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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.01 何も考えずに飛べ

 前日、ガルゴン王国の南方で偽装商船を捕らえたシノブ達は、その日は()の国に留まったものの、一夜明けると早々にメリエンヌ王国へと帰還した。そして先を急ぎたかったシノブは今回も光鏡での連続転移を使っていた。

 ガルゴン王国の王都ガルゴリアからフライユ伯爵領の領都シェロノワまで、およそ1300kmもある。したがって、成竜が非常に急いで飛翔しても本来なら六時間を超える。

 しかし光鏡での転移を使えば一時間と掛けずに移動できる。そのためシノブ達の昼食は、シェロノワに戻ってからとなっていた。


「デリベールは次男だから功を挙げて出世したかったようだ。だから東への遠征に志願したそうだ」


 シノブは、昼食に集った者達にこれまで判明したことを伝えていた。ここは、フライユ伯爵家の館の広間である。

 ナタリオが倒したデリベール・マクドロンは、アルマン王国の軍務卿ジェリール・マクドロンの次男であった。長男は国で父を補佐しているらしいが、デリベールは現場に出て指揮をするのが好みのようである。それに、家族や周囲もそれを期待したようだ。


 ただし、これらはシノブが直接聞いたことではない。シメオンから通信筒で伝えられたことだ。

 デリベール達は捕らえた直後にメリエンヌ王国の都市オベールへと移されていた。王太子テオドールが魔法の家の呼び寄せを行ったのだ。

 シノブは偽装商船との戦いに入る前に、王都メリエにいる王太子テオドールに通信筒で連絡していた。そこでテオドールはメリエからオベールに神殿の転移で移動し、捕らえた者達を受け入れるべく待っていたわけである。


 オベールには、二回の隠し港攻略で捕らえた者達も拘留しており、彼らを調べる監察官も大勢集まっている。したがって、新たな者達もオベールで一括して取調べをした方が効率的だ。

 そこでシノブは、シメオンとマティアス、更にアリエルとミレーユを都市オベールに派遣した。シメオンが取り調べ担当、マティアスは軍人としての知識で彼を助けるためである。更に滞在が長期になる可能性もあるため、それぞれの妻も夫を支えるべく同行することとなった。

 何しろシメオンがミレーユ、マティアスがアリエルと結婚してから十日(とおか)も経っていない。それなのに引き離すのはあんまりだとシノブが補佐を命じたのだ。


「もっとも、周囲は追従(ついしょう)混じりらしい」


 シノブは、苦笑しながら続ける。シメオン達がデリベールの配下から聞き取った内容は、当人が語るものとは少々違っていたのだ。


「そうなのですか……」


 シノブに応じたのは、隣に座るシャルロットだ。こちらは、少しばかり(あき)れたような顔をしている。


「自信過剰というか(おだ)てに乗りやすいんだろうね。ジェリール達は、本気で期待しているんだろうけど」


 シノブはデリベールや彼の配下が自白した内容を、妻に話す。

 アルマン王国でも閣僚や高官に誰がなるかは、大よそ血筋で決まるらしい。そして、次男であるデリベールが軍務卿を継ぐことは出来ないし、他の役職も代々継ぐ者がいる。そこで親や兄は、デリベールが自身の功績で出世してほしいと願ったのだろう。

 とはいえ、軽率な性格のデリベールにはそれは難しいと思われる。彼は竜人化の秘薬という奥の手を持っていたが、その効果についても都合の良いことばかり聞いていたようだ。もっとも、これは親のジェリールも含め(だま)されている節もあったが。


