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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第13章 南国の長達
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13.16 獅子王レオンの城 後編

 カンビーニ王国の王都カンビーノに到着したシノブ達は、盛大に歓待されていた。カンビーノの中心にある『獅子王城』の大天守の前には国王レオン二十一世を筆頭に王族と貴族が並び、シノブや竜達を出迎えた。そして、レオン二十一世はシノブ達への協力を、朗々たる声で宣言した。

 晴れ渡る空の下で、獅子の獣人の王と巨竜が語らい、カンビーニ王国とメリエンヌ王国、そして旧帝国領の友好を約した一幕は、新たな時代の訪れを象徴するかのような出来事であった。


「シノブ殿! (わらわ)にも強くなる方法を教えてほしいのじゃ!」


「マリエッタ様……」


 レオン二十一世との対面を済ませ安堵したシノブだが、少々予想外の事態に困惑していた。レオン二十一世の孫であるマリエッタ・デ・カンビーニが、自身の側を離れないのだ。

 シノブ達は、大天守の二階にある大広間へと移動していた。対面の後、レオン二十一世は仰々しい儀式などは飛ばしてシノブ達の歓待に移っていた。豪放磊落な国王だが、その一方で様々な伝手を使って相手のことを調べる緻密さも持っているらしい。そのため、シノブが大仰な儀礼を好まないと承知していたようだ。

 そんなわけでシノブ達は軽食や酒などが置かれたテーブルを囲む立食形式の場に招かれ、南方の産物を軽く(つま)みながらの歓談をすることとなった。しかし興味津々といった表情のマリエッタが側から離れず、シノブはカンビーニ王国の他の者と語る暇も無かった。


「マリエッタ様は、竜には興味はないのですか? ほら、大勢集まっていますよ?」


 シノブは、マリエッタに窓側の様子を指し示した。

 大広間にはバルコニーが設けられ、その外には炎竜イジェがいる。しかも、オルムルやシュメイ、ファーヴも、バルコニーにいるから、そちらに行っている者も多い。


「りゅ、竜より武術が好きなのじゃ!」


 マリエッタは一瞬バルコニーの方を向いたが、再びシノブへと顔を向けなおした。とはいえ、少し残念なのか、背後の縞の入った太い尻尾は、不規則に揺れている。


 アルストーネ公爵の娘マリエッタは、十二歳になったばかりだが、そうとは思えないほど大柄な少女であった。何しろ彼女の背丈は、十六歳のミレーユとも殆ど変わらない。これは、マリエッタが虎の獣人ということもあるようだ。

 獅子の獣人や虎の獣人には、大柄なものが多い。カンビーニ王家は獅子の獣人の一族であり、レオン二十一世の娘でマリエッタの母であるフィオリーナもシャルロットと同じくらいの長身だ。おそらく、身長170cm少々といったところだろう。男性であるレオン二十一世や王太子シルヴェリオも、180cmは優に超えている。

 そのせいか、マリエッタも同年代の他の種族よりは遥かに発育が良いらしい。


(わらわ)は虎の獣人じゃから、国外に出ても構わんのじゃ!」


 マリエッタは、虎の獣人特有の黒い縞の入った金髪を振り乱しながらシノブに詰め寄った。どうも彼女は、シノブ達の下に赴き武術の修行がしたいらしい。

 彼女は父親と同じく虎の獣人で、逆に弟のテレンツィオが母と同じ獅子の獣人だ。女性のマリエッタは、元から王位継承権は低く、しかも継承は獅子の獣人が優先されるという。他種族が王になることを禁じているわけではないが、建国王レオン一世への崇拝は、初代と同じ種族の王を望む空気を作り上げたようだ。

 したがって、仮にマリエッタに獅子の獣人の妹が出来た場合、そちらが継承権では上になるらしい。そのようなこともあって、彼女は自身の得意とする武術の道に邁進まいしんしてきたようだ。

 そしてマリエッタには、帝国との戦争で活躍したシノブが絶好の師と映ったらしい。


 もっとも、シノブとマリエッタの側で満足そうに見守るアルストーネ公爵フィオリーナの姿は、そういう表向きの理由以外にも、何かがあると感じさせる。

 フィオリーナは、父のレオン二十一世や弟のシルヴェリオなどと談笑しつつ、シノブ達の様子を観察しているようだ。娘を更に肉感的にしたような妖艶な美女は、頭上の獣耳を時折ピクピクと動かし、金色の瞳をシノブとマリエッタに向けている。

