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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
291/745

14.06 突然の出会い 前編

 学校を設置した翌日、シノブ達はシェロノワに訪れた王太子テオドールと歓談していた。

 三月も末日となり、フライユ伯爵家の右翼四階にある王族専用の貴賓室は(きら)めく陽光だけで充分に暖かい。そして広々とした客間には、別の意味の温かさも満ちていた。


「それにしても素晴らしい絵だね」


「お兄様の言う通りですわ!」


 テオドールと妻のソレンヌ、それにセレスティーヌが並んで座るソファーの向かい側には、真新しい額縁に収まった肖像画が飾られている。前日にシノブとアミィが作った、セレスティーヌの立ち姿が描かれた絵だ。輝くティアラを頭上に戴き彼女が好む白と薄桃色の華やかなドレスを身に着けた、王女らしい姿である。

 シャルロットやミュリエルの肖像画と同様に等身大に描かれたセレスティーヌは、ソファーに座る本人と同様に至福の笑みを浮かべている。


「気に入ってもらえたのなら嬉しいよ」


 王太子と王女が座るものとは直角に据えられたソファーから、照れ気味のシノブが答えた。室内には、他にアミィ、シャルロット、ミュリエルの三人しかいない。そのため、彼はセレスティーヌに普段同様の口調で接していた。

 テオドールの前という事もあり、最初シノブは礼儀に則ろうとした。しかし、他に人もいないのだから、とセレスティーヌに押し切られたのだ。どうやら彼女は、そのために侍女や護衛を下げたらしい。


「アミィさんの肖像画も素敵ですよ!」


 こちらは、シノブと並んで座るミュリエルだ。彼女は、仲の良いアミィに朗らかな笑みを向けている。

 彼女が言うように、セレスティーヌの肖像画と一緒にアミィの絵も作っていた。こちらも等身大で、しかも可愛らしい純白のドレス姿である。ちなみにこのドレスは、彼女がアムテリアから授かりシノブとシャルロットの結婚式で身に着けた衣装だ。そのためアミィにとって、様々な意味で一番の正装であった。

 なおアミィの肖像画は、シャルロットのものと並べてシノブ達の居室に飾っている。


「ミュリエル様……」


 アミィは恥ずかしげに頬を染めて(うつむ)いた。彼女は自分のことが話題に出るとは思っていなかったらしい。隣のミュリエルを含め一同の注目を浴びたためだろう、アミィは居心地悪そうにしている。


「アミィ、本当のことですよ。白く輝くドレスと、それに負けない貴女の姿、とても美しい絵です」


「シャルロット様まで……」


 しみじみとしたシャルロットの言葉からは、心の底から素晴らしい絵画だと思っていることが窺える。

 シャルロットは伯爵の継嗣だから、(おおやけ)の場では多少の社交辞令を口にすることもある。しかし真面目な彼女は御世辞を最小限に留めているし、こういう私的な場では尚更だ。

 それを理解しているだけにアミィは一層赤面している。そして彼女は、困惑の視線を僅かだがシノブに向けた。


「テオドール様。今日の昼食はマリエッタ殿も招こうと思いますが?」


 シノブは、アミィへの助け舟として話題を変えることにした。王太子の来訪を持て成すのは主として当然のことだが、余人を交えない場としたのは、この件もあったからだ。

 マリエッタは、カンビーニ王国の現国王の孫娘である。カンビーニ王国には王太子のシルヴェリオがいるし、彼には二歳とはいえ嫡男のジュスティーノもいる。そのため彼女が王位を継承する可能性は低い。

 しかし、友好国の王族と交流する貴重な機会だ。シノブは、先日までの訪問で好印象を(いだ)いたカンビーニ王家と自国の王太子が親密になる第一歩として、非公式に語り合う場を設けようと思ったのだ。


「それは良いね。私もゆっくり話してみたかったから」


「はい、お会いするのが楽しみです」


 テオドールは、テーブルに置かれたティーカップを手に取ると、にっこりと微笑んだ。その隣では、王太子妃のソレンヌも夫に似た柔らかな笑みと共に頷いている。


「お歳はシャンタルさんの方が近いのですが……」


 ソレンヌは、少々恥らいながら続けた。

 シャンタルとはシュラール公爵の娘でテオドールの第二夫人となる予定の女性だ。彼女が十四歳、マリエッタが十二歳、そしてソレンヌは二十一歳である。そのため、少し気後れしたのかもしれない。


