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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
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14.31 アルマンの脅威 中編

 イヴァールと彼の妻ティニヤは、ヴォーリ連合国のセランネ村へと旅立った。オルムル達三頭の子竜を送り届けに来た岩竜ニーズが、二人を連れて北に戻っていったのだ。

 ドワーフ達は戦の準備を加速していた。イヴァールは彼らに加わり、来るべきアルマン王国との対決に備える。

 信頼するイヴァールがドワーフ達を率いてくれるのは、シノブにとって非常に心強いことだった。彼ならドワーフ達の戦士をしっかりと束ね、暴発を防ぐだろうからだ。


 そしてイヴァールを見送ったシノブは、魔法の家でガルゴン王国の王都ガルゴリアに転移する。彼と共に魔法の家に入ったのは、ガルゴン王国から一緒に来たアミィと三頭の子竜達、そして新たに連れて行く魔道具研究者達である。


「大よそ『隷属の首飾り』の構造も理解できました。幾つか聞いてみたいこともありますが、すぐに対策をしてみますよ!」


 まずは研究者の筆頭と言うべきマルタン・ミュレ。この中で最初にシノブやアミィと知り合った彼は、昨年末のガルック平原の戦い以降、裏方として多大なる貢献をしてくれた。

 彼は魔術師としての能力も高いが、ベルレアン伯爵領軍では参謀であったため軍用魔道具にも詳しい。そのため彼は、ベーリンゲン帝国との戦争ではシノブに魔術や魔道具を使った戦術についても教えてくれた。


「そうですな! イヴァール殿が届けてくれた部品もあります、問題ないですぞ! アントン、荷物は大丈夫か!?」


「はい! 国から出るのって初めてだから楽しみだなぁ……」


 次に、フライユ伯爵領で魔道具技師として働いていた老人ピッカール・ハレール。ミュレのような魔術師ではないが、長年技師として働いた彼は、帝国に対抗する魔道具の製造に大きく貢献した。その彼は、弟子のアントン・ラフォンを伴い、参じている。

 魔道具技師見習いのアントンは、まだ十三歳の少年だ。そのため、彼は初めての外国訪問にかなり興奮しているらしい。狼の獣人である彼は、頭上の獣耳をピンと立て背後の尻尾もパタパタと振っている。アントンは既に大人に近い背丈だが、その辺りは子供らしく微笑ましい。


「治療の魔道装置が役に立ったのは嬉しいですわね。どんな風に使ったのか、エディオラ殿下にもお聞きしたいですわ」


「ルシール様、程々にお願いします……マルタンも失礼が無いようにね」


 そして、元々はベルレアン伯爵家の治癒術士であったルシール・フリオン。彼女は、魔道具製造よりも治癒魔術に傾倒しているが、その一方で関連する魔道具には強い興味を示している。ガルゴン王国にも贈った治療の魔道装置は、彼女がいなければ完成しなかったに違いない。

 ルシールも助手のカロル・フィヨンを伴っている。もっとも最近のカロルは、ミュレから研究所全体の間接業務を任されている。したがって彼女は、研究者達の管理担当でもあった。


「どんな植物が……いや、どんな魔道具があるか楽しみです!」


 最後はエルフの青年ファリオス・アヴェティ・エイレーネ。彼は、フライユ伯爵領に農業の研究のために移住してきたが、従姉妹のフィレネに仕事を任せて駆けつけたという。ガルゴン王国の農産物に興味を示し加わったようではあるが、人族を遥かに越える魔力と長寿で得た経験は、きっと役に立ってくれるだろう。


──皆さん、頑張ってくださいね!──


 意外にも、子竜達も魔道具に興味があるようだ。炎竜の子シュメイは、両親が竜専用の『隷属の首輪』を着けられた過去を持つ。そのためシュメイは、隷属への対策を練る者達に好感を(いだ)いているらしい。


