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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
307/745

14.22 巡り会い、虎

 炎竜イジェは磐船を軍本部へ降ろした。そして彼女はシノブや王太子カルロス、更に司令官で王太子の側近でもあるライムリオとフェルテオを乗せ『蒼穹(そうきゅう)(じょう)』へと飛び立った。

 イジェは自身の子シュメイや岩竜の子オルムルを連れ、青い屋根が美しいガルゴン王の城へと向かっていく。しかも真っ赤な巨竜は、更に六頭の光翔虎を伴っていた。


「我が国にお住まいの光翔虎殿……」


 国王フェデリーコ十世は、『蒼穹城』の中庭に降り立った光翔虎達を感動の面持ちで見上げていた。

 周囲に集う者達も同様だ。隣の先王カルロス十世を始めとする王族達や左右に控える重臣達も、皆が子供のように顔を輝かせている。


 イジェと共に来たのは、シノブ達と行動を共にする光翔虎の子フェイニーだけではなかった。彼女の両親であるバージとパーフ、そしてガルゴン半島中央の大森林に棲む三頭、ダージとシューフ、メイニーが姿を現したのだ。

 ダージは五百数十歳の雄で、シューフがその(つがい)となる四百数十歳の雌、そしてメイニーは二頭の子で二百歳くらいだという。もちろん(いず)れも成獣であり、炎竜イジェと並ぶ巨体だ。そのため、本来は広々とした城の中庭も、今はどこか狭苦しく感じる。


──メイニーさ~ん! お元気でしたか~!?──


──フェイニー、久しぶり! また少し大きくなったわね!──


 人間達にとっては神秘的な光景なのだが、フェイニーはそんなことは関係なしに歳若い同族に(まと)わり付いていた。フェイニーが光り輝く巨大な虎の頭にへばりつき、それをメイニーが大きな前足で撫でている。

 それは温かな再会の一幕ではあったが、若いといってもメイニーは立派な成獣で尾を除いても20mもあるし、フェイニーも通常の虎に匹敵する。そのため二頭がじゃれあう姿は、遠目に見る分には微笑ましいが近くに寄るのは少々躊躇(ためら)われる。


──楽しそうですね──


──はい、私も母さまに抱きついてみたいです──


──ぼ、僕も……いえ、僕は母さまなど恋しくありません!──


 子竜達は、そんなフェイニーの自由奔放な姿をじっと見つめていた。オルムルは短く一言だけ、それに続いたシュメイは途中で母のイジェへと視線を向け、最後のファーヴは本音が出たようだが危うく踏みとどまり、と三者三様である。


──シュメイ、後にしなさい。オルムルさん、ファーヴさん、私で良ければ幾らでも──


 光翔虎と国王達の対面を少し離れた場所で見守っていたイジェは、三頭の子竜へと視線を向けた。そして彼女は、少しだけ頭を下げて温かく静かな思念を子竜達に届ける。


──メイニー、やんちゃな娘で済まぬ──


──申し訳ありませんが、暫く遊んでやって下さい──


 最初、バージとパーフは久々に会う娘の楽しげな様子を嬉しそうに見守っていた。しかし、あまりにフェイニーがはしゃぐせいか、とうとう恥ずかしげな思念でメイニーに語りかけた。

 もしかすると二頭は、ガルゴン王国の王と、そこに住む聖獣の厳粛かつ感動的な出会いが、自身の娘の振る舞いで台無しになったと思ったのかもしれない。


──いえ、私も楽しんでいますから! フェイニー、だいぶ力が強くなったわね~!──


──メイニーさん、私は食べ物じゃないです~!──


 メイニーは両前足でフェイニーを押さえると、巨大な舌で舐めだした。するとフェイニーは、くすぐったいのか身を(よじ)りながら、最前に増して弾むような思念を発している。


