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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第13章 南国の長達
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13.20 森から来るもの 中編

 炎竜のイジェと岩竜の子オルムルが、セントロ大森林の中央近くで洞窟を発見する少し前。シノブ達は、カンビーニ王家の狩猟場の奥へと向かっていた。

 シノブやシャルロット、そしてアミィは、アルストーネ公爵フィオリーナや娘のマリエッタと共に、それぞれの愛馬に騎乗して進んでいく。セントロ大森林は、奥に行けば人跡未踏の地もあるが、ここは王家の狩猟場だけあって、馬を進めることの出来る道が整備され各所を結んでいるのだ。

 道の左右は、天に向かって(そび)える大木が並んでいる。しかし人の手が入っているのだろう、その間隔は意外に広く、馬で分け入ることも可能である。それに、倒木などが塞いでいることもない。実は、猟師達は(きこり)でもあり、森を適切な状態に保っているのだ。

 この辺りの木は、地球でいえばチークなどに該当する固く耐久性に優れた樹木である。大木ともなれば、高さ40mにも達し、幹の直径も2mを超えるという。それらは、優れた船材になるため、適度に間引き、充分に育った木は材木にするため切り出されるそうだ。


「ここまで来れば、多少は違うかと思いますが……」


 馬に跨り一行を先導していた猟師が、困惑した表情でフィオリーナの様子を窺う。彼は、狩猟場に常駐している猟師の(かしら)である。彼の周囲では、同じような戸惑い顔をした猟師達が女公爵の答えを待ち、馬達の足元には、こちらもどこか不安げな様子の猟犬が控えている。

 今日は、普段より遥かに獲物が少ないらしい。王家の狩猟場は、王族やその賓客以外が狩りを行うことはない。そのため狩猟の対象となる森林大猪や大角鹿の数は非常に多く、少々増えすぎて困るほどだという。

 しかし、この日は中々獲物を発見できず、勢子である猟師やアルノー・ラヴランなどの騎士達は、かなり苦労して獣を探しているようだ。つい先ほども、彼らはやっとのことで五頭の大角鹿を発見し、シノブ達の下に追い込んできたという。


「気にするな。獲物の多寡は、その日の運じゃ。それに、これだけ奥に来れば猪や鹿も居るじゃろう」


 馬上のフィオリーナは笑顔と共に、鷹揚な仕草で猟師に頷いた。威厳を保ちつつも猟師を気遣う彼女からは『銀獅子女公』という異名に相応しい風格が感じられる。


「はっ、ありがとうございます! ……お前達、行くぞ! 騎士の方々も、お願いします!」


 猟師の(かしら)は、安堵した様子でフィオリーナに頭を下げると、部下や騎士達に声を掛けた。これから猟師や騎士は、乗馬のまま森に入り獲物を狩り出すのだ。

 広大な森林から、獲物を待ち構えるシノブ達の下に森林大猪や大角鹿を追い立てるのは、猟犬を使っても簡単なことではない。あまりのんびりしていては、あっという間に日暮れになってしまうだろう。そうなっては、彼らの面目も丸潰れである。

 どうも、通常であれば午後から半日狩りをしたら、それなりの腕の者なら一人あたり十頭は固いらしい。なお、マリエッタはシノブ達に弟子入りする条件として二十頭と言ったが、それは彼女のように充分な腕に達した者でも、調子の良い時のことのようだ。


「今度こそは、シャルロット殿に勝つのじゃ!」


「マリエッタ殿、負けませんよ」


 虎の獣人の特徴である金に黒の縞の入った髪を振り立て宣言するマリエッタに、シャルロットは青い瞳を楽しげに(きら)めかせながら返答した。マリエッタが気合を入れるのも無理はない。今日は最も仕留めたシャルロットで七頭、続くマリエッタが四頭、シノブとアミィが三頭、そしてフィオリーナが二頭である。

 しかもシノブとアミィ、それにフィオリーナは、二人の勝負を邪魔しないように、追われてきた獲物が少ない時は手出しをしないから、実際には普段の三分の一を下回るペースだという。