「多少は出来るようですね……ナタリオ殿の方が遥かに上でしたが」


 シャルロット達は、戦いを避けるため炎竜イジェが運ぶ磐船に残っていた。しかし、舷側の窓からシノブ達の様子を見ていたのだ。

 普通なら観戦は危険を伴うが、アミィの幻影魔術によりイジェと磐船は姿を消し発見されることは無い。しかもイジェは強力な魔力障壁も張っていたから尚更安全だ。


「魔道具なしでは怪しいものですわ! アドリアンのように!」


 憤慨したような声を上げたのは、王女セレスティーヌだ。

 アドリアンとは前フライユ伯爵クレメンの次男だ。彼は自身が魔道具で実力を嵩上げしているにも関わらず、セレスティーヌを守る騎士達を馬鹿にした。そのためセレスティーヌの中で両者が重なったのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「魔道具を着けた相手でも勝てるのだから、ナタリオさんは凄いです! アリーチェさんもそう言っていました!」


 突然明るい声を上げたのはミュリエルだ。彼女は、セレスティーヌの好む方向に話を持っていこうとしたのだろう。ナタリオとアリーチェがどうなるかに、セレスティーヌは注目していたからだ。


「そ、そうでしたわね! フェデリーコ十世陛下やカルロス殿下も、お二人の仲には反対されていないようですから、これは……それに、あんなことがあれば、もっと親密になるかも……」


 ミュリエルの配慮が功を奏したらしく、セレスティーヌは頬を緩めていた。彼女は、通常稀な異国の貴族同士の恋愛に並々ならぬ興味を示していた。ナタリオはガルゴン王国の大使の息子で、アリーチェはカンビーニ王国の大使の娘なのだ。


 エウレア地方の国々は、地球の中世ヨーロッパなどとは違い外国の王族や貴族と婚姻する例は少ない。これは、初代国王から受け継ぐ加護を外国に拡散させないためだという。したがって、王族が外国に嫁ぐことはほぼ無く、王家の血が混じった高位貴族も同様らしい。

 ナタリオとアリーチェの家は双方とも子爵家だが、アリーチェの父は三代前の国王の曾孫であった。もっとも、アリーチェ自身は王家の受け継ぐ加護とは縁が薄いらしい。アリーチェの父のガウディーノは王家と同じ獅子の獣人だが、彼女自身は猫の獣人なのも、それを示している。

 そのため、アリーチェが外国に嫁ぐことも不可能ではないらしく、セレスティーヌは二人の微妙な関係がどうなるか気になっているようだ。


「セレスティーヌ、君は陛下やカルロス殿とそんな話もしていたの!?」


 それらの背景はともかく、シノブはセレスティーヌがガルゴン王国の王や王太子とそこまで親しくなっていたのかと驚いた。

 ガルゴン王国の王達は西のビトリティス公爵領の事件の対処に追われ、雑談に応じる暇は少なかった筈だ。もっともシノブも慌ただしく飛び回っていたから、セレスティーヌの行動を全て把握しているわけではない。そこで彼は、どの(うたげ)で聞いたのだろうかと、滞在していた数日を思い浮かべる。


「エディオラ様からお聞きしましたの。それに、シルヴェリオ殿下も賛成のようですわ。もっとも、どちらも二人の気持ち次第、というお考えのようですが」


 セレスティーヌはシノブを驚かせたのが嬉しいのか、満面に笑みを浮かべる。彼女の楽しげな顔は、美しく巻いた金髪の(きら)めきを受け、一層輝いている。

 ガルゴン王国の王女エディオラは、忙しい父や兄に代わりシノブ達の饗応(きょうおう)役を務めていた。そのため彼女は、同じ王女同士としてセレスティーヌと話す機会もそれなりに多かった。そしてセレスティーヌがエディオラにナタリオのことを話し、エディオラが父や兄の反応を伝えたという。


「そ、そうか……」


 しかし、口数も少なく魔道具の研究に多く時間を割いていたエディオラである。その彼女を伝達係としたセレスティーヌの対人能力は、飛びぬけたものなのでは。そう思ったシノブは、賞賛半分に戸惑(とまど)い半分といった表情で彼女を見つめなおす。