──大きくなる魔道具……出来ませんか?──


 ファーヴは小さくなる腕輪があるなら成長促進の魔道具も出来るのでは、と期待したようだ。

 オルムルは全長3mを超え、シュメイも人間の大人と同じくらいだ。そんな中、彼だけはまだ幼児くらいの体だから、内心かなり気にしているのだろう。


──ファーヴ、貴方もすぐに大きくなりますよ──


 オルムルが言うように、ファーヴはこれから急激な成長期に入る。何しろシュメイは、一ヶ月ほど先に生まれただけである。つまり、彼はこれからの数週間で倍以上の大きさになる。


「シノブ様、シャルロット様にお伝えしました!」


 アミィはシノブに転移が近いと知らせる。彼女は、魔法の家を呼び寄せるよう、通信筒でシャルロットに伝えたのだ。


「ありがとう。さあ、皆! もうすぐ転移するよ!」


 シノブの言葉から少々間を置いて、微かな魔力の揺らぎが発生する。そして次の瞬間、魔法の家はガルゴン王国の王都の中央にある『蒼穹城』に転移していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、エディオラとの昼食会の前に戻ってくることが出来た。そこでエディオラはミュレ達も昼食に招こうとしたが、彼らは身分違いと遠慮し固辞した。


 ミュレはつい最近騎士に昇格した逸材だが、元は平民だ。それに他も似たようなものだ。研究所が本格的に始動したこともあり、彼らも身分を整えてはいるが、元は平民という者が多い。

 ルシールは騎士階級の家の出ということもあり騎士に、ハレール老人とカロルは従士とした。アントン少年も名目上は従者見習いとして、正式にフライユ伯爵家の家臣団に組み込まれている。

 アントン少年は技師見習いとはいえ、ハレール老人を補佐して極秘の魔道具にも触れるのだから身分の保証も必要だし、他に引き抜かれないようにすべきだと、シメオンが助言したのだ。


 なお、エルフのファリオスは妹のメリーナと同じく食客扱いのままであるが、こちらも王族との食事には興味が無かったらしい。もっとも彼は、しっかり食材である作物の種や苗などを手配させてはいたが。


「エディオラ殿がフライユに来ることは、ほぼ確定かな」


 昼食会が終わり迎賓館のサロンに戻ったシノブは、隣に座るシャルロットに若干複雑な笑みを浮かべながら語りかけた。

 予想されたことではあったが、昼食会は早々に終わっていた。エディオラが、ミュレ達と共に魔道具の解析に加わることを望んだからだ。そもそも、彼女は午前中もビトリティス公爵の重臣が使っていた強化系の魔道具の解析をしていた。その彼女が、折角来た応援と共に作業に戻りたいと思うのは当然であろう。


「そうですね。カンビーニ王国からマリエッタが留学しているのです。ガルゴン王国側が望むのに断ることは難しいでしょう。マリエッタには悪いですが」


 シャルロットは、シノブと同じような表情で答えた。

 実は、今日もマリエッタはエディオラに捕まっている。魔術や魔道具に詳しくないマリエッタからすると災難なことではあるが、エディオラはマリエッタを実の妹のように可愛がっているのだ。マリエッタには解析作業の手伝いは出来ないが、エディオラは彼女が側にいてくれれば、それで良いらしい。


「エディオラ様が優秀なのは間違いないようですわね」


 セレスティーヌは、エディオラとミュレ達の対面を思い出したらしい。

 ミュレ達は自己紹介を兼ね、それぞれが得意な分野や過去に(たずさ)わったものなどを掻い摘んで説明した。そしてエディオラの回答や質問は、極めて適切なものであったようだ。


「ルシール先生も、エディオラ様には驚いたようです! 一緒にお仕事したいと思われたみたいですよ!」


 ミュリエルは、シノブへ笑いかける。彼女とセレスティーヌは、エディオラがシノブの側に滞在するのではと心配していたようだ。しかしエディオラが研究所に篭りそうだと知って、かなり安心したらしい。