 これは、別の組となっているイヴァール達の方も同じらしい。そちらは彼の他にエルフのメリーナ、猫の獣人アルバーノ、マリエッタの学友であるリブレツィア伯爵の娘フランチェーラがいるが、仕留めた数は同じか若干少ないくらいだそうだ。

 もっとも成果は芳しくなくてもイヴァールやメリーナは、大森林を周るだけで充分楽しいらしい。山や自然を愛するドワーフに、森の種族であるエルフとしては、都市から自然の中に来ただけでも満足なようだ。そのためだろう、イヴァールが通信筒でシノブに送ってきた紙片の文字も、どこか嬉しげに踊っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──『光の使い』よ! 気をつけてください!──


 シャルロットとマリエッタの様子を、微笑みと共に見つめていたシノブの脳裏に、突然、炎竜イジェの思念が響いた。イジェの思念に彼女の焦りや不安を感じ取ったシノブは、思わず真顔となる。


「シノブ様?」


 シノブの横にいるアミィにも、当然ながらイジェの思念が聞こえたのだろう。彼女は、頭上の狐耳を微かに揺らすと、シノブに薄紫色の瞳を向けた。


「ああ! フィオリーナ殿、少し待ってください!」


 シノブは、フィオリーナへと勢子達をこの場に留めるように声を掛けた。そして彼は、再びイジェの思念に集中する。

 アミィがフィオリーナ達に事情を説明する間に、シノブはイジェとオルムルから彼女達が発見した洞窟についてを聞き取った。二頭は、森の中央に棲む巨大な何かが、シノブ達や子竜の方に向かっていないか懸念したと伝えてくる。


──今のところ、こちらには異常は無い! ……シュメイ、ファーヴ、そっちは大丈夫か!?──


 イジェとオルムルに答えを返したシノブは、今度は狩猟場の入り口近くにいるシュメイとファーヴに思念を送る。シュメイ達は、ミュリエルやセレスティーヌ、そしてマリエッタの弟テレンツィオなどと共に、子供向けの狩場にいるのだ。


──シノブさん、何も無いですよ? どうしましたか?──


 幸い、シュメイから直ぐに返答があった。彼女の平穏無事な様子が感じられる思念に、シノブは思わず顔を綻ばせる。

 成竜のイジェや既に空を自在に飛べるオルムルとは違い、シュメイは飛翔の手前だから思念の到達範囲も狭い。しかし狩猟場の入り口からここまでは、彼女の思念が(かろ)うじて届く範囲だったようだ。もっともファーヴからの返答はないから、もしかすると限界に近い距離なのかもしれない。

 シノブの想像は当たっていたらしく、イジェとオルムルにはシュメイの思念が届いていなかった。そのため彼がシュメイの言葉を伝えると、二頭からは強い安堵と喜びの思念が返ってくる。


「アミィ、武器を! 私に槍と弓、ミレーユの分も! それからシノブに大剣を!」


 竜に匹敵する存在が側にいるかもしれないと聞いたシャルロットは、鋭い声でアミィに武具を要求していた。今、彼女が持っているのは、狩猟用の普通の弓と腰に佩いた小剣だけだ。それでは、竜と同等の存在には対抗できないだろう。


「はい! ……フィオリーナ様、マリエッタ様! この弓を使ってください!」


 アミィは、シャルロットに神弓と神槍を二つずつ、そして心の声で竜達とやり取りしているシノブにも神弓の他に光の大剣、光の首飾り、光の盾の三つの神具を渡していく。

 更に彼女は、少しの間を躊躇(ためら)うような様子を見せた後に、フィオリーナとマリエッタにも神弓を渡した。


「アミィ殿、これは?」


 フィオリーナは、アミィが魔法のカバンから取り出した神弓を受け取りはしたものの、疑問混じりの声で尋ねかける。

 神弓は、フィオリーナが持っている狩猟用の弓と同じく、単なる木製の複合弓のように見える。それに、大きさも殆ど等しく、ちょうど彼女の背丈を少々越すくらいだ。そのため彼女は、新たな弓に持ち替える必要性を感じなかったのだろう。


