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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
306/745

14.21 青の古城

 ガルゴン王国の王都ガルゴリアは丘の上に造られた都市である。その中央の最も高いところに、王の住まう『蒼穹(そうきゅう)(じょう)』は存在した。


 『蒼穹城』の名は、屋根を覆う青瓦からのようだ。確かに王都を睥睨(へいげい)する城で一番目立つのは、色鮮やかな青屋根であった。

 城の壁面は白い大理石のような岩であり、装飾も無ければ窓も小さい。そして垂直に立ち上がる壁や巨大な円柱のような塔は、どこか人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。

 しかし上に被さった青は、それらの硬さを和らげている。四角い建物の上には三角の、丸い塔の上には円錐形の屋根が被さり、海にも勝る鮮やかな蒼の輝きが華を添えているのだ。


「綺麗な屋根だね……」


 大神殿は『蒼穹城』に隣接していた。それ(ゆえ)最初にシノブが目にしたのは、(いか)めしい壁面であった。

 壁面には窓も少なく、登攀を警戒したのか凹凸(おうとつ)も存在しない。そのため、まるで一個の巨大な岩の塊のようでもある。

 そして、どこまで上に続くのだろう、と見上げたシノブの瞳に映ったのは、天を突く円錐や巨大な三角の青だった。素っ気無い壁の上には、空の青とも海の青とも呼べる見事な色彩が広がっていたのだ。

 シノブ達は、都市バルカンテに着いて早々にガルゴリアへと転移した。したがって(いま)だ時間は早く、美麗な青屋根は昇りつつある朝日を反射し(きら)めいていた。


「あれは聖人が指揮して造った。聖人は『城といえばこうでなくては』と言って設計したらしい」


「垂直な壁や円柱の塔は、元々あった『ミティエラ様式』でも多かったのです。ですが壁は地肌のままで屋根も尖らせることは無く、実用一辺倒でした」


 シノブ達が乗る馬車には、ガルゴン王国の王女エディオラ・デ・ガルゴンと、駐メリエンヌ王国大使の息子ナタリオ・デ・バルセロが同乗している。二人は、窓から城を見上げるシノブへと、『蒼穹城』や同時期の建築について説明していった。

 『ミティエラ様式』のミティエラとは、ガルゴン半島の旧名である。建国が成った後、半島に国の名を冠したのだ。カンビーニ王国は、建国以前の建築様式を『純カンビーニ様式』と改称したが、こちらはそのようなことも無く、従来の呼び名がそのまま残ったわけだ。

 『ミティエラ様式』と『純カンビーニ様式』は、巨石を多用しているという点では共通している。しかし『純カンビーニ様式』が古代ローマの神殿や闘技場のように美しい建築物であったのに対し、『ミティエラ様式』は実用面が優先されたのか無骨なものらしい。


──『城といえば』ねぇ……確かに、絵本のお城みたいだけど。白雪姫とか──


 シノブは、子供向け映画で見た城を思い出した。確かにあの城は、こんな感じだった。そう思った彼は、アミィへと思念で問いかけた。


──似ていますね……あれの元になったのはスペインの城でしたか──


 アミィは苦笑気味の思念を返してきた。

 この国の聖人は奇矯な振る舞いが多かったらしいが、『蒼穹城』を見る限り美的センスは優れていたようだ。そのためか、アミィは(あき)れつつも素直に感嘆しているようであった。


「聖人の最初の作品は『蒼穹城』なのですか?」


 シノブがアミィと密かにやり取りしている横で、シャルロットがエディオラ達に問いかけていた。

 ガルゴン王国の初代国王となったカルロス・ガルゴンは、この地の出身だ。しかも彼と息子のフェデリーコが、建国を助けた聖人ブルハーノ・ゾロと出会ったのも、この近辺だという。ならば聖人が初めて手がけたのが『蒼穹城』である可能性は高い。


