13.15 獅子王レオンの城 前編
カンビーニ王国の王都カンビーノは、シュドメル海に近い丘陵地帯に存在した。もっとも、丘といっても、それほど高くはなく勾配も大したことはない。丘の上の城壁に囲まれた大よそ円形の都市と、その西の港町も含めて王都と呼ばれ、合わせて人口八万人程だそうだ。
「立派な都市だね」
「ええ……」
船首に向かったシノブとシャルロットは、嘆声を上げた。
一行が磐船で向かっているのは、当然ながら丘の上にある都市である。城壁に囲まれた都市は、メリエンヌ王国の王都メリエや、旧帝国の領都ヴァイトシュタット、つまり旧帝都に比べれば小さいが、それでも直径4km近いという大都市だ。
──アミィ、あれってコロッセオに似ているね──
──はい、あれが『純カンビーニ様式』です──
シノブは、同じく船首から街の様子を眺めるアミィに、心の声で問いかけた。彼女も、ミュリエルやセレスティーヌと並んで間近に迫った都市の様子を見つめていたのだ。
『純カンビーニ様式』とは、カンビーニ王国が成立する以前から、この半島の中部や南部で多用された建築様式である。もっとも、当初は特別な名称は無かったようで、王国統一後に他国から入った様式と区別するために初代国王が命名したらしい。
その『純カンビーニ様式』は、単純にいえば巨大な石造建築物であった。シノブがコロッセオと言ったように、古代ローマの壮大な建築に良く似た野外劇場、あるいは闘技場らしき建物や、太い石柱が印象的な神殿らしきものが都市の各所に存在していた。
それらは、いずれも白く輝く巨石で作られているようで、中央付近に存在する最も大きな闘技場らしき建造物は、全長40mの磐船が何隻も入るだろう広さで、城壁に倍する高さの観客席が外周部に設けられている。
「あれは中央闘技場ですね。北部の方には、ああいう建物は珍しいでしょう?」
シノブに説明するのは、カンビーニ王国の王太子シルヴェリオだ。
彼が言うように、カンビーニ王国で最初に立ち寄った都市モッビーノには、『純カンビーニ様式』の建造物は存在しなかった。都市モッビーノは、カンビーニ王国成立後に造られた都市だが、王都は更に古い。そのため、建築方式にも違いがあるのだろう。
なお、メリエンヌ王国と同様に、カンビーニ王国の聖人も、新たな技術や知識を授けていた。それ故、王国成立後に建てられたものは、別の様式になったという。
「はい。我々の都市は『メリエンヌ古典様式』のものが殆どですね。そちらで言う『北方様式』ですか」
シノブが口にした『メリエンヌ古典様式』とは、アーチを多用した広い窓が特徴的な建築様式である。左右対称で装飾を多用した外観が壮麗であり、王宮や領主の館を始め、多くの建物に用いられている。
「ええ。『北方様式』は、その名の通り、そちらからの影響が大きいですからね。もっとも我が国の聖人の授けた技術も使われていますし、ガルゴン王国の影響もありますが」
シルヴェリオは、シノブに笑みと共に答えた。彼は、磐船の上を吹き抜ける風を受け、柔らかく広がった銀に近い髪を靡かせている。ふわりとした鬣のような髪は、彼ら獅子の獣人の男性に特有なものだが、彼のような髪色の者は珍しい。
それはともかく『北方様式』は『メリエンヌ古典様式』と同様の構造だが、細かな幾何学文様のような透かし彫りで飾られた壁面と、鮮やかな赤や青のドーム屋根が特徴である。もっとも上空から眺めるシノブ達には、ドーム屋根はともかく、壁面の詳細を見て取ることは出来ない。
ちなみに、『純カンビーニ様式』と『北方様式』や『メリエンヌ古典様式』の大きな違いの一つが、窓ガラスの有無であった。板ガラスの製造は、建国を支えた聖人達が授けた技術なのだ。
ただし、現在では『純カンビーニ様式』の建物にも、居住などの場を中心に後から窓ガラスを入れているそうだ。
「聖人達の授けた技術は、世の中を大きく変えたのですね……」
シルヴェリオの説明を聞いたシノブは、深い感慨を篭めつつ呟いた。
どうやらエウレア地方は、各国の建国期である創世暦400年代以前と以降で、大きく様変わりをしたようだ。広域を領土とする国家の誕生で統治体制も大きく変わったが、聖人達から授けられた技術は、この地方の生活を一変させたらしい。