「矢が生み出される魔道具の弓です! それに、威力も普通のものとは違います!」


 アミィは、怪訝そうなフィオリーナとマリエッタに神弓について説明していく。彼女は、フィオリーナ達に神具を使わせるか迷ったようだ。しかし、仮に竜のような存在と戦うなら、そんなことを言っている場合ではないと思ったのだろう。


「ほう……そんな素晴らしい魔道具が……」


「アミィ殿、感謝するのじゃ!」


 アミィから神弓の使い方を聞いた二人は、感動の面持ちで手に持つ神具を見つめている。とはいえ、その視線はあくまでも高性能な魔道具に対するものだ。二人は渡された弓が神の手によるものとは思っていないのだから、それは仕方ないだろう。

 暫し神弓を眺めていた二人は、側に控える従者達に元から持っていた弓と矢筒を渡した。彼女達は、竜に匹敵する存在が来るかもしれないと聞いても、(おび)える様子は無い。

 それどころかフィオリーナとマリエッタは金色の瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、頬をうっすらと染めている。その様子は、獅子の獣人と虎の獣人という違いはあっても、彼女達母娘が生まれながらの戦士であると物語っているようであった。


「シャルロット、通信筒でイヴァールに連絡を! 合流しよう! それからアミィ、一旦ミュリエル達のところに戻ってくれ!」


 イジェやオルムルとのやり取りを終えたシノブは、矢継ぎ早にシャルロットとアミィに指示を出した。

 竜のような存在に遭遇したら、イヴァール達といえど危険である。彼やミレーユ、それにアルバーノなら生還は可能だろうが、それ以外の者は命を落とす可能性が高い。特に、向こうにはシノブやアミィに匹敵するほどの魔力障壁を張れる者がいないため、竜のブレスのような攻撃を防ぐことは出来ない。

 そして二頭の竜は、セントロ大森林の中央から全速力で引き返している最中だというが、ここまで戻ってくるには十分以上はかかるだろう。イジェとオルムルは、巡航速度の何倍もの速さで戻っているが、大森林の中央からここまでは、100km以上はある。

 ミュリエル達の側にはアリエルがいるが、彼女だけでは竜の相手は(つら)かろう。そのためシノブは竜達が戻るまで、アミィにもミュリエル達の護衛に回ってもらおうと思ったのだ。


「はい!」


「わかりました!」


 シャルロットとアミィは、それぞれ紙片に急いで伝言を書くと、ほぼ同時に通信筒へと格納した。

 そして、シノブは、光の首飾りから出した光弾で道の脇の木々を削り取り、(ひら)けた場所を作り出す。光弾に当たった物は、その中に吸収されるように削り取られていく。そのため光弾が飛び回った後には、通常の魔術で木々を倒すのとは違い、障害物の無い平らな地面だけが残っていた。


「それではシノブ様! お気をつけて!」


 シノブが作り出した平地に愛馬フェイを進めたアミィは、ひらりと飛び降りると魔法の家を出現させる。そしてシノブに声を掛けた彼女は、フェイと共に足早に魔法の家の中へと入っていった。


「シノブ、イヴァール殿から返答がありました! すぐこちらに向かうそうです!」


 シャルロットがシノブに声を掛けたとき、魔法の家は姿を消していた。向こうも、シュメイがミュリエル達に説明していたのだろう。魔法の家を呼び寄せる準備を整えていたようだ。


「い、家が出て、消えた!」


「馬鹿、それより光の球だろ! 大木を十本以上は消し去ったぞ!」


 シノブ達が素早く戦闘態勢を整えていく中、カンビーニ王国の者達は、驚愕の表情でどよめいていた。シノブが連れてきたメリエンヌ王国の軍人達はともかく、彼らにとっては初めて見る光景だから、それも仕方が無いだろう。

