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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
308/745

14.23 パーティー・トーク

 ガルゴン王国の王都ガルゴリア。その中央に(そび)える『蒼穹城』は、爆発的な興奮に包まれていた。ここのところ商船が行方不明となっていたのが、アルマン王国の仕業と確定したからだ。

 もっとも多くの者は、アルマン王国の陰謀だと推測していた。だが、海上に巨大な魔獣が現れる世界であり、それらの仕業だと言う者もいたのだ。

 当然ではあるが、相手が不明なままというのは、守る軍人も守られる商人も落ち着かない。事態が明確になったというのは、解決には程遠くとも一定の明るさを(もたら)したようだ。


 そして神殿での転移と竜や光翔虎の訪れも、ガルゴン王国の人々に大きな喜びを与えていた。カンビーニ王国が一足先に様々な恩恵を得たのは、やはり彼らにとって大きな羨望を伴う出来事だったのだろう。


 『蒼穹城』の大広間では、シノブ達を歓迎するための午餐会が開かれていた。

 会の初めに国王フェデリーコ十世が諸々の慶事に触れると大きく沸き、シノブが挨拶をすれば更に歓声が上がりと、大広間は幾度も城全体に(とどろ)いただろう歓喜に包まれた。ただし儀式めいたことが終わった今は少々落ち着いている。

 しかしシノブは昼食どころではない。詰め掛ける者が多すぎて、折角の料理を味わう暇も無かったのだ。


「フライユ伯爵、こちらがブルゴセーテ公爵の継嗣フェリディノ殿とカルニタ夫人、そしてナバネサ嬢にエリアノ殿でございます。ブルゴセーテは南東の港町で、王領からの商船団も良く立ち寄るのですよ」


 押し寄せる人々をシノブに紹介するのは、メリエンヌ王国の駐ガルゴン大使であるセルネーニュ子爵だ。彼は、カンビーニ王国に駐留する大使と同じく狼の獣人である。やはり、獣人が多い国には獣人族ということなのだろう。


「シノブ殿。我が国に数々の祝福を授けて下さり、感謝しております」


 フェリディノ・デ・グラノスタは、獅子の獣人に特有のふわりとした金髪を揺らしながら、シノブに軽く頭を下げた。彼は身長2m近い巨体の持ち主で、それに相応しい隆々たる筋肉が目立つ男性だ。しかし、その外見に反し口調は物柔らかで、挙措も穏やかである。


「夢のような出来事の数々、今日は歴史に残る一日となりますわ」


 フェリディノの妻カルニタは人族であり、身長も種族的な平均に近かった。そのため夫と比べると頭一つ以上は小柄である。とはいえ豊満な美女であり、そういう面では夫と釣り合いが取れているといえよう。


 ガルゴン王国も、カンビーニ王国と同様に自国での服装は薄手であった。

 カルニタ達は、大神殿でシノブ達を出迎えたときは、正装ということもあり(しゃ)のような透ける薄布を幾重にも(まと)っていた。下の服が見えないくらいに重ねられたそれらは、この国の者が好んで身に着ける飾り布と同様で身分を表すらしい。

 しかし、それは神殿に赴くための正装だったようだ。大広間にいる女性達は、カンビーニ王国の女性と同じく、袖の無い華やかなチュニックの上に薄い布を羽織っているだけだ。

 ガルゴン王国は南国でありメリエンヌ王国よりかなり暖かい。それ(ゆえ)自然とこういう服装になったのだろう。


「祝福とは大袈裟です。それに、もし祝福であれば、それは神々に感謝すべきことでしょう」


 シノブは、フェリディノの祝福という言葉を面映く感じた。

 神殿での転移は、アムテリアが授けてくれたものだし、彼自身は願っただけだ。それに、祝福や加護というのは神々が授けるというのが、ここエウレア地方の社会通念であるらしい。ならば、シノブが祝福したという言葉は流すべきではない。彼は、そう思ったのだ。