「君も充分若いよ」


「そんな……早くシャンタルさんが来てくれると良いのですが」


 王太子夫妻は、相変わらず仲が良いようだ。

 ちなみに、シャンタルは今日の晩餐会までに来訪する筈であった。祖父の先代シュラール公爵リュクペールが、シャンタルと共に来ることになっているのだ。

 神殿での転移があるから、メリエンヌ王国の上級貴族は各伯爵領を簡単に訪問できるようになった。そのため従来とは異なり、地方の子爵達の結婚式に王家や公爵家から列席者が来る。今後は、こういった光景が多く見られるのかもしれない。


 もっとも、結婚する当人達、特にアリエルやミレーユ、そして二人の親族からすると、胃が痛いことのようだ。彼女達の実家は地方の男爵家であり、王族など一生会わない可能性すらあるからだ。

 なお、新郎達は子爵家の出だから、それほど負担に感じていないらしい。マティアスは元々王家に仕える子爵家で育ち、自身も王族を警護する金獅子騎士隊の隊長を務めていたほどである。彼は数年前に先妻と死別したのだが、初婚の時も現国王、当時は王太子のアルフォンス七世が妻達と共に列席したという。

 そして、シメオンもベルレアン伯爵家の分家であるビューレル子爵の嫡男だ。彼は過去に何度も王都メリエに赴いたことがあったし、子爵家の場合、侯爵家や伯爵家の娘を嫁に迎えることもある。その場合、王都で式を挙げる者も多く、血縁に王家や公爵家に嫁入りした女性がいれば夫を連れて祝いに来る。

 したがってマティアスとシメオンおよび彼らの親族は、双方とも動揺することはなかったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「リュクペール殿がいらっしゃったら、西のことについてもご意見を伺いたいですね」


 暫く和やかに会話をしていたシノブだが、懸案である西海のことに話題を転じた。

 テオドールには通信筒を渡しており、カンビーニ王国に滞在していたときのことも含め、文書で随時伝えていた。したがって、シノブがナタリオや海竜の長老達から聞いたことも、テオドールや国王は知っている。


「ああ、アルマン王国のことだね。リュクペール殿とアンドレ殿なら、過去のことも含めて色々教えてくれるだろう」


 少しだけ顔を引き締めたテオドールは、シノブに頷いて見せた。なお、アンドレとは、ポワズール伯爵アンドレ・ド・メレスである。

 メリエンヌ王国の西はルシオン海という大海で、そこには島国であるアルマン王国が存在する。そして、メリエンヌ王国でルシオン海に面しているのは、王領とポワズール伯爵領であった。王領は西方海軍をシュラール公爵家に任せているから、王太子の言う通り、リュクペールとアンドレはアルマン王国について詳しい。


「訪問前にもう少し情報を集めておきたいですから」


 真顔となったシャルロットは、二人の会話に加わった。シノブ達が次に訪問するガルゴン王国は、西海の覇権を長年アルマン王国と争っているのだ。

 メリエンヌ王国の南西に位置するガルゴン王国は、西側がルシオン海に面している。しかも島国のアルマン王国と、半島を国土とするガルゴン王国は、どちらも海洋国家というべき国柄だ。そのため、長い間ルシオン海で衝突してきたという。


「我が国は、伝統的に航海に力を入れていないからね。ガルゴン王国やアルマン王国のように海上覇権を争うなんて、代々の王が思ったことは無いだろうね」


 テオドールは、少々苦笑していた。メリエンヌ王国の海軍は、自国の沿岸を防衛するための組織である。そのため、彼が口にした二国のように海洋進出を目指したことなど無いらしい。何しろメリエンヌ王国は、アルマン王国以外とは陸続きだ。そのため海洋貿易には熱心ではなかったのだ。


「ホリィによれば、積極的に仕掛けているのはアルマン王国のようです。ガルゴン王国の商船団を見つけては壊滅させているとか。もっとも、確実に全てを沈められる場合だけにしているようですが……」


 ホリィは、ここ数日ルシオン海の様子を探っている。シノブは、彼女から通信筒で送られてきた情報を、テオドールに説明していった。

 アルマン王国には、商船に似せた軍艦が存在する。それらの商船に偽装した軍艦には高性能な大型弩砲(バリスタ)が積まれ、油断している相手に接近して攻撃を仕掛けるという。

