悪品を売りつけようと相談していた。そこでアルバーノとファルージュは彼らを成りすます相手と定めたわけである。

 なお捕らえられた本物のアレックスとファルは、フライユ伯爵領の鉱山に送られた。彼らは今頃、半年の強制労働を始めている筈だ。


「そうですね……身元は……」


 ファルージュは、途中で口を(つぐ)む。大通りを行く馬車の上だから、多少の会話は両脇を歩く人の耳には入らないだろう。それでも、内容が内容だけに慎重になったらしい。

 他の国でもそうだが、アルマン王国でも都市の出入りには通関証明書が必要であった。身元が不確かでは、町や村ならともかく都市には入れない。そこで、彼らには成り代わる相手が必要だったのだ。

 もちろん、高度な身体強化が出来るアルバーノと、フライユ伯爵領で開かれた大武会で本選に出たファルージュである。アルバーノなら高さ10mの城壁でも一跳びで越えられる。それにファルージュも、道具を使うなどすれば城壁を越えることは可能だ。

 とはいえ、都市の中にも巡回の兵士などがいる。彼らに身元を確かめられたとき、何の証明も出来なければ、そこで終わりだ。そのためアルバーノ達は、どうにかして通関証明書を得る必要があったわけだ。


「そういうことです。村のためにもなりましたし、彼らも向こうに行った方が幸せになれますよ。それに改心したら、少しくらい便宜を図っても良いでしょう」


 本当に良いことをしたと思っているのだろう、アルバーノは屈託の無い表情で笑う。

 似たような名前の二人組が悪事を働く相談をしており、しかも彼らに家族はいないらしい。そうであれば多少乱暴だが鉱山送りにして成り代わっても良心が痛まないし、鉱山で心を入れ替えたらフライユ伯爵領で何か商売でもさせれば良いだろう。アルバーノは、そう考えているらしい。


「……さて、そろそろ宿を取りますかね。まだ、朝ですが馬車のまま周るわけにも行きませんから」


 アルバーノは、通りの脇を眺める。聞き込みのために王都アルマックに潜入したのだから、馬車は邪魔である。そのため、宿に預けたいのだ。


 ともかくドワーフ達の居場所を(つか)み、開戦の前に救出したい。そうしなければアルマン王国は、人質を盾に取るかもしれない。

 今まで救出したドワーフ達によれば、まだ二十人以上の職人が捕らえられたままだ。それに、一緒に移住した家族もいる。こちらは八十名近いらしい。彼らを助けないことには、これから先は手足を縛られたまま戦うようなものだ。それに、時間が経てば経つほどドワーフ達の足取りを追うのは困難になるだろう。


 しかも、ビトリティス公爵の代替わりもある。先日のガルゴン王国での事件は、そろそろアルマン王国の者も知るだろう。これが公爵を操ろうとしていた軍務卿のジェリール・マクドロンの耳に入れば、自身の策が破れたと悟るに違いない。その場合、証拠隠滅の一環としてドワーフ達を闇に葬るかもしれない。

 それらを思ったためか、アルバーノの顔は少々鋭さを増していた。


「はい……あそこは、どうでしょう?」


 アルバーノの内心を悟ったのだろう、ファルージュも余計なことは言わなかった。そして、彼は、少しばかり高そうな宿屋を指し示す。表通りに店を構えているだけあって値段は張りそうだが、その代わり面倒なことは無いだろう。


「ええ。馬車が盗まれないなら、何でも構いませんよ」


「では、あちらに」


 アルバーノの言葉を聞いたファルージュは、早速宿に馬車を寄せていく。高級な宿の常として、駐車するのは中庭である。この方が馬車や馬を盗まれにくいから、安宿以外はこういった造りになっているらしい。

 通りを歩いていた人は、ゆっくりと向きを変えていく馬車を見て立ち止まった。そして彼らが見つめる中、アルバーノ達が乗った馬車は宿の中庭に静々と入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「お兄さん、朝から景気が良いわね!」


