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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.02 南海に続く道程

 シノブとアミィは、光翔虎のメイニーが披露する曲芸飛行を楽しんだ。二人は騎乗するメイニーの変幻自在の飛行に驚き、随伴して飛翔するフェイニーが真似をする(さま)に微笑みと、日常を忘れて光翔虎達の贈り物を満喫した。


 そして存分に空を楽しんだ一行は、再び目的地へと向かった。ベーリンゲン帝国の東端に位置する三伯爵領、ヴェルフスバッハ、ゾルムスブルク、イーゼンデックだ。

 もっとも今朝方までの作戦で、メリエンヌ王国軍が各都市を制圧している。したがって帝国の領地というのは、もはや正しい表現ではないだろう。

 ベーリンゲン帝国は皇帝直轄領と十の伯爵領で構成されていた。しかし、この三領以外は既にメリエンヌ王国の統治下に置かれ、軍管区とされている。

 今回攻略した地も同様の扱いとなる筈で、軍人達は早くも各地を軍管区と呼び始めている。それは、帝国の終焉と新たな体制の始まりを端的に示していた。


 とはいえ、攻略を終えたのは都市だけだ。

 三領には合わせて八つの都市が存在するが、それ以外の町村は手付かずである。三つの領地の町村は合計すると二千を大幅に超え、それらの掌握を完了するには多くの時間が掛かるだろう。

 そのため都市内部が落ち着くと、軍人達の一部は周辺を押さえるべく動いていた。彼らは作戦に協力した岩竜や炎竜に運ばれ、各地へと散っている。

 したがって、シノブとアミィが各都市で出会った竜は僅かであった。二人は各都市の神殿を転移可能とするために神像を造り変えていったが、忙しい竜達の多くは既に都市を離れていたのだ。


「義父上、ガンド達は大忙しですね。こちらに来たことは思念で伝えたのですが……」


 シノブは、ベルレアン伯爵コルネーユへと笑いかけた。

 今、シノブはイーゼンデックの領都ファレシュタットにいる。全ての都市の神殿を転移可能にしたシノブとアミィは、最後に訪れたファレシュタットで休憩をしているところだ。


「ああ。都市にいる帝国人の支配を解いた後、そのまま各地に回ってもらったからね」


 コルネーユは、穏やかな笑みを浮かべつつシノブに答えた。徹夜での作戦であったが多少は仮眠を取ったらしく、彼の緑の瞳には力強い光が宿りアッシュブロンドの髪や髭も普段どおりに整っている。


「神々の御紋を持っているのはガンドさん達だけですからね」


 アミィは、二人の前にお茶を出す。徹夜明けのコルネーユを気遣ったのだろう、注いだのは魔力回復効果のあるアムテリアが授けてくれたお茶だ。


 彼らがいるのは、ファレシュタットの中央にある領主の館である。

 今後は軍管区の司令官が使う館には、軍人以外にもメリエンヌ王国の者が沢山いる。神殿での転移が可能となったため、西方の軍管区から内政官なども連れて来たし、館の管理をする使用人なども呼び寄せたのだ。


 しかし三人のいるサロンは、戦の後などとは思えない静けさであった。

 サロンの隅には腕輪の力で小さくなったメイニーとフェイニーが転がっている。二頭は、例によって周囲のことなど気にせずにじゃれあっており、そのため一層和やかな空気が醸し出されている。


「ありがとう……疲れが取れるよ。帝国の神の支配は我々では解けないから、仕方が無いが……」


 アミィが淹れたお茶を一口飲んだコルネーユは、一旦は穏やかな笑みを顔に浮かべた。しかし忙しい竜達を思い浮かべたのだろう、僅かに表情を曇らせた。


 帝国人の一部、支配階級や神官、高位の軍人達は、自身が信奉していた神に強く縛られていた。

 この精神支配は、帝都の宮殿に行ったときに施されたらしい。そして支配の強さは、訪問回数や頻度で決まるようだ。

 地方領主の家族なら参内は十歳になってからで、それまでは支配を受けることもない。それに対し神官や軍人は才能があり早くから中央に送られた者は強固な支配を受け、ある程度の年齢になっての昇進で中央への訪問が少ない者は支配も緩い。