これまでシノブが調べた限りだと、エウレア地方の文明は、創世暦400年代に地球の古代に近い状態からルネサンス期に相当するレベルまで、一気に引き上げられたように思える。おそらく聖人達は、そのくらいの社会基盤や技術体系の進歩がなければ、ベーリンゲン帝国に対抗できないと考えたのではなかろうか。
しかし、アムテリアは、過度の干渉を嫌っているようだ。たぶん彼女は、何も無ければ人間自身の力で社会を発展させようと思っていたのだろう。しかし、『排斥された神』の支援を受け急激に領土を拡大した帝国に対抗するには、ある程度の知識を帝国以外の国に授けるしか無かったのかもしれない。
「はい。私達は、神々や聖人に感謝しなくてはいけません」
シルヴェリオは真剣な表情で頷いた。彼は、神の使徒と崇められる聖人に支えられた初代を、そしてその血を受け継ぐことを強く誇りに思っているようだ。
しかし、シノブは単純に同意するわけにはいかないと感じていた。確かに聖人達は高度な技術を齎した。そして、それらは未だに広く使われている。一見喜ばしいことのようだが、裏を返せば、聖人達が幾つかの段階を飛ばして授けた知識や技術を超えていない証拠でもある。
しかもシノブは、更なる知識を伝えてしまった。もちろん、聖人達ほど多岐に渡るものでは無いし、単なるアイディアでしかないものも多い。だが、それらを思い浮かべたシノブは、シルヴェリオのように素直に喜んではいられないと感じたのだ。
「シルヴェリオ様、あれが王宮でしょうか?」
シノブが自身が伝えたものを思い出している横で、都市の中央を指差したセレスティーヌがシルヴェリオに問いかけていた。彼女が示す先には、一際背の高い白亜の城がある。
「そうです! あれが我らカンビーニ王家の誇る『獅子王城』です!」
シルヴェリオが指し示すのは、広大な堀に囲まれた城であった。
日本の城とは違って、すっきりした四角い堀に囲まれた城は、メリエンヌ王国の宮殿『水晶宮』と同じくらいの広さであろうか。しかし『水晶宮』と違い、堀の内側の白い岩で造られた土台は外側より数段高くなっている。そのため、シノブの目には尚更城らしく映っていた。
堀の内側は、人の背の倍以上はある城壁で囲まれ、土台と合わせて高さ10mを優に超えている。また、城門のあたりや四隅には物見も兼ねた櫓が存在し、戦に備えた造りであることは明確であった。更に、中央に聳える建物は、それらを見下ろす威容を誇っている。
それらは元々『純カンビーニ様式』だったようだが、外の櫓はともかく中の建物には窓ガラスが嵌まっているし、城内には後から造られたらしき『北方様式』の建物も数多く存在する。どうも平和な世が長く続くうちに、居住性の向上が図られたようだ。
そして炎竜イジェはシルヴェリオの指示に従い、城内に存在する『北方様式』の建物の側に降りていく。通常なら大騒動になりそうなものだが、既にシルヴェリオから竜や磐船のこと、この時間に『獅子王城』に到着することを伝達しているため、城内の者達も動揺を見せることはない。
とはいえ、彼らは空から舞い降りる磐船や、それを運ぶ全長20mもの巨体のイジェ、そして並んで飛ぶ岩竜の子オルムルなどを、驚嘆の視線で見上げていた。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブ達を乗せた磐船は、迎賓館の庭に着陸した。迎賓館は『北方様式』に則った建物で、上空からも良く目立つ美麗な館である。
迎賓館の庭には、使用人達が大勢待ち構えていた。おそらく、シノブ達の世話をする者達なのだろう。彼らは、カンビーニ王国の伝統的な衣装を身に着けている。
男性の使用人の服装は、半袖、膝丈のチュニックの上に、ゆったりした幅広の布を巻いたものであった。上に着けた布は、身分や立場を表すのか幾つかの色が存在する。そして、巻いた布の上から太い腰帯を締め、更に飾り布などを下げている。これらは身分などを示すのか、一定の規則に基づいて装着しているようだ。
侍女達は、踵丈のチュニックである。そして、こちらは肩から透けるように薄い布を羽織っていた。しかし布の着け方は男とは異なっている。彼女達は、布を帯などで固定はしていない。もっともチュニックに直接着けた腰帯や、下げている飾り布は、男性より少々細く華麗なものである以外は良く似ている。