 何しろ、自在に飛び回る光弾も一瞬にて展開され姿を消す家も、この地方の魔術や魔道具の常識では、想像すら出来ないものだ。それに、そもそも騎士や猟師達は、シノブが何と話しアミィがどこに行ったかすら、良くわかっていないと思われる。


「フィオリーナ殿、イヴァール達と合流するには!?」


「あ、ああ……こちらじゃ!」


 それは、ある程度シノブのことを知っている筈のフィオリーナにとっても同じだったようだ。シノブに声を掛けられた彼女は、夢から覚めたかのように表情を鋭くし、跨る軍馬を進め始める。

 そしてシノブ達は、フィオリーナの案内で森の中の道を駆けて行く。シノブは、イヴァール達と合流するまで、何も起こらないことを祈りながら、愛馬リュミエールを操っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 無事にイヴァール達と合流したシノブは、近くの魔力を探っていた。

 シノブの魔力感知能力は他とは隔絶した域に達しているが、常に周囲を探っているわけではない。それに飛行中の竜のように魔力を大量に使っているならともかく、意識的に魔力を漏らさないようにしていたり周囲の魔力が濃かったりする場合は、気がつかないこともある。

 そこでリュミエールを()めたシノブは精神を集中し、周囲を詳しく探ってみることにした。今シノブは、目を閉じて周囲の魔力を調べている。


 残りの者は、辺りを探るシノブを真剣な眼差しで見つめていた。

 神槍と神弓を手にしたシャルロットの脇には、合流したイヴァールとミレーユ、エルフのメリーナ、そして猫の獣人のアルバーノもいる。彼らも、それぞれ武具を手にした勇ましい姿である。


 まずイヴァールは、普段と同じ重装備であった。彼は念のためだと鱗状鎧(スケイルアーマー)を身に着け角付きの兜を被り、戦斧や戦棍(メイス)(たずさ)えていたのだ。そんな彼を出発前にアルバーノが大袈裟だと笑っていたが、こうなると(まこと)に頼もしく感じる。

 そしてミレーユは、シャルロットと同様に神弓と神槍だ。本来、神槍はシノブのためのものだが、彼には光の大剣があるからだ。

 更にメリーナも神弓だ。彼女はシノブから神弓を渡されていたのだ。遠距離の場合シノブは魔術で攻撃するし、光の首飾りや光の盾もある。それに接近戦なら光の大剣を使うから、メリーナに弓を預けたのだ。

 最後にアルバーノだが、彼はシノブから小剣を渡されていた。これもアムテリアから授かった魔法の小剣で、並の剣とは切れ味が全く違うからだ。


「シノブ、どうだ?」


 目を見開いたシノブに、イヴァールが問いかけた。彼は黒々とした髭を(しご)きながら、シノブの答えを待っている。


「……たぶん、森の中心に近いほうに何かいると思う。そんなに遠くはない。イジェやオルムルもこっちに向かっているけど、それとは別の何かだ」


 セントロ大森林の魔力は中央に行けば行くほど濃い。そのため、はっきりとはしないのだが、シノブは現在いる場所からさほど遠くないところに、普通の獣とは異なる魔力を感じていた。ただし、その魔力は竜のように強大ではなく、しかも微妙に揺らいでいるように思える、不思議なものであった。


「もしかすると、魔力を隠すことが出来る生き物かもしれない。あと、距離は2kmも無いと思う」


「我々のように、隠密行動を得意とするのかもしれませんな」


 シノブが今まで感じたことの無い魔力と、そこまでの距離を伝えると、アルバーノが顔を(しか)めつつ呟いた。彼ら猫の獣人は、身が軽く、足音も立てずに歩くことが出来る。しかも、猫の獣人で魔力操作に長けた者は、他の種族より上手に魔力を隠すことが出来るようだ。

 同じ猫科の獣人でも、獅子の獣人や虎の獣人は直接的な力強さを誇っている。それに比べ、猫の獣人は独特の特性を持っているのだ。


「シノブ、手前にいることがわかったのですから、猟師達を下げたほうが良いのでは?」


 シャルロットは、岩竜ガンドとの戦いを思い出したようだ。竜のように途轍もない能力を持った相手の場合、それに対抗できる人間はごく僅かである。おそらく、合わせて何十名もの勢子の大半は、シノブが魔力障壁で守ることになるだろう。それであれば、後方に避難させた方が良い筈である。