「ああ、今年は羊毛が沢山売れたのでね! それに地方に持って行った魔道具も、高く売れたのです! さあ、君もこっちに来なさい!」


 しな垂れかかる酒場女を、アルバーノは満面の笑みと共に抱き寄せた。

 アルバーノ達とファルージュは、港近くの酒場へと入り込んでいた。まずは酒場に行こうと、アルバーノが言ったのだ。

 何しろ初めて来た町だから、王都の情報を多少なりとも仕入れないと聞き込みどころではない。そして朝から酒場が開いているのは、船員が多い港町だ。入港したら一杯という者もいるし、風待ちなどで港に残った者は朝から晩まで入り(びた)る。そもそも普通の商売をする者なら、日のあるうちは働くだろう。

 これらは、海洋貿易が盛んなカンビーニ王国生まれのアルバーノにとって常識であった。


「あら? こちらのお兄さんは、あまり飲んでいないわねぇ……もしかして、お酒は苦手?」


「いえ……そ、そうなのです。私は下戸(げこ)でして……」


 アルバーノとは違い、ファルージュは強張った顔である。彼はビールの入ったジョッキを握ったまま、飲もうかどうしようか迷っていたようだ。


 ただしファルージュも、アルバーノの考えを理解してはいるらしい。

 何しろ街の内情すら(ろく)に把握していないのだ。都市の構造くらいは上空からホリィ達が調べているが、見取り図があれば聞き込みが出来るというものでもない。

 今回は、ドワーフ達の居場所の把握が最優先だ。それには軍務卿達が良く現れる場所や彼らと親しい者などを知った上で、効率よく行動しなくてはならない。


 隠し港を使わせるくらいだから、軍務卿のジェリールやその長男は謎の若者グレゴマン・ボルンディーンの行き先を知っている筈だ。したがって二人を探れば、グレゴマンと共に消えたドワーフ達の手掛かりが得られるだろう。

 最初の隠し港にいたドワーフの職人は、見習いを除いて姿を消していた。どうやらホリィが発見した後、グレゴマンが連れ去ったらしい。

 アルバーノ達は、グレゴマンが隠し港から近い都市オールズリッジか、その先の王都にドワーフ達を移したのでは、と考えていた。どちらも軍港はあるから軍関連の施設に隠しているのではないか。彼らは、そう思ったのだ。


 しかしオールズリッジでは手掛かりを(つか)めなかった。

 もっとも一日や二日で、全ての施設を調べることは出来ない。それに隠し港を発見できたのは、海に面した船が進入できる大きさの洞窟に加え、大勢の魔力という目印があったからだ。

 魔力は遠方だとホリィなど金鵄(きんし)族か光翔虎でもなければ察知できないし、都市には人など幾らでもいる。そのため何らかの目星を付けなくては、ドワーフ達に辿(たど)り着くことなど無理である。


 そこで海軍の要人の行動を知ろう、というわけだ。それには下級軍人も出入りする酒場が最適である。とはいえ謹厳実直な武人であるファルージュには、朝から酒を飲むなど心の中で折り合いが付かないのだろう。


「ケイトちゃん、メグちゃん。何か景気の良い話、知らない? 行商は大変だからさ……お兄さん、王都で景気良く稼ぎたいんだよ」


 アルバーノは左右の商売女達に尋ねる。どことなく構いたくなるような笑顔と親しみの湧く声は、彼がこういったやり取りに非常に慣れていることを端的に示しており、向かいに座ったファルージュは、その目を丸くしている。


「そうねぇ。やっぱり、軍人さんじゃない?

