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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第13章 南国の長達
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13.22 小さな訪問者

 マリエッタが言い出した、狩猟で獲物を二十頭仕留めたらシノブ達に弟子入りするという件は、光翔虎との出会いにより自然消滅してしまった。

 何しろ光翔虎は、カンビーニ王国の建国王レオン一世が出会った伝説の聖獣である。そのため彼女自身が、弟子入り云々よりも光翔虎と共に王都カンビーノへ戻ることを望んでいた。それに、光翔虎が王家の狩猟場に訪れたせいか、普段よりも獲物が少ない。したがって、日暮れまでに二十頭も狩ることは困難だ。


 そういったこともあり、シノブ達は早速狩場から撤収することにした。まずは、後方に下げた騎士や猟師達と合流し、それから子供向けの狩場にいるミュリエルやテレンツィオ達と合流する。そう決めたシノブ達は再び馬に乗り、森の外周部へと戻っていった。


 幸い光翔虎達は、移動が出来るくらいには回復していた。竜の血から作られた秘薬の影響を脱した彼ら、三頭の光り輝く巨大な虎は、再び姿を消すとシノブ達から少し離れて付いてくる。これは、そのままでは馬達が警戒して落ち着かないからである。

 何しろ、つい先ほど襲い掛かってきた巨獣だ。秘薬のせいで理性を失い、漆黒の巨獣と化していたときとは違い、今の彼らは白く輝く美しい体に穏やかな魔力を(まと)っている。しかし、それでも馬達の警戒心は解けないようだ。

 そのため、シノブの乗馬であるリュミエールなど竜に慣れた馬でも、光翔虎が近づくと不安げな素振りを見せるし、フィオリーナやマリエッタが乗っているカンビーニ王国の馬などは、騎乗すら出来ない。

 そこで、オルムルは小さくなってシノブの肩の上、光翔虎の親子は姿を消し、となったわけだ。


「静かですね~、魔力を感じなかったら、そこにいるなんて思えませんよ」


 ミレーユは愛馬リーズを操りながら後ろを振り向き、感嘆したような声を上げていた。

 光翔虎の成獣、バージとパーフは成竜イジェと同じくらいの巨体、二頭の子供であるフェイニーも本来の姿のオルムルと同じくらい、つまり馬ほどもある。しかし彼らは、音も立てずにシノブ達に続いている。そもそもフェイニーはともかく、バージとパーフは場所によっては森の間道を通り抜けることも難しい筈だ。


「空を飛べるからかもしれませんが、地上を行くときも凄く静かですね」


 ミレーユと同じ方向を見つめたメリーナは、彼女に同意する。エルフである彼女は魔力感知にも長けているから、光翔虎が魔力で身を浮かしていることに気が付いたのかもしれない。

 何しろ彼らは途轍もない巨体である。バージとパーフは尻尾を除いても体長20mほど、フェイニーですら3m弱はある。その彼らが本来の体重のままで大地を踏めば、最低でも足跡がくっきりと残る筈だ。


「シノブよ。カンビーニ王国の二代目以降は、光翔虎と縁遠かったのか?」


「そうですな。我ら国民は……おっと、今の私はメリエンヌ王国の民でしたな……カンビーニ王国の王が聖獣なるものと友誼を結んでいたとは、初めて聞きました」


 イヴァールの問いに、猫の獣人アルバーノも興味深げな様子で続く。

 アルバーノ・イナーリオは元々カンビーニ王国の出身だ。彼は二十歳(はたち)になる前に国を飛び出し傭兵となったが、故国のことには当然ながら詳しい。


(わらわ)は王位を継がぬ(ゆえ)、詳しくは知らぬが……父から聞いた話では、聖人がレオン一世に秘事とするように言ったらしいな」


 どうも、フィオリーナは父王レオン二十一世から概略だけは聞いていたようだ。彼女はアルストーネ公爵となり弟のシルヴェリオが王太子となった。おそらくシルヴェリオは、更に詳しいことを父から聞いているのだろう。


