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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.04 嘘だと言ってよ、フェイニー

 夕方も近くなり、デルフィナ共和国の森の遥か西には、だいぶ低くなった太陽が浮かんでいる。もっとも、四月ということもあり日は長く、まだ周囲は明るい。そして森の上空には、その太陽に向かうように飛ぶ一団の姿があった。それは、シノブ達である。


 シノブ達は、先に行ってしまった光翔虎のシャンジーを追いかけて西に飛んでいた。追いかける一行は、シノブとアミィ、そして四頭の光翔虎だ。シノブとアミィを乗せたメイニー、彼女と同じく共に来たフェイニー、シャンジーの父フォージと母リーフである。

 彼らは、デルフィナ共和国の東部の森にあるフォージ達の棲家(すみか)に向かっている最中だ。


 そしてシノブとアミィは、棲家(すみか)に向かう間に訪問の目的を果たすべく、旧帝国領の海岸で発見した階段のことをフォージ達に伝えていく。


──禁忌の技を使う者……か。愚かなことよ──


──今のところ目にしていませんが……充分に気を付けます──


 フォージとリーフは、シノブ達の話を聞き終えると、(いきどお)りと警戒が滲む思念を返した。

 シノブ達がイーゼンデックで見た断崖絶壁の階段は、彼らの棲家(すみか)から東に500km弱である。そして、遥か西のアルマン王国からの船がイーゼンデックを目指すなら、デルフィナ共和国の近海を通るし、もしかすると補給などのために立ち寄るかもしれない。そこで、シノブは二頭に伝えたのだ。


「帝国は竜を隷属させたこともある。アルマン王国に行った残党は魔道具技師を連れていったらしい。だから、竜や光翔虎に使う『隷属の首輪』を新たに製造できるかもしれない。それに、秘薬の件もある」


──そうです! 私達も苦しめられた、異形になる元です!──


 シノブに続いたのはフェイニーだ。よほど憤慨したのだろう、彼女は普段とは違う鋭い思念を発している。だが、それも無理はないだろう。フェイニーや両親のバージとパーフは空飛ぶ竜人と戦ったときに、その血により凶暴化したからだ。


 光翔虎は、戦いでは主に牙や爪を使う。人間でいう風魔術を使った遠距離攻撃も可能だが、多くの場合、優れた身体能力を活かした接近戦を選ぶようだ。

 そして一ヶ月以上前、フェイニー達は竜人の一種翼魔人(よくまじん)と遭遇し戦った。そのとき彼らは生来の武器で戦い、竜人の血に触れることとなったのだ。


──魔力で脚を覆って叩き落とせば安全ですわ。そのまま押さえつけておけば、シノブさん達が元の人間に戻してくれますから──


 メイニーは、ガルゴン王国でのことを説明する。

 ビトリティス公爵の館で、メイニーは自身の前足を魔力で覆い、竜人に直接触れないようにして倒した。これは、相手を傷つけずに捕獲するには非常に有効な手段であった。


「はい、治癒の杖で戻せます! 転移の神像も設置しますから、何かあれば知らせてくださいね!」


 アミィもアムテリアから授かった治癒の杖について語る。

 フォージ達の棲家(すみか)の近くにも、転移のための神像を設置する。したがって彼らの(いず)れかが取り押さえている間に知らせに来てくれたら、竜人を元の姿に戻すことは可能だ。


──うむ。異形となった者が(みずか)らの意思で動いているとは限らぬのだな。配慮しよう──


 フォージは、メイニーから聞いた内容を思い浮かべたようだ。

 ビトリティス公爵や彼の重臣達は『隷属の首飾り』で支配されていた。もはやこれまでと思ったときに竜人化の秘薬を使えと、彼らは事前に命じられていたらしい。つまり、公爵達が望んで竜人になったわけではないのだ。