「はい。他の砦や城壁の建造にも関わったとは思いますが、現在まで残っているものでは『蒼穹城』が一番古い建物です。

そして『蒼穹城』は聖人が後々まで手を加えたこともあり、最初にして最高の傑作と言われています」


「聖人は謎が多い。派手好きで突飛な行動が目立つのに、授けた技術は後世の学者も越えられない完璧なもの。神々の使徒だから当然かもしれないけど……」


 ただただ感嘆するのみ、といった(てい)のナタリオとは違い、エディオラは少々疑問混じりの表情を浮かべながら、シノブへと視線を向けた。

 おそらくエディオラは、シノブのことも神の使徒だと思っているのだろう。確かにシノブも『アマノ式伝達法』や『アマノ式魔力操作法』のような新たな知識を授けたから、そう考えるのも無理はない。


 とはいえ、そういったエディオラの想像は、シノブにとって好都合な面もあった。

 王都の大神殿に転移したシノブを、ガルゴン王国の王族や貴族は礼を尽くして持て成そうとした。しかし彼女は、シノブ達が転移という神秘の手段で現れたのは時を惜しんだアムテリアの意思だと告げ、城に移動するよう急かしたのだ。


「聖人のお考えは私にはわかりません。神々の御業(みわざ)には私達の想像も出来ない何かが隠されているのでしょうね」


 シノブは、自分を見つめるエディオラに苦笑と共に返答した。

 聖人ブルハーノ・ゾロは、敵の胸に印を刻んでから倒すなど、変わった人物だったらしい。しかし、その一方で他の聖人と同じく、建築や都市設計などに関する高度な知識を遺している。

 もしかすると自分の行いも、そのような突飛な振る舞いと思われていたのでは。そう思ったシノブは、今更ながら過去の出来事を振り返り、おかしなところが無かったかと自問自答していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 『蒼穹城』の名は、単に外の青屋根から来たものでは無いらしい。城内には、外にも勝る(まばゆ)い青が随所に用いられていた。

 天井や柱は紺碧や群青に塗られ、壁画も海や空を描いたものが多かった。もしかすると、城の小さな窓では見えない天空や、王都からは望むことが出来ない大海原への憧れが、それらを描く原動力となったのかもしれない。そう思ってしまうほど、海と空への憧憬が顕わな内装である。


 それは、シノブ達が通された会議用の広間も同じであった。他所と同じで盗聴防止が優先されたらしく、扉が一つだけで窓も存在しない広間には、まるで外にいるかと錯覚するくらい素晴らしい風景画が一面に描かれていたのだ。

 天井は突き抜けるような青空、そして周囲は一方が緑の深い森と背後に白く輝く高山、残る三方が(きら)めく海原である。おそらく、北西部にブランピレン山脈が(そび)え残る周囲を海で囲まれたガルゴン半島を模しているのだろう。


 だが、その素晴らしい絵画を眺めることが出来る者は、今は僅かしかいない。

 広間の大テーブルを囲んでいるのは、ガルゴン王国からは城主であり国王であるフェデリーコ十世と王太子カルロス、そして先王のカルロス十世だ。


 そして、テーブルを挟んで席に着いたのは、シノブとシャルロットにシメオン、それに一行をここまで案内してきたオベール公爵の嫡男オディロンだけである。

 実は、『蒼穹城』へと移動する道筋で、シノブの通信筒にホリィからの連絡が入った。アルマン王国の海岸に二つ目の隠し港を発見したという知らせである。それをシノブから思念で伝えられたアミィは、イヴァールやマティアス達と共に潜入の準備をしている。

