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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
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14.26 ビトリティス潜入 中編

 ガルゴン王国を支える二人の公爵の一方、ビトリティス公爵サラベリノ・デ・ベニルサダは『蒼穹城』に現れなかった。

 彼の住む都市ビトリティスは神殿による転移を授かったから、来ようと思えば何時(いつ)でも参内できる筈だ。現にバルカンテ侯爵などは、昨日今日で既に二度か三度は自領と往復しているという。公爵や侯爵が治める都市は転移が可能となったので、そういったことが出来るのだ。

 しかし、ビトリティス公爵は他の上級貴族が全て揃ったにも関わらず、王都に姿を見せなかった。そのため、ガルゴン王国の王太子カルロスとビトリティス公爵の継嗣プジョルート、そしてシノブがビトリティスに行き、何があったのか確かめることとなったのだ。


「シノブ様。同行自体は問題ありませんが、イジェ殿達を呼び戻してください。それが条件です」


 迎賓館のサロンに、シメオンの冷静な声が響く。『蒼穹城』の大広間で行われていた舞踏会は、予想外の事態に慌ただしく幕を閉じた。それ(ゆえ)シノブ達は迎賓館へと戻っていた。

 ビトリティス公爵が不穏な動きを見せる今、メリエンヌ王国の使節団も暢気(のんき)に『蒼穹城』を見物するわけもない。最悪の場合ガルゴン王国を二つに割っての内戦すらあり得るから、武人達は舞踏用の衣装から軍服や鎧に着替え、文官や侍従すら武器を携帯している。


「ここの守りと、脱出か?」


「はい。こうなっては手段を選んでいられません。女性や未成年者を含む百名近い一団です。仮にここで篭城すれば、被害なしとはいかないでしょう。もしものときは磐船で逃れます」


 シノブの問いに、シメオンは真顔で答えた。そして、サロンにいる者達も当然だという顔をしている。

 鋭い表情のアミィ。シャルロットやマティアス、アリエルやミレーユなど騎士鎧で完全武装した武人達。それにジェルヴェなどの文官達。それどころか、ミュリエルやセレスティーヌすら驚く様子は無い。

 広いサロンには、侍女のアンナ達や従者見習いのレナンやミケリーノなども集められているが、彼らもそれぞれの武器を手に、整然と並んでシノブとシメオンのやり取りを見つめている。


「わかった。今、思念を送る」


 シノブは、『蒼穹城』の北に広がるアンプリオ大森林で狩りをしている炎竜イジェ達や、南の海で待機している海竜の長老ヴォロスとウーロへの呼びかけを開始した。


 今日もイジェはオルムル達三頭の子竜と光翔虎の子フェイニーを連れ、森で子供達に狩りと飛行の訓練をさせている。アンプリオ大森林を棲家(すみか)とする光翔虎の成獣メイニーが、良い狩場に連れていってくれるから、イジェ達は日がな一日そこで過ごすのだ。

 だいぶ日も傾いてきたから、呼ばなくてもイジェ達は帰ってくる筈だ。しかし、万一に備えて帰還を促すべきであった。

 そして海竜の長老達は、ガルゴン王国が(まと)まれば王達に試練を授ける予定であった。例の南方航路に関するものである。しかし、この状況では彼らが今日中に団結するのは難しいだろう。そこで、現状を伝えることにしたわけだ。


「マリエッタ、貴女は私の側から離れないように。アリエル、フランチェーラとロセレッタを率いてミュリエル達を。ミレーユはシエラニア、デニエ殿、シヴリーヌ殿でセレスティーヌです」


「わかったのじゃ!」


「はい!」


 シャルロットは、その間も矢継ぎ早に女騎士達に指示をしている。

 彼女は全身鎧を身に着けた上、腰には魔法の小剣を佩き手には神槍の、正に戦乙女というべき姿だ。それは、ここ暫くの優しげな彼女とは全く異なる凛々しくも美しい勇姿である。