「まあ、仲良くできるのは良いことだよ。皆も、そのために頑張っているんだし」


 シノブは、広いサロンを見回した。室内は閑散とし目に入る人といえば彼を含む四人だけだ。そのためシノブは、自分達だけのんびりしていることを少しばかり気にしていた。


「シノブ、アミィや皆が頑張っているのは、貴方のためでもあるのです。落ち着いて待ちましょう」


 シャルロットは、夫の内心を察したようだ。彼女は、緩やかに波打つプラチナブロンドを揺らしつつ、シノブに笑いかけた。


 シノブは、昨日ビトリティス公爵の館に赴き竜人と戦った。それに、一昨日とその前は二つの隠し港の攻略もしている。そのため午後はゆっくりするようにと皆に言われていたのだ。


「魔道具の解析は、アミィさんも加わっているのです。すぐに対策を立ててくれますわ」


 セレスティーヌは、華やかな笑顔を見せた。神の使いであるアミィが指揮しているからだろう、彼女は何の心配もいらないと言いたげだ。

 それに、アミィにはアムテリアから授かった神界の魔法結晶がある。これは、従来より遥かに効率の良い魔道具を作るためのものだ。この結晶は様々な用途に使えるのだが、アミィは最初にホリィ達を支援する魔道具に使うつもりらしい。


「はい! それに、シメオンさんやマティアスさんも、それぞれのお仕事を進めて下さっています!」


 ミュリエルも、シャルロットとセレスティーヌに続く。やはり彼女も忙しく飛び回るシノブを心配していたのだろう。


 シメオン達は、本来の目的であるガルゴン王国との協力体制の確立や、人材の交流、魔法の学校への留学などについて、それぞれ調整を行っている。

 ガルゴン王国との協力は、ビトリティス公爵の事件の背景が明らかにならないと進めにくい。そこで現時点では、それらが解決したらという前提で、対アルマン王国の連携や分担を実務担当者が詰めている。

 人材交流や留学に関しては、前回のカンビーニ王国のように時間を掛けて選抜しているわけにもいかない。そこで今回は、今までの実績や推薦を元に使節団の者達が面接や試技の検分を行う形である。

 なお、こちらは今進めておくべきかという意見もあった。しかし、折角来たのだから将来のために関係作りをしておこうとなったわけだ。


「そのとおりだね。もう少ししたら、ビトリティス公爵からも話が聞けるらしいし。それまでは、ここで待とう」


──シノブさん、それだったら、またご褒美がほしいわ! お留守番、しっかりしたのよ?──


 メイニーが、サロンの隅から起き上がる。彼女は、普通の虎ほどの大きさになってフェイニーを転がしていたのだ。


──メイニーさん、ずるいです! シノブさん、私もお留守番しました!──


 こちらは大きめの猫ほどになって転がっていたフェイニーである。彼女は素早く起き上がると、そのまま宙に舞い上がった。まだ幼獣で丸っこいフェイニーがフワフワと宙に漂っている様子は、まるで虎の赤ん坊そっくりの風船が浮かんでいるようで微笑ましい。


──シノブさん──


──私達も──


──魔力、欲しいです──


 オルムル、シュメイ、ファーヴも、フェイニーに続く。先の二頭はやはり小さくなったまま浮かび上がり、まだ飛べないファーヴは、慌てたように脚や羽を動かしつつ寄ってくる。


「ああ、皆お()で。イジェもお留守番、ご苦労様」


 シノブは、シャルロット達の気遣いに甘えることにした。彼は近づいてくる竜や光翔虎に笑顔を向け、ソファーから立ち上がる。そしてシノブは両手を広げ、嬉しげな思念を発する彼らを迎え入れた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 癒しの時を満喫したシノブの下に、国王フェデリーコ十世からの使者が訪れた。遂に、ビトリティス公爵達が会話可能なまでに回復したのだ。そこでシノブは、シャルロットと共に国王が待つ場に移動する。

 ミュリエルやセレスティーヌの下には、アルバーノやアリエル、ミレーユなども控えているし、竜や光翔虎達が残っている。彼らを突破できるものなど、そうはいないだろう。それに何かあれば思念で連絡が入るから、シノブに不安は無い。


