表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
299/745

14.14 戦乱の鼓動 前編

 創世暦1001年4月4日、シノブ達はガルゴン王国へと出発した。前回同様に炎竜イジェが運ぶ磐船に乗っての旅である。本来より二日繰り上げての旅であり、慌ただしい出立なのだが、西のルシオン海でアルマン王国の偽装商船が暗躍している以上、仕方がないことであった。


 アルマン王国は、商船に偽装した軍艦でガルゴン王国の領海に侵入し、()の国の商船団を沈めていた。島国のアルマン王国と、半島を領土とするガルゴン王国は、共に海洋国家としての性格が強く、昔から競い合ってはいた。しかし、ここまでアルマン王国が強硬な手段に出てきたのは、今までに無いことだ。

 しかもアルマン王国の偽装商船には、ベーリンゲン帝国から流出したらしき魔道具が使われていた。鹵獲(ろかく)した船には、帝国の一世代前のものに良く似た発火や強化の魔道具が積まれていたのだ。


 ベーリンゲン帝国は高度な魔道具製造技術を持つ国で、その技術力はエウレア地方の他の国より数歩先を行っていた。

 獣人達を奴隷にするための『隷属の首輪』は、帝国の奴隷制度に必要不可欠なものだった。そして、最高神アムテリアが禁忌としている奴隷制度は、帝国以外に存在しなかった。したがって『隷属の首輪』を作った国も帝国だけだ。

 また帝国兵は、体力や素早さの強化に魔力障壁生成、治癒など様々な魔道具を使っていた。更に、竜のための『隷属の首輪』や『封印の棘』、それらに魔力を供給する『魔力の宝玉』などもある。

 なお、これらも帝国独自の魔道具であった。いずれも高度な魔道具で簡単に製造できない上に、強化などは使い方を間違えると装着者の肉体を破壊しかねない危険なものだからだ。


 これらの魔道具は、帝国を裏で操っていたバアル神が授けた知識によるものらしい。『隷属の首輪』で自由意思を封印された戦闘奴隷や、強化などの魔道具を使う帝国兵は精強で、メリエンヌ王国が帝国に苦戦した大きな要因であった。

 とはいえ、メリエンヌ王国が帝国との戦いで得たものもある。火矢に使われている発火の魔道具がそれだ。隷属や強化の魔道具などの魔道具は装着者が死亡すると自壊する構造になっていたが、使い捨ての発火の魔道具には、そこまでの対策は施されていなかった。そのため、メリエンヌ王国が複製できたのだ。

 そのようなわけで、メリエンヌ王国は帝国に次ぐ魔道具生産技術を持っていた。ただし、今まではその格差は大きく、数段上を行く帝国をメリエンヌ王国が何とか追って、それに他の国が続く、という程度である。


 しかし、アルマン王国に発火や強化の魔道具が伝わっていたとなれば、これらの軍事バランスは大きく変わることになる。

 既にベーリンゲン帝国に皇帝は無く、旧皇帝直轄領の魔道具製造工場はメリエンヌ王国軍が押さえた。それ(ゆえ)メリエンヌ王国に魔道具技術で並ぶ国は無いと安心できる筈だった。だが、一世代古いとはいえアルマン王国に帝国産の魔道具があり、おそらく製造もされている。

 これはメリエンヌ王国にとって、非常に重大な問題であった。


「シノブ、二泊だったな?」


 イヴァールが言葉短く尋ねた。まるで地の底から発するような恐ろしげな声は、磐船の甲板の上にある船室の隅々まで響いていく。

 壁際に控えていた従者見習いのレナンとミケリーノは、示し合わせたように肩を震わせていた。イヴァールの不機嫌極まるという(てい)声音(こわね)に、二人は(おび)えたのだろう。

 ちなみに、船室には他にシノブとシメオン、そしてマティアスとアルノーがいる。しかし、この四人はイヴァールの機嫌が多少悪くなろうとも動じるようなことはない。


「ああ。もっと急げって言うんだろ? でも、オベールとバルカンテには寄らないといけないからね。流石に殿下達を放置したり国境を突破したりは怖くて出来ないよ」


 イヴァールの向かいのソファーに座ったシノブは、敢えて軽い口調で言い返す。

 普段から言葉少ないイヴァールだが、怒っているときは更に口が重くなる。どうも怒りを(こら)えるためらしい。そして、それを良く知っているシノブは、彼の怒りを冗談で和らげようとしたのだ。