 彼らは他国の商船、特にガルゴン王国の船と見せかけている。そして攻撃しても生き残りが出ないと判断した場合だけ、戦いを仕掛けるようだ。


大型弩砲(バリスタ)の矢に、強力な発火の魔道具を仕込んでいるようですね。私が教わった限りでは、あれは帝国由来で我が国でも製造方法を機密としている筈ですが……」


 シノブは、眉を(ひそ)めつつ言葉を続けた。本来なら、軍人ではないミュリエルやセレスティーヌがいる場で言うべきことではないだろう。しかし、彼女達もガルゴン王国に訪問する予定であり、そうなれば知る機会も訪れるかもしれない。それなら、事前に教えておくべきとシノブは思ったのだ。


「その通りだよ。元々は帝国との戦いで得た技術だね。だから、他の国の火矢は一段劣る……それが今までの常識だったのだが……」


 テオドールは、彼に似合わない鋭い顔つきとなっていた。薄めの栗色の髪に緑の瞳の彼は、穏やかな性格をそのまま形にしたような好青年である。しかし今の彼は、将来王となる者が持つ威厳と冷徹にすら見える険しさを(おもて)に浮かべていた。

 だが、それも仕方ないだろう。何しろ、ベーリンゲン帝国とメリエンヌ王国しか知らない筈の技術だ。そして、ベーリンゲン帝国は東方の殆ど内陸の国家であり、西のルシオン海どころか海上進出したという話すら聞かない。旧帝都を押さえた後にシノブ達が調べた内容でも、軍艦を保有した形跡も無かったのだ。

 そうなると可能性として挙がってくるのは、まずはメリエンヌ王国からの技術流出である。王太子であるテオドールとしては、自国民を疑いたくは無いだろうが、それでは通らないのが政治の世界である。

 とはいえ、つい数ヶ月前には帝国の間者が王都メリエにも侵入していた。したがって彼らが、メリエンヌ王国と不仲なアルマン王国を支援するというのは、充分にありえる話でもあった。


「これからのアルマン王国はヴォーリ連合国の優れた武器だけでは無い、ということですか?」


 普段はあまり戦のことに触れないセレスティーヌだが、シノブと兄に不安げな顔を向けて問いかけた。

 彼女が言うように、アルマン王国の艦船にはドワーフの技術が使われていた。メリエンヌ王国の北に位置するヴォーリ連合国もルシオン海に面している。そのためアルマン王国は、ドワーフから船に使う部品や武器を購入していた。また、ごく一部だがアルマン王国に招聘されたドワーフもいるという。


 魔術の苦手なドワーフだが、金属加工や細工については、それこそ魔法でも使っているのではと思う優れた腕を持っている。実際に、ドワーフ達は細工をする際に魔力を何らかの形で行使しているらしいから、通常とは違う彼ら独自の魔術という事も出来る。

 ただし、ドワーフが一般に言う魔道具を作ることは殆ど無い。彼らの主要な作品は、あくまで通常より桁外れに性能が良い品というだけらしい。


「ああ、そういうことになるね」


 テオドールは深刻な表情で妹に頷いてみせた。

 今までアルマン王国が使っている艦船や搭載されている武器は、基本的には機械的な仕組みによるものであった。もちろん日常用品としての着火や灯りの魔道具などは彼らも使うが、軍事用の魔導具はメリエンヌ王国に比べて数段劣っていたのだ。

 しかしホリィが伝えてきた内容は、従来の常識を(くつがえ)すものだった。現在のところ、メリエンヌ王国の船が襲われたり王領やポワズール伯爵領の沿岸にアルマン王国の艦船が現れたりということは無いらしい。しかし今後もそうだろうか。

 王太子の真剣な眼差しは、そう言っているかのようだった。


「あの……ガルゴン王国も魔道具技術は発達していないと思いますが……」


 セレスティーヌが発言したためだろう、ミュリエルも躊躇(ためら)いを見せつつも口を開いた。彼女は、これから訪問する国の将来を案じたのか、それともシノブや自身と親しいナタリオのことを思ったのか、憂いを顕わにしていた。