 そして、彼女の両脇のアリエルとミレーユ、指示に従うマリエッタ達も、同様の重装備だ。(いず)れも女性らしさを感じる美麗な鎧だが、今は張り詰めた気迫がそれに勝っている。


「シャルお姉さま、お兄様に(ふみ)を送りましたわ!」


「お父さまやイヴァールさんにも届けました!」


 セレスティーヌやミュリエルも守られているだけではない。二人は、急変する事態を故国や遠い東のベルレアン伯爵コルネーユや先代アシャール公爵ベランジェ、そして旧帝国領に向かったままのイヴァール達に知らせていたのだ。戦いにでもなれば悠長に連絡している暇などないから、これは当然の措置であった。


「ラヴラン大隊長、最悪の場合は供与した発火の魔道具を破棄したいが可能か?」


「可能です。まだ、閣下が軍本部に出した偽装商船の数箱だけです。取り扱いを説明していないのが幸いしました。いざとなれば、磐船の大型弩砲(バリスタ)で偽装商船ごと燃やしましょう」


 マティアスの問いに、アルノーは冷静な様子で答えていた。

 その間も、ジェレミー・ラシュレーやアルノーの妻となったアデージュのような歴戦の大隊長達が、いつ出立しても良いように準備をしている。そして、アルバーノ・イナーリオは、部下の一部を王都ガルゴリアにあるメリエンヌ王国の大使館に走らせていた。

 もはや迎賓館の中は、戦場のような緊迫した空気が満ちており、とても友好国に滞在している使節団とは思えない状態である。


 しかし、これは仕方ないだろう。ブルゴセーテとビトリティスの両公爵家は、王家を支える両輪だ。その片方が脱落した可能性がある以上、ガルゴン王国が分裂することも視野に入れておくべきだ。

 それを理解しているのだろう、使節団の中では半ば客扱いのエルフのメリーナや、カンビーニ王国のアリーチェも、それぞれの武器を身に着け勇ましい姿となっていた。

 メリーナは細剣(レイピア)を佩き、魔術に使うのか短杖(ワンド)を手にしている。アリーチェは何と長剣である。流石に儀式に用いた大剣には劣るが、それでも全長1m以上で幅広なものだ。

 様々な場所から寄り集まった面々だけに、装備は様々で統一感に欠ける。しかし戦を経験した者が多く含まれているため、その多種多様な装いすら彼らが歴戦の戦士であると示す要素となっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シメオン、イジェは戻ってくる途中だ。あと十分程度で着く。それと、メイニーが先行している。ヴォロス達は、このまま南海で待つと言っている」


 シノブの言葉に、シメオンだけではなく手の空いている者達は全て聞き入っている。

 炎竜イジェは、やはり狩りを終えていた。彼女は磐船を抱え、そこに飛行訓練中である自身の子シュメイやまだ飛べないファーヴを乗せて南下しているという。そして、オルムルとフェイニーは磐船に寄り添い飛んでいるそうだ。

 そしてもう一頭の光翔虎メイニーは、シノブの思念を受けると全速力で『蒼穹城』に向かいだした。彼女はガルゴン王国の森に棲むだけに、同じ地の人間達が気になったようである。

 一方、海竜の長老達は待機している場所から動く様子は無い。こちらは陸地に上がるのは苦手だし、事態が決着するかシノブ達がガルゴン王国から離れるまで、今いる海域に留まるらしい。


「それで……ビトリティスに行くのは俺だけで、皆はここにいてほしいのだが……」


 シノブは自分だけで行こうと考えていた。しかし、それをシャルロット達が許してくれるのかと思ったシノブは、僅かに躊躇(ためら)いつつ言葉を紡ぐ。


 ビトリティス公爵の背後に帝国の残党がいると感じた彼は、それを確かめたかった。

 メリエンヌ王国は、帝国の間者により内紛の種を()かれた。シャルロットやミュリエル、そしてシメオンの又従兄弟であるマクシムの事件、それに前フライユ伯爵クレメンや息子達の反逆。それらは、帝国の関与あってのことだ。

