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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第13章 南国の長達
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13.18 街道の午後

 聖壇から降りたシノブは、早速カンビーニ王国の神殿に授けられた転移について、国王レオン二十一世や大神官ヴェッツォーニ、それに彼の配下の神官達に説明をした。


 神殿での転移は、一部の神官にしか出来ない。一国の中央にある大神殿でも大神官とそれに次ぐ高位の神官達のみ、各都市の大神殿では神官長の他に一人か二人らしい。したがって、有効に使うには彼らの再配置も必要である。

 何しろ、神官と共に転移できる人数も、大神官で三十名くらい、神官長などで十名前後のようだ。しかも、一日に出来る回数も限られている。どうも、修行で得た加護の強さにより、それらや転移を行う際の祈祷時間などが変わるらしい。

 ちなみに、シノブやアミィ、そしてホリィの場合、同行できる人数や転移可能な回数が桁違いであり、事実上無制限であった。また、転移を念ずる際も行きたいところを願うだけで、長時間の祈祷などは不要だ。しかし、神官達はそうはいかないのだ。


 それらの話を聞き終えたカンビーニ王国の者達は、実際に王都カンビーノから都市アルストーネへの転移を試してみた。高位の神官と共に、国王や王太子シルヴェリオ、それにアルストーネ公爵フィオリーナとその娘マリエッタなどが歓喜に顔を輝かせながら、東のデレスト島で最大の都市アルストーネへと転移していく。


 そして彼らを見送ったシノブとアミィは、大神官ヴェッツォーニの案内で神殿の奥の宝物殿に赴いた。アムテリアは、新たな海竜のために神々の御紋を用意してくれたのだ。


「御紋は二つですね」


 シノブが言うように、宝物殿にはイジェ達成竜が装着する物と同じ大きな御紋が二つ存在した。明日は海竜の長老がカンビーノに訪れるが、彼は自身の(つがい)も連れて来るという。そのため、アムテリアは二つの御紋を用意したのだろう。

 シノブの目の前には、2m四方の巨大な板があり、そこにはアムテリアと六柱の従属神を示す紋章、中央の金色に輝く円盤と、その周囲に放射状に配置された六つの異なる色をした三角形が描かれている。この紋章が、神々の御紋と呼ばれるものである。


「はい。大神アムテリア様は、近々二頭の海竜が現れるという御神託をお授け下さいました」


 大神官ヴェッツォーニは、シノブへと恭しく頭を下げる。彼も、メリエンヌ王国の大神官テランス・ダンクールと同様に、シノブが神の眷属以上の加護を持つと承知しているのだろう。


「これは、海竜のための装具ですね。助かります」


 宝物殿の奥には黒々とした巨大な物体が置かれている。御紋を魔法のカバンに仕舞ったアミィは、普段とは違う威厳すら感じる声音(こわね)で、大神官ヴェッツォーニへと語りかけた。大神官が正体を察しているからだろう、彼女はアムテリアの眷属としての態度で接することにしたようだ。


「その通りでございます。大神アムテリア様は、海竜には革製の装具では困るだろう、と仰せでした」


 返答した大神官ヴェッツォーニは、アミィにも深々と頭を下げる。

 最高位の神官に相応しい品の良い白髪と長い白髯(はくぜん)の彼が、十歳くらいにしか見えないアミィに最敬礼をする光景は、普通なら異様に感じただろう。

 しかし、神秘的な雰囲気を(まと)い毅然と立つアミィは、まさしく神の使いそのものである。そのため、二人の様子は宗教画に描かれた情景のように自然であった。


「そうですね。流石にドワーフ達でも無理があるようです」


 アミィが言うように、海竜のレヴィやイアス、それに二頭の子供リタンの装具の作成は、岩竜や炎竜のものとは違って難航していた。もちろんドワーフ達も、海水に長期間()かっても問題のない革製品を造ることは出来る。しかし深海まで潜る海竜に使う装具は、また別のようだ。


「大きいのが全部で四つ、小さいのが一つか……この前の方に御紋を付けるのでしょうか?」


 シノブも、宝物殿の奥に置かれた装具に目を向けていた。シノブの前には、既に知り合いとなった二頭の成竜に、子竜のリタン、そしてこれから会う長老達のための、五つの装具が並べられている。


