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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第13章 南国の長達
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13.29 公女が見た流星 前編

「父上、あのような戦士は初めて見ますが……」


 王太子シルヴェリオは、中央闘技場で行われている槍術の試合の一つを見ていたが、どうにも納得がいかないような表情となり、父である国王レオン二十一世へと顔を向けた。

 その言葉を聞いたシノブは、隣に座るシャルロットと顔を見合わせた。今までシルヴェリオは、出場選手の名前や出身、力量についてシノブに詳しく教えてくれた。カンビーニ王国の王太子であるシルヴェリオは、当然ながら自国の戦士達について熟知している。その彼が知らない戦士など、果たしているのだろうか。


 何しろ、これはカンビーニ王家が主催している競技大会だ。各競技には招待選手としてシノブの家臣や使節団として来た者も出ているが、それらも代表格の武人ばかりだ。そして、シルヴェリオが眺めていた試合は、双方ともシノブの知らない顔である。つまり、カンビーニ王国の戦士の筈なのだ。

 もちろん、シルヴェリオも自国の全ての戦士を知っているわけではないだろう。しかし、今回の大会の出場者はフライユ伯爵領や旧帝国領で働こうという若者達だ。当然、身元不確かな者は出場できないし、大半は貴族や騎士、従士の出か、平民でも若手の戦士として有望な者である。

 したがって、王太子が知らない者が出ているとは、シノブ達にとっても意外なことであった。


「あの人族の戦士ですか? かなりの腕前のようですね」


 国王は思惑ありげな笑みを浮かべたまま息子の問いに答えない。そこで、シノブは自身が感じたことを口に出した。彼も、第一回戦に出た戦士の中では、王太子が気にした男が別格だと思っていたのだ。


「ええ。あれなら決勝まで進むかもしれません」


 シャルロットも、夫と同じく謎の戦士の力量が相当のものだと感じていたらしい。

 謎の戦士といっても、外見上はごく普通の人族の若者だ。金髪碧眼の彼は身長もごく普通なようだし、装備はカンビーニ王国軍の騎士鎧で他と変わらない。しかし、その実力は相当なもので、対戦相手を数合もしないうちに下していた。

 なお、槍術の試合にはシャルロットの側近であるミレーユが出ており、彼女が優勝候補の一人である。そして事前の王太子の説明では、ミレーユに続くのがアルストーネ公爵フィオリーナの娘マリエッタと、彼女の学友であるカプテルボ伯爵の娘ロセレッタということだった。


「あの男は、ティーオ・レスト。フィオリーナが推薦したデレスト島の戦士だ」


「マリエッタの試練には、ちょうど良かろうと思っての」


 国王と彼の娘であるフィオリーナは、楽しそうな口調で三人に説明する。今回の競技大会には、マリエッタにフライユ伯爵領への留学を許可するかが懸かっている。彼女は、出場したどれかの種目で上位三位に入らないといけないのだ。

 これまでマリエッタは弓術と馬術に出場しているが、それぞれ五位と四位である。そして槍術の試合が競技大会の最後だから、ここで三位に入らないと留学は許されない。

 王族であるマリエッタは身分に相応しい実力を示す必要があるから、三位という好成績が求められる。しかし、まだ十二歳の彼女にとって非常に厳しい試練である。


「これは大変ですね……」


 シノブが見たところ、マリエッタがティーオという戦士に勝つのは少々難しそうだ。

 彼は二十歳(はたち)を超えているらしく、体格もシノブと同じくらいはある。対するマリエッタは虎の獣人らしく年の割には大柄だが、それでもミレーユと同じく身長160cmを幾らか越えた程度だ。おそらく、ティーオの方が彼女達より頭一つ近く背が高いだろう。

 年齢が上なら経験でも勝るだろうし、体格が大きければ力でも上回ると思われる。この世界には身体強化があるから、体の大きさが強さとは直結しないとはいえ、素の力で勝っていれば無駄な魔力を使わなくても済むから有利には違いない。