──元気の良いのが一番だな──


──そうですね──


 バージとパーフは、どことなく諦めが滲む思念を漏らしていた。

 ちなみにフェイニー達も含め全て思念だけのやり取りだから、理解している人間はシノブだけだ。そのためシノブは、竜より光翔虎の方がやんちゃなのだろうかと思いつつ、一人笑いを(こら)えていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 幸いにも、バージ達の懸念は取り越し苦労であったようだ。ガルゴン王国の者達は、堂々たる巨獣、ダージやシューフと語り合うのに夢中で、脇で繰り広げられる和やかな光景など目に入っていないらしい。


──ともかく人の子の(おさ)よ。そなた達の側にいながら挨拶もしなかったことは詫びよう。しかし、そなた達の祖と交わした約定であってな──


 新たな光翔虎達も、既に『アマノ式伝達法』を習得していた。そのため一家を代表して国王へと向かうダージは、思念と同時に(とどろ)咆哮(ほうこう)で語っている。


「もったいないお言葉!」


 フェデリーコ十世と先王カルロス十世は、片膝を突いて(こうべ)を垂れる。その姿は王に敬意を示す臣下のようであり、普段の彼らが受けている騎士の礼そのものであった。


 そんな彼らを横目で見ながら、シノブは一人迎えに来たアミィと思念を交わしていた。シノブはアミィに頼みたいことがあり、彼女だけを呼んだのだ。


──光翔虎がカルロス一世やフェデリーコ一世への試練に関係していたとは思っていたけど、こっちは少し違ったんだよ──


 シノブが挙げたカルロス一世とフェデリーコ一世は、建国王とその後を継いだ二代目である。もっとも、試練の当時カルロスは建国の途上であったから、騎士カルロス・ガルゴンとその息子フェデリーコというのが正確ではあった。


──こっそり試すあたり、この国の聖人らしいと思いますけど……しかも、サジェール様まで絡んでいたのですから──


 アミィは、どこか(あき)れたような納得したような、複雑な思念を発していた。彼女は光翔虎よりも、自身と同じアムテリアの眷属である聖人や、敬うべき神々の方が気になったようだ。


 『蒼穹城』までの道々、シノブは密かに過去の経緯をダージに問うたのだ。カンビーニ王国の建国には、バージの両親が関係していた。ならばガルゴン王国は、と思うのは当然であろう。

 幸いダージは当時のことを知っていた。ガルゴン王国の聖人ブルハーノ・ゾロと騎士カルロスやフェデリーコが出会ったのは、ダージが生まれて間もない頃だったらしい。そして、ダージの両親達も二人の試しに関わっていたのだ。

 ダージの両親達は知恵の神サジェールの命を受け、巨大な迷宮の中で将来の初代国王が率いる一行を待ち受けたという。その迷宮は、聖人やダージの両親達によってガルゴン半島の中央にあるアンプリオ大森林に用意されたものだ。


──自分で造った迷宮で試すっていうのは……やっぱり悪戯好きなのかなぁ。しかも、知らん顔して同行したんだし──


 聖人ブルハーノ・ゾロは、カルロスとフェデリーコ、そして彼らの仲間である二人の騎士ナルシニオとサラベリスと共に、大森林の奥の迷宮に潜ったらしい。


──宝があるって言ったのですか? それはアムテリア様のご加護ですから、何にも変え難い宝ですけど。しかし、造るのに苦労したでしょうね──


 アミィが言うように、迷宮の準備にかなりの時間が掛かったようだ。何しろ迷宮の内部には無数の仕掛けがあったというから、当然ではある。

 もっとも、それらは迷宮内にある手掛かりを集め、謎を解くことで乗り越えることが出来るものだそうだ。要するに、真実に辿(たど)り着く知恵と仲間と協力し支えあう心、そういったものを試す場なのだろう。