「そうですね。カンビーニ王国もですが、獣人が多いせいか魔術や魔道具開発は苦手なようです」


 ミュリエルの問いに答えたのはシャルロットだ。

 獣人族は魔力量が多くないし、ガルゴン王国とカンビーニ王国は獣人の方が多い。そのため両国では魔術に傾倒する者は少なく、魔術理論の研究も熱心では無いらしい。

 魔道具技師の場合、必ずしも当人が魔術師として優れている必要は無い。とはいえ、一定以上の魔力があり魔力感知に優れていた方が有利であるのは間違いない。それらの才能を持つ者であれば、魔道具に流れる魔力を自身が直接確認できるのに対し、そうでない者は測定用の魔道具や結果で判断するしかないからだ。

 そういうこともあり、両国はメリエンヌ王国に比べて魔術を学ぶ者が少なく、技術も劣っていた。そのせいだろう、カンビーニ王国で魔術師希望者を募集した際に、才能を持つ数少ない者は、留学に強い意欲を示していたのだ。ちなみにソニアの弟である猫の獣人の少年ミケリーノ・イナーリオも、その一人だ。


「魔術や魔道具に関しては、帝国に次いで進んでいるのが我が国だった。エルフのデルフィナ共和国も進んでいるだろうけど、あそこは他国と関わらないから敵となる心配も無い。そして帝国は壊滅し、その技術もシノブ殿が押さえてくれた。

これで、魔術関連については当分心配しなくて済むと思っていたのだけどね」


 テオドールは、デルフィナ共和国については心配していないようだ。

 エルフ達は争いを好まないらしく、魔術や魔道具も平和的利用が中心らしい。したがって、テオドールが言うように現在ではメリエンヌ王国より魔術に優れ、かつ戦争にそれらを活用しそうな国はエウレア地方に存在しない筈だった。

 しかし、高度な軍事用の魔道具をアルマン王国が使い出した。やっと帝国との戦いを終えたメリエンヌ王国だが、安心してばかりではいられないようだ。


「シノブ様がいらっしゃるから、大丈夫ですわ!」


 セレスティーヌは、全幅の信頼を込めた視線をシノブに向けた。

 メリエンヌ王国にはシノブやアミィという並外れた能力を持つ者がいて、更に帝国との戦いで培った技術もあれば兵士の錬度も上がっている。したがってアルマン王国を過剰に恐れる必要は無いのだが、とはいえ警戒はしておくべきだろう。


「アルマン王国が内陸まで攻めてくることはないでしょうけど、ガルゴン王国は困りますよね」


 アミィは、頭上の狐耳を僅かに伏せている。彼女が困惑したときや悩んでいるときに見せる仕草だ。

 ガルゴン王国の場合、西海から手を引けばドワーフ達との交易はメリエンヌ王国経由となってしまう。だが、そういう実利的な問題以上に、長年ルシオン海を制そうと鎬を削ってきた彼らが、そう簡単に退却するとも思えなかった。

 メリエンヌ王国としては、大使の交換もしていないアルマン王国より、交易相手でもあり親しく付き合っているガルゴン王国を応援したい。それに、カンビーニ王国も、良く似ている上に深く交流しているガルゴン王国を助けようとするだろう。

 アルマン王国一国で、この三国に勝てるとは思えないが、新たな火種であるのは間違いなかった。


「そうだね、友好国として支援はしたいけどね。まあ、その辺りはリュクペール殿達と相談しよう。ここで話していても結論が出ないから」


 シノブは、自身が振った話題のせいで一同の表情が暗くなったと、内心反省をしていた。十歳の誕生日を過ぎたミュリエルにも、徐々に政治に関する話題に加わってもらっていたとはいえ、後でテオドールと別に場を設けて話せば良かったと思ったのだ。


「そうですわ! 折角の慶事の前ですから、もっと楽しい話をしましょう! お兄様、一昨日は私達、とっても仲良く過ごしたのです! シノブ様とシャルお姉さまのお部屋で……」


「セレスティーヌ!」


 セレスティーヌが二日前の一件に触れようとした。そう思ったシノブは、嬉しげに語る彼女を大きな声で(さえぎ)った。シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人と過ごした日のことは、流石に余人に知られたくはない。

 もっともアミィには、ミュリエルが既に教えていた。シノブも一身に尽くしてくれる彼女に隠し事はしたくなかったから、それは別に構わない。それに、アミィのことは家族だと思っているから、ミュリエルが言わなくても何かの機会にシノブ自身から触れたかもしれない。