 これらの出来事は、シャルロットを始め多くの人々を悲しませた。そしてガルゴン王国でも同じようなことが起きつつある。それは、シノブにとって看過できないことである。

 とはいえ、他国の悲劇を防ぐために愛する家族達の守りを薄くすべきではない。そこでシノブは、王太子カルロス達と共にビトリティスに行くのは自分だけにしたかったのだ。


「こちらはお任せください!」


「無事なお帰りをお待ちしています」


 だが、シノブの予想に反しアミィやシャルロットが異を唱えることは無かった。それどころか、周囲も同じである。サロンに集う者達はシノブに全幅の信頼を(いだ)いているのだろう、どの顔にも不安や戸惑いなどは感じられない。


「閣下の成したことを思えば、敵地への潜入程度で不安など感じません。アミィ殿がここの守りとして残る以上、他の誰が行っても足手(まと)いになるだけですから」


「ええ。それに、アルフォンス一世陛下の遺宝もあります」


 怪訝そうなシノブに、マティアスとオベール公爵の継嗣オディロンが笑いかけた。

 彼らの中にはメリエンヌ王国有数の武芸達者も複数いるが、人の領域を超えた魔力による武術と魔術を駆使する本気のシノブに並ぶ者など存在しない。ましてや、光の大剣など三つの神具があるのだ。そのため、同行してもシノブの足を引っ張るだけだと思ったのだろう。

 実際に、光の大剣を背負い光の首飾りと光の盾を装着した神々しくも凛々しいシノブの姿は、それらの信頼を受けるに相応しい神威とでもいうべきものを放っている。


「とはいえ危険を感じたら、すぐに戻ってください。結局のところ、他国の騒動に過ぎません。それにガルゴン王家が根元から揺らがない限り、我が国にとって不都合はありませんから」


 シメオンは、灰色の瞳に冷徹なものを浮かべている。彼は、先ほど入室してきたガルゴン王国の大使の息子ナタリオに視線をやったが、表情を動かすこともなく平静な様子で言い切った。

 実は、ガルゴン王国の国王フェデリーコ十世からは、アルマン王国への戦いに賛同する旨を記した文書を内々に渡されていた。メリエンヌ王国から発火の魔道具を供与されたのだから、当然ではある。

 全ての諸侯が集まれば、彼らに諮った上でフェデリーコ十世がシノブ達に正式な文書を託すことになっていた。しかし、メリエンヌ王国としてはガルゴン王家の言質を取っているのだ。


「カルロス殿下をお守りできれば最上ですが、一番大切なことはシノブ様の無事な帰還です。それをお忘れなく」


 ナタリオもいるのに、シメオンは堂々と自身の意見を述べていく。共に来たナタリオだからサロンにも通されたが、彼はガルゴン王国の貴族子弟である。その前で最悪は王太子を見捨てると匂わせたのだから、シメオンも中々肝が太い。

 もっともメリエンヌ王国の立場からすれば、これは至極妥当な意見だ。そのため、オディロンやマティアスなども平然としている。王太子カルロスには三人の子供がおり、その中には七歳の嫡男も含まれている。したがって、万一カルロスが帰還しなくてもガルゴン王家は続いていくのだ。

 もしかすると、シメオンなどは現地で何か起きてガルゴン王家が反ビトリティス、そして反アルマン王国で結束すれば、それはそれで良いと思っているのかもしれない。


「シノブ様……私も連れて行って下さい! 大して役に立てませんが、お願いします! いざと言うときはお見捨て下さっても構いません!」


 シメオンの言葉を黙って聞いていたナタリオが、唐突に口を開いた。

 彼も、カンビーニ王国での競技大会では格闘で三位に入った腕の持ち主だ。兜を小脇に抱えた彼の凛々しい立ち姿と重厚な全身鎧は、その実力を示すかのようである。


「……わかった。君の国の問題だからね。私の従者として付いてきてもらおう」


 シノブは一瞬迷ったが、結局は同行を許すことにした。

 シメオン達も、反対する様子は無い。彼らは、異国の内紛にメリエンヌ王国の兵士を関与させることは望んでいないようだ。しかし、ナタリオはガルゴン王国の貴族である。シノブの邪魔をしないなら、留める理由も無いということであろうか。


