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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
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14.34 海を渡って光を抜けて 前編

 晩餐の前、シノブはシェロノワまで一往復した。ガルゴン王国の王都ガルゴリアから遠く離れたシェロノワへの移動は、もちろん魔法の家を使ってである。

 何しろ、メリエンヌ王国までですら500km近く、その中でも北東の端に位置するフライユ伯爵領の領都シェロノワとなれば、1300km以上あるのだ。仮に竜や光翔虎が急いで飛んでも半日以上掛かる距離である。

 その距離を瞬時に往復するには転移以外にありえないが、両国の転移網は直結していない。したがって、これは魔法の家の呼び寄せ以外では不可能なことである。


 従来、メリエンヌ王国やガルゴン王国を含むエウレア地方では転移装置など想像の産物であった。

 転移を魔術として個人が発動するには膨大な魔力が必要であり、そもそも習得もほぼ不可能だ。仮に習得できても至近距離しか移動できず、実用的ではないらしい。もっとも膨大な魔力があれば別で、巨大な魔道装置なら可能と思われるが、エウレア地方で実現した例は知られていないという。


 したがって、本来なら魔法の家の呼び寄せは、気安く使うべきものではない。しかし、新たな隷属の魔道具である『隷属の首飾り』に対抗するには、早急に魔道具研究者のミュレ達を送り返す必要がある。

 幸い対策方法はアミィや彼らの徹夜の努力で確立できた。それもあり、夕方になって目覚めたミュレ達は、一刻も早く量産したいと帰還を願い出た。

 そこでシノブは、アルメルに魔法の家を呼び寄せてもらい、ミュレ、ハレール老人、治癒術士のルシール、エルフの青年ファリオス、そして助手のカロルとアントン少年を送り返したわけである。

 もっとも、エルフの青年ファリオスはガルゴン王国の農産物が気になるらしく、シノブ達に何度も更なる収集をと頼んでいたし、アントン少年は結局『蒼穹城』から出る機会も無かったことが残念そうではあった。


 とはいえ、シノブ達も観光する暇などありはしない。翌日、海竜達がガルゴン王国の国王や王太子、そして新たに公爵となった二人に試練を課すのを見届けたら、シノブ達使節団も帰国する。アルマン王国との戦いが目前に迫る今、これは仕方がないことであった。


「ファリオス殿は魔道具製造には向いていないようだから、残っても良かったんじゃないかな?」


 晩餐を終えて割り当てられた居室に戻ったシノブは、ソファーに座りながらアミィへと問いかけた。時間が遅いこともあり、居室の中には他にシャルロットしかいない。


「でも、魔力は桁違いに多いですから。魔力量が多い人がいると、試験のときに助かります」


 アミィは、ティーカップにお茶を注ぎながら答える。彼女が言うように、研究者や助手の中では、エルフであるファリオスの魔力量は飛びぬけて多かった。

 マルタン・ミュレや、ルシール・フリオンは、人族や獣人族で構成されるメリエンヌ王国なら、一万人に一人か二人の大魔力の持ち主である。ちなみに魔力量は遺伝的要素が大きく、元々騎士階級で兄も優秀な治癒術士のルシールは血筋で、魔力が多くて平民から抜擢されたミュレは稀に起きる先祖返りらしい。

 それに対しハレール老人は技師としての能力は高いが、魔力自体は平民としては多い方という程度だ。助手であるカロルや狼の獣人のアントン少年も、平民出身だから同様である。


「魔力が多ければ魔道具を使うのは楽ですね。私は放出は苦手ですが、魔道具は関係ないので助かります」


 シノブの隣では、シャルロットが苦笑している。ソファーに座った彼女は、アミィの淹れたお茶の香りを楽しんでいたのだが、子供時代の魔術の訓練を思い出したのか少し遠い目をする。


 シャルロットや祖父である先代ベルレアン伯爵アンリなどは、ミュレやルシールよりも魔力量が多い。しかし、二人は高い魔力を身体強化に使うことは出来ても、攻撃魔術などに用いることは苦手なようだ。

 そのため、超人的な武技を示すシャルロットだが、攻撃魔術は火属性だけ、しかも効果もそれほどではなかった。もっとも、まがりなりにも魔術で攻撃できる者は人族だと千人に一人か二人で、それも普通に剣や弓でも使った方が良いという程度である。

