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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
310/745

14.25 ビトリティス潜入 前編

「なるほど。魔力波動を……」


「はい、特定の対象だけを弱めます」


 豪華な部屋の片隅で、静かな中にも興奮の滲む声音(こわね)が響く。部屋の中央に背を向けて頭を寄せ合い話す様子は、どこか奇妙であり常人には理解し難いものが漂っている。

 そこには手前に三人が身を屈め、後ろに一人が立っていた。そして四人の前には、魔道装置らしきものが置かれている。

 話題は装置の構造や動作についてらしい。中央の人物は周囲のことなど気にならない様子で質問をし、それに脇の一人が答えている。


「凄い……これなら思い通りに相手を選べる」


「ええ。実に革新的な装置です」


 最初に発言した人物が驚嘆の溜息を漏らすと、後から見守っていた一人が、ゆっくりと頷きつつ同意した。落ち着いた雰囲気からすると、その装置とやらを良く知っているのだろう。


「エディオラ殿……(わらわ)には理解できないのじゃ……」


 今まで口を開かなかった最後の人物が、大きな困惑と共に言葉を漏らした。一種独特な口調の少女は、当然ながらカンビーニ王国の公女マリエッタである。彼女は、どういうわけだか中央のエディオラに腕を取られ、治療の魔道装置の前に並んでいたのだ。


 エディオラは、治療の魔道装置の説明をアミィから受けていた。例の、特定の魔力波動に作用して人間のみを活性化し細菌やウィルスを弱めるものだ。

 今、四人はシノブ達が滞在する迎賓館のサロンにいる。四人の前にあるのはガルゴン王国に寄贈した分とは別に予備として持ってきた装置で、魔術や魔道具に傾倒しているエディオラに、アミィとアリエルが原理や構造を教えているのだ。


「マリエッタ様は一緒にいるだけで良い」


「……そ、それは嬉しいのじゃ」


 真顔で答えるエディオラに、マリエッタはどう答えるべきか迷ったようである。実は、彼女は午後からずっとエディオラに捕まっていた。

 既に晩餐も終えている。幸い晩餐までは何事も無く、シノブ達はゆっくり休むことが出来た。メリエンヌ王国からの使節団は日も昇る前に出発し、シノブを含む一部の者はアルマン王国の隠し港にも赴くなど慌ただしかったから、これは一行の多くにとって大いに喜ぶべきことであった。

 しかしマリエッタは、午後からガルゴン王国の王女エディオラの訪問を受けていた。どういうわけだかエディオラは、隣国の公女に興味を示したのだ。


「エディオラ様……」


 マリエッタの反対側で説明をしていたアミィは、微笑ましいものを見ているような顔で二人を眺めている。背後に立っているアリエルも同様だ。

 しかも温かな視線を向けていたのはアミィとアリエルだけではない。シノブやシャルロット、それにミュリエルやセレスティーヌなども、サロンの中央から見守っていた。それどころか、室内に控える侍女や従者達までも、である。


「マリエッタ様といると、それだけで楽しい。シェロノワでも一緒にいたい」


 エディオラは虎の獣人の公女を非常に気に入ったらしい。

 彼女の弟で第二王子ティルデムがカンビーニ王国を侮辱し、それに憤慨したマリエッタが意趣返しをした。その一幕を目にしたからだろう、エディオラは真っ直ぐなマリエッタを非常に好ましく感じたようだ。


 マリエッタがアルマン王国の隠し港攻略から戻ると、エディオラは彼女を自身の側に招き何かと話しかけていた。どうも、エディオラがこういった振る舞いを見せるのは非常に珍しいらしく、午餐会の間、父である国王フェデリーコ十世を始め、驚きと共に見守っていたという。

 シェロノワへの留学を希望しているエディオラが、一足先に留学しているマリエッタに興味を持ったというのもあるだろう。だが、そういったこととは別にエディオラはマリエッタを妹か何かのように可愛がっているらしい。