──シノブさん、私も行くわ! ここは私達の棲む場所だもの!──


 シノブがナタリオに答えたとき、唐突にサロンの窓が開閉し、室内に小さく変じたメイニーが現れた。彼女は、人間と同じくらいの大きさに変わっている。

 装具を着け胸に神々の御紋を輝かせた光翔虎は、優美でありながら猛々しくも感じる正に聖獣というべき威厳を伴っている。しかしメイニーは成獣となったばかりであり、思念には何となく若々しさが感じられた。


「そうか……よし、一緒に行こう!」


 シノブは、突然現れた光り輝く虎に近づき、その頭に触れた。そして彼は、輝く虎の聖獣と虎の獣人の若者を伴い、サロンを歩み出て行った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブとナタリオ、そしてメイニーは、王太子カルロスやビトリティス公爵の継嗣プジョルートと共に、王都ガルゴリアの大神殿から都市ビトリティスの大神殿へと転移した。

 シノブは王太子の護衛が大勢同行すると思っていたが、彼らの側付きは二十名程度しかいなかった。建前としては、参内の遅れているビトリティス公爵を迎えに行くだけだから、大軍を伴っての訪問は避けたのであろうか。それとも、神殿で転移できる人数を考えた結果、精鋭のみを選んだのかもしれない。

 実はシノブなら何百名も同時に転移させることが可能だが、そこまでは彼らに伝えていなかった。とはいえ、光翔虎であるメイニーが一緒なら、むしろ供が少ない方が好都合である。

 光翔虎は己の姿を消すことが出来るが、成獣であるメイニーは、近くの者も合わせて透明化するだけの能力を持っている。そこで彼らはメイニーの側に寄り、姿を消してから転移したのだ。


「……確かにビトリティスの大神殿です」


 プジョルートは周囲に遠慮したのだろう、近くにいても聞き取れないくらいの小声で(ささや)いていた。

 幸いビトリティスの大神殿の聖堂には誰もいなかった。おそらく夕方の礼拝や、その後の清掃も済んだのだろう、人気(ひとけ)も無くひっそりと静まり返ったままである。シノブは神殿での転移が可能となったのだから、そこを守る兵士でも詰めているかと思ったのだが、そんなことは無いらしい。

 エウレア地方の国々では、信仰に全てを捧げた神官の地位は極めて高い。何しろ、国内の神殿を(まと)める王都の大神官ともなれば、神々からの神託を授かることもある。その彼らの意向を無視して軍人を置くなど、諸侯といえど不可能なのだ。


「これは『隷属の首輪』か? いや、少し違うな……」


「シノブ殿、どちらからですか?」


 シノブの呟きに、王太子カルロスとプジョルートは、気色ばんだ表情となる。といっても、彼らも全身鎧を着込んでいるから、シノブに見えるのは上げた覆いから覗く目元や周辺のみである。

 ナタリオや護衛達の顔も全てシノブへと向けられているが、こちらも同様の装いだ。そのため(いず)れも顔の一部しか見て取れないが、眼差しには激しい(いきどお)りが浮かんでおり、ガルゴン王国でも奴隷を禁忌としていることが良くわかる。


「西から幾つか……領主の館ですか? 強化系の魔道具を装着した者も複数います。館には多数が詰めています……ですが、他はそうでもありません。神殿の周囲も同様です」


 シノブは、事前に都市ビトリティスの概略図を見ていた。だが、それが無くても彼は自身が感じた魔力波動がどこからか察したかもしれない。

 ガルゴン王国の都市も、基本的にはメリエンヌ王国と同じような構造である。多くの都市では、中央区の大神殿は領主の館から大通りを挟んだ東に置かれる。したがって大神殿からの距離や方角で、大よそは判断可能であった。


