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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第3章 ベルレアン伯爵家の人々
28/745

03.06 俺、治癒術士になります。

 ベルレアン伯爵からマクシムのその後を聞いた翌日。

 シノブ達は午後からジェルヴェの案内で伯爵の館の外に出ていた。昨日お願いした治療院の見学である。

 領都セリュジエールには、各区に公営の治療院が存在する。そして今回訪れる中央区の治療院は、伯爵の館から通りや大神殿を挟んだのみと近い。そこでシノブとアミィはジェルヴェの先導で、左右に壮麗な建物が並ぶ大通りを歩いていく。

 治療院と大神殿は双方とも敷地が100m四方ほどと広大で、それぞれを隔てる通りも随分と幅がある。それに館の敷地は一辺が倍はあり、三人は結構な距離を歩いていく。


「ここが中央区の治療院でございます」


 ジェルヴェが指し示したのは幅50m以上もある四階建ての建物だった。治療という目的のためか簡素な外観だが、日の光が白い壁面に反射して清潔感に溢れている。


「立派な建物だね……なんとなく故郷の建物にも似ているような……」


 伯爵の館ほどではないがそれでも充分大きな治療院を見て、シノブは感嘆の声を上げた。

 純白で装飾が少なめということもあり、全体的には現代日本のビルを思わせる外観だ。しかしアーチが印象的な窓枠や壁面の要所要所には唐草模様のような飾りが施されており、効率優先の建物とは違って心を和ませてくれる。


「ありがとうございます。ここは中央区全体を管轄していますし、向かいには軍本部もありますので」


 異邦人としての感慨には、ジェルヴェも触れがたいのかもしれない。彼は何かを察したようだが、口にしたのは施設の位置付けなど実際的な事柄だった。


 治療院へと歩みながら、ジェルヴェは他の区についても触れていく。

 東西南北の四区の治療院は中央区より小規模だが、設備の水準は変わらない。それらにも伯爵家お抱えの治癒術士が務めており、区の住民や各城門担当の守護隊が利用している。


「他にも個人が運営している治療院もあります。ですが軍務や政務に就く者や家臣は、こういった公共の治療院を利用しております。……さあ、どうぞ」


 ジェルヴェの先導で入った治療院の中は、日本の病院と良く似ていた。

 両開きの大扉から入るとロビーがあり、正面には受付のような場所がある。診察待ちと思われる人々がロビーに置かれた長椅子に座り、そのあたりもシノブが知る光景と同じだ。

 大きな建物に相応しく広々としたロビーには、観葉植物らしいものまで置いてある。ときおり治療士や看護士らしき人が行き交う姿が見えるが、白い簡素な制服だからシノブは更に親しみが湧く。


(同じような目的なら、同じような造りや格好になるのかな……)


 ロビーを横切りつつ、シノブは周囲を見渡した。すると診察待ちの人々が頭を下げるのが目に入る。

 家令の登場に気付いたのだろう、ロビーにいる人々の多くはジェルヴェに目礼をしていたのだ。


「流石はジェルヴェさん、顔が売れているね」


「同僚の家族達なので顔見知りですから……」


 シノブが微笑みかけると、ジェルヴェは謙遜めいた言葉を返す。しかしシノブは、人々の目に深い敬意が込められていると感じていた。


「それだけではないと思うけど。宝飾店の方も『家令のジェルヴェさん』の紹介と伝えただけで、とても良くしてくれた……お陰でアミィに良いプレゼントができたよ」


 シノブは、アミィのネックレスを買いに行ったときのことを伝える。

 家令を置いている家など僅かだろうし、名前も出したから伯爵家のことだと誰でも気付くだろう。しかし後の至れり尽くせりの対応は、ジェルヴェの人徳も大いにあったに違いない。