「ガルゴン王国の方々が、大神アムテリア様の御心に(かな)う行いをすればこそです」


 シノブに寄り添うシャルロットは、夫の言葉に賛意を示した。彼女は、シノブの内心を察したようだ。


「本当に……」


 フェリディノの妻カルニタは、ほんのりと頬を染めてシャルロットを見ている。どうも、彼女は凛としたシャルロットに魅了されたらしい。


 今日のシャルロットは、比較的薄手の青いドレスに、シノブが贈ったネックレスとイヤリングという簡素な装いだ。しかし彼女は、広間の中で一際目立っている。

 一つには、暖色系の装いが多いガルゴン王国の女性達の中で、数少ない青系のドレスということもあるのだろう。しかし人目を引く本当の理由は、シャルロットの凛々しくも優しい姿のようであった。


 結婚してからのシャルロットは、元々の美しさに加え内面の気品というべきものが増してきたようだ。それが結婚による喜びなのか、身篭ったことによる変化なのか、あるいは様々な体験を経ての成長なのかはシノブにも判然としないのだが、より深みを増したのは間違いない。

 いずれにせよ、シャルロットが母のカトリーヌのような落ち着きと優雅さを備えてきたのは事実であった。そんな彼女の姿は、ガルゴン王国の女性陣から見ても羨望や憧憬を伴うものらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ殿は謙虚ですね。確かに神殿の転移は神々の祝福です。しかし、炎竜様と光翔虎様に慕われるお姿、それにアルマン王国からドワーフ達を救出した一件、それらは別でしょう」


 フェリディノは女性達の和やかな様子に微笑みながら、シノブとの会話を続けていた。ただし話す内容には、表情に反して重いものも含まれている。

 国王フェデリーコ十世は、王太子カルロスが見届けたアルマン王国の隠し港攻略についても触れていた。作戦前は伏せたことだが、成功した今、これらはほぼ(おおやけ)にされている。その中には、奴隷とされていたドワーフ達に関しても含まれていたのだ。


「ご覧になってください。あの素晴らしい光景を!」


 フェリディノは広間の一角を指し示した。そこには真紅の竜と白く輝く光翔虎の姿があった。


 驚嘆の表情を浮かべた人々に囲まれているのは、炎竜イジェと、ガルゴン王国の光翔虎ダージにシューフである。彼らは腕輪の力で小さくなって、シノブ達と共に(うたげ)に出席していたのだ。

 彼らは、人間の大人より少々大きいくらいに変じていた。どうやら成竜や成獣は、子供達ほど小さくはなれないらしい。無理をして魔力を大量に使うなら別だが、そうでなければ人間より僅かに大きい程度が彼らにとって適切なサイズのようだ。

 もっとも比率で言えば子供達と同じくらい縮小しているのだから、当然だとも言える。


「アンプリオ大森林は、それほど険しい場所だったのですか!」


──うむ。中央まで来たのは、そなたらの王となった男と、その一団だけだな──


──中央の密林には、巨大な鰐や猛毒を持つ大蛇もいます。近づかない方が良いでしょう──


 ガルゴン王国の貴族達は、光翔虎のダージとシューフに自国の中央にある大森林の様子などを尋ねているようだ。ガルゴン半島の中央部にあるアンプリオ大森林が、ダージ達の棲家(すみか)なのだ。

 カンビーニ王国のセントロ大森林と同様に、人跡未踏というべきその地に入ったのは、やはり建国王カルロス一世が率いる一行だけだったらしい。そのため貴族達は、ダージとシューフが語る大森林の様子を興奮の面持ちで聞いている。