「ともかく様子を見に行きましょう。もしかすると、伯父御達はアルマン王国の者や帝国の残党に囚われているのかもしれません」


 王太子カルロスが伯父と呼ぶのは、ビトリティス公爵サラベリノである。彼は第二王妃クラリーサの兄なのだ。もっともカルロスは第一王妃の子であり、厳密に言えば伯父ではないのだが。


「わかりました。メイニーはある程度の音も消しますが、念のため静かにお願いします」


 シノブは、王太子や護衛達の鎧を見ながら返答した。

 シャルロットの鎧もそうだが、極めて高級な鎧であれば静かに動くことも可能である。そのため、王太子やプジョルートが物音を立てることは殆どなかった。特に、王太子は武器も魔道具らしい細剣(レイピア)を装備しただけであり、盾も持っていないから、ほぼ無音であった。

 しかしナタリオや護衛達の鎧は、そこまで上等な物ではないらしく、急な動作をすると多少の音を発する。プジョルートもそうだが、彼らは右手に大槍を持ち左手には大盾という重装備で、腰には長剣も佩いている。したがって物音を立てるのは仕方がないことであった。

 なおシノブは軍服だけで鎧は装着していないから、そういった心配は無い。彼の場合、圧倒的な魔力で身体強化をすれば鎧など不要である。しかも、今回は左手に光の盾も装着しているから、防御の面でも全く問題はない。


「気を付けます。それでは、館に」


 王太子が言葉少なに答えると、メイニーはゆっくりと歩み始めた。

 メイニーは先刻よりは少し大きく、通常の虎くらいになっている。どうも、周囲を隠すにはこの程度の大きさの方が良いらしい。竜や光翔虎は腕輪の力で小さくなれるが、縮小のしすぎは魔力の大量消費に繋がるようだ。そのため同行者の姿を消すには、このくらいが適切なのだろう。

 シノブは、頭の片隅でそんなことを考えつつ、王都ガルゴリアにいるアミィに、到着と各種の魔道具を感知したことを思念で伝えていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……こっそり侵入するのは困難ですね」


 日が落ちていき薄暗いビトリティス公爵の館を、臨戦態勢の騎士達が厳重に取り囲んでいた。そのため、シノブが言うように姿を消していても悟られずに中に入ることは困難だろう。

 館の敷地には大勢の騎士が待機している。ある隊は隙間無く本館を守り、別の隊は陣地らしい一角に控えと様々だが、二十人を超えるシノブ達が一丸となって通るには、少しばかり厳しい。仮に彼らがシノブ達の気配に気が付かなくても、巡回をしている兵士や騎士の脇を通る際に、ぶつかってしまうだろう。


「やはり、何人か隷属の魔道具を装着した者がいます。今まで見た『隷属の首輪』とは少し違う波動ですが、おそらく同じ効果を持っている筈です」


 敷地の入り口近くから、シノブは王太子とプジョルートに装着している者達を指差し伝えていく。

 どうもシノブが感知しているものは、『隷属の首輪』とは若干異なるようだ。先代アシャール公爵ベランジェ達の調べでは、帝国は従来と異なる種類も密かに開発していたらしい。それによると、多様な種族への適用や装飾品めいた構造への変更などをしていたようだ。


「……彼らは軍系の重臣達です。部下の騎士や兵士は従っているだけなのでしょうが、こうなると領軍全体に敵の手が及んでいるかもしれません」


 相手の騎士達も立派な甲冑を(まと)っているから顔は見えないが、それでも公爵継嗣であるプジョルートには判別できたようだ。おそらく、鎧の造りや兜の飾りなどで見分けたのだろう。


