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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
318/745

14.33 新たなる輝き

 ホリィ達が再びアルマン王国に向かった日の夕方近く。ガルゴン王国の王都ガルゴリアのとある場所に、各地の都市を預かる上級貴族、つまり伯爵以上が勢揃いしていた。

 上級貴族が一堂に会すなど、従来なら年に一度あるか無いかだ。何しろガルゴン王国は東西が600km、南北が500kmを超える。そのため馬車や帆船での移動では、場所によっては往復十日以上も必要で、そうそう王都に集合することは出来ない。

 しかし、侯爵領以上の都市の大神殿に転移を授かった今は違う。各伯爵も最寄りの転移可能な都市を経由すれば、片道一日程度で王都に到着できるようになったのだ。


 今、彼らは王都の中央にある『蒼穹城』の謁見の間に集っている。そこは『蒼穹城』特有の輝く天空と大海原のような青で彩られた華麗な広間であり、その中は無数の灯りの魔道具による光で満ちている。

 しかし輝かしい場に集い、しかも転移という神の贈り物を授かった諸侯の顔は、決して明るいものばかりではなかった。


「……サラベリノは重い病に罹った(ゆえ)、当主から退(しりぞ)く。よって、息子のプジョルートにビトリティス公爵位を継がせる」


 壇上にいる国王フェデリーコ十世の宣言に、諸侯は、そして居並ぶ貴顕達は微かにどよめき、続いて表情を取り繕いつつ静まった。それは、国王が自身の決定として次代の公爵をプジョルートと告げたからだ。


 ガルゴン王国では公爵の力は極めて強い。ガルゴン王国には二つの公爵家が存在するが、双方の祖は建国を助けた英雄であったからだ。

 両家の祖である二人は、初代国王となったカルロス・ガルゴンや息子で後に二代目国王となるフェデリーコと共に、神々が与えた試練に挑んだという。しかも、それぞれカルロスの娘を妻にしたから家族とも言える。要するに、外面はともかく実質的に四人は盟友であり同志であったのだ。


 そのためガルゴン王国の二公爵家は、他とは違い当主が跡取りを決定できた。しかし今、国王が自身の決めたこととして新たなビトリティス公爵をプジョルートにすると言った。これは初代公爵への爵位授与を除けば、ガルゴン王国の歴史で初めてのことであった。


──後から見れば、これが大きな転換点になるんだろうね──


 シノブは、自身の立つ壇の中央にいる王族達に視線を向けつつ、アミィに思念を送った。彼とアミィは、国王の要請で壇に上がっていたのだ。二人は国王達から少し離れた場所に立ち、ガルゴン王国の歴史に残るであろう一幕を眺めている。

 彼の見つめる先には、居並ぶ家臣に語りかける国王フェデリーコ十世だけではなく、先王や王太子カルロスなどもいる。


──はい、私もそう思います!──


 シノブと並んで立つアミィも、顔は国王に向けたまま思念を返す。解放の魔道具やホリィ達のための透明化の足環を徹夜で作成した彼女だが、朝から先ほどまで休んだため充分に回復したようだ。それを示すかのように、思念も活力に満ちている。


──でも、(おおやけ)には出来ないから、緩やかな変化になるのかもしれませんね。ビトリティス公爵は重病とはいえ参集できなかったことを恥じ隠居した……公式には、そういう理由ですから──


 アミィは、何となく苦笑いしているような様子で思念を続ける。

 アルマン王国に操られていたという未曾有の不祥事により公爵位を返上したサラベリノは、次代の決定権も国王に返していた。したがって、これ以降ビトリティス公爵家は後継者決定権を持たないことになる。

 決定権の委譲は当面伏せるし、多くの場合は当主が推薦した者に継がせることになるだろう。しかし建国以来の制度を変えたのは確かであった。


──公爵が他国の者に支配されていたとは言いたくないだろうしね……この広間にいる人は全て知っているんだろうけど──


 シノブは、謁見の間に入る前にフェデリーコ十世から聞いた話を思い出した。

 ビトリティス公爵サラベリノは、アルマン王国の軍務卿の(たくら)みにより『隷属の首飾り』で縛られ相手に利した。この不祥事を明らかにすれば、もっと厳罰で挑むべきだという声が上がる可能性も高い。つまり、隠居して継嗣に当主の座を譲る程度ではない、公爵家の取り潰しなどである。