「イジェ様、我が国に竜の皆様がお住まいを造ることは無いのですか?」


──残念ながら、こちらには火山がありませんから。北の山脈は魔獣の領域も少ないので、狩場には不向きですし──


 イジェを囲む人々は、ガルゴン王国に竜達が住まないかと期待していたようだ。彼らは、イジェの返答を聞いて残念そうな顔をしている。

 炎竜は火の魔力を糧としている。火山など以外からも魔力の吸収は出来るが、効率が悪いらしい。そして彼女が言うように、ガルゴン王国とメリエンヌ王国の境界であるブランピレン山脈には火山は無いし、魔獣が棲む領域も小さい。そのため炎竜だけではなく岩竜からしても魅力的では無いようだ。

 少し南方に行けば半島中央のアンプリオ大森林があるが、そこは光翔虎の縄張りであり竜達が新たに棲みつくには少々問題があるのだろう。


「確かに喜ばしいことです。ですが、私はイジェ達を皆様にご紹介しただけ。竜や光翔虎が無法に(いきどお)り人間に手を貸してくれるのは、彼ら自身の意思なのです。

他者の意思を捻じ曲げ従わせるのは、神々の禁じたことであり、その教えは彼らにとっても大切なものだった。そういうことですよ」


 シノブはフェリディノの表情を探りながら、言葉を紡いでいく。

 午餐会の中で、シノブ達はガルゴン王国の王族や貴族達を見定めようとしていた。彼らは、なるべく多くの人と会話しようと、広間の各所に散っている。

 普段はシノブの下を離れないミュリエルやセレスティーヌも、護衛のアミィを伴って王太子夫妻のところに行っていた。王太子には十二歳の長女エスファニアがおり、話し相手として釣り合いが取れていたということもある。

 他の面々も、それぞれの地位に応じて分担していた。オベール公爵の嫡男オディロンは妻のイアサントと共に王族達と談笑中だ。そしてシメオンがミレーユを、マティアスがアリエルを連れ、それぞれ王都に詰める上級貴族の息子やその妻の下を巡っている。


「ごもっともです! 我がブルゴセーテも陛下と共に西海に赴きましょう!

幸い、メリエンヌ王国から供与いただいた発火の魔道具もあります。敵の艦船が優れていようとも、火矢が同じなら……」


 フェリディノは、シノブと会話を重ねて打ち解けたらしい。彼の声音(こわね)は、最初のような畏まった様子とは違い、その巨体に相応しい威勢の良いものとなっていた。


大型弩砲(バリスタ)の性能差は無視できませんよ。偽装商船のものに換装した船は互角になるでしょうが……」


 シノブは、曇りの無いフェリディノの顔を見ながら忠告の言葉を口にした。

 アルマン王国の艦船は帝国由来の火矢を使っているだけではなく、船や武器の性能が段違いらしい。彼らが奴隷としたドワーフ達に造らせた大型弩砲(バリスタ)は、他国のものより一割か二割は射程が長い。そのため発火の魔道具が同じでも、射程圏に入るまでが問題だ。


「むむ……しかし、我らには炎竜様や光翔虎様も味方して下さいます! アルマン王国など、恐れることはありませんよ!」


「……そうですね。しかし、それはイジェ達が味方するに相応しいと認めた場合です。彼らは、あくまで友人なのです。ほら、見てください」


 シノブはフェリディノに裏は無いと思ったが、竜や光翔虎に対する過大な期待だけは釘を刺しておこうと思った。そこで彼は、側にいるオルムル達を示しつつフェリディノに笑いかけた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブの視線の先には、フェリディノの子供達ナバネサとエリアノが、オルムルやフェイニー達と戯れる姿がある。


「オルムル様……触っても良いですか?」


 父親と同じ獅子の獣人のナバネサは、ふんわりとした豊かな金髪の少女である。まだ六歳の彼女は、母と同じく明るい色のチュニックを何色もの薄布で飾った可愛らしい装いだ。

 そしてシノブとフェリディノが見つめる中、ナバネサは恐る恐るオルムルへと手を伸ばしていく。


──どうぞ!──


 今日のオルムルは、ちょうどナバネサくらいの大きさである。どうやら、立食パーティーの場であまり小さくなっても、不都合だと思ったらしい。ちなみに、その隣のシュメイも同じくらい、そしてまだ腕輪が必要ないファーヴは元のままで幼児ほどの大きさだ。


