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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第1章 狐耳の従者
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01.01 アミィにおまかせ

「シノブ様、シノブ様、起きてください」


 (しのぶ)は柔らかな声をかけられ意識を取り戻した。誰かが側にいて、忍の体を揺すっているようだ。どうやら忍は横になっているらしい。


「……うぅん、誰?」


 忍が目を開けると、そこには一人の小柄な少女が(ひざまず)いていた。それも十歳かそこらの幼い子だ。

 少女は日本人ではないようだ。夕日にも似た明るい色の髪とラベンダーのように輝く瞳の持ち主など、今まで忍は会ったこともない。


「あっ、気が付かれましたね! シノブ様、私は従者のアミィと申します! これからよろしくお願いします!」


 ハキハキとした口調でそう言うと、少女は深々と頭を下げた。

 お辞儀をしたため少女の頭の上が忍の目に入ったが、そこには狐のような耳がある。頭髪と同じ色の柔らかそうな短い毛に覆われた、明らかに地球人類とは違うものだ。

 そのため忍は、身を起こすのも忘れるほどの驚きを感じていた。


「えっと……アミィさん? 顔を上げてくれませんか」


 強い衝撃を受けたからだろう、忍は十歳近くも年下らしい少女に不自然なくらい丁寧な口調で呼びかけてしまう。


「アミィとお呼びください。それに敬語は不要です、私はシノブ様の従者ですから!」


 顔を上げた少女、アミィはにっこりと微笑んだ。そして彼女は、先ほどと同じく従者と口にする。


「従者って?」


 忍は、アミィと名乗る少女が繰り返した言葉を無意識のうちに呟いた。

 自分の名を知っていたことといい、この少女は何がしかの縁を持つ存在だ。忍は今更ながら、それに気が付いたのだ。


「私はアムテリア様から(つか)わされたシノブ様の従者です!」


 狐耳の少女が語る内容に、忍は驚愕(きょうがく)しつつも大きな安堵を感じていた。

 どうやら女神アムテリアは、早くも助けの手を差し伸べてくれたようだ。そう悟った忍は、知らず知らずのうちに顔を綻ばせていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 女神アムテリアが忍を送り込んだのは、森の中にあるちょっと(ひら)けた場所だった。彼が横になっていたのは、柔らかな木漏れ日に包まれた居心地の良い空間だったのだ。

 周囲は木々が生い茂る森だが、転移前にいた山中のような杉の木ではなく、ブナやナラのような広葉樹ばかりである。そして背の高い広葉樹やその下の草木は青々とし、生命力に満ち溢れている。

 木陰なのでさほど暑くはないが、かといって涼しくて困るほどでもない。おそらく夏かその前後なのだろう。ただし日本よりは湿度を感じず、爽やかな空気だ。


 体を起こした忍は、そのまま座りこんでアミィの説明を聞いていた。

 アミィによると、彼女は女神アムテリアの眷属である天狐族(てんこぞく)の一人だった。しかし忍の従者として地上に降りたときに、狐の獣人として新たに肉体を得たそうだ。


「狐の獣人は狐の耳と尻尾(しっぽ)があるんです!」


 そう言ってアミィは立ち上がると、クルリと一回転し尻尾を見せる。

 フサフサした尻尾は、根元から半分以上はオレンジがかった明るい茶色だが、先の方は白い。

 肩まで伸びた髪は、尻尾と同じオレンジに近い茶色で、頭の上には同じ色の三角に尖った耳がある。

 少し日に焼けた健康そうな肌に、可愛らしく整った目鼻立ち。薄紫色の瞳は宝石のように輝き、血色の良い唇は溌剌(はつらつ)とした声を響かせる。

 ニコニコと微笑みを浮かべた元気あふれる表情には、少女らしい可憐さが宿っている。

 背は高くなく、せいぜい身長140cmくらい。日本なら小学生の高学年といったところか。

 ほっそりと華奢な体には、厚手で長袖の白いシャツの上に、茶色の革ジャンのようなものを前を開けて羽織っている。ボトムはジャンパーと同色の革ズボンに、やはり同じ色のブーツを履いている。

 そして彼女は腰に短めの剣を差していた。剣など可愛らしい少女には不釣合いだが、使い慣れているのか自然な立ち姿だ。


(冒険者の装備って感じだな……)