 しかし、フェデリーコ十世は急激な変化を望んではいなかった。あまり急激で大きな体制の変更は、ビトリティス公爵家が(まと)めていた西の諸領の反発を招くと考えたからである。


──ええ。西の領主達の件もありますし。問題が大きすぎるから合わせて内々に済ませるのでしたか──


 アミィが言うように、西の領主達も多かれ少なかれ何らかの罰を受けることになっていた。

 サラベリノは、彼ら西の諸侯の重臣達に『隷属の首飾り』を贈り、裏で操っていた。領主達はそれを知らなかったが、彼らは家臣の不自然な献策を受け入れた。それらには西だけの利益を追求する行為も含まれており、領主達の看過や同調は責められるべきことであったのだ。

 本来なら、公爵家継承権の変更に西の領主達は異を唱えただろう。派閥の長の力を殺ぐのは、彼らにとっても歓迎すべきことではないからだ。しかし彼らも、この状況では反対できない。そこでフェデリーコ十世は、この機に乗じることにしたわけだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……では、継承の儀を行う」


 国王フェデリーコ十世は、爵位継承の儀式の開始を宣した。そして彼は、息子である王太子カルロスと共に一歩前に出る。

 今日の国王と王太子は、双方とも腰に細剣(レイピア)を帯びていた。そして二人とも白銀の全身鎧に真紅のマントを付けている。兜は背後に控える侍従に預けているから顔は見えるものの、まるで戦場に赴くかのような装いだ。

 覗いている顔は、双方ともガルゴン王家の直系男子に特有の、栗色の髪と濃い茶色の瞳に少しだけ濃い肌である。そのため、遠目には双子が並んでいるように見えるかもしれない。


「ブルゴセーテ公爵ナルシトス、ビトリティス公爵継嗣プジョルート、壇上へ!」


 王太子カルロスが、居並ぶ家臣の最前列にいるブルゴセーテ公爵とプジョルートに顔を向け、壇に上がるように呼びかけた。

 シノブが事前に聞いたところによれば、継承の儀は、国王と王太子、そして代替わりしない方の公爵が、新公爵を仲間に迎えるようなものらしい。


 そのためだろう、ブルゴセーテ公爵やプジョルートも国王達と同じ甲冑姿である。公爵家の鎧も王達と同じくミスリルなのだろう、やはり白く輝く美麗なものである。しかし、こちらのマントは真紅ではなくオレンジ色だ。おそらく、それが公爵やその継嗣のマントの色として定められたものなのだろう。

 なお、ブルゴセーテ公爵の継嗣フェリディノも甲冑を(まと)っているが、彼ら以外は鎧ではなく剣も帯びていない。この件からも、ガルゴン王国で公爵家が別格だというのが良く理解できる。


「はっ!」


 プジョルートは返答すると一歩進み出した。彼の動きに合わせて、虎の獣人に特有の金に黒の縞が入った髪が微かに(きら)めく。

 そして彼は更に足を踏み出そうとしたが、それは続いて響いた声により留められることとなる。


「畏れながら! 陛下、私も爵位継承を行いとうございます! 同年代のサラベリノ殿が病に倒れたのです、私も先を案じまして!」


 獅子の獣人であるナルシトスは、ふわりとした金髪を揺らがせつつ一歩前に出ると、自分も隠居すると言い出した。

 サラベリノのように病に倒れてはと言うブルゴセーテ公爵だが、息子同様に2m近い体は生気に満ち溢れ、声は謁見の間の隅々まで響き渡っている。そのためシノブは、彼が現役を退(しりぞ)く必要など全く感じなかった。