 ただし、いずれにしても支配を解くにはアムテリアから授かった神々の御紋の光を浴びせるしかない。そして御紋を持つのはシノブと竜や光翔虎のみだから、他の者では対処のしようが無い。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、炎の細剣(レイピア)のことをお伝えした方が……」


 お茶を淹れ終わったアミィは、シノブの隣に腰掛けながら彼に(ささや)いた。彼女は、自身が得た宝剣の持つ効果をコルネーユに伝えるべきだと思ったらしい。


「そうだった! 義父上、聖人の宝剣は支配を解除できました!」


 シノブは、ファレシュタットに来る前に試したことをコルネーユへと伝える。聖人の宝剣とは、ガルゴン王国の聖人ブルハーノ・ゾロが使っていた炎の細剣(レイピア)のことだ。

 ガルゴン王国でアミィが得た炎の細剣(レイピア)は、彼女が鞘から抜くと神々の御紋と同じ七色の光を放ったし、鞘には御紋と同じ意匠が刻まれていた。それ(ゆえ)シノブは、御紋と同じ効果があると考えたのだ。


「おお! それは凄い!」


「どうも聖人の宝剣だけ特別なようです」


 喜ぶコルネーユに、シノブは簡潔に説明していく。サロンにはコルネーユの副官達も控えていたので、シノブはアミィの正体に触れたくは無かったのだ。

 ガルゴン王国の王や王太子、それに二人の公爵にも同様の宝剣が伝わっていた。しかし、それらは炎に包まれるだけで、御紋と同じ七色の光を放つことはなかった。やはり神の眷属である聖人の武器だけあって、他とは違うようである。


「なるほど……そうなると御紋が刻まれた他の遺宝も……しかし使える者が……それに持ち運べる遺宝といえば……」


 コルネーユには、幾つか思い当たるものがあったようだ。

 しかし仮に遺宝があったとしても、使用できるのは神の眷属かそれに類する力の持ち主だろう。そうなると結局シノブやアミィだけであり、しかも二人は既に御紋の刻まれた品を持っている。

 そのためだろう、暫し思い耽っていたコルネーユは、程なくして苦笑いを浮かべ口を(つぐ)んだ。


「御紋の光を使うのも、もう少しの間ですから」


 シノブは、新たな御紋や使用できる者を探す必要は無いと思っていた。帝国の神の影響を受けた者が残っているのは、今回の三領を別にすればアルマン王国に渡った残党くらいだからだ。


「そうですね、ガンドさん達には……」


──『光の使い』よ。今、時間はあるか?──


 アミィが応じかけたとき、シノブの脳裏に岩竜ガンドの思念が響く。それ(ゆえ)シノブは、魔力波動が伝わってきた東方へと無意識に顔を向けた。

 同じく思念を受け取ったのだろう、アミィやメイニー、それにフェイニーも同じ方向を見つめている。


「どこかから知らせが?」


 思念を感じ取れないコルネーユだが、シノブ達の振る舞いから理由を悟ったようだ。しかし流石の彼も内容を察することは出来ないから、シノブ達の答えを待つ。


「ガンドさんが来てほしいと。東に少し行った場所……海岸だそうです。イーゼンデック領内のようです」


 ガンドとのやりとりを始めたシノブに代わり、アミィがコルネーユに説明をしていく。

 彼女は自身が持つ能力、シノブのスマホから得た位置把握能力や、これまで覚えた地理情報から、大よその場所を割り出したらしい。そのため、それらとガンドが語る内容で、大まかな場所を把握したようだ。