「シルヴェリオ殿下とは、通信筒ですか?」


「ええ。マリエッタさんの様子をお伝えしていますわ」


 シャルロットの問いに、セレスティーヌは当然といった様子で頷いた。彼女もシャルロットやミュリエルと同じく通信筒を持っているのだ。

 カンビーニ王国の公女マリエッタは、次代のカンビーニ国王となるシルヴェリオの姪である。彼女はシャルロットの側付きとなったが、それは修行や友好関係確立のための方便で、並の見習いと同じ扱いは出来ない。そのため、セレスティーヌはマリエッタの日常を故国に知らせていたわけだ。


「なるほど……エディオラ殿のことも伝えなくちゃね」


 シノブは、エディオラの様子も定期的に故国に教えなくてはと考えた。シルヴェリオと同様に、ガルゴン王国の王太子カルロスにも通信筒を渡しているから、手段はあるのだ。

 エディオラはシノブ達と共にシェロノワにやって来た。到着は既に通信筒で伝えているが、それっきりというわけにはいかないだろう。


「そうですとも! シノブ様はお忙しいでしょうから、同じように私からお伝えしておきますわ!」


 セレスティーヌは自身が連絡役を引き受けると名乗り出た。彼女は、王女である自分が他国への窓口になるべきと思ったようだ。


「その方が良いかもしれませんね」


 シャルロットは、連絡役を志願した従姉妹に微笑んだ。

 実は、エディオラは既に北の高地へと移動している。彼女は、向こうに設置された魔法の学校、正確にはその内部に置かれた研究所に早く行きたいと願ったのだ。そもそも、優秀な魔術師で魔道具技師である彼女が留学したのは研究のためだから、これは当然のことではある。


「エディオラ様は当分こちらから通うようですし、お戻りになったときにどんな様子か聞きますわ!」


 セレスティーヌが言うように、エディオラは当面フライユ伯爵家の館に滞在することとなった。

 シノブは、エディオラが研究所に行くと篭って出てこないのでは、と懸念していた。これは彼が勝手に案じているわけではなく、彼女の兄である王太子カルロスも指摘したことだ。そこで、職場と住まいを分けることにしたのだ。

 幸い、北の高地には神殿での転移が出来る高位神官が増員された。カンビーニ王国とガルゴン王国が、高位の神官を一人ずつ寄こしてくれたのだ。そのためシェロノワと北の高地は、かなりの人数を定期的に往復させることが可能となり、エディオラが毎日通っても問題ない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、転移といえば帝国の残り三領もありましたね」


「ああ。無事に攻略も終わったしね」


 アミィは、神殿の転移から帝国の東に残った三つの伯爵領を思い出したようだ。シノブも、前日夜遅くから今朝にかけて行われた、ヴェルフスバッハ、ゾルムスブルク、イーゼンデック攻略作戦に思いを馳せる。

 先代ベルレアン伯爵アンリが主将、ベルレアン伯爵コルネーユやエチエンヌ侯爵の嫡男シーラス・ド・ダラスが副将として行われた作戦は、予定通りこの日の未明に完了していた。

 そして戦いが終われば、これまでと同じく各都市の神像を造り変え転移できるようにする。それはシノブとアミィにしか出来ないことだ。


「アルマン王国に渡った残党は別として、これでベーリンゲン帝国との戦いは終わりなのですね……お爺様や父上も感無量でしょう」


 そう語るシャルロットも感慨深げであった。静かに吐息を漏らした彼女は、青い瞳を微かに潤ませているようだ。しかし、それも無理はないだろう。

 シャルロットだけではなく、彼女の父や祖父、そしてメリエンヌ王国の大半の軍人にとって、戦の相手といえばベーリンゲン帝国だ。王国の軍人達は、帝国と戦うために武技を磨き備え続けてきたし、実際に戦場で負傷し命を散らす者も多かった。

 何しろ創世暦450年の建国以来、五百五十年以上も続いた戦いだ。シャルロットからすれば、正に先祖からの宿願が果たされたわけである。


「グレゴマン……ホリィのこともあるし、油断は出来ないな」


 シノブにも、シャルロットの感慨は充分に理解できる。しかし、この世界に来て一年にも満たない彼は、過去のことより今後の戦いに思いが移っていた。つまり、アルマン王国にいる帝国の残党である。