──池の上の飛び石や一本橋を渡るとか、変な試練もあったみたいだけど──


 まだ幼かったダージは両親が準備する様子を見ていただけらしい。しかし、彼は当時のことを詳細に覚えており、シノブにどんな迷宮なのかを語っていた。

 それによれば、飛び石やそれを模した仕掛けを設置した池を越えたり、姿を消した光翔虎に邪魔されつつ空堀の上に渡された一本橋を渡ったりなど、体力勝負の試練もあったという。しかも、池には大鰐、空堀には毒蛇が一杯だったらしい。


──面白そうだから一度見てみたかったな──


 ダージがシノブに語った通りなら、残念ながら試練の達成と共に迷宮は消し去られたらしい。そして試練から500年以上が過ぎたため、迷宮のあった場所も深い森に戻ってしまったという。


──北の高地に造りますか? 鰐や蛇を抜きにしたら訓練に使えるかもしれませんね──


 アミィは、準備中の学校を思い浮かべたようだ。彼女は、軍人志望の学生を鍛えるには良いと思ったようで、小首を傾げながらシノブに問いかける。


──落ち着いたらね──


「ライムリオ殿、軍務卿の容貌を彼女に教えて頂けないでしょうか? 先ほどお伝えしたように、彼女は幻影魔術の使い手でして……」


 アミィに思念で答えたシノブは、磐船から降りてきたガルゴン王国の司令官の一人、バルカンテ侯爵の嫡男ライムリオへと声を掛けた。現在ライムリオは王都守護軍の総司令だが、数年前まで海軍に所属しており、その時、後にアルマン王国の軍務卿となるジェリール・マクドロンと会っていたのだ。

 シノブやアミィは、メリエンヌ王国でポワズール伯爵からアルマン王国の国王ジェドラーズ五世や先王ロバーティン三世の容貌を聞き取っていた。アミィの幻影魔術で再現し記録した彼らの姿は、ホリィ達にも見せている。そこで、ライムリオが見たマクドロンの姿もホリィ達に伝えたいと思ったわけである。


「はっ、了解しました!」


 ライムリオは、シノブに向かって緊張した面持ちで敬礼をした。

 アルマン王国の偽装商船を鹵獲(ろかく)したこと、それを魔法のカバンという想像外の手段で運んだこと、巨大な竜や光翔虎と親しく接する姿、それらにライムリオは圧倒されたのだろう。彼の返答は、異国の伯爵に対するものとしては過剰なほど畏まっていた。


「ライムリオ様、こちらにお願いします」


 第二の隠し港への潜入まで僅かな時間しかない。そのため、アミィは早急に似顔絵を作成することにしたようだ。

 ホリィやミリィによれば、謎の若者グレゴマン・ボルンディーンや軍の高官らしき者は隠し港にはいないらしい。しかし、多くの情報を渡しておけば何かの役に立つかもしれない。彼女は、そう思ったのだろう。

 アミィは、ライムリオや彼と同様にジェリール・マクドロンを見たことのある数名を伴い、城の中へと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「父上! 私も作戦に加えて頂けないでしょうか!」


 フェデリーコ十世の背後に控えていた虎の獣人の若者が、いきなり鋭い叫び声を上げた。それを聞いて、感動のまま光翔虎と語り合っていた王達は、一斉に彼に振り向く。

 興奮を(おもて)に表した彼は、第二王子のティルデム・デ・ガルゴンである。虎の獣人特有の黒い筋の入った金髪に、鋭い光を放つ金色の瞳の持ち主だ。大柄な者が多い虎の獣人の例に漏れず、立派な体格の若者である。


「ティルデム……」


「どこから聞いたのだ?」


 父であるフェデリーコ十世と祖父のカルロス十世は、困惑した表情であった。

 シノブ達がアルマン王国の隠し港に潜入することは、まだ一部の者しか知らない筈である。もちろん王や王太子の側近には密かに伝えてはいるが、(おおやけ)の場で口にするようなことではない。

 それを思ったのであろう、二人は一瞬だけシノブに視線を向けると、第二王子に問い(ただ)すような口調で語りかけた。


「どこでも良いでしょう。西海で何か起きているのは事実なようです。しかし我が国は、それを傍観するのみなのですか? 他国の言うことを鵜呑みにしていて良いのですか!? 我がガルゴン王国の武威を示すときではありませんか!?」