 そんな相手に命で償わせても、とフォージも考えたのだろう。


──そろそろ私達の棲家(すみか)です。『光の使い』よ、息子の暴走、お許しください──


 リーフは、彼女達の棲む場所が近いと伝える。しかし彼女の思念は少々恥ずかしげであった。フォージとリーフの息子であるシャンジーは、シノブに決闘を申し込んだからだ。


 どうやらシャンジーは、フェイニーが大きくなったら自身の(つがい)とするつもりらしい。そして彼は、フェイニーがシノブと親しく過ごしているのを(つがい)となるためと誤解しているようだ。

 フェイニーや子竜達が、シノブと就寝を共にしているのは、あくまで子供達がシノブの魔力を吸収するためだ。しかし種族の違いはあれど他の男の側にいるのは、シャンジーにとって気になることだろう。


「突然のことで驚いたんだろう。別に良いよ」


 シノブは、シャンジーの発言について気にしていなかった。百歳のシャンジーだが、大人として扱われる年齢の半分でしかないのだ。

 この世界の人類は、十五歳で成人扱いされる。それを思えば、シャンジーは七歳から八歳程度と考えることも出来る。仮に日本と同じだとしても、十歳前後の子供の言うことだ。真面目に受け取るのも大人気ないだろう。


──まだ何百年も先の話ですね~──


 フェイニーは、シャンジーの激昂など気にした様子も無い。彼女は生まれて数ヶ月で、成体となるのは二百年も先のことだ。そのため彼女は、将来誰を伴侶にするかなど、まだ考えてもいないようだ。


──シャンジーは、子供だから──


 メイニーは(あき)れた様子である。実は、シャンジーは数年前に彼女を(つがい)とすると言ったらしい。もっとも当時フェイニーは生まれていなかったし、シャンジーがおよそ百歳、メイニーが二百歳ほどと釣り合いも良いといえば良いから、自然なことなのかもしれない。

 とはいえ彼女からすれば、数年ぶりに会った弟分の変節は面白くないだろう。いつも楽しげな彼女にしては珍しく、思念に不満げな色が滲んでいる。


「すぐに誤解だとわかるよ」


 苦笑気味のシノブは、地上へと目を転じる。眼下は今までよりも更に深い森となっていた。もう、棲家(すみか)の側まで来たようで、辺りの魔力は非常に濃い。

 光翔虎の棲む場所は、人間の近づくことが出来ない深い森だ。人と意思を交わすことの出来ない彼らは、竜と同じく今まで人との接触を避けていたらしい。しかし、今後は彼らも人間との交流を開始するだろう。

 フォージ達も、既にフェイニーの両親から『アマノ式伝達法』を教わっている。それ(ゆえ)この地でも遠からず人と聖獣達の触れ合いが始まる。それを思ったシノブの胸の内は自然と温かくなり、顔には自然と笑みが浮かんでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 フォージ達の棲家(すみか)は、他の光翔虎と同じく、崖の下に口を開けた洞窟であった。およそ高さ30mほどの切り立った崖の下に、これまた高さ10mほどの巨大な入り口が存在する。光翔虎は岩竜や炎竜と同じく体長20mにもなる巨体だから、これほどの大きな洞窟が必要なのだ。

 その洞窟の手前には、光翔虎の成獣が何頭か寝そべることの出来るくらいの場所がある。そこで、シノブ達は一旦、その広場に降り立った。


「シャンジー、どこで戦うんだ?」


 シノブは、決闘を望む若き光翔虎に尋ねかけた。

 広場といっても、それは人間にとっては広いというだけだ。まだ体長3m弱のフェイニーなら、この場所でも戦えるだろうが、シャンジーの場合、自由に動き回るには手狭である。


──そうだね~え……人間は飛べないから~。やっぱり、どこかに空き地を作るかな~。でもな~あ──


 シノブの前に座ったシャンジーは、頭をぐるりと回し周囲を眺める。しかし森を切り開くのは彼にとって不本意なのか、どことなく残念そうな思念を発している。


「普段は、どうやって戦うのかな? やっぱり空で?」


──そりゃあそうだよ~。飛ばない光翔虎なんて、ただの虎だろ~? それに~──


 シノブの問いに、シャンジーは何となく自慢げな様子で答えていく。飛ばなくてもこの巨体であれば、ただの虎とは言えないと思うが、シノブはそれを置いて彼の話を聞くことにする。