なお、彼女達はネックレスや腕輪、指輪などを着けてはいるが、侍女ということもあってか、どれも控え目な印象である。
都市モッビーノで会ったモッビーノ伯爵家の者達、それに王太子シルヴェリオや彼の護衛達は、身分に応じて飾り布などを着け、服の色が暖色系ということ以外は、メリエンヌ王国とあまり変わらなかった。
しかし、それはシノブ達に合わせたものであり、本来の衣装は違ったのだ。シノブは、以前ミュリエルから、彼らが自国では薄手の衣装を纏っていると聞いたことを思い出していた。
「シルヴェリオ殿下、無事なお戻り安堵しました。殿下にお出まし頂いたこと、我が国にとっては大変光栄ではありますが……王女殿下、フライユ伯爵、それに皆様方、お待ちしておりました」
シルヴェリオやシノブ達に話しかけたのは、使用人達とは異なり、メリエンヌ王国の衣装を纏った狼の獣人の中年男性であった。文官風の服を着た彼の後ろには、夫人らしき女性と、息子だと思われる若者が控えている。ちなみに、二人も狼の獣人である。
「ルローニュ子爵、そなたの気遣いは嬉しいが何も無かったぞ。シノブ殿達とも親しくなったし、竜にも会えた。この素晴らしい旅は、生涯忘れ得ぬものとなるだろう」
「ありがたきお言葉。両国の友好がこれほどまでに深まったこと、大使として喜びを禁じ得ません」
シルヴェリオに一礼した男性は、彼自身が口にした通りメリエンヌ王国の大使であった。彼は、メリエンヌ王国では珍しい獣人族の子爵であり、そのため獣人族が多いカンビーニ王国の大使となったのだ。
「ああ、私もそう思う。では、シノブ殿達を頼む」
シルヴェリオは国王へと復命し、『獅子王城』の中央に聳える大天守にてシノブ達を待つ。
大天守は、全部で五層の建物だが、円形の一層目や二層目は広々としたものであり、政務や各種の行事が行われる場所であった。なお、その上の三層は下とは違い方形である。ちなみに、これも『純カンビーニ様式』だ。
「それでは、シノブ殿、また後で」
「ええ。ここまで御案内いただいたこと、感謝します」
気安げに片手を上げるシルヴェリオに、シノブも同じく柔らかな笑みで見送った。そして、親密そうな彼らに、ルローニュ子爵とその家族はともかく他の者は驚愕したようである。シノブ達の世話をすべく控えている使用人達は、二人の様子を驚きの表情で見守っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブ達は、迎賓館に落ち着くと簡単に身繕いを済ませた。本来、遠方から来た客であれば、湯浴みなどをさせるらしい。しかし、シノブ達は磐船で来たため汗を掻いているわけではない。そのため、湯浴みは省略し、装いを整えるだけにしたのだ。
王都カンビーノは、まだ三月の下旬に入ったばかりで、午後の日の高い時間だがそれほど暑くもなかった。シノブの体感では、日本の南関東の四月くらいであろうか。しかも湿度は低いようで、不快感も無い。
そのため、シノブ達は自国の正装を身に纏っている。メリエンヌ王国はカンビーニ王国の北に位置し、服もしっかりと体を覆うものが殆どだ。そのため、真夏であれば、少々大変であったかもしれない。
もっとも、シノブやシャルロットなど主要な者は、アムテリアから授かった魔法のインナーを身に着けている。そのため彼らは、例え夏でも外気温とは関係なく快適な状態であっただろう。
「ルローニュ子爵は、こちらに来て長いので?」
「はい。もう十年になりますか。父から爵位を継いで以来です」
シノブは、用意された馬車の中で、案内役のルローニュ子爵へと取りとめの無い会話をしていた。既に、重要事項はお互いに伝えている。そのため大天守に向かう今は、雑談めいた話題へと移っていたのだ。
実は、先代のルローニュ子爵も駐カンビーニ王国大使であった。種族のこともあり、ルローニュ子爵家は南方の二国の大使となることが多いらしい。
「お陰で、フライユ伯爵のご活躍も王都から回ってくる話を聞くばかりでして。このときばかりは息子共々、外交官の家系に生まれたことを嘆きましたよ」
ルローニュ子爵は、故郷の王都メリエに父母を戻し、入れ替わる形でカンビーニ王国に赴任したという。そして、馬や帆船しか移動手段の無いこの地方では、そう簡単に帰国することも出来ない。
