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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
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14.08 結婚の鐘は四度鳴る 前編

 創世暦1001年4月1日のフライユ伯爵領の領都シェロノワ。シノブは、その中央にある大神殿で、この世界に来てから初めて結婚式に列席した。

 三ヶ月近く前には、彼自身とシャルロットの結婚式があったが、それは列席したとは言わないだろう。そんなわけで、シノブが落ち着いて式の様子を眺めるのは初めてであった。


 メリエンヌ王国では、神殿で結婚式を行うことが殆どだという。神殿は地方の町村にも存在するから、これは一般の領民であっても変わらない。とはいえ庶民の式は、神殿に赴き祈りを捧げ神官から祝福されるだけの簡素なものだが。

 これは周辺のアムテリアの教えを信ずる国でも同じらしい。前日来訪したカンビーニ王国の王太子シルヴェリオは自国も同じだと言っていた。それに、ドワーフの国ヴォーリ連合国やエルフの国デルフィナ共和国も大よそ似たような形式なようだ。

 両国の場合、メリエンヌ王国やカンビーニ王国のように壮麗な神殿を造ることはないが、素朴な木造の神殿は存在する。彼らも、そこで式を挙げるのだ。


 もっともヴォーリ連合国やデルフィナ共和国の式の進行は、かなりメリエンヌ王国とは違うようだ。メリエンヌ王国などは地球の西洋式結婚式に近く、最初は新郎とその友人が入場し、次に花嫁の友人代表、そしてフラワーガールというべき子供達、最後に新婦とその父が場内に入る。

 それに対し、ヴォーリ連合国やデルフィナ共和国は、三々五々と神殿に集まり、全員が揃ったところで式を始めるようだ。この辺りは、王政の国と部族社会のドワーフやエルフの違いが出ているのかもしれない。

 とはいえ共通するものもある。新郎と新婦が誓いの言葉を述べ、神官が祝福を授けることなどだ。


 なお、今回は合同結婚式であり、シメオンとミレーユ、マティアスとアリエル、イヴァールとティニヤ、アルノーとアデージュの四組が同時に式を挙げる。そのため、それぞれの入場も四組を(まと)めてであった。


 まず、四人の新郎がそれぞれ二人の男性に付き添われて入ってくる。

 ビュレフィス子爵シメオンは、貴族の正装である(つや)やかに光るフロックコートに似た外衣の上に『王国名誉騎士団章』の『大騎士章』を付けている。(たすき)のように斜めに掛けた赤い飾り布の上には、先の戦で授かった勲章が燦然と輝いているのだ。

 シメオンは、文官のバルリック・ドルジェとエディロン・ジュベルドーに付き添われていた。どちらも彼の部下である。シメオンと最も親しいのはシノブだが、領主が付き添い役をするわけにはいかないから、これは妥当な選択であろう。


 そしてシメオンの後ろのマティアスは、正装の軍服に『大騎士章』だ。飾り布の上から勲章を付けるのも同じである。彼は武官のファルージュ・ルビウスとクラウス・アヒレスを従えて威風堂々と歩んでいる。彼も、シメオンと同様に付き添いは部下に頼んだようだ。


 その後ろはドワーフのイヴァールである。こちらは武器こそ帯びていないが、鱗状鎧(スケイルアーマー)に角付き兜である。左右を固める友人、ドワーフの双子イルッカとマルッカも同じ姿だ。ドワーフの戦士の正装は鎧兜だからだ。

 もっとも、三人ともシメオンやマティアスと同じく戦で『大騎士章』を授かっているから、飾り布と勲章は同じであった。


 最後は、狼の獣人アルノー・ラヴランだ。彼もマティアスと同じく正装の軍服に『大騎士章』を付けている。ちなみに、その両脇は帝国との戦いでも活躍した熊の獣人オットー・マイドルフと狼の獣人ディルク・バスラーである。


