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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第14章 西海の覇者達
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14.03 シノブ、旅の後 後編

 朝食後、シノブはシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人を連れ、左翼二階のサロンへと移動しようとした。アミィはマリエッタや三人の伯爵令嬢の衣装や荷物を出すため席を外しているのだが、その間、シノブはシャルロット達とゆっくりしようと思ったのだ。

 しかしシャルロットの提案で、四人の行き先は変わることになる。


「シノブ、私達の部屋に行きましょう。サロンだと侍女達もいますから」


 シャルロットは、サロンではなく自身の居室の方が落ち着くと思ったらしい。美しいプラチナブロンドと青いドレスを(なび)かせながら歩く彼女は、楽しげな表情でシノブに笑いかける。

 本来なら領主夫妻ともなれば、居室でも従者や侍女が側に控え、彼らの世話を受ける。しかし元々ごく普通の日本人であるシノブは、日常の全てを使用人に注視されていては気が休まらない。

 それにアミィもシノブやシャルロットの世話は自分でしたいらしく、彼らが居室に使用人を呼ぶことは少なかった。


「私もその方が良いです!」


「シャルお姉さまのお部屋に行きましょう!」


 ミュリエルやセレスティーヌは、弾む声音(こわね)でシャルロットに賛成した。

 二人は生まれたときから侍女達に囲まれてきた。とはいえ、お付きの者の視線が存在しない方がシノブやシャルロットと親密に出来ると思ったのだろう。

 ミュリエルは姉と似た青いドレス、セレスティーヌは白に薄桃色が入ったドレスを(ひるがえ)し、シノブとシャルロットの前に出ると、期待に満ちた顔で見つめる。


「シャルロットお姉さま、早く!」


「さあ、シノブ様も!」


 ミュリエルは銀に近いアッシュブロンドを揺らし、セレスティーヌは豪奢な金髪の巻き髪を輝かせながら、満面の笑みと共にシノブとシャルロットへと手を伸ばした。

 朝食を取った広間は二階で、シノブ達の居室は三階である。セレスティーヌはシノブの、ミュリエルはシャルロットの手を引いて階段へと急がせる。


「わかったから、慌てないで」


「ミュリエル、急がなくても時間は充分にありますよ」


 シノブとシャルロットは、苦笑気味の顔を見合わせた。そして彼らは、そのままの表情で二人の少女へと続いていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 メリエンヌ王国の邸宅で一般的な『メリエンヌ古典様式』の場合、建物の右翼は公的な場、左翼は私的な場とされている。シノブ達が住むフライユ伯爵家の館だけではなく、シャルロットやミュリエルの生家であるベルレアン伯爵家、それに王女であるセレスティーヌが生まれ育った宮殿も、この様式に則った構造である。

 領主の執務室や迎賓の間に会議室、それに賓客を滞在させる貴賓室は右翼に置かれる。通常、二階に実務に使う部屋、三階以上は貴賓室などが配置される。ここフライユ伯爵家の館は四階建てであり、右翼の四階は王族専用の間、三階が一般の貴族用となっていた。

 そして、左翼には領主一族が住む部屋が置かれている。二階にはサロンや食事のための幾つかの広間があり、三階はそれぞれの居室である。

 なお、フライユ伯爵家の館の場合、左翼の四階は居室の一部と領主家族の娯楽の場となっていた。もっとも、娯楽といっても絵画や彫刻、珍しい宝飾品が置かれた展示室や、先祖代々の遺宝が置かれた宝物庫などもあり、シノブにとってはあまり気軽に楽しめる場ではなかったが。


 左翼の三階に現在住むのは、シノブとシャルロットにアミィ、そしてミュリエルと彼女の祖母アルメルである。シノブ達三人で一区画、ミュリエルとアルメルでもう一区画を使っているが、これらの区画は居間を中心に複数の寝室、従者や侍女の控えの間から来客を取り次ぐ部屋、更に台所や風呂場まで備えたものだ。

 どの区画も領主一族が使うに相応しい広々とした間取りで、しかも緻密な寄木細工の床に白い漆喰の壁、天井は魔道具のシャンデリアに天井画と、非常に贅沢な造りである。

 なお、今は二区画しか使っていないが、三階と四階には全部で六つの居住用区画が存在した。当主と夫人達、先代と夫人達、成人した子供達など、本来なら多くの者が住む筈だからだ。