 ホリィ達がアルマン王国で出会ったグレゴマン・ボルンディーンとは、皇帝の次男ディーンボルン公爵らしい。そのグレゴマンは、神の眷属であるホリィを危地に陥れるほどの恐るべき魔術師だ。


「そうですね。皇帝のように人外の力を持っているのかもしれません」


 ベーリンゲン帝国の皇帝は、地下神殿に潜んでいたバアル神またはその分霊の力を行使する、いわば神の代行者というべき存在だった。であれば、アミィが言うようにその血を継ぐグレゴマンも同様の力を持つ可能性は高い。


「シノブさま、お食事が終わったらお出かけですか?」


 ミュリエルは午後の予定に話題を変えた。どうやら、重くなった雰囲気を気にしたらしい。


「そうだね……転移は早く設置した方が良いし」


 ミュリエルの配慮を察したシノブは、笑顔を作り答える。

 最東端の三つの伯爵領は、都市の攻略が終わっただけで、周辺の町村を支配下に置くのはこれからだ。

 町や村には都市のような防壁は無いし、一箇所には数十人から数人の兵士しかいない。とはいえ、攻略した伯爵領にはそれぞれ千近い町村がある。したがって領地の全てを完全に掌握するには、通常なら多大な時間を要する。それを短期間で可能とするには、神殿での転移は不可欠だ。


「はい。シメオン殿やマティアス殿なら、アルマン王国で何が起きているか必ず聞き出してくれます。それに、オベールにはオディロン殿もいますから」


「そうだね。シメオン達に任せておけば安心だ」


 夫の後押しをするように微笑みかけたシャルロットに、シノブも笑顔で応じる。

 シノブには、通信筒により随時状況が伝わってくる。それに、何かあれば神殿の転移で一瞬にして行くことも可能だ。したがって、シェロノワとオベールなら、距離はあまり関係なかった。


「それにしても、海竜の皆様には驚きましたわ」


「海竜さん達は、氷も自在に作れるのですね……」


 セレスティーヌとミュリエルは、昨日のことを思い出したらしい。セレスティーヌは(あき)れ気味、ミュリエルは感嘆の表情となっている。だが、二人が驚くのも無理はない。

 昨日、偽装商船を拿捕したシノブ達は、その場でデリベールや配下達をメリエンヌ王国の都市オベールに転移させた。海竜達が造った上面が平らな氷山に魔法の家を展開し、それをオベールの王太子テオドールが呼び寄せたのだ。

 そういった経緯で、シメオン達四人はオベール公爵の継嗣オディロンや彼の妻イアサントなどと共に、海上から直接帰国したわけである。


「最初は近くの陸地か島にでも曳航しようかと思ったんだけど、そんな手間を掛けなくても、ってヴォロスが言ってくれたんだ」


 シノブが言うように、氷山を作れば魔法の家を出せると言ったのは海竜の長老ヴォロスであった。

 最初シノブは、一旦どこかに偽装商船を動かしてから転移させるつもりだった。しかしヴォロスの提案により、事後処理の時間は大幅に短縮されていた。


「偽装商船は、ガルゴン王国が改装するのでしたね。先代ブルゴセーテ公爵が指揮されるとか」


 シャルロットは、ガルゴン王国に残してきた偽装商船のことに触れた。

 アルマン王国の偽装商船は船自体の性能も良いし、大型弩砲(バリスタ)の射程も長い。しかも破れた帆を直せば使用可能である。そこで、以前に拿捕した物と合わせて改装することとなっていた。それらは今までの分も含め、ガルゴン王国南方の港湾都市ガリシハーラに集められ、修繕と艤装の変更を行っている。