 光翔虎同士が戦うのは、棲家(すみか)を探すための放浪中と、(つがい)となる雌を得るときだそうだ。

 棲家(すみか)を探す若い雄達が出会うと、どちらが強いか競うという。これは、後の(つがい)を得る戦いの前哨戦でもあるらしい。彼らは、相手の雌に己の強さを示さなくてはならない。そのとき、誰それに勝ったという実績も重要なのだろう。

 また(つがい)を得る際、多くの場合は相手の親と戦うらしい。仮に父親がいれば父親、いなければ母親か相手自身になるという。

 そして全力なら一時間で200km以上を飛翔できる彼らだ。わざわざ地上で戦う必要も無いし、そもそも飛翔能力自体が強さを比べる上で重要な要素だ。彼らの戦い、シャンジーの言う(つがい)を得るための決闘が高空での一騎打ちとなったのは、ごく自然なことだろう。


「俺も飛べるよ。森を破壊するのも嫌だから、空で戦おう」


──な、なんだって~! なら、どうしてメイニーさんに乗っていたの~!? まさかメイニーさんまで~!?──


 シャンジーは、シノブの答えに驚愕したらしい。巨大な顔をシノブに近づけてくるシャンジーは、激しい動揺が滲む思念を発している。彼は、一部の人間が一夫多妻であることを知っているようだ。

 光翔虎の雄は成獣になると各地を放浪するし、彼らは姿を消すことが出来る。そのため彼らは放浪中に人の生活を観察することもあるようだ。おそらくシャンジーは、父のフォージからでも人間の風習を聞いたのであろう。


「竜から習ったんだ。それとシャンジー、俺はフェイニーやメイニーと結婚するつもりは無いよ」


 シノブはシャンジーの誤解を解こうとした。

 決闘自体は別に構わない。光翔虎の若い雄が出会った同性と競うなら、親しくなるには力比べをするのが一番だ。しかし、ありもしない疑いを掛けられたままなのは不本意である。シノブは、そう思ったのだ。


──あら? シノブさん、私は(つがい)になっても良いわよ? こんな薄情者は嫌だけど──


 メイニーは、シノブに寄り添いつつ思念を発した。腕輪の力で大きさを変え通常の虎くらいになった彼女は、自身の言葉を証明するかのようにシノブに顔を擦り付ける。

 どうも、メイニーはシャンジーの変わりように驚き、かつ憤慨しているようだ。そのため、わざと当て付けるような行動に出たのだろう。もちろん、人間と光翔虎が結ばれることなどありえず、メイニーの振る舞いもシャンジーへの挑発だけと思われる。

 シャンジーと会ってからのメイニーは、普段とは違いあまり言葉を発しなかった。どうやら、純真に自身を慕ったシャンジーの手の平返しに、強い衝撃を受けたかららしい。

 何しろ久々に会った弟分が、自身ではなくフェイニーばかりを気にしたのだ。いくら子供のすることとはいえ、メイニーも許し難く感じたのではないか。


──だ、だって……その……あの……え~と~?──


 シャンジーは、遅まきながらメイニーの怒りを察したようである。それを示すかのように、シャンジーの巨大な顔は僅かに後に退()かれていた。そして、動揺を顕わにした彼は、首を捻りつつ曖昧な思念を発している。


──あのね、メイニーさんは年上でしょ~。そ、そう! ボクが棲家(すみか)を見つける頃には、オバサンになっているよ~?──


 シャンジーは上手い言い訳を見つけたと思ったのかもしれない。しかし彼の導き出した答えは、最悪と言うべき暴言であった。


──し、シノブさん! この子には、オシオキが必要だわ! 遠慮なくやって良いわよ!──


「メイニー……」


 彼女が怒るのも無理はない。シノブは、メイニーの発言に困惑しつつも理解を示していた。そこでシノブは、メイニーの頭をそっと撫でる。


──メイニーさんが(つがい)になるなら私もなろうかな~? それならずっと一緒だし~──


「フェイニーったら……」


 いつものごとく小さくなったフェイニーがメイニーの頭に乗り、アミィがそれに苦笑する。フォージとリーフも、どこか和やかな雰囲気を(まと)いつつ初めて見る光景を眺めていた。