「ティルデム、シノブ様にお任せすべき」


 だんだん激昂してきたらしい弟に、エディオラが(あき)れを含む声音(こわね)で語りかけた。

 エディオラとティルデムは、共に第二王妃クラリーサの子供だ。しかしナタリオによれば、エディオラはティルデムと仲が悪いらしい。もしかすると冷静な性格で合理的なエディオラは、激情家の弟と肌が合わないのであろうか。シノブは二人のやり取りを見ながら、そんなことを考えた。


「姉上! 姉上は女性だから、それでも良いでしょう! しかし、私や王太子殿下は男です! このような事態に引っ込んでいるなど、将来国を率いる者に相応しくありません!」


 ティルデムは、シノブの側にいる王太子カルロスへと僅かに視線を向けたようである。しかし、それは一瞬のことで、彼は再び父王へと体を向けなおした。

 エディオラだけではなく、ティルデムも姉を苦手としているのではないか。確かに直情的な彼は、姉と議論しても勝てないかもしれない。そう思ったシノブは内心苦笑した。

 そしてシノブは、ティルデムが王太子とも距離を置いているらしいと感じていた。やはり彼は、自身が王となりたいのであろうか。しかし、シノブが見るところ、王太子の方が成熟した人物であり、王に向いているようだ。また、武力の面でもティルデムが劣るようである。

 もっとも、これは仕方が無いことであろう。王太子は三十二歳でティルデムは十七歳だ。政治にしろ軍事にしろ、これだけの年齢の差があれば肩を並べることすら難しいのではないか。


「カンビーニ王国もシノブ様にお任せしている。それに、急に参加しても役に立てない」


 エディオラは弟を制そうと彼の肩に手を掛けた。

 国王と先王は、第二王子の激発に怒りを覚えているようだ。二人の顔は鋭く引き締められている。そもそも、王が内密にと伏せた件がティルデムに漏れていること自体、問題である。

 しかしティルデムの意見は、ある意味正論であった。自国の船が攻撃されているのに、その対処をシノブ達だけに任せて良いものか。確かにシノブ達が持つ魔道具は彼らの理解の及ぶところではないし、シノブやアミィは神からの恩恵を授けてくれた。だからと言って、指を(くわ)えて傍観すべきか。

 どうやら周囲の武人達も、そんな思いを(いだ)き始めたようだ。彼らは当初ティルデムの無礼と言うべき行動に非難の視線を向けていたが、一部には同調めいた気配が漂い始める。

 国王達がティルデムを強く叱責しないのは、そんな空気を察したからだろう。


「姉上と話すことはありません! それに、カンビーニ王国が惰弱なのです!」


「あっ!」


 ティルデムは肩に添えられた姉の手を打ち払った。するとエディオラは、そのまま地に倒れてしまう。虎の獣人であるティルデムは、力も有り余っているのだろう。


「エディオラ殿!」


 女性への乱暴な振る舞いに、シノブは思わず一歩踏み出した。しかし、彼は思わぬ人物の出現に足を()めることとなる。


「閣下、私にお任せを……」


 エディオラを抱え起こすために進もうとしたシノブを留めたのは、カンビーニ王国の公女マリエッタであった。彼女はフランチェーラ達、学友である三人の伯爵令嬢を従えている。

 光翔虎のバージとパーフは、カンビーニ王国の聖獣である。その訪れを知った彼女は挨拶に来たらしい。


「……ティルデム殿下。いくら隣国の王族とはいえ聞き捨てならぬ暴言」


 マリエッタは騎士鎧を(まと)った凛々しい姿であった。シノブ達一行は、隠し港への潜入に備えて臨戦態勢を取っていた。それに、友好国とはいえ不穏な空気の漂うガルゴン王国である。したがって、アルマン王国に出向かないマリエッタ達も鎧を着用しているのだ。