「なるほど……シノブ、少し待ってもらえないか? 父上やシーラスも呼ぼう」


 コルネーユは二枚の紙片に何事か書き付けると、通信筒に順に入れていく。

 先代ベルレアン伯爵アンリとエチエンヌ侯爵の嫡男シーラス・ド・ダラスは、それぞれ別の二領の領都にいる。しかし神殿の転移が可能となった今、急げば十分と掛からずに移動できる筈だ。


 シノブはガンドと思念を交わしつつ、コルネーユに頷いてみせた。

 ガンドの語る内容が事実なら、西のアルマン王国の、そして帝国の残党の意図に僅かでも迫れるかもしれない。シノブはそんな期待を(いだ)きつつ、ガンドの話に聞き入っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 コルネーユが挙げた二人、アンリ・ド・セリュジエとシーラス・ド・ダラスは、五分と掛けずにシノブ達がいるファレシュタットにやってきた。

 そこでシノブ、アミィ、コルネーユを含めた五人は、メイニーに乗りガンドの待つ東の海岸へと移動した。幸いガンドがいる海岸はファレシュタットから50kmほどと近く、しかも光鏡での連続転移を使ったため数分と掛からず到達した。


「……確かに階段だな」


「随分と立派ですね……」


 断崖絶壁から下に降りる階段を前に呟いたのは、アンリとシーラスである。二人やシノブ達が立っているのは、海岸といっても崖の上だったのだ。

 イーゼンデックはベーリンゲン帝国で唯一海に接した領地だが、百数十kmにもなる海岸線は全て切り立った崖で海面まで降りることの出来る場所もごく僅かである。しかも、その僅かな場所も、崖を伝えば何とか降りることが出来るという程度だ。


──この辺りは全て同じだ。人の子が海に降りるのは難しいだろう──


 シノブが切り立った崖の上から海面を覗いたり左右の崖に視線を向けたりしていると、後から岩竜ガンドが思念を発した。

 ガンドは腕輪の力で人間ほどの大きさになり、シノブ達の後ろに控えていた。どうも会話するには小さくなった方が良いと思ったらしい。


──そうね。飛べないと無理ね──


──飛べても海に降りるのは嫌です~──


 ガンドの思念にメイニーとフェイニーも同意する。こちらはメイニーが通常の虎くらいの大きさに変じ、やはり猫ほどの大きさになったフェイニーがその上に乗っている。


「漁をする者などいないと聞いていたが?」


「はっ、間違いありません! 近隣は農村ばかりです!」


 コルネーユの問いに、シノブ達を案内してきた兵士の一人が緊張した様子で答える。

 イーゼンデックには漁師は殆ど存在しないという。海に隣接しているのに漁業が行われないのは、海上に降りるのが困難だからだ。切り立った崖は低いところでも海から100m以上はあり、降りるのは命懸けである。

 イーゼンデックはベーリンゲン帝国の中でも最南端で気候も穏やか、作物も良く育つし牧畜も盛んだ。そんな地に住む者達が、わざわざ命を懸けてまで崖を上り下りする必要は無いだろう。


「最近、この近隣の村々に階段敷設が命じられたようです」


 メイニーに乗ってきた一行に説明を始めたのは、シノブも知っているダニエル・マレシャルだ。彼はベルレアン伯爵領の領都守護隊司令だが、ガルック平原の戦いと同様に援軍となるべく召集されたという。


 主であるベルレアン伯爵コルネーユを補佐すべく、マレシャルはイーゼンデックの都市攻略やその後の掌握を行っていた。彼は都市を制圧した後、この東部海岸付近を担当していたが、そこで他とは違う課役を知ったという。