 とはいえテオドールやソレンヌに知られるのは、それとは全く別である。真っ赤な顔となったシノブは、ソファーから腰を浮かしていた。


「シノブ殿、妹と仲良くしてくれて嬉しいよ。でもセレスティーヌ、いくら兄と妹でも聞かない方が良いこともあるみたいだよ?」


 テオドールは彼独特の穏やかな笑顔でシノブに語りかけた後、妹へと顔を向けた。

 何となく、テオドールはセレスティーヌが言いたいことを察しているようだ。シャルロット達は、シノブと四人で寄り添ったことを嬉しくは思ったようだが、特異なこととは感じなかったらしい。ああいう過ごし方が普通にあることなら、テオドールが妹の言いたいことに思い当たっても不思議ではない。

 笑いさざめく女性達に囲まれたシノブは、まだまだ自身と周囲の感性には開きがあると、今更ながら感じていた。そのせいか楽しげな面々の中で、彼一人だけがどこか引き()ったような笑みを浮かべていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 諸々の相談を済ませたシノブ達は、王太子テオドールとマリエッタを引き合わせるべく、二階へと降りていった。昼食会は内輪で行うため、場所は普段シノブ達が朝食を取っている広間だ。そのため、彼らは左翼へと向かっていった。

 そして、マリエッタと彼女の学友である三人の伯爵令嬢は、既に広間で待っていた。だが、シノブ達が広間で目にしたのは、彼女達だけではなかった。


「ええと……リオ殿?」


「まあ、表向きはそうして下さい。でも、ここではシルヴェリオで良いですよ」


 何と、広間にはカンビーニ王国で出会った傭兵リオ、つまり()の国の王太子シルヴェリオがいたのだ。彼は獅子の獣人なのだが、最初にあったときと同じように変装の魔道具で人族に化けていた。


「ご無沙汰しております……といっても、数日ですが」


「突然の訪問、申し訳ありません」


 シルヴェリオに続いたのは同じく人族に姿を変えた親衛隊員のロマニーノと彼の上司であるナザティスタだ。彼らも傭兵の姿だから、公式にはニーノとナザトで通すつもりなのだろう。


「もしかして、バージ達に連れて来てもらったのですか?」


 シノブは、彼らの突然の来訪が、光翔虎のバージやパーフの仕業だと思い当たった。光翔虎は姿を隠すことだけではなく、魔力も隠蔽できる。

 もっとも隠蔽した状態でも、この館まで来ればシノブなら気がつくだろう。だが、シェロノワの郊外くらいであれば、魔力感知能力を研ぎ澄ましている状態でなければ、見逃す可能性が高かった。


「そうじゃ。ああ、(わらわ)は外ではリーナと呼んでくれ」


 こちらは二十代後半くらいに見える人族の女性である。シノブは初めて会う人物だが、その口調や声音(こわね)は聞き覚えがあるし、顔や姿にも既視感があった。それもそのはず、シノブが目にしているのはマリエッタの母であるアルストーネ公爵フィオリーナが変装した姿だからだ。

 北方では猫科の獣人は少ない。だが、侍女のソニアやアルバーノは猫の獣人で、アルバーノの率いる部下にも猫の獣人や虎の獣人はいる。そのため、猫の獣人ロマニーノや虎の獣人ナザティスタであれば、そのままでも何とか誤魔化せるかもしれない。

 しかし、シルヴェリオやフィオリーナのような獅子の獣人はマリエッタの学友ロセレッタくらいだ。そのため、彼女も人族へと姿を変えたのだろう。なお、今日のフィオリーナは貴族の夫人といった格好である。おそらく、シルヴェリオ達は彼女の護衛として雇われた傭兵という配役なのだろう。


「流石に、陛下までは来ていないようですね……テオドール殿下、こちらが……」


 シノブは思わず周囲を見回し、カンビーニ王国の国王レオン二十一世らしき人物がいないことを確認した。そして彼は、僅かに苦笑を浮かべたまま、テオドールにシルヴェリオ達を紹介していった。


 光翔虎のバージやパーフは、娘のフェイニーの様子を見に来たらしい。

 二頭は、シノブがシェロノワに帰還したときに同行し、娘の過ごす環境を確認していたし、岩竜ガンドや炎竜ゴルンの狩場の場所についても説明を受けていた。そのため、今回彼らはシェロノワにシルヴェリオ達を降ろすと、フェイニー達が狩りの訓練に行っているガンドの狩場へと向かったという。