 海竜のための装具はかなり大きなものであった。どうも首元と前肢の(ひれ)の後ろで固定するらしく、それだけで馬車を覆うくらいに巨大である。

 装具は大まかに言うと背中側と胸の前部を覆う二つの部分が存在し、その前方と後方のそれぞれが幅広の帯で繋がっている。人間なら、上半身だけの胸甲と背甲を紐で結んで着けるようなものであろうか。その胸甲と背甲に相当する部分は多少柔軟性のある素材らしく、シノブには硬めのゴムに似ているように思えた。


「仰るとおりです。この首元になる部分に装着できます」


 大神官ヴェッツォーニは、装具の側に歩み寄り、真っ黒な板の上部を指し示す。彼が言うように、胸甲状の板の上部は、神々の御紋を固定できるようになっていた。


「ありがとうございます。アミィ、これも仕舞ってくれ」


「はい、シノブ様」


 アミィは、シノブの言葉を受けて装具を魔法のカバンへと収納していく。魔法のカバンは、アミィが背負える程度の小さなカバンだが、その容量は無尽蔵とも思えるほどで、アミィの倍以上の高さの巨大な装具が、あっさりと吸い込まれていった。


「シノブ様、アミィ様。お困りのことがあれば、いつでも何なりとお申し付けください」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 アミィが装具を収納し終えると、大神官ヴェッツォーニは、シノブ達に再び深々と頭を下げた。その厳粛な様子にシノブは少々辟易としながらも、何かの時には助かると嬉しさも感じていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「しかし、少々大袈裟だよね。嬉しいのは理解できるけど、あんなに喜ばれてもね……」


 愛馬リュミエールに跨ったシノブは、隣のシャルロットへと笑いかけた。

 昼食を終えたシノブ達は、東の森に向かっていた。彼らは、これからカンビーニ王家の狩猟場で狩りを行うのだ。

 王都カンビーノから東の森、つまりセントロ大森林までは30kmほどである。そのためシノブ達は、ゆっくりと乗馬を楽しみつつ進んでいた。

 もっとも、馬に乗り慣れないセレスティーヌやミュリエルは、馬車の中にいる。一行の中央には、彼女達や世話をする侍女などを乗せた馬車が二台、そして、その前後や周囲を多くの騎馬が取り囲んでいる。


「仕方が無いと思います。神像から放たれた光は、とても神秘的でしたから」


 こちらもアルジャンテに騎乗したシャルロットは、隣に並ぶ夫に笑顔を返した。この日は、晴れ渡った空が気持ち良く、風も穏やかであった。それに、森に向かう街道は良く整備されており、馬達も軽快に歩んでいる。そのためだろう、馬上のシャルロットも普段に増して楽しげであった。

 本来なら、初期とはいえ身篭った彼女が騎乗するのは問題がある。しかしアムテリアから授かった腹帯は、身体強化や回復魔術の悪影響だけではなく、運動などに伴う危険も排除してくれる。アミィによれば、最高級の鎧を着けているよりも安全らしい。それ(ゆえ)シノブ達は、案ずることなく馬を進めているのだ。

 なお、シャルロットは騎乗ということもありシノブと同じく軍服姿だ。とはいえ、まだ森林までは遠いため、二人は弓を魔法のカバンに仕舞ったままで、腰に小剣を佩びているだけである。しかも、周囲は両国の精鋭が固めているため、賓客であるシノブ達は暫くぶりの長時間の乗馬と穏やかな陽気を満喫していた。


「そうじゃ! シノブ殿達にとっては珍しくもないのじゃろうが、我が国の者にとっては何百年ぶりの奇跡じゃからの!」


 シャルロットと反対側、シノブの左隣に馬を並べているマリエッタが、虎の獣人に特有の黒い縞の入った金髪を振り乱しながら叫んだ。彼女は、興奮のあまりか頬を真っ赤に染めている。

 マリエッタは、自領から転移で戻ってきて以来、ずっとこんな調子であった。彼女と母のアルストーネ公爵フィオリーナはシノブ達の案内役なのだが、神殿で神秘の出来事に遭遇したためだろう、本来の役目を忘れてしまったようだ。


 その感動冷めやらぬマリエッタは、リュミエールやアルジャンテと同じくらい大きな黒馬に乗っている。王の孫で公女なら、すらりとした白馬が似合いそうなものだ。しかし、がっしりとした巨馬に飾り気の無い革鎧を着用して乗る姿は、成人同様に大柄なこともあり、歴戦の女戦士のようである。