「そうだな……アルノー、騎士達と共に、猟師を守りながら戻ってくれ。フィオリーナ殿、それで構いませんね?」


 シャルロットの進言に頷いたシノブは、アルノーに猟師達を託すことにした。怪しげな魔力は、森の中央に近い側にあるのは間違いない。ならば、シャルロットの言う通り、森の外に向かって退避させた方が良いだろう。


「うむ。ここにいても、危険なだけじゃろう。フランチェーラ、ロセレッタ、シエラニア。お前達も下がるが良い」


 そしてフィオリーナも、イヴァール達を持て成していたフランチェーラ、それと勢子に加わっていたロセレッタ、シエラニアに指示を出す。どうやら、彼女自身とマリエッタは残るようだが、それ以外は戦闘に加わらせないようだ。

 なお、普通なら王族である彼女達こそ危険から逃れるべきなのだが、そういう考えは、この母娘には無いようだ。どうも、力で獣人の頂点に立ったカンビーニ王家には、戦いの場から退いてはならない、という教えがあるらしい。


「はっ! 行くぞ!」


「……わかりました」


 シノブの命を受けて、アルノーは早速部下や猟師と共に後方に退いていく。

 そしてフランチェーラ達、三人の伯爵令嬢も、少々悔しげな様子で頭を下げると、カンビーニ王国の騎士と共にアルノーの後に続いていった。やはり、王族のフィオリーナやマリエッタを置いていくのは、忸怩たるものがあるのだろう。


「行くか」


「ああ、腕が鳴るな」


 シノブは短く言葉を発すると、騎乗する白馬リュミエールを前進させた。そして、イヴァールは大きく肩を回した後に、シノブの左隣にドワーフ馬ヒポを進めていく。

 もちろんシャルロット達も一緒だ。イヴァールとは逆側、シノブの右隣にシャルロット、その後ろにミレーユ、メリーナ、アルバーノと並ぶ。そしてフィオリーナにマリエッタも、最後尾に続いていく。彼らは見事な隊列を組んだまま、王家の狩猟場の最奥部に向けて馬を急がせていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「おかしい……少し前にいるはずなんだが。二つ……いや、三つか?」


 シノブは、謎の魔力に極めて接近していると感じていた。しかも、それは複数存在するらしい。シノブ達が馬を進めると、謎の魔力もかなりの速度で近づいてきたため、遭遇は意外に早かった。しかし、その姿が見えないのだ。

 今、シノブ達は半径100mくらいの(ひら)けた場所にいる。どうやら、シノブがいる場所と木立との境あたりに、謎の魔力を放つ存在はいるようだ。


「姿を消す魔獣では? ……例のあれのような」


 馬を()めた一行が周囲を見回す中、アルバーノがシノブに(ささや)いた。

 彼は、自身が持っている透明化の魔道具を連想したらしい。はっきりとは言わなかったのは、フィオリーナやマリエッタがいるためだろう。


「かもしれないな……皆、探りを入れてみる! ……水弾!」


 シノブは、謎の魔力から殺気のようなものを感じていた。もう、相手との距離はそれほど無い。そこでシノブは、相手が居ると思われるところに、緩めの水弾をぶつけてみる事にした。岩弾とは違い、水弾は魔力の調整次第で強く固めることも出来るし、その逆も可能であり、こういう場合には都合が良い。

 一同が前方を見つめる中、シノブは大きめの水弾を幾つか(こしら)えると、比較的緩やかな速度で発射した。不穏な気配は感じるものの、相手が敵かどうかはまだわからない。それ(ゆえ)殺傷能力が無い速度や固さの水弾にしたのだ。