「おお、シノブ殿、シャルロット殿! ご足労頂き申し訳ない!」


 ビトリティス公爵達が治療を受けている部屋には、既に国王フェデリーコ十世と先王カルロス十世がいた。なお、王太子カルロスとビトリティス公爵の継嗣プジョルートは、(いま)だ都市ビトリティスで後始末と捜査を続けているので、ここにはいない。


「いえ、それで……サラベリノ殿は?」


「うむ。見ての通り、かなり回復した。妻のときもそうだが、あの治療の装置は素晴らしいな」


 シノブに答えたのは先王カルロス十世だ。彼の妻であるエルミラは、シノブ達が持ってきた治療の魔道装置で重度の肺炎から脱したのだ。

 竜人化したビトリティス公爵サラベリノや彼の四人の重臣達の治療には、この魔道装置も使っていた。異形から元の姿に戻った彼らは、今にも息を引き取りそうなほど衰弱していたからだ。そこで、魔道装置による継続的な体力活性化が行われていた。


「確かに……サラベリノ殿、私がメリエンヌ王国のフライユ伯爵シノブ・ド・アマノです。こちらは妻のシャルロット・ド・セリュジエ、ベルレアン伯爵継嗣です」


 国王と先王の案内で、シノブはビトリティス公爵が横たわるベッドの脇に腰掛けた。彼の横にはシャルロット、そして国王と先王が座る。


「殿下の隣にいた……」


 ビトリティス公爵は顔を僅かに動かすと、予想外にしっかりした声で答えた。

 奥のベッドには四人の重臣達が同じように横たわっているが、彼らは眠っているらしい。やはり虎の獣人だけあって、公爵の体力は数段上なのだろう。

 とはいえ完全復調には遠いようで、(いか)めしい顔は血の気が薄いし声音(こわね)も王太子と対峙したときの張りはない。


「そうです。カルロス殿下やプジョルート殿と共に、貴方の館に行きました」


 シノブは、ビトリティス公爵が自分のことを忘れていなかったと知り、顔を綻ばせた。竜人化の間はともかく、その前の記憶を失っていては事件の背景を聞くことも困難だからだ。

 シャルロットも僅かに肩の力を抜く。おそらく、経緯が有耶無耶にならずに済んだと安堵したのだろう。


「サラベリノよ。そなたはアルマン王国と繋がっていたのだな?」


 国王フェデリーコ十世は、早速本題に入った。公爵の体調はまだ完全とは言い難い。そこで、要点だけを聞き取ろうと思ったのだろう。


「ルシオン海の……交易を促進したかった……争っても益は無いと……思ったのです」


 国王の問いに、ビトリティス公爵は途切れ途切れに答えを返す。

 言葉が詰まるのは、僅かな体力を振り絞っているためか、あるいは悩みに悩んだ過去を振り返っているためか。シノブには、公爵の内心を理解することは出来なかったが、どちらのようにも感じられた。


「西の貿易には、アルマン王国との融和が必要だと言うのだな?」


 国王は、静かに問い返した。隣の先王も同じだが、彼らはビトリティス公爵の答えを予想していたようだ。それはそうだろう、彼らはガルゴン王国の頂点に立つ者達である。立場や理想の違いはあれど、同じ国の領主が何を考えているかなど、当然理解している筈だ。


「ええ……西はアルマンと共にあるべきです」


 天井へと顔を向けた公爵は、静かに言葉を紡ぐ。実はシノブは公爵に魔力を注いでいた。そのため、最前より会話も楽になったようだ。

 ガルゴン王国の東側はシュドメル海に面している。シュドメル海は、北側の奥がメリエンヌ王国、西側がカンビーニ王国と続く半円状の湾であり、盛んに商船が行き来している。

 それに対し公爵の領地のある西側が北のドワーフ達と交易するには、アルマン王国の妨害を避けつつ航海しなくてはならない。そのため護衛船も必要で、途中には二箇所も難所がある。したがって、どうしても利益率が低くなるのだ。