「そんな事があったとは、知らなかったのじゃ!」


 マリエッタは、母の言葉を聞いて興奮した様子で叫んだ。

 カンビーニ王国で広く知られている逸話では、レオン一世は聖人ストレガーノ・ボルペとセントロ大森林の中央に赴き、そこで類稀なる力を得たということだけが語られている。元々レオン一世は国一番と謳われる武人であったが、大森林の中央で更なる力を授かり、その困難な冒険行で髪色が変じたそうだ。

 しかし、実際にはレオン一世は光翔虎から力を授かった際に、普通の獅子の獣人の金髪から銀髪へと変わったらしい。どうも、白銀に光り輝く光翔虎の祝福を得たことで、外見が変じたようである。

 そしてマリエッタが知っていたのは、一般に伝わる伝説と変わらない内容だったようだ。彼女は母や祖父達とは違い、虎の獣人である。そのため、代々獅子の獣人が継いできた王位を継承する可能性は極めて低かったという。それ(ゆえ)、王家の秘事を教わらなかったのだろう。


「シノブ、アミィ、どうなのですか?」


 シャルロットも、黙りこくったシノブに興味混じりの視線を向けている。彼女は、シノブやアミィが、バージ達と思念で会話していると察していたのだ。


「う~ん。バージは、二代目以降は彼らの棲家(すみか)に来なかった、と言っているよ。それに、初代が来たのも一度だけだったらしい」


「やっぱり、初代や聖人と並ぶ加護がないと、到達は難しかったのではないでしょうか?」


 シノブとアミィは、シャルロット達に、バージから聞き取った話を伝えていく。

 なお、雄の光翔虎バージは、ここカンビーニ半島のセントロ大森林で生まれ育ったが、(つがい)のパーフはデルフィナ共和国の東の森の生まれだという。また、バージは六百数十歳だが、パーフは五百数十歳で、どうもカンビーニ王国の建国後に誕生したようだ。

 そのため、初代国王や聖人のことを知るのは、バージだけであった。ちなみに、二頭の子供であるフェイニーは、生後五ヶ月程度だから、当然550年以上も昔のことを知るわけは無い。


「ともかく、詳しいことはカンビーノに戻ってから聞こう」


「そうじゃな。父なら、更に詳しいことを知っておろう……おっ、供の者が見えてきたぞ!」


 シノブの言葉に頷いたフィオリーナが最後に口にしたように、一行の前方には馬に乗って待つ騎士や猟師達の姿がある。彼らは、主達の無事な帰還に安堵したようで、シノブ達に聞こえるほど大きな声でどよめいていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「何と……伝説の光翔虎殿をお連れするとは……」


「シノブ殿は、本当に凄いお方ですね……もう、何があっても驚きませんよ」


 国王レオン二十一世と王太子シルヴェリオは、姿を現した三頭の光翔虎、バージ達を見上げ、絶句していた。ここは、王都カンビーノの中央にある『獅子王城』の最奥部である。シノブ達を含む彼らは、奥庭の一角に集まっているのだ。

 奥庭は、高い塀に囲まれており、巨大な光翔虎も伏せていれば外から見ることは出来ない。そのため、ここが選ばれたというわけだ。


──『銀獅子』の(すえ)よ。暫く世話になるぞ──


 バージは威厳のある思念と共に、かなり抑えた()え声でレオン二十一世に語りかけた。実は三頭は王都に戻る道筋で『アマノ式伝達法』を習得していた。どうやら、彼らは竜達と匹敵するほど賢いようだ。


「いつまでも逗留してくだされ。我が祖も、きっと喜んでおりましょうぞ」


 レオン二十一世は、バージに向かって深々と頭を下げた。カンビーニ王家にとって、光翔虎は建国王に力を授けた聖獣であり、彼らが滞在することは非常な栄誉のようである。それを示すかのように、立派な髭で頬や顎を覆った国王は、少年のように頬を紅潮させている。


「必要なものがあれば、何でも仰ってください」


 そしてシルヴェリオは、光翔虎達に何が必要かを訊ねた。

 もっとも、彼らに必要なものは、あまり無かった。本来、光翔虎の成獣は魔力だけで生きるが、幼獣は魔獣を食べてその魔力を吸収する必要がある。しかし、それはシノブが魔力を与えれば不要である。それらは、シノブからシルヴェリオに伝えているのだが、念の為に確認しようと思ったのだろう。