──う、嘘だと言ってよ、フェイニー!?──


 しかし和やかでは済まないのはシャンジーだ。フェイニーの言葉に、シャンジーは途轍もない衝撃を受けたらしい。彼は、この世の終わりだと言わんばかりの嘆きの思念を放っていた。


「ともかくシャンジー、決闘だが……」


 シノブは妙な流れを変えようと、どうやって決闘するかについて話を戻す。

 多少()らしめた方がシャンジーのためかもしれない。シノブは、そう思い始めていた。まさか、光翔虎の躾直しをすることになるとは。そんな思いを(いだ)きつつ、シノブはどこか憎めない目の前の若い光翔虎に、語りかけていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 決闘は、空中戦ということで落ち着いた。そして、シノブは武器を使わない。要するに、一対一の肉弾戦である。

 自分だけ武器を使うのは、シノブの好むところでは無いし、光の大剣や神槍を使ってシャンジーを傷つけるのは避けたい。防御にしても光鏡や光弾に頼るのは、決闘の趣旨に反するだろう。そう考えたシノブは、全ての神具や武器をアミィに預けた。


「大きさは、あれで良いのですか? 墜落したら森が大変ですよ?」


 アミィは小山のような巨体のシャンジーを見ながら、苦笑していた。何しろシャンジーは、身長180cm少々のシノブと比べれば十倍近い大きさだ。

 ちなみにフォージ達にも神々の御紋とそれを付けるための装具、そして小さくなるための腕輪を授かっていた。魔法のカバンに新たに入っていたのだ。したがってシャンジーが、メイニーやフェイニーのように小さくなることは可能である。

 もっともアミィは、シノブが負けると思っていないようだ。彼女の顔には明るい笑顔が浮かんでいる。何しろ巨体の竜達にも勝利したシノブだ。しかも、炎竜ゴルンとイジェの二頭と同時に戦ってである。そのため彼女の心配は、少々別の方向に向かっていた。


「腕輪で小さくなると、それだけ魔力を使うらしいしね。そうなると、シャンジーが不利だろ? まあ、叩き落としたりしないように気を付けるよ」


 シノブは、メイニーの背に乗ったアミィに言葉を返す。

 既にシノブ達は中空に上がっていた。唯一飛翔が出来ないアミィのみメイニーの背に収まり、他は自力で飛んでいる。シノブがメイニーの手前に浮かび、フォージ、リーフ、フェイニーはメイニーの横に並ぶ形だ。飛行方式は(いず)れも重力操作であり、外見上は全く動かないのに宙の一点に留まったままだ。


──む~! 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だねぇ~! でもねシノブ殿、ボクは絶招牙も使えるんだよ~!──


 シノブの前方100mほどに浮かぶシャンジーは、怒ったような思念を発している。しかし彼の独特の口調には、愛嬌はあるものの凄みは無い。


 絶招牙とは、光翔虎の八つの秘技である。高速で飛びながらの牙や爪による攻撃は、全てのものを切り裂くといっても過言ではない恐ろしい技だ。メイニーが得意とするのは前転を用いた技だが、他にも横回転や分身めいた高速移動などが存在する。


「へえ……それは凄いな」


 シノブは、メイニーから見せてもらった技を思い出し、思わず賞賛の呟きを漏らした。

 どこか変わった言動のせいか迫力に欠けるシャンジーだが、百年も生きているのだ。油断は禁物だと、シノブは気を引き締める。


──それでは『光の使い』とシャンジーの決闘を始める! 命を奪うような攻撃は避けるように! そして、勝てぬと思ったら素直に負けを認めること! では、始め!──


 フォージの宣言は、光翔虎達の戦いの性質を良く示している。彼らは数も少ないし、そもそも棲家(すみか)(つがい)を得るための試練である。したがって、彼らの決闘とは致命的な攻撃は避けつつ相手と力比べをするものであった。