 そしてティーオは、戦いぶりを見る限り力も技も充分と思われる。短時間で相手を下した試合運びは、年齢以上の熟練を感じさせるものであり、女公爵が推薦するだけのことはある人物だ。

 しかし、娘の留学を望んでいる筈のフィオリーナが、ここで強敵を用意するのだ。やはり、誰もが納得するだけの結果がなければ国外には出せないのだろう。


「……姉上の推薦でしたか。確かにマリエッタを試すには最適なようですね」


「そうじゃろう。この組み合わせじゃと準々決勝で当たるから、ティーオに負けたら終わりじゃな」


 何やら納得したようなシルヴェリオに、にんまりと笑ったフィオリーナは楽しげな表情のまま頷いた。

 武術系の競技は一対一で戦い勝ち上がっていくトーナメント方式だ。そして三位決定戦は無い。そのためフィオリーナは、娘の試練を準々決勝に持っていったようだ。


 獅子の獣人の王家は、試練に対して非常に厳格な考えを持っているようだ。国王レオン二十一世と王太子シルヴェリオは、海竜の長老達が課した不可能とも思える試練でも恐れず挑み乗り越えた。それに女公爵フィオリーナも娘のマリエッタと共に、セントロ大森林で謎の巨獣との戦いに加わった。

 それらを思い出したシノブは、厳しい試練に挑むマリエッタに少々同情をしていたが、これも仕方のないことなのだろうとも感じていた。

 いずれにしろ、これはカンビーニ王家とマリエッタの問題でシノブが口を挟むようなことでもない。この大会には、一つ前の徒手格闘のように特別参加として、王太子の親衛隊から国有数の戦士達を出場させてもいる。ティーオというのも彼らと同様であるし、ミレーユに不利な組み合わせにしたわけでもない。

 優勝候補達が順当に勝ち進んだとして、ミレーユは準決勝でロセレッタと対戦し、決勝でマリエッタかティーオの勝った方と当たることになる。したがって、シノブ達メリエンヌ王国側からすれば非常に無難な組み合わせであり、異議を唱えるようなものではない。

 そう思ったシノブは、苦笑気味のシャルロットと視線を交わしたものの、再び闘技場へと目を向けなおしマリエッタの姿を探した。


 しかし当然ながら、マリエッタが貴賓席のシノブの感慨や視線に気がつく筈もない。一回戦の対戦相手を破った彼女は、同じく勝ち進んだミレーユやロセレッタと何やら楽しげに話している。

 意気軒昂な様子で控えの場に戻る三人に、シノブは思わず微笑んだ。そして同時に、天真爛漫(らんまん)な公女が悔いなく戦えるよう、心の中で密かに願った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 槍術はベルレアン伯爵家のお家芸である。したがってシノブにすれば隣に座るシャルロットがいれば、解説役などは不要だ。

 しかしカンビーニ王家としては、賓客に仕事をさせるわけにもいかないだろう。そこで王太子の親衛隊長であるナザティスタが、主家や賓客達への解説役として(はべ)っていた。

 とはいえシノブ達の家臣にも槍を得意とする者は多い。一例を挙げるとジェレミー・ラシュレーは『雷槍伯』の異名を持つ先代ベルレアン伯爵アンリの直弟子で、彼もナザティスタと並んでいる。またシノブの親衛隊長を務める狼の獣人アルノー・ラヴランも、更にその横にいた。


「アルノー殿は、ゆっくり休んでいてくれても良いのじゃがな」


「いえ、私には閣下の側に控える役目がありますから」


 意味深な笑みを浮かべたフィオリーナに、アルノーが表情を崩さずに返答する。

 試合はまだ第二回戦であり、解説すべき点も少ない。第一回戦で出場者の概要は把握しているし、主だった者がここで負けるとも思えない。そのため、フィオリーナだけではなく、シノブ達を含めて飲食しながら和やかに歓談しているのだ。


「それは残念じゃな。ナタリオ殿のところでゆっくりしてくれても良いのじゃぞ?」


 フィオリーナは、カンビーニ王家に特有の銀色に近い髪を揺らしながら、下段の席へと目を向けた。彼女の動きにつれて日の光に輝く髪は『銀獅子女公』の名に相応しく、宝冠のように(きら)めいている。