 そんな女傑の様子を、国王レオン二十一世は渋い笑み、王太子シルヴェリオは苦笑と共に眺めている。彼らがシノブの側に自国の王族を送り込みたいかは判然としない。だが、この様子では強引に押し付けるつもりは無さそうだが、あわよくばシノブと縁を結びたい、と思っているのではなかろうか。


「シャルお姉さま……」


 押しの強いマリエッタの様子に不安を(いだ)いたのか、眉を(ひそ)めたセレスティーヌがシャルロットへと(ささや)いた。その隣ではミュリエルも、口では出さないものの心配げな表情で姉を見つめている。

 アミィにアリエル、ミレーユなどは、そんな二人を微笑ましいものでも見るような顔をして眺めていた。しかし、彼女達は、王族や上級貴族の会話に混ざるのは遠慮したようで、そのまま控えている。


「マリエッタ様。武術でしたら、私やアミィが指導できますが」


 セレスティーヌとミュリエルに懇願の視線で見つめられたシャルロットは、僅かに苦笑しながらマリエッタへと語りかけた。


「むぅ……出来れば一番強い者から教えてほしいのじゃ……」


 マリエッタは、口を尖らせながら呟いた。彼女は、大人同様の外見だが、このような表情をすると年相応に見える。彼女は、公爵令嬢として何不自由なく育ったのだろうし、家を継ぐ必要も無い。そのためか、内面は少々幼いのかもしれない。

 そして、そんな姉を六つ下の弟テレンツィオが、心配そうに見つめている。彼は、姉とは違い大人しい性格のようだ。もっとも、獅子の獣人だけあって、こちらも年の割には大柄な体格ではある。


「マリエッタ様、シャルロットやアミィはとても強いですよ。大変失礼ですが、マリエッタ様では勝負にならないでしょう」


 シノブは、隣に進み出た愛妻に微笑みかけた後、柔らかな声でマリエッタに話しかける。

 マリエッタは、シノブが見たところかなりの実力の持ち主のようだ。王国軍なら小隊長から中隊長に匹敵する力量であろうか。しかし、それではシノブが連れてきた軍人達相手でも勝つことは難しいだろう。もちろん、シャルロットやアミィに勝つことは不可能である。

 (うたげ)の場には、軍人からはごく一部の者しか出席していない。そのため純粋な軍人として控えているのは、セレスティーヌの護衛のサディーユやシヴリーヌくらいである。だが、その二人もマリエッタに負けることはないだろう。

 もっともマリエッタは、まだ十二歳だ。未成年の彼女が精鋭の軍人との比較対象になるだけでも、大したものと言うべきだ。


「な、何と! それほどまでか!」


 幸いマリエッタは、シノブの言葉を素直に受け取ったようだ。彼女はシャルロットや後ろに控えるアミィに金色の瞳を向け、その実力を計るように注視している。

 シノブは、これでマリエッタの興味を自分から()らすことが出来たかと思い、内心安堵していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「フライユ伯爵閣下。それはマリエッタ様に失礼では?」


「そうですわ! 『ベルレアンの戦乙女』の勇名は我が国にも伝わっていますが、マリエッタ様も『銀獅子女公』フィオリーナ様の娘です! 決して劣るものではありません!」


「それに、アミィ殿は、そんなに小さいではないですか!」


 突然声を上げたのは、マリエッタの背後に控えていた三人の獣人の女性だ。虎の獣人が二人、獅子の獣人が一人である。いずれも、均整の取れた大柄な肢体の持ち主だ。実は、彼女達は、それぞれ伯爵令嬢である。

 最初に抑え気味の声をシノブに掛けたのは、リブレツィア伯爵の娘フランチェーラ・デ・ロルディーニだ。マリエッタと同じ虎の獣人だが、五つ六つは年上だろうか。彼女は、かなり鍛えているようで手足にはしっかりと筋肉が付いているが、豊満な体つきであり、女性らしさは失っていない。

 二番目は、同じく虎の獣人のシエラニア・デ・フラッキアだ。こちらはルソラーペ伯爵の娘で、年は十四である。マリエッタと年が近いためだろうか、かなり彼女に肩入れしているらしい。

 そして最後は、獅子の獣人のロセレッタ・デ・ピッティーノである。ちなみに、彼女の親はカプテルボ伯爵だ。自己紹介ではつい先日成人になったばかり、つまり十五歳だと言っていたが、シャルロットを超える長身と、それに相応しい大柄でメリハリのある肢体である。