 装いのせいか、マリエッタの言葉は一層重々しく周囲に響く。そして口にした言葉と同じく険しい表情の彼女は、一直線にティルデムに向かっていく。


「な、何を! この小娘が!」


 ティルデムは、左の篭手の内側に手を掛けつつ歩み寄るマリエッタに動揺の滲む声音(こわね)で言い返した。

 彼はシノブより僅かに背が高く、それに相応しい立派な体格の持ち主だ。同じ虎の獣人であるマリエッタも十二歳という年齢に似合わぬ大柄な少女だが、頭一つ近い身長差がある。


「ティルデム!」


「マリエッタ殿! 息子の無礼、この父が詫びますぞ!」


 幾ら何でも一国の公女、現国王の孫に対し小娘は無いだろう。血相を変えた先王と国王が、マリエッタへと走り寄ろうとする。今の彼女は表向きシャルロットの側付きの女騎士であるが、それは建前上のことだ。したがって、二人の行動は当然のことである。


「……お気遣い無く。私もカンビーニの武人です。自国の勇は自身で証明しましょう!」


 何と、マリエッタは篭手を外すとティルデムの顔面目掛けて投げつけた。どうやらかなりの身体強化をしていたらしく、篭手は物凄い勢いで飛んでいく。


「ぐあっ!」


 マリエッタが投げた篭手は、ティルデムの顔に見事に命中した。

 シノブの見たところティルデムは避けようとしたらしいが、マリエッタの投擲(とうてき)があまりに素早かったためか充分な身体強化が出来なかったようだ。失神した彼は、あっけなく崩れ落ちてしまう。


「おやおや、決闘の申し込みをしたばかりなのに……閣下、この場合は私の勝利で良いでしょうか?」


「……さあ? 私はこちらの風習に詳しくないからね」


 してやったりと笑みを浮かべたマリエッタに、シノブは思わず苦笑した。やはり、彼女は最初からティルデムの顔面を狙っていたらしい。自国への侮辱、エディオラへの乱暴、それらが彼女の怒りに火をつけたのだろう。


「ありがとう、大丈夫……マリエッタ様の勝ち」


 エディオラは、助け起こすフランチェーラ達に礼を言いつつ立ち上がる。そして彼女は僅かに微笑みを浮かべながら、マリエッタの勝利を宣言した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「確かに、ここはアルマン王国ですね……」


 王太子カルロスの眼下に見えるのは、どこにでもあるような海岸と大海原である。しかし、海洋王国の次期国王である彼は、遠く東の巨大な半島やその北部の大山脈から、ここが自国の北西に位置するアルマン島だと理解していた。

 ここはアルマン王国の遥か上空、二つ目の隠し港がある海岸の真上なのだ。


「シノブ殿が嘘を()くわけがありませぬ! さ、寒いのじゃ……」


 どこか自慢げな表情で王太子に答えたのは、マリエッタである。

 しかし彼女が満面の笑みを見せていたのは一瞬であった。吹き付ける強い風にマリエッタは大きく身震いすると、小声で呟きながら鎧の上から着たフードつきのローブの前を合わせる。


──障壁を強くしたぞ──


「ありがとうなのじゃ~」


 バージが()えると、マリエッタは頬を緩ませた。彼女の周囲は風が収まり、しかも暖められている。どうやらバージは、障壁に加えて保温までしたらしい。


 マリエッタがいるのは、高空に上がった光翔虎バージの背の上であった。王太子カルロスは、同様に自国の森に棲むダージに乗っている。なお、ダージには更に数人のガルゴン王国の軍人が同乗している。

 ダージも既に神々の御紋の付いた装具を着けている。王都ガルゴリアの大神殿には、彼らの来訪に合わせたように、新たな装具が届けられていたのだ。

 もっとも、玄妙な光を放つ御紋を見ることが出来るのは、マリエッタ達だけである。二頭の光翔虎は、自身の力で姿を消しているからだ。


「マリエッタ殿、普段通りに話して下さい。ここは城でも何でもありませんし」


「す、すみませぬ……のじゃ」


 マリエッタの中途半端な返答に、王太子と共に乗っていた武人達は頬を緩ませていた。どうやら天真爛漫(らんまん)なマリエッタは、ガルゴン王国でも好意的に受け入れられたようだ。