 そしてシノブとシャルロットが暮らしているのは、左翼三階の一番奥だ。中央にある階段からは一番遠いが、突き当たりということもあり、広く取れる上に静かな場所であった。


「私がお茶を用意しますね」


 ミュリエルは居間に入ると、お茶や菓子などの準備をしに付属の台所に行った。ミュリエルは自身が一番年少ということもあるためだろう、こういう時には率先して動く。

 彼女やセレスティーヌは、シノブが帝国との戦いで不在の間、シャルロットがいるこの部屋に集まることが多かったらしい。そのため、何がどこにあるか熟知しているようだ。


「カンビーニ王国訪問も楽しかったですが、こうやってゆったりと過ごすのも良いですわ」


 セレスティーヌも慣れた様子でソファーへと腰掛けた。流石にシノブとシャルロットの寝室に入ったことは無いだろうが、居間であれば何度となく訪れているから当然ではある。

 そのせいだろう、青い瞳を輝かせ気兼ねのない様子で笑うセレスティーヌは、勝手知ったる我が家と言わんばかりの寛ぎようであった。


「そうだね。カンビーニ王国では殆ど自由な時間は無かったから」


 セレスティーヌの向かい側に座ったシノブは忙しかった旅を思い出し、肩を(すく)めつつ彼女に同意した。

 カンビーニ王国への訪問は往復を含めて八日(ようか)、王都カンビーノに滞在した期間は足掛け五日(いつか)と日数はそれなりにあった。しかし、自由な時間が殆ど存在しない旅であったのも、紛れのない事実だ。


「国の使節ですから仕方ありませんが……」


 シノブに寄り添うシャルロットも、口では正論を述べつつも僅かに残念そうな様子である。

 セレスティーヌとシャルロット。二人の仕草や表情は異なるが、いずれも慌ただしい旅とは違う緩やかな時間を満喫しているのは同様らしい。


「本当ですわね……それにしてもシャルお姉さまの肖像画、いつ見ても素晴らしいですわ」


 シノブ達の返答に微笑んだセレスティーヌだが、自身の正面、シノブとシャルロットの背後に掛かっている肖像画が気になったらしい。彼女は、等身大のシャルロットの姿を本物同様の色彩で描いた絵に、うっとりとした視線を向けている。

 これは、シャルロットの誕生日にシノブとアミィが作って贈ったものだ。二人の魔術を駆使して描いたシャルロットの立ち姿は、手前に座っている本人同様の美しさである。

 メリエンヌ王国を含むエウレア地方では、水彩画や油絵など様々な技法による絵画が存在する。この辺りの国々では写実画ばかりであり、抽象画はまだ無いらしい。写真が存在しないため、実物同様に描くのが尊ばれるということもあるが、手配書の似顔絵など現実的な用途もあるからだろうか。

 いずれにせよ、リアリティのある絵画自体は珍しくも無い。しかし、アミィがスマホから得た能力で写し取り、シノブと協力してカラープリンターのように再現した肖像画は、それらに比べても段違いの写実性を誇っていた。


「私も毎日眺めています」


 お茶の準備をしてきたミュリエルが会話に加わった。彼女は、茶器やお茶菓子を乗せたお盆をシノブ達の前のテーブルに置いた後、シャルロットの肖像画へと視線を向ける。


「それは嬉しいね」


 シノブは、お茶菓子であるクッキーの入った器をテーブルの中央へと置いた。

 ミュリエルが眺めていると言ったのは、シャルロットの肖像画のことではない。シノブとアミィが、今月頭のミュリエルの誕生日に贈った彼女自身の絵だ。こちらは、ミュリエルとアルメルの居間に飾られている。


「シノブお兄さま、私がします!」


 ミュリエルは祖母のアルメルや母のブリジットから厳しく躾けられているようだ。そのため、将来夫となるシノブの手を煩わせたことが、不満らしい。


「ごめん。でも、少しくらい手伝わせてよ」


 頬を膨らませ緑の瞳に非難の色を浮かべる少女に、シノブは頭を掻いて謝った。

 貴族の男性、しかも当主ともなれば、こういうときは手出しをしないものらしい。しかし、日本の一般家庭で生まれ育ったシノブは、身内だけの場などは、つい油断をしてしまうようだ。