 何しろ、初代国王レオン一世が光翔虎に会ってから、少なくとも550年は経っている。いわば、建国以来の慶事であり、シルヴェリオも万一のことがあってはいけないと考えたのではなかろうか。

 もちろん彼だけではなく、二人の王妃や王太子妃のアルビーナ、そしてシルヴェリオとアルビーナの息子、二歳のジュスティーノまで、真摯な眼差しで三頭の光翔虎を見つめている。


「綺麗ですわね……」


「そうですね……」


 こちらは、セレスティーヌにミュリエルだ。彼女達は、日没間際の光を受け赤く染まる三頭の巨獣を見て、嘆声を上げていた。結局、光翔虎達は『獅子王城』に着くまで、姿を現すことはなかった。そのため、二人は国王達と同じく、この場で初めてバージ達の姿を見たのだ。


「テレンツィオ、そなたも行ってくるが良い」


 フィオリーナは、笑顔で息子の背を押しやった。テレンツィオは、巨大な光翔虎を見て驚いたのか、それとも血縁とはいえ国王や王太子の中に混じるのを遠慮したのか、彼らから少し離れたところで立ち尽くしていたのだ。


「一緒に行くのじゃ!」


「はい、姉上!」


 マリエッタは、テレンツィオの手を引いて駆け出していく。活動的な姉と、大人しげな弟と対照的な二人だが、姉弟の仲は良好なようだ。


「竜と虎の聖獣……このような素晴らしい光景を見ることが出来るなんて、思ってもいませんでした」


 シャルロットは、隣に立つシノブに寄り添いながら、感動の面持ちで呟いている。赤く染まる世界の中には、三頭の光翔虎だけではなく、イジェやオルムル達もいる。

 カンビーニの王族が光翔虎の下に集まる中、イジェは娘のシュメイだけではなく、幼いファーヴも(みずか)らの腹の脇に寄せ、翼で包み込むように伏せている。そして、オルムルは年下の二頭と向かい合って、何かを語り合うように鳴き声を上げていた。

 どうやら、彼女達は『アマノ式伝達法』ではなく、鳴き声と仕草による竜本来の交流をしているようだ。


「そうだね、陛下もあんなに喜んで。バージ達を連れて来て本当に良かったよ……ところで、聖獣って、まだ他にもいるのかな?」


 シャルロットに微笑みかけたシノブは、隣に立つアミィへと視線を向け問いかける。竜に虎と来たら、玄武や朱雀に相当する存在もいるのではないか。そうシノブは思ったのだ。


「どうなんでしょう? 私が担当していた北方には、竜しかいませんでしたが……」


 アミィは、少々困惑したような表情でシノブを見つめ返していた。

 彼女は、天狐族であったときにはメリエンヌ王国の北部を担当していたという。それに対し、光翔虎は南方の国の森にしかいないようだ。少なくとも、バージとパーフ、そして彼らの親達は、北部の森に同族は存在しないと思っているらしい。


「そうか……まあ、楽しみは後に取っておくほうが大きくなるしね!」


「はい、シノブ様!」


 シノブがアミィのオレンジがかった茶色の髪を撫でると、彼女はニッコリと微笑んだ。

 もしかすると、アミィは他の聖獣の存在も知っているのかもしれない。彼女は、ヴォーリ連合国の建国に関わった闇の使いアーボイトスがアムテリアの眷属であったことに、シノブ達より早く気が付いていた。しかし、岩竜ガンド達と遭遇するまで、彼女はそれを告げなかった。

 どうやら、アミィは神界で得た情報を、必要以上に口にしないらしい。それは、地上の者として生きるシノブに対する、彼女の配慮なのかもしれない。人として生きる以上、人が知りえぬことは教えない方が良い。アミィは、そう思っているのであろうか。

 いずれにせよ、シノブは己を支え続けてくれたアミィを、心から信頼している。それ(ゆえ)彼は、穏やかな表情でアミィの髪を再び撫でた。そしてシノブは、真っ赤に染まる景色の中に集う人々と偉大な存在達へ顔を向け、沸き起こる充足感と共に見守っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「陛下達、本当にお喜びでしたね」