「シノブ殿のご厚意で、アルマン王国が奴隷を使っていたこと、この目で確かめることが出来たな」


「偽装商船や軍務卿の署名で間違いないと確信していましたが……」


 暫しマリエッタに笑みを向けていた王太子は、背後に体を捻り声を掛ける。すると、同乗していた司令官の一人、王都守護軍の総司令ライムリオが頷いた。彼は、海軍上がりの軍人として、実検に加わったのだ。


 第二王子ティルデムの言葉は無礼であったが、ガルゴン王国として何も確かめないままだという指摘には一理あった。そこでシノブは、王太子カルロスや配下の司令官達を、隠し港の攻略に伴ったのだ。そうなれば、カンビーニ王国の者に見せないのも不公平であり、マリエッタを連れて来たわけである。

 本来なら、疑いの言葉を発したティルデムこそ同行すべきであったかもしれない。しかし激怒した国王により、彼は城の一室に監禁された。それにシノブも、ティルデムが一緒では彼の暴発で作戦が失敗するかもしれないと懸念した。そこで、王太子直々に確かめることとなったわけだ。


「出来れば、我が国で取調べをしたいところです」


「仕方ない。作戦を行ったのはメリエンヌ王国の軍人達だ。我らが成果だけ横取りするわけにはいかないだろう」


 王太子カルロスは、残念そうな配下へと声を掛ける。

 シノブ達は、都市オベールにいるメリエンヌ王国の王太子テオドールと連絡を取りつつ作戦を実施していた。再びの作戦に備え、テオドールにも魔法の家の呼び寄せ権限は付与している。そのため、作戦に加わったのは前回と同じく都市オベールで待機していたメリエンヌ王国の軍人達であった。


「シノブ殿は、後でガルゴン王国の監察官をオベールに送ると言っていたのじゃ。だから、一緒に調べると良いのじゃ」


 マリエッタは、来る道筋でシノブ達が話していたことをガルゴン王国の軍人に伝えた。

 いきなり他国の軍人と共同作戦を行うわけにはいかないが、取調べは合同で行った方が効果的だ。そう考えたシノブ達であったが、慌ただしかったためガルゴン王国側に伝え忘れていたのだ。


「おお! それはありがたい!」


「戻ったら監察官を召集しなくては!」


 王太子カルロスや、ガルゴン王国の軍人達は一様に笑顔となっていた。やはり自国の商船や護衛の軍艦を沈めた相手は、自分達の手で調査したかったのだろう。


「メリエンヌ王国と協力すれば、すぐに航行の安全も取り戻せますね!」


「しかし、西の海軍もだらしが無い! 本気で護衛をしていたのか!?」


 軍人達は先々のことなどを、口々に話し出す。彼らは競争相手のアルマン王国に(おく)れを取っていたのが、よほど屈辱だったのだろう。

 メリエンヌ王国は、火矢に使うための発火の魔道具をガルゴン王国に供与した。それにメリエンヌ王国海軍もルシオン海での警戒体勢を強化している。

 これらも軍人達の士気を高めたのだろうが、それにも増して実際に敵の偽装商船や隠し港を目にしたのが大きいようである。


「西の諸領が成果を挙げていないのは事実だ。しかし、何の手がかりも(つか)めなかった我らも大きなことは言えない」


「殿下の仰る通りだ! シノブ殿のお陰で我々の功では無いのだぞ!」


 王太子カルロスは、マリエッタがいるせいか西のビトリティス公爵派について明確には触れなかった。

 ガルゴン王国では、各領主の軍権は大きい。地方の王国軍は、公爵から伯爵までの大領主が方面軍の司令官を兼ねている。そのため西の海軍の活動が低調だとすれば、それはビトリティス公爵派の思惑が絡んでいる可能性は高い。