 彼女達は、マリエッタと同じく、東のデレスト島から来たという。カンビーニ王国は、メリエンヌ王国と地続きのカンビーニ半島と、その東のデレスト島を領土としている。そしてデレスト島には四つの都市があり、アルストーネ公爵と三人の伯爵が、一つずつ所領としている。三人の親は、その東の島の伯爵なのだ。


「三人とも、少々口が過ぎる。シノブ殿やシャルロット殿は寛大な方々だからお許し下さるだろうが、不世出の英雄の言葉を疑うなど無礼千万だぞ」


 シノブ達の様子を見守っていた王太子シルヴェリオだが、流石にこれは放置できないと思ったのだろう。彼は、マリエッタや伯爵の娘達に歩みつつ、威厳に満ちた声音(こわね)で叱責する。

 フランチェーラ達は、伯爵の娘というだけで、爵位や官職は持っていない。したがって、単なる小娘の戯言と流すことも出来なくはない。しかし、相手は国賓として招いたシノブとその妻シャルロットである。それ(ゆえ)シルヴェリオは、(うたげ)の一幕として放置しておくべきではないと思ったようだ。


「そうじゃ! 我らは訓練こそ積んでおるが、戦争など経験しておらぬからな!」


 その辺を察したのか、それとも言葉通りの意味だけなのか、マリエッタも叔父の言葉に賛意を示した。

 もっとも彼女の視線は再びシノブに注がれている。もしかすると彼女は、シノブが言うなら事実なのだろう、と思っているだけなのかもしれない。


「ですが……」


「フランチェーラ。シノブ殿達は、我らに手練の技を披露して下さるそうだ。とはいえ、競う相手は家臣の方々だがな」


 フランチェーラの言葉は、聞き取れないほど小さな呟きであった。しかし彼女の(ささや)くような声を耳にしたシルヴェリオは、覆い被せるように言葉を紡いでいく。


「で、殿下! 我々にも機会を!」


「わ、我が息子にも!」


 周囲にいた者達、特に武人らしき男などが、興奮気味の名乗りを上げながら進み出る。

 当然と言うべきか、シノブ達には、多くの者が注目していた。彼らは、王族であるマリエッタに遠慮して遠巻きに囲むだけであったが、発言の機会を待っていたらしい。そのため、自身をアピールする機会が訪れた今、それを逃すことはなかった。


「もちろんだ! シノブ殿は、望む者に挑戦の機会を与えて下さるそうだ! 北の勇者達との戦い、お前達にとっては、千載一遇の修行の場となるであろう!」


 シルヴェリオが堂々と宣言する姿を、シノブは内心苦笑しつつ眺めていた。

 実は、彼の発言は磐船で密談した内容に沿ったものだ。シノブ達の下で働きたいという者は、武人を中心に多数現れるだろう。ここにいるのは、高位の貴族や重職に就いた者達だから、彼らが直接名乗りを上げることはないかもしれない。しかし、彼らの子供達、あるいは望む職に就けなかった親族などがいる。

 そんな彼らが個々に名乗りを上げても面倒である。とはいえシノブとしても、出来れば優秀な人材が集まるよう、広く募集を掛けたい。そこで先んじて挑戦の場を与えることにしたのだ。つまり、彼らをシノブの家臣達と競わせれば、労せずして実力や人物を見ることが出来るというわけだ。

 王太子シルヴェリオが家臣達に説明を続ける中、シノブは、どんな人達が集まるだろうかと期待に胸を膨らませていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「なんじゃ。シノブ殿とシルヴェリオに上手く乗せられたわけか」


 アルストーネ公爵フィオリーナは、弟である王太子シルヴェリオへと肩を(すく)めてみせた。大柄で(あで)やかな彼女に、そのような仕草は良く似合っている。

 歓迎の(うたげ)の後、シノブは国王レオン二十一世や彼女など、ごく一部の者のみと共に別室へと移っていた。カンビーニ王国側からは、この三人とマリエッタ、そしてシノブ達の側は、他にシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌにアミィのみである。


「姉上、これが双方にとって最善の方法ですよ。シノブ殿のところに、中途半端な者を送り込むわけにはいかないですからね」


「叔父上! (わらわ)も競技に出て良いかの!?」


 姉のフィオリーナに微笑み返したシルヴェリオに、マリエッタが身を乗り出すようにして問いかけた。

 マリエッタは、何としてもシノブの下に行きたいらしい。彼女が単なる武術修行を望んでいるのか、それとも別の意味があるのかはともかく、意気込みの凄まじさはシノブにも感じられた。