「む……爵位継承はそなたの決めることだが……まだ隠居には早いのではないか?」


「元気なうちは、陛下のお側で働きたく。今後は忙しくなるでしょうから」


 渋い顔をした国王に、ブルゴセーテ公爵は巨体に相応しい豪快な笑顔で答えた。

 その彼の脇では息子のフェリディノが苦笑している。父と同じく獅子の獣人の継嗣は、これまた同じく巨体の偉丈夫で、若々しい顔を除けば親とそっくりである。


「それなら良いだろう。跡取りはフェリディノだな?」


 国王は僅かに顔を綻ばせていた。彼はブルゴセーテ公爵がアルマン王国との戦に加わりたいと察したのだろう、濃い茶色の瞳に楽しげな色を浮かべつつ爵位継承者の確認をした。

 ブルゴセーテ公爵家は従来どおり当主が後継者を定める。そのため国王は、継承の儀式に誰が加わるかを問うたのだ。


「次期公爵は、陛下がお決めください。新たな時代を迎えるには、国が一丸とならなくては。それは、東も西も関係ないことです」


 ブルゴセーテ公爵は、柔らかそうに広がった金髪を(なび)かせながら、隣に立つ次期ビトリティス公爵プジョルートと、息子のフェリディノを順に見やった。

 しかし、公爵は若者達だけを見ていたわけでもないらしい。シノブは、彼の視線や言葉が後ろに続く諸侯にも向けられていたようにも感じたのだ。


「そうか……そなたの深慮、感じ入ったぞ」


 シノブが感じたことを国王も察したのだろう。彼は、一層笑みを深くする。

 ビトリティス公爵サラベリノの不祥事により、西の派閥は大きく勢力を減じる。派閥に加わっている諸侯にも落ち度があり、それぞれ何らかの仕置きがある。しかし、西だけが衰える結果となれば、家臣や領民が反発するかもしれない。

 ならば、東側としても多少の譲歩はするべきだ。おそらく、ブルゴセーテ公爵ナルシトスは、そう考えたのではないだろうか。


「……フェリディノよ。そなたにブルゴセーテ公爵位を継がせよう」


「はっ、ありがたき幸せ!」


 そして暫しの沈黙の後、国王フェデリーコ十世は、ナルシトスの息子フェリディノに爵位を継承させると宣言した。もとより、国として力を結集させることを示す代替わりだ。それ(ゆえ)形としては指名権を握った国王だが、フェリディノ以外の名を挙げることはない。


「では改めて……ビトリティス公爵継嗣プジョルート、ブルゴセーテ公爵継嗣フェリディノ、壇上へ!」


 王太子カルロスは、跡取り達に登壇を促す。そして、若々しい声で応じた二人の公爵継嗣は、王達が待つ壇に上がっていく。


 壇に向かう前、フェリディノは父のナルシトスが持っていた細剣(レイピア)を受け取っていた。

 フェリディノが手にした細剣(レイピア)は、国王や王太子、そしてプジョルートが持つものと鞘なども含めて殆ど同じ作りだ。そう、ガルゴン王国の聖人ブルハーノ・ゾロが授けたという炎の細剣(レイピア)である。

 よく見ると、それぞれの家を表す紋章が鞘に刻まれている。更に国王の細剣(レイピア)には一際華麗な金の象嵌(ぞうがん)が施されているが、遠目には区別がつかないだろう。


「プジョルート、フェリディノ……準備は良いな?」


 国王の問いに、二人の若者は静かに頷いた。そして緊張した二人を、すぐ脇で王太子カルロスが見守っている。

 フェデリーコ十世が五十半ば、王太子が三十過ぎ、そして新たに公爵となる二人は王太子より数歳若い。そのため、父と三人の息子のようにも見える。

 種族は国王と王太子が人族、プジョルートが虎の獣人、フェリディノが獅子の獣人と違うが、(いず)れも大柄な四人が白銀の鎧を着けていると、そちらが目立って顔立ちや種族を示す髪や耳のなどの差は薄れるようだ。