 イヴァールは、アルマン王国の大型弩砲(バリスタ)を造っているのが自分と同じドワーフだと知ってから、ずっとこの調子だ。

 彼の義父である武器職人のトイヴァは、偽装商船や搭載している武器を造っているのはドワーフだと指摘した。トイヴァによれば、彼らの故国ヴォーリ連合国を構成する支族の一つ、ブラヴァ族の職人が関わっているようだ。

 熟練した武器職人だけあってトイヴァは、具体的な職人の名前まで挙げていた。彼は大型弩砲(バリスタ)を製造したのは、ブラヴァ族のイルモという職人だと断言した。更に、他にも十名程の職人が船やその他の武器の製造に関与しているらしい。


「イヴァール殿。オベールで殿下や公爵閣下達と相談する必要があります。それに、入国はバルカンテの港からとの話ですから」


 シメオンも、イヴァールを(なだ)めるような口調で予定を説明した。もっとも、これは乗船している者の全てが既に承知していることだ。

 メリエンヌ王国内では、一旦都市オベールに立ち寄る。オベールは南方海軍元帥であるオベール公爵が治める都市だ。そこには、王太子テオドールや西方海軍元帥のシュラール公爵も、シノブ達の到着に合わせて来訪する予定である。

 オベールで情報交換し、次の日にシュドメル海を横切ってガルゴン王国の都市バルカンテに行く。バルカンテは、ガルゴン王国でメリエンヌ王国に最も近い港湾都市である。そして更に翌日、目的地であるガルゴン王国の王都ガルゴリアへと行くのだ。

 ちなみにシェロノワからオベールまでは直線距離で600km以上、成竜が普通に飛ぶと四時間以上の距離だ。更にオベールからバルカンテが約300km、そこからガルゴリアが400kmである。


「そうですね。使者を追い抜くわけにも行きませんし」


 アルノーが言うように、事前に使者を出していた。

 正規の使節として赴く以上、勝手に入国するわけにはいかない。二日前に先行して使者を出し予定を繰り上げると伝えているが、使者がバルカンテに着くのは明日になるだろう。最悪、使者を追い越して入国することに成りかねないが、出来ればそれは避けたい。そこで、相談を兼ねてオベールで一泊はしておく。


「バルカンテで一泊しないのでは?」


 マティアスは、ガルゴン王国側も急ぎたいだろうと指摘した。

 シェロノワからオベールとオベールからガルゴリアの距離は大差ない。したがって、ガルゴン王国が早急な王都入りを希望する場合、バルカンテでの宿泊は無いだろう。


「あまりゆっくりしたくないぞ」


 イヴァールの言葉は相変わらず短かった。しかし、マティアスが日程短縮の可能性を示したためか、多少は柔らかな声音(こわね)となっていた。


「わかっているさ。昨日のこともあるからね」


 シノブは、前日のことを思い出していた。実は、彼とアミィ、そしてイヴァールと彼の祖父タハヴォは、昨日ヴォーリ連合国のセランネ村にいる大族長エルッキの下を訪れていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 一日前、つまりルシオン海で偽装商船を捕らえた翌日、シノブ達四人はセランネ村に向かった。

 まず、彼らはシェロノワからヴォーリ連合国の岩竜ヘッグとニーズの棲家(すみか)に転移した。神官達は神殿から神殿にしか転移できない。しかしシノブとアミィ、そしてホリィは、神殿への転移だけではなく竜の棲家(すみか)の脇に造った神像にも転移できるのだ。


──ここでオルムルお姉さまとファーヴは生まれたのですか──


──岩ばかりだけど、魔力が多くて良い場所ですね~──


 炎竜の子シュメイと光翔虎の子フェイニーは、興味深げに周囲を眺めている。

 ヘッグとニーズの棲家(すみか)は、元々ガンドとヨルムが使っていた。つまり、ここはオルムルとファーヴが生まれた場所であった。そのため、三頭の子竜とフェイニーも一緒に来たわけだ。


