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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
314/745

14.29 赤く輝く炎で

 創世暦1001年4月7日の朝は、雲一つ無い好天であった。そこでシノブも清々(すがすが)しい朝の光の中、いつものように仲間達と早朝訓練をした。

 前日は慌ただしく都市ビトリティスと往復したシノブだが、疲れなど残っていない。しかも、これは他の面々も同じであった。使節団の多くはベーリンゲン帝国との戦いを経験しており、多少の騒動では(こた)えない。そのため彼らは爽やかな空気に満ちた迎賓館の庭で充分に訓練をし、館に戻ると汗を流す。

 そして晴れやかな気持ちのまま朝食を終えたシノブ達の下に、国王フェデリーコ十世からの使者がやってきた。


「……まだ意識が朦朧(もうろう)としたまま、か」


 使者の言葉を聞いたシノブは、思わず眉を(ひそ)めた。

 前日シノブ達は、都市ビトリティスで領主の公爵やその家臣と戦った。まずはビトリティス公爵の継嗣プジョルートやナタリオ、そして王太子カルロスの護衛達が、領主の館に詰めた一団と槍を交えた。光翔虎メイニーの支援もあり、難なく勝ちを収めたプジョルート達だが、そこに公爵自身が現れた。

 公爵は、聖人が遺した炎の細剣(レイピア)を持っていた。そこで、同じ遺宝を持つ王太子カルロスが彼に挑み、見事に打ち破る。しかし、公爵と彼の重臣達は竜人化の秘薬で異形に変じ抗った。幸い、シノブとメイニーが取り押さえ、王都ガルゴリアから来たアミィが治癒の杖で彼らを元に戻しはした。

 しかし竜人化の影響は簡単には抜けず、公爵達から事情を聞くのは翌日に回されたのだ。


「申し訳ありません。ですが治癒術士は徐々に良くなっていると言っております。このままなら、午後、遅くとも夕方には多少の会話は可能であろう、と」


 国王が寄こした使者は、大いに恐縮したようである。彼は、まだ暑くもないのに汗を掻き、しきりにハンカチで拭っていた。


「こちらは夕方で問題ないが……意識が確かではない状態で聞き取っても、正しいという保証も無いだろうからね」


 シノブには使者を責めるつもりなどない。そこで彼は、笑みを作りつつ穏やかな口調で答えを返した。

 一旦は竜人となった公爵達である。そもそも、人の姿に戻れただけでも僥倖(ぎょうこう)と言うべきであろう。アムテリアが授けた治癒の杖が無ければ、そのまま倒すしか無かったのだ。多少時間が掛かっても、彼らが回復すること自体、奇跡である。

 それに、事を急いて彼らに何かあっても困る。重体のまま無理をして多少の聞き取りをしても、それが原因で頓死されたら肝心のことを聞き逃すかもしれない。ならば、今は落ち着いて待つべきだ。


「そう仰って頂けると……幸い、頂戴した治療の魔道装置もありますから、体力は順調に回復しています。アミィ様のご指示の通り少しずつ使っていますので、時間は掛かりますが……」


 使者が言うように、メリエンヌ王国からの贈り物とした魔道装置を、公爵と四人の重臣の回復に用いていた。本来は風邪などの治療に使う装置だが、人間への魔力の補充と体力回復にも使える。そこで、アミィが公爵達の治療に使うよう伝えたのだ。

 おそらく一度は竜人に造り変えられたためだろう、公爵達は意識の混濁と共に肉体的な衰弱も激しかった。外見上は元に戻っているが、二度に渡る肉体改変は尋常ではない苦しみと生命力の低下を伴うものであったようだ。このあたりは、竜人の血による凶暴化から同じ治癒の杖で脱したバージ達とは大きく異なっている。

 もっとも、バージ達は強大な魔力を持ち何百年も生きる光翔虎だ。彼らは竜人の血により変じたといっても、外見は色が変わっただけであった。どうやら、人間とは桁違いの抵抗力を持つ彼らには、竜人の血の影響も限定的だったようだ。


「構わないよ。実は、午前中に片付けたいことがあってね」


「申し訳ございません……それと昼食は、エディオラ殿下が私的な場で閣下達を持て成したいとのことです。殿下は、聖人の間で食事を、と」


 使者は、シノブの言葉を聞いて安堵したらしい。今までよりは肩の力を抜き、昼の予定をシノブに問う。

 聖人の間とは、王族が非公式な(うたげ)を開くための場所らしい。これは『蒼穹城』の奥まった場所にあり、公式な晩餐に使う建国王の間などとは違い、比較的少人数の者を内々に歓待するような時に使うという。