「あ、あれは! 大きな虎ですか!?」


「黒いから豹かもしれませんよ!?」


 弓を構えたミレーユとメリーナが、口々に叫ぶ。シノブが放った水弾は、途中で何かに当たったように弾け、そこには三頭の巨大な獣が現れたのだ。

 巨大な獣は親子連れなのであろうか。二頭は炎竜イジェと同じくらい、そしてもう一頭は子竜のオルムルくらいの大きさのようだ。

 三頭とも全身が真っ黒で身を伏せているため、細部が判然としない。ただ、爛々(らんらん)と光る金色の瞳だけがシノブ達を(にら)みつけている。


「ガアアァッ!」


 おそらく、透明化の術が使える生き物なのだろう。三頭の獣が居た場所は、水弾が当たるまで何も無かったように見えていた。

 しかし水弾が透明化の術を打ち消したのか、それとも命中したことで隠れていても無駄だと思い術を解いたのか。姿を現した獣達は咆哮(ほうこう)を上げると、猛烈な速度でシノブ達に迫ってくる。

 身を起こした獣達が四つ脚で駆けてくる姿は、ミレーユが言うように虎に良く似ていた。豹ほどは細くなく、太い脚に比較的短い首や短く太い鼻面などは確かに虎のようである。

 しかし悠長に獣の正体を探っている暇はない。なにしろ全長20mもあるイジェに匹敵する大きさだから、わずか数歩でシノブ達のところに到達するだろう。


「シノブ殿! 出来れば生け捕りで頼む! あれは、聖獣かもしれぬ!」


「わかりました!」


 小山のような体で襲い掛かる二頭と、その後ろに続く子供らしき一頭を見たフィオリーナは、生かしたまま捕らえてほしいと頼み込んだ。

 それを受けたシノブは、理由を聞かずに承諾を告げる。聖獣とは竜のように特別な存在ではないかと、シノブは思ったのだ。


──お前達、俺の言葉が理解できるか!──


 聖獣と呼ばれるほどの存在なら、思念が通じる可能性はある。それに、こちらに害意が無いことを伝えれば、攻撃をやめてくれるかもしれない。そう思ったシノブは、四枚の巨大な光鏡を手前に展開しつつ、心の声で呼びかけた。

 四枚の光鏡は二組になっており、それぞれシノブ達とは逆側を繋げている。したがって、仮に獣が光鏡に飛び込んでも、元来た方向に戻る筈だ。


「ガオオオォッ!」


 しかし、黒い獣達はシノブの思念に応えることはなく、光鏡に飛び込むこともなかった。

 どうも、獣の本能で光鏡が危険なものだと気がついたようだ。彼らは、光鏡の直前で真横に向きを変えると左右に分かれ、回り込もうとする。


「牽制します!」


 シャルロットは、光鏡を避けて接近しようとした巨大な獣に矢を射る。もっとも、彼女は当てるつもりは無かったらしく、放った矢は獣の足元近くの地面に突き立った。そして、ミレーユやメリーナ、そしてフィオリーナとマリエッタも、シャルロットに倣って親らしい二頭の足元に矢を放つ。


「と、飛んだぞ!」


「ええ、飛びましたな……」


 イヴァールとアルバーノは、(あき)れたような声音(こわね)で叫んでいた。彼らは遠距離攻撃の手段を持たないから、接近されるまでは弓を持つ者やシノブに任せて観戦していたのだ。もしかすると、接近戦に備えて準備していたのに宙に逃げられたから、思わず声が漏れてしまったのかもしれない。

 それはともかく、左右に分かれた二頭は、足を狙われていると悟ると天空へと舞い上がっていた。それも、跳躍ではなく、空を駆け上がるかのように高みへと登っていく。

 まるで大空を駆ける天馬のように四つ脚を動かしている二頭は、宙で自在に向きを変え、再度シノブ達に襲い掛かろうとする。


「魔力障壁!」


 シノブは、漆黒の獣達の進路に魔力障壁を出現させた。光弾や光鏡があれば、自分達の身は充分に守れるから、まだ直接的な攻撃は控えたい。したがって、魔力障壁をぶつけて打ち落とそうと思ったのだ。