「あまりに多くを駆り出しているので、何事かと思いまして」


 残念ながら村に駐留していた帝国軍兵士や隷属を解かれた村人達は、作業の理由を知らなかった。そこでマレシャルは、階段敷設の現場に行ってみることにしたわけだ。


「……海上進出か?」


「この階段で、ですか? 確かに作業者を降ろすことは出来ますが、これでは資材を運べないでしょう」


 海に降りる階段なら、海上進出を意図したものかもしれない。アンリはそう思ったようだが、シーラスがそれに反論する。

 確かに階段は二人並んで歩けるかどうかで、更に幾度も折り返している。これでは、船に使う資材を降ろすのは難しいだろう。将来クレーンなどを設置すれば絶対に不可能ということも無いだろうが、現状ではかなり厳しいと思われる。

 実際にマレシャルや兵士達は下まで降りてみたが、かろうじて接岸できる場所があるだけで船の建造などは難しいらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アンリ達の会話を聞いていたシノブの脳裏に、ある考えが浮かんできた。彼は、前日のことを思い出していたのだ。


「南に回りこんでいた偽装商船は、ここを目指していたんじゃ……」


「ガルゴン王国の南海で拿捕した船かね?」


 シノブの呟きに応じたのは、鋭い表情となったコルネーユだ。そしてシノブの脇に控えていたアミィや説明をしていたマレシャル、階段を見つめていたアンリやシーラスも、今まで以上に真剣な顔となっている。


「ええ。船団の指揮官であったデリベールは、まずはカンビーニ王国に協力者を作るつもりだったようです。『隷属の首飾り』も幾つか持っていたから、それは間違いないでしょう」


 シノブは、己の(つか)んだ情報を語っていく。そして彼の話にコルネーユ達、それどころか岩竜ガンドや二頭の光翔虎まで聞き入っていた。


 シノブがコルネーユ達に語る内容は、シメオンやマティアス達が都市オベールで調べ、通信筒で知らせたものだ。

 南海で偽装商船を捕らえた後、乗り組んでいた者は指揮官のデリベール・マクドロンを含め全てオベールに移送された。オベールには二回の隠し港潜入で捕らえた者達もいるし、彼らを調べるための監察官達も多く集まっていた。そのため、効率を重視し一箇所に集めたのだ。


「南海での襲撃は実力誇示が目的だったようです。ガルゴン王国の監察官によれば両国の接点は殆ど無いそうですし、交渉を有利にするため示威行為から入るのは頷ける面もあります」


 オベールでの取調べは、非常に大規模でガルゴン王国の監察官も加わっている。南海や西海に詳しい彼らの意見は有益であり、それもあって取調べは順調に進んでいるようだ。


「ですがガルゴン王国の西の諸領とは違い、カンビーニ王国にはアルマン王国に協力して利益を得る者は少ない……ですから、国を揺るがすようなことは難しいと思うのです。そしてカンビーニ王国で必要だったのは、密かに補給できる港では?」


「なるほど……侵略や取り込みではなく、単なる寄港地か。

ガルゴン王国とアルマン王国は海を挟んでいるとはいえ近い。特にガルゴン王国の西海岸の者からすれば、自国の東の者よりも接する機会も多いだろう。だから共存を持ちかけることは可能だね。

しかし、カンビーニ王国に対してアルマン王国が約束できることは少ない」


 シノブの推測に頷いたのはコルネーユだ。

 カンビーニ王国の船は、アルマン王国のあるルシオン海まで赴くことは少ないという。ガルゴン王国はルシオン海を北に抜け、ドワーフ達のヴォーリ連合国と交易をする。しかし、カンビーニ王国の商船は、せいぜいガルゴン王国の南部から西部の一部までしか行かないという。


「距離が全く違いますからね」


 シーラスは、少々遠い目をしながら呟いた。恐らく彼は、頭の中にエウレア地方の地図を思い浮かべているのだろう。

 ガルゴン王国とヴォーリ連合国の間にはメリエンヌ王国が存在する。そして、ルシオン海におけるメリエンヌ王国の海岸線は500kmほどだ。そのためガルゴン王国の西海岸で最も北の港ウェスルーゴからヴォーリ連合国の交易地までは、700kmから800kmといったところである。