──シメオン達はともかく、後ろは結婚式って感じじゃないね……出陣式に出る軍人みたいだよ──


 親族達が並んでいる側と逆の、領主家族や賓客達がいる席に着いていたシノブは、アミィに向かって(あき)れ気味の思念を発していた。

 神殿の入り口から祭壇に向かって聖堂の中央を二分するように敷かれた赤い絨毯の上には、背筋を伸ばし律動的に歩んでくる男達の姿があった。

 先頭のシメオンと両脇の二人は軍人ではないが、シメオンも戦争の時は(みずか)ら剣を手にして戦ったし、バルリックとエディロンも高位の家臣として武術の(たしな)みはあるようだ。ましてや、後ろの九人は歴戦の武人である。

 シノブからすると、彼らが横三列の縦四列で進む姿は、和やかな結婚式には相応しくない行進のようであった。


──こちらでは、こういうものですから……文官の人でも、いざという時は戦いますし──


 澄まし顔のアミィは、笑いを含んだような思念を返してきた。

 彼女が言うように、文官でも全く戦えないという者は少ない。子供の頃は、武官と文官のどちらに進んでも良いように双方の教育を受けるし、高位の貴族や重臣ともなれば、否応無く軍の指揮官となることもある。そのため、武術の修行をしない貴族や騎士、従士というのは存在しないらしい。


──そうだったね……おっ、でも流石にブライズメイドはドレスか!──


 シノブが言うように、男性に続いて入ってきた女性陣はドレス姿であった。新郎とアッシャーというべき付き添い役に続いて入ってきたのは、地球でいうブライズメイド、つまり新婦の友人達である。こちらも、新婦一人につき二人ずつ、計八名と数が多い。

 新婦と一緒ではないからわかりにくいが、先頭のシヴリーヌとソニアがミレーユ、続くアンナとリゼットがアリエル、その後ろのドワーフの女性二人がティニヤ、最後の獣人の女性二人がアデージュの付き添い役であった。

 ティニヤの付き添い役は、昨日イヴァールやティニヤ、そして二人の親族達とアマテール村からやってきたドワーフの未婚の娘達だ。そしてアデージュの方は、同僚である軍人の娘達であった。


──シヴリーヌさんのドレス姿は初めて見ましたね──


 白百合騎士隊の女騎士シヴリーヌはドレスを着ていた。しかしアミィが言うように、シノブは彼女のドレス姿など見たことは無かった。実は、彼女はドレスを持っていなかったが、他と合わせるために背格好が似た上官のサディーユが貸したそうだ。

 なお他の女性陣は、派手ではないがそれぞれ上品なドレスを身に着けていた。アンナ、リゼット、ソニアの三人は普段侍女として勤務しているが晴れの場に備えて正装の一つくらいは(こしら)えていたし、アデージュの付き添いである女性達も同じらしい。

 彼女達が着ているのは、上等な光沢のある布地のドレスだが、シャルロット達が着るものよりは数段劣る品だという。それでも、すっきりしたドレスに多少の装飾品を着けた姿は、静々と歩む姿のせいか、清楚で美しく感じる。

 ドワーフの娘達は、こちらは厚手の民族衣装という趣である。北の地で過ごすだけあって、晴れ着も羊毛らしい毛織の生地を染めたもののようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アンナ達にも、良い相手を見繕わないといけませんね」


 シノブの隣で、シャルロットが(ささや)いた。彼女は、ゆっくりと聖壇に向かって進んでくる侍女達を、優しい視線で見つめている。


 シノブは周囲に気を使って言葉を発しなかったが、別に無言でいる必要はなかったらしい。

 聖壇には、フライユ伯爵領で最も高位の神官であるリュクバス・ジュヴェソンが七体の神像を背に立っている。そして、領主家族や賓客が並ぶ最前列には、シノブとアミィ、シャルロットとミュリエルの姉妹、更にセレスティーヌやテオドールなど王族達が並んでいた。

 つまり、シノブ達は神官長であるジュヴェソンの間近なのだ。それ(ゆえ)シノブは黙っていたのだが、そこまで神経質になる必要はなかったらしい。

 良く見れば、シャルロットの向こうでは、セレスティーヌがシュラール公爵の娘シャンタルと何やら話している。シャンタルは王太子テオドールの第二夫人になる予定であり、彼の隣に並んでいたのだ。更に向こうでは、テオドールも妻のソレンヌと楽しげに(ささや)きあっていた。