 難所は自然の地形や海生魔獣によるもので、どうこう出来るものではない。しかしアルマン王国との関係を改善できれば、更に発展する可能性はある。


「それは、そなただけの考えなのか? それとも西の領主の総意なのか?」


「海上貿易の発展は全員の意思ですが……動かしたのは私です」


 先王の問いに答えた公爵は、シノブ達とは反対側に顔を向けた。彼は、自身の家臣達の様子が気になるようだ。


「そなたの言う通り、彼らは眠らせた。だから、安心して話すが良い」


 どうやら公爵には、自身の家臣にも聞かせたくないことがあるようだ。それを国王の言葉から察したシノブは、思わず顔を引き締める。彼の隣では、シャルロットも息を呑んで公爵の顔を見つめている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「マクドロン……奴が妻に贈った首飾りが始まりでした」


「奥方が? しかし『隷属の首飾り』は他には……」


 シノブは思わず口を挟んだ。公爵が言うマクドロンとは、アルマン王国の軍務卿ジェリール・マクドロンだろう。しかし、シノブが都市ビトリティスで感知した『隷属の首飾り』は公爵と四人の重臣達、ここにいる者の分だけだ。


「妻は……私の方が似合うと」


 『隷属の首飾り』は『隷属の首輪』に比べれば遥かに洗練されたデザインだ。しかし魔道具としての機構を内蔵しているから、少々嵩張るのも事実であった。そこで、ビトリティス公爵の妻サイスリアは、夫の方が似合うと思ったらしい。


「まずはサイスリア殿を支配し、それからサラベリノ殿を狙おうと?」


 シャルロットは、美しい眉を(ひそ)めながら問いかけた。彼女は、女性を陰謀に巻き込もうとしたマクドロンが許せないのか、深く青い瞳に怒りの色を浮かべている。


「……たぶん。首飾りを着けて現れた私を……奴は狂喜して支配した……陛下、妻に罪は無いのです」


 そのときを思い出したのか、ビトリティス公爵は一層苦々しげな表情となる。

 マクドロンは、同伴してきた妻を通して首飾りを贈ったという。おそらく、贈られた首飾りを着けたサイスリア夫人とマクドロンの妻が会ったときにでも、支配を発動するつもりだったのだろう。つまり、マクドロンの妻も隷属について知っているわけだ。


「サイスリアは何も知らぬのか?」


「はい……」


 国王に頷き返した公爵は、再び話を続けていった。

 マクドロンと彼の妻は、何度か都市ビトリティスを訪れ、密かに公爵達と会っていた。

 海上交易を主要な産業とするアルマン王国は、他国の全てを敵に回しては生きていけない。したがって、現在メリエンヌ王国やカンビーニ王国と仲の良いガルゴン王国を自陣に引き込みたいというのは理解できる。

 当たり前だがビトリティス公爵には、言いなりになるつもりなど無い。彼は、あくまでガルゴン王国の領主として繁栄することを望んでいた。

 サラベリノは、西側領主を束ねるビトリティス公爵家の当主だ。第二王妃である妹を通して中央との関係を強化し、西側諸領の権益を確保する。それらは国を乱す目的ではなく、西の派閥を取り(まと)め安定化させるために、必須なことだと彼は思っていた。

 しかし『隷属の首飾り』が、全てを(くつがえ)した。ビトリティス公爵サラベリノは、そう続けた。


 結局のところ、ビトリティス公爵は自分が預かる領地や周辺の発展を望んでいただけであった。彼は、アルマン王国が隷属の魔道具を持っていることも、ましてやベーリンゲン帝国の残党と繋がっていることも、自身が『隷属の首飾り』により縛られるまで、知らなかったのだ。

 しかし公爵は、シノブ達にとって有益な情報を幾つも持っていた。『隷属の首飾り』は、従来の戦闘奴隷用の『隷属の首輪』とは違い、かなり自立した意識が保てるようだ。これは、支配された者を自然に見せ命令による行動だと悟らせないための工夫らしい。