 しかしカンビーニ王国からの航海だとウェスルーゴまででも1400kmはあり、同国の船がルシオン海に赴くことは稀らしい。


「ならば、デリベールという奴は何を手土産にするつもりだったのか?」


「造船技術のようですね。

本当に技術を渡さなくても、どこかの領主が食いつけば良い……そうすれば『隷属の首飾り』を渡して支配する機会が生まれる。そんなところのようです」


 怪訝な顔をしつつ髭を捻っていた先代ベルレアン伯爵アンリだが、シノブの返答を聞き露骨に顔を(しか)めた。

 だが、それも当然だ。ベーリンゲン帝国を除くエウレア地方では、隷属は非常な禁忌である。何しろ最高神であるアムテリアが固く戒めたのだ。

 特に神々を強く信仰する王族や貴族にとって、隷属に手を染めるなど途轍もない背信行為である。


「嘆かわしい! それが神々から加護を授かった者のすることか!」


 アンリが言うのは、各国の初代国王に端を発する加護である。

 神から授かった加護は代々の王に受け継がれているが、時代を経るに従って婚姻により貴族達にも僅かながら広がっている。アンリからすれば、その祝福された家系に生まれたのに隷属の魔道具を所持していたデリベールや、父で軍務卿のジェリール・マクドロンなど、許し難い存在なのだろう。


「確かに。ですがクレメンの例もありますからね……」


 コルネーユは、父であるアンリに同意しつつも、前フライユ伯爵クレメンのことを挙げた。

 クレメン自身は隷属の魔道具を使わなかったが、奴隷とするための獣人を帝国に売り渡した。それに彼は、隷属を是とする帝国の軍を自領に招き入れた。

 それらの経緯からすると、クレメンが内心どう思っていたかはともかく黙認していたのは事実である。


「む……やはりグレゴマン……逃亡したディーンボルン公爵が操っているのか?」


 アンリは、アルマン王国に潜んでいるグレゴマン・ボルンディーンが気に食わないのだろう、逃亡者扱いしている。

 グレゴマンの正体は、皇帝の次男であるディーンボルン公爵グリゴムールらしい。しかし、彼がどのような経緯でアルマン王国に渡ったかは定かではない。したがって、逃亡したと決め付けるのは早計であろう。


「何かの餌で釣られたのかもしれませんが……」


 そう答えたものの、シノブもジェリール達が隷属に手を出した理由まで(つか)んでいない。

 シメオンはデリベールへの尋問で、彼の父である軍務卿やアルマン王国の首脳陣について把握したいようだ。しかし昨日の今日であり、南方航海の理由などが優先事項とされていた。