「これからは、結婚式も増えるんじゃないかな」


 少し気が楽になったシノブは、声は抑えつつも、笑顔と共にシャルロットに言葉を返した。どうも、荘厳な聖堂の雰囲気に、少し飲まれていたのかもしれない。

 シノブは領主であることにも慣れてきたし、聖堂も転移の度に訪れるから見慣れてはいた。しかし、王族だけではなく三つの公爵家からも嫡男や先代などが来ているし、シャルロットとミュリエルの父であるベルレアン伯爵コルネーユや、西海について教えてくれたポワズール伯爵アンドレなどもいる。

 こういった式典での決まり事は、シノブも事前に教わってはいるものの実際に経験していないことも多い。そのため、シノブは失敗をしないように気を付けていたのだが、どうやら取り越し苦労が過ぎたらしい。


「シメオンさん達の結婚式の後に、という方は多いみたいです」


 シャルロットとは反対側のミュリエルも、シノブに小さな声で語りかけてきた。

 ミュリエルは、祖母のアルメルと一緒の居室で暮らしている。そしてアルメルは既に三十年以上シェロノワに住んでおり、元々の家臣達と一番親しい。そのため、ミュリエルは祖母から彼らのことも色々聞いているようだ。


「そうか……ところでアンナ達って、誰か気になる人はいるのかな?」


 シノブは、シャルロットとミュリエルの順で視線を動かした。少なくとも、彼が知る限りアンナやリゼット、それにソニアに浮いた話は無い。彼が察しているのは、魔術師のマルタン・ミュレが一緒に魔道具開発をしているカロルと仲が良さそうだ、ということくらいだ。


「私も知りませんが……」


「私もです……あっ、ミシェル達が来ました!」


 どうやら、シャルロットやミュリエルにも具体的な当てはなかったようだ。

 そして、三人がそんなことを話している間に、ミシェルを始め幼い少女達が入場してくる。いつの間にか、新郎達に次いでブライズメイド達も聖壇の前に移動していたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ミシェル達は、地球でいうフラワーガールである。これまた厳密には誰が誰の担当と決まっているというが、彼女達八人の少女は笑顔と共に入場してくるだけで、特別の役割は無かった。

 ミュリエルの遊び相手であるミシェルは今日で七歳、そして他の少女も、大よそ彼女と同じ年頃である。こちらも、縁者やフライユ伯爵家の家臣の娘、ドワーフの少女など様々である。

 家臣では、ジェレミー・ラシュレーの娘ジェレッサなど、ドワーフはイヴァールの妹アウネとその友人だ。それに、シメオンの妹フェリーヌも兄を祝うために加わっている。

 フラワーガールも、ブライズメイドと同じく、元々持っているドレスの中で一番上等のものを着ているというだけで、別に白一色で統一しているわけではない。しかし、およそ十歳から五歳までの少女が愛らしく微笑みながら歩いてくる様子には、シノブ達も思わず頬を緩ませてしまう。


「シノブ様。ジェレッサとヴァネット、それにヴィエンヌはミュリエルの側に置こうと思っています」


 アルメルが、シノブに(ささや)きかけた。彼女はシノブ達の後ろに並んでいたのだ。

 ヴァネットはフライユ伯爵領の出身の高潔な軍人バリスト・ガリエの娘で、ヴィエンヌは侍従としてシノブの側に控えるヴィル・ルジェールの娘である。アルメルは、この二人なら信頼できると思ったのだろう。

 なお、ジェレミー・ラシュレーは、元はベルレアン伯爵家の家臣で先代伯爵アンリの懐刀というべき人物である。彼については、何の心配も無い。


「わかりました。そのようにしてください」


 シノブは、幼い少女達を見ながら微かに頷いた。三人はミシェルと同じか若干年下であり、当然ながら何の危険も感じない。

 もっとも、アルメルの懸念は直接的な危険ではなく、将来の伯爵夫人であるミュリエルに悪影響を及ぼすような性格かどうか、娘を通して親達が何かしないか、という辺りだろう。そして三人の年齢が低いのは、側に置いてアルメル自身が一から教育することを考えたためではなかろうか。