──初代国王達も、こんな感じだったのかな?──


──そうかもしれませんね──


 シノブは、聖人が作った細剣(レイピア)を持つ四人に、五百年以上昔の英雄達の姿を見たような気がした。アミィも同じことを思ったのだろう。静かな思念で同意する。

 おそらく継承の儀式には、建国の英雄達の姿を模して絆を強める意味があるのだろう。シノブは、初代国王達の願いが、これから始まる儀式に篭っているのでは、と想像する。


 シノブ達が見つめる中、四人で輪になるように向かい合った国王達は、腰の細剣(レイピア)(つか)に右手を掛ける。そして国王が小さく頷くと、彼らは一斉に剣を抜き放った。

 炎の細剣(レイピア)という名に相応しく、抜いた剣身は灼熱の赤で輝き、更に真紅の(ほむら)に包まれる。もちろん、それを承知している持ち主達は動ずることなく剣を掲げ、静かに切っ先を重ね合わせていく。


──綺麗だね──


──本当に──


 神聖な儀式の中、声を立てるわけにもいかない。そこでシノブとアミィは感嘆を思念で伝え合った。

 二人が見つめる先には、重なり合う四つの切っ先がある。それは、重ねた瞬間に一際大きな輝きを放ち、辺りを照らしていたのだ。

 細剣(レイピア)を重ねたせいか、それとも持ち主の気持ちの高まりか、今や炎は(まぶ)しいほどに青白く輝いていた。しかも謁見の間の隅々まで届く鮮烈な光輝は、聖人の遺宝に相応しい神々しさを伴っている。青が多用された広間が青白い聖なる光で満たされる様子は、正に神話のように幻想的な光景である。


「大神アムテリア様もご照覧あれ!

我ら四人は、生まれし日は違えども、心を同じくして助け合い、民のために戦わん。王国のため、民のため尽くすと誓う。願わくは、いつまでも共に歩まんことを!」


 シノブ達が静かに見守る中、白銀の甲冑で身を包んだ四人は、広間の端まで響く大音声(だいおんじょう)で、結束を宣言した。そして謁見の間に集う者達は、シノブとアミィを除いて全てその場に(ひざまず)く。


──『大神の誓い』だったね──


──はい。シノブ様が見るのは初めてでしたね──


 これは、戦友や君臣の誓いとして、古くから伝わっているものである。シノブも、ジェルヴェ達から教わって知ってはいたのだが、アミィが言うように実際に目にするのは初めてであった。なお、今回は剣を使っての誓いだが、一般には手を重ねあう形式だという。


「これにて、両公爵位の継承は成った!」


 爵位継承の宣言をした国王は、重ねていた剣先を退()いて細剣(レイピア)を鞘に収める。もちろん、他の三人もだ。


「おめでとうございます!」


「ガルゴン王国よ、永遠に!」


 居並ぶ者達は一斉に立ち上がり、祝福の言葉を口にする。武官は敬礼をし、文官は胸に手を当て、女性はスカートの裾を(つま)みながら微かに頭を下げと、それぞれ身分や立場に応じた仕草で新公爵の誕生を祝っている。


 シノブも拍手をすべきかと考えはした。しかし来客の自分が、どういう言葉を掛けどういう仕草をすべきか、適当なものが思い浮かばなかった。

 何しろ、これはガルゴン王国の者だけが集う筈の儀式なのだ。この後の祝宴にはシャルロット達も招かれてはいるが、本来はシノブやアミィがいるべき場ではない。

 シノブが横目でアミィを窺うと、彼女は品の良い笑みを浮かべたまま立っているだけだ。そこでシノブも、同じように表情だけで祝意を表すことにする。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そんなことをシノブが考えているうちに、国王達四人は円陣を解いていた。国王と王太子は元の位置に下がり、そして新たな公爵達も王族達の脇に並ぶ。

 国王や先王、王太子と共に壇上にいる王族達は、成人した者だけだ。王女エディオラと、先王の二人の妻に国王の第一妃、そして王太子の二人の妻である。なお、第二王妃クラリーサは謹慎中、第二王子のティルデムは既に軍に入隊済みであり、ここにはいない。