「お役に立てたのでしたら光栄です。……さて、こちらが診察室です」


 再度の賞賛に、ジェルヴェは僅かだが頬を染めていた。そして彼は表情を隠すように足を速めて奥に入り、とある部屋の扉を叩く。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ジェルヴェの案内で入った部屋は、診察室であった。中にいたのは白い医師風の衣を(まと)った三十代半ばの男と、看護士らしき数人の男女である。

 医師風の男は人族、他は人族や獣人族と種族は様々だ。彼らは整列してシノブ達を出迎える。


「シノブ様、こちらが治癒術士のガスパールです。まだ若いですが、領内では一番の腕の持ち主と言われております。……ガスパール、今日は頼みましたよ」


 ジェルヴェはシノブ達に、医師風の服の男ガスパールを紹介する。そしてジェルヴェは、一歩進み出たガスパールに声を掛けた。

 ガスパールは琥珀色の瞳と理知的な(おもて)、そして綺麗に撫で付けられたアッシュブロンドの優しそうな男だ。


「シノブ様、アミィ様。ガスパールと申します。未熟者ですが、宜しくお願いします」


 ガスパールは穏やかな声で自己紹介すると、シノブ達に向かって一礼する。

 ジェルヴェによるとガスパールはベルレアン伯爵の家臣の一人だが、治癒魔術に()けていたので治療院での勤務となったという。

 治療院は公共施設なので、領民以外にも適性のある家臣が治療士や看護士として務めているそうだ。実際ガスパールと共にいる看護士達も、半数ほどは家臣だという。


「ガスパールは魔力量が多いので何度も治癒魔術を使えます。そのため魔術を使う治療では有数の存在になったわけでして」


 よく聞いてみると、治療士の全てが魔術を使うのではないらしい。魔力や薬効成分を多く含む薬草があり、それらを使った治療を得意とする者などもいるのだ。

 しかし今回ジェルヴェはシノブ達の要望に応えるべく、治癒魔術の使い手を選んだようだ。


「ありがとうございます」


「それでは早速……」


 シノブとアミィ、そしてガスパールは互いの魔術を説明して知識を照らし合わせる。

 幸いと言うべきか、基本に違いはない。どちらも主に光属性の治癒魔術、補助的に闇属性の催眠魔術などを使って治療する。それに個々の魔術も殆ど同じで、せいぜい流派の差といった程度でしかない。

 おそらくアミィは、最初からシノブをメリエンヌ王国に案内するつもりだったのだろう。したがって彼女が教えた術も、この地で使われている系統と合わせたに違いない。


「では、実際に治療するところを見ていただきましょう」


「できれば私達も手伝いたいのですが」


 ガスパールの言葉にシノブは手伝いを申し出た。この際できるだけ治癒の経験を積んでおきたい、という思惑があるからだ。


「分かりました。ジェルヴェ殿からシノブ様達の力量は聞いておりますし……それでは一緒に治療していただきましょう」


 ガスパールは脇にいた看護士に声をかけ、患者を案内するようにと伝えた。


 最初に来たのは親子連れだ。子供の腕には包帯が巻かれており、解くと大きめの切り傷がある。

 見た目は派手だが単純な切り傷だから、小手調べとしてシノブが治療する。


「おお、素晴らしい速度ですね! それに治癒能力活性化と体力回復の術式の組み合わせも見事だ!」


 ガスパールが驚きも顕わな声を上げた。それに看護士達も目を丸くしている。

 シノブが治癒魔術を使うと、あっという間に腕の怪我は消えた。深い傷だから治すエネルギーを補おうと体力回復も合わせて使ったが、その制御にもガスパールは感心したようだ。


 次に現れたのは、火傷を負った中年の男だ。彼は鍛冶師で、作業中に右腕に酷い火傷を負ったという。

 外周区の治療院にいた治癒術士に応急手当はしてもらったものの、治しきれず中央区の治療院に回されたそうだ。


「これは……腕一面の火傷ですから、大きな跡が残りますね。手や指を優先して治療すべきでは……」


「シノブ様は魔力量が多いですから、大丈夫だと思いますよ」


 沈痛な面持ちのガスパールに、アミィが微笑みながら応じる。

 アミィが語った通り、シノブが魔力を注ぎ込むと(またた)く間に正常な状態に戻っていく。それも何十倍もの早送りで巻き戻した映像のように、ほんの数瞬で火傷は完全に消え去った。