 ソファーに座ったシャルロットは、微笑ましいものでも見たかのような温かい笑みを浮かべながら、シノブに語りかけた。

 シノブ達は、晩餐会を終えて迎賓館に戻っていた。既に侍女や従者達も下げたため、割り当てられた居室の中で寛ぐのはシノブとシャルロット、それにアミィだけである。


「ああ。明日は、きっと凄いことになるね。伝説の聖獣に、それに岩竜に炎竜、海竜が集うんだから」


 横に座ったシノブも、晩餐会の様子を思い出しながら相槌(あいづち)を打った。

 明日はホリィが海竜の長老を連れて来る日だが、そこで光翔虎達の存在を臣下や国民達に明かす、とレオン二十一世は告げたのだ。晩餐会の出席者に翌日の式典をどのように行うか語る彼は、これ以上は無いほど嬉しげな表情であり、五十もとっくに過ぎた国王が、まるで若者のように見えたくらいである。

 だが、それも仕方ないだろう。初代国王を含め二十一代、年月にして建国から550年近く経っている。その間姿を現さなかった聖獣を迎えるだけでも、彼の名はカンビーニ王国史に燦然と輝く筈である。それどころか、海竜の試しを乗り越えれば、王国の長年の夢である、安定した南方航海が可能となるかもしれないのだ。


「フェイニーさん、腕輪をとても喜んでいましたね」


 アミィは、自身の脇に置いている魔法のカバンへと目を向けた。

 実は、『獅子王城』に着いた直後、アミィが魔法のカバンを確認したら、フェイニーのための小さくなる腕輪が入っていたのだ。子竜のための腕輪が『小竜の腕輪』だから、こちらは『小虎の腕輪』とでも呼ぶべきであろうか。


「うん。アムテリア様、今回はやたら早かったね。フェイニーがオルムルやシュメイを羨ましがったからかな?」


 シノブは、子竜と聖獣の子のやり取りを思い出し、頬を緩めていた。

 光翔虎の子フェイニーは、ミュリエル達のところに戻る途中も、小さくなってシノブの肩に乗るオルムルを羨んでいたらしい。そして彼女はシュメイまで『小竜の腕輪』を()めているのを見て、すこぶる憤慨していた。

 フェイニーは王都に戻る途中、自身の腕輪はいつ授かるのだろうか、早くその時が来ないだろうか、と何度もシノブやアミィに思念を送っていた。そのため自身の腕輪を得た彼女は、文字通り天に舞うほど歓喜していた。


「そうかもしれませんね。

ところでシノブ。レオン一世は、バージ殿の親から祝福を受けたそうですが、光翔虎はそれほどまでに特別な存在なのですか? ガンド殿の親が剛腕アッシに祝福を授けたというようなことは聞いていませんが……」


 シャルロットは、三人だけとなったためだろう、光翔虎が初代カンビーニ王に授けたという祝福のことを口にした。流石に、この辺りは晩餐会の席では聞くことが出来なかったのだ。

 晩餐会は、前回同様カンビーニ王国側からは国王夫妻に、先王妃、そして王太子一家にフィオリーナとマリエッタ、テレンツィオが出席していた。とはいえ、給仕の侍女や侍従もいる中で、王家の秘事を聞くなど、いくら何でも無作法と言うべきであろう。

 そのためシノブ達も、カンビーニ王家の伝説については、レオン二十一世が話す内容を聞くのみで、自分達から質問することは無かったというわけだ。


 そんなこともあってシャルロットは、誰がレオン一世に力を与えたかが気になるらしい。

 なお、ガンドの両親は、ドワーフの英雄でヴォーリ連合国の初代大族長となった剛腕アッシと戦った。しかし、その時アッシは既にアムテリアの加護を授かっていたという。


「あれか……陛下は、聖人ストレガーノ・ボルペがレオン一世……当時はまだ一貴族のレオン・デ・カンビーニか……に、与えた試練だって言っていたね。

聖人が光翔虎の存在を教え、もし光翔虎と会えたら国王になれると言ったって」


 シノブは、晩餐会で国王が語った内容を思い出していた。

 まだ王になる前の若者レオン・デ・カンビーニは、既に後のカンビーニ王国となる半島で一番の戦士と呼ばれていた。しかし、彼に次ぐ実力者もいたらしい。そこでレオンは、(みずか)らの抜きん出た力を示すために、誰も到達したことのないセントロ大森林の中心を目指したのだという。