「解除を試してみましょう。少し構造が違うようですから、上手くいくかわかりませんが」


 シノブは、隷属の解除をしようと提案した。

 隷属を無効化できれば、装着者は一時的に気絶する筈だ。そうなれば公爵領軍の司令系統も麻痺するから、姿を現して乗り込んでも戦闘を回避できるだろう。


「おねがいします」


 シノブの言葉に王太子カルロスが答える。

 身長2m近い公爵継嗣ほどでは無いが、カルロスはシノブより(こぶし)一つも背が高い。しかし今、王太子は金銀で飾られた兜をシノブよりも低く下げていた。

 一方のシノブは、光の大剣を抜き放つ。隷属の魔道具は館の敷地内にしか感じられないが、その波動は各所に散っている。したがって、光の大剣で魔力増幅をすべきだろう。


「……駄目です。効果が無いようです。起動や維持のための部品が違うのでしょう」


 シノブが行う『隷属の首輪』の無効化は、隷属の効果自体ではなく効果を維持するための部品を封じるものだ。これは、後に作った解放の魔道具も同様である。

 アミィの解析の結果、その方が装着者に悪影響を及ぼさずに解放できると判明したから、この方式が定着したのだ。ただし、このやり方では起動装置が異なる場合、無力化することは出来ない。

 そして、今回の魔道具は隷属のための魔力波動は殆ど同じであったが、制御部分が大きく異なるらしい。機能が若干違うのか、それとも別の理由なのか、従来とは違う部品で構成されているのだろう。


「ならば、正々堂々と呼びかけましょう。我らはサラベリノ殿を迎えに来ただけですから。

抵抗するなら成敗すれば良いし、万一手に負えないなら出直すまでです。しかし、王太子たる者が密かに探って帰るだけ、というわけにはいきません」


 王太子は、決意に満ちた言葉をシノブに返した。

 重臣達は隷属の魔道具に支配されているらしいが、(みずか)らの意思で動いているようにも見える。彼らは配下に対し何かを指示し、そして下の者も疑問を感じずに応じているようだ。こうなると、密かに救出することは困難だろう。どう見ても、彼らが囚われの身とは思えないからだ。


「わかりました。催眠の魔術などは効く筈ですから、向かってくるなら使います」


「シノブ殿。ここは私達にお任せ頂けないでしょうか。昏倒させるのなら、私でも出来ます。我が領地の問題は、私の手で解決したいのです」


 公爵継嗣プジョルートは、右手に持つ大槍を僅かに持ち上げた。隷属の魔道具の無効化は出来ないが、眠らせるなら槍で殴る、というのだろう。

 そして、王太子も公爵継嗣の言葉に静かに頷いていた。彼としても、自国の問題は自国で、というのが本音なのだろう。


「良いでしょう……ですが、危ないと思ったら遠慮はしませんよ」


──シノブさん、私も助けるから大丈夫よ! お爺様やお婆様が助けた人の子達は、私が守るわ!──


 シノブの言葉に、メイニーが思念だけで応じた。おそらく()え声を併用すると、周囲に聞こえると思ったのだろう。

 メイニーの思念を受けたシノブは、思わず頬を緩めた。確かに光翔虎の彼女がいれば、恐れるものなど存在しない。


「シノブ様、どうしたのですか? もしかして……」


 一同は、急に笑みを浮かべたシノブを怪訝そうに見つめていた。

 そんな中、ナタリオがシノブに声を掛ける。彼が何か自分達に察知できない何かを感知したと思ったらしい。やはり、ナタリオはシノブとの付き合いが長い分、他より察しが良いのだろう。