 彼女や父のレオン二十一世、弟のシルヴェリオに共通したこの髪は、獅子の獣人の中でもカンビーニ王家のみが受け継いできた特別なものだ。したがって、父のティアーノに似て虎の獣人であるマリエッタには無い彼女の特徴である。


「そうだな。競技を終えた者同士、語らってはどうだ? 出来れば我が国の若者達に色々教示してほしいのだが」


 娘と同じく少し手前の席に視線を向けていた国王は、斜め後ろのアルノーへと視線を転じた。

 つい先ほどまで彼が見ていた場所では、ガルゴン王国の大使の息子ナタリオや、カンビーニ王国の駐メリエンヌ王国大使の娘アリーチェ、それに競技を終えた伯爵令嬢の二人フランチェーラとシエラニアがいる。

 ナタリオは一つ前の競技である徒手格闘で、ナザティスタに敗れたが、それでも準決勝まで残っていた。そのためだろう、アリーチェを含む三人の少女は、彼に尊敬の視線を向けている。


「私のような年嵩の者が若者に混じっても仕方ありません。それに私には婚約者もおりますし、誤解を招くようなことは控えるべきかと」


 当年とって三十九歳のアルノーは、相変わらずの無表情で国王に返答した。その声音(こわね)には他国の王族に対する敬意は充分に篭っているが、彼を良く知っているシノブにはどことなく警戒心が感じられるような気がした。


「なんと! そなたは独り身と聞いておったのじゃが……シノブ殿?」


「ああ、同じ大隊長のアデージュと近々結婚する予定なのです。そうだったな、アルノー?」


 驚きを顕わにするフィオリーナに、シノブは傭兵上がりの女戦士アデージュ・デュフォーの名を告げた。彼女はアルノーと同じ狼の獣人である。


「はい」


 静かに頭を下げるアルノーの脇で、ジェレミー・ラシュレーは僅かに苦笑していた。

 国王やフィオリーナがアルノーばかりに声を掛けたのは、彼が独身だからである。それに対してジェレミーは既婚者で、妻と幼い二人の子供がシェロノワにいる。おそらく国王達は、それらの情報をアリーチェからでも聞いていたのだろう。


「そうでしたか」


「つい先日のことです」


 少々残念そうな顔となったシルヴェリオに、シャルロットが澄ました顔で補足する。

 実は、これは昨日アルノーが急に言い出したことだ。どうも彼は(うたげ)などで自身に接近する女性を厄介に思ったらしい。

 もっとも、アルノーとアデージュが仲が良いことには、シノブやシャルロットも気がついていた。したがって、アルノーは決して言い訳だけで婚約を持ち出したのではないと二人も知っている。

 それに二十年もの間、戦闘奴隷となっていたアルノーの結婚は、シノブ達にとっても大いに喜ぶべきことだ。どうもアルノーは、もう少し落ち着いてからと思っていたらしいが、意外なことで早まった慶事はシノブとシャルロットにとって待望の出来事であったのだ。


「これは、アルバーノ殿に期待するかの……」


 フィオリーナがここにはいないアルバーノの名を挙げた。

 アルバーノ達イナーリオ家の者達は、一足先に中央闘技場から下がっていた。レオン二十一世が、二十年ぶりに和解した彼らに水入らずの時間を与えるため、アルバーノの親族に臨時の休暇を与えたのだ。シノブもアルバーノとソニアに休みを与え、彼らは王都カンビーノにあるイナーリオ家の屋敷へと場を移していた。


「姉上、そんなに急がなくてもマリエッタが留学すれば自然と交流しますよ」


「む……そうじゃな、マリエッタには何としても勝ってもらわねばの。おっ、第二回戦もこれで終わりじゃな!」


 気を取り直したらしいシルヴェリオが姉を慰めに掛かると、女公爵は闘技場の中央へと視線を向けた。

 そこでは彼女が言うように、第二回戦の全ての試合が終了していた。準々決勝に進んだ面々には、順当にミレーユ、マリエッタ、ロセレッタ、ティーオも入っている。そして次は、話題のマリエッタとティーオの試合である。シノブ達は、公女の留学が懸かった一戦を見届けるべく、試合会場へと体を向けなおした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 エウレア地方の国々では、槍は兵士の主力武器である。