 そして、聖人とレオンは大森林の中心に到達し、最奥部にしか存在しない大型の魔狼や大爪熊を大量に狩って戻ってきた。もちろん、それだけでは彼が大森林を制したと認める者はいなかった。しかし、彼の出発前に比べて格段に上がった力と不思議な銀髪に変じた姿が、結果的に彼の偉業を証明することになったそうだ。


「はい。聖人はアミィと同じ大神アムテリア様の眷属ですから、光翔虎の存在を知っていても不思議ではありません。ですが、その光翔虎が神々のように加護を与えるなど……」


 シャルロットは、美しい眉を(ひそ)めながら、小首を傾げた。その動きに連れて彼女のプラチナブロンドが揺れ、灯りの魔道具の光を散らし(きら)めく。

 この地方の人々は、加護を授けるのはアムテリア自身か、彼女の従属神である六柱の神々以外に存在しないと考えているようだ。そのため、神以外の何かが加護を与えるというのは、シャルロットが信じてきた教えとは、そぐわないらしい。


「実はね、レオン一世に加護を届けたのは、ポヴォールなんだ。ポヴォールは、アムテリア様の加護を、光翔虎を通して与えたんだね」


 シノブは、光翔虎のバージから聞いたことを、シャルロットに教えた。森から戻る途中や、晩餐の間は誰かしらに囲まれていたため、今まで伝えることは出来なかったのだ。


「そうだったのですか……」


 シノブの説明に、シャルロットは納得したような笑みを見せた。

 戦いの神ポヴォールは、戦士の守り神であり、獣人族に力を与えた存在だという。そのポヴォールが、獣人の王となる男を助けるのは、至極当然のことである。シャルロットは、そう思ったようだ。


「そのあたり、どこまで口にして良いか判断できなかったから、あの場では光翔虎自身が祝福を与えたってことにしたんだ……でも、ちょっと(まず)かったかな?」


「大丈夫だと思いますよ? レオン二十一世陛下もそのままにされたのですから。それに、初代国王やストレガーノ・ボルペが明示しなかったのには、きっと理由があると思います」


 頭を掻きつつ笑うシノブに、アミィは安心させるような口調で自身の考えを述べた。

 カンビーニ王国は人族より獣人族の方が多い国だとはいえ、決して一種族だけの国ではない。それに、広大な森を持ち三方を海に囲まれた国土(ゆえ)に、森の女神アルフールや、海の女神デューネの信奉者も多い。

 そのためポヴォールの介在を伏せて、単にアムテリアの加護を授かったとしたのではないか。アミィは、そうシノブ達に説明した。


「そうですね。民に向けた説明は、きっと陛下がお考えになるでしょう。……シノブ、そろそろ休みませんか?」


「そうだね。今日は慌ただしかったからなぁ……シャルロットやアミィも、疲れたよね?」


 ソファーから立ち上がりながら就寝を促すシャルロットに、シノブも頷き席を立つ。そして彼は、愛妻を(いたわ)るように抱き寄せながら、二人に微笑みかけた。

 戦い自体や魔力の消費は、シノブにとってはさほどの負担となっていなかった。しかし、朝は大神殿に赴き、昼は狩りをし、夕方は伝説の聖獣と共に帰還し、という目まぐるしい一日は、シノブとしても少しばかり気疲れを感じたのは事実である。

 ましてや、彼ほど魔力を持たない二人は更に疲労したのではないだろうか。それに、シャルロットは大切な体である。シノブは、無駄話をしている場合ではなかったと、内心反省していた。