 そのため、メリエンヌ王国側も僅か四人の出席となったのだ。


「シノブ殿。我が国にも転移を授けて下さったこと、感謝する」


 国王フェデリーコ十世が豊かな栗色の髪が目立つ頭を下げると、両脇の父と息子も同様に謝意を示した。

 彼らは、(いず)れも栗色の髪に濃い茶色の瞳が目立つ人族の男性だ。僅かに濃い肌と合わせ、これらは初代国王から受け継いだ形質らしい。

 カンビーニ王国の王族が銀髪の獅子の獣人であったように、ガルゴン王国でも、初代からの血が強く受け継がれているのだろうか。シノブは、顔を上げた三人の小麦色をした(おもて)を見ながら、内心密かに神々に祝福された王家について思いを巡らせていた。


「いえ、奴隷制度を廃するために立ち上がったガルゴン王国に対する神々の褒賞です。私が願っても、神々のお考え次第では、転移を授かることは無かったでしょう」


 しかしシノブは、それらの思いを出すことは無く、王の言葉に答えた。

 シノブとしては、早急にガルゴン王国との会談を終え、アルマン王国に向かいたい。二つ目の隠し港には、前回同様にドワーフの職人達がいたのだ。


「とはいえ、我らは物資と人を提供しただけだった……」


 カルロス十世は七十を幾つか越えた老人であり、頭には半分くらい白髪も混じっている。しかし、その容貌は年齢よりも遥かに若々しい。


「先王陛下、これからのことを相談すべきでしょう」


 王太子のカルロスは、穏やかな物言いの男性であった。エディオラより十歳上だというから、三十二歳であるが、こちらも幾分若いように感じる。しかし、その挙措は王太子らしく洗練されたもので、父や祖父と似た優れた武人であることを窺わせる偉丈夫であった。

 だが虚礼を廃するあたり、彼は異母妹のエディオラと似た合理主義者なのかもしれない。もしかすると身近に理解者がいたからこそ、エディオラが個性的なまま魔術に没頭できたのであろうか。シノブは、王太子の短い言葉から、そんなことを感じていた。


「うむ。そうであった」


「それでは……」


 先王が頷いたのを見て、シノブは懸案の事柄について語りだした。シノブは、最初に彼自身やメリエンヌ王国が用意した手土産について伝えていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、拿捕したアルマン王国の偽装商船の半数を持ってきた。魔法のカバンで運んだこれらは、アルマン王国の無法を示す証拠となるものだ。

 偽装商船には、アルマン王国の軍人が記した日誌など、船籍を証明し海上での暗躍を示すものも残っていた。それに、港で押収した奴隷とされたドワーフについて記した文書もある。これらは、ガルゴン王国の決起を促すに充分なものであろう。


 またメリエンヌ王国からとして、火矢に使う発火の魔道具を多数供与する。もちろんガルゴン王国が一致団結しアルマン王国への戦に加わるのが条件だが、アルマン王国の艦船に対抗可能なこれらも大きな後押しをしてくれるだろう。


 そして訪問を後回しにした詫びとして、フライユ伯爵領で治癒術士のルシールが完成させた治療の魔道装置を渡す。これは、ガルゴン王国が対アルマン王国に立ち上がるかどうかと関係なく贈与する。

 治療装置の贈呈は、前の二つと比べて地味ではあるが、実は非常に大きな意味を持つ。この世界では風邪や肺炎などの治療は薬草によるものが殆どであり、重篤な患者には効果が低かった。しかし、今回贈る魔道装置は、かなり高い治療率を誇っているのだ。

 シノブの理解するところでは、薬草は単なる薬効成分だけではなく魔力を多く含んでいるらしい。魔獣の棲む森などに多く手に入れることは困難だが、患者の症状が軽度であれば効果は大きいという。