「ああ、構わないよ。その代わり、成績が悪ければメリエンヌ王国に出すわけにはいかないけどね」


「わ、判ったのじゃ!」


 両の(こぶし)を握り締め、勢い込んで叔父に答えるマリエッタに、シノブは思わず微笑んでしまった。それは彼だけではなく、シャルロット達女性陣も一緒である。

 セレスティーヌやミュリエルは、最初はライバル出現かと警戒していたようだが、二人も顔を綻ばせている。もちろん彼女達は、完全に警戒を解いたわけではないらしい。だが、マリエッタの邪気の無い様子に、かなり心を開いたとみえる。


「しかし、武術だけではなく馬術、それに走ったり投げたりもするのか」


「ええ。私の故郷では、そういう競技大会がありました。各国が威信を懸けて様々な技を競うのです」


 銀色の顎鬚(あごひげ)を撫でつつ感心したように声を上げたレオン二十一世に、シノブは笑顔で頷いた。シノブは、シルヴェリオにオリンピックのようなものを提案したのだ。

 メリエンヌ王国やカンビーニ王国を含むエウレア地方には、武術や馬術など、戦に役立つ技術を競う大会はあった。メリエンヌ王国では、槍術や剣術、弓術の大会は行われているし、馬術もイヴァールと愛馬ヒポが挑戦した『戦場伝令馬術』など各種の競技が行われている。

 しかし、走力を競うものや重量挙げや砲丸投げなどのような競技は存在しなかったという。そこでシノブは、旧帝国領に赴く者達を募るのと同時に、この地方に戦いとは関係の無い競技を広めてみたくなったのだ。

 もちろん、最初はそれらも武術の一環として扱われるだろう。しかし、長い年月のうちには、平和に能力を競う手段として定着するのではないだろうか。シノブは、戦の終わった今、そういった心の豊かさも大切だと考えていた。


「ほう、素晴らしいことじゃ! シノブ殿には、色々教えてもらうことがありそうじゃな!」


 フィオリーナは、ますます興味深げな様子で、シノブを見つめている。父や弟とそっくりの金色の瞳は、狙いを定めたようにシノブに真っ直ぐに向けられ、微動だにしない。


「はい、母上! (わらわ)が沢山学んできますぞ!」


「その意気じゃ! まったく、(わらわ)が未婚なら、自分で行くのだがのう……シノブ殿の側に(はべ)るのも、面白そうじゃ」


 意気軒昂となったマリエッタに、フィオリーナは満面の笑みで答えた。そして彼女は、再びシノブへと(つや)っぽいとすら言えそうな表情を向ける。


「姉上には公爵としての責務があるでしょうに……」


 どうも、シルヴェリオは姉が苦手のようだ。シルヴェリオが二十三歳、フィオリーナが二十九歳という年齢差が原因なのかもしれない。

 それに、この女傑と表現すべき人物は、言動に相応しい逸話の持ち主らしい。何しろ彼女の異名は『銀獅子女公』なのだ。いくら獅子が王家の象徴であるにしても、物騒な呼び名である。シノブがシルヴェリオに聞いた話だと、彼女は今でも軍の教練に顔を出し、名高い武人達を手玉に取っている女戦士だという。


 なお、カンビーニ王国の女性の服は、チュニックの上に薄手の布を羽織るもので、しかも身分の高い女性が着る衣装は高級な薄手の布地で出来ているから、体型がわかりやすいし南国(ゆえ)に露出も多い。フィオリーナやマリエッタが着ている服も袖の無い長衣であり、肩から羽織った布も透き通るように薄い。

 そのため、二人の女性らしい豊かなスタイルだけではなく、肉付きの良い腕などから武人として激しい訓練をしてきたことが見て取れる。


「母上! (わらわ)にお任せくだされ!」


「そうかそうか! 良い娘を持ったのう! そうは思わぬか、シノブ殿?」


 マリエッタは、母を深く尊敬しているようだ。瞳を輝かせた彼女は、フィオリーナに力強く宣言した。

 そして、娘の言葉を聞いたフィオリーナは、上機嫌な様子で頷くとシノブに顔を向ける。楽しげな彼女だが、その金色の瞳は笑ってはいない。正に、獲物に狙いを定めた雌獅子のようである。