「ナバネサ、オルムル様達がお許し下さったわ」


 残念ながら幼いナバネサには、『アマノ式伝達法』を用いたオルムルの答えは理解できないようだ。そこで母のカルニタがオルムルの了承を伝えていた。


「ナバネサさん、大丈夫ですよ。ほら」


 母の言葉を聞いても不安げなナバネサの様子を見かねたのだろう、シャルロットはオルムルの頭に手を伸ばし優しく撫でてみせる。すると、オルムルは、嬉しげな鳴き声を上げて目を細めた。


「ほ、本当です……」


 ナバネサもシャルロットと同じように、オルムルの頭から首をそっと撫で始める。彼女は、大人しいままのオルムルに安心したのか、金色の瞳を輝かせながら一心に撫でさする。


──私も触っていいですよ!──


──僕も!──


 オルムルの肌を撫でるナバネサに、シュメイとファーヴが近づいていく。今度は、通訳されるまでもなく、ナバネサも二頭の意思が理解できたのだろう。獅子の獣人の少女は、輝くような笑顔を浮かべて自身を囲む子竜達に手を差し伸べた。


「虎さん、虎さん!」


 一方、三歳の息子エリアノは無邪気なものだ。こちらはフェイニーやメイニーに抱きついてじゃれている。彼は母と同じく人族なのだが、明るい金髪に琥珀色の瞳のせいか、姉と同じ獅子の獣人のようにも見える。


──人間の子供を近くで見るのは初めてだけど、可愛らしいわね──


 メイニーは、エリアノに顔を近づけていく。彼女は人間とほぼ同じ大きさになっているが、それでも幼児からすれば充分巨大である。しかし、エリアノは恐れる様子も無く光り輝く虎の姿を見つめている。


──メイニーさん、舐め回すのは()めた方が良いですよ。人間は、濡れるとお風呂に入るそうですから──


 フェイニーは、メイニーが自身にしたのと同じくエリアノを舐めると思ったようだ。

 竜達と同じく、光翔虎は魔力で周囲のものを動かすことができる。そのためフェイニーはメイニーに舐め回された後、魔力で彼女の唾液を吹き飛ばしていた。フェイニーは風呂好きではないらしいが、そもそも必要ないという事情もあるようだ。


──あら、それは残念ね。でも、ちょっとだけなら良いでしょ?──


「くすぐった~い!」


 メイニーはエリアノの頬を大きな舌で少しだけ舐めた。するとエリアノは琥珀色の瞳を輝かせながら歓声を上げ、身を(よじ)る。


「……確かに頼ってばかりではいけませんね。彼らは、我々の隣人でもあるのですから」


 娘や息子が竜や光翔虎と戯れる姿に、フェリディノは何かを感じたらしい。それまで彼は、イジェ達を自国に力を貸してくれる偉大な存在として見ていたようだ。しかし今は、同じ人間に対するような平静な表情となっている。


「ご理解いただけましたか」


 最初の落ち着きを取り戻したフェリディノに、シノブは安堵した。

 優れた艦船や武器を持つアルマン王国との戦いに、竜や光翔虎が協力してくれたらと考えるのは、当然だ。しかし彼らは同じ心を持った存在であり、無条件に崇拝するのは双方にとって危険である。シノブは、そう思っていたのだ。

 シノブは理解者を一人得たという喜びを(いだ)きながら、異国の公爵継嗣と共に無垢な子供達の笑顔を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 フェリディノ達に続いてシノブの下を訪れたのは、もう一つの公爵家の者達であった。西のビトリティス公爵の継嗣プジョルート・デ・ベニルサダと、その家族である。こちらは全て虎の獣人で、プジョルートと妻のイメビア、そして息子のカハーシモと娘のネメシリタの全員が黒い筋が入った金髪の持ち主だ。