 しかし薬草が持つ魔力は、病の原因である細菌やウィルスも活性化するようだ。そのため患者の体力が落ちた場合、症状の改善に繋がらないようである。

 それに対し、治療の魔道装置は選択的な回復を実現している。したがって従来の治療方法とは違い、病の進行度に関わらず治癒率は高かった。


「何と、そのようなことが!」


「今まで伏せていて申し訳ありません。ですが、これらの秘事を書面や通信でお伝えするわけにもいきませんから……」


 驚愕する国王フェデリーコ十世を見て、オベール公爵の継嗣オディロンは済まなそうな顔をしていた。


 ガルゴン王国も、カンビーニ王国と同様に『アマノ式伝達法』による通信網を構築していた。

 昨年末の帝国との戦い以降、メリエンヌ王国では急速に通信網を整備し、多方面に活用していた。それを知ったガルゴン王国やカンビーニ王国は、年明け早々に自国での整備を開始したらしい。それから既に三ヶ月以上、両国も主要都市への伝達は新式の通信で行うようになっていた。

 とはいえ、それらは視界の(ひら)けた場所を光や腕木の動作で伝えていくものだ。したがって、例え暗号を用いても国家の重要事を伝えるには不安な場合もある。

 ならば、従来通り伝令騎士を走らせれば良いかというと、これも相手が信頼できなければ難しい。ガルゴン王国の内部事情次第では、密書の内容が漏れる可能性もあるからだ。それに、ガルゴン王国がアルマン王国と通じているなら、みすみす敵に内情を明かすようなものである。


「いえ、当然のことです。我らが信頼に足るかどうか、それを見極めずに伝えるわけにはいかない……陛下、これは早急に諸侯を召集すべきではないでしょうか? 幸い、シノブ殿が転移を授けて下さいました。今なら各地の領主を呼ぶのは容易です」


「そのように取り計らっていただけると助かります。転移は大神アムテリア様の御心に(かな)う者にしか許されません。帝国の影響を受けた者が紛れ込んでいたとしても、選別可能です」


 王太子カルロスに頷いてみせたのは、シメオンであった。

 シノブは、そこまで率直に言うかどうか迷ったのだが、シメオンは予断を許さない上に急展開していく事態に、言葉を飾ることを()めたようだ。彼は普段通りの表情の少ない顔を保っているが、その声音(こわね)には常以上の鋭さが潜んでいた。


「シノブ殿、その治療の魔道装置というのは、すぐに使えるのかな?」


 先王カルロス十世は、最後の治療の魔道具に大きな興味を示していた。実は、彼の妻の一人である第一夫人エルミラは、病で臥せっていたのだ。


「はい、既にアミィがエディオラ殿下に引き渡しています」


「アミィは優秀な魔術師です。きっとエルミラ妃殿下も快方に向かうと思います」


 先王夫妻の事情については、道中でエディオラから説明を受けていた。そこでシノブとシャルロットは、期待の表情のカルロス十世に優しく頷いてみせる。


「済まぬ、この大事(だいじ)に妻のことなどとは思うのだが……」


「人として当然のことです。それに妻や家族を慈しむお心は民への仁慈へと繋がりましょう」


 恥ずかしげな先王に、シャルロットは温かな言葉を掛けていた。歳をとっても仲良さげな様子は、彼女の琴線に触れるものがあったようだ。


「陛下、我々は拿捕した船を引渡したら、アルマン王国に再度の潜入をします」


 シノブは、魔法の家での転移についても国王達に伝えていた。その辺りを話さないことには、短時間での救出や船の回収を説明するのが困難だったからだ。

 もっとも、具体的な手段には触れなかったし、最重要の機密として口外しないように頼んでもいる。幸い、大神殿での神秘の体験があったため、彼らはシノブの依頼を断るようなことはなく秘密厳守を誓っていた。


「了解した。船は軍本部の訓練場に出すのであったな。先ほども言ったが、それらはシノブ殿の思うとおりにして頂いて構わない。息子を同行させよう」


「シノブ殿、それでは参りましょうか? 軍本部に行けば、アルマン王国の軍人に詳しい者もいますし」


 国王フェデリーコ十世は頷き、王太子カルロスは立ち上がる。

 ガルゴン王国の海軍は、アルマン王国と海上で衝突することも多いという。そのため互いに研究は重ねているし、稀に拿捕した船や兵士の引渡しで会うこともある。友好的な接触では無いだけに限定的な情報しか持っていないが、それでもアルマン王国の高位軍人についてはメリエンヌ王国より詳しいようだ。