 馬上で戦う騎士は長槍を振るい、歩兵達は陣形を整えて槍衾(やりぶすま)を形成する。小剣で馬上から攻撃することは出来ないし、密集して戦う歩兵が剣を振り回すのは陣を打ち破られた後の乱戦くらいである。したがって、(いず)れの国でも軍人達にとって槍術の修行は必須であった。


 そして槍術は主要な地位を占める武術に相応しく、種目別の大会では最後に置かれることが多いらしい。今回、この競技大会で槍術が最後となったのは、そういう慣例に則ったのだろうが、公女が出る種目という理由も少しはあるのだろう。


「マリエッタ殿は、人気がありますね」


「母の(わらわ)が言うのも何じゃが、人に好かれる娘じゃの」


 シノブの言葉に、フィオリーナは満更でもないという様子で答えた。

 夕方も近くなった中央闘技場の観客席は、早めに仕事を引き上げてきた人達が加わり、もはや立錐の余地も無い有様である。その彼らの多くは、四試合同時に行われている準々決勝のうち、マリエッタとデレスト島の戦士ティーオに注目していた。

 シノブ達も、当然マリエッタに注目している。シノブが見たところ、ミレーユとロセレッタは、それぞれの対戦相手に負けることは無さそうだ。したがって、準々決勝で注目すべきは、公女と東の島から来た人族の戦士の戦いであった。


 マリエッタは虎の獣人特有の金に黒い縞が入った髪を(なび)かせて油断無く長槍を構えている。

 この試合も徒手格闘と同様に頭部への攻撃は禁止されているため、兜は着けないようだ。長槍は実戦に用いる3m少々の豪槍から刃を落としただけの模擬槍だから、万一頭に(かす)れば命を落としかねない。

 しかし、闘技場での戦いは観衆が楽しめるように配慮したためか、伝統的に兜は着用しないことになっているらしい。そのため、二人は首から下は騎士鎧でしっかり固めてはいるものの、頭だけは無防備なままであった。


「始め!」


 四つの試合場の準備が整ったのを確認した係員が場内に響き渡る大音声(だいおんじょう)で開始を宣言すると、八人の戦士達は一斉に激しい戦いへと突入した。

 マリエッタも、頭一つ近い背の高いティーオに向かって己の槍を突き出している。しかし、ティーオは男性らしい力強い槍捌きでそれを受け止め、逆撃を仕掛けた。


「良く似た技ですね……」


「ベルレアン流槍術とは、少々異なるようです」


 シノブとシャルロットが呟いたように、マリエッタとティーオの構えや動きは、良く似ていた。特に、ティーオの反撃をマリエッタが同じような動作で巻き上げ更に返し技を放ったのは、鏡写しと言って良い光景であった。


「あれは、カンビーニ流槍術の猛虎逆撃槍じゃ」


「レオン一世陛下がセントロ大森林を制したときに会得した技と伝わっています」


 フィオリーナの言葉を、国王の後ろに控えるナザティスタが補った。

 レオン一世とはカンビーニ王国の建国王で、光翔虎を介してアムテリアの加護を授かったという伝説上の人物だ。前人未到のセントロ大森林の中心部で光翔虎を発見したレオン一世だが、それは創世神話で獣人族に力を与えたと語られる戦いの神ポヴォールが課した試練だったという。

 巨大な虎である光翔虎が槍術を授けたとは思えないが、初代国王の偉業にちなんだ技名ということであろうか。


「ベルレアン流の『稲妻落とし』に似ていますね。あちらは巻き落とす技ですが……」


 ジェレミー・ラシュレーは、自身も使う技の名を口にした。

 巻き上げや巻き落としは流派を問わず存在するから、別に双方にあっても不思議ではない。ラシュレーはシェロノワで開催した武術大会『大武会』で使ったし、シャルロットが開始前の試技で岩造りの巨大な槍を巻き落としたのも基本的には同じ技である。