「シノブ様は制御だけでなく、魔力量もとんでもないですね! あれだけの治癒魔術を使って、なんともないのですか?」


「どうも生まれつき多いようで……。それと魔力感知しながらだと、効率が良いようです。怪我の状態も魔力波動で内部まで判りますよ」


 ガスパールの賞賛に、シノブは気恥ずかしさを感じながら答える。

 大きな魔力量を備えているのは確かだが、要するに力押しではある。もちろん口にしたように魔力感知での把握もあるが、これもアムテリアの加護とアミィの教えの結果だから自分が誇るべきことではない。シノブは、そう思ったのだ。


「なるほど……。魔力波動で探って行使範囲を最小限にするのですね。残念ながら私は、そこまで詳しく判りませんが……」


 ガスパールはシノブの返答に感心したようだ。

 実際に魔力で患者の状態を探ると、怪我した場所が弱っているとシノブには感じられる。しかしガスパールは、シノブやアミィほど正確には判らないらしい。


「シノブ様達は、とても魔力感知がお得意なのですよ。お館様も驚いていらっしゃいました」


 昨日のことを思い出したらしく、ジェルヴェが会話に加わる。

 ミュリエルとミシェルへの指導でも、シノブ達は高い感知能力を存分に活用した。もっとも伯爵家の内情に関わることだから、ジェルヴェも詳細までは触れない。


 その後も何人かの患者が来るが、取り立てて問題となる者もいなかった。そこでシノブはガスパールと交互に治していく。

 治療自体に変わったことはなかったが、そのうちの一人の魔力にシノブは疑問を(いだ)く。


──アミィ……。あの女の人って、なんだか二つの魔力があるように思うんだけど──


 シノブは感じたことを、心の声で訊ねてみる。

 ガスパールが問診している女性の魔力は、今まで見た人と明らかに違っていたのだ。それも治療に来た人達だけではなく、ベルレアン伯爵や彼の家族なども含めてである。


──えっ? ……おそらく妊娠中だと思います。シノブ様、よく気が付かれましたね……私は言われるまで判りませんでした──


 しばらく女性を見つめた後、アミィはシノブに心の声を返す。

 確かに二つ目の魔力は、女性のお腹にある。まだ外から見て取れる状態ではなかったのでシノブは妊娠と思い至らなかったが、言われてみれば納得の回答だ。


──そうか。まだ小さな魔力だけど、ちゃんと存在しているんだね──


 体内で育つ命の証を、シノブは微笑ましく感じた。

 今は母親の波動に紛れており、気付くのはシノブやアミィなど特別な才を持つ者のみだろう。しかし小さな命は確かに息づき、そして着実に育っている。

 微かな、しかし純粋無垢な魔力を感じたからだろう。シノブは知らず知らずのうちに笑顔になっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 十組目くらいに来たのは、狼の獣人の老人と家族らしい中年の女性であった。老いた男性は重篤なのか、女性は抱えるようにして入ってくる。