「……なるほど」


 使者の差し出した招待状に、シノブは目を通した。記されている面々は、昨日ここ迎賓館で開かれた晩餐に出席した者と同じである。


「もしかすると私とアミィは遅れるかもしれないが、妻達は大丈夫だ」


 シノブは、空いた午前中にヴォーリ連合国のセランネ村に行き、()の国でも神殿の転移が可能となるよう願ってくるつもりだった。移動は魔法の家で行うため時間は掛からないが、万一のこともある。そこで、一応は使者に伝えたわけだ。

 なお、二人以外は迎賓館から動く予定はない。したがって、遅れる場合はシャルロット達に任せればよい。そんなわけで、少々失礼かもしれないが彼としては午前中を有効に使いたかったのだ。


「ご快諾頂き、ありがとうございます!」


 だが、使者はシノブの返答を無礼と感じなかったらしい。それも無理はないだろう、シノブとアミィはビトリティス公爵の不始末を見事に収拾した立役者である。

 公爵の反乱などガルゴン王国の歴史で初めての大事件だ。表向きには公爵が急病で倒れ参内が出来なかったことになっているが、国王の腹心である使者は当然真実を知っているだろう。

 これは途轍もなく不名誉な出来事である。そこで、公式には難病で倒れた公爵達をシノブ達の持ってきた魔道装置で治療するために王都ガルゴリアに運んだとしている。

 しかし『蒼穹城』の中枢で働く者達は、竜人となった公爵達をシノブが制しアミィが助けたことを重々承知している。それ(ゆえ)使者は、シノブに対し最大級の敬意と共に答えたのだろう。


「それでは、エディオラ殿によろしく伝えてくれ」


「はっ! 失礼します!」


 使者はシノブに向かって恭しく一礼すると、広間から下がっていく。シノブから承諾を無事に取り付けたせいか彼は満面の笑みを浮かべ、再び最敬礼してから室外に去っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、彼は随分喜んでいましたね。まるで王女殿下の輿入(こしい)れが決まったかのように……」


 使者が扉の向こうに姿を消したのを見たシメオンは、シノブへと笑いかけた。

 シメオンの言葉に、室内の者の一部は僅かに表情を動かす。その代表格はミュリエルとセレスティーヌだ。どことなく心配そうな顔で、二人はシノブを見つめている。


「シメオン……またその話か」


 シノブは、からかうような笑みを浮かべたシメオンの言葉に、思わず赤面する。前日、シメオンは晩餐会を終えた後にも、シノブを冷やかしたのだ。


 エディオラは、シノブにシェロノワへの留学を願い出た。弟のティルデムが帝国由来の魔道具を不正入手していたことに、彼女は激しく動揺したらしい。魔道具は、彼女の母のクラリーサが兄のビトリティス公爵を通じて息子に渡したものだという。そのためエディオラは、母と弟の過ちを自身が償おうと言い出した。

 最初シノブは、元々魔道具に強い興味を示していたエディオラ(ゆえ)、知識欲が先行しているのではと案じた。そこで覚悟を問うたところ、彼女は自身の髪を切り落とそうとした。幸いシノブが未然に防いだが、シメオンにはその際のシノブの行動が少々気になったらしい。


「俺はエディオラ殿を()めただけで……その、変に試すようなことを言ったから余計なことをする羽目になったけど、別に彼女をどうこうするつもりは無いよ」


 シノブは、隣のシャルロットに僅かに視線を動かしつつシメオンに答えた。

 シャルロットは、シノブの行いを(とが)めたりはしなかった。彼女はエディオラが髪を切らずに済んだことを喜んでいたし、シノブも別に恥じるところは無い。しかし、こう何度もシメオンなどに言われると、何となく気まずいのも事実である。


「シノブ様はそのつもりでも、ガルゴン王国は期待するでしょうね。何しろ王女殿下は……」


「……シメオン殿」


 シメオンの言葉を(さえぎ)ったのはシャルロットだ。彼女は少しばかり非難する様子で、自身の又従兄弟を見つめている。


「失礼しました。流石に、女性に対して言うべきことではありませんね」


 やはりシメオンは、エディオラの年齢について触れようとしたらしい。彼はシャルロットに向けて軽く頭を下げた。

 二十二歳のエディオラが未婚のままなのは、エウレア地方の王族や貴族の娘としては極めて異例であった。貴族の女性は多くは二十歳(はたち)前に結婚する。騎士や従士、それに平民の場合はもう少し年齢が上らしいが、それでも二十代半ばともなると、かなり例外的な存在のようだ。