 忍は日本で流行っていたゲームの装備を連想し、思わず微笑んでしまう。

 幼げな風貌をした自称獣人の少女がRPGに出てくるような格好をしているのは、忍にとっては非現実的な光景であった。だが、身に着けている装備はしっかりとした質感で、狐耳や尻尾も作り物めいた感じはなく自然に動いていた。

 それらを目にした忍は、これは現実なんだと自分に言い聞かせる。


「アミィが従者になってくれるのは嬉しいけど、俺の従者なんかでいいの?」


 女神の眷属だったのに、ただの人間の従者なんかで良いのかと思い、忍はついつい訊いてしまう。

 何しろアムテリアは、この惑星を統べる最高神だ。したがって眷属といっても、人間とは隔絶した力を持つ存在ということは充分にあり得る。


「シノブ様からはアムテリア様のとても強い加護を感じます。従者になれるのは光栄なことです!」


 アミィは薄紫色の瞳をキラキラ輝かせ愛らしい笑顔を浮かべながら、元気よく答えた。彼女の表情や声からは、忍に対する強い尊敬の念が感じられる。


「アムテリア様も加護があるって言っていたね。血を受け継いでいるとも言っていたし、そのせいかな?」


「はい、そうです!」


 忍の呟きを、アミィは大きな頷きと共に肯定した。やはり、転移前の女神の説明は真実だったのだ。


「あっ、話の腰を折って悪かったね! 続けてくれないかな?」


「いえ、とんでもありません! では、アムテリア様がご用意くださった品についてお伝えしますね!」


 忍はとりあえず納得し、アミィに説明を続けてもらうことにした。するとアミィは、まずはアムテリアが授けた道具について語ると言う。


「このカバンの中に、アムテリア様から授かった道具が入っています」


 アミィは、すぐ脇の地面に置いてあったカバンを見せる。一方の忍は赤茶色に染められたカバンを見て、どことなく自分が持っていたバックパックに似ていると感じた。


「これ、俺が持っていたバックパックみたいだね」


 忍は、どこか見たことがあるようなカバンに、懐かしさのようなものを(いだ)いた。そのため彼の声音(こわね)は柔らかさが増す。


「実はこれ、シノブ様がこちらに来る前にお持ちだったカバンを、アムテリア様が作り変えたものなんですよ!」


「えっ、そうなんだ!?」


 忍が既視感を覚えたのは、偶然ではなかったようだ。

 アミィの説明によると、アムテリアが授けた道具は全て忍の持ち物を作り変えたものらしい。地球の持ち物を持ち込めない代わりだという。


「アムテリア様は慈悲深いお方ですから」


 そう言いながらアミィがカバンから取り出す品々を見て、忍は驚愕(きょうがく)することとなる。


 忍が持っていた折りたたみ式のトレッキングポールは魔法の杖に、一眼レフは魔法の遠眼鏡に、LEDライトは光の魔道具に、折り畳みナイフは魔法の小剣に。

 なんと、金の粒が入った袋まである。おそらく元々は忍が持っていた財布なのだろう。


 圧巻は大量の食べ物である。

 土産物屋の近くにあったコンビニで買った、牛ステーキ弁当とサラダセットにお菓子。それらは当面の食糧とするため、それぞれ二百個に増えているという。

 ペットボトルは数こそ増えていなかったが無限にお茶が出てくる魔法の水筒になっていた。


「なんでカバンにこんな沢山の弁当が入っているの!?」


 カバンから十数個の弁当が出てくるのを見て、忍は思わず声が上ずった。アミィが取り出した物の総量は、どう見ても彼女が持つ小さなカバンの容量を超えている。


「これ、魔法のカバンですから」


 アミィの言葉を聞いた忍は頭がクラクラしてきた。このカバン自体も魔法の道具だったのだ。


(つまりこれってアイテムボックスなのか?)