 プジョルートは二十代後半らしいが、派手な髪色のためか少しばかり若いように感じる。こちらも身長は2m近く、更に見事な筋肉の持ち主であり体重はシノブより何割か多いだろう。とはいえ見事に鍛え上げた肉体で、薄手の服の下には贅肉など一片もなさそうだ。

 イメビアも、虎の獣人らしく大柄であった。やはり何らかの武術を経験しているのだろう、女性らしい容姿ではあるが剥き出しの肩や腕は単なる貴婦人のものとは思えない。


「ティルデム殿下の無礼、私からもお詫びします」


 挨拶が終わると、プジョルートはシノブに対し丁寧な仕草で頭を下げた。

 前と同様に夫人の相手はシャルロットがしている。イメビアは武術にも造詣が深いらしく、そういう意味でもシャルロットが適任だ。そして二人の子供はオルムル達のところだ。カハーシモとネメシリタは、それぞれ六歳と四歳だから、シノブが何か探る必要はないだろう。


「マリエッタも、少々やりすぎました。お相子で良いでしょう」


 シノブは、侮辱されたとはいえ王子の顔面に篭手をぶつけたマリエッタを思い出し、苦笑した。そして同時に、シノブは理性的で落ち着いたプジョルートに少々意外さを感じていた。

 西のビトリティス公爵派は、中央や東の国王派と張り合っているらしい。したがって、国王達に現体制を強化するような贈り物をしたシノブを、ビトリティス公爵家は嫌うと思っていたのだ。

 シノブとしては、どちらの味方というつもりは無いが、現体制が崩れてガルゴン王国が混乱することは望んでいない。そういう意味では、シノブ達は国王派に肩入れしているとも言える。だが、シノブの見るところ、プジョルートは本心から謝っているようだ。


「叔母は、殿下を甘やかしているのです。本来なら叔母が謝罪すべきですが……」


 プジョルートは、男らしい顔に憂いの色を浮かばせた。彼が言う叔母とは第二王妃クラリーサだ。

 マリエッタに対し侮辱というべき発言をしたティルデムは、国王フェデリーコ十世とクラリーサの息子である。そしてクラリーサはビトリティス公爵の妹であった。要するに、プジョルートはティルデムの従兄弟なのだ。


「クラリーサ妃殿下は御不例とのこと。お気になさらないで下さい」


 クラリーサは、午餐会を急病により欠席していた。おそらく言葉通りではないのだろうが、周囲の耳目もあるため、シノブは型通りの言葉で応じた。


 どうも、クラリーサがティルデムを溺愛しているのは有名らしい。

 シノブは、密かにアルバーノやソニアなど諜報に長けたものを情報収集に放っていた。とりあえずは『蒼穹城』内の使用人などの噂話を収集している程度だが、シノブ達が隠し港に潜入した午前中だけでも、クラリーサとティルデムに関する噂は複数の者から上がってきたのだ。


「殿下は、本来なら軍に入隊するべきなのです。現に王太子殿下も、成人前を含め十数年現場に出ました」


 プジョルートは、数年前まで南方の海軍に勤務していたらしい。彼の親は西の港湾都市ビトリティスの領主だが、そちらではなく王都ガルゴリアの南に位置する都市ガリシハーラの海軍を選んだという。そして同時期に、王太子カルロスも同じガリシハーラの海軍に所属していたそうだ。


「王族が軍に入るのですか」


「形ばかりですが。海軍勤務といっても、王族の場合は港周辺で訓練するだけです。実際に戦争を経験されたシノブ殿からすれば、遊びのようなものでしょう。しかし、それでも学べるものは多いのです」


 驚きの表情を浮かべたシノブに、プジョルートは初めて表情を崩しつつ言葉を返す。

 エウレア地方の国々では、成人とされる年齢は十五歳である。もっともシャルロット達のように、多くは十歳から十二歳の間に、文官や軍人となるべく見習いとして勤め始める。ガルゴン王国も同様であり、現王太子カルロスは十二歳から、プジョルートも十一歳から軍に入ったという。