「行くぞ!」


──父さ~ん! 人間くらい、手加減しても勝てますよ~!──


 シノブとシャンジーは、凄まじい速度で飛び出していく。それは、放たれた矢よりも速く、辺りの空気を激しく揺るがす突進だ。

 普段はあまり飛翔を使わないシノブだが、決して不得意というわけではない。空を飛ぶ人間など他にいないから、悪目立ちしたくないだけである。何しろ二頭の炎竜との空中戦を制し、その後も数度の戦いで磨いた飛行術だ。それを示すかのように、シノブの飛翔は向かってくるシャンジーに勝る速さであった。


──な、中々速いね~え! でも~!──


 焦ったようなシャンジーだが、まずはそのままぶつかってみることにしたようだ。十倍近い体格の差だから、体重差は千倍を超えるのではないか。であれば、正面から当たれば弾き飛ばせる。そう考えたのかもしれない。


「甘い!」


 シノブは、衝突の直前に更に加速した。彼は、自身の膨大な魔力を瞬間的に解き放ち、飛翔速度を上げたのだ。


──(まぶ)し~い!──


 以前岩竜ガンドと共に都市ロイクテンの城壁を破壊したときのように、シノブの周囲に溢れた途轍もない魔力は、金色の光を放っていた。その神々しいとすら言える(きら)めきが目に入ったのか、シャンジーは頭を下に向けている。

 もっとも、シャンジーの飛翔が揺らぐことはなかった。おそらく、魔力でシノブの位置を察しているのだろう、それまでと同じ速度のまま、シノブに突っ込んでくる。


「まずは一撃!」


──うわ~!──


 何と、後に飛ばされたのはシャンジーであった。彼はクルクルと回りながら、後方に吹き飛んでいく。その様子は、シノブが見たメイニーの前転技のようでもあったが、方向と速度は大違いである。


──凄いわねえ!──


──流石シノブさんです~!──


 シノブの後方からメイニーとフェイニーの思念が伝わってくる。

 衝突の瞬間、シノブは前面に魔力障壁を展開した。しかも、それは単純に出しただけではなく、前に向かって弾き飛ばすように出現させたのだ。そのため、シノブの飛翔速度に魔力障壁の前進する速度が合わさり、巨大な光翔虎を弾き飛ばすに至ったのだ。


──『光の使い』……何とも凄まじいものだな──


──大神アムテリア様に連なるお方ですから……それにしても、とても美しい魔力ですね。正に、空に輝く太陽からの光……強く美しく、あらゆるものに活力を与えてくれる光です──


 フォージと(つがい)のリーフの感嘆に、アミィが顔を綻ばせる。彼女は言葉を発することはなかったが、西に沈もうとしている太陽に一瞬だけ顔を向けていた。おそらくアミィは、神界にいるアムテリアのことを思ったのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──油断しすぎたようだね~! フェイニーちゃ~ん、今のは無し~! ちょっと失敗しちゃっただけだよ~!──


 砲弾のように吹き飛んだシャンジーだが、思念の様子からすると充分に元気なようだ。それどころか、シャンジーには観戦中のフェイニーのことを気にする余裕すらあるらしい。

 それを示すかのように、シャンジーは勢い良くジグザグに飛び始める。真っ直ぐ当たっては(かな)わないと思ったのだろう、彼は不意を突く作戦に切り替えたようだ。


──どうだ! これが~──


「これが何だって!? どこから! 来ても! 関係ない!」


 シノブは、斜め上方から飛びかかろうとしたシャンジーを下から殴りつけた。そして彼は、吹き飛ぶシャンジーを追いながら更に三連撃を加えていく。依然として(まぶ)しい輝きに包まれたシノブが追いかけていく(さま)は、光り輝く昇龍のようであった。

 なお、当然ながらシノブは腕力だけで殴っているのではない。重力操作で相手の巨大な質量に対抗し、極めて高度な身体強化を使い肉体を保護し、魔力障壁で(こぶし)を包みと、複数の魔術を同時に使っての攻撃だ。