 そして看護士の案内で老人をベッドに寝かせると、中年女性は症状などを説明していく。老人の意識は混濁気味で、とても話せる状態ではなかったのだ。


「義父が風邪をこじらせたようでして……。私達に遠慮して黙っていたようで、気付いたときにはこんなことに……」


 相当に悪いのだろう、狼の獣人の女性は切羽詰まった表情で声も曇っている。

 二人は従士階級、老人がパトリスで中年の女性がロザリーという名だ。パトリスが先代当主でロザリーは現当主の妻である。

 しかも代々重用されているのか、当主と娘は伯爵の館で奉公しているそうだ。そして働く二人は忙しいし、他に未成年の男の子がいるが勉学や見習いで同じく日中は家にいない。

 パトリスとしては義娘のロザリーに負担を掛けたくないのだろうが、その気遣いが裏目となったようだ。


──アミィ、あの女の人ってアンナさんに似ていない?──


──はい。ご家族でしょうか?──


 シノブが心の声で問い掛けると、アミィは間を置かずに同意する。

 親子ほども歳は違うが、ロザリーには世話役の侍女アンナを思わせるところがあった。どうやらロザリーはアンナの母、あるいは相当に近しい親族のようだ。


「……肺炎を併発したようですね。お年ですから酷くなってしまったようです」


 確かにパトリスは、かなり高齢らしい。彼の髪は真っ白で、尻尾や頭上の狼耳も同様だ。


「重篤ですから、入院していただいての投薬が良いと思いますが……」


 ガスパールの声が、診察室に重苦しく響く。

 パトリスは息苦しいようで、口を半開きにしている。それに体力の衰えが激しいのだろう、呼吸も随分と弱っている。

 昔は武人だったのか、老いたパトリスだが体格自体は立派だ。もっとも、それ(ゆえ)に己を過信して病を重くしたようではある。


──アミィ、治癒能力活性化や体力回復だとダメなの?──


──細菌やウィルスが原因だと、そちらも回復させてしまうので……。たぶん薬草から作った薬を飲ませることになると思いますが、正直厳しいかもしれません──


 シノブの問いに、アミィは(つら)そうな顔で応じる。

 元々アミィは優しい性格で、しかも仲の良いアンナの身内らしき相手だ。そのため可能なら、パトリスを助けたいのだろう。

 シノブもアンナの悲しむ顔は見たくない。そこで上手い方法がないかと考えを巡らせる。


(患者だけに術を掛けるのは難しいのか……ウィルスとかを回復させないで治療する方法があればな。そういえば領都に来る途中で馬を回復させたとき、俺やアリエルさんを除外したけど)


 薬を出すためだろう、ガスパールは問診をしていく。それを聞くともなしに聞きながら、シノブはセリュジエールに来た日の出来事を想起していた。


 アリエルの操る軍馬に相乗りしながら、シノブは馬だけを回復した。

 体力回復の魔術は、対象を認識して元々備える回復力を上昇させる。怪我を治す術なら、どこを治すか思い浮かべながら行使する。


 回復魔術だと全身に等しく掛けることはあるが、怪我の場合は施術する部位のイメージが重要だ。そのため一般には、優れた術者ほど細かな施術範囲の指定が可能である。

 シノブもアミィから教わった結果、かなりの精度に達したようだ。とはいえ治すところにいるウィルスや細菌を活性化させず患者のみを回復させる、つまり細胞単位での選択など流石に無理である。

 範囲指定以外の選り分けは出来ないのだろうか。そんなことを思いつつ、シノブは周りにいる人々に視線を向ける。


 隣にいるアミィ、そして反対側のジェルヴェ。問診をする治癒術士ガスパールに、答える中年の女性ロザリー。そして患者の老人パトリス。そこまで追ったとき、シノブは微かな違和感を覚える。


(あれ!? パトリスさんだけ魔力が濁っているような……。さっきの妊娠した女性に似た、別の何かが入っている感覚……それも無数に。……あっ、そうか!)