 隠し港からは、アルマン王国の軍務卿ジェリール・マクドロンの名が記された書類が発見された。そしてアルマン島の内陸を調べているマリィには、謎の男グレゴマン・ボルンディーンが見つからない場合、軍務卿の調査に移るように指示している。

 そのためシノブは、少しでも良いから軍務卿に関する情報をマリィに伝えたかったのだ。


「お願いします」


 王太子と同時にシノブ達も席を立っていた。そして彼らは、光り輝く風景で囲まれた会議室を後にする。

 シノブは、ガルゴン王国の空に山そして海を描いた室内を横目で見ながら、足早に歩んでいた。聖人は、そして初代国王は、この自然がいつまでも続き自国の民が永く栄えることを望んでいたのだろう。それだから、戦を諮る場に敢えて美しいものを置いたのではないだろうか。

 祖国を鮮血にて染め炎で焼く前に今一度良く見ろ。シノブは、そんな言葉が聞こえたような気がしていた。しかし、戦ってこそ守れるものや救えるものもある。そんな矛盾を自身の胸中で反芻(はんすう)しながら、シノブは仲間の下に戻っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アミィから魔法のカバンを受け取ったシノブは、ガルゴン王国の軍本部へと赴いた。なお、アミィはシノブと共に来たがったが、シャルロット達の護衛として城に残している。

 シノブは、国王フェデリーコ十世を始めとするこの国の主要な王族に好感を覚え始めていた。しかし彼ら以外が何かを(くわだ)てる可能性もある。

 幾ら武力で勝っていても、食事に薬を混ぜるなど搦め手で来られては不覚を取るかもしれない。そういった諸々の事態を考えると、アミィをシャルロット達の側から離すわけにはいかない。


 シノブ達にとって好都合なことに、昼食までは随分と時間があった。そこでシャルロット達は『蒼穹城』の中にある迎賓館に移動し、そこで寛いでいる。

 フェデリーコ十世は、迎賓館に僅かな侍女などを残すだけでシノブ達に明け渡していた。それに彼は館内での武装に制限をしなかった。これは、緊迫した情勢を加味した措置である。

 そのためイヴァールやメリエンヌ王国の軍人達は、友好的な使節団とは思えない重武装で迎賓館を守護しており、シノブとしては少々気が(とが)めてはいた。

 もっとも客人の様子など気にする者はいなかっただろう。何故(なぜ)ならガルゴン王国の軍人達の視線は、自国の商船を襲っていたアルマン王国の偽装商船に釘付けであったからだ。


「こ、これが……」


「凄い……」


 シノブは王太子カルロスやガルゴン王国の軍人達と共に、魔法のカバンから取り出した偽装商船へと乗り込んでいた。彼は軍本部の訓練場に船を固定するための土台を岩壁の魔術で出して、その上に偽装商船を並べていったのだ。

 流石に司令官級の軍人は、驚きを最小限に抑えていた。彼らの多くは大神殿での出迎えに加わっていたから、まだ耐性が出来ていたのだろう。王太子に続く高級軍人達は顔を引き()らせてはいたが、礼儀正しく一連の出来事を見守っていた。


「おかしいな……船ってカバンから出てくるものなのか?」


「気を確かに持て。あの方は神の使いなんだよ」


 しかし後ろに控えていた士官達は、そうもいかなかったようだ。彼らはシノブが魔術で船の土台を一斉に出現させる様子にどよめき、偽装商船を置いて回る姿に後退(あとじさ)り、タラップ代わりに岩の階段を造る光景に呆然(ぼうぜん)としていた。