仮に帰国する場合、カンビーノから海路でメリエンヌ王国の都市ブリュニョンまで行き、そこから陸路で王都メリエとなる。余裕を考えた日程なら、海路で五日、その後陸路で三日というところだ。したがって、本国との連絡は、通常大使館の者に任せることになる。
「もっとも、最近ではルベルゾンまで船で行けば、王都まで通信を送れますからね。仕事の方はだいぶ楽になりました。これもフライユ伯爵のお陰ですね」
ルローニュ子爵は、シノブが『アマノ式伝達法』の発案者であることを思い出したようだ。
マリアン伯爵領の都市ルベルゾンは、王領の都市ブリュニョンに比べれば100kmは近い。よほどの機密でなければ、そこまで駐在官を送って後は軍の暗号通信に任せることが可能であった。
「通信は、こちらでも普及しているのでしょうか?」
シャルロットは、セレスティーヌやミュリエルと同様に、二人の話を興味深そうに聞いていた。しかし彼女は、友好国の現状がどうなっているのか気になったらしく、口を挟んだ。
「ええ。流石に、我が国だけに留めておくことは出来ませんから。何しろ、ガルック平原の戦いからも三ヶ月近いですし、彼らもかなり通信網を整備してきました」
シャルロットの問いに、ルローニュ子爵は苦笑いで答える。狼の獣人は、どちらかというと実直な性格の者が多いのだが、外交官を務めるだけあって社交的な性格をしているようだ。
「陛下の命もあって、私達も新式の通信については隠すことなく伝えてきました。流石に暗号については存在を仄めかす程度にしましたが」
「野外の櫓を経由していく以上、隠しようがありませんからね」
ルローニュ子爵の説明に、シノブも相槌を打った。
『アマノ式伝達法』が戦で活用され、その後の統治にも役立てられていることは、メリエンヌ王国で暮らしていれば、誰でも理解できることだ。何しろ、光の魔道具や腕木で伝達するための塔が、街道沿いに数え切れないほど設けられているし、それらは商人達も利用している。これで、他国が気が付かないわけがない。
「はい。ですから、明かして良いところは丁寧に教え、恩を売りました。惜しむらくは、それらを自分達が一部しか利用できないことですね」
ルローニュ子爵の言葉に、車内の者は頷いていた。
流石に、大使館からの重要な連絡を他国の通信網で送るわけにはいかないだろう。暗号文にして送ったとしても、何度も行ううちに解読されないとも限らない。
「皆様、そろそろ大天守に着きます」
ルローニュ子爵夫人ヴィレットが、シノブ達に声を掛けた。
彼女は、夫と同じ茶色の髪に黒い瞳の、少々小柄な女性であった。ミレーユよりは背が低く、侍女のアンナと同じくらいだろうか。もっとも、狼の獣人にはあまり大柄な者はいない。彼女も、同族では平均的な身長だと思われる。
「ありがとう。では、対面の儀式といくか」
シノブは、馬車の窓から空を見上げた。そこには、炎竜イジェ、それに岩竜の子オルムルが馬車を守るように飛翔していた。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブは、岩竜の子ファーヴを抱いて馬車から降りた。そして、馬車の両脇にはイジェとオルムルが降り立ち、地上を跳ねるようにして炎竜の子シュメイがやってくる。
シュメイは、既に体長1.4mを超えている。そのため、馬車に押し込むには少々大きくなりすぎた。それに生後二ヶ月半も近い彼女は、飛翔の寸前まで来ていた。既に彼女は、一跳びで10m以上を進むことが可能であり、ゆっくりと進む馬車よりは自身で移動した方が、よほど速かった。
「あれが竜か……それに、あの紋章は……」
「本当に親しくしているのですね……」
馬車から降りたシノブ達を迎えるのは、カンビーニ王国の国王レオン二十一世や王族達、それに貴族達であった。シノブの出迎えのみであれば、大天守の中で問題ないが、成竜であるイジェが入る建物など存在しない。そのため、彼らは大天守の前の広場まで迎えに来たのだ。
そして集まった者達は、驚きの表情で竜達を見つめている。巨大なイジェ、そして馬と同じくらいの大きさのオルムル、大人より少々小柄なシュメイ、まだ幼児ほどのファーヴ。カンビーニ王国の者達は、大小様々な竜達を比べるように視線を移していた。
その彼らは、初めて見る竜の威容や、シノブ達と親しげな様子に驚いているだけでは無かった。