「大丈夫ですよ。久しぶりに狩りが出来て、楽しかったです」


「私もです……でも、早く休んだ方が良いのは確かですね」


 シャルロットの返答は本心からだったようだが、アミィもシノブと同じことを考えたのか、気遣わしげな表情でシャルロットを見つめていた。


「……シノブ様、シャルロット様、お疲れ様でした。明日も色々ありますから、ゆっくりお休みになってくださいね」


「ありがとう、アミィも良く休んでね」


 暫しシャルロットを見つめていたアミィだが、再び頬を緩めると二人に就寝を促した。

 おそらく、彼女はシャルロットの体調を探ったのだろう。そう察したシノブは、アミィに笑顔で答えると、シャルロットと共に用意された寝室へと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブとシャルロットの寝室は、大きなベッドが二つあるものだった。シャルロットが身篭っているため、シノブが複数のベッドがある部屋を望んだのだ。

 シャルロットはシノブの側で眠りたかったようだし、シノブも自身の寝相は悪くないとは思っている。とはいえ、もし寝ぼけたら自身の腕や脚が彼女の体にぶつかるかもしれない。シノブとしては、それらの危険は可能な限り避けたかった。

 とはいえ新婚間も無い二人は、自分達だけのときくらい出来るだけ近くに居たいという気持ちも強かった。そこでシノブは、就寝前の三十分くらいをシャルロットの側に寄り沿い、彼女が寝付いてから自身のベッドに移動するのが常であった。


 今日もシノブは、最近の習慣通りに行動していた。彼は、眠りに就いたシャルロットの側を離れ、もう一つのベッドに移動しようとしたのだ。灯りの魔道具で淡く照らされる部屋の中、シノブは愛妻の髪をそっと撫でてから、名残惜しそうに身を起こした。

 シャルロットの寝付きは良いようで、シノブが緩やかに動いたくらいでは起きはしない。しかし、幼いときから武術の訓練を積んだ彼女は、不審な気配などを察知すると、素早く反応する。

 野営の時なども、危険の無い小動物、例えば栗鼠(りす)などが近くを通ったくらいでは彼女は起きない。どうやら、攻撃する意思を気配などから読み取るようである。そのあたりの危機察知能力は、祖父の先代ベルレアン伯爵アンリによる厳しい訓練で身に付けたそうだ。

 シノブは、シャルロットから聞いた事を思い出しながら、もう一方のベッドに潜り込むと、薄い羽根布団を体の上に掛けて目を閉じる。

 今日に限って、そんな事が頭に浮かんだのは、透明化の術を使う光翔虎に会ったからだろうか。眠気の増してきたシノブは、ぼんやりと昼間の出来事を思いつつも、意識を闇の中に落としていった。


「……何だ?」


 暫し微睡(まどろ)んだシノブは、微かな物音を耳にして再び身を起こしていた。

 どうも物音は窓の方からしたようである。そう判断したシノブは、大きなガラス戸の手前に掛けられたカーテンへと視線を向けた。

 すると落ち着いた刺繍(ししゅう)が施された布は、向けた視線が引き金であったかのように揺らめく。


「シノブ?」


 シャルロットも、緊張したシノブの気配を感じ取ったのか、半身を起こすと夫へと視線を向ける。しかし彼女はシノブを信頼しているからだろう、落ち着いた表情のままであった。


「ああ、大丈夫だ! ……こら!」


 妻に笑顔を見せたシノブは、一挙動でベッドの上から飛び降り、音も立てずにカーテンの前に着地した。そして彼はカーテンを引き開けると、室内に入り込もうとしていたものを(つま)み上げる。


──し、シノブさん……バレちゃいましたか──


 シノブに思念を送ったのは、腕輪の効果で猫ほどに小さくなったフェイニーであった。もっとも、フェイニーの体型はまだ幼獣らしく丸っこい。そのため、ジタバタと手足を動かす彼女は、まるで動くぬいぐるみのように見えた。