 敢えて違いを探すなら、カンビーニ流の方が獣人族の力を活かした豪快な動きで、ベルレアン流が繊細ともいえる玄妙な技というところであろうか。


 シノブ達が会話している間にも、マリエッタとティーオは激しい戦いを続けていた。

 既に、その脇ではミレーユが真っ先に勝ちを上げ、ロセレッタも対戦相手を追い込んでいる。もう一組の試合は、まだ続いているが、これはマリエッタ達ほどの見どころは無い。どうも錬度の違いもあるようだが、まるで師弟かと思うほど息の合ったマリエッタとティーオが活劇のような見事さであったからだ。


「マリエッタ様、そこです! 頑張って下さい!」


「そんな男、ぶっ倒して!」


 観客達の応援はマリエッタ一色である。やはり、若い女性は同性のマリエッタを応援したくなるのだろう。既に勝負を決めたミレーユ以外だと、ロセレッタもいるのだが、こちらは卒のない試合運びであり、もう数手もすれば決着しそうだ。そして残り一組は男同士であり、そういう意味でも華やかさは無い。

 だが、同性以外にもマリエッタは人気である。本来、デレスト島の都市アルストーネに住む彼女は、そう頻繁に王都カンビーノに来ているわけではないらしい。しかし、王都の民達はマリエッタに熱い声援を送っている。やはり、純真な彼女は民に深く愛されているのだろう。


「マリエッタ様!」


「どうしたのですか!」


 観客達は、突然跳び下がったマリエッタを見て、顔色を変えていた。このとき既に他の試合は全て終わっていたから、場内に満ちていた鋼のぶつかる音は消え、辺りに静けさが戻る。


「マリエッタ様! どこか(いた)めましたか!?」


 こちらは、彼女の隣の試合場にいるロセレッタだ。見事勝利した彼女は、獅子の獣人らしく豊かな金髪を振り乱しながら、マリエッタ達が戦う場へと駆け寄っていく。


「ロセレッタさん!」


 しかもロセレッタを押し留めようと思ったのか、ミレーユまで獅子の獣人の少女に向かって駆けていた。彼女は、次戦に備えて休むため闘技場の一角に歩んでいた途中であったが、猛烈な速度で引き返してくる。


「大丈夫じゃ……そなた、一体何者じゃ? まるで父上や母上のような技の切れ……ただの戦士とは思えぬのじゃ」


 一瞬にして10m以上を跳び退(すさ)ったマリエッタは、正面のティーオに穂先と鋭い視線を向けたまま問い(ただ)す。試合場は、およそ30m四方の正方形であり、現在はその中央近くに人族の戦士ティーオが立ち、マリエッタは境界にかなり近い側で油断無く槍を構えている。

 そして駆け寄ったロセレッタだが、敬愛する公女の平静な声を聞いて安堵したようだ。彼女はミレーユと共に、境界線の外側に留まっている。


「私の正体など、どうでもよかろう? 重要なのは、君が私に勝てるか、ではないかね?」


 先ほどまでとは違い、観客達は口を開かない。どうやら、彼らもこれが普通の試合とは何かが違うと察したようだ。そのため、ティーオの年の割には落ち着いた、そして単なる戦士にしては上品な言葉は、風に乗って中央闘技場の隅々まで届いていた。


「そうか……そういうことなのじゃな! ふ、ふふっ……(わらわ)の全て見せるのじゃ!」


 マリエッタはそう叫ぶと、一瞬にして姿を掻き消した。彼女は、神速の動きで突進したのだ。

 何かを察したらしいマリエッタは、重い騎士鎧を身に着けているにも関わらず、稲妻よりも早く突き進み、ティーオの胴に槍を突き入れる。


「……そうだよ! 全てを懸けて私を打ち倒したまえ!」


 ティーオは、闘技場どころか王都全体に響くような轟音と共にマリエッタの槍を打ち払った。そして彼は、楽しげな表情でマリエッタと同じ紫電のような速度で試合場を移動し、手に持つ大槍を繰り出していく。