 ミシェル達は、シノブやアルメルがそんなことを話していると知る(よし)もなく、周囲を和ませながら聖壇に向かって歩いてくる。流石に大人達とは違い、足並みが揃っているわけではないが、それもまた左右の列席者には微笑ましく映っているようだ。

 ただし、ドワーフの少女の二人、アウネと彼女の友人のラウナの年は、他の少女より数歳上だった。ドワーフの女性は、大人でも身長140cmに届かない。したがって、最も年長で十二歳のアウネですら、十歳になったばかりのミュリエルより小柄であった。


「さて、いよいよ花嫁の入場だね」


「はい」


 シノブの言葉に、シャルロットが期待を隠せない様子で応じた。ついに、彼女の親友であるアリエルやミレーユが晴れ姿で現れるのだ。シノブも、愛妻の抑え気味の声音(こわね)に隠された感慨を察し、思わず顔を綻ばせた。


「結婚式が終わったら、また忙しくなるな……二人にも悪いことをしたね」


 列席者は入り口の方に体を向け、花嫁達の入場を待っている。そんな中、シノブはポツリと呟いた。数日後には、ガルゴン王国に向けて旅立つことが決まっている。その前に、シノブは独自に幾つかの調査をするつもりであったが、それが終わればアリエルやミレーユも、再び使節団に加わってもらう予定であった。


「ええ……ですが、マティアス殿やシメオン殿も一緒ですから」


 シャルロットも、夫の言葉に少しだけ瞳を陰らせた。しかし彼女は、青い瞳を再び楽しげに輝かせた。今回の訪問には、マティアスやシメオンも同行することになっている。それに、ティニヤやアデージュもだ。シノブ達は、四組の夫婦へのせめてもの償いとして、新婚旅行をプレゼントすることにしたのだ。

 もちろん、これは単なる遊びというわけではない。今回のガルゴン王国への訪問は、カンビーニ王国のときとは違い、政治的な駆け引きもあれば、軍事的な衝突すらあるかもしれない。ガルゴン王国は友好国だが、()の国と対立しているアルマン王国が訪問中に何らかの手出しをする可能性はあるからだ。


 昨夜、ベルレアン伯爵と先代アシャール公爵ベランジェがシェロノワに到着した直後に、シノブ達は彼らと今後の方針について相談をした。二人は、帝国の残った六伯爵領攻略は数日中に始めるという。しかし攻略の方は充分に目処が立っている。そこで、マティアスをフライユ伯爵領に戻すことが決まったのだ。

 マティアスは、元々王都メリエで国王の側近として働いていた。王領はガルゴン王国と境を接し、海を隔ててアルマン王国にも隣接している。そのため、マティアスも両国について充分な知識を持っている。少なくとも、初めてガルゴン王国を訪問するシノブやシャルロット以上に詳しいのは間違いない。

 そして、政治的な交渉となれば、高い能力を持ち信頼できる内政官が必要だ。それも、一国と渡り合う水準の人物が、である。そうなれば、シノブやシャルロットと固い絆で結ばれたシメオンの登場となるのは当然であった。


「シノブ様! ミレーユさんです!」


 シノブとシャルロットが密かに語り合う間に、聖堂の大扉が再び開かれていた。そこにはアミィが言う通り、白いウェディングドレスを(まと)ったミレーユと、彼女の父であるソンヌ男爵エルヴァン・ド・ベルニエが立っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ミレーユのウェディングドレスは、母のミルティーヌのものを仕立て直したらしい。もっとも、ミルティーヌの体格は娘と殆ど変わりなく、僅かな手直しで済んだという。