 したがって、シャルロットも充分に特別な能力の持ち主だ。彼女の父のベルレアン伯爵コルネーユや、友人である女騎士のアリエルのように、武術も魔術も卓越している者の方が稀有なのだ。


「なるほどね……俺は、アムテリア様にもっと感謝しなくちゃいけないようだね」


 シノブは、自身がエルフのファリオスを遥かに超える魔力を持つことや、それらを全ての属性において自在に使いこなせることが特別だと、今更ながら実感した。そして彼は、それらを与えてくれたであろうアムテリアに、強い感謝の念を捧げる。


「それなんですけど……シノブ様の場合、元々持っていた才能が開花したのでは? そもそも、何の力も無ければアムテリア様の神域に入れない筈ですし……」


 シノブ達の向かいに座ったアミィは、自信なさげな声で答える。彼女も確信は無いのか、頭上の狐耳は少々伏せ気味であった。


「えっ、そうなの!?」


「はい。シノブ様はアムテリア様の血を濃く受け継いでいるから、神域に迷い込みました。でも、神域に常人が入ることは出来ません。こちらの世界に来てから更に能力が引き出されたのだとしても、元々ある程度は持っていた筈です」


 驚くシノブに、アミィは自説を披露する。

 今までシノブは、この世界に来てから魔力を得たと思っていた。しかし、彼女の推測によると、どうもそれは違うらしい。

 アミィは、地球の存在する世界には魔力が存在しないか極めて薄いのではないかと言う。そのため地球で魔力を感じることもなく魔術を行使することも無かったシノブだが、能力自体は備えていた筈だ、と彼女は続けた。


「そうすると、アムテリア様の神域は?」


 シャルロットは、シノブとは違いあまり驚くことは無かったようだ。

 彼女はシノブをアムテリアに連なる者だと聞いて以来、彼の持つ能力はその出自による特別なものと考えるようになったらしい。そのためシノブが地球にいたころから常人と違っても当然と受け取ったようだ。


「アムテリア様は神力をお持ちですから。世界を創造し整えるための力は、私達の魔力とは別です。ですから、シノブ様のお力も本質は神力なのかもしれません」


「確かに、アムテリア様は自分の加護を強く受けているって……それに魔力も大きくなるって……」


 アミィがシャルロットに説明するのを聞きながら、シノブは誰に言うとも無く呟いていた。

 この世界に来る直前、アムテリアは地球には自分の力が影響しないため加護を持っていても何の効果も現れないと語っていた。つまり彼女の言葉通りなら、加護自体は前から持っていたわけだ。それにアムテリアは、こちらに来れば魔力も大きくなると説明したが、新たに与えるとは言わなかった。


「すると、もし父さんや母さん、絵美(えみ)を連れて来たら、俺のようになるのかな?」


「さあ……ご家族とはいえ、必ずしも同じように発現しないのでは? もし、シノブ様のご先祖様や同じ血の持ち主が全て力を持っていたなら、もっと早く誰かが神域に入ったと思いますし」


 シノブが両親や妹はと問うと、アミィは小首を傾げながら応じる。

 確かに、シノブと先祖が同じ者など幾らでもいる筈だ。シノブが迷い込んだ神域は山の中とはいえ、観光地から少々奥に入っただけである。つまり、絶海の孤島や人跡未踏の地ではなく、多くの者が近寄ることの出来る場所だ。


「……まあ、今更だね。大切なのは、どうやって授かったかではなく、どう使うかだ。さて、そろそろ休もうか」


 お茶を飲み干したシノブは、ソファーから立ち上がった。

 力を得た理由など、考えても仕方が無いことである。それより持っている力をどうやって活かすかだと、シノブは思ったのだ。


「はい。オルムル達も待っていますから」


 シャルロットも、夫に笑顔で応じながら立ち上がる。

 子竜達や光翔虎の子フェイニーは、例によって二人の寝室で待っていた。シノブの魔力は、竜や光翔虎にとって最上の栄養であり、早く大きくなりたい子供達は毎日のようにシノブのところにやってくる。

 なお、成体である炎竜イジェや光翔虎のメイニーは寝室までは来ない。彼女達も腕輪の力で人間並みに小さくなれるのだが、流石に大人としての矜持(きょうじ)があるのだろう。それに、シノブとしても人間の大人並みに大きな彼女達と就寝するのは遠慮したい。