「マリエッタ様の金に黒の髪、とても綺麗。それにお耳も可愛い。こんな妹が欲しかった」


 エディオラはマリエッタに向き直り抱きしめる。そして彼女は、虎の獣人特有の髪や耳を愛おしげに撫で始めた。


 それを聞いたシノブは、少しばかり複雑な思いを(いだ)いた。

 虎の獣人は、エディオラにとって近しい存在だ。彼女の母である第二王妃クラリーサと、同腹の弟であるティルデムは、虎の獣人である。

 もしかするとエディオラがマリエッタを側に置く理由は、あまり仲が良くないらしい弟や母と関係しているのでは。シノブは、そう思ったのだ。


「妹分は光栄なのじゃが……」


 マリエッタも、それを察したのか喜びつつも僅かに同情の混じった複雑な表情であった。とはいえ、彼女には魔術や魔道具関連の知識は無い。そのため三人の専門的な話に付いていけず困っているらしい。

 どうすべきか迷ったのだろう、マリエッタはエディオラの肩越しに(すが)るような表情でアミィを見つめる。


「エディオラ様、今日はここまでにしておきましょう。明日もご説明しますから」


 アミィは、マリエッタに助け舟を出すことにしたようだ。何しろ今日は朝が早かった。まだ日が落ちて大して経ってはいないが、起床時間からすると就寝の準備をしても良いだろう。


「ごめんなさい……それじゃ、また明日。マリエッタ様、皆様、お休みなさい」


「ええ、また明日」


 ペコリと頭を下げたエディオラに、席を立ったシノブが代表して言葉を返す。それを見たエディオラは、微かに笑みを浮かべると、もう一度お辞儀をしてからサロンを退出していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達も、サロンからそれぞれに割り当てられた部屋へと移動した。シノブとシャルロット、アミィは一続きの部屋、そしてマリエッタは学友のフランチェーラと一緒にその手前の警護の間である。アリエルも、夫であるマティアスが待つ部屋へと向かっていく。


 なお、ミュリエルはセレスティーヌと一緒に別の区画に移動していた。

 もう少しミュリエルが幼ければ別だが、十歳を超えると成人ではないが子供扱いでもなくなる。そのためシノブの婚約者とはいえ、男性と同じ区画で就寝するわけにはいかないのだ。従者であるアミィや護衛のマリエッタ達は別室であれば良いが、王族や上級貴族の子女にはそれは許されない。

 そこで二人は未婚の令嬢に相応しく、セレスティーヌの側仕えの女騎士や、マリエッタの学友であるロセレッタとシエラニアに守られ就寝するわけだ。


「マリエッタには、周囲を和ませる何かがあるようだね」


 ソファーに腰掛けたシノブは、隣に座った妻へと微笑みかけた。

 マリエッタは、隠し港の攻略に同行した王太子カルロスや彼の部下である司令官達とも親しくなったらしい。それに天真爛漫(らんまん)な彼女は、シェロノワでも早々に受け入れられている。人徳とは違うが、単なる天性だけでもない美点が彼女にはあるようだ。


「ええ。彼女の一番の長所かもしれません。ミュリエルやセレスティーヌとも、すっかり打ち解けました」


 シャルロットは穏やかな表情で頷いた。彼女はアミィやミレーユと共にマリエッタの指導をしているから、シノブ以上に良く理解しているようだ。


「そうか……ところでアミィ、遅くまで済まなかったね」


 妻の返答を聞いたシノブは、向かい側に座るアミィを(ねぎら)った。

 迎賓館で最も豪華な居室には他に誰もおらず、三人だけである。就寝前でもあるし、侍女や従者の少年達も既に控えの間に下がっているのだ。


「お気遣いありがとうございます! でも、エディオラ様は知識もおありですから、楽でしたよ」


 アミィは朗らかな笑顔であり、疲れは感じていないようだ。今日の彼女は、ここ『蒼穹城』にシャルロット達の護衛として残したから、肉体的な疲労は少なかった筈だ。しかし精神的な疲れはあっただろうにと、シノブは彼女の様子を探るように注視する。