 アミィに聞いてみると、カバンの中は見かけを遥かに上回る容量の、一種の異空間に繋がっているそうだ。中の容量に関係なくカバンの重さは一定、カバンの中は時間の流れがなく入れたものは変質しない、など想像したアイテムボックスそのものだ。


「お洋服も用意されているんですよ~」


 色々取り出すのが楽しいのか、アミィはニコニコ笑っている。そんな彼女が出した服は、まるで魔法使いが身に着けるローブのようだった。


「なんでローブが出てくるの?」


「このローブ、対魔法性能が高いんですよ。シノブ様が今着ているのもそうですよ」


 アミィに言われて忍は自分の服を見た。動揺していたためか今まで気が付かなかったが、(まと)っているのは純白のフード付きのローブだ。

 ローブの下には、アミィが着ているものに似た厚手で長袖の白いシャツと、転移前に穿()いていたジーンズを思わせる青い色のズボン。靴はこれも転移前に履いていたトレッキングシューズに似た茶色のショートブーツである。


「そうか……このズボンや靴も?」


「はい、魔法装備です!」


 想像通りの答えがアミィから返ってくる。どうやら、二人が身に着けている全てが魔法の道具らしい。


「女神様が作ったってことは性能も良いのかな?」


「もちろん最高級品ですね」


 重ねての忍の問いに、やはりアミィはあっさりと答える。

 確かに、この惑星の最高神たるアムテリアが中途半端な品を用意するとは思えない。しかし忍は、過剰ではないかと感じてしまう。


(アムテリア様、支援するって言っていたけど気合入れすぎだろ……)


「まだまだありますよ~」


 そう言ってアミィが見せたのは、手のひら大のカードだ。

 ますますテンションが上がってきたようで、アミィの狐耳はピクピク動きっぱなしだ。尻尾も左右にパタパタ振られている。その子犬のような仕草に、忍は思わず和んでしまう。


「これは魔法の家です」


 アミィが(かざ)すカードの表面には、可愛くデフォルメされた平屋の家が描かれている。カードは硬質な素材らしく、何となくクレジットカードやポイントカードのようでもある。


「……このカードが?」


 忍はカードをまじまじと眺めたが、流石に信じられず問い返した。

 家というからには、この中に入るのだろうか。あるいは、これが大きくなるのだろうか。そんな想像をしつつ忍はアミィの言葉を待つ。


「ここは手狭なんでお見せできませんが、展開すると普通サイズの家になるんですよ」


(もしかしてこれ、予約したホテルのチケットなのか?)


 あまりの変わりように、もはや絶句するしかない忍であった。

 これだけの品があれば、不自由なんかするわけはない。忍は重なる驚きに少々麻痺しつつも、アムテリアの配慮に強く感謝した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これらのアムテリア様から授かった道具で、当分は生活できると思います」


 全ての道具を説明すると時間が掛かりそうだ。そのためだろう、アミィは主なものだけ説明した後に、そう締めくくった。


「うん、問題ないと思うよ……」


 若干疲れを感じつつも頷く忍。二百食分の食糧があれば二人で一ヶ月以上暮らせる計算になるし、家まであるのだから何とでもなるだろう。


「この森には普通の動物と弱い魔獣しかいないので安全です。ですから、この森の中で魔法の家を展開できる場所を見つけたら、当分そこで修行したら良いと思うんですが、いかがでしょう?」


「修行って……何の?」


 アミィの言葉を聞いた忍は、小首を傾げつつ問い返した。彼女は剣を(たずさ)えているし、武術の修行だろうか。そんな想像からだろう、忍は剣を持ち素振りをする自分を思い浮かべていた。


「もちろん魔術ですよ! シノブ様はアムテリア様のご加護もあり非常に強い魔力をお持ちです。でも使い方はご存じないですよね?」


「ああ、地球には魔法が使える人間なんかいない……いたかもしれないけど少なくとも俺は魔法の使い方なんて知らないからね」


 この一日で常識が崩壊してしまった忍は、若干揺らぎ気味の回答を返す。

 忍は魔法など空想のものだと思っていたが、神域があるくらいだ。地球にも神秘の術を操る人々がいる可能性は否定できないだろう。


「今の私は獣人族ですが、天狐族の能力は引き継いでいます。天狐族は光や火の魔術が得意なんですよ。魔術や魔道具の使い方なら私がお教えします」


「おお! それは助かるな」


 忍の顔に大きな笑みが宿った。魔法のある世界に来ても、その使い方が判らない彼としては大助かりだ。


「アミィ、これからよろしく頼むよ」


「はい! シノブ様の第一の従者、アミィにおまかせ下さい!」


 アミィは力強く宣言するとにっこり微笑む。そのためだろう、忍の心には大きな希望が満ちていった。


お読みいただき、ありがとうございます。


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