「アミィもゆっくり休んでね。昨日今日と忙しかったから」


 アミィを(ねぎら)ったシノブは、ティーセットをお盆に乗せていく。彼は、アミィの代わりに後片付けをしようと思ったのだ。


「し、シノブ様!」


「アミィ、先に休みなさい」


 シャルロットは、慌てるアミィを両手で留め、優しく抱きしめた。彼女も、シノブと同じことを考えたようだ。

 昨日から今朝にかけて、アミィは徹夜で解放の魔道具などを作った。彼女は夕方まで休んだが、疲れも残っているのではないか。それを案じたシノブは、今日くらいは良いだろうと食器を備え付けの台所に運び、水魔術で洗浄していく。


「……はい。それではシノブ様、シャルロット様、お休みなさい」


「ああ、お休み」


 アミィは、シャルロットに押されながら自身の寝室へと引き上げて行ったようだ。台所からは見えないが、シノブは水操作で器についた水気を除去しながら返事をする。

 アミィがゆっくり休み、良い夢を見ることが出来るように。シノブは、そう思いながら後片付けを続けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 海竜の試練は、王都ガルゴリアの南方の海で行われた。王都の南に位置する都市ガリシハーラの軍港に、海竜の長老ヴォロスと(つがい)のウーロ、そしてレヴィ、イアス、リタンが現れ、そこから南のメディテラ海に乗り出したのだ。


 メディテラ海は、ガルゴン王国やカンビーニ王国の南に広がる大海だ。ガルゴン半島とカンビーニ半島に挟まれた湾状のシュドメル海や、同じくカンビーニ半島と大陸の間に位置するエメール海とは違い、南に何千kmと続く大洋である。

 メディテラ海の南には巨大な大陸があるが、北のエウレア地方とは大きく隔てられている上に海生魔獣の棲む領域も多い。そのためエウレア地方では、南方大陸との交易は僅かしか行われていない。無事に戻れば一躍大金持ちだが、逆に言えば殆ど生還できないからだ。


 海竜達は、その海生魔獣の棲む領域を南北に貫く結界を作り、結界の中から魔獣達を追い出す。この結界が南方大陸への航路となり、ガルゴン王国やカンビーニ王国の商船は、そこを通って南に赴くわけだ。

 ちなみに、メリエンヌ王国の商船は遠洋航海を苦手としており、当分は南方交易に乗り出そうという者は現れないらしい。将来はガルゴン王国やカンビーニ王国から経験者を高額で雇って挑戦するのだろうが、それは随分先のことになりそうだ。それが、南の海に詳しいオベール公爵の継嗣オディロンの見解である。


「我が国は陸上交易の方が盛んですからね。旧帝国領との交易に興味を示す者の方が多いですよ」


 オディロンは、吹き抜ける海風に短く刈ったアッシュブロンドを(なび)かせながら苦笑していた。

 ここは、炎竜イジェが運ぶ磐船の上である。王都ガルゴリアから都市ガリシハーラまで100kmは離れている。しかも、ガリシハーラは転移可能な都市ではなかった。そのためシノブ達は、ガルゴン王国の王と王太子、それに二人の新公爵を磐船に乗せてガリシハーラへと移動したのだ。


「南方交易の支援をするとしても戦いが終わってからですし、それはガルゴン王国やカンビーニ王国も同じでしょう。試練を受けているフェデリーコ十世陛下は、残念かもしれませんが」


 オディロンに続いたマティアスは、視線を眼下の海面へと転じた。彼が言うように、ガルゴン王国の王達は、海竜の試練を受けている最中であった。

 国王フェデリーコ十世はヴォロス、王太子カルロスはウーロ、ビトリティス公爵となったプジョルートが雄の海竜レヴィ、ブルゴセーテ公爵を継いだフェリディノがレヴィの(つがい)のイアスに跨って海中に姿を消している。

 試練はカンビーニ王国で行ったものと同じで、長時間の潜水や海竜の高速機動に耐えるものであった。長老ヴォロスは、カンビーニ王国との公平さを重視し同じ内容にしたらしい。


 そして、これもカンビーニ王国と同じく、試練を受ける者の家族が磐船から見守っている。

 先王カルロス十世とその夫人達は王都に残り留守を預かったが、国王の第一妃アデリーダに王太子の二人の妃、それにフェリディノの妻カルニタとプジョルートの妻イメビアは、心配そうに船縁(ふなべり)から海面を見下ろしていた。