 何しろ彼が大学に入る前、実家にいた頃は母や妹の手伝いをしていた。まだ、ほんの一年ほど前のことである。それ(ゆえ)、当時の癖が抜けないのは仕方ないだろう。


「ミュリエル、そのくらいは良いのでは? さあ、お茶をいただきましょう」


 シャルロットは、この中ではシノブと一番長く接している。そのため、シノブが世話されるだけより自身も手伝うことを望むと、気がついているようだ。深い湖水のような瞳に柔らかい光を(たた)えた彼女は、夫と妹の様子を温かい笑顔で見守っている。


「はい!」


 シャルロットの取り成しに再び笑顔となったミュリエルは、ティーカップへとお茶を注いでいく。彼女は、四つのティーカップに紅茶に似たお茶を注ぐとシノブ達に配り、セレスティーヌの脇に腰掛けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「オルムルさんやフェイニーさん達は、お出かけですの?」


 お茶を飲んだセレスティーヌは、子竜達や光翔虎の子フェイニーがどこに行ったのかを訊ねた。彼女も、愛らしい小さな竜達や、ぬいぐるみのようなフェイニーを可愛がっている。もしかすると、一緒に遊びたかったのかもしれない。


「ああ、今日は皆でガンドの狩場に行ったよ」


「起き抜けは、シノブに貼り付いて大変でしたが……」


 シノブとシャルロットは、起床時の様子をセレスティーヌとミュリエルに伝えた。

 セレスティーヌ達は、子竜達がシノブに密着して魔力を吸収することは知っている。しかし就寝時に寄り添う場所を決める一幕などは、彼女達にとって初めて聞く内容だ。そのため二人は、自分達が知らないオルムルやフェイニー達の仕草に興味津々な様子で聞き入っている。


「オルムルさん達が羨ましいですわ」


「はい……おやすみの挨拶におはようの挨拶、私もしてみたいです」


 セレスティーヌとミュリエルは、シノブに擦り寄るオルムル達を何度も見てはいる。しかし、就寝や朝の一幕を聞いて、シノブと共に寝起きするオルムル達に嫉妬を感じたらしい。


「それは……」


 頬を染めたシノブは、そのまま口篭ってしまう。

 シノブは、妻であるシャルロットと寄り添い夫婦らしい触れ合いをすることに、嬉しくはあっても恥ずかしさは感じない。だが、ミュリエルやセレスティーヌと同じように接することが出来るかといえば、それはまた別である。


 婚約者であるミュリエルは、成人して結婚すれば一緒に就寝するのだろう。それは、今はミュリエルを妹のようにしか思えないシノブにとって、まだ実感の薄いことではある。しかし、その一方でシノブは、彼女が将来のために様々な努力をしていることを知っている。その努力が、自身と共に過ごすためであることも。

 とはいえ、それはまだ先の話である。十歳になり大人への道を歩み始めた彼女が、婚約者とはいえ親兄弟でもない男性と添い寝するのは、当たり前だが不謹慎なことである。シノブとしても、いくらミュリエルの願いだからといって(かな)えるつもりはない。


 一方セレスティーヌについてだが、シノブは彼女を家族同様であると認めはした。しかし彼は、セレスティーヌを婚約者とすることについては、まだ躊躇(ちゅうちょ)していた。ミュリエルを婚約者にしたのだからセレスティーヌも、というほどシノブは単純な性格ではなかったのだ。


 シノブも、将来ミュリエルを娶ることに関しては、自身が決めたことであり納得はしている。

 フライユ伯爵となった彼は、ミュリエルを娶って彼女との子に爵位を渡すことを望まれた。もし、それを断ったらミュリエルは生涯独身であることを要求され、自由の無い生活を送ることとなっただろう。それを恐れたシャルロットは、自身が退()くことも考えたようだ。

 それらの事情があり、更にミュリエルが大人になるまで五年近い歳月があったから、シノブも彼女に関しては心理的障壁が低かった。しかしセレスティーヌの場合、婚約者としたら間を置かずに結婚となりかねない。それが、シノブの躊躇(ためら)う要因となっていたのだ。


「シノブ様、私もまだ少し恥ずかしいですわ。ですから、おはようとおやすみの挨拶は、またの機会としましょう」


 どうやらセレスティーヌは、シノブのそういった心理には気がついているらしい。そのためだろう、彼女はシノブに先回りして起床と就寝の挨拶は先々のこと、と口にした。

 彼女がシノブに嫁ぐことを望んでいるのは間違いない。しかし、それは今すぐでなくても良いらしい。これは、国王アルフォンス七世や王太子テオドール、それに先代アシャール公爵ベランジェなども同じ考えのようだ。