──何だか懐かしいですね──


──僕は十日(とおか)くらいだったから、それほどでも──


 およそ半年近く住んでいたオルムルとは違い、ファーヴがここにいた期間は短い。そのため、彼はオルムルとは違い、特に感動した様子は無かった。


──ここでシノブさん達と出会ったのです。まだ、生まれて二ヶ月くらいのときでした──


 オルムルは、当時のことを語りだした。彼女の話を、他の三頭は興味深げに聞き入っている。

 三頭がオルムルの前に並んで座っているのは、何となく微笑ましい光景であった。そのためだろう、シノブやアミィだけではなくイヴァールとタハヴォも目尻を下げて仲の良い四頭の姿を眺めている。


──そのとき私は思ったのです。こんなに綺麗な魔力を持っている人なら、きっと仲良くなれると。それは、間違っていませんでした!──


 シノブ達との出会いを語り終えたオルムルは、胸を張り頭も高く上げて得意げな思念を発している。今の彼女は本来の大きさに戻っているから、中々立派な姿である。


──私もそう思いました! 父さまや母さまを助けてくださったあの時、私はシノブさんが神さまみたいに見えました!──


──私もです~! シノブさんとアミィさんのお陰で元に戻れて、とっても嬉しかったです~!──


 シュメイは帝国の手から逃れた日を、フェイニーは竜人の血による凶暴化から解き放たれた日を思い出したようだ。二頭もオルムルのように嬉しげな様子を顕わにしていた。


──僕は助けられていません……残念です──


「ファーヴ、何も無いほうが良いと思うよ」


 何故(なぜ)か悲しそうに項垂(うなだ)れたファーヴを、苦笑いのシノブが抱きかかえた。ちなみに、オルムル以外も元々の大きさなのだが、ファーヴはまだ体長80cm弱であり抱えるのも容易であった。


「ファーヴ、ニーズさんですよ!」


 アミィの言う通り、岩竜ニーズが磐船を下げて飛んできた。ヘッグとニーズは、棲家(すみか)とは別の洞窟を掘り、そこに磐船を収納していた。彼女は、それを取りに行っていたのだ。なお、ここからセランネ村までは120kmほどである。成竜が急げば四十分足らずで着くだろう。


──お待たせしました。ファーヴ、どうしたのですか?──


 ニーズは、自身の子だけシノブに抱えられているのを見て、不思議に思ったようだ。一旦磐船を地面に置くと、シノブ達の前に着地する。


「何でもないよ」


 シノブは、ファーヴが拗ねたことは内緒にしておこうと思った。小さいとはいえ、ファーヴも立派な男の子である。彼も、母親の前であれこれ言われるのは嫌だろうと思ったのだ。


──シノブさん、ありがとうございます……母さま、お久しぶりです!──


 ファーヴは、シノブにだけ聞こえる微かな思念を発した後に、勢い良く地面に跳び降りた。生後一ヶ月半を越えたばかりの彼は、多少よろけたものの立派に着地すると、地に伏せた母親の鼻先に跳びついていった。


──元気そうで安心しました……それでは、皆さん乗ってください──


 ニーズは暫し息子と戯れていたが、一同に磐船に乗るように促した。竜だけに赤面などはしないが、シノブには、彼女の思念がどこか恥ずかしげに感じられた。

 シノブは、何百年も生きた竜が恥らう姿に、驚きつつも温かなものを感じていた。シノブが何気なくアミィへと顔を向けると、彼女も薄紫色の瞳に慈愛の色を浮かべながら母竜と子竜を見守っている。


「さあ、行こうかアミィ!」


「はい、シノブ様!」


 シノブはアミィに手を伸ばし、磐船へと(いざな)った。そして二人は、良く似た笑みを浮かべながら、巨大な船へと乗り込んでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 岩竜ニーズは、セランネ村から少し西の平地に降りた。シノブ達は、そこに竜達やフェイニーを残し村に入っていく。

 アルマン王国の一件、つまり人間同士の戦いに竜達をなるべく巻き込みたくない。それに、ファーヴを久しぶりに会った母とゆっくりさせてあげたい。シノブは、そう思ったのだ。


「なんだか騒がしいですね」


「やっぱり、ブラヴァ族のことが問題になっているようだね」


 アミィの言葉にシノブも同意した。二人は、村の真ん中から聞こえてくる怒鳴り声に、思わず顔を見合わせていた。シノブは、前日アルマン王国の偽装商船について大族長エルッキに伝えている。彼は、通信筒でブラヴァ族の件も合わせて記し送ったのだ。