 この世界でも、花嫁衣裳が白というのは共通していた。これはメリエンヌ王国だけではなく、エウレア地方の国で共通しているらしい。それ(ゆえ)ミレーユが身に着けているのも純白のドレスである。

 彼女は、普段は後ろで縛っている真っ赤な髪を、そのまま自然に流している。そのためか、レース地のヴェールで顔と髪を隠したミレーユは、普段とは違い少し大人びて見えた。

 そして、彼女は細めのヴェール留めを兼ねた頭飾りを着けていた。これは、ティアラの(たぐい)ではなく、ネックレスのような鎖に小さめの宝石を付けたものである。

 流石に王政の国だけあって、結婚式といえどティアラを付けることが出来るのは王家の血を引く娘だけらしい。このあたりは、やはり身分制度が実際に機能している国だけあって、細かい制限があったのだ。


 とはいえ、それ以外の宝飾品については、男爵の娘とは思えない豪華なものだ。ネックレスはシャルロットが貸し出し、イヤリングは義母となるシメオンの母オドレイが事前に贈ったものだ。オドレイはフレモン侯爵家の出だけあって、イヤリングも王都で(こしら)えた上等なものである。

 そして、真白に輝くドレスにも、細かな宝石が幾つも縫い付けられていた。これは、シメオンが贈った結納の品だという。準備の良い彼は、男爵家から子爵家に嫁入りするミレーユが、見劣りしないように手を打っていたのだ。しかし、彼が心配する必要は無かったかもしれない。


「綺麗なのじゃ……」


「初々しくも凛々しい花嫁ですな。それに『大騎士章』が……」


 溜息混じりの賞賛が、シノブの耳に届いた。どうやら、学友達と共に列席したマリエッタに、アルバーノが答えたようだ。

 ミレーユは、先の戦で王太子テオドールを守りきった功を称され『大騎士章』を授かっていた。純白のウェディングドレスを横切る赤い飾り布と、その上の勲章は、この国の軍人であれば誰もが憧れるものだ。

 金色の勲章には王家の紋でもある白い百合が描かれ、それをルビーのような無数の赤い宝石が囲んでいる。その(まばゆ)い勲章は、宝飾品としても高い価値を持っているが、メリエンヌ王国の軍人の憧れというべき品である。

 『大騎士章』の上の『将軍章』は、平時であれば侯爵や伯爵でも在位二十年ほど務めた者だけが手にする。昨年末の帝国との戦いでは、国境を破った敵軍を押し返した功で、ベルレアン伯爵とシャルロット、そしてアミィだけが『将軍章』を授かっていた。

 なお、更に上の『大将軍章』ともなると、就任と共に元帥となる公爵以外には、殆ど縁の無いものだ。先の戦いでも、数々の大功があったシノブだけが与えられただけである。


 それはともかく、燃えるような赤い髪と(きら)めく青い瞳、そして薄く頬を染めたミレーユは、アルバーノが表現した通り、乙女の清純さと騎士の凛々しさを併せ持っていた。『ベルレアンの戦乙女』と讃えられたシャルロットにも似たその雰囲気は、やはり同じ師に学んだからだろうか。


「ミレーユ……」


 彼女の師である先代ベルレアン伯爵アンリの感極まったような声が、ざわめきの中に混じっていた。すると、その声が聞こえたのか、父と腕を組んで歩むミレーユが、微かにアンリに向かって頭を下げた。やはり、師弟の強い絆は、故地を離れても健在らしい。


 そして、ミレーユがシノブやシャルロットにも目礼をしたとき、今度はアリエルと父のルオール男爵エミール・ド・スーリエが現れた。

 アリエルのドレスも、ミレーユのものと良く似ていた。こちらも男爵家の娘であり、母から受け継いだドレスということもある。おそらくアリエルとミレーユは事前に何らかの相談をしていたのだろう。ヴェールや、それを留める頭飾り、そしてドレスに付けた宝石なども、どことなく共通しているようだ。

 なお、アリエルの首飾りは、やはりシャルロットが貸したもので、イヤリングはこちらも義母となるマティアスの母フローデットから譲られたものであった。マティアスの家は王都の子爵家であり、イヤリングもミレーユのものに負けず劣らずの品である。