「ああ。半数はカンビーニ王国に贈るそうだけどね」


 シノブは、僅かに苦笑しながら妻に答える。実は、これは第二王子ティルデムがカンビーニ王国を侮辱した詫びとしての贈呈である。

 自国の領海でアルマン王国の偽装商船がカンビーニ王国の商船を沈めたことに、ガルゴン王国は何らかの補填をすべきと思っていたらしい。これから共にアルマン王国と戦うのだから、妙なしこりが残っていてもやり(づら)いからだろう。そこで彼らは、気前良く半数を譲ることにしたようだ。


「マリエッタさんが笑っていました! お詫びとしては充分すぎるって」


 ミュリエルは、ここにはいないマリエッタの名を挙げた。ティルデムは一国の公女であるマリエッタを小娘呼ばわりした。要するに、偽装商船の贈呈には彼女への謝罪も含まれているのだ。


「マリエッタは……エディオラ殿と一緒だったか」


 シノブの呟きが聞こえたのだろう、壁際に控えていた二人の女騎士ロセレッタとシエラニアは、一瞬何とも言い難い表情となった。

 シャルロットのお付きとして留学した筈のマリエッタだが、今日もエディオラと共にいる。建前としてはエディオラの案内役だが、実際には側にいるだけだ。とはいえ、マリエッタを非常に気に入っているエディオラからすれば、彼女がいるだけで良いらしい。

 そんなわけで、マリエッタは今日も魔術や魔道具の解析や製造を見守ることとなったのだ。しかし彼女にとって幸いなことに、三人の学友の一人であるフランチェーラが同行者に加わっていた。そうでなければ、マリエッタは午後一杯、理解不可能な会話を聞くだけとなった筈だ。


「エディオラ殿には、程々にするよう言っておかなくちゃね……」


 シノブは、エディオラやマリエッタと一度話してみようと考えた。

 マリエッタは、別に嫌がってはいないようだ。しかし彼女は武術を学びに来たのであり、過度の束縛は修行の邪魔になりかねない。それはマリエッタが望むところでは無いだろう。


「さて、そろそろ行くか!」


 諸々の思いは一旦脇に置こう。そう思ったシノブは、勢いよく立ち上がった。


「はい、シノブ様!」


 アミィの返答にも常とは違う何かが宿っているようであった。

 これからベーリンゲン帝国の東の果てに赴き、帝国の神の像をアムテリア達の神像に造り変える。そして、これは最後の神像の造り変えだ。そんな思いがシノブの声音(こわね)に表れ、彼女がそれを感じ取ったからであろうか。


「シノブ、アミィ、気をつけて」


「シノブさま、アミィさん、夕食はお祝いの品にしますね!」


「シノブ様、新たな歴史の始まりですわね!」


 シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人だけではなく、食卓に着いていた全ての者が立ち上がり、シノブとアミィに言葉を掛けた。そして一同は、二人を見送ろうと後に続いていく。

 家族や共にいる者達の温かい声は、シノブの気持ちを高揚させる。そのためだろう、初めての地に歩みだしていくシノブの顔は自然と綻んでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──本当に凄いわね! もう1000kmは飛んだわよ!──


 光翔虎のメイニーは、その名の通り光のような速さで空を駆け抜けていた。彼女は、シノブとアミィを攻略した帝国の三伯爵領に送っているのだ。

 前日と同様に光鏡を前方に展開し、それを(くぐ)り抜けて転移していくから、メイニーは普段の何倍もの速度で移動している。


──メイニーさん、負けませんよ~!──


 そして、巨大なメイニーの脇には、フェイニーの姿もあった。事前にシノブから充分に魔力を注がれたこともあり、彼女も成獣であるメイニーと同じ速さで空を駆けている。


「途中までは神殿で転移できるんだけどね」


「フェイニーとメイニーさん、よほど気に入ったんですね」


 シノブとアミィは、メイニーの背の上で苦笑気味の呟きを漏らしていた。攻略済みである手前の領地までは、神殿の転移で移動できる。それなのにメイニーとフェイニーは、シェロノワから目的地まで全て飛んで行こうと言い出したのだ。