「ともかく、ベーリンゲン帝国の者に造船は無理でしょう。この崖だらけの海岸もそうですが、今まで海に出たことも無い者だけで航海可能な船を造れるとは思えません。

しかし船と船員が手に入ればデルフィナ共和国を攻略できる。そう思ったのでは?」


 シノブは、一旦アルマン王国の内情は置いておくことにして話を続ける。

 アミィによれば、ここからデルフィナ共和国の東端、上陸可能な場所まででも400kmはあるという。したがって、充分な航海技術が無ければ到達すら出来ないだろう。


「デルフィナ共和国を押さえて西に進軍ですか……進軍できなくても、国土が大幅に広がるのは間違いありませんね」


 アミィはデルフィナ共和国だけでも充分だと考えたらしい。

 デルフィナ共和国は西端がメリエンヌ王国と接している。したがってベーリンゲン帝国がそこまで押さえれば、今までと異なる経路でメリエンヌ王国に進軍できる。

 更にデルフィナ共和国は、帝国の半分近い面積を持つ。南方の豊かな森林と海を獲得するだけでも、帝国にとっては大きな収穫だったに違いない。


「そうだね。もっとも、これで帝国は無くなったわけだけど……」


 シノブは応じつつも、過去はともかく現在のグレゴマン達は何をしたいのかと考えた。

 グレゴマン達の行動には不明な点が多い。行動自体もそうだが、行動原理もである。

 どのようにして西のアルマン王国に渡ったのか。何故(なぜ)帝都での戦いが終わって一ヶ月以上も経ったこの時期に海上から東に向かうのか。それらは謎に包まれている。


 アルマン王国は、メリエンヌ王国を敵視しているそうだ。

 かつてアルマン王国を築いた者達は、後のメリエンヌ王国となる地域に住んでいたという。そういった過去がメリエンヌ王国への反発に繋がるのは理解できるし、敵の敵は味方と考えてベーリンゲン帝国がアルマン王国と手を組むのも当然の流れかもしれない。

 二十年前の戦いで、帝国はメリエンヌ王国に間者を侵入させた。そのときからアルマン王国への接近を考えていたなら、二十年越しの大戦略である。したがって、そう簡単に中止はしないだろう。


 とはいえ帝都が落ち皇帝が倒されたのはメリエンヌ王国では誰でも知っていることだし、周辺国にも喧伝している。メリエンヌ王国とは関係の薄いアルマン王国にも、流石にもう伝わっているだろう。

 ここの階段敷設がまだ続いているのは、単に中止命令がこないからだけかもしれない。しかし帝国が滅亡したのに危険を乗り越え航海するのは、一体何故(なぜ)であろうか。シノブは、そう考えたのだ。


「その通りだな。なに、こちらの戦も終わったのだ。ここも含め、海岸の警備は強化しておくから心配することは無い。それとシノブ、念のためデルフィナ共和国にも知らせた方が良いのではないか?」


「そうですね。とりあえず、通信筒でそれぞれに連絡します」


 アンリの言葉にシノブは頷いた。

 シノブには、デルフィナ共和国の知り合いは殆どいない。しかし自領に滞在しているメリーナ達の祖母、アレクサ族の(おさ)であるエイレーネには、通信筒を渡していた。

 エイレーネは六日ほど前に、族長会議を行うと知らせてきた。もしかすると今頃会議しているのでは。そう思ったシノブは、通信筒に入れるための紙片を取り出して文章を綴っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──シノブさん、シャンジー兄さん達のところにも行きませんか? この辺りに怪しい者が来たら大変です。だから知らせたいのです!──


 シノブが伝言を書き記していると、フェイニーがデルフィナ共和国に棲む従兄弟の名を挙げた。彼女の母のパーフはデルフィナ共和国の東の森林の生まれで、そこにはパーフの弟フォージが(つがい)のリーフと棲んでいる。シャンジーはフォージとリーフの子供で、およそ百歳の若い光翔虎なのだ。


──それは良いわね! 西だから帰り道よ!──


 メイニーは、何年か前にフォージ達の棲家(すみか)を訪れたことがあるという。そのせいか、彼女も同族の訪問に乗り気なようだ。

 もっとも、ファレシュタットの神殿で転移が可能となった今、わざわざ空を飛ばなくてもシェロノワに神殿経由で帰還できる。そのため、帰り道というのは少々違うような気もするシノブであった。


「わかった。少し待ってくれ、シメオン達にも連絡をするから」


 折角だから、フェイニーの従兄弟に会いに行くのも良いだろう。それに、メイニーは気負っていた自分を案じてくれた。そう思ったシノブは、デルフィナ共和国の光翔虎達に会いに行くことにした。


──ありがとうございます~!──


──これは楽しみね!──


 そしてシノブの答えを聞いたフェイニーとメイニーは、嬉しげな咆哮(ほうこう)を上げる。もっとも猫ほどになったフェイニーは可愛らしい鳴き声だから、シノブ達の顔は思わず綻んでしまう。


「愛らしいものだな……」


 笑顔を浮かべる者達には、何と先代ベルレアン伯爵アンリも含まれていた。彼は立派な頬髭に包まれた顔を緩ませ、孫でも見るかのように目尻を下げていた。


「父上、シェロノワに行けばフェイニー殿に会えますよ……そうです、戦いも終わったのです。そろそろセリュジエールにお戻りになっては?