「本当ですよ! 先王妃様の治療で一度お見せしていますから、動作自体の説明は必要なかったですし。そうそう、先王妃様は無事に快癒されたそうです!」


「それは良かった!」


 アミィの言葉に、シノブは思わず顔を綻ばせた。

 先王カルロス十世の第一妃エルミラは、病で臥せっていた。高齢なこともあり、肺炎が悪化して危険な状態となっていたのだ。しかし治療の魔道装置とアミィ達の適切な対処により、彼女は危機を脱していた。そしてエディオラは、祖母の回復を大いに喜んだそうだ。


「エディオラ様がご興味を示されたのは、それもあってですから。

本当は晩餐の前にも聞きたかったのを、マリエッタさんが留めてくださったとか……代わりに二人でメリーナさんのところに行っていたそうです。エルフの薬草も、とても効果がありましたし」


 アミィが治療の魔道装置で肺炎の治療を済ませた後に、メリーナはエルフ特製の薬草を投与した。そのため、効果的にエルミラを回復させることが出来たという。


「やっぱり、その辺りはエルフの方が優れているんだね。魔力感知と高度な栽培技術のお陰かな?」


「そうですね。でも、北の高地も栽培に向いているそうですから、そちらでも薬草作りが盛んになると思います!」


 アミィの言葉に、シノブとシャルロットは笑みを増した。

 フライユ伯爵領の北部は、魔力が豊富な高地となっている。そのため薬草などの栽培には向いているだろうと推測していたのだが、実際にエルフからお墨付きを貰えたのなら、間違いないだろう。


「ガルゴン王国やカンビーニ王国も、中央の大森林は魔力が濃いよね。だから、落ち着いたらこっちにも紹介したいな。北と同じではないだろうけど」


「そうですね。それにベルレアンにも、ピエの森のように条件の良い場所があります。安価に提供できるようになれば……」


 シノブとシャルロットがそう語ったとき、窓が外から叩かれた。窓の外はバルコニーがあるが、ここは四階でしかも夜だ。当然ながら人がいるわけはない。


「開いているよ」


 しかし、シノブは落ち着いて返事をした。彼は微かな魔力波動から、そこに姿を消したアルバーノがいると察していたのだ。

 アルバーノは魔力を隠蔽するのが得意だし、アミィが作った透明化の魔道具は外に漏れる魔力が少ない。そのため、彼以外なら感知するのは難しいだろう。


「失礼します」


 アルバーノは、姿を消したまま窓を開け、室内に入る。そして彼は、窓とカーテンを閉めてから、透明化を解除した。どうやら、迎賓館の周囲を警護するガルゴン王国の兵士に発見されるのを恐れたようだ。


「どうだった?」


「最近のビトリティス公爵の行動を不審に思っている者は多いです。それと、以前から海難事故の偏りは疑問視されていました。一部の軍人や内政官は、西の派閥とアルマン王国に何か密約があると推測していますが、確証が無く追及できなかったようです。

ですが、アルマン王国の航海日誌から得た情報は、大きな傍証となりました。おそらく、明日ビトリティス公爵が王都に来たら、内々に聴聞会が開かれるでしょう。我々が立ち会うことはないでしょうが……」


 シノブの問いかけに、アルバーノは苦々しげな顔で答える。

 二つの隠し港に対する作戦の結果、様々な物を入手している。その中には、偽装商船自体や、そこに残っていた航海日誌などもあり、アルマン王国がルシオン海で船を沈めた日時や場所も記録されていた。それらとガルゴン王国側の海難記録を照合し、どの船が単なる事故ではないかが明らかになっていた。

 どうも偽装商船は、ガルゴン王国の西側の港を母港とする船を意図的に見逃していたらしい。したがって、西部がアルマン王国と協調している可能性は高い。

 もっとも、ビトリティス公爵が関与している確たる証拠は無い。したがって査問会など強権的な場ではなく、聴聞という比較的緩やかな形で事情を聴くらしい。なお、ガルゴン王国では聴聞会で罪を問われることはない。あくまでも事情聴取であり被告ではない、ということなのだろう。