「ともかく、午前中はセランネ村に行ってくるよ。それと、帰りはシェロノワに寄ってマルタン達を連れて来る。エディオラ殿を研究所に迎えるなら彼らの意見を聞きたいし、ビトリティスで得た魔道具も見てもらいたいから」


 シノブは、これからの予定を室内にいる者達に伝えた。

 隷属の魔道具は全てアミィが回収したが、強化の魔道具は現地にあった内の幾つかしか入手していない。それらも一般には問題視される魔道具だが、メリエンヌ王国でも帝国の手先が持っていた魔道具のうち、強化系に関しては王都メリエの魔術師達に渡している。

 強化系の場合、修行をすれば同じ効果を得られるのと、人の意思を束縛するものではないため、シノブも安全性さえ確保できれば広めても構わないと思っていた。とはいえ、強い効果を持つものは体を酷使したり無理やり力を引き出したりするものが多いらしい。そのため現状では実用に供するには問題が多かったが。

 ともかく、そんな事情もあり強化系の魔道具に関しては、多くはガルゴン王国側が回収していた。そしてエディオラは、ガルゴン王国の魔術師や魔道具技師達と共に解析にも加わっている。シノブは、その様子をマルタン・ミュレ達に見せたら良いと思ったのだ。


「わかりました。シノブ、何も無いとは思いますが気をつけて」


「ありがとう。でも、セランネ村だから心配するようなことは無いよ」


 シノブは、己を案じたシャルロットに笑いかけた。向こうは大族長のエルッキ以下、シノブに恩義を感じているドワーフ達ばかりである。したがって、シノブは全く不安を感じていなかった。


「シノブ様、ヴォーリ連合国なら大丈夫ですわね」


「あちらの神殿なら……アミィさん、お願いします」


 セレスティーヌとミュリエルは、単にシノブのことを案じているだけではないらしい。二人は、僅かに不安げな表情のまま、シノブとアミィを見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、大変ですね」


 シノブと共に魔法の家に入ったアミィは、悪戯っぽい笑いを浮かべている。

 先ほどまでアミィは紙片にペンを走らせていた。通信筒でセランネ村にいる大族長エルッキに送る(ふみ)である。そして今、呼び寄せを頼む書面を送った彼女は少しばかり楽しげな表情でシノブを眺めている。


「アミィまで……確かに、軽率だったかもしれないけど」


 シノブは、頭を掻きつつ向かいのソファーに腰掛けたアミィに応じた。

 どうもミュリエルとセレスティーヌは、将来エディオラがシノブに嫁ぐことになるのでは、と警戒しているようだ。シノブとしてはそんなつもりは無いのだが、ガルゴン王国側が良い機会とばかりに二人の婚姻を願っても不思議ではないだろう。


「エディオラ様は、ああいうお方ですから心配はいらないと思うのですが。現に、エディオラ様の興味はマリエッタさんに向いていますし。

でも、ミュリエル様やセレスティーヌ様としては、そうも行かないのでしょうね。確かに、シノブ様にも多少の好感を(いだ)いたかもしれませんが」


 アミィは、相変わらず頬を緩ませたままだ。とはいえ彼女は、むしろシノブに同情しているらしい。

 エディオラは魔術に傾倒し、異性に興味を示すことがなかったらしい。その彼女がシノブを私的に饗応(きょうおう)するというから、父である国王フェデリーコ十世を始め、もしやと期待しているようだ。

 しかし招かれるのはシノブだけではない。シノブは、エディオラが留学先となるシェロノワから来た者達と語り合いたいのだと思っている。特に彼女は、カンビーニ王国の公女マリエッタを非常に気に入ったようである。

 朝食後、マリエッタはアリエルと共にエディオラの下に赴いていた。アリエルはガルゴン王国の魔道具解析に力を貸すためではあるが、マリエッタにはそのような技能は無い。彼女はエディオラの強い希望だというので、同行したのだ。


──人間は、色々大変なんですね──


 シノブに思念を送ったのは、ファーヴだ。彼の両親は、セランネ村の近くに棲家(すみか)を構える岩竜ヘッグとニーズである。棲家(すみか)には今はニーズしかいないが、それでも母と会わせようと、シノブは彼を含む子竜を連れて来たのだ。