「叔父上はの、テオドール殿下とお会いしたかったのじゃ! ここなら突然現れても大丈夫じゃからの!」


「お館様、シルヴェリオ殿下とアルストーネ公爵閣下がどうしても、と仰いましたので……」


 楽しげなマリエッタに続き恐縮した様子で語ったのは、家令のジェルヴェである。

 シルヴェリオ達は、まずは自国の領事館に行ったそうだ。そして、領事館の責任者である駐メリエンヌ王国大使の娘アリーチェの案内で、館を訪問したという。カンビーニ王国に同行したジェルヴェも磐船で傭兵リオの姿を見ているから、彼らはすんなり館に入ることが出来たのだ。


「折角シルヴェリオ殿が驚かせようとしてくれたんだからね。それで良いよ」


 シノブは、ある意味災難に見舞われたジェルヴェを優しく(ねぎら)った。友好国の王太子や公爵、それもシノブ達と親しく接している彼らの頼みだ。杓子定規に主君に報告するより、彼らの余興に付き合うのが大人の対応というべきであろう。


「思ったより早く会えましたね。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ。結婚式でこちらにいらっしゃると伺っていましたので、押しかけました。お互い王都に訪問したら、大騒ぎになるでしょうからね。どちらが先に訪問するかもありますし」


 テオドールとシルヴェリオは、早速楽しげに歓談している。どちらかといえば柔和な面が目立つテオドールと、海竜の試しも乗り越えた抜きん出た武人であるシルヴェリオだが、人当たりの良さは共通している。それに年齢もテオドールが二十四歳、シルヴェリオが一つ下で二十三歳とほぼ同世代である。


「そうですね、王都は色々騒がしいでしょう。ここならシノブ殿を交えて三人で各国の未来を語り合えますし、ちょうど良いかと」


「ええ、シノブ殿にお伝えしたいこともありますが、我ら二国と旧帝国領の新たな歴史が始まるのは、やはり彼の住まう土地からでしょう」


 すらりとしたテオドールと武人らしく筋肉質のシルヴェリオだが、背も殆ど変わらない。それもあってか、二人が並ぶ姿は実に親しげに見える。それにテオドールとシルヴェリオは、シノブを中心に新時代を切り開いていくという点でも一致しているようだ。


「シルヴェリオ様、お元気そうで何よりです」


「結婚式にも列席していただけるのですか?」


 セレスティーヌが二人の王太子の側にいったせいか、ミュリエルもシルヴェリオへと話しかける。もしかすると、未来のフライユ伯爵夫人として賓客を持て成すべきと思ったのかもしれない。


「マリエッタ、修行はどうかの?」


「早速、シノブ殿やアミィ殿、シャルロット殿から指導を受けておりますぞ!」


「マリエッタは才能にも恵まれていますが、(おご)らず精進するところが素晴らしいです。きっと大成するでしょう」


 こちらでは、女性同士の語らいが始まっていた。フィオリーナにマリエッタ、そしてシャルロット。三人とも武術好きであるせいか、彼女達は何年も共に過ごしているかのように仲が良さげである。


「……ジェルヴェ、すまないけど、昼食の追加を頼むよ」


「はい、それは手配済みです」


 暫し彼らの様子を眺めていたシノブだが、料理が足りないことに気がついてジェルヴェへと声を掛けた。しかし、ベルレアン伯爵家に勤めていた期間も含めると既に十五年以上家令として働いてきたジェルヴェである。シノブが心配するまでもなく、追加の手配は済ませていたようだ。


「流石だね。それじゃアミィ、俺達も行こうか」


「はい、シノブ様!」


 頼りになる家令の返答に笑顔となったシノブは、アミィを(いざな)い語り合う一同へと歩み寄った。

 楽しげな王太子達の姿からは、両国の明るい未来が感じられる。思わぬ来訪に驚いたシノブだが、カンビーニ王国の次期国王が早期にシェロノワへと訪れたのは、根拠は全く無いが吉兆のようにすら思える。

 アルマン王国の動きは気になるが、それも両国の次代を担う二人と手を(たずさ)えていけば何とかなるだろう。そんな感慨を胸に(いだ)いたシノブは、王太子達に負けないくらい(まぶ)しい笑顔で彼らの会話に加わっていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年10月22日17時の更新となります。


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