「アルバーノ、どうしたのですか?」


「それが……ティルデム殿下は、強化の魔道具を所持している可能性があります。武官によれば、妙に強いときがある、とか……。

虎の獣人は生来戦士に向いていますし、王家にしろ公爵家にしろ優れた武人を輩出しています。ですから、折角素質を持っているのに勿体無い、という評が多いのですが……」


 アルバーノは、怪訝そうなシャルロットに彼にしては歯切れの悪い答えを返す。あくまでも噂で、確証が無いからだろう。そのため証拠を得ようと遅くまで奮闘していたようだ。


「ありがとう。強化の魔道具なら帝国製だね。

そして入手はビトリティス公爵から……クラリーサ妃殿下を通した可能性はあるけど……いずれにせよアルマン王国にいる帝国の残党が公爵に渡した、か」


 シノブも、稼動していない魔道具までは感知できない。何らかの形で魔力が外部に漏れていなければ、流石に察知不可能だ。

 昼間シノブがティルデムと会ったときには、彼は魔道具を付けていないようだった。しかし、そのときは外していただけかもしれない。

 何しろ、シノブが魔力感知や魔道具の察知に長けているというのは、有名になりつつある。シノブはメリエンヌ王国の王都メリエでベーリンゲン帝国の間者を捕らえたり、強化の魔道具を装着したアドリアンを見抜いたりもした。もちろん、その後の帝国との戦いでも活用している。

 そのシノブと会うのに、不正入手した魔道具を装着する愚か者はいないだろう。


「はい。強化の魔道具を使うのは帝国だけです。我々には閣下とアミィ様から授けて頂いた訓練法があります。それに過去に遡っても、帝国以外が実用に耐える品を作った例は無いそうです」


 帝国に捕らえられ戦闘奴隷となっていたアルバーノにすれば、帝国由来の戦闘魔道具など唾棄すべき品であろう。そのため、彼は普段とは違う鋭い口調となっていた。


「わかった。ともかく、今日のところは休んでくれ。ビトリティス公爵とティルデム殿下の一派には、充分に気を付けよう」


「はっ! それでは失礼します!」


 シノブに(ねぎら)われたアルバーノは、一分の隙も無い敬礼を返した。そして彼は、再び姿を消して窓から出て行く。

 一方のシノブとシャルロットは、先刻までのアルバーノと同じような険しい顔となっていた。


「シノブ様、シャルロット様。もうお休みになっては? その……オルムル達も待っているようですし」


 アミィは、そんな二人に、柔らかく呼びかけた。

 実は、オルムルにシュメイとファーヴの三頭の子竜、そして光翔虎の子フェイニーは、シノブとシャルロットが休む予定の寝室の中にいるのだ。シノブも、背後の寝室から四頭の魔力を感じ取っている。

 幾ら小さくなれるといっても、親達はシノブの魔力に頼るつもりは無いらしい。それに対し、子供達はシノブの魔力に依存していると言ってもよい。彼らはシノブの魔力を得ることで通常以上に早く成長が出来るらしい。それに、シノブといること自体が嬉しいようだ。


「ああ。お休み、アミィ」


 シノブがソファーから立ち上がると、二人も続いて席を立ち、挨拶を交わす。そしてシノブとシャルロットは背後の寝室へ、アミィは向かいのもう一つの部屋へと歩んでいく。

 シノブは、隣に並ぶ妻の顔へと視線を向けた。彼女の横顔は、僅かながら憂いを残したままである。


「シャルロット、心配しなくても大丈夫だよ。帝国自体か残党か知らないが、この国を思うようにはさせない。今なら、まだ間に合う筈だ」


 シノブはシャルロットと出会った事件、彼女が暗殺されそうになった一件を思い出していた。

 あの事件も帝国の暗躍によるものだった。事件の首謀者マクシムは、シャルロットやミュリエル、そしてシメオンの又従兄弟だから当然メリエンヌ王国の者である。しかしマクシムは帝国の手先に半ば(だま)され、伯爵家継嗣の暗殺を(たくら)んだ。