「親父は詳しい話を聞きたいと言っていたが、それどころでは無いな」


「うむ。どうも面倒なことになっているようだな」


 イヴァールとタハヴォも、顔を(しか)めている。急ぎ足で歩く彼らは、中央の広場に集まっている大勢の男達を見つめている。

 広場にいるドワーフ達には、シノブが知らない者も多いようだ。セランネ村には、イヴァールやタハヴォのように北の高地へと移り住んだ者も多数いる。そのため、他の村や周辺の部族から移住者を募ったらしい。

 それに、セランネ村と北の高地や旧帝国領の間は、定期的に竜が飛び交い人や物資を輸送している。それ(ゆえ)セランネ村は今まで以上に交通の要衝となったらしい。


「儂らもアルマン王国と戦うぞ!」


「ブラヴァ族を問い詰めるのが先だ!」


 広場では、何十人ものドワーフがシノブ達の接近にも気付かずに村長(むらおさ)のアーロに対し怒声を上げていた。岩竜ニーズが村から離れた場所に静かに着陸したためだろう、彼らは竜の訪れも知らないままのようだ。


「エルッキ殿!」


「おお、シノブ殿!」


 群集に歩み寄っていたエルッキは、シノブが声を掛けると僅かに安堵したような表情となる。彼は、激昂する男達を鎮めに行こうとしていたようだが、立ち止まってシノブ達に向き直った。


「トイヴァ殿の怒りも凄かったので、予想はしていましたが……」


 シノブは、前日のトイヴァを思い出した。彼は、アルマン王国に戦いを挑むとシノブにも宣言したのだ。海を嫌うドワーフが、島国であるアルマン王国と戦う、つまり海を渡るというなど、よほどのことである。それだけ、自分達ドワーフの技術を海賊行為に使われたことに(いきどお)ったのだろう。


「新たに来た者が多くてな。面目ない」


 エルッキは、セランネ村を含むアハマス族の族長でもあり、更に各支族の上に立つ大族長である。ヴォーリ連合国には十二の支族が存在するが、大族長はそれぞれの族長から選出される。およそ十年ごとに各支族の族長が集まり、互選で大族長を選出するのだ。

 そして、セランネ村の村長(むらおさ)はエルッキではない。彼の弟、つまりイヴァールの叔父であるアーロが、村長(むらおさ)だ。流石に、大族長と族長に加え村長(むらおさ)まで兼務するのは荷が重過ぎる。そのため、多くの場合は族長に選ばれたら村長(むらおさ)を別に立てるらしい。


「静まらんか! 『竜の友』シノブ殿が来てくれたぞ!」


 そのアーロは、シノブの到着を契機にして村人達の掌握に取り掛かっていた。ドワーフ達が『竜の友』と敬意を払うシノブの前で暴動めいたことは出来ないと思ったのかもしれない。


「エルッキ殿は、どうするつもりなのですか?」


「全支族の族長を集める。相手は国だからな」


 シノブが手短に聞くと、エルッキも同じように短く答えた。アーロが男達を鎮める前に、どう持っていくかを話したい。二人の思いは、その点で一致したようだ。


「それが良いと思います」


「心強いぞ」


 二人が笑みを交わしたとき、広場に静けさが戻った。その場にいる全ての者が、シノブとエルッキに顔を向けている。


「皆の者よ! 儂は族長会議を開くぞ!

我らドワーフの技を汚すのは許しがたい。しかし、相手は国と名乗る奴らだ。各村が、いや、各支族がバラバラに立ち向かっても報復は出来ん。

ならば、全てのドワーフの力を合わせて戦おうではないか!」


 エルッキは、それまで怒鳴りあっていたドワーフ達の声の全てを集めたような、雷鳴にも勝る大声で族長会議を開くと宣した。その威厳に満ちた声音(こわね)、そしてそれに相応しい表情に、男達は引き込まれたように聞き入っている。


「しかし! しかしだ、大族長! そんな悠長なことで良いのか!? その間にも、アルマン王国とやらに使われている仲間が、更なる罪を犯すのではないか!?」


「そうだ! まずはブラヴァ族の奴らを締め上げて聞けば良い!」


 だが、一人のドワーフが反論すると、それに同調する者が現れ出した。どちらも血の気が多そうな若者である。


「馬鹿もん! どうして同族を信じてやれんのだ! 情けない!」


「そうだ! もしかすると家族を人質に取られているのかもしれんぞ!」


 ざわめき出した群衆を一喝したのはタハヴォであった。そして、それに被せるようにイヴァールが続けていく。二人の言葉を聞いた男達は、再び静かになっていった。


「皆にやってもらいたいことがある! アルマン王国と戦うためのものを造ってほしいんだ! それも今までに無いものを!