──良いじゃない! これ気に入ったのよ、昨日も楽しかったし!──


──そうですよね~!──


 メイニーとフェイニーは、相変わらず上機嫌である。

 昨日、二頭に催促されたシノブとアミィは、メイニーと両親の棲家(すみか)、そしてフェイニーと両親達の棲家(すみか)の二箇所に神像と造りに行った。

 光鏡での連続転移があれば、極めて短時間で移動できる。そこで帰国前に棲家(すみか)に神像を造り、竜達と同じくシェロノワへの転移を可能にしてくれとメイニーとフェイニーに頼まれたのだ。


「確かに速いよね。これなら世界中を周れるかも。昨日もあっという間だったしね」


 シノブは、メイニーの弾むような思念に微笑ましさを感じつつも同意した。

 一旦シェロノワに戻れば、南方に来る機会も少ないであろう。そこでシノブは、二頭の願いを聞き入れ、それぞれの棲家(すみか)を訪問した。それは往復2000kmほどもある飛翔だったが、歓喜したメイニーが全力で飛んだこともあり、設置を含め戻るまで二時間も掛からなかった。


「今回の件が片付いたら、エウレア地方の外にも行ってみますか?」


──それは良いわね! そうしましょう!──


 アミィの提案に飛びついたのはメイニーである。よほど喜んだのだろう、彼女の飛翔速度は更に上がる。


──メイニーさん、待って~!──


──ごめんなさい!──


 流石にメイニーの飛翔は速すぎたらしい。フェイニーは焦り気味の思念を発していた。それを聞いたメイニーは慌てて元の速度に戻る。


「……旧帝国領が落ち着く前に遊び歩くのは無理じゃないかな。それに学校もあるしね。ガルゴン王国の人も連れて行ったから、もうそろそろ開校するだろうし」


 シノブは、メイニーの期待を裏切るだろうとは思いつつも、真面目に答える。

 ガルゴン王国からの留学者は、炎竜イジェが北の高地の学校に連れて行った。彼女は子竜達と狩りをしに北の高地に向かったのだが、それならばと留学者も磐船で運んでくれたのだ。


──残念ね……でも、落ち着いたら良いんでしょ?──


──そのときは私も行きます~!──


「ああ。もっと東に行ってみるのも良いな……皇帝の先祖が住んでいた場所にも興味があるし……それに、更に東に行けば、日本みたいな国もあるんだろ?」


 二頭の思念に答えたシノブは、今向かっている東の地の、更に向こうに思いを馳せた。もっとも、彼らの前方には光鏡があるから、前方の風景など見えはしない。


「そうですね。オスター大山脈の向こうは気になりますね」


 アミィは、シノブの内心を察したようだ。彼女の声音(こわね)には、それまでとは違う真剣な色が滲んでいる。


 エウレア地方の国々には、自分達の住む地方より東についての情報は殆ど無い。

 現在シノブ達が向かっている帝国で最も東の三領、これからはメリエンヌ王国の軍管区となる地域は、エウレア地方でも最東端にあたる。しかし、そこから向こうがどうなっているのかは、謎に包まれているのだ。

 これから行く三領の一つゾルムスブルクの東には、オスター大山脈という高山帯がある。そこから東は東域と一応の名は付いているものの、具体的にどんな場所かは不明である。

 帝国の皇帝や侯爵家の秘録によれば、彼らの先祖は東域から来たらしい。しかし、往来の記録は残っておらず、東域からどうやって来たかも判然としない。ただ、現在の帝国領に来る前に彼らは今の信仰を持っていた。それ(ゆえ)シノブは、彼らの源流となる地に興味を示したのだ。


「そうだね。日本っぽい国……『ヤマト』だっけ? そっちは興味半分だけど」


 シノブは、ずっと前にアミィから聞いた地球でいう日本に相当する国、『ヤマト』の名を挙げた。

 『ヤマト』という国も、文明の成熟度から言えばエウレア地方と変わらないらしい。大雑把に言えば室町時代から戦国時代の手前といった辺りのようだ。そして、地球と同じならかなりの遠方であり、アミィは皇帝達の先祖がいた場所では無いだろうという。