 それに前フライユ伯爵クレメンの次男アドリアンなども、同じく帝国の間者により道を誤った。


 おそらくシャルロットは、帝国由来の魔道具を持っているらしいティルデムから、過去のマクシムやアドリアンを想起したのだろう。そう考えたシノブは、シャルロットに悲劇を繰り返させはしないと伝えたかったのだ。


「シノブ……」


 シャルロットは、夫の突然の宣言に驚いたようだ。立ち止まった彼女は、緩やかに波打つプラチナブロンドを揺らがせつつ、シノブへと顔を向けた。

 シノブも歩みを()め、向き直ったシャルロットの顔をじっと見つめる。彼女の目は大きく見開かれ、深く青い瞳には驚きが宿っている。

 二人は、暫し無言で見つめあった。そして僅かな間を置いて、シャルロットは華やかな笑顔になると、夫の胸に自身の顔を寄せていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「バルカンテ侯爵閣下、コルエンカ伯爵閣下、ポンテモーラ伯爵閣下、ご到着!」


「ガリシハーラ伯爵閣下、ご到着!」


 大広間の入り口から、領主達の入場を伝える衛兵の美声が響き渡る。ここは『蒼穹城』の一角にある舞踏用の広間である。

 この日も前日同様に午餐会が開かれたのだが、その後ガルゴン王国の貴顕やシノブ達を含め、ここに移動した。今、広間の中央では華やかな衣装を(まと)った男女が踊り、壁際に置かれたソファーでは、それを年輩の者や休憩中の人々が見守っている。


 各地の領主達の多くは、前日に授かった神殿経由の転移で王都ガルゴリアへと移動していた。もっとも、転移を授かった都市は公爵領と侯爵領だけだから、伯爵達は王都に直接来るか、公爵か侯爵の所領まで移動して転移するかのどちらかだ。

 最初の三人は、コルエンカ伯爵夫妻とポンテモーラ伯爵夫妻がバルカンテ侯爵領に行き、そこから三組で連れ立って転移したのだろう。一方、ガリシハーラ伯爵領は王都に近いから、直接馬車で来た筈だ。


「これで、両公爵と西のウェスルーゴを経由して来る人達だけだね」


 セレスティーヌと広間の中央から戻ってきたシノブは、家令のジェルヴェに声を掛けた。ジェルヴェは侍従の(かしら)として控えていたのだが、二人を迎えに進み出てきたのだ。

 シノブは先ほどまでセレスティーヌと踊っていた。しかし賓客である彼の下には、当然ながら到着した貴族達が挨拶に来る。したがって踊りっぱなしというわけにはいかない。そこで二人は、既に踊ったシャルロットとミュリエルが待つ場に戻ってきたわけだ。


「はい。これで七家の到着ですから、ちょうど半数になります」


 ジェルヴェは、シノブの問いに静かに答えた。

 晩餐までダンスパーティーが催されるのは、各領地からの集合を考慮した結果である。転移だけで済む者は僅かな時間で済むが、中には馬車で一日近く移動する者もいるからだ。そのため全員が集合するまで、緊迫した状況と似合わない舞踏会で時間を潰すことになったわけである。


 もちろん、到着した者がずっと会場にいる必要は無い。

 しかし、最高神からの祝福を届けてくれたシノブやアミィ、そして王女のセレスティーヌや公女のマリエッタ、更に国外に出ることが稀なエルフのメリーナまでいるのだ。この状況で下がる貴族は皆無であり、大広間は数え切れないほどの男女で賑わっている。