 なお、流石に公女だけあって道中では(みずか)ら弓矢を持たなくても良いようで、彼女もシノブ達と同様に、小剣のみを下げていた。


「その通りじゃな。メリエンヌ王国では幾度もあったことかもしれぬが、我らカンビーニの者にとっては、初めて授かる神の恩恵じゃ。正直、狩りには行けぬかと思ったぞ」


 マリエッタの後ろから声を掛けたのは、フィオリーナだ。こちらも、漆黒の巨大な馬に乗って娘と同じような軽装鎧を身に着けていた。

 ちなみに、フィオリーナと馬を並べているのは苦笑気味のアミィである。彼女が乗っているフェイは、小柄な馬なので、余計にフィオリーナの乗馬が大きく感じられる。


 それはともかく、フィオリーナの言った通り、カンビーニ王国の王族や貴族の喜びは留まるところを知らず、シノブ達は熱狂する人々から中々解放されなかった。

 宝物殿から戻ったシノブとアミィは、転移の試験が終わり都市アルストーネから帰ってきた国王を始めとする人達に取り囲まれた。そしてシノブ達は、そのまま『獅子王城』の大天守へと移動し、盛大な祝宴で持て成されたのだ。

 大神殿での神秘的な出来事は、カンビーニ王国の人々にとって、非常に衝撃的だったらしい。元からシノブ達に友好的であった者は当然として、マリエッタの友人である伯爵令嬢達も、前日アミィの実力を疑うかのような言葉を口にしたことを、平身低頭というべき(てい)で謝罪をしたくらいだ。

 そして彼女達だけではなく、昨日に増してシノブ達の下に次男三男や知り合いの子弟を預けたいという者が、引っ切り無しに押し寄せてきた。正直シノブも、レオン二十一世(みずか)ら祝宴の終わりを宣言しなかったら、いつまでも彼らに囲まれ動けないのではと思ったほどである。


「そうですね。まあ、お陰で一層打ち解けることが出来ましたし、悪いことばかりでも無いですが」


 シノブは、斜め後ろを振り返り、堂々たる騎乗姿のフィオリーナへと答えた。

 娘より更に大柄な彼女だが、身長自体はシャルロットとさほど差が無い。しかし、どうも体格というか骨格自体が違うようだ。シャルロットは、女性の理想像というべきプロポーションの持ち主だが、フィオリーナは獣人らしい活力が漲った肉感的な美女であり、実際の身長以上に大きく感じる。

 それに、妖艶なフィオリーナの印象は、シャルロットとは全く違う。フィオリーナが十以上も年長で、長年公爵として過ごしてきたためだろう。


「そうじゃろう。見よ、フランチェーラ達を」


 フィオリーナは、前方を指し示した。シノブ達の前ではフランチェーラを始めとする三人の伯爵令嬢が、アリエルやミレーユと仲良く語り合っている。

 フランチェーラ、ロセレッタ、シエラニアの三人は、マリエッタと共に武術の訓練をした仲、つまりシャルロットに対するアリエルやミレーユのような間柄だという。それ(ゆえ)マリエッタがアミィに劣るという言葉を無視できなかったのだろう。

 なお、三人は、それぞれ別の伯爵の娘だが、どの家も都市アルストーネと同じデレスト島の都市の領主である。そのため、幼い頃からの付き合いとなったようだ。


「ええ。仲が良くて困ることはありませんね……」


 シノブは更に前方、先頭近くへと目を移した。そこには、イヴァール、メリーナ、そしてアルバーノの姿がある。

 森の種族であるエルフのメリーナは、セントロ大森林での狩りが待ち遠しくて仕方がないらしい。彼女は嬉しげな笑顔を浮かべたまま、隣のアルバーノと何かを話している。

 そして、イヴァールは短く毛を刈ったドワーフ馬のヒポを悠々と進めていた。彼も堅苦しい王城から離れ、自然に触れる方が何倍も嬉しいのだろう。時々腰に下げた皮袋を手に取って酒を飲むイヴァールからは、穏やかな中にも楽しげな雰囲気が漂っていた。

 ドワーフとエルフ、そして猫の獣人が和気藹々(わきあいあい)と馬を進める光景。シノブは思わず顔を綻ばせる。


「騎士達も含め、みな楽しそうです」


 後ろに続く馬車を囲む者達に、シノブは顔を向ける。

 メリエンヌ王国からは、アルノーや王女の護衛であるサディーユやシヴリーヌを始めとする騎士達が一行に加わった。もちろんカンビーニ王国からも護衛の騎士が多数参加しており、馬車と前後の軍馬からなる隊列は相当な長さだ。