アルお兄さんは遊び人みたいな感じもするけど……でも、体はしっかりしているし、結構腕も立つんでしょ? だったら、軍人さんとも付き合いやすいんじゃないかしら?」


「そうね~、ケイトの言う通りかも! ファルさんも良い体しているし、何となく軍人さんっぽい感じ!」


 女達は、上機嫌な様子でアルバーノの問いに答えていく。

 実は、アルバーノは高級酒を何本か買い取っていた。行商人だからボトルを店に置いても、次に来るのは何時(いつ)になるか定かではないからだ。

 そこで酒を買い取るわけだが、当然ながら本来の何倍もの値段になっており差益が店と女達に入る。したがって上客を得た女達の口は、常以上に軽くなったのだ。


「あら、ファルさん、どうしたの?」


 ファルージュの隣の女は、不審そうな顔を彼に向けた。正体を当てられそうになったファルージュが、ピクリと体を動かしたのだ。


「い、いや……私は怖いのは苦手でね……アルさんにも、よく馬鹿にされるんだよ」


「なんだ~! そんなに大きな体なのに、だらしな~い!」


 ファルージュは慌てて誤魔化したが、それが(おび)えているという彼の言葉を結果的に裏付けることになったらしい。両脇の若い女達は、大笑いしている。


「まあ、ファルは後で鍛えるとして、何か無いかなぁ?」


「今なら、ウェズリード様じゃない? 軍務卿様の長男様の。あの新しい魔術局長……何て言ったかしら? そうそう、グレゴマンって人とも親しいんでしょ?」


 女の答えを聞いたアルバーノの目が、一瞬鋭い光を放った。しかしそれは僅かな間のことであり、しかも彼は最前までの柔らかな笑顔を保っていた。そのため左右の女達も、彼の変化に気が付かなかったようだ。


「軍務卿といえば、ジェリール様だねぇ……そういえば船の性能が随分上がったようだけど、それも魔術なのかな?」


「船は魔法じゃ動かないわよ。ヴォーリ連合国のドワーフを招いて特別製の船を造ってもらったのよ。でも、それもウェズリード様の手柄らしいわ。もちろん、ジェリール様の後押しがあってのことでしょうけど」


 アルバーノの重ねての問いに、メグという女が答える。

 やはり、港町の女だけあって、船のことには詳しいらしい。流石に軍務卿や上級軍人が来ることは無いだろうが、下で働く者達は飲みに来るのだろう。その辺りが、彼女達の情報源だと思われる。


「なるほどね……でもね、お兄さんがいきなり行っても会ってくれないでしょ? どこかさ、お会い出来るところ、無いかなぁ?

別にね、悪いことするつもりは無いんだよ? 良く行くところとか……それに、ジェリール様やウェズリード様じゃなくて良いんだ。そのグレゴマンって人でも良いし、もう少し下の人でも良いからさ……」


 アルバーノは、困った感じを出した方が同情を引けると思ったのかもしれない。彼は、どことなく愛嬌のある表情で、左右の女達に尋ねかける。


「そうねぇ。確かにジェリール様やウェズリード様にお会いするのは難しいでしょうね……これは内緒なんだけど、軍港の端の造船所、あそこはお二人がお忍びで良く行くのよ。たぶん、新しい船や武器をあそこで造っているのね。それと、魔道具もあの辺かも」


「メグ、そんなところにアルお兄さんが行っても追い返されるだけでしょ。それよりゲオンド様か、その部下なら会えるかも。

魔術局で作った物にもね、民間で使えるのがあるのよ。ゲオンド様は、それを商務卿のヴァーガン様と協力して広めているの。お気に入りになるのは難しいと思うけど、軍の機密よりは可能性があるんじゃないかしら。優秀な人を探しているって言うし……」


 メグという女の言葉を、反対側のケイトが制した。おそらく、気前の良いアルバーノの一番のお気に入りになろうと考えているのだろう。二人は、交互にアルバーノへと提案をしていく。

 そんな様子をファルージュは驚きの表情で見守っていた。最初はアルバーノの振る舞いに失望していたらしい彼は、今では尊敬の思いを顕わにしている。

 するとアルバーノは、ファルージュに片目を(つぶ)ってみせる。彼は両脇の女性の話を聞きつつも、ファルージュにも気を配っていたらしい。

 もっともアルバーノの姿には、先達(せんだつ)としての威厳はあまり感じられない。何故(なぜ)なら彼は、左右のケイトとメグを今まで以上に抱き寄せて、目尻を下げていたからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「いきなり凄い情報を(つか)みましたね!」