「ウェスルーゴからは五家でしたか……一番多いのですから、時間が掛かるのも仕方ありませんわね」


 シノブと腕を組んで戻ってきたセレスティーヌは、空いた手を口元に添えつつ呟いた。どうやら微妙な話題だけに、周囲の目を気にしたようだ。

 セレスティーヌは、笑顔を浮かべている。これなら、シノブと先ほどまでのダンスについて話しているように見えるだろう。


「まあね。公爵家はどちらも単独で転移するだけだったか。こちらは予定通りなら、まだ先だね」


 公爵家は、周囲の町村も含めて比較的広域を領地としている。そのためシノブが言うように、自領から遠い公爵領を経由する伯爵はいなかった。

 そして、基本的に爵位が上の者ほど後で到着、となっていた。もっとも各地からの転移を受け入れるのは王都の大神殿だけだ。そのため、ある程度時間をずらしたのかもしれない。


「ブルゴセーテ公爵閣下、ご到着!」


 しかし、シノブの言葉が終わるか終わらないかのうちに、南東のブルゴセーテ公爵の到着を知らせる声が響く。


「おっ、早かったね」


「シノブ様とお会いしたいからでは? それに、あちらの方は……」


 シノブに笑いかけたセレスティーヌだが、途中で言葉を濁す。国王派であるブルゴセーテ公爵には、王都訪問を拒む理由などない。おそらく彼女は、そう言いかけたのだろう。しかし裏返せば、それは残るビトリティス公爵には王都に来たくない何かがあると受け取れる。そのため、彼女は躊躇(ためら)ったようだ。


「ともかく、シャルロット達と待とうか。これから五家の方と挨拶するのだからね」


「はい、シノブ様!」


 シノブの言葉にセレスティーヌは頬を上気させ、輝くような笑みと共に答えた。

 彼女の頬が赤く染まっているのは、先ほどまで舞っていたからかもしれない。だが、シノブ達とゆっくり出来るという思いもあるのだろう。

 それを察したシノブは、少し面映く感じながら彼女と歩調を合わせ歩んでいく。そして彼は、立ち上がって迎えるシャルロットとミュリエル、そしてアミィに柔らかな笑みで応えていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ビトリティス公爵閣下は、どうされたのだ……」


「ウェスルーゴからの方々も、とっくに着いたというのに……」


 舞踏会の場には、楽団の鳴らす軽快な()とは相反する重苦しいざわめきが漂い始めていた。

 既に、残るはビトリティス公爵とその夫人のみである。そんな周囲の(ささや)きに耐えているのだろう、継嗣のプジョルートと妻のイメビアは蒼白な顔で壁の近くに佇立している。

 家臣に囲まれた虎の獣人の夫妻に近寄る者はいなかった。仮に急病などで公爵本人が参内できないとしても、何らかの使者くらいは出すのでは。それをしないのは何か後ろ暗いところがあるのか。そんな思いが、継嗣夫妻に寄るのを躊躇(ちゅうちょ)させるのであろうか。


 今日も第二王妃のクラリーサ、ビトリティス公爵の妹である彼女は病と称して欠席している。そして、彼女の息子であるティルデムも謹慎中のままだ。したがって、ビトリティス公爵家の血を濃く受け継いだ者といえば、二人の他は王女エディオラくらいである。

 それ(ゆえ)プジョルートの2m近い巨体は、一層寂しくシノブの目に映った。


「プジョルート殿……」


 父の無実を信じるといった巨体の継嗣に、シノブは好感を覚えていた。そのため、悲壮感すら漂う彼を見かねたシノブはシャルロットと近寄っていく。


「シノブ殿、一緒に行きましょう」


 歩み寄る途中で、王太子カルロスがシノブ達に声を掛けてきた。彼が伴っているのは、夫人達ではなく異母妹のエディオラだ。


「シノブ様。兄上はプジョルート様とビトリティスに行く。だから……」


「私も行きます」


 シノブは、(すが)るような視線のエディオラに最後まで言わせず返答した。

 ティルデムは強化の魔道具を隠し持っているらしい。となれば、母の実家であるビトリティス公爵家にあっても不思議ではない。そんな場所に、王太子を行かせるのは不安である。