 国王達はシノブを神の使徒と考えているとみえる。そのため、何としてもシノブの血筋と王家の血統を結びつけたいのだろう。

 だが、焦ってシノブに逃げられるくらいなら、彼がこの国の習慣に馴染むときを待つ方が上策と判断したようだ。そこで、今はセレスティーヌをシノブの身近に置くだけで良しとしたらしい。


「そうか……」


「ですが家族でしたら、シャルお姉さまのように寄り添っても良いと思います。オルムルさん達にもお許しになっているのですから」


 安堵の表情となったシノブに、セレスティーヌは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、従姉妹と同様に側に寄りたいと言い出した。彼女はソファーから立ち上がり、(きら)びやかなドレスを揺らしながら向かいに座るシノブのところにやってくる。


「ま、待ってくれ! オルムル達と一緒ってことは……」


「ええ、シャルお姉さまがそのまま左側、私が右側、ミュリエルさんは、お膝の上でどうでしょう? 先ほどのお話だと、ファーヴさんを抱えていたと伺いましたから」


 嫌な予感がしたシノブが訊ねると、セレスティーヌは身に着けたドレスに入った薄桃色と同じくらい僅かに頬を染めたものの、スラスラと自身の考えを語りだす。

 確かに起床直後、シノブはこの場所でオルムルとシュメイを両脇に置きファーヴを膝に抱えていた。したがって同じように、というなら彼女の言うようになる。


「シノブお兄さま、それが良いです!」


「そうですね。たまには良いかもしれません」


 何と、ミュリエルどころかシャルロットまで賛成をする。ソファーから立ち上がり輝く笑顔を向けてくるミュリエルの反応は、シノブにとって予想の範囲内であった。しかし、まさか妻まで賛成するとは思わなかったので、シノブは何と答えるべきか迷ってしまう。


「その……こういうのって、普通にあるの?」


 ようやくシノブが搾り出した言葉は、久方ぶりにこの世界の常識を問うものであった。流石に彼も、最近では日常生活について訊ねることは無いのだが、一夫多妻の家族の語らいについては、当然ながら聞いたことなど無かったのだ。


「ええ。父上も母上やブリジット殿と仲睦まじくしていました。他の者がいない場では、ですが」


「はい! お父さまが真ん中、お母さまとカトリーヌお母さまが並んで、私がお膝に座りました!」


 シャルロットとミュリエルは、昔を思い出すような幸せそうな笑顔で、シノブに答えた。二人は幼い頃を思い出したからか柔らかな表情であり、セレスティーヌの提案に疑問を(いだ)いている様子は無い。


「シノブ様、お父様達も同じですが……そう言えば、シノブ様の故郷では奥様は一人だけでしたね」


「その……そうだな、ちょうど良い。セレスティーヌ、俺の本当の経歴を話そう。悪いけど、もう一度そっちに座ってくれないか?」


 故国のことが話題に出たこともあり、シノブはセレスティーヌに自身の真の来歴を伝える良い機会だと思い至った。彼女を家族同様に扱うと決めたシノブだが、直後に帝国との決戦となり、それが終われば幾らもしないうちにカンビーニ王国への訪問となった。そのため、今日まで話す機会が無かったのだ。


「はい、わかりましたわ」


 真剣な表情となったシノブに、こちらも真顔となったセレスティーヌは、先ほどまで座っていたソファーに戻っていく。

 そして、既に彼の経歴を知っているシャルロットやミュリエルも、同様に表情を改めた。シャルロットはシノブの隣で姿勢を正し、ミュリエルもセレスティーヌの隣に静かに腰を降ろした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは、今まで遠く離れた国と言っていた日本が、この世界から見て異世界の星である地球に存在することなどをセレスティーヌに伝えた。そしてアムテリアや従属神は、その日本の神であったこと、自分がアムテリアの遺した神域に迷い込んだ結果、こちらの世界に来ることになったことなどを、順々に話していった。


「……そうでしたの。シノブ様、お教え頂き感謝しております。とても嬉しいですわ」


 全てを聞き終えたセレスティーヌは、にっこりと微笑んだ。シノブは、彼女がもっと驚くかと思っていたのだが、そのようなことはなく落ち着いたままである。


「あまり驚かないんだね」


 シノブは、セレスティーヌが感動のためか頬を染めてはいるものの、さほど動揺していないのを見て、不思議に思った。シャルロットにしろ、ミュリエルにしろ、最初にシノブとアムテリアの関係を聞いたときには、もっと驚いたからだ。