 アムテリアは、この星の各地に地球の同じ場所と似たような文化を育てようとしている。そして、帝国の皇帝家や侯爵家には東欧やロシアを思わせる名前が多かった。だとすれば、彼らの先祖が住んでいたのは、オスター大山脈から東といってもそれほど遠くは無いと思われる。

 それ(ゆえ)シノブは、日本風の国『ヤマト』については、純粋な興味しか感じていない。


──真面目ねぇ……遊び心も大切よ?──


 メイニーはシノブの過去も聞いている。そのため自身の故郷と似た地を後回しにしようとするシノブに、彼女は(あき)れに似た感情を(いだ)いたようだ。


「遊び心?」


 シノブは、思わずメイニーの言葉を繰り返す。多忙のあまり楽しみを後回しにしているのでは、と彼も思わないでも無かったのだ。


──そう、こんな風にね!──


 メイニーは突然鋭い思念を発すると、いきなり頭を沈めて背を前に振っていく。


「うわっ!」


「メイニーさん!」


 宙を駆けていた巨大な虎が、唐突に前転まがいのことをしたのだ。当然ながらシノブ達も振り回される。メイニーは装具を着けており、シノブとアミィは装具の取っ手を握り命綱も付けている。したがって、落ちるようなことは無いのだが、それでも二人は思わず叫び声を上げていた。


──まだまだ! フェイニー、良く見ておきなさい!──


 メイニーは、岩竜や炎竜と同じく重力を操って飛んでいる。そのため、何の足場も無いのに前転の速度は増していき、それでいて前に進む速度も落ちはしなかった。


──こ、これは! 絶招牙(ぜっしょうが)ですね!──


「フェイニー! それって!?」


 驚きを顕わにしたフェイニーに、シノブは振り回されつつも尋ねる。

 流石の彼も、高速で続く前転の最中に光鏡を正しい位置に出すことは出来ない。そのため、連続転移は中断し、メイニーとフェイニーは普通に空を飛んでいるだけである。もっとも、猛烈な速度で前転しつつ飛んでいくメイニーを普通と呼んで良いのであれば、だが。


──絶招牙は、光翔虎の技です! 全部で八つあるんです!──


 フェイニーの思念からは、激しい興奮が伝わってくる。あまりに強い興奮(ゆえ)か、彼女の説明は簡潔すぎるほど簡潔であった。


──シノブさん! 細かいことは気にしないの! 何も考えずに飛ぶの、気持ち良いでしょ!?──


──そうですよ! メイニーさん、私もやってみますね~! あははっ、難しいです~!──


 振り回される中、シノブはフェイニーの姿を探す。するとフェイニーも前転しながら飛んでいるが、こちらは回転の速度が遅い。飛んでいる速度自体は非常に速いのだが、回転は充分目で追えるくらいである。丸っこい幼獣が前転している姿は何とも微笑ましいもので、戦いの技とは思えない。


「まったく……でも、もっと肩の力を抜いた方が良いのは確かだね!」


 シノブは、先を案ずる自分にメイニーが警告をしたのだと感じていた。そこで彼はメイニーの忠告を受け入れ、彼女の曲芸飛行を楽しむことにする。

 メイニーは、シノブの気持ちの変化を察したようだ。彼女はそれまで続けていた高速前転を()め、様々な飛び方に変えていく。もしかすると、彼女は八つの技を全部披露するつもりなのかもしれない。


「そうですね! シノブ様、たまにはこういうのも良いですよ! ほら、ジェットコースターにでも乗ったと思って楽しみましょう!」


「ああ、そうだね!」


 楽しげなアミィに、シノブも同じような弾んだ声で答えた。そして二人は、子供に戻ったかのような歓声を上げていく。シノブは、輝く大空に広がる自分とアミィの声を聞きながら、予想外の楽しい時間を贈ってくれた光翔虎達に深い感謝を捧げていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月21日17時の更新となります。


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