メリエンヌ王国のアマテール村で、トイヴァ殿が早速取り掛かっている。しかし、人手が足りない!」


 静まり返ったのを好機と捉えたシノブは、ドワーフ達に提案をしていく。それは、北の高地に移住したドワーフ達が、この数ヶ月で作り上げたものの応用でもある。


「ま、まさか、そんなものが……」


「いや、『竜の友』が言うんだ……俺は信じるぞ!」


 男達の顔に、希望が戻っていく。シノブが話した内容は、それほど突飛であり、かつ魅力的なものだったのだ。


「シノブの言葉は本当だ! 既に俺も使ったぞ! まあ、戦とは関係の無いことにも使ったがな……」


 イヴァールが、自信ありげな顔で(こぶし)を突き上げた。だが彼は途中から小声になり、少々顔を赤く染めていた。

 もっともイヴァールの顔の下半分は髭で覆われている。そのため口元は見えず、至近のシノブ達しか気付かなかったかもしれない。


「いずれ戦いのときはきます! でも、戦いを有利にするために、ドワーフさん達の力を貸してください! 正体を隠して船を襲うような卑劣な戦いではなく、正々堂々の戦いに皆さんの技を役立てたいのです!」


「おお! 俺は行くぞ!」


「俺もだ!」


 アミィの願いを聞いたドワーフ達は、我も我もと名乗りを上げていく。

 どうやら、暴発は避けられたようだ。そう感じたシノブは、自然と安堵の笑みを浮かべていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「とりあえず、俺達がガルゴン王国と話をつけるまでは待ってもらえる。各地の族長を集めて会議をするには、それくらい時間が掛かるだろうからね」


 シノブは、昨日セランネ村でエルッキから聞いた話を思い出していた。

 今日シェロノワを発った磐船は、おそらく明後日の昼過ぎ、早ければ明日の夜にはガルゴン王国の王都ガルゴリアに着くだろう。それから向こうの国王や重臣と会談して結果が出るのに、もう一日というところか。


「お代わりはいかがですか?」


「お茶菓子をお持ちしました」


 船室の壁際に控えていたレナンとミケリーノだが、良い頃合と思ったのか給仕を始める。


「頂きましょう。

……まだ、ヴォーリ連合国が神殿で転移できないから、日数が稼げましたね」


 レナンに声を掛けたシメオンは、少々皮肉げな笑みを浮かべていた。

 実は、ヴォーリ連合国には神殿で転移が出来るようにしていなかった。エルッキは、そのあたりも族長会議で決議を取ってからにしたかったらしい。ドワーフ達は支族ごとの独立性が高いから、エルッキも勝手に転移を設定するのは躊躇(ためら)ったようだ。

 しかし、そのお陰で族長会議の開始まで数日必要であった。岩竜ニーズが遠方の支族を連れてくるのを手伝ってくれるのだが、それでも三日は掛かるらしい。


「そうだね……俺もお茶をもらおう。二人とも忙しくて悪いね」


 シメオンに頷いてみせたシノブだが、従者見習いの少年達に(ねぎら)いの言葉を掛けた。

 使節団の面々は大よそ前回と同じだ。しかし今回はアルマン王国との戦いに突入する可能性も否定できず、十歳以下の者は同行しなかった。そのため従者見習いはこの二人だけで、侍女もミシェルやフレーデリータなどは置いてきた。その分、彼らの仕事も増えているだろう。


 また、前回は商人も何名か連れてきたが今回はフライユ公営商会のユーグ・ロエクのみとし、シャルロットの側仕えとなったマリエッタ達を同行するなど、多少随員の構成が変わっている。全体としては前回と同じく百名弱だが、非戦闘員を減らし軍人を増やしたため、少々違う顔ぶれとなっていた。