 ソファーの脇から見上げている彼は、シノブとアミィの会話に加わりながらも、嬉しげに羽や尻尾を動かしている。やはり、母と会えるのが待ち遠しいのだろう。


──私の場合、ファーヴと(つがい)になるのでしょうか?──


 オルムルは、シノブやアミィから人間の結婚制度について聞いている。それにシノブ達と共にいるうちに、どういう暮らしをするかは大よそ理解したようだ。

 なお、竜族は極めて少数しかいないため、結ばれる相手も自然と限られる。そしてオルムルと同年代の雄の岩竜は、ファーヴだけだ。したがって、順当にいけば彼女の言う通りになるのだろう。

 とはいえ、あまりに先のことだからか、彼女の思念は疑問混じりであった。どうやら、まだ現実のこととして捉えてはいないらしい。


──そうだとしても、何百年も先のことですね──


 こちらは、炎竜の子シュメイである。オルムルとシュメイはファーヴと同じくらいに小さくなって彼の両脇に並んでいるのだ。

 ちなみに、シュメイと同じ年頃の炎竜は性別を問わず存在しない。過去に岩竜と炎竜が結ばれたことは無いというから、彼女は今後雄の炎竜が生まれるのを待つことになるのだろう。


──そういえば、メイニーさんはどうするのでしょう? シャンジーさんという方が近い年齢のようですが──


──はい、フェイニーさんの従兄弟ですね。でも、まだ百年は掛かりますよ──


 オルムルの問いに、シュメイは首を傾げながら答えている。シノブ達はまだシャンジーという光翔虎と会ったことは無いが、彼はデルフィナ共和国の東部に棲む光翔虎の(つがい)が産んだ百歳くらいの雄だ。なお、竜や光翔虎は二百歳くらいで成熟するため、百歳でも未成年扱いである。


 ところでシュメイが口にした光翔虎の子フェイニーだが、今日は一緒ではない。彼女は同族のメイニーや炎竜イジェと共に、ガルゴリアに残ったままだ。

 これは、シノブが迎賓館の守りとしてメイニーとイジェに残るよう頼んだためでもある。オルムル達に同行しようかと悩んだらしいフェイニーだが、今回は同じ光翔虎のメイニーと過ごすことにしたようだ。まだ彼女は生後五ヶ月を越えたばかりだから、姉代わりのメイニーに甘えたいのかもしれない。

 成獣となったばかりのメイニーは身体的には成長しきっているが、精神には子供っぽいところも残っている。そのため、フェイニーとしては接しやすいようだ。


「あっ、転移が完了したようだね。それじゃ皆、外に行こうか!」


「はい!」


 魔法の家が転移したことを感じ取ったシノブは、アミィやオルムル達に声を掛けつつ立ち上がった。するとアミィは言葉で、オルムル達三頭の子竜は鳴き声と羽ばたきでシノブに応じる。

 そして二人と三頭は、魔法の家のリビングから入り口へと繋がる扉に、どことなく楽しげな様子で向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 セランネ村の一角にある、丸太を組んで造った一際大きな建物。そこには、十人ほどのドワーフの老人達が集まっていた。彼らは、この村の長老や続く年長者である。

 (いか)めしい顔をした老人達は、全員が巨大な金属製の槌を持っていた。服は小ざっぱりとしたもので三つ編みにした白い髭や髪は純白の紐で(まと)められているが、彼らは普通の人族なら両手でも扱いかねる大槌を抱えているのだ。

 そのためシノブは、少々困惑していた。


──あれって、神官なんだよね?──


 三頭の子竜をファーヴの母ニーズに預けたシノブは、大族長エルッキに連れられて、集会場の隣にある建物に入った。そこにはドワーフの老人達が待ち構えていたが、誰もが極めて良い体格で背こそ低いが隆々たる肉体の持ち主だ。そのため、シノブには目の前のドワーフ達が神事に専念する者とは思えなかったのだ。


──そうです。ドワーフの場合、長老衆や準ずる者が神官を兼ねますから。普段とは違い白の紐で縛っているのが、神事を執り行うという印です──


 アミィは、シノブの問いに答えていく。

 ドワーフの魔力は少ない。そのため、他国なら一人が神官長を担当するところを、複数の者で分担するらしい。

 なお、魔力があるからといって必ずしも神官に向くわけではない。しかし、メリエンヌ王国でも地方の町村では神官が治癒術士や魔術師も兼ねているし、人口が少ない町や村は尚更その傾向が強い。そのため、一般には神官は魔力が多いと認識されている。