「……ええ、良いお嬢さんだと思います」


 シノブは、何と答えるべきか迷ったが、素直にマリエッタを褒めることにした。フィオリーナの思惑がどうあれ、マリエッタが純真で母親思いであることは間違いない。そう、シノブは思ったのだ。


「シノブ殿の言葉、とても嬉しいのう! 絶対勝って、お側で学ばせてもらうのじゃ!」


 シノブの言葉に、マリエッタは大喜びし、フィオリーナはにんまりと笑みを深める。そして、シノブの脇ではシャルロットとアミィが苦笑気味の表情となり、セレスティーヌとミュリエルは、何故(なぜ)か顔を向け合い頷きあっていた。

 更に、そんな様子を、国王レオン二十一世と王太子シルヴェリオは、興味深げな表情で観察していた。一国を預かる彼らである。彼らも、表に出していない何かを隠しているのかもしれない。

 シノブは、少々面倒なことになったと思いつつも、喜びに溢れるマリエッタとの会話を続けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 到着直後の(うたげ)とは違い、晩餐は限られた面々で行われていた。

 まず、カンビーニ王国からは、国王を始めとする王族のみだ。まずは直系王族として、国王レオン二十一世と二人の夫人、それに王太子シルヴェリオと妻のアルビーナ、彼らの息子でまだ二歳のジュスティーノである。それに先王妃メルチェーデも、アミィの治癒魔術により体調が上向いたため、出席している。

 もちろん、国王の長女でアルストーネ公爵のフィオリーナもいる。彼女の娘のマリエッタに息子のテレンツィオも一緒だ。


 そして、シノブの側には、シャルロットにミュリエル、セレスティーヌがいる。更に、アミィ、イヴァール、エルフのメリーナ、マリアン伯爵の継嗣ブリュノに彼の妻グレースが並んでいる。

 なお、ガルゴン王国の駐メリエンヌ王国大使の息子ナタリオと、シノブ達を案内してきたアマート子爵の娘アリーチェも同席していた。賓客という意味ではナタリオだけを呼べば良いのだが、シノブがアリーチェも加えてもらえないかと頼んだのだ。


 合わせて二十一名と、かなり小規模な祝宴だが、翌日からは様々な行事も行われるため、カンビーニ王国側が配慮してくれたようだ。


「こ、これは……」


「シノブ殿、どうしましたか?」


 その晩餐の席で、シノブは出された料理を見て、絶句していた。そんなシノブに、シルヴェリオは不思議そうな顔で問いかける。


「これは、刺身ですね!?」


 シノブとシルヴェリオの間の皿には、赤身や白身の刺身が盛られていたのだ。皿には赤身と白身が、それぞれ数種類が数切れずつ綺麗に盛られ、各人の手元には魚醤らしきものが入った小皿がある。しかも、小皿にはワサビも添えられていた。


「え、ええ。お嫌いでしたか?」


 感動のあまり声に力が入ったシノブを、シルヴェリオは苦手なものを見たためだろうかと案じたようだ。その隣では、王太子妃のアルビーナも夫と同じく不安げな表情となっていた。

 彼らも、メリエンヌ王国の多くの者は刺身を食べたことが無いと知っている。しかし、一応この地方の名物料理として出してみたようだ。なお、テーブルには大量の料理が並べられており、一品や二品食べなくても充分すぎる量がある。


「いえ! 大好物です!」


「そ、それは良かった……」


 シノブの力一杯の返答にシルヴェリオは安堵したようで、肩から力を抜きつつ頬を緩ませていた。彼だけではなく、アルビーナや王妃達も笑みを浮かべている。


「ほう! シノブ殿は魚が好きだと聞いてはいたが、刺身も好物だったか!」


 レオン二十一世は、そう言うと豪快な笑いを響かせた。

 彼らは、シノブの趣味や嗜好まで、把握していたようだが、流石に刺身を好むとまでは知らなかったらしい。それもそのはずで、この世界に来てからシノブが刺身を食べたのは海竜の島に行ったときだけだ。


「シノブよ、良かったではないか。ここなら『サシミ』に向いた魚も沢山手に入るだろう」


「そうですね。これだけ魚が多いのですから」


 どこか面白そうな様子のイヴァールに、メリーナもテーブルの上を見回しながら同意した。

 彼らの前には大小の皿が並んでいるが、その半数は魚であった。もちろん、殆どは塩焼きや煮物のように火を通したものである。カンビーニ王国の料理人も北方では生魚を食べないと知っているから、刺身は僅かに留めたようだ。