「なんて上品な……」


「これだけのご婦人は、王都にもそうはおるまい。しかも、こちらは二人とも『大騎士章』か……」


 再び、場内が溜息と歓声で満たされた。

 ルオール男爵エミールは、昨年末の戦いに加わっていた。ちなみにソンヌ男爵エルヴァンは、息子のエルヴェを送り、こちらが『大騎士章』を得ている。したがって、エルヴァンがエミールに劣るわけではない。

 そういった経緯はともかく、貴重な勲章を親娘揃って付けているアリエル達は、特に男性軍人の羨望の眼差しを受けていた。列席した若い貴族やフライユ伯爵家の家臣達からすれば、『大騎士章』はそう簡単に手が届くものではないから、これは当然だろう。


 そんな憧れの視線の中、栗色の短い髪をヴェールに包んだアリエルは、琥珀色の瞳を伏せつつ静々と聖壇に向かって進んでいる。

 聖堂を飾る灯りの魔道具に(きら)めくドレスに付けた宝石は、これもやはりマティアスが贈ったものである。もっとも、ずっと前線に出ていた彼が、そこまで細かい手配をしたかは怪しい。もしかすると、母のフローデットが、息子の名で用意したのではないだろうか。


「先代様……ありがとうございます」


 真っ赤な絨毯を歩むアリエルは、そう語っていたようだ。彼女の言葉はシノブまで届かなかったが、ヴェールで隠された口は、確かにそう動いていた。読唇術など使えないシノブだが、このときの彼は己の直感が正しいと確信していた。


 アリエルがシノブ達の前を通り過ぎる頃、三人目の花嫁が場内へと現れた。今度はイヴァールの花嫁となるティニヤと、その父のトイヴァである。


「おお! これは!」


「なんて美しいの……」


 二人の姿、いや、小柄な花嫁ティニヤを見た列席者は、今までとは違う大きな驚愕を示していた。

 アリエルやミレーユ達の姿は素晴らしかったが、それはメリエンヌ王国の者にとって予想可能な範囲であった。しかしドワーフの花嫁が身に着けた衣装は、王国の者達が見たことの無いものであったからだ。

 とはいえウェディングドレスの様式自体は、どちらかといえば伝統的なものであった。シノブ達は事前に見せてもらったが、ティニヤの衣装は本来のドワーフの花嫁衣装より、メリエンヌ王国風にしているらしい。しかし高度な細工の技を示すドワーフの作品は、その繊細さで他を圧していたのだ。

 ヴェールは、蜘蛛の糸と比較しても劣らぬ細い糸で編まれているようだ。遠方からだと、(かすみ)(まと)っているかのようにすら見える。

 しかも頭飾りを含む装飾品は、腕利きの細工師であるドワーフ達が競って造り上げた品だ。王国の宝飾品に負けてはならじと思ったのか、ドワーフ達は己の全ての技術を傾けて、ティニヤを飾り立てていた。

 北の高地では良質なミスリルや宝石も採れる。それらを使ったネックレスやイヤリング、そしてドレスに散りばめた輝きは、女性達の視線を釘付けにし驚嘆と羨望の溜息を生み出していた。


 場内を陶然とさせたドワーフの花嫁が通り過ぎた後、最後に現れたのは巡回守護隊司令アデージュ・デュフォーと、父親役の熊の獣人イヴォン・ゲールであった。アデージュには身寄りが無かったので、代理を立てたのだ。

 両親が早くに死去したアデージュには兄弟もいなかったから、同じ巡回守護隊司令で獣人族のゲールを父親代わりとした。二人とも傭兵出身で、アデージュは狼の獣人だ。そのあたりが、代役選定の理由であろう。


 二人は『王国名誉騎士団章』の一つである『準騎士章』を軍服の上に付けていた。

 こちらも飾り布があるのは同じだが、一連の勲章の中では一番下の格であるため、ミレーユ達のものよりは一回り小さく、宝石も無い。しかし、これは二人が先の戦の時点では傭兵であったためで、限定的な指揮権しか持っていなかったためだ。