 ところで神官は、長い修行により強く正しい心を持てば、大きな加護が得られるようだ。そのため、神殿での転移を可能とする者は、大抵老人である。そして魔力が多くない場合、治癒にしろ何にしろ充分な効果を発揮するには、やはり長年の研鑽が必要となる。

 ところがドワーフは魔力が少なく、年月を掛けても単独では充分な域に達しないらしい。そのため魔術は複数で協力するようになったのだが、それが神事にも影響したと思われる。


──なるほどね……それじゃ、エルッキさんも?──


 シノブは、隣に立つエルッキが髭や髪を白い紐で縛っていることに今更ながら気がついた。彼の場合、老人達とは違い黒々とした髪と髭だが、同じような真っ白な紐でそれらを束ねていたのだ。


──はい、村長や族長になる人は信仰心も強い人が多いですから、加護も大きいようです──


 アミィが言うように、基準は必ずしも年齢だけではないらしい。要は、立派な人物であれば神事に参加する権利を持つのだ。正確には権利と言うよりは義務のようなもので、村長や族長それに長老衆ともなれば、よほどの不始末をしないかぎり祭事があれば神官として働くことになるようだ。


「それでは、シノブ殿……まずは、清めの儀式を執り行う。シノブ殿とアミィ殿が願うのであれば、我らの儀式は不要かもしれぬが、これは仕来りでな」


 大族長エルッキは、イヴァールに良く似た濃い茶色の瞳で、シノブをギョロリと見上げた。彼も、建物の片隅に置かれていた巨大な槌を右手に握っている。


 建物の中は他とは違い石畳で、壁や天井には厚い漆喰が塗られていた。ここは神殿だからだろうか、漆喰も真白に輝いている。そして、正面には金属製の神々の像が佇立していた。他国と同じく中央は最高神であるアムテリア、そして右隣はドワーフが特に信奉する大地の神テッラだ。また、左が戦いの神ポヴォールというのも、勇敢な彼らに相応しい配置である。

 その辺りまではシノブにも納得がいくところなのだが、彼には何故(なぜ)壁に巨大な槌が幾つも並んでいるのかが理解できなかった。

 しかも建物の中央は石畳が剥がされ、まるで焚き火をしたように灰が積もっている。それを見たシノブは、寒い北国とはいえ神殿には似つかわしくないように感じてしまう。


「どうぞ、お願いします」


 内心の疑問はともかく、シノブはエルッキに頷き返して後ろに下がる。

 実は、シノブはこの建物に入るのは初めてであった。最初にセランネ村に来たとき、命を落とした戦士達を弔ったが、それは屋外でのことであった。死者が多かったせいか、それとも葬儀の場は祝い事と別なのか、いずれにしても、この場では執り行わなかったのだ。

 しかも、その際は村の風習など聞ける状況でもなかったから、彼はアミィやシャルロットなどと同じように冥福を祈っただけである。そのため、誰が神官を務めるかなども今回初めて知ることとなったわけだ。


「うむ……」


 エルッキが槌を片手に足を踏み出すと、老人達が灰の積もる場所、まるで大きな囲炉裏(いろり)のようなところに、炉の魔道具らしきものを設置して、更にその上に長大な金属の板を置いていく。

 炉の魔道具と言っても、形状は巨大な敷石のようなものだ。上面は無数の穴が空いているから、もしかするとそこから炎が噴き出すのかもしれない。そして魔道具の上に、人の背を超える二つの長く分厚い金属板が設置される。


 二組の魔道具と金属板は、神像から向かって左右に分けて設置された。

 ほぼ正方形の灰が敷かれた区画から更に奥の正面に神像がある。そして囲炉裏(いろり)のような場所の中には、神像から見て左右の(ふち)と平行に下に魔道具を敷いた金属板が置かれる。金属板は(ふち)から手を伸ばせば充分届く距離だ。

 最後に、槌を持った老人達が五人ずつ左右に分かれ、炉辺(ろばた)を囲むように胡坐(あぐら)を掻いて座っていく。シノブとアミィは、神像と向かい合う形でその光景を見守っているのだ。