 それ(ゆえ)公爵は、己の置かれた立場やマクドロンからの命令で、彼の意図や背後を察したわけである。


 首飾りに支配された公爵は、自国の海軍の情報をアルマン王国に流していた。それらもあって、アルマン王国の偽装商船は自由に動き回れたらしい。

 また、公爵は自身の派閥にも密かに手を伸ばしていた。彼は、西の侯爵や伯爵を支える重臣に『隷属の首飾り』を贈り、支配の対象を広げていたのだ。ビトリティス公爵の重臣や他領の重臣達は、マクドロンではなく公爵が支配したわけだ。


「西の領主は何も知らないのか」


「だが、処罰無しとはいくまい」


 国王と先王は、揃って苦い顔をする。

 西の諸侯は、ビトリティス公爵がアルマン王国と通じていると明確には知らないだろう。しかし、アルマン王国の偽装商船は、西側の諸領の商船を避けていたという。ならば彼らも、自国の誰かが何らかの情報を漏らしていると、察していたのではないだろうか。


「ともかく、各地の重臣達を捕らえなくては」


「うむ。サラベリノ、誰に渡したのだ?」


 シノブが促すと、国王は更なる問いを発した。そしてシノブ達は、公爵が語る内容に改めて耳を傾けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ビトリティス公爵との会話を終えたシノブとシャルロットは、迎賓館へと戻っていった。公爵は、まだ完全に復調したわけではなく多くは聞き取れなかったが、概略は理解できた。後は、ガルゴン王国が西の諸領への対策を立て実行するだけだ。

 おそらく国王達は、これを機会に公爵家の力を削ぎ国家としての統制を強めていくだろう。それは、シノブがどうこう言うべきことではない。むしろ、対アルマン王国という意味では早期の結集は、シノブとしても歓迎すべきことであった。

 『隷属の首飾り』で支配された西の諸領の重臣達は、解放の手段を確立するまでは何らかの方法で拘束するしかないだろう。それに解放の手段の確立は、さほど時間が掛からない筈だ。

 何しろアミィは、未使用の『隷属の首輪』があるとはいえ、その解析を一日と経たずに終わらせた。したがって、壊れたものしかないとはいえ、今回も短時間で解析を終えるだろう。

 いずれにしてもシノブ達が手を貸すのは支配された者の解放までで、後はガルゴン王国の問題だ。そんな思いを(いだ)きつつ、シノブはシャルロットと共に、アミィ達がいるという一室に向かっていった。


「……やりますな! では、この部品は!?」


「活性化の部品。ルシールさんの記した『治療の魔道具とその内部構造』にも載っていた」


「あの本をお読み下さったのですね! 嬉しいですわ!」


 驚愕気味のハレール老人の問いに、平静なエディオラが答え、その内容にルシールが歓喜する。室内に入ったシノブ達の耳に届いたのは、そんな三者三様の声であった。


「アミィ……もしかして、エディオラ殿の試験中?」


 相変わらずマリエッタを近くに置いているエディオラを、ハレール達が囲んでいる。その様子を見ながら、シノブはシャルロットを連れてアミィのところに向かっていく。


「ええ、見ての通りです」


 アミィはシノブの問いに苦笑と共に答えた。テーブルに置かれた魔道具や部品に向かっていた彼女だが、シノブとシャルロットの入室を知り作業を中断している。


「では、私が……これは何でしょう? 出来れば産地もお答えください」


「魔力回復の薬草。セントロ大森林。葉の形でわかる」


 エルフのファリオスが袋から何枚かの葉を取り出すと、エディオラは即座に言い当てた。シノブは、魔力が多く含まれていると感じるが、外見上は変哲も無い葉にしか見えない。


「殿下、この魔力波動はご存知でしょうか?」


「催眠誘導。催眠の魔術や眠りの霧に使う。でも、とても澄んでいる……凄い」


 ルシールは、シノブから魔力波動の同調を学んだ。そのため、彼女の放つ魔力はより純度が高いものだったのだろう。エディオラは、それを感じ取ったらしく声に尊敬の色が滲んでいる。