「次に……エディオラ!」


「はい、父上」


 国王に呼ばれたエディオラは、脇にいた侍従から包みを受け取ると、両手で掲げて壇の中央に進み出る。包みは長細いもので、ちょうど先ほどまで王達が掲げていた細剣(レイピア)と同じくらいの長さである。


「シノブ殿、アミィ殿、お願いします」


 こちらは王太子カルロスである。シノブとアミィは彼の言葉を受けて、やはり壇の真ん中へと向かっていった。そしてシノブとアミィは、国王と王太子の前でエディオラと向かい合う。


「皆の者よ! 聖人の宝剣の後継者が現れた! アミィ殿だ!」


 国王の言葉は、謁見の間を揺るがすような(とどろ)きの引き金となった。彼の言う聖人の宝剣とは、自身や息子、そして新たな二人の公爵が持つ炎の細剣(レイピア)ではない。それは、言葉通りの意味であり、聖人ブルハーノ・ゾロ自身が使った細剣(レイピア)なのだ。

 エディオラが包みの布を解くと、そこには王達が持っているのと同じような鞘に収まった細剣(レイピア)があった。長さや装飾などはほぼ同じだが、家紋の代わりに刻まれているのは、シノブも持つ神々の御紋と同じ意匠である。


「さあ、アミィ殿!」


 (いま)だ続くどよめきの中、国王フェデリーコ十世が、アミィを促した。そして無言のアミィはエディオラの持つ宝剣を受け取ると、静かに抜き放ち頭上に掲げる。

 宝剣はそれなりに長いのだが、細剣(レイピア)ということもあって、アミィが持っても違和感はなかった。アミィは十歳程度にしか見えない小柄な少女なのだが、細身の剣だけに彼女専用に作ったかのようにしっくりしている。

 だが、異国から来た狐の獣人の少女に宝剣が似合うかどうかは、広間の貴顕達にとって重要なことではなかった。彼らは、他のことに注目していたのだ。


「おお! 聖人様の宝剣が!」


「まさか抜剣できるとは……」


 壇の下に並ぶ者達が驚くのは無理もない。聖人自身が使った宝剣は、他のものとは違い本人だけが鞘から抜くことが出来たと伝わっているからだ。

 実際に聖人がいた当時、色々な者が試してみたそうだ。どうも、聖人自体が面白がって相手を募ったらしい。しかし、誰一人として抜剣できた者はいなかったという。


「本当に綺麗だな……」


 シノブは、思わず呟いていた。アミィが掲げる細剣(レイピア)の炎は、七色に輝く神々しい光を放っていたのだ。どうやら、神々の御紋と同じ光らしい。


 実はシノブとアミィは、この細剣(レイピア)の炎を既に見ている。謁見の間に来る前に、宝剣を抜けるか試したからだ。

 国王と王太子は迎賓館で待機していたシノブとアミィのところに聖人の宝剣を持ってきて、抜剣できるか試してほしいと言ったのだ。彼らは、シノブ達が聖人と同じ神々の使徒だと考えたらしい。

 国王達の目論見は当たり、シノブとアミィは宝剣を抜くことが出来た。そして王達は二人のどちらかに宝剣を使ってもらえないかと願い、シノブがアミィにと答えたのだ。


 細剣(レイピア)なら小柄なアミィに相応しい。それに、シノブは光の大剣を持っているということもある。だが、彼がアミィにと願ったのは、陰に日向にと支えてくれるアミィを(ねぎら)いたかったからでもあった。

 それに、聖人はアミィと同じ天狐族だったようだ。それなら、聖人もアミィに使ってもらいたいのではないか。シノブは、そうも思っていた。


「皆の者よ! 我が国に多くの(さち)を授けてくれたシノブ殿、そして聖人の宝剣を受け継ぐアミィ殿の往く道に、我らガルゴン王国も加わろうぞ! それが、この地の守護と繁栄に繋がるのだ!」