「エフィナ様、ビアンカ様。大丈夫、何かあればシノブ様が助けてくれる」


 もちろん、王女エディオラも親族の一人として磐船に乗り込んでいた。彼女は歳の近い王太子の妃達に、優しい声を掛けている。


「そ、そうですわね」


「え、ええ……」


 蒼白な顔の二人は、義妹の言葉に頷きつつも海面から目を離さない。試しを受けている者達に息継ぎをさせるため、海竜は時折浮上してくる。そのため女性達は、浮上の瞬間を見逃したくないのかもしれない。


「子供達は楽しそうで良いですわね」


「本当に……」


 こちらは、カルニタとイメビアだ。磐船には、王太子の三人の子供に、両公爵のそれぞれ二人ずつの子供、合わせて七人が乗っているのだ。


 七人の中で一人だけ、王太子の長女エスファニアは母同様に青ざめた顔で海面を見つめている。彼女は十二歳と年長で試練の危険度を理解しているからだ。

 しかし他の子供達は甲板の中央で無邪気な笑顔を浮かべている。何しろ残りは一番上でも七歳、半数は五歳以下である。そのため、安心して待てという父達の言葉を素直に信じ、甲板で遊んでいた。それに、大半は船縁(ふなべり)の上まで顔が出ないから、試練の様子を見ることも出来ないのだ。もっとも、彼らが素直に遊んでいるのは、父親の言葉だけが理由でもない。


──今度は、どんな色でしょう?──


 海竜の子リタンは海中から浮かび上がると宙に移り、一抱えもある貝を抱えながら鳴き声を発した。彼は前肢の(ひれ)で貝を抱えたような姿だが、実際には重力操作で引き付けている。

 海竜の四肢は海亀のような(ひれ)で、物を(つか)む指や爪は存在しない。そのため単に抱えているだけでは、彼の胴の幅ほどもある貝は滑り落ちてしまう。

 そこでリタンは、浮遊にも使っている重力操作で貝を固定している。そもそも首長竜のような外見の海竜が宙に浮けるのは、この重力を操る力があってのことだ。


「リタンさんは、何色(なにいろ)かって言っていますよ」


 リタンが甲板に降りてくると、ミュリエルは王太子や公爵の子供達に通訳した。リタンが抱えている貝は深海シャコ貝の一種で、カンビーニ王国での試練の際にヴォロス達が獲ったものと近縁である。つまり、中には真珠があるのだ。

 深海シャコ貝は、深さ150mから200mほどのところに棲むのだが、幼くとも海竜であるリタンなら、そのくらいの深さに潜るのは造作も無いことらしい。なお、この辺りの深海シャコ貝には、色付きの真珠を作るものもいる。そこでリタンは子供達と色を当てて遊んでいるわけだ。


「赤!」


「白です!」


「黒いの!」


 六人の子供は、口々に答える。

 赤と言ったのは王太子の長男ロレンシオだ。彼は、正式に王太子となったときに、王家の掟に従い祖父と同じフェデリーコと名前を変えるが、それまでは幼名を名乗るらしい。

 ちなみに、二番目がフェリディノの娘ナバネサで、その次がプジョルートの息子カハーシモだ。更に、年少の子供達が兄や姉に続いていく。


──僕も赤だと思います!──


 岩竜の子ファーヴも色当てに加わっていた。彼はまだ飛行ができないため、甲板に残っていたのだ。ファーヴの大きさは幼児くらいだから、子供達の中に紛れている様子は実に微笑ましい。

 ちなみに他の子竜はというと、磐船をぶら下げるイジェの両脇だ。オルムルとシュメイは、イジェの左右で同じように宙に静止しているのだ。今日のシュメイは宙の一点に留まる訓練をしており、オルムルはそれに付き合っているわけだ。


「それでは、私が……」


 進み出たのは、猫の獣人アルバーノである。彼は、リタンが降ろした深海シャコ貝に小剣を突き入れ、貝柱を断ち切っていく。

 この深海シャコ貝は、カンビーニ王国でヴォロス達が獲ったものに比べると半分以下の大きさだ。親竜達は全長40mにも達する巨体だが、リタンはまだ6mにも満たないから当然ではある。


「おお、見事な赤真珠ですな!」


 アルバーノが取り出したのは、真紅に輝く真珠であった。それも、(こぶし)ほどもある巨大なものだ。

 流石に、カンビーニ王国でヴォロスとウーロが獲ってきた貝のように、直径20cmということは無い。これは、貝自体の大きさが違うのだから仕方ないだろう。そもそも、これでも売りに出せば家の数軒に相当する値段になると思われる。