「カロル、アントン。これっていつ終わるの?」


 シノブは、助手として控えていたカロルとアントン少年に尋ねかけた。

 アミィは再び『隷属の首飾り』の解析に戻ってしまった。アムテリアが禁忌とする隷属の魔道具の撲滅は、彼女の眷属であるアミィにとって最優先で対処すべきことだ。それを知っているシノブは、邪魔をしたくなかったのだ。


「それが……かなりの間、続けているのですが」


「ルシールさんとファリオスさんは解析が苦手みたいだし……ハレールさんは、ミュレさんとジャンケンして負けて……」


 カロルとアントン少年は、小声でシノブに答えた。

 そもそも、ルシールは魔道具製造を専門としていない。そのため、解析もさほど得意ではないのだろう。農業に傾倒しているファリオスは、尚更だ。二人は魔術師としては優秀だが、技師ではないからだ。

 そして、ハレール老人はアミィの助手を務めたかったようだが、それはミュレに奪われたらしい。そう、ミュレはアミィと共に壊れた『隷属の首飾り』を調べていたのだ。


「……マルタン、もう試験は終わりで良いんじゃないかな?」


「えっ! シノブ様、いつお()でになったのですか!? それにシャルロット様も!」


 シノブに肩を叩かれたミュレは、驚いたように振り向いた。どうやら彼は、シノブやシャルロットの入室に気が付いていなかったらしい。


「シノブ、最後にマルタンが試験して終わり、でどうでしょう? 彼が研究所の筆頭ですから」


「そうだね……マルタン、頼むよ」


 どこか楽しげに微笑むシャルロットの提案にシノブは頷いた。そして彼は、妻と同じような笑みを浮かべながら、ミュレに試験の最後を務めるように命じた。


「は、はい! わかりました!

……それではエディオラ殿下。これで最後の試験とします。カロル、アントン、この布を掲げて……では殿下、何の魔道具か当ててください」


 ミュレは、カロルとアントンが掲げる厚い布の向こう側で、解放の杖を構えて魔力を注いでいった。

 魔力波動だけで効果を当てるのは、極めて難しい。至近距離で充分に集中できるこの状況でも、可能なのは一流の魔術師だけの筈だ。そもそも、エディオラは解放の杖を見たことが無い。この状況で効果を当てることが出来るなら、ぜひ研究所に迎えたい人材だが、少々難しいのではなかろうか。


「何かの起動か維持……の逆? 解放の魔道具?」


「エディオラ殿、凄いのじゃ!」


 今まで一言も発しなかったマリエッタだが、流石にこれには驚いたらしい。魔術に詳しくないマリエッタには、これまでの試験がどの程度凄いのか判断できなかったのだろう。しかし今回は、彼女にもエディオラの知識や能力が飛び抜けていると理解できたようだ。


「むしろ、これは簡単。でも、マリエッタ様に褒めてもらえて嬉しい」


「確かに。私が持っている魔道具で殿下が見たことの無いものといえば、隷属か解放関連ですね。これは策を(ろう)しすぎましたか……ですが、見事でした」


 微かに頬を染めたエディオラは、マリエッタの頭を撫でつつ答える。すると、布の向こうから現れたミュレが頭を掻きつつ応じた。

 どうやら、単に魔力波動だけで察したわけでは無いようだが、それならそれで素晴らしい推理と言うべきだ。それに、知らない魔道具と判断できる魔力感知能力があってのことで、推理だけでは無い。

 シノブとシャルロットは、微笑みを交わした。また一人、有能な魔術師が研究所に加わったのだ。これで、帝国の魔道具への対策は加速していくだろう。そんな期待を(いだ)きながら、シノブは個性的な研究者達の姿を見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月11日17時の更新となります。


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