 とはいえ、王太子はプジョルートより五つ年上だ。したがって同期ではないのだが、それでも王太子が訓練に励む様子を間近に見ていたらしい。


「……シノブ殿は、我が国の騒動を苦々しくお思いでしょうね」


「どこの国も一枚岩とは言えないでしょう。我が国でも騒動がありました」


 再び物憂げな顔となったプジョルートに、シノブは曖昧な言葉を返した。しかし、彼の言いたいことは充分伝わったらしい。西の公爵継嗣は、一瞬意表を突かれたような顔となった後、言うべき言葉を選んでいるような複雑な表情となる。

 前フライユ伯爵クレメンが反乱の末に自死し、その結果シノブが後継者となった。それは当然ながらガルゴン王国にも伝わっている。とはいえ、プジョルートもメリエンヌ王国の不祥事に触れ難く思ったのだろう。彼は、口を(つぐ)んだままシノブの表情を窺っている。


「彼は、自領の発展を望んでいました。自領が栄えるためなら、仰ぐ旗を変えるほどに。長期の戦争への疲れ、跡取りに対する失望……それらもあったようですが」


 シノブは、プジョルートがどう反応するかと思いつつ、言葉を続けていった。

 フライユ伯爵領がベーリンゲン帝国との最前線だったように、ビトリティス公爵領など西の諸領はアルマン王国への抑えだろう。シノブは、対象を明確にしていないが、この流れで誰を指しているか理解できないわけもない。ましてや、跡取り云々は公爵家継嗣であるプジョルートにとって聞き逃せないことだろう。


「……私は、父を信じています。父は、国を裏切るような男ではありません。明日、シノブ殿にも御理解いただける、そう確信しています」


 プジョルートは、シノブの顔を真正面から見つめ、静かに宣言した。

 明日は、ガルゴン王国の大領主が王都ガルゴリアに集まる。神殿での転移が、それを可能にしたからだ。転移を授かった神殿があるのは侯爵領以上だが、各伯爵も(いず)れかを経由すれば一日以内に到着できるという。

 ガルゴン王国にも『アマノ式伝達法』を使った通信網が整備されているから、明日中には全ての上級貴族が集合する筈である。ましてや、都市ビトリティスには転移可能な神殿があるのだ。彼は、明日現れる父をシノブに見てもらえば、と考えたようだ。

 シノブは、曇りの無い瞳のプジョルートに静かに頷きつつも、内心では彼の言葉をどう受け取るべきか考えあぐねていた。やはり、直接ビトリティス公爵を見るしかないのだろう。そう思い直したシノブは、再びプジョルートとの語らいへと戻っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 午餐会を終えた彼らは、『蒼穹城』の敷地内にある迎賓館へと戻っていた。今、シノブ達は迎賓館でも最も立派なサロンに、集っている。

 集う面々は、限られた者達だ。まずはシノブと同じソファーにシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌが腰掛けている。そしてオディロン、シメオン、マティアスが、それぞれの妻と並んで残り三方のソファーに座っている。他は、シノブ達の背後にアミィが控えているだけだ。


