13.11 国境を越えて 中編
カンビーニ王国の兵達は、地上に降りた炎竜イジェを見て、暫しどよめいていた。何しろ彼らにとっては初めての経験だし、相手は全長20mもの巨竜だ。