「メイニーが助けてくれるそうだ……メイニー、潰さないように気を付けてくれよ」


「これは頼もしい助っ人です……それではメイニー様、姿消しの解除をお願いします」


 シノブの答えに、王太子達は笑いを(こぼ)した。そして王太子はメイニーに振り向き、透明化を解くように願い出る。


──わかったわ! もう見えるようになったわよ!──


 潜む必要が無いと思ったのだろう、メイニーは咆哮(ほうこう)を併用しながら答えを返す。それが聞こえたのだろう、館の敷地にいる者達が一斉にシノブ達へと視線を向けた。


「それでは殿下、まずは私が……。皆の者! 王太子殿下の御成りである! 一同、()が高い、控えおろう!」


 一歩前に進み出たプジョルートは、家臣達に向かって大音声(だいおんじょう)を発した。

 プジョルートは宣言と共に盾を持った左手で王太子を示し、最後に右手で(つか)んだ並外れた大槍で真下を一突きした。すると公爵継嗣の強力(ごうりき)を受け、立派な石畳が真っ二つに割れる。


「あれは……プジョルート様は、帝国の魔道具で操られているようだ! 殿下も同じだろう!」


「第一小隊、第二小隊! プジョルート様と殿下を取り押さえよ! 第三から第六は周囲を囲め!」


「恐れるな、正義は我にあり! 殿下をお救いしてガルゴン王国を正すのだ!」


 何とビトリティス公爵の重臣達は、王太子カルロスやプジョルートこそが帝国に操られていると言い出した。そして彼らは、シノブ達に向かって配下の騎士や兵士達を繰り出していく。


「いきなり殺すつもりは無いようだけど……」


「全員、槍構え! 前方に展開! 遠慮は無用! ……シノブ殿、メイニー様、殿下をお願いします! それでは、失礼!」


 シノブも光の大剣を構える中、プジョルートは護衛の騎士達に鋭い声で指示をしていく。彼は己の家臣に対し、必要とあれば殺傷も辞さずと決意したらしい。おそらく、良く知った者達ばかりだろうが、彼は王太子の安全を優先したようだ。そしてプジョルート自身も長大な槍を構え、前に駆け出していく。


「シノブ様! 私も行きます!」


 ナタリオも前線へと走り出した。彼は、シノブの並外れた能力を何度も見ているから、王太子の身に不安は感じていないのだろう。ナタリオからすれば、シノブは竜や神とも戦う超人である。単なる騎士や兵士など、シノブに近づくことも出来ないと思うのは当然だ。


「ああ、気を付けて!」


 シノブは、光弾と光鏡を展開しながらナタリオを送り出す。

 相手は強化の魔道具を持つとはいえ、普通の人間のようだ。しかし、油断をして取り返しの付かない事態に陥るよりは、全力で備えるべきだとシノブは思ったのだ。


──シノブさん、大きくなって脅してみましょうか?──


「そうだね。頼むよ」


 シノブの言葉を聞くやいなや、メイニーは本来の小山のような巨体へと戻った。そして彼女は、天地に響き渡る咆哮(ほうこう)を放つ。


「う、うわぁ!」


「お、(おび)えるな! あ、あれは……そう、あれは敵の幻術だ!」


 突如巨大化したメイニーを見て腰を抜かしたのだろう、攻め寄せてくる者の中には転倒する者すらいた。そして背後の指揮官達も、激しい動揺を示している。


「シノブ殿……先祖伝来の宝剣まで持ってきたのですが、私の出る幕は無いかもしれませんね」


「その方が、良いのでは? ともかく、ここで見守りましょう」


 王太子カルロスとシノブは、前線で嵐のように相手を打ち倒すプジョルートやナタリオ達と、早くも崩れ始めたビトリティス公爵領の軍人達を見ながら、静かに言葉を交わしていた。

 冗談めいた二人の会話だが、その表情には笑みは無い。自国の兵同士が戦う姿など、王太子にとって見たくも無い光景だろう。シノブも、王太子の複雑な気持ちを充分察していた。

 幸い、戦いはプジョルート達に有利に推移していた。どうやら、無血での勝利となるだろう。それは見守るシノブにとって大きな救いであった。とはいえ彼は、早く戦闘が終わるように内心祈りつつ、薄暗くも僅かに赤い争いの場を見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年12月1日17時の更新となります。


 本作の設定集に主要登場人物の再紹介を追加しました。今回は、残りの伯爵家、侯爵家です。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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