まず、何と言っても神々の御紋である。今日のイジェとオルムルは、装具にアムテリアから授かった御紋を付けている。その神々しい紋様は、アムテリアを最高神と崇める彼らにとって、神聖この上ないものだ。
それに、馬車を牽いてきた馬達が、竜を全く恐れていないことにも驚愕したらしい。実は、馬車を牽く馬は、シノブ達が磐船で連れてきたものだ。馬車を用意しても、馬が竜に怯えるようでは役に立たないからである。
玄妙な光を放つ御紋、そして竜と親しげな人馬の様子。それらを見たカンビーニ王国の者達は、目の前の生き物が、ただの獣ではないことを心の底から理解したようだ。
「メリエンヌ王国、東方守護将軍フライユ伯爵シノブ・ド・アマノです。陛下にお会いでき、光栄です」
ファーヴを地に下ろしたシノブは、背後にシャルロット、セレスティーヌ、ミュリエルを従えて、カンビーニ王国の第二十一代国王レオン・エルナンド・デ・カンビーニの下へと歩み寄った。そして、平静な声音に聞こえるよう気をつけながら、挨拶をする。
実は、この挨拶の文言が決まるまでには、少々紆余曲折があった。
シノブは、メリエンヌ王国を代表して来た使節団の正使だが、一伯爵に過ぎない。したがって、もう少し謙るべきかと考えたのだが、先代アシャール公爵ベランジェが強硬に反対した。しかも、王都の国王アルフォンス七世や王太子テオドールに尋ねても、ベランジェと同じ意見であった。
どうも彼らは、アムテリアの強い加護を授かり将来旧帝国に新たな国を築くだろうシノブが、王とはいえ軽々しく他国の者に頭を下げるべきでは無いと考えたらしい。
なお、背後にシャルロット達三人を並ばせるように主張したのも、彼らであった。どうやらベランジェ達は、カンビーニ王国がシノブの下に女性を送り込もうとしないか案じているらしい。そのため、セレスティーヌも含めた三人でシノブの側を固めることにしたようだ。
そのようなわけで、東方守護将軍の正装を纏ったシノブに続くのは、華やかなドレスに身を包んだ三人の女性となっていた。ベルレアンの青のドレスを着たシャルロット、王家を示す白に金糸の入ったドレスのセレスティーヌ、そして誕生日に母から贈られたドレスのミュリエルである。
「丁寧な挨拶、痛み入る。我が、この国の王レオンだ」
重そうな王冠を頭上に戴いた偉丈夫レオン二十一世は、堂々とした足取りで前に進むと、その手をシノブに差し出した。彼は、王太子シルヴェリオと同じく色素が薄く銀に近い、ふわりとした頭髪の持ち主だ。
「こちらは、我が妻シャルロット。そして婚約者のミュリエルと、王女セレスティーヌです」
レオン二十一世のがっしりとした手を握り返したシノブは、僅かに体の向きを変え、背後に並んだ女性達を紹介する。ちなみに、これもベランジェが指定した通りの順番での紹介だ。『婚約者のミュリエルと、王女セレスティーヌ』というのは、敢えてカンビーニ王国側が誤解するように仕向けたつもりらしい。
もちろん、カンビーニ王国がシノブの下に女性を送り込むつもりなら、それくらいで諦めるとは思えないが、やらないよりはマシだ、ということのようである。
「これは、美人揃いだな。それに、それぞれ稀なる才を持っているようだ」
レオン二十一世は、お世辞なのか何か確たる根拠があるのか、お辞儀をしたシャルロット達に深い笑みを見せた。
息子のシルヴェリオは、均整の取れた肉体で若者らしい軽快な印象があった。しかし国王は筋骨隆々たる人物で、王太子に比べて一回りか二回りは肉厚なようである。もちろん太っているわけではなく、煌びやかな膝丈のチュニックとそれを覆う布の下は、まるで鎧を着ているかのように盛り上がっている。
しかも彼は、彫りの深い顔の外周を覆うように髭を生やしている。そのため笑顔も、どことなく威圧するような迫力のあるものだった。
「……そして、こちらが炎竜のイジェ、その娘シュメイ、それに岩竜の子オルムルとファーヴです」
女性達が挨拶を終えると、シノブは竜達の紹介に移る。
マリアン伯爵の継嗣ブリュノと妻のグレースは、過去にカンビーノに訪れたことがあるから紹介するまでもない。またイヴァールやエルフのメリーナ、ガルゴン王国の大使の息子ナタリオは、それぞれの国の代表者ではないから、これまた後に回された。