「フェイニーでしたか……」


 シャルロットは、安堵したような、(あき)れたような複雑な笑顔を浮かべた。そして彼女は、愛らしいフェイニーの姿に惹かれたのだろう、ベッドから降りて窓際に歩み寄る。


「……オルムル、それにシュメイにファーヴもいるのか?」


 フェイニーをシャルロットに渡したシノブは、半開きになった窓を押し開け、バルコニーへと歩み出た。

 そこには彼が言ったように、三頭の子竜がいる。オルムルとシュメイは腕輪の力でフェイニー同様に猫ほどのサイズ、まだ腕輪が必要ないファーヴは普段と変わらず幼児ほどの大きさで、バルコニーに並んでシノブの顔を見上げている。


──す、すみません、フェイニーさんを()めようと思って──


──オルムルお姉さまに連れて来てもらったのです──


──皆、小さくなれて羨ましいです──


 オルムルは少々うろたえ気味、シュメイは意外と落ち着いた様子、そして自分だけ腕輪が無いファーヴは嘆き混じりの思念を送ってくる。


「まったく……イジェやバージ達はどうしたんだ?」


 シノブは、(あき)れた様子でバルコニーの外を眺めた。ただし、そこにはイジェしかいない。光翔虎の(つがい)バージとパーフは、夕方と同じく『獅子王城』の奥庭にいる筈だから、それは当然である。


──済まぬ……どうもフェイニーは落ち着きがなくてな──


──申し訳ありません。小さくなって逃げられてしまいました。私達はここから動けませんので──


 子供達の思念が聞こえてきたせいか、光翔虎の親達が、シノブに思念を送ってきた。

 要するに、フェイニーが腕輪で小さくなったお陰で、親達の目をすり抜けてしまったようだ。確かに、オルムルは虫ほどの大きさに変じたこともあった。もし、そこまで小さくなったとしたら、巨大なバージとパーフには、お手上げだろう。


──オルムルさんは、フェイニーさんを引き止めようとしたのです。ファーヴさんは元々オルムルさんの背に乗って遊んでいたのですが、そこにシュメイが小さくなって飛び乗って……ですから、オルムルさんを叱らないで下さい──


 シノブは、イジェの思念を聞いて苦笑を隠せなかった。竜や光翔虎は、非常に賢い。そのためシノブも失念していたが、最も年長のオルムルでも、まだ生後七ヶ月と少々である。その彼らが、多少の悪戯をするのは、仕方の無いことだろう。


──シノブ様、私が預かっても良いですが?──


 鋭敏な魔力感知能力を持つアミィが、この騒ぎに気が付かないわけがない。彼女は、飛び交う思念で概要を察したらしく、シノブに苦笑混じりの心の声を送ってくる。彼女の思念の来る方向からすると、どうも割り当てられた寝室にいるらしい。

 おそらくアミィは、幼子の悪戯と察したため、シノブ達の下に赴くまでもないと思ったのだろう。


──いや、たまには一緒に寝るのも良いだろう。アミィ、皆、お休み──


 シノブはアミィやイジェ、そして遠方のバージとパーフに思念を送ると、三頭の子竜を抱き上げ、室内へと戻る。そして彼は、自身のベッドの上に子竜達を置くと、窓を閉めカーテンを掛け直す。


「シャルロット、フェイニーに蹴られるといけないから、俺が預かるよ」


「……そうですか? ……では、お願いします」


 シャルロットは、シノブが差し出す手を見て、暫しの間躊躇(ちゅうちょ)していた。しかし彼女は、最終的には夫にフェイニーを渡す。やはりシャルロットも、ぬいぐるみのように愛らしいフェイニーを手放すのが惜しかったのだろう。


「さて、皆、大人しく寝るんだ。もし、これ以上悪戯するなら魔力も与えないし、明日はここに閉じ込めておくからね」


 シノブは自身を見上げる幼子達に、わざと顔を(しか)め強い口調で宣言をした。もっとも、彼は最後まで堅苦しい口調を保つことは出来なかった。そのためだろう、オルムル達は、ベッドに上がったシノブの周囲に、喜び勇んで集まってくる。

 そんな子竜と幼獣の様子にシノブは苦笑しながらも、己を慕う(いと)し子達を抱き寄せた。そして彼は、幼い命達の温かさを感じながら、再び心地よい微睡(まどろ)みに戻っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年9月24日17時の更新となります。


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