「はい。シノブ様とアミィさんは、大神アムテリア様がお住まいになる神界からいらっしゃったと思っていましたから。神界とは少し違いますが、大神のお創りになった世界から来たことに違いはありませんわ」


 シノブの問いに、セレスティーヌは柔らかな笑みを浮かべたまま答えた。シノブが国産み神話などにも触れたため、セレスティーヌは、この世界と同様に地球もアムテリアが造ったと受け取ったようである。

 セレスティーヌは、最高神アムテリアの下に従属神がいるだけの、いわば単一の宗教のみが存在する世界で生まれ育った。シノブは、そんな彼女にわかりやすく伝えようとしたため、今回は日本以外の神々について触れなかった。それ(ゆえ)、一種独特の理解となったようだ。


「シノブ様。私はシノブ様が大神アムテリア様の眷属だと思っていたのです。でも、大神の血を受け継いでいたのですね。シノブ様のご家系は、やはり特別なものなのでしょうか?」


 セレスティーヌは、シノブが神域に迷い込んだ原因が、アムテリアの血を非常に強く受け継いでいるからだ、と聞いたのが気になったようだ。王家に生まれた彼女は、由緒正しい血統というものに興味があるのかもしれない。


「う~ん。天野(あまの)家は、下級武士らしいけどね。先祖をずっと辿(たど)っていけば、それなりに由緒があるらしいけど、本当かなぁ……」


 シノブは、祖父から聞いた話を思い出しつつ頭を掻いた。

 彼が歴史好きとなったのは、祖父の影響だ。そして、その祖父は武家の生まれであったことを強く誇りに思っていた。

 己の生まれを誇りに感じる人間の多くは、家系図などを大切にするだろう。シノブの祖父も、その例に漏れなかったようで、自身の家系については先祖から伝わる家系図だけではなく独自に調べたりもしたらしい。

 シノブの祖父によれば、天野(あまの)家の先祖は藤原氏だという。直系には皇孫にあたる賜姓皇族の娘を妻とした者もいるが、そういった家系図を掲げている家など幾らでもあるのではなかろうか。それに、自称何々の子孫、など名家の末流を名乗った者も多いはずだ。

 シノブ自身は、歴史にロマンを感じてはいた。しかし、祖父の話については記録が残っているもの以外、ある程度割り引いて聞いていたのだ。


「……まあ、そんなわけだから、一応は血を受け継いでいると言えなくも無い、って辺りだと思う」


 シノブは、自身の過去を話したせいか、セレスティーヌに対しても普段より更に砕けた口調となっていた。もっとも、そのせいかアムテリアとの関係性については、何とも曖昧な表現になってしまったが。


「そうなのですか。でも、それでしたら大神アムテリア様の神域に入ることが出来た人は、もっといるのではないでしょうか?」


「セレスティーヌ様の言う通りですね。直系以外でも良ければ、シノブお兄さま以外にも、沢山の人が神域を発見しそうです」


 セレスティーヌに同意したのはミュリエルだ。確かに、シノブと同じような条件であれば、多くの日本人が該当することになる。そうであれば、こちらの世界に来たかどうかはともかくとして、神域に迷い込んだ人は大勢いるだろう。しかし、シノブが旅行した先では、そんな伝説など聞いたこともない。


「やはり、シノブは特別、ということでしょうか?」


 シャルロットは、隣に座る夫へと視線を転じた。彼女の緩やかな動きにつれて、波打つプラチナブロンドが揺れ、大きな窓から差し込む光で(きら)めく。


「私もそう思いますわ。きっと、シノブ様も知らない何かがあるのだと思います……ですが、もっと大切なことがありますわ!」


「何かな?」


 シノブは、急に大声を上げたセレスティーヌに、驚きながら問いかけた。これまでシノブが説明した中で、彼女が更に大切だと感じるようなことに、思い当たらなかったからだ。


「シノブ様と寄り添うことですわ!」


「そうです! シノブお兄さま、お話は終わったのですから皆で仲良くしましょう!」


 セレスティーヌがソファーから立ち上がりながら叫ぶと、ミュリエルもそれに釣られたように席を立つ。そしてセレスティーヌはシノブの右側から、ミュリエルは姉のいる左側から小走りに近づいてくる。