 シノブはパトリスの体、他の人とは違う魔力が混ざっていると感じた。それも喉や胸あたりの、一部だけにである。


──アミィ、細菌やウィルスにも魔力はあるの?──


──はい、どんな生き物にも魔力はありますから! ウィルスを生き物と呼ぶべきか分かりませんが、魔力を活用できることは間違いないです! ……シノブ様、もしかして!?──


 シノブが何か思いついたと察したのだろう、アミィの返答には隠し切れない期待が滲んでいる。

 この世界だと、魔力は磁力や重力と同様にごく普通に存在するエネルギーだ。したがってウィルスといえど影響を受けるし、発してもいれば利用もしている。

 何しろウィルスや細菌も魔術で活性化するのだから、人や馬の細胞と同様に魔力を持っているのは間違いないだろう。


──ああ、パトリスさんを治せるかもしれないよ──


 シノブは僅かに笑みを浮かべつつ、アミィに心の声を返す。そして表情を引き締めると、ガスパールに顔を向ける。


「ガスパールさん、私なら患者だけに回復魔術を施せる……と思います。あくまで理論上で実績はありませんが、少しだけで良いので試させてもらえませんか?」


 患者の魔力波動に同調して選択的に回復させるという案を、シノブは語っていく。

 対するガスパールや看護士達は、半信半疑といった(てい)で聞いていた。彼らはウィルスや細菌という存在を知らないし、対象範囲に含めながら特定の対象だけに効果を示す魔術も聞いたことがないという。


「シノブ様のように優れた治癒術士の仰ることです。それに……」


 このまま入院しても高齢で助からない可能性が高いと、ガスパールは思っていたらしい。投薬をしても良くて半々、そのため彼は実験的な治療にも前向きであった。

 それにロザリーも反対しない。彼女も普通の治療では難しいと考えていたのだろう。


 相談した結果、シノブが徐々に術を行使しながら魔力感知に()けたアミィが様子を見守ることになった。僅かでも異常が発生したら施術を中断し、通常の治療へと移るわけだ。


「……それでは、始めます」


 一同が見守る中、シノブはパトリスの魔力を探っていく。

 パトリスの魔力波動を細かく分析すると、僅かだが明らかに違いがある。やはり喉や胸のあたりの魔力は濁っているが、手足など離れた場所はそうでもない。こちらが元々の魔力なのだろうと、シノブは想像する。


(こっちの元からの魔力に力を与える……この波動に同調して……力を流せば……)


 激しい集中のあまりシノブの額に汗が浮かぶ。そして同調を完了したシノブからパトリスに魔力が伝わっていき、体力回復と治癒能力活性化が発動した。

 様子を見るために少しずつ行使するが、パトリスに異常は見られない。それどころか早くも喉や肺の炎症が治まってきたのか呼吸は穏やかで力強いものとなり、血色も良くなっている。


「おお、効果があるようですね!」


 ガスパールが驚きの声をあげる中、シノブは一旦治癒を中断した。そして今度は、パトリス以外の魔力に集中する。


(このままだとウィルスがまた悪さするだろうから……)


 パトリスの喉や胸に巣食う別の魔力に対し、シノブは体力剥奪と治癒能力減衰の術式を掛ける。

 今度はパトリスが対象外ということもあり、外見上は殆ど変わらぬままだ。しかし彼を蝕んでいた魔力は大きく減じていき、ついには殆ど感じないほどになる。


「……成功したようですね。後は入院して安静にしてもらえば大丈夫だと思います」


 予想通りに上手くいった。魔力感知で成功を確かめたシノブは、思わず微笑みを浮かべる。

 そして次の瞬間、診察室には笑顔と喜びの声が満ちていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 様子を見守るためシノブ達はしばらく治療院に(とど)まったが、病室に移った後もパトリスは問題なかったようだ。それどころか病後だというのに、彼は旺盛な食欲を見せたという。