 なお、アデージュの夫となるアルノーは、シノブの親衛隊長で大隊長級と高位の軍人だが、あくまで騎士階級である。それにアデージュも先の戦いで傭兵から正規の軍人となったわけで、結婚衣装に金を注ぎ込むつもりは無いようだ。何しろ母から継いだ衣装も無ければ、アルノーの側も含め親は既に無い。

 もちろんシノブやシャルロットは、衣装や宝飾品を手配しようと言った。しかし、二人は軍人らしく軍服で臨むと断ったのだ。


「これはまた、凛々しい奥方になりそうだ」


「素敵……」


 しかし、軍人として鍛えられた動作と野性の美しさを持つアデージュの容姿は、今までの花嫁達と別の感慨を(もたら)したらしい。男性陣は律動的な歩みに賞賛の、そして娘達は男装の麗人と言うべき姿に憧憬の視線を向けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「今、アルノー・ラヴランとアデージュ・デュフォーは、大神アムテリア様の承認の下、夫婦(めおと)となった。神の祝福を受けた二人よ。大神の教えを守り世の手本となるように」


 シノブ達の結婚の時と同じ祝福が、神官長リュクバス・ジュヴェソンの口から紡がれた。神聖な儀式の聖句だけあって、神殿や神官で異なることはないらしい。

 既に、指輪の交換と誓いのキスも終わり、他の三組の祝福も済んでいる。つまり、これで四組の結婚はアムテリアによって認められたわけである。


 そして列席者が四度目の拍手をし、神殿の外で四回目の鐘が打ち鳴らされる中、聖堂の入り口から三つの影が飛び込んできた。


──おめでとうございます!──


──私達からの祝福です!──


──え~い!──


 風のように飛翔して聖壇に向かっているのは、二頭の子竜オルムルとシュメイ、そして光翔虎の子フェイニーである。三頭は、背につけた籠から白く光り輝くものを撒きながら飛んでくる。


──僕も、お祝いしますね!──


 オルムルの背には、ファーヴが乗っていた。流石に彼は飛べないので、籠から撒く側に回ったらしい。


「こ、これは!?」


「紙吹雪ですか……いや、金属箔?」


 聖壇の前に並んだマティアス達は、手を(かざ)して空から降ってくるものを受け止めていた。彼らだけではなく、列席者は全員そうしている。

 実はシノブとアミィが魔術で金属塊を薄く延ばし、紙よりも薄い金属箔を作ったのだ。二人の魔力量と魔術があれば、一万枚を超える小さな金属箔を作るのも大して時間は掛からなかった。

 そして四頭は、魔力で金属箔を撒いているらしい。彼らは籠に手を伸ばすわけでもないのに、ヒラヒラと小さな輝きが舞い降りてくる。


──私からも祝福を授けましょう。シノブ、新たな絆は貴方と子孫達を支えるでしょう。これからも彼らと手を(たずさ)えていきなさい──


 シノブの脳裏にアムテリアの思念が唐突に響いた。そして一瞬だけ、宙を舞う金属箔が(おごそ)かな光を放つ。


──アミィ、聞こえた?──


──はい、アムテリア様です!──


 シノブとアミィは互いに顔を見合わすと、思念を交わす。シャルロットやミュリエル、それにセレスティーヌは、何かを察したのかシノブ達を輝く瞳で見つめていた。

 シャルロットは、己の親友達に何か素敵なことがあったと悟ったのだろう、その美しい顔を常以上に輝かせている。それは、ミュリエルやセレスティーヌも同じである。もちろん真実を知っているアミィも、満面の笑みを浮かべている。


()()の結婚式になったようだね……さあ、()()()祝福しよう!」


 四人に微笑んだシノブは、その笑顔のまま最高神アムテリアの祝福を受けた四組の夫婦に向き直った。そして彼は、改めて祝いの気持ちを篭めて手を打ち鳴らした。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年10月26日17時の更新となります。


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