「そ、そのことか……ああ、良いよ」


 セレスティーヌの言葉を聞いたシノブは、少々脱力しながら苦笑していた。そんな夫にシャルロットは体を預けながら、優しく微笑んでいる。


「それでは、私がこちらに。ミュリエルさん、どうぞ」


「はい!」


 セレスティーヌは、シノブの右隣に収まると嬉しげな顔で体を寄せてくる。そして、ミュリエルも彼女に勝るとも劣らぬ笑顔で、シノブの膝の上に座って彼に寄りかかった。


「身動きが取れないね……」


 セレスティーヌに右腕、シャルロットに左腕を取られ、膝の上にはミュリエルだ。それに、三人とも頭を預けてくるから、顔を動かすこともできない。シノブは、三人の女性が放つ香気に包まれながら、じっとするだけである。


「シノブ、もっと楽にしてください」


「そうですわ!」


 シャルロットとセレスティーヌは、楽しげな笑みを浮かべていた。シノブが身動きできないと知っているからか、二人は更に密着してくる。彼女達はシノブと反対側の腕をミュリエルへと回し、もはやシノブを真ん中に向き合うような体勢になっている。


「シノブお兄さま……ずっと側にいてくださいね」


 ミュリエルも、姉達に抱かれながら一層シノブに体を預けてきた。ミュリエルの声は、どことなく夢心地であり、ここのところ大人びて見える彼女とは思えないほど、幼く感じられた。


「ああ。約束するよ……」


 シノブは、自身を頼りにしてくれる女性達に、これからも共に生きていくことを誓った。

 シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌ。現在のところ、シノブにとっては妻とその妹二人のようなものだが、それでも家族としての愛があることには間違いない。この世界での愛のあり方については、(いま)だ戸惑うことも多いが、少しずつ前に進んでいけば良いのではないだろうか。

 少なくとも、三人ともシノブにとって愛おしい存在であるのは、間違いないのだから。


「そうだ! セレスティーヌ、君の肖像画も作ろうか!」


「えっ、私のですか?」


 シノブの唐突な発言に、セレスティーヌは驚いたようだ。彼女はシノブの肩に預けていた頭を起こすと、その青い瞳で彼の顔をじっと見つめている。


「ああ、君のだけ無いからね」


 シノブは、セレスティーヌがシャルロットの肖像画を見つめていたことを思い出したのだ。シャルロットとミュリエルの二人だけに贈って、セレスティーヌに無いのも不公平だろう。


「あっ、ありがとうございます!」


 セレスティーヌは瞳を潤ませると、一旦シノブの肩に顔を埋めるように顔を伏せた。どうやら、シャルロット達に泣き顔を見せたくなかったようだ


「セレスティーヌ、良かったですね」


「セレスティーヌ様、おめでとうございます! そうです! シノブお兄さま、アミィさんの絵も作りましょう!」


 シャルロットとミュリエルは、嬉しげな様子で声を上げる。そしてミュリエルは、アミィの肖像画も作ろうと提案した。アミィは以前モノクロの集合絵に自身の姿を加えたこともあるから、彼女の提案は不可能ではない。


「ああ、そうだね! それじゃ……」


「シノブ、今日はゆっくりする約束ですよ。ですから絵を描くのは明日にしましょう。今日は、このまま一緒に……」


 シノブの言葉を(さえぎ)ったのは、シャルロットだ。彼女は夫の腕を強く(つか)み、ソファーに押し留める。

 どうやら自分はじっとしているのが苦手らしい。そう悟ったシノブは、己の落ち着きの無さに苦笑した。共に生きていくと誓うのは良いが、これでは皆に安らぎを与えることは出来ないのではなかろうか。シノブは、少々反省をしながら再びソファーに身を預けた。


 三人の女性は、そんなシノブの様子を微笑みながら見つめていた。そして暫くすると、最前のように最も頼りとする男性に己の身を預け(まぶた)を閉じていく。

 シャルロットは夫と二人きりの時に見せる少し甘えたような表情で。ミュリエルは将来を夢見るような面持ちで。そしてセレスティーヌは肖像画をプレゼントされると知ったときの感激を浮かべた顔で。三人は、それぞれ異なる笑みを浮かべているが、いずれも同じ至福の輝きを放っていた。


 シノブも、温かな女性達に囲まれたまま目を閉じた。今の自分達に言葉は必要ない。そう思ったのだ。

 それは、シャルロット達も同じだったのだろう。音の無い世界で春の光の暖かさに包まれていた四人は、いつの間にか夢の世界へと(いざな)われていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年10月16日17時の更新となります。


 本作の設定集に、13章の登場人物の紹介文を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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