「確かにジェリール・マクドロンの筆跡です!」


「ええ、間違いありません!」


 軍の高官達は、船内に積まれた書類を捲っては興奮が滲む叫びを上げていた。

 シノブや王太子カルロスが乗り込んだ船には、隠し港で回収した書類や物資の一部を積載していた。もちろんメリエンヌ王国にも充分な証拠物件を残しているのだが、適当なものを選んで持ってきたのだ。


「ライムリオ殿は、マクドロンと会った事があるのでしたね?」


 シノブはバルカンテ侯爵と良く似た赤毛に青い瞳の司令官に、アルマン王国の軍務卿ジェリール・マクドロンについて尋ねた。彼は、マクドロンと会話したことがあるという。


 実は、ライムリオはバルカンテ侯爵の嫡男である。

 ガルゴン王国の場合、伯爵家以上の当主は自身が領地経営をし、その代わりに嫡男などを軍人や内政官として国王の下に送り込む。その慣例に倣いライムリオは軍に入り、海軍で艦長や艦隊司令を務めてから数年前に王都守護軍の総司令に昇進したのだ。


「はい、捕虜交換で一度だけ顔を合わせました。嫌味な男です。こちらが十は若いからと見くびり、のらりくらりと言い抜けしまして……」


 ちなみにライムリオは三十一歳である。彼は、海軍時代に軍務卿になる前のマクドロンと捕虜交換で出くわしたそうだ。


「これは……これも……」


 航海日誌を捲っているのは、王都守護軍の副司令であるムルレンセ伯爵の嫡男フェルテオだ。彼は、虎の獣人に相応しい恐ろしげな唸り声を上げながら、自身が持ち込んだ書類と航海日誌を比較している。


「フェルテオ、そんなに多いのか?」


「はい、この分では全てではないでしょうか? この艦隊以外もある筈ですし」


 フェルテオは、王太子に悔しげな顔を向けて答えた。彼の顔は、怒りに赤く染まっている。


「そうか……ライムリオ、フェルテオ。この件は暫く内密にしろ。これだけの船を沈めておきながら馬脚を現さなかったのには、きっと何かある」


 王太子カルロスは、厳しい口調で二人の司令官に命令した。

 実は、ライムリオとフェルテオは二人とも王太子妃の兄である。ライムリオが王太子の第一妃エフィナの、フェルテオが第二妃ビアンカの兄だ。そういう背景もあり、彼らは王太子の腹心なのだという。


「仰せのままに!」


「……わかりました」


 ライムリオは綺麗な敬礼を返したが、フェルテオは僅かな間を置いて残念そうな声音(こわね)で答えるのみであった。

 東海岸に領地を持つバルカンテ侯爵家は元々国王派である。したがってライムリオは、西のルシオン海の騒動と国内の派閥争いが一気に片付くと期待しているようだ。

 しかしフェルテオのムルレンセ伯爵家は、西部に近くビトリティス公爵の影響も強いらしい。彼自身は王太子の側近でも、自家に近しい誰かが関与していると思うと、素直に喜べないのだろう。


「殿下! 閣下! 外に、外に!」


「勝手に近づくなと言っただろう! 炎竜イジェ様が来訪すると、フライユ伯爵閣下から教えて頂いたではないか!」


 ライムリオは、不機嫌そうな声音(こわね)で若手の士官を叱り飛ばした。

 シノブは彼らの姿を見ながら、炎竜イジェが思いのほか早く到着したことに、微かに微笑んでいた。どうやらイジェは、今回もかなりの速度で飛翔したようだ。


「いえ、それが、虎、虎、虎なのです!」


 シノブは、何度も『虎』と繰り返す士官を見て、奇襲でも始まったようだと少々ずれた感想を(いだ)いていた。もっとも、上空に見たことも無い相手が現れた士官からすれば、立派な奇襲なのかもしれない。