「姉上! 頑張って!」


「マリエッタ様!」


 シノブ達の隣のテーブルでは、マリエッタの弟テレンツィオや、ミュリエルにセレスティーヌが応援している。それに、前方下段のナタリオ達の席でも、アリーチェや二人の伯爵令嬢が公女の勝利を願い声を張り上げている。全員、マリエッタが今まで温存していた力を解放し、この勝負に全てを注いだと悟ったのだ。


 シェロノワで行われた大武会でもそうだったが、身体強化を活用する武人達にとって、己の限られた魔力をどこで使うかは、非常に重要な問題であった。

 シノブやアミィに並ぶ魔力があれば、トーナメントの全戦で限界まで身体強化をして戦えば良い。しかし、かなり魔力に恵まれた者であっても、何試合も全開で戦うことは出来ない。通常であれば、技を繰り出す瞬間、あるいは決勝戦のみと、魔力の使い所を考えなくてはならないのだ。

 しかしマリエッタは、決勝までの配分など忘れたかのように、己の魔力を振り絞っている。誰が見ても、ティーオという男はマリエッタと同等か、それ以上の実力を持っているとしか思えない。そのティーオに勝たなくては次に進めないのだから、彼女の判断は当然である。


「今じゃ!」


「マリエッタ様!?」


「どこ!?」


 おそらく、マリエッタとティーオの戦いを把握しているのは、身体強化に優れた武人のみであろう。修練を積んでいない者達には、その目を幾ら凝らしても試合場の二人の姿を捉えきれないようである。


「……マリエッタ……良くぞ!」


「か、勝てたのじゃ……」


 場内の者達が試合の結果を理解したのは、倒れ伏すティーオと、その脇に佇立するマリエッタの姿を見た時である。マリエッタは、謎多き戦士ティーオを打ち破ったのだ。

 しかしマリエッタは力を使い果たしたのか、その場に崩れ落ちる。それを見たロセレッタとミレーユは、慌てて彼女に駆け寄り支え起こす。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「あれは?」


 当然ながら卓越した身体強化を可能とするシノブはマリエッタの姿を見失うこともなく、彼女が繰り出した無数の槍撃も見逃すことはなかった。

 地を蹴ったマリエッタは、ティーオに直進すると見せかけて槍の石突(いしづき)で地面を突くと、己の跳ぶ軌道を変えていた。しかもそれは一度ではなく数度に及び、自身の脚と石突(いしづき)の双方で通常の跳躍ではありえない翻弄をした末に、ティーオの隙を突いたのだ。

 もちろんティーオも傍観していたわけではない。彼も光のような速さで身を(ひるがえ)し、同じような動きをみせていた。まさしく同門の対決、同技の衝突であったが、今回はマリエッタに軍配が上がったようである。


「あれはカンビーニ流槍術最高奥義、流星光翔槍です。ただ、マリエッタが見せた技は未完成ですが……」


 何と、シルヴェリオによればマリエッタが見せた神技ともいうべき攻撃でも、まだ未完成らしい。光翔槍というのは、彼らが聖獣と崇める光翔虎から取ったものなのだろう。確かに、あまりの速度に姿を消し脚と槍を駆使して宙を駆ける二人は、魔力で姿を隠し天を駆ける光翔虎に擬するに相応しい。


「あれは並外れた身体強化が必要な技なのだ……王家かそれに並ぶ者でなければ習得は出来ぬよ。そもそも王族か婿に入った者にしか教えぬのだが……」


 こちらは、苦笑いを見せた国王レオン二十一世である。まさか、王家の秘技を大観衆の中で使うと思っていなかったのか、それとも別の理由であろうか、彼の顔には少々楽しげにも見える深い笑みが浮かんでいる。


「王家の技……ということは、やはり彼は?」


 こちらは、つい先ほどまでマリエッタに拍手を送っていたシャルロットだ。彼女は、何かを期待するような眼差しで、国王の言葉を待っている。


 王の言葉を待っているのは、シノブも同じである。

 シャルロットは、シノブやアミィを別にすれば、国でも有数の武人だ。彼女は、その超人的とさえ言える身体強化能力でマリエッタとティーオの技が同一だと見抜いたのだろう。そして、もちろんシノブもそれに気がついている。