その方が、シャルロットやミュリエルとも会いやすいでしょう」


 コルネーユは、相好を崩すアンリを暫し(あき)れたように見つめていた。しかし彼は、唐突に父に帰還を勧める。

 だが、コルネーユの発言にも一理ある。現在、ベルレアン伯爵領の領都セリュジエールにいる伯爵家の者といえば、彼の二人の夫人カトリーヌとブリジットのみだ。コルネーユとアンリは交互に自領に戻っているらしいが、領政の大半は家臣やシメオンの父であるビューレル子爵フィベールに任せているという。


「な、何を! だが、それも良いか……シノブ、儂は海戦を経験したことが無いのだ!

このまま海戦を知ることなく終わるかと思っていたが、これからはアルマン王国との戦いだからな! コルネーユ、後始末は任せたぞ!」


 最初は憤慨したアンリだが、すぐに考えを変えたらしい。彼はアルマン王国との戦いに加わりたいと言い出した。


「シノブ、未経験者の戯言は無視して構わないよ」


「シノブ様、代わりに私が!」


 コルネーユは肩を(すく)めて見せ、シーラスは自分が行きたいと志願する。

 そんな中、マレシャルなどベルレアン伯爵領の軍人達は、最前までと同じく静かに口を(つぐ)んでいる。彼らは当主と先代のどちらの味方をすべきかと悩んだらしいが、結局聞かなかったことにしたようだ。


「……義伯父上に聞いてください。こちらのことは、お任せしていますから」


 シノブは先代アシャール公爵ベランジェに判断を任せることにした。

 帝国であった軍管区の全てを統括する者は、東方守護将軍のシノブである。しかし実際には、東方守護副将軍であるベランジェが旧帝都、つまり現在の領都ヴァイトシュタットで軍政の両面を取り(まと)めている。

 そのため、シノブはベランジェ次第と考えたのだ。


「シノブ、丸投げは少々無責任ではないか!?」


「いえいえ、下の者を信頼し任せるのが良き領主ですよ。私も領軍を父上にお任せ出来て、大層助かっております」


 少しばかり憤慨したらしいアンリにコルネーユが語りかけ、芝居じみた仕草で一礼をする。どうも、シノブが上手く切り抜けたことが嬉しいらしい。


──シノブさ~ん、いつまで待てば良いのですか~!──


──こっちはもう準備出来ているわよ──


 いつの間にか、フェイニーとメイニーは元の大きさに戻っていた。小さくなるのにも魔力を使うから、全力で飛ぶなら本来の大きさの方が良いらしい。


「ああ、悪かったね! それじゃアミィ、行こう!」


「はい、シノブ様! ガンドさん、皆さんを送ってくださいね!」


 シノブとアミィは跳躍し、メイニーの背に収まる。元の大きさに戻ったメイニーの背中は、伏せても二階家に相当するくらいはあるのだが、高度な身体強化が出来る二人なら、一跳びである。


──それじゃ、行くわよ!──


──お爺さん~、シェロノワに遊びに来てくださいね~!──


 メイニーは一瞬にして宙に舞い上がり、西を目指して飛んでいく。そしてフェイニーは、まるでシェロノワが自分の家であるかのように言い置き続いていった。

 自由そのものの二頭の言葉に、シノブとアミィは思わず顔を見合わせ苦笑した。そして暫しの時の後、二人はメイニーの進む西へと顔を向けなおした。

 新たな光翔虎達は、どんな性格だろう。フェイニーやメイニーのように奔放なのだろうか。そう思ったシノブの顔は、自然と緩んでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月23日17時の更新となります。


 本作の設定集にガルゴン王国やアルマン王国など14章で訪れた地域の地図を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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