 回復魔術で消費したエネルギーを補うためだろうが、退院しても全く問題なさそうだと看護士が教えてくれたのだ。


「シノブ様、お疲れ様でした。今日は凄かったですね」


 アミィは薄紫の瞳を輝かせつつ、シノブに微笑む。

 既に二人はベルレアン伯爵の館に戻り、暫く前に夕食も済ませた。ここは滞在中の貴賓室、もう世話役の侍女アンナも下がっている。


「アンナさんのお爺様も快癒しましたし、シノブ様のご活躍、素晴らしかったです!」


 アミィが触れた通り、肺炎の老人パトリスはアンナの祖父だった。そして付添いの女性ロザリーが、アンナの母である。

 診察室を出た後、ジェルヴェが教えてくれた。彼は当然アンナの家族だと知っていたが、シノブ達に負担を掛けまいと口を(つぐ)んだわけだ。

 もちろん館に戻ったシノブ達は、アンナにも伝えた。そして祖父を助けてもらったと知ったアンナは、シノブに何度も礼を言いながら帰っていった。


「色々勉強になったし、良い一日だったね。……これで俺も治癒術士として食っていけるかな?」


「おそらくですが風邪や肺炎の治し方を発見したのは、シノブ様が初めてですよ! 地球でもノーベル賞ものだって言いますし、こっちでも歴史に残りますよ!」


 控えめなシノブの表現に物足りなさを感じたのか、アミィは少し強い口調で応じた。彼女としては、誇るべきところは遠慮せずに誇ってほしいようである。


「歴史に残るかは別にして、こちらで役に立てそうなのは素直に嬉しかったよ。……ミュリエル達に魔術を教えているのはアミィだし、俺も自分なりの何かを見つけたいと思っていたしさ」


 ここのところシノブは、アミィに助けられてばかりなのが気になっていた。

 この世界に来て間もなく、魔術も覚えたての自分が考えても仕方ない。そう思ってはいたが、それでも自身の道を見つけたいとシノブは思っていたのだ。


「そんなこと、気にする必要はありませんよ……。従者の成果は主の成果です。私の分も含めてシノブ様の成し遂げたことです」


 アミィは複雑な表情となっていた。

 シノブの気持ちも理解できるが、共に歩む二人だから自身の分も合わせて考えてほしい。どうやらアミィは、そう思っているらしい。


「ありがとう。でも自分の得意技ができたみたいで、嬉しいのは確かなんだよね」


 シノブも逆の立場なら、アミィのように思っただろう。しかし早く自分自身で立てるようにと意気込むのも、偽りない気持ちであった。


「ああいった繊細な魔力の使い方は、シノブ様に向いているのかもしれませんね。水弾のときに魔力で砲身を作ったように、魔力の操作は私なんかよりずっと凄いですし」


 アミィは、これまでのシノブの魔力感知や操作を思い出したようだ。確かにシノブは魔力量が飛びぬけているだけではなく、繊細なコントロールも得意だし上達も早かった。


「う~ん。アムテリア様のお陰なんだろうけどね。

でも残念なのは、せっかくの治療法もこっちの人が使うのは難しい、ってことかな。ガスパールさんも自分には無理だって言っていたし」


 シノブはアミィに苦笑いで応じる。

 ほろ苦く感じたのは、後半ではなくて前半である。やはり自分が生きていけるのは、アムテリアの加護やアミィの助けがあるからだ。それ(ゆえ)シノブは、慢心してはならないと己に言い聞かせる。


「そうですね~。私も難しいと思いますが、こちらの人は更に魔力感知や操作が苦手みたいですからね」


 どうもアミィは、シノブが秘めた思いに触れないことにしたようだ。

 シノブが他より恵まれているのは明らかなことだ。それにアムテリアの眷属にとって神への感謝を(いだ)き己を律するのは、非常に望ましいことに違いない。

 代わりにアミィは、新治療法に関するシノブの見解に同意を示す。


「自分だけの技ができた、と思えば良いのかもしれないけどね。いずれにしろ他が再現できないなら、歴史的発見として認めてもらうのは難しいんじゃないかな?」


 冗談めかした言葉で応じたものの、シノブは今日発見した治療法を広める道を探りたかった。

 これから色々学んでいき、多くの人と協力して、いつかは。シノブは湧き上がった強い思いを、胸の奥に刻み込んだ。


お読みいただき、ありがとうございます。


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