「はあ~、疲れました……」


「ミレーユ、だらしないですよ。まだ晩餐もあります」


 ソファーにぐったりと倒れこむミレーユの隣で、シメオンが微笑みかけた。そんな情景をシノブとシャルロットは温かな視線で見守っている。

 以前はミレーユを(たしな)める役はアリエルであった。しかしミレーユも人妻となったのだ。したがって、アリエルもシノブ達と同じく見守る側である。


「ミレーユ殿、『真紅の流星』の名が泣きますぞ」


 マティアスは、珍しく冗談らしいことを口にした。

 この『真紅の流星』というのは、カンビーニ王国で流星光翔槍を会得したミレーユに贈られた異名だ。ミレーユは見事な赤毛の持ち主だから、似合いの名である。


「マティアス殿、それはやめてください!」


 ミレーユは、慌てて背筋を伸ばし座りなおす。彼女は異名と共に贈り主のカンビーニ国王を思い浮かべて緊張するらしく、あまり触れてほしくないようだ。


「ミレーユ殿は、我らメリエンヌ王国軍人の誇りです」


「本当に。ドリアーヌ殿も、憧れの人と申しておりました」


 こちらは、オベール公爵の継嗣オディロンと、その妻イアサントである。なお、イアサントが挙げたドリアーヌとは、オディロンの妹だ。ドリアーヌは軍人志望のようで、公爵家の娘でなければシャルロット達の下で学ぶのに、と言ったらしい。


「ドリアーヌ様が!」


「実は、今日も弟子入りを望む女性が押し寄せまして」


 驚愕するミレーユの隣で、シメオンが真面目な表情を作りつつ口を開く。もっとも、その目は笑いを含んだままだ。


「確かに、イジェ達に次いで人が多かったようだね」


 シノブは、午餐会の様子を思い出していた。

 やはり、ガルゴン王国と親交の深いカンビーニ王国での逸話は、多くの人が知っていたようだ。そして、前代未聞の奇跡を起こしたシノブや、長い時を生きる竜や光翔虎より、ミレーユの方が親しみやすかったのだろう。そのため、彼女とシメオンの周囲には大勢の人が詰め掛けていたのだ。


「私なんか、槍を持って外で走り回っているのがお似合いですよ~。出来れば、メイニーさん達と狩りに行きたかったです~」


「光翔虎や竜の皆様と狩りに行くとは……」


「い、いえ、冗談ですから!」


 冗談めかして言ったミレーユの言葉に、イアサントは更に感銘を受けたようだ。そのせいだろう、ミレーユはますます赤面してしまう。

 午餐会の後、メイニーとフェイニーは、炎竜イジェや子竜達を連れてアンプリオ大森林へと狩りに赴いた。そして、ダージとシューフはアルマン王国の沿岸に戻っている。

 今、ホリィ達はアルマン島で残りのドワーフを探している。そして、フェイニーの両親バージとパーフも、捜索に加わっていた。シノブ達が救出したのは職人である男衆だけで、妻や娘などはまだ見つかっていないからだ。ガルゴン王国に棲むダージ達は一旦(うたげ)に顔を出したが、彼らを助けに戻ったのだ。


「ミレーユ。俺達の子供の槍術指南役、よろしく頼むよ。親である俺達より、君の方が適任だろう」


「そうですね。私だと甘やかしてしまうかもしれません」


 冗談に乗ってみたシノブだが、シャルロットの言葉に僅かに表情を変えた。

 この国の第二王子ティルデムは、母のクラリーサに溺愛され育ったという。それが、彼に悪影響を与えたのは事実だろう。シノブは、自分がしっかりと子供を育てられるかを考えずにはいられなかった。


「は、はい! それはもう!」


 ミレーユは、緊張した様子でソファーから立ち上がった。そして動揺を顕わにする彼女の姿に、シノブを囲む一同は大きな笑い声を上げる。


──シノブ様、大丈夫ですよ。もし、お二人が甘やかしたら、私が厳しくしますから──


 そんな中、アミィはシノブに優しい思念を投げかけていた。彼女は、背後からでもシノブの不安を察したようだ。


──ありがとう、アミィ──


 シノブがアミィに答えると、それと同時にシャルロットがシノブの手をそっと握る。どうやら、シャルロットもシノブの心の動きに気が付いたらしい。


「それじゃ、皆が聞いたことを教えてくれないか?」


 シノブは、取り越し苦労はやめようと思い直した。そして彼は、支えてくれる女性達への感謝を胸に(いだ)きつつ、目の前の問題を片付けることに集中していった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年11月25日17時の更新となります。


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