 これが通常の相手であれば、シノブもガルゴン王国の者達に任せただろう。しかし公爵領には隔絶した技術を誇った帝国の残党がいるかもしれない。そうなると、帝国を相手にしたことの無い彼らだけでは危険だと考えたのだ。


「シノブ様……ありがとうございます」


「よろしいのですか?」


 涙すら浮かべて微笑むエディオラの横で、王太子カルロスがシノブに問いかける。彼の顔は悔しげに(ゆが)んではいるが、その一方でシノブの返答を歓迎しているような複雑な表情となっていた。


「これは、私がすべきことなのです。もし、そこに……」


 シノブは、帝国の魔道具があるのなら、と続ける前に口を(つぐ)んだ。流石に他の者の耳に入りかねない場所で、確証も無く触れるべきではないからだ。


「確かに。変な意地を張っている場合ではありませんね。シノブ殿の、そしてメリエンヌ王国の方々の知識や経験、活用させて頂きます」


 しかし王太子は、それで理解できたようだ。彼は悩みを振り捨てたのだろう、それまでとは違う決然たる表情で頷いていた。


「プジョルート、私と一緒にビトリティスに行こう。息子であるそなたが父を迎えに行くのは、当然ではないか? 私にとってもクラリーサ殿の兄上、少々遠いが伯父御にあたる方だから、同道させてもらう」


 王太子カルロスは、敢えて冗談めいた話し方にしたようだ。

 ビトリティス公爵は、フェデリーコ十世の第二王妃クラリーサの兄だ。しかし、カルロスの母は第一王妃アデリーダである。したがって、厳密に言えば伯父ではないだろう。

 それは彼も重々承知だが、プジョルートの気持ちを和らげさせるために身内であると言ったのではないだろうか。そう考えたシノブは、僅かばかり顔を綻ばせていた。


「それに、シノブ殿も同道してくださる。たとえ伯父御が病でも、シノブ殿ならたちどころに治してくださるぞ!」


「殿下……シノブ殿……」


 険しい表情であったプジョルートは、そのまま顔を隠すように(ひざまず)いた。彼の妻であるイメビアも同様だ。

 とはいえ、プジョルートやイメビアに王太子への隔意などは無いようだ。何故(なぜ)なら彼らが見つめる床には、幾つかの(しずく)が生じていたのだ。


「少々暑いな……踊り疲れたせいであろうか」


「私も疲れた」


 カルロスは唐突にハンカチを取り出すと自身の顔を一拭いした。しかも、隣のエディオラまでもだ。

 そしてカルロスはプジョルート、エディオラはイメビアを空いている左手で立ち上がらせつつ、右手に持つハンカチでさりげなく顔を拭う。


「そなたも少々踊りすぎたようだな、顔が赤いぞ。だが、これからもう一働きしてもらうからな」


「はっ! 殿下!」


 王太子カルロスが自身より背の高いプジョルートを見上げつつ笑いかけると、プジョルートは非の打ち所のない敬礼を返した。

 王太子の粋な計らいに微笑んでいたシノブは、隣のシャルロットへと顔を向ける。するとシノブの思いが伝わったのか、愛妻も美しい(おもて)を綻ばせつつ見上げてくる。


「シャルロット、アミィと共にミュリエルやセレスティーヌを守ってくれ」


「はい」


 本当はシャルロットもアミィに守られていてほしいシノブだが、その言葉は胸の中に仕舞い家族を託すとだけ伝えた。おそらくシャルロットも彼の気持ちを理解しているのだろう、穏やかに気負いの無い表情で頷き返すだけで、多くは口にしない。

 シノブは、妻の肩を優しく抱きつつアミィ達が待つ場に引き返していく。これは、単なる出迎えでは済まないだろう。しかし帝国の陰を払拭し愛する者達に安堵してもらうには、自身が出向くべきだ。そう決意しつつ、シノブは謎多きビトリティス公爵領への道を歩んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年11月29日17時の更新となります。


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