 宿の部屋に入るなり、ファルージュは興奮が滲む声でアルバーノに語りかけた。

 アルバーノ達は、一時間少々で酒場を後にした。女達は気前の良いアルバーノ達が去るのを嘆いたが、二人が再訪を約して更に買い取った酒を惜しげもなく渡したから機嫌を直す。そのためアルバーノ達は後腐れなく帰れたのだ。


「海の男も港の女も口が軽い……どちらも、明日のことなど確かではないですからな」


 アルバーノは、本来の口調に戻っていた。少しばかり皮肉げな、そして感慨の滲む声音(こわね)で答えた彼は、どことなく物憂げな表情をしていた。もしかすると、若い頃を思い出したのかもしれない。


 アルバーノの生まれ故郷、カンビーニ王国の王都カンビーノは、海に面した都市だ。商船に軍艦、漁をする船。それらが途切れることなく出入りする良港を望む丘の上の都市が、彼の育った場所である。

 それ(ゆえ)子供の頃の、あるいは成人間もない頃のアルバーノが、船乗りになろうと思っても自然である。そして、国を飛び出して傭兵になった彼だ。実際に船に乗り込んだり、港の酒場に潜り込んだりしたこともあったのだろう。

 彼の言葉は、そんな過去が浮かぶような、重さと懐かしさ、そして苦味が混じった実感の篭ったものであった。


「……ともかく多くのことが明らかになりました。もちろん、推測混じりのことも多いですが」


 アルバーノは、備え付けの机に向かって書き物を始めていた。彼は、通信筒でホリィ達に連絡をするつもりなのだろう。


 金鵄(きんし)族の三羽は、二手に分かれていた。

 まずホリィとミリィはアルバーノ達の支援役として残り、この近辺の空で待機している。彼女達はアルバーノが(つか)んだ候補地に赴き探ったり、危急の時に彼らを助け脱出させたりする役だ。


「少なくとも、南側は何とかなりそうですな。しかし、北のマリィ殿達は……」


 アルバーノは残るマリィの名を挙げた。彼女や光翔虎達バージとパーフ、それにダージとシューフは、更に北に向かっていた。


 助け出したドワーフ達は、故国から隠し港への航海の途中で家族と別れたという。

 彼らは船で隠し港に運ばれたが、その途中で『隷属の首輪』を装着された。そして職人達は『隷属の首輪』を装着した直後に、自身の家族と別れたそうだ。

 『隷属の首輪』の装着は海を渡って港に寄った時だというから、おそらくアルマン王国のどこかに寄港したのだろう。そして航路などから考えると、寄港したのは王都アルマックより北だと思われる。


 アルマックの北の都市は、近い方からラルナヴォン、ドォルテア、ベイリアル、リンプトン、アルベルダムと並んでいる。そしてヴォーリ連合国のメリヴィッコ村から出港した場合、ブロアート島のベイリアルかリンプトンに寄る可能性が高い。

 ただし、海に詳しくないドワーフ達の言うことだ。彼らの家族が降ろされたのは、ラルナヴォンやドォルテアかもしれない。そこで、マリィ達はそれぞれの都市を偵察しにいったわけだ。


「ですが職人達は見つかるのでは? こちらの軍港の南端の造船所と、オールズリッジの軍港の北の造船所。このどちらか、あるいは双方だと思います!」


 ファルージュは、新式の造船や武器製造に関わっているらしい二箇所を上げた。一つは女達が最初に挙げた場所で、もう一つは更なる会話で聞き出した場所だ。どちらも隠し港からも近いから、救出できなかった者達がそこに連れて行かれた可能性は高い。


「そうですな……しかし、空中から発見できなかったとなると、建物の奥……もしかすると地下ですかな。それも書いておかねば……」


 アルバーノは、更に紙に文章を追加していく。

 ホリィとミリィは、空中や建物の上から『隷属の首輪』の魔力波動を探している。彼女達は、ある程度接近すれば『隷属の首輪』を感じ取ることが可能だ。しかしシノブとは違い、感知できる距離は短い。そのため、相手が高層の建物の一階にいれば屋上から探ることは出来ないのだ。