 なお、リタンは既に十個近い深海シャコ貝を運んできたが、赤や黒、そして白く輝く真珠がその度に取り出された。どうも、海竜は魔力で相手の形状や構造を探ることが出来るらしい。光の無い深海に潜るには、視力以外で察する能力が必要だからと思われる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……そろそろ終わりでしょうか?」


「前回と同じならそうですね」


 セレスティーヌとシャルロットは、リタン達から海面へと顔を向けなおした。心配げな様子で見守るガルゴン王国の女性達と比べ、二人は落ち着いたものである。二人にとっては他国の試練ということもあるが、カンビーニ王国で一度見ているのも大きいようだ。


「どうやら、そのようだね。魔力と動きが落ち着いた」


 シノブは、二人に(ささや)きかけた。カンビーニ王国のときと同じで、試練の間、猛烈に動き回る海竜達は、強い魔力を発していた。

 海竜達は、高速遊泳の際に重力操作も使っているらしい。何しろ彼らは、地球のマグロやカジキよりも早く泳ぐのだ。大きさで比較的近い鯨と比べれば二倍か三倍は速い遊泳であり、筋力だけで実現するのは難しいだろう。


「無事終了のようです! 戻ってきます!」


 アミィは、ガルゴン王国の者達に海竜達の帰還を告げていた。アミィは、甲板から見守る彼らに海中の動きを教えていたのだ。

 試練のときの海竜達は、魔力を余計に放出しているらしい。これは、海上でも察することが出来るようにとの配慮である。もっとも、それで判別できるのは魔力感知能力が高いシノブそしてアミィくらいなのだが。


「やっぱり、今回も巨大真珠をプレゼントするんだね」


 シノブが言うように、浮上したヴォロスとウーロは巨大な貝を(くわ)えて上昇してきた。こちらはリタンが獲ってきたものとは違い、直径2mを大きく上回る。一方レヴィとイアスは、何も持っていない。


「ヴォロス殿達は、公平ですから」


 シャルロットは、シノブに微笑みを浮かべて応じた。そうしている間にも国王達は甲板に上がり、ヴォロスとウーロも深海シャコ貝を船の上に置く。

 今回はイヴァールがいないが、前回のことを知っているシノブは、温かい飲み物を用意させておいた。そこで試練を終えた四人には温めたワインが供され、彼らは美味(おい)しそうに飲み始める。


「閣下、赤真珠です!」


「こちらも!」


 その間に、アルバーノとアルノーは深海シャコ貝から真珠を取り出していた。前回と同様に直径20cmはある巨大な真珠だが、色は双方とも燃えるような真紅である。流石に、これには甲板にいた全ての者が大きなどよめきを上げている。


──この国の印は赤いからな。ちょうど良いだろう──


 ヴォロス達には、貝を開ける前から真珠の色がわかるらしい。深海シャコ貝の種類からか、それとも真珠を形成する成分の違いを魔力か何かで察するのか。いずれにしても、彼らは港で見たガルゴン王国の国旗に、大きな赤い花があしらわれていたのを覚えており、それに相応しい贈り物をしたようだ。

 ガルゴン王国の国旗は、獅子と虎に支えられた盾の背後に二本の交差した大剣があり、中央に真紅の花が咲き誇るものだ。それに、国王や王太子のマントも赤かった。巨大な真珠は、それらを思わせる真っ赤な輝きを放っており、ガルゴン王国の宝に相応しい逸品である。


──前が二つでしたから、今回も二つだけにしました──


 そして、海竜達は公平だというシャルロットの言葉は当たっていたようだ。ウーロが明かしたように、彼らは意図してカンビーニ王国と同数にしたわけだ。


「ガルゴン王国の試練も無事終わったね。後は……」


──シノブさん、この前と同じ怪しい船です! 幾つもいます!──


 シャルロットとセレスティーヌに笑顔を向けたシノブだが、途中で言葉を途切れさせた。何故(なぜ)なら、彼はフェイニーからの思念を受け取ったからだ。


「シノブ、どうしたのですか?」


「フェイニーからの思念だ……どうも、偽装商船らしい」


 怪訝な顔をしたシャルロットに、シノブは説明をする。

 フェイニーとメイニーは、姿を消したまま洋上を飛翔していた。フェイニーは、オルムルと同じくかなり長距離を飛翔できる。そのため、訓練がてら姿消しを使ったまま南海の上を飛び回っていたのだ。