 もっとも王族が狩りに行くときに使う道だけあり、ここは主要街道並みに整備されている。したがってシノブ達が片側のみを進んでいても、充分余裕があった。


「シノブ殿の言う通りじゃ! 空のイジェ殿にオルムル殿、そして馬車のテレンツィオと一緒のシュメイ殿とファーヴ殿も、皆仲良しなのじゃ!」


 相変わらず興奮気味のマリエッタは、空を見上げた後、後方の馬車を振り返る。彼女の言葉通り、上空にはイジェとオルムルが、そして馬車の中にはまだ六歳で長距離の乗馬は出来ないテレンツィオと共に、シュメイとファーヴが乗っている。


「そうじゃの。テレンツィオも楽しかろう。しかし、ほんに不思議な腕輪じゃの」


 フィオリーナは、後方の馬車を振り返った。女傑である彼女も、可愛い息子のこととなると別のようで、母親らしい笑みを浮かべている。

 実は彼女が言うようにシュメイにも『小竜の腕輪』、つまりオルムルが装着している小さくなるための腕輪と同じ物を授かっていた。

 どうやらアムテリアは、大神殿でシノブとアミィと言葉を交わした時に、『小竜の腕輪』を授けたらしい。海竜のための御紋や装具を魔法のカバンに仕舞ったときに、アミィが新たな道具の存在に気がついたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ファーヴさん、もう少しの我慢ですよ……」


 フィオリーナの想像とは違い、テレンツィオは一生懸命ファーヴを(なだ)めていた。


──シュメイさん……腕輪、良いですね。僕も早く大きくなりたいな──


 馬車の中、テレンツィオの足元にいる岩竜の子ファーヴは、猫ほどの大きさになってミュリエルの膝に乗ったシュメイに、羨ましげな思念を発していた。


──ファーヴも、もうすぐですよ。あと一ヶ月か一ヶ月半、そのくらい我慢しましょう──


 炎竜の子シュメイは弟分のファーヴを慰めるが、どこか得意げでもあった。

 彼女は生後およそ二ヶ月半、ファーヴは一ヶ月と十日(とおか)弱である。しかし、この時期の幼竜の成長速度は凄まじいものがあり、二頭の差は如何(いかん)ともしがたい。


 今は小さく姿を変えたシュメイだが、本来は体長1.5mを超える。数日前より更に10cm以上大きくなった彼女の体重は、大人三人分ほどもあるだろう。

 片やファーヴは体長60cm、体重も10kgを幾らか超えた程度である。その動きもまだヨチヨチ歩きの幼児のようなものであり、シュメイのように一跳びで10m以上も進むことなど、当然ながら不可能であった。


「ファーヴさん、僕も姉上が羨ましいから、気持ちはわかるけど……」


 テレンツィオは六歳にしては聡明な口調で、ファーヴに語りかける。自由奔放な姉や女傑の母を持つせいだろうか、彼はファーヴに共感してしまったらしい。

 なお、聡明なテレンツィオではあるが、流石に幼竜達の『アマノ式伝達法』までは理解していない。彼に通訳しているのは、シュメイを膝に抱くミュリエルである。ちなみに、『小竜の腕輪』で小さくなると重さは外見に応じたものに変わる。そのため、シュメイを膝に乗せてもミュリエルは平気な顔をしている。


「そうですわね。もう少しの我慢ですわ」


 セレスティーヌも、ミュリエルに抱かれたシュメイを撫でながら、ファーヴに語りかける。しかし、どうもファーヴは、そんな様子も気に障るようだ。


──ファーヴ、私もオルムルお姉さまが羨ましかったから、気持ちはわかりますけど──


 ミュリエルに抱かれ、セレスティーヌに撫でられたシュメイは、少々首をもたげながらピィピィというような甲高い声と共に思念を返した。

 飛翔を目前にしたシュメイは、暇さえあれば跳びはね空を飛ぶ訓練をしていた。それが、今日に限って大人しく馬車に収まっているのは、オルムルと同じ腕輪の効果を満喫したいからのようだ。