 しかし最も違うのは、戦闘員云々ではないかもしれない。


「意外ですね~、まさかイヴァールさんが……」


 驚きの声を上げながら船室に入ってきたのは、長く伸ばした赤毛が印象的なミレーユだ。彼女は、隣を歩むドワーフの女性ティニヤに視線を向けている。


「あの人は、ああ見えて結構優しいんですよ。その……シメオン様は……いえ、何でもありません」


 ティニヤはミレーユに質問しかけた。しかし彼女は、室内にシメオンがいるのに気が付いて、頬を染めて口を(つぐ)んでしまった。

 三日前に、ミレーユはシメオンと、ティニヤはイヴァールと結婚した。そして今まであまり接点の無かった二人は、互いの夫について語っていたようだ。


「アルノーさんは、お家でも静かなのですか?」


「はい、ミュリエル様」


 更に続いてきたのはミュリエルと、アルノーの妻となったアデージュであった。

 どうもミュリエルは、アルノーの家庭での様子をアデージュに尋ねていたらしい。しかし先日結婚した中で最年長のアデージュは、ミュリエルの問いに無難に応じていた。もっとも年長といっても彼女は二十代半ばであり、現代日本の常識からすれば充分若い方だ。


「アリエルさん、マティアスは優しくしてくれますの?」


「はい、セレスティーヌ様……」


 アリエルは、セレスティーヌに頬を染めながら答えていた。そして、その後ろからはシャルロットが親友の初々しい様子に微笑みながら入室してくる。なお、最後に入り扉を閉めたのはアミィであった。


 アリエル、ミレーユ、アデージュが軍服、ティニヤがドワーフ伝統の毛織衣装、シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌがドレス、アミィがアムテリアから授かった軍服風の装いと、服装は様々である。しかし、うっすらと頬を染めて楽しげな顔は、いずれも共通している。


「シャルロット、アミィ、外はどうだい?」


 シノブは、顔を赤くしたイヴァールやマティアス、普段とあまり変わらぬシメオンやアルノーをさりげなく観察していた。しかし彼は冷やかしたい気持ちを抑えつつ、愛妻と最も信頼する従者へと声を掛けた。


「オルムルやフェイニーが、気持ち良さそうに飛んでいますよ!」


「ええ。少し寒いですが、良い天気ですから。シュメイは飛びたいようですが、まだ長距離は無理だとイジェ殿に()められてしまいました。ですからファーヴと羨ましそうに見ています」


 まずはアミィが輝く笑顔で飛行中の二頭の様子を答える。そして苦笑気味のシャルロットが、飛行を習得したばかりのシュメイと、まだ飛べないファーヴについて説明した。


「そうか。それじゃ外に行くかな。どうも、ここは()()みたいだから、涼しい風に当たった方が良さそうだ」


 からかわないつもりだったシノブだが、四組の新婚夫婦の反応を見てみたいという気持ちには勝てなかった。彼は、赤面する者に無表情を貫き通す者など様々な反応を横目で見ながら、ソファーから立ち上がった。


「シノブ、私も行きます」


「シノブさま、私も!」


「私もですわ!」


「お供します!」


 充分外で涼んだ筈の四人、シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌ、アミィであったが、口々に同行すると意思表示した。やはり、多少寒くてもシノブの側にいたいのだろう。もっとも、シノブやアミィなら、いざとなれば魔術で暖めることも可能であり、体を冷やす心配は皆無であった。


「シノブ様。シャルロット様達と一緒であれば、ここよりも()()時間を過ごせるのでは?」


「うむ。お主は少し涼んでくるぐらいで良かろう」


 シメオンだけではなく、何とイヴァールまでもが含みのある口調で続いていた。なお、マティアスとアルノーは黙ったままだが、真っ赤な顔のマティアスに普段と変わらぬアルノーと、表情は対照的であった。


「悪かった、皆も好きにしてよ。レナンとミケリーノも、暫く休憩して良いから」


 シノブは、さっさと退散することにした。何しろ四対一では勝負にならない。それに、忙しい旅でも少しは新婚旅行らしく二人きりの時間があっても良いと思ったのだ。彼は、楽しげな表情で船室を後にしていく。


 そしてシノブの笑顔が伝播したように、シャルロット達も微笑んでいた。

 外のオルムル達の様子や、甲板にいるマリエッタ達、そして船外に見える光景など。四人はシノブへと口々に語りつつ、仲睦まじげに寄り添いながら歩んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年11月7日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