 そして彼女達は、シノブ達がいる場所より西の方で一つの船団を発見した。どうやら、それが偽装商船らしい。フェイニーはシノブと共に海上で、メイニーは隠し港で偽装商船を見ている。彼女達は姿を消して船に接近し、大型弩砲(バリスタ)を発射するための窓があることも確認したから、間違いはないようだ。


「シルヴェリオ殿は、ガルゴン半島の南で沈められた商船がいると言っていた……」


「おそらく、それでしょう。偽装商船は何週間も航海できるのでしたね? もしかすると、同じ船団かもしれません」


 シノブの呟きに、シャルロットが応じる。

 アルマン王国の偽装商船には、魔力の多い者が多数乗り込んでいた。彼らは、魔道具や自身の魔術で、真水を生み出し、それを飲用に使っているらしい。真水を作る場合、創水の魔術で水自体を作り出すか、海水から抽出の魔術で水を取り出すか、そのどちらかだが、一般には少ない魔力で済む抽出を使うという。

 それに、冷蔵の魔道具があれば食料の長期保存も可能である。ただし、常時それらを使うには多くの魔力が必要であり、気軽に使用することは難しい。

 だが、シノブ達が海上で発見した偽装商船や、隠し港にいた船員達は、魔術師に近い魔力を持っていた。もちろん、身体強化などだけが出来る者が殆どだが、それでも魔道具の使用には問題ない。

 いずれにせよ、それらを使えば補給無しで長期の航海が可能である。そして沿岸に近寄らないし、他の船が近づいたら逃げる。そのため、ガルゴン王国に発見されることも無かったのだろう。


「アミィ、フェイニーとメイニーの思念、聞こえていたか? それと、正確な場所はわかるか?」


「聞こえました! ガルゴン王国の領海内です!」


 シノブの問いに、アミィは素早く答える。彼女は、シノブのスマホから引き継いだ能力で、正確な位置を知ることが出来る。それを活かして磐船の位置を知り、更に思念の方向や強さからフェイニー達のいる場所を割り出したわけだ。


 ちなみにエウレア地方の国では、海岸から200kmまでを領海とする。もっとも、ガルゴン王国の南方はメディテラ海が広がっているだけだ。したがって、仮に沿岸から非常に遠くてガルゴン王国の領海外だとしても、公海であり他国の領海ではない。

 なお、他国の船を問答無用で臨検できるのは領海内だけだ。公海の場合は、海賊など違法行為を働いていることが明確でなければ、相手国から非難される。とはいえ、今回の場合はフェイニー達が確認済みであり、公海であってもさほどの違いはないかもしれない。


「では、シノブ?」


「ああ。領海内なら好都合だ。陛下にお伝えして、拿捕しよう。南海に踏み込んだ理由を知りたい」


 シノブは、シャルロットに頷いてみせた。二人とも既に戦士の表情となっている。

 アルマン王国は、自国に近い海域に偽装商船を配してガルゴン王国の商船を沈めていた。それは、北のドワーフとの交易を独り占めするため、そしてガルゴン王国の西の陣営を引き込むためだと、先代ビトリティス公爵サラベリノは言っていた。

 西のルシオン海の交易を安定させるにはアルマン王国との融和が必要だと実力で示し、その一方で中央から東部の船を沈めてガルゴン王国の国王派に揺さぶりを掛ける。どうやらアルマン王国には、そのような意図があったようだ。

 しかし、南方まで進出する理由は何だろうか。ガルゴン王国の南部から東部でも海賊行為をし、混乱させるためか。それとも、東のカンビーニ王国まで行くつもりなのか。

 アルマン王国の軍務卿ジェリール・マクドロンは、サラベリノを『隷属の首飾り』で支配した。ならば、南部や東部、それにカンビーニ王国にも同様の策を(ろう)するつもりだったのか。


「これは、思いがけない情報を得られるかもしれないな……」


 シノブは、シャルロットやセレスティーヌと共にフェデリーコ十世達の下に歩み寄りながら、静かに呟いていた。

 南海で(うごめ)く偽装商船は、不透明なアルマン王国の内情を察するきっかけになる。シノブは、何となくそんな気がしていた。そして彼は、謎を解く鍵を得られるのではという期待を僅かに感じつつ、試練を終えたばかりの国王達に異変を伝えるべく、彼らの下に足早に向かっていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月17日17時の更新となります。


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