 レオン二十一世は王族か婿入りした者にしか伝授しない技だと言った。となれば、ティーオの正体は暴かれたも同然である。


「義父上、二日ぶりですね。

……初めまして、私がアルストーネ準公爵ティアーノ・デ・カンビーニです」


 いつの間にか貴賓席に現れたのは、デレスト島の戦士ティーオであった。彼は、ミレーユとロセレッタに支えられたマリエッタと共に、貴賓席に入ってきたのだ。

 そして、彼は騎士鎧の懐から何かを出すと虎の獣人へと姿を変え、シノブとシャルロットに向かって頭を下げた。


「メリエンヌ王国、東方守護将軍フライユ伯爵シノブ・ド・アマノです。こちらは妻のシャルロットです」


「ベルレアン伯爵継嗣シャルロット・ド・セリュジエです」


 シノブ達は彼の正体を察しているから、慌てることなく立ち上がり自己紹介をした。

 そう、人族の戦士ティーオの正体は、カンビーニ王家に伝わる変装の魔道具で姿を変えたティアーノ・デ・カンビーニ、つまりマリエッタの父であったのだ。彼の本当の姿は、マリエッタと同じ金に黒い縞の入った髪の、三十代前半らしい虎の獣人であった。


「マリエッタ、良くやったの……胸を張ってメリエンヌ王国に行ってくるが良い……」


「姉上、おめでとうございます!」


 普段は勇ましい面が目立つ女公爵フィオリーナだが、このときばかりは声が湿って、金色の瞳も僅かに潤んでいた。厳しく子供達を鍛える彼女も、やはり娘の勝利を願っていたのだろう。


「母上、ありがとうございます。テレンツィオもな。ですが、父上は手加減をしておりました……」


 マリエッタは母に笑顔を見せ、駆け寄った弟の頭に手を添えた。しかし彼女は、再び顔を曇らせる。


「当然だろう! まだまだ君に負けるわけにはいかないからね! でも、成人したときの私よりは強いよ。流石に、陛下に挑んだときの私には(かな)わないだろうけどね」


 悔しそうなマリエッタに、ティアーノは微笑んでみせる。

 カンビーニ王家では、王女の婿となる者を時の王が試すという。もちろん、その試しは獣人の王家に相応しく武力を見せるものだ。もっとも多くの場合、国王はその時代で最高の武人であり、勝利する必要は無いらしい。要するに、婿として充分な力量を持つと示せば良いのである。


「ところでマリエッタ、準決勝はどうするかな? その様子では無理だと思うが……」


「シルヴェリオ殿、私が回復魔術を使いましょう……ミレーユ達も、後でね」


 シノブはシルヴェリオに続いてマリエッタの下に進み寄った。シノブは、準決勝進出を決めたマリエッタが、このまま不戦敗となるのは残念に思ったのだ。

 マリエッタはかなりの魔力を父との戦闘に注ぎ込んだらしく、自分の足で歩くことも難しいようだ。したがって、普通の治癒術士が彼女を短時間で回復させるのは困難であろう。しかし、普段から子竜達に魔力を分けているシノブであれば、何の問題もない。

 なお、試合の合間に治癒を施すのは認められているが、マリエッタのみを回復させては不公平である。そこでシノブは、ミレーユなど他の準決勝進出者も回復させることにした。


「おおっ! 素晴らしいですね! ぜひお願いします! さあ、どうぞ!」


「ち、父上!」


 何故(なぜ)か本人よりも喜び勇むティアーノと、逆に少し恥ずかしげに頬を染めるマリエッタ。シノブは、そんな二人と側に寄り添うフィオリーナやテレンツィオの仲良さげな様子に思わず頬を緩めた。そして彼は、笑顔のままでマリエッタの手を取り、彼女に己の魔力を注いでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年10月8日17時の更新となります。


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