 そして、シュメイが腕輪の効果を堪能している様子が、ますますファーヴの羨望を募らせるらしい。


「僕も、姉上が羨ましいです……」


──僕もです──


 そう呟いたテレンツィオとファーヴは、お互いの顔を見つめていた。人の子と竜の子は、意外な点で共感を(いだ)き、親しみを感じたようである。


「ファーヴさん、頑張りましょう!」


──はい!──


 ミュリエルは、通訳に忙しいため口を挟むことが出来ないようだ。しかし、彼女の優しげな視線は、幼い二人に注がれ、その顔は楽しげに綻んでいた。

 ミュリエルは、姉のシャルロットを目標に切磋琢磨している。そのため、彼らの気持ちが我が事のように理解できるからだろう。


「……そういえば、私も妹でしたわね。テレンツィオさん、ファーヴさん、そしてミュリエルさん。先を行く方々に負けないよう、頑張りましょう!」


 セレスティーヌの宣言に、少女と少年、それに最も幼い竜は、それぞれ力強く頷いていた。

 そんな光景を、小さくなったシュメイは興味深げに眺めている。しかし彼女は、賢明にも末っ子同士の同盟に口を挟むことは()めたようで、思念や鳴き声を発しないままであった。

 そしてシュメイは、馬車の窓へと視線を向けた。そこには、彼女の母のイジェと、姉と慕うオルムルが気持ちよさげに飛んでいる。彼女は、二頭の堂々とした飛翔を、金色の瞳でじっと見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そんなこととは知らないシノブは、『小竜の腕輪』と合わせてアムテリアから新たに授かった道具のことを考えていた。

 アムテリアから授かった道具は、他にも数点あったのだ。まずは弓が幾つか。これはミレーユの神弓と同じようなものらしい。そして、特殊な治癒の魔道具。こちらは、竜人化のような異常を解除できるものだという。おそらく、万一同様のことがあったときに備えて用意したのだろう。


──イジェやオルムル達も喜んでくれたね──


 シノブは、心の声でアミィに語りかけた。『小竜の腕輪』を渡す際に、竜達には思念でこれらのことを教えていたのだ。

 イジェやオルムル達は、自身の血で人が異形へと変わったことに強い衝撃を受けた。そのため元に戻すことが出来る魔道具を授かったことに、竜達は歓喜の咆哮(ほうこう)を上げていた。

 その光景を思い出したシノブは、自然と頬を緩めていた。家族のように近しいオルムル達の憂いが晴れたことは、彼にとっても大きな喜びだったのだ。


──はい。アムテリア様は、竜の血の悪用を深く悲しまれたのだと思います──


 アミィによれば、アムテリアは地上の人々に手を加えることを好まないらしい。

 アムテリアや従属神は地上の者に加護を授けることはあっても、能力自体の追加や姿の改変はしないという。神々は創世の際に人間や竜を含むあらゆる生物を創造したが、それ以降は極力自然な発展を望んでいるようだ。

 そのためだろう、アミィの思念には大きな喜びと共に、アムテリアの心中を思うような僅かな憂いが感じられた。


──ああ。あんなことが無いように、俺達が頑張らなくちゃね!──


 シノブはアミィの胸の内に思いを巡らす。

 アムテリアのことを、自分も母のように感じてきてはいる。しかしアミィは更に何倍もの思慕を(いだ)いている筈だ。

 おそらくアミィにとって、アムテリアが悲しむ姿は何よりも(つら)いのだろう。神々と眷属の強い絆に、シノブは深い感銘を受けた。


「ど、どうしたのじゃ!? 何か(まず)いことを言ったかの!?」


 マリエッタは、急に黙り込んだシノブを見て血相を変えていた。

 彼女は、シャルロットほど長身ではないが、小柄なミレーユとほぼ変わらぬ背丈である。しかし、うろたえた様子の彼女は、十二歳という年齢相当の子供らしさであった。幼いというほどではないが、まだまだ精神的には大人の域に達していないのだろう。

 それに引き換え、シャルロットは落ち着いた様子である。彼女は、シノブやマリエッタへと顔を向けているが、穏やかな表情は最前と変わらない。

 もっとも、シャルロットは、シノブとアミィが心の声で会話していることに気がついているのかもしれない。何故(なぜ)なら彼女は、一瞬アミィへと視線を動かしていたからだ。シャルロットは、シノブの妻である。その彼女なら、夫の表情や雰囲気から何をしていたのか、察することが出来るのかもしれない。


「ああ、すみません。ナタリオ殿やアリーチェ殿が一緒ではないのは残念だ、と思っただけなのです」


 シノブは咄嗟に、同行していない二人を挙げた。マリエッタ達に対し、心の声を明示するつもりはないからだ。

 シノブやアミィが様々な技能を持つと、既に多くの者が知っている。しかし心の声は切り札でもあり、シノブ達は(おおやけ)にしなかった。

 もちろんベルレアン伯爵家やフライユ伯爵家を始め、二人が声以外で竜と意思疎通できると知っている者は多い。とはいえ心の声は身体能力や魔力量の違いでは済まない異質な能力だから、シノブとしては大々的に喧伝したくなかったのだ。