「何度も繰り返すな、みっともない! 光翔虎のフェイニー様だろう!?」


 ライムリオは、顔を真っ赤にして怒鳴った。賓客であるシノブの前で部下が慌てふためく(さま)は、彼に一際激しい怒りを(もたら)したようだ。


「いや、これは……ライムリオ殿、どうやら他の光翔虎も来たようです。どうも、五頭はいますね」


 若手士官の返答を聞いたシノブは、魔力感知能力を高め周囲を探ったのだ。

 フェイニーとその親であるバージとパーフだけではなく、更に三頭が接近してくる。それを感知したシノブは、憤然とした様子のライムリオに言葉を掛けた。

 竜とは違い光翔虎は、自身の魔力を隠すのが得意らしい。彼らはアミィが使う幻影魔術のように、自身の姿や魔力を巧みに隠す。そのため、シノブでも気を付けていないと接近を見逃すことがある。


「殿下、それに皆さん。彼らを出迎えに行きましょう」


 シノブは、笑みを浮かべつつ王太子達を促した。

 バージとパーフは、ガルゴン王国の光翔虎に会いに行くと言っていた。ガルゴン王国の同胞を訪問中のバージ達が、イジェの魔力を感知したのではないだろうか。いずれにしても、バージ達であれば警戒しなくても良いだろう。シノブは、そう思ったのだ。


──シノブさ~ん! そこにいるんですね~! メイニーさん達を紹介するから出てきてくださ~い!──


 シノブの脳裏にフェイニーの思念が響く。彼女が思念で伝えてきたメイニーとは、ガルゴン王国の光翔虎の一頭である。


「催促されました。やはり、こちらの光翔虎のようですよ」


 シノブは、偽装商船の船倉から歩み出て、甲板へと続く階段を上がり始めた。そして、期待に顔を輝かせた王太子達も続いていく。


──シノブさ~ん!──


 シノブが甲板に出た瞬間、フェイニーが飛び込んでくる。彼女は、シノブの魔力の位置から、どの船の中にいたかを察していたようだ。


「フェイニー、危ないよ!」


 シノブは、慌てて身体強化をすると前に数歩出てフェイニーを受け止めた。そのままでは、ひっくり返って後ろにいる王太子達にぶつかりそうだったからだ。


──お待たせしました!──


──オルムルさん、ありがとうございます!──


 そして、僅かに遅れてオルムルが寄ってくる。流石に彼女は体当たりを仕掛けることはなく、ふわりと甲板に降り立つとシノブに顔を擦り寄せる。

 更に、オルムルの上に乗っていたファーヴがシノブの背中にしがみ付いた。シノブは、前からフェイニー、右脇にオルムル、背中にファーヴと囲まれる。


──オルムルお姉さま、待ってください!──


 少し遅れて飛んできたのは、シュメイである。彼女は、まだ短距離の飛行しか許されていないため、イジェが運ぶ磐船が接近してから飛び降りたようだ。シュメイが残った左脇から寄ってきたため、シノブは遂に全ての方向を塞がれてしまう。


「シノブ殿。神殿での神々しい姿にも感動しましたが、そうやって竜や光翔虎の子供達に慕われる姿にも、また別の素晴らしさがありますね」


 王太子カルロスは、上空の巨竜や光翔虎の成獣より眼前の心和む風景に惹かれたようだ。彼は、しみじみとした声音(こわね)でシノブの後ろから語りかける。


「そう言って頂けるのは光栄ですが……皆、そろそろ良いかな? フェイニー、紹介はどうしたの?」


──忘れていました~! シノブさんの魔力が美味(おい)しいのがイケナイんです~!──


 飛翔で疲れたフェイニーは、シノブの魔力を吸収するのに夢中だったようだ。

 フェイニーの暢気(のんき)な思念に、シノブは思わず笑ってしまう。無邪気な幼子達の姿が、ほんの一時だが西海の不穏な出来事を忘れさせたのだ。

 シノブの笑みにカルロス達が続く。そして彼らは最前よりも遥かに明るい表情で、これからのことを語り始めた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年11月21日17時の更新となります。


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