 国王の言葉が終わると、謁見の間は今までで一番大きな歓声に包まれた。

 西と東。それぞれの地には、それぞれの思いがあるだろう。どちらが良い悪いではなく、両者が共に自身の住む場所と国全体を思って動いた。しかし少しずつ離れていった気持ちは、他国の付け入る隙を作り出していた。

 だが、アミィの(かざ)す宝剣が放つ神秘の光は、彼らを再度団結させる何かがあったようだ。玄妙な光(ゆえ)か、それとも永きに渡って封印された宝剣が蘇ったことか。もしかすると、そのどちらもであろうか。

 シノブは『蒼穹城』全体に広がるような喜びの声の中、これからの戦いに大きな希望を見出していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、本当に私が頂いて良かったのですか?」


 アミィは、隣を歩くシノブを見上げながら問いかけた。

 二人は、一旦迎賓館に戻ったところだ。爵位継承の儀式の後は祝宴となるのだが、それまでは多少の時間がある。これから新公爵達が王都の民にお披露目をするのだが、それにはシノブ達他国の者は同席しない。したがって、(うたげ)までは迎賓館で待つシャルロット達と寛ぐことが出来るわけだ。


「もちろんだよ。俺には光の大剣もあるし、神槍もある。それに魔法の小剣もね。それに聖人の使った剣は、アミィが使うべきだよ」


 シノブは、アミィに柔らかく微笑んでみせた。そして彼は、彼女のオレンジがかった茶色の髪を優しく撫でる。

 同じ天狐族の聖人だから、というのもあるが、小柄なアミィの使える武器は限られている。槍などは長すぎて扱いづらいし、仮に使えたとしても(たずさ)えていたら不自然だ。その点、細剣(レイピア)は長さといい外見といい、アミィが持つのに相応しい。

 そしてシノブは、もう一つ彼女に持たせたい理由があった。聖人が使っていた炎の細剣(レイピア)は、神々の御紋のような不思議な光を放つ。炎自体が攻防の双方に使える素晴らしいものだが、それに加えて精神支配を解くことの出来る光があれば、鬼に金棒というべきであろう。

 聖人の宝剣である細剣(レイピア)は、シノブかアミィしか抜くことが出来ないため、どちらかが使うことになる。であれば、光の大剣と神々の御紋を持つ自分ではなく、アミィが使う方が良い。シノブは、そう考えたのだ。


「たぶん、この国の聖人からアミィへの贈り物なんだよ。色々頑張ってくれるアミィへのご褒美さ……そうだ、俺からもお礼しなきゃね」


 シノブは徹夜してまで解放の魔道具を仕上げ、更にホリィ達が使う透明化の足環も作ってくれたアミィに、自身が何も報いていないことに思い至った。彼がしたことといえば、アミィを寝室に抱えて運んだことくらいである。


「えっ、お礼だなんて! あれは、私がしたかったことですし!」


 アミィは、慌てたような声を上げた。シノブの言葉がよほど意外だったのか、頭上の狐耳は今まで以上にピンと立ち上がり、背後の尻尾も大きく揺れていた。


「俺もアミィに感謝したいだけだよ。アミィが禁忌の技を無くしたいと思っているのは良く知っているけど、それは俺も同じだ。それに、俺は魔道具を作れないしね。自分がしたくても出来ないことをやってくれたら、お礼をするのは当然だろ?」


 シノブも充分時間を掛けて学べば、魔道具の製造も出来るかもしれない。だが、現状では魔道具作りを学んでいる暇はないし、そもそも時間があったとしても、アミィの域に達するまでは、どれだけの時間が必要であろうか。何しろ彼女の知識や技術は、神の眷属であった何百年もの歳月で培ったものだ。