「そ、そうか……良かったのじゃ……。ナタリオ殿は、自国の大使と何やら話があるそうじゃし、アリーチェは陛下や重臣達に捕まっているから仕方ないのじゃ」


 マリエッタが言うように、今日の二人は、それぞれ用事があり同行できなかった。

 ナタリオは、自国の駐カンビーニ大使エウラリオ・デ・カルリエドに呼び出されていた。ナタリオにはシノブとの友好関係を深めるという役目がある。そのため、本来なら同行する予定だったのだが、深刻な表情のカルリエドに耳打ちされた彼は、非常に恐縮だが欠席するとシノブやレオン二十一世に伝えていた。

 一方アリーチェは、予定通りの行動であった。彼女は、フライユ伯爵領に二ヶ月以上も滞在していた。そこで彼女は、自身が見聞きしたことを主君であるレオン二十一世や閣僚などに改めて伝えているのだ。もちろん彼女は書面で書き送っているが、王達としてはシノブの側で見聞したことについて直接訊ねたいのだろう。


「そうですね。マリエッタ様、皆に沢山お土産を持って帰りましょう」


「ええ。マリエッタ様、私と競争しませんか?」


 シノブとシャルロットは、安堵した様子のマリエッタに、それぞれ微笑みかけた。彼女の母のフィオリーナは、そんな光景を後ろから満足そうに見守っている。


「そ、そうじゃの! それとじゃな……(わらわ)のことは、マリエッタと呼んでほしいのじゃ。ほれ、叔父上にも気安く呼ぶように言われていたじゃろう?」


 マリエッタは、元気良く返事を返した後に、頬を染めながらシノブとシャルロットに敬称を省くように頼み込んだ。実は、王太子に請われたシノブは、彼のことを『シルヴェリオ殿』と呼ぶようになっていた。マリエッタは、それを思い出したらしい。


「……では、シルヴェリオ殿と同じで、マリエッタ殿、と」


「むぅ……もっと気安く出来ぬかの? シノブ殿やシャルロット殿、それにアミィ殿は、(わらわ)の師になるのじゃから……」


 マリエッタは、若干不満そうである。しかし、公女であるマリエッタを堂々と呼び捨てるわけにもいかないだろう。そう思ったシノブは、シャルロットと顔を見合わせ苦笑していた。

 ちなみに、シノブ達は彼女を弟子にすると承諾したわけではない。王太子シルヴェリオは、二日後に行う競技大会でマリエッタが良い成績であったら、彼女の出国を許可すると言った。したがって、彼女がシノブ達の下で修行できるかは、まだ確定していない。


「マリエッタよ、精進あるのみじゃ。見事弟子入りするには、もっと親しくならねばの」


「はい、母上! シャルロット殿、(わらわ)が勝ったら、弟子入りを許可してほしいのじゃ!」


 マリエッタは、母の声に勇気付けられたようだ。彼女は再び笑顔となり、シャルロットに勝利した際は、弟子入りを認めてくれと言い出した。


「マリエッタ殿、私も『ベルレアンの戦乙女』と呼ばれた女です。槍や剣ほどではありませんが、弓も中々のものですよ? 残念ながら、それではマリエッタ殿の弟子入りは難しいかと」


 シャルロットは、意気込むマリエッタの様子に笑いを(こら)えきれないらしい。彼女はシノブなど身内にしか見せないような悪戯っぽい笑顔と共に、自身が勝つだろうと宣言した。

 確かに、弓名人のエリュアール伯爵やエルフのソティオスにも勝利したシャルロットである。その彼女に勝つのは無理ではなかろうかと、シノブも内心頷いた。


「そ、それは困るのじゃ! な、なら(わらわ)が十頭獲物を取ったら、いや、二十頭で良いのじゃ!」


 シノブは、慌てるマリエッタに思わず笑い声を上げていた。彼だけではなく、シャルロットやアミィ、そして彼女の母のフィオリーナも笑っている。

 どうやら楽しい狩りになりそうだ。そう思ったシノブの心が乗り移ったかのように、馬達の足取りもますます軽くなっていく。そして、シノブ達の前には、深い緑に覆われた大森林が見えてきた。シノブは、久しぶりの自然との触れ合いに心を高揚させながら、愛馬リュミエールを進めていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年9月16日17時の更新となります。


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