「では、始めるぞ! ……はあっ!」


 エルッキは、左手を魔道具に(かざ)し、右手の大槌で金属板を打ち始めた。どうやら、左手から魔力を注いでいるらしく、魔道具の上面は赤熱し炎を吐き始める。


「はっ!」


「おおっ!」


 そして老人達も、エルッキと同じように左手を突き出し右手の巨大な槌を振るっていく。それは、鍛冶が得意なドワーフに相応しい光景ではあるが、シノブには少々理解しかねるものでもあった。


──儀式として鍛冶をするってこと?──


 暫く呆然(ぼうぜん)としていたシノブは、思念でアミィに問いかけた。威勢の良い掛け声と辺りに響く槌音だから、小声くらい聞こえないかもしれないが、これは神聖な儀式の筈だ。その最中に声を立てるのは、彼にとって躊躇(ためら)われることであった。

 何しろ、エルッキ達は額に大粒の汗を浮かべながら、一心に金属板を打っている。おそらくミスリルなのだろう、板は最初白銀に輝いていたが、今は魔道具の炎で熱せられ僅かに赤みを伴った光を放っている。


──たぶん、そんなところだと思います。それと、ドワーフは鍛冶に魔力を使うらしいですから、これが最も効率的に魔力を引き出す方法なのでは?──


 アミィも、心の声でこっそりと答える。思念の雰囲気からすると、彼女もはっきり理解しているわけではないらしい。しかし、おそらくアミィの答えは正しいのだろう。何故(なぜ)ならシノブは急激な魔力の高まりを感じ取っていたし、それに合わせて周囲の空気も常とは異なる清浄なものへと変じていったからだ。

 槌音と掛け声が響く神殿は、シノブの想像していた神事とは少々異なっていた。しかし、日本では古来鍛冶師は神を祭る。それに、神主のように身を清め威儀を正して槌を振るう者もいるくらいだ。それを考えれば、ドワーフの神事がこのような形式になるのは、至極当たり前のことではないだろうか。

 実際、エルッキ達が槌を打ち金属板が灼熱していくごとに、周囲の空気は神気というべきもので満ち、正面の神像は神が乗り移ったかのように輝きを増していく。それは、決して魔道具や白熱する板の輝きだけによるものではないだろう。


「……『凍れる北のこの地にて、我らは栄え満ちていく! 深き(ほら)には宝あり! 山の奥には実りあり! 神の恵みを探し出し、輝く品を作るのは!?』」


「『我らドワーフ! テッラの(いと)し子! 我らドワーフ! 大地の(あるじ)!』」


 忘我の境地のエルッキが振るう槌に合わせて歌いだすと、周囲の者が唱和していく。それは、確かに一種の祭事と言うべきものであった。

 歌の高まりに合わせ、神殿の中は聖なる空間と化していった。もはや、感知に優れたシノブやアミィどころか、どんな鈍い者でも気が付くであろう神々しい場には、今にも神が降り立つと言われても素直に頷くだけの何かが満ちていた。


「……『テッラの(いと)し子! 大地の(あるじ)! 我らドワーフ、大神に願う!』」


 そして歌と共に槌を打ち下ろしていたドワーフ達は、最後の(ふし)に合わせて一際大きく振りかぶると、渾身の力で叩き降ろす。その儀式の終わりを飾るに相応しい、自身が持つ全てを篭めたかのような一撃は、辺りに聖堂の鐘が奏でるような妙音を響かせていた。

 おそらく、実際に何らかの聖なる力が介在したのではないだろうか。シノブは、そう感じていた。

 それがドワーフ達の魂から搾り出されたものか、呼応した神々の贈り物なのか、シノブにはわからない。しかし彼らの儀式が終わったとき、アムテリアが訪れたときのような温かくも身が清められるような感覚を、シノブが(いだ)いていたのは確かであった。


「さあ、シノブ殿! アミィ殿!」


 エルッキは、真っ赤な顔をシノブに振り向ける。周囲の老人達も同様だ。無数の汗を浮かべ額や頬を紅潮させた彼らはシノブとアミィに期待の視線を向けている。


「ええ!」


「はい!」


 エルッキに促されたシノブとアミィは、神像の前に進み出る。既に神像は動き出さんばかりの生気を伴っており、シノブ達が願わなくても転移を授けてくれそうであった。

 そんな中、神像と相対したシノブとアミィは、申し合わせたかのように揃って目を閉じ姿勢を正す。そして二人を待っていたかのように、七体の神像は玄妙な光を放ち、神殿の中を聖なる光輝で満たしていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月7日17時の更新となります。


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