 なお料理の更に残り半数は肉であり、野菜類やパンなどはあまり多くは無い。もっとも、どれも量が多いから、仮に野菜とパンだけ食べても普通の者なら満腹になるだろう。

 ちなみにカンビーニ王国ではコースのように順に出すことはせず、一度に並べ好きな物を食べるようである。そして食事の進み具合に応じ、追加の品を作るらしい。


「ともかく気に入ってもらえたのなら嬉しいことだ。それでは晩餐を始めよう。『全ての命を造りし大神アムテリア様に感謝を』」


 レオン二十一世がアムテリアへの祈りを捧げ、シノブ達もそれに唱和した。カンビーニ王国でもメリエンヌ王国と同じく、改まった席では神への祈りを捧げるのだ。


「それではシノブ殿、刺身をどうぞ。どれも今朝港に揚がったばかりですよ」


「え、ええ……」


 シルヴェリオに促されたシノブは、小皿に入ったワサビを少々魚醤に混ぜてから、皿に盛られた刺身へと手を伸ばす。ちなみに、カンビーニ王国にも箸は無いようで、シノブが持っているのはフォークであった。彼からすれば、その点だけが少々残念である。

 それはともかく、シノブが皿から取ったのはマグロのような赤身の刺身であった。日本でいえばトロというところであろうか、綺麗な筋の入った赤身は柔らかく艶々(つやつや)している。


「……美味(うま)い!」


 刺身を味わったシノブは、思わず歓喜の声を上げていた。赤身の刺身は、やはりマグロかそれに近い魚だったようだ。舌の上でとろけるような食感は、シノブが日本で食べたマグロと良く似ている。

 魚醤も比較的癖が無く、醤油に近い。それにワサビも、本ワサビと変わらぬ風味だ。シノブは、再び更に手を伸ばし、今度はカツオらしき刺身を選ぶ。


「この刺身は、そんなに美味(おい)しいのですか……柔らかくて不思議な感じですね」


 シャルロットも、シノブに倣ってマグロらしき赤身を選んだ。そして、ゆっくりと食した彼女は、シノブに微笑みながら感想を述べる。


「この緑色の、ツ~ンときますわ!」


「シノブさま、これは!」


 どうやら、セレスティーヌとミュリエルは、ワサビを付けすぎたようだ。二人は慌てた様子で水を飲み干した。


「シノブ殿。我がアルストーネにも良い港はあるぞ。何しろ我が領地は島じゃからな」


 フィオリーナが言うように、アルストーネ公爵領は東のデレスト島に存在する。当然、良港は多い筈だ。


「何の。カンビーノの港も負けてはおらぬ。シノブ殿、神殿での転移が可能になれば、いつでもここに来ることが出来るぞ」


 明日は、王都カンビーノの大神殿に行く。そうすれば、カンビーニ王国でも神殿の転移が可能になるかもしれない。レオン二十一世は、それを想起したのだろう。


「こんなに良いところですから、ぜひとも転移が出来るようにしたいですね。もっとも、全ては大神アムテリア様次第ですが」


 シノブは、刺身を口に運びながらも、国王へと返答をした。彼自身は、アムテリアが転移を授けてくれるとは思ってはいる。しかし、万一を考え、一応は予防線を張った。とはいえシノブの調子の良い発言に、一同は何度目かの笑いを(こぼ)している。

 ちなみに、シノブは国単位で独立した転移システムの構築を願うつもりであった。いくらなんでも、他国の者が国境を越えて現れては、色々問題があるだろう。


「シノブ殿は刺身が大好きなのじゃな! (わらわ)も好きじゃぞ! (わらわ)はな、このヒラメの刺身が……」


 室内の者が笑いを浮かべる中、マリエッタだけは熱心に刺身について説明していた。彼女はシノブが自身と同じ食べ物を好むと知り、一層親近感が湧いたらしい。

 自慢げな笑顔でアルストーネの港の様子を語るマリエッタに、シノブは相槌(あいづち)を打ちつつも時々は問いかける。そしてマリエッタは、シノブの問いに嬉しげに答えを返す。

 フィオリーナや国王達がどう考えているかは別として、マリエッタの純真無垢な様子にシノブは好感を(いだ)いた。もちろん婚姻相手としてではなく、一人の人物として、ではあるが。

 ともかく彼女が武術の腕を磨きたいなら、指導くらいはしても良いだろう。久々に食べる刺身を味わいつつ、シノブはそんなことを考えていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年9月12日17時の更新となります。


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