 そのためシャンジーは、自身の飛翔に勝る速さで天空へと舞い上がっていく。


──な、ならば~!──


 再び回転しながら高空に弾き飛ばされたシャンジーだが、唐突にその姿が消えた。そう、彼は光翔虎の得意技である姿消しを使ったのだ。

 もしかすると、今までは弱い筈の人間に気遣って姿を現したまま戦っていたのだろうか。そうだとすれば、意外にも紳士的な振る舞いだ。そう思ったシノブは、少しだけシャンジーに感心した。


──実体を見せずに忍び寄るのが、光翔虎の真骨頂! 遠慮は無用のようだから、全力で行くよ~!──


「思念を発したら、意味が無いだろ!」


 シノブは水弾の魔術を使い、家ほどもある水の塊を魔力波動の伝わってくる方向に打ち出した。思念の伝達は魔力波動で行われる。そのため、魔力感知に優れた者なら姿が見えなくても相手の位置を察することが出来るのだ。


──うぎゃ!──


 水弾は命中したらしく、上空で弾けて輝く飛沫(しぶき)を地上に降らせる。だが、それっきりシャンジーの思念は聞こえなくなった。どうやら、シノブの指摘で己の過ちに気が付いたようだ。


──あら、シャンジーも結構やるようになったわねぇ──


──姿消しは、かなり特訓したからな──


 メイニーに答えたのは、フォージである。息子の残念な姿を目にしたせいだろう、彼はそれまで口を(つぐ)んでいた。しかし、褒められたのは嬉しかったようだ。それに言葉こそ発しないが、隣のリーフもどことなく嬉しげである。

 もしかすると、彼らは少々子供に甘いのかもしれない。フォージとリーフは、光翔虎としては若い方だ。フォージがおよそ四百歳、リーフが三百数十歳で、子供のシャンジーが百歳程度である。つまり最初の子育てであり、息子に厳しく出来ないのは、その辺りが理由であろうか。


「確かに、魔力が感じられません……」


──シノブさんなら、大丈夫です!──


 アミィが静かに呟くと、フェイニーが力強い思念を発した。フェイニーは従兄弟のシャンジーを兄さんと呼んで慕ってはいるが、だからと言って味方するわけでもないらしい。

 仮に、これをシャンジーが聞いていたら嘆き悲しむのではないか。いや、姿を消していても思念は伝わっているだろう。それに思い至ったのか、アミィは僅かに苦笑する。


「確かに、姿消しは凄い技だ。しかし、攻略法はある……」


 シノブは目を閉じて宙に(たたず)んでいた。

 アミィの透明化の魔術や光翔虎の姿消しは、音もある程度は消すから、空気の動きも抑制するのだろう。魔力での感知も難しいということは、内外の魔力に関しても何らかの干渉をして同様の効果を発揮しているに違いない。

 しかし姿を消しても存在自体を無くすことは出来ない。したがって接近してくるのであれば、幾らでも対処する方法はあるのだ。


「分身の絶招牙か……そこだ!」


 ぽつりと呟いたシノブは目を見開くと、一転して猛烈な速度で宙を突き進む。

 シノブは自身の周囲に、まるで蜘蛛(くも)の糸のように細く絞った魔力障壁を張り巡らしていた。極めて細くしたため魔力障壁の線には攻撃能力など無いし、何かが横切れば消え去る程度だ。しかし代わりに感知は殆ど不可能で、その存在や変化を感じ取れるのは出現させたシノブだけだろう。

 そしてシャンジーは、魔力の線があると気が付いていなかったようだ。いや、それどころか触れたことすら知らないままかもしれない。


「シャンジー! 捕まえたぞ!」


 シノブは、姿が見えない巨大な虎の右前脚を(つか)んでいた。ただし巨木のように太い脚は人間が抱え込むには無理があり、両手から発した魔力障壁で脚のみならず体全体を押さえつけている。