 したがってドワーフ達がいるのが、あまりに巨大な建物だったり地下に閉じ込められていたりするなら、屋内に入らないと居場所を(つか)めないだろう。


「都市まで特定できれば、閣下にお出まし頂けば……」


「……とはいえ、全て閣下に(すが)るのは少々情けないですな。さて、送りますか」


 アルバーノは、苦笑しながら通信筒に紙を入れる。

 シノブなら、『隷属の首輪』の魔力が都市のどこにあっても感知できる。そのため彼に来てもらえば確認は容易だが、アルバーノはそれを良しとはしないらしい。確かに何でもかんでもシノブに頼っていては、彼さえいれば良い、ということになる。

 普段は冗談めいた発言の多い彼だが、優れた武人だけあって、自力で解決できることまで主に頼むつもりは無いようだ。


「そうですね。ところで、これからどうしますか? 商務卿のヴァーガン・ギレッグズに、軍務卿の配下のゲオンド・ベウエルズですか。この二人に接触してみますか?」


 ファルージュが挙げた二人は、酒場の女達が商人なら近づきやすいだろうと言った者達だ。どちらも普段は城下町の中心の政庁や軍本部にいるが、商務卿は商業港、ゲオンドは軍港と商業港の双方に顔を出すらしい。そこで女達は、港で張っているようにとアルバーノ達に勧めたのだ。


「ファル君? 商売熱心なのは結構ですが、少々入り込みすぎでは?」


 自分達の本当の目的は商売ではない、とアルバーノは言いたいようだ。

 酒場では商人として振る舞ったから、女達はそれに相応しい相手を挙げた。しかし、アルバーノ達の真の目的は違う。

 そもそも商人らしく見えるように馬車に売り物を積んでいるが、一時の売り買いならともかく商談などすれば呆気(あっけ)なく見破られるのではないだろうか。それを思ったのか、アルバーノは深い笑いを浮かべていた。


「そ、そうでした……では?」


「まずは軍務卿ですな。それに長男。そのどちらかの側に、グレゴマンもいるのでは? もっとも、魔術局長なのに軍本部にはあまり顔を出さないらしいですが……」


 頭を掻くファルージュに、アルバーノは楽しげな笑みを浮かべながら答えた。

 アルバーノは城下町の中心にある軍本部、あるいは軍務卿の館にでも潜入するつもりであろうか。彼は少々悪戯っぽい悪童といった方が良さそうな表情で、窓の外に視線を向けた。

 窓の外に見えるのは、周囲の建物だけである。しかしアルバーノは、その向こうにある王都アルマックの中央が見えていると言わんばかりの表情をしていた。


「お供します!」


「心意気は買いますが、まずは本選で一勝することですな。組み合わせも悪かったと聞いていますがね」


 アルバーノの言う本選とは、大武会のことだ。ファルージュは、本選の一回戦で敗退した。もっとも彼が当たったのは三回戦まで進んだジェレミー・ラシュレーである。したがって、アルバーノが言う通り運が悪かったのも事実ではある。


「くっ……」


「後ろで待機するのも大切なことですよ。死んだ戦友の口癖でした……そう言った癖に、前線の私を助けようとして散ったのですがね。

ともかく一人で突っ込んでいくのは、十年早い……いや、二十年ですか。こんなことを私が言っても説得力はありませんが」


 アルバーノは、悔しげな表情となったファルージュの肩を叩いた。彼の優しく穏やかな顔は血気に(はや)る若者を見ているようであり、その向こうを見ているようでもあった。

 おそらくアルバーノは、二十年前に故郷を飛び出し傭兵となった自分の姿をファルージュに見たのだろう。失脚した父の代わりに功を上げようと焦るファルージュは、傭兵になって一旗揚げようとした若き日のアルバーノと重ならなくもない。

 そんな思いが伝わったのか、ファルージュの顔から焦りが消えていく。そして倍ほども歳が違う二人は、これからの段取りの相談に移っていった。

 彼らの顔には、既に焦りや感傷は無い。あるのは己の使命を果たさんという、冷徹でありながらも熱い思いだけだ。親子ほども違う二人だが、それらに輝く戦士の顔は、鏡写しのように似通っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年1月2日17時の更新となります。


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