 しかし、それを今ここで言っても仕方が無い。王太子は、そう思ったのではなかろうか。そして彼に同調するように、王都守護軍の総司令ライムリオも大きな声で部下達の引き締めにかかる。

 マリエッタは、そんなガルゴン王国側の会話に口を挟むことはなかった。しかしその一方で、彼女はさりげなく彼らの様子を観察しているようだ。もしかすると、彼らが今後の戦いで頼りになるか見定めようとしているのかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 上空の雰囲気が少々微妙な方向に向かっている最中も、地上の作戦は順調に進行していたようだ。その証拠に、ダージが()え声で人間に語りかける。


──娘から連絡があったぞ。もうそろそろ終わるらしい。全て予定通りだそうだ──


 ダージは、下の様子をマリエッタ達に伝える。実は、彼の娘であるメイニーは、シノブ達と一緒に隠し港にいるのだ。といっても、元の巨体のままではない。何と彼女は、人間並みに小さくなってシノブに同行していた。

 魔法のカバンには、新たにアムテリアが授けた竜や光翔虎のための腕輪が入っていた。今までは幼竜や幼獣向けのものしか無かったが、今回は大人向けのものが、それぞれの分だけ授けられたのだ。

 そのため、五頭の光翔虎の成獣は、全て体を小さくして魔法の家に収まり、作戦に加わった。今は洞窟の中にメイニー、上空にはバージとダージ、残りの二頭パーフとシューフも姿を消して周囲の警戒をしている。


「無事に終わって良かったのじゃ!」


──その通りだな──


 マリエッタの言葉に、バージが同意する。ここは最初の隠し港とは違って、罠も無く魔術を使う者も現れなかった。そのため、調査や救出は事前に立てた計画通りに進行した。

 まずはホリィが魔法の家でシノブを呼び寄せた。そして、シノブが隠し港にいた者達を催眠の魔術で眠らせ、それから魔法の家を使って港にイヴァールや軍人達を連れて来る。一回やったことでもあり作戦に加わった者達の手際も良い。そのため港の調査は、大して時間も掛けずに進んでいく。

 そこで、王太子達は外の見張りを兼ねて上空に上がったわけだ。


──それに、今回は山の民が大勢救出できたと言っている──


「おお!」


「凄いのじゃ!」


 ダージの続けての知らせに、王太子やマリエッタは大きな笑みを浮かべていた。

 こちらの港には、最初の隠し港での出来事が全く伝わっていなかったらしい。そのため、ドワーフの職人達は港に接岸している船の整備を続けていたし、彼らを監督する者達にも警戒した様子はなかった。

 もっとも、最初の隠し港で救出作戦をしてからまだ一日経っていない。それに、ホリィが謎の男グレゴマン・ボルンディーンと戦ってからも、せいぜい丸一日といったところだ。アルマン王国の対応が遅いというより、シノブ達の行動が早すぎるというべきであろう。


──そろそろ撤収だそうだ。戻って来いと言っている──


「了解なのじゃ!」


 既に高度を下げつつあるバージに、マリエッタが嬉しげな声で答える。

 やはり彼女は寒いところが苦手らしい。実は、彼女が羽織っているローブは、シノブが貸した魔法装備である。内部を適温に保つローブを付けていれば、外気の影響は殆ど無い筈だが、それでも高空は心理的に冷えるのかもしれない。

 その隣のダージの背の上では、王太子カルロスや、ガルゴン王国の軍人達も嬉しげな顔をしている。もっとも、こちらは単に凱旋気分なのかもしれないが。


 二頭の光翔虎は溢れる笑顔を乗せたまま、海に向けて口を開ける洞窟へと飛翔していった。そんな彼らに、(まぶ)しい太陽が優しい祝福の光を投げかけていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年11月23日17時の更新となります。


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