 もっとも、相手は成竜に匹敵する巨体である。そのためシノブは、右手に持つ光の大剣により魔力を増幅させ、強固な障壁を作り出した。


「くっ、躱されたか!」


 やはり、この巨獣も竜達と同様に魔力に敏感なのだろうか。天空を舞う術が竜と同じく魔力による重力操作だとすれば、感知能力が竜並みであっても不思議ではない。そう思ったシノブは、どのように攻撃するか、思わず考え込んでしまった。

 もっとも、その間もシャルロット達は矢を放ち、光弾や光鏡はシノブが指示しなくとも自動的に巨獣を牽制している。シノブが指示をすれば、それに従って光弾と光鏡は自律的に動く。そのため、新たな命令が来ない限り、それまでの指示に従って動き続けるのだ。


「シノブ、矢で追い込みます! ミレーユ、一緒に!」


「はい! シャルロット様!」


 シャルロットとミレーユは、それぞれ五本の矢を一度に(つが)えると、天空の巨獣に向けて一斉に放った。どうやら、シャルロットも厳密に狙いをつけないのであれば、五本同時でも放てるらしい。

 そして、長年共に修行を積んできた二人は短い言葉でも充分意思を伝えられるようだ。二人が放った矢は、親らしき二頭のうち片方を半包囲するように、綺麗に飛んでいく。


「ありがとう! ……魔力障壁!」


 シノブは、獣ごと囲む強固な魔力障壁を、矢から逃れようとした巨獣の前方に作り出した。彼が膨大な魔力を注ぎ込んで作り出した半球状の障壁の中に、巨獣はそのまま飛び込んでいく。そしてシノブは、魔力障壁を変形させると、その中に漆黒の獣を閉じ込めた。


「やったぞ!」


「流石は閣下!」


 相手が空を飛んでは、イヴァールとアルバーノには応援することしか出来ない。

 なお、アルバーノは、隠し武器である短剣ぐらいの長さの金属針を取り出し手に持っていた。しかし、流石にそれでは効果が無いと思ったのか、使わないままである。


「次!」


「これで最後です!」


 シャルロットとミレーユの妙技を、メリーナやフィオリーナ、そしてマリエッタは感嘆の表情で見守っている。彼女達は、下手に自分が手出ししないほうが良いと思ったのか、弓も下ろしてイヴァール達と同様に観戦に回っていた。

 そして巨獣達だが、どうも魔術と物理的な攻撃の双方が上手く連携しているせいか、それまでのように華麗に躱すことが出来ないようだ。そのため、シャルロットとミレーユが矢で追い込み、シノブが魔力障壁で捕らえるという連携で、あっという間に残り二頭も捕獲されてしまった。


「何とか、捕まえることが出来たね。それじゃ……」


 シノブは地に下ろした魔力障壁の中でもがいている、黒い巨獣達を見つめていた。巨大な獣達は、真っ黒なところと大きさが桁外れな以外は、虎のように思える。子供らしい小さな一頭ですら、地球の虎と同じくらいの大きさなのだが、こちらは子供らしい丸っこい体型で手足も太く短いし、幼く感じる。


──待ってください!──


 シノブ達が巨獣に歩み寄っていくと、凄まじい速度で接近してきたオルムルが強烈な思念と共にシノブの手前に舞い降りた。とても急いでいるようで、彼女は鳴き声での伝達を使わず思念だけでシノブに語りかけている。


「オルムル、どうしたんだい?」


──あれは、異形と同じです!──


 オルムルの慌てた様子を見たシノブは、僅かに苦笑しながら彼女に優しく語りかけた。しかし彼はオルムルの返答を聞いて、真顔となる。彼女が言う異形とは竜人化によって人の姿を捨てた存在だと、シノブは直感的に悟ったのだ。

 それ(ゆえ)シノブは首尾よく巨獣達を捕らえた喜びも忘れて、オルムルが語る内容に耳を傾けていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年9月20日17時の更新となります。


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