──獅子の力を持つ長よ。私は炎竜のイジェです。あなた達が、我らの友と手を携え歩むことを願っています──
イジェに続き、オルムル達も『アマノ式伝達法』の平文に則った咆哮で名乗りを上げた。するとカンビーニ王国側からどよめきが起こる。これらを用いた通信がカンビーニ王国でも始まっていたため、理解できる者は少数だが存在したとみえる。
「我も同じ思いだ。我が王国は、獣人族を解放した勇者と同じ道を往くだろう」
レオン二十一世も、新たな技術を習得した者の一人のようだ。彼はアミィが通訳をする前にイジェの語る内容を理解したらしく、巨竜の咆哮と共に顔を綻ばせていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブは、どうやら無事に対面が終わりそうだと思い、内心安堵していた。
王太子シルヴェリオと事前に密談していた彼は、レオン二十一世が友好的な態度を示すことは予め知っていた。そして、レオン二十一世は噂どおりの英明かつ人望のある君主のようだ。その彼がシノブ達を歓迎する以上、敢えて異を唱える者などいないのだろう。
「それでは、我が一族を紹介しよう」
レオン二十一世の言葉に、周囲にいた獅子の獣人達が一歩前に出た。
王太子のシルヴェリオは既知のため名のみで割愛し、王妃のマティルデとマリアーナ、王太子妃のアルビーナが紹介される。なお直系の王族には先王妃のメルチェーデと王太孫のジュスティーノがいるが、メルチェーデは高齢で伏せりがち、ジュスティーノはまだ二歳なのでこの場にはいない。
「これが……」
「父上、名乗りくらい自分で出来る。妾がアルストーネ公爵フィオリーナ・デ・カンビーニ。そして、これが娘のマリエッタ、息子のテレンツィオじゃ」
国王の言葉を遮って更に進み出たのは、艶やかな女性、獅子の獣人の女公爵フィオリーナであった。
踵までの上質なチュニックを錦に刺繍をした美麗な帯で腰高に絞ったフィオリーナからは、妖艶な、と言ったほうが良さそうな色香が漂っていた。そして国王に並んだ彼女は、王家の特徴らしい銀の豊かな髪を靡かせ、金色の瞳でシノブを真っ直ぐ見つめている。
「妾がマリエッタじゃ! シノブ殿、そなたの訪れを待ち望んでいたのじゃ!」
「テレンツィオです。よ、よろしくお願いします」
対照的な挨拶をしたのは、フィオリーナの子供達、十二歳の娘マリエッタと六歳の息子テレンツィオだ。
威勢の良いマリエッタは母とは違い虎の獣人で、真面目そうなテレンツィオは獅子の獣人と、姉弟で種族が違っている。これは、フィオリーナの夫ティアーノが虎の獣人だからである。ちなみに、ティアーノは所領である都市アルストーネに残っているそうだ。
そういうわけでマリエッタの種族は父親から引き継いだものだが、その容姿や性格は、フィオリーナに似ているようだ。年齢の割に女性らしさに満ちた容姿、特に出るべきところは出て引っ込むべきところは引っ込んだスタイルは、母親譲りで間違いないだろう。物怖じしない性格も、母から引き継いだもののようだ。
逆にテレンツィオは、豪胆そうな祖父レオン二十一世とも、洗練された振る舞いと爽やかな笑顔が印象的な叔父シルヴェリオとも違い、緊張気味な顔でシノブを見上げている。もしかすると、こちらは父に似たのかもしれない。
「……マリエッタ殿下、テレンツィオ殿下、こちらこそよろしくお願いします」
シノブは、フィオリーナに挨拶をした後、二人の子供にも同じように語りかけた。双方とも、大柄な体格の種族だから、既にマリエッタは十五歳の侍女アンナと殆ど変わらぬ背丈だし、テレンツィオも彼より一つ年上の従者見習いのコルドールと同じくらいの身長である。
「マリエッタで良い! これから長い付き合いになるのじゃからな!」
満面の笑みを浮かべたマリエッタは、金色の瞳を輝かせ嬉しげに叫ぶ。そして彼女は、シノブに駆け寄り両手を取った。
マリエッタの横で、テレンツィオが何か言おうとしたようだ。しかし姉の声にかき消され、シノブの耳には届かない。
何やら面倒事が置きそうな予感に内心当惑しながら、シノブは戸惑い気味の微笑みをマリエッタに返していた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年9月10日17時の更新となります。