──う、動けな~い! シノブ殿~! いえシノブ様~、お助けを~!──


 シノブの魔力で縛り上げられたシャンジーは、降参することにしたようだ。姿消しを解いて白く輝く巨体を顕わにした彼は、少々情けない思念で解放してくれと叫び、シノブに頭を下げようとする。もっとも、頭も含めてシノブの魔力障壁で押さえつけられているから、彼の体は僅かにしか動かない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──『光の使い』の勝ちだ!──


──シャンジー、良い勉強をさせてもらいましたね──


 こうなると察していたのだろう、フォージとリーフに驚いた様子は無かった。二頭は、そしてメイニーやフェイニーも、ゆっくりとシノブの側に寄ってくる。


──は、はい! シノブ様~、これからはお側で修行させてくださ~い! きっとお役に立ちます~!──


 シノブが魔力障壁を解除すると、シャンジーは、宙に浮かびながら地に伏せるような姿勢となる。どうやら、彼は己を降したシノブから、より強くなる方法を学ぼうと思ったらしい。


「……まあ、良いけど」


 シノブは、調子の良いシャンジーに苦笑しながら了承した。


 フォージとリーフには、デルフィナ共和国や旧帝国領南方の守りとして、ここにいてほしい。

 どうもアルマン王国に渡った帝国の残党、あるいは彼らの影響下にあるアルマン王国の者は、この辺りに船を送り込もうとしているようだ。ならば、この地の見張り手が必要だろう。

 しかし、シャンジーだけなら受け入れても良いのではないか。シノブの下には、フェイニーやオルムル達が滞在している。幼い光翔虎や竜の守りなら、少々頼りなげなシャンジーでも、充分役に立つだろう。

 シノブは、そう考えたのだ。


──ありがとうございます~! シノブの兄貴~!──


「あ、兄貴!?」


 シノブは、呼び名を変えたシャンジーに、僅かばかり戸惑(とまど)っていた。

 しかしシャンジーが急に馴れ馴れしくなったというわけでもないらしい。彼は、相変わらず伏せの姿勢のままである。


──シノブさん、光翔虎の雄は、決闘に勝った相手を兄貴と立てるのよ。兄貴の言うことは絶対で、棲家(すみか)にしろ何にしろ、譲らないといけないの──


──シノブさんがシャンジー兄さんの兄貴ですか~。なら、私のお兄さんってことかも~──


 メイニーやフェイニーによれば、これは雄同士の序列のようだ。

 実は、彼女達の父親にも若い頃の決闘などで出来た序列があり、上からバージ、ダージ、フォージの順だという。たぶん、それに放浪中のフェイニーの兄フェイジーが続き、それからシャンジーとなるのだろう。


「そういうことか……まあ、弟分も良いかもね」


「随分大きな弟ですね」


 シノブとアミィは顔を見合わせ微笑んだ。まさか巨大な虎の弟ができると思っていなかったシノブは苦笑気味、アミィは少々面白がっているような笑顔である。


「ともかく転移の神像を設置しようか。今なら夕食に間に合うしね!」


 シノブの通信筒にはシャルロットからの返信が届いていた。そこには、早い帰りを願う言葉と共に、今日は料理に取り組むという一文が添えられていたのだ。

 それを見たシノブは、フォージ達との邂逅が無事に終わったら、なるべく早くシェロノワに戻ろうと思っていた。それ(ゆえ)彼は、一直線に地上を目指し飛翔していく。


「そうですね、シャルロット様の手料理が待っています!」


 もちろんアミィも、それを知っている。そして二人の心を察したのだろう、メイニーやフェイニーも全速力でシノブの後を追っていった。

 沈み往く夕日を見ながら、シノブは家で待つ愛妻の笑顔と彼女の用意している料理を思い浮かべていた。それは、輝く太陽の光よりも温かなものをシノブに与えてくれるようだ。

 シノブの思いは、彼の飛翔をますます加速させていき、彼を追う光翔虎との差は開くばかりだ。そんな家路を急ぐシノブを優しく包み込むように、森の上には春の夕日の暖かくも柔らかな光が満ちていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月27日17時の更新となります。


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