 それに能力の有無や習得の可能不可能を別にしても、いつも尽くしてくれる彼女に報いるのは、人として当たり前のことだろう。


「その……」


 何か言おうとしたアミィだが、薄紫色の瞳に戸惑いの色が浮かぶ。それに彼女は、ごく短い時間だが僅かに顔を後ろに向けたようだ。


「閣下、我らは警護の相談がありますので失礼します」


「申し訳ありませんが、ここからはお二人でお戻りください」


 シノブ達の背後にいたのは、護衛として城内に付き従った猫の獣人アルバーノ・イナーリオと狼の獣人アルノー・ラヴランであった。彼らは、示し合わせたように澄ました表情でシノブに予定を伝えると、そのまま去っていく。

 確かにシノブ達は迎賓館へと入っていたから、もう護衛は不要だろう。そもそも彼ら二人より高い戦闘力を持つシノブとアミィである。したがって護衛といっても、あくまで形式を整えていただけだ。

 だが、アルバーノ達に割り当てられた区画は、もう少し先である。そのため、ここで別れる必要は無い筈だ。おそらく、彼らはアミィを気遣ったのだろう。


「あのですね……シノブ様は、私を抱っこして運んでくれたんですよね?」


 立ち止まったアミィは、真っ赤な顔でシノブを見上げながら、か細い声で問いかけた。彼女は、よほど恥ずかしいのか、頭上の狐耳や背後の尻尾も不規則に動いている。


「ああ、そうだよ。アミィは良く眠っていたからね」


 シノブも足を止め、微笑みながら答える。彼は、何となくアミィの願いを察してはいたが、彼女が口にするのを待つことにした。


「……でしたら、もう一度……お願いして良いですか?」


 アミィは赤くした顔を(うつむ)けつつ(ささや)くような小声で願いを口にした。彼女は、よほど恥ずかしかったのか、シノブに表情を見せようとはしない。


「ああ、もちろんだよ!」


 予想が当たったシノブは、思わず顔を綻ばせていた。

 彼は、いつも自分を見守ってくれる上に気丈なアミィが、こんな可愛らしいことを願うなんて、と少しばかり驚いていた。しかし、その一方で、どこか納得したようにも感じていた。

 この世界に現れたシノブは、最初アミィと二人だけで生活した。その後彼女は、シノブが多くの人に受け入れられたことを喜んでいたが、反面、二人だけの時間が少なくなったことを残念そうにしていた。

 おそらく、アミィは自分ともっと色々なことをしたかったのではないだろうか。ごく普通の生活をしながら四季を感じる。一緒のものを食べ、手を繋ぎ笑いあう。そんな穏やかな光景が、シノブの脳裏に一瞬()ぎった。


「そうだ、ここから運ぼうか!」


「あっ、待ってください! 幻影魔術で姿を消しますから! もし誰かに見られたら恥ずかしすぎます!」


 シノブがアミィを抱き上げようとすると、アミィは慌てたような声を上げた。そしてシノブは、彼女から魔力が放出されたのを感じた。どうやらアミィは、早速幻影魔術を行使したようだ。


「……もう大丈夫です。シノブ様、お願いします」


 アミィは、恥ずかしさと期待が混じったような、複雑な笑みを浮かべつつ、シノブを見上げた。とはいえ、彼女の心の中には期待の方が多いようだ。そのためだろう、シノブを見つめる薄紫色の瞳は、キラキラと輝いている。


「ああ……さあ、お姫様、どちらに参りましょうか?」


 シノブは、早速アミィを横抱きに抱き上げた。するとアミィは、シノブの首に手を回す。


「どこにでも……シノブ様と一緒なら、どこでも良いです」


 アミィは微笑みながら目を(つぶ)り、うっとりとした声音(こわね)で言葉を返す。それを聞いたシノブは、ゆっくりと、そして先ほどとは違う遠回りの道に向かって歩き出した。

 アミィは、永い時を生きた特別な存在だ。しかし、自分達と同じ心の持ち主でもある。彼女の力を頼りにし、信じ任せるのも大切だろうが、もっと普通な触れ合いもすべきではないだろうか。シノブは、そんなことを思いつつ、羽のように軽く、綿のように柔らかく、そして宝石のように大切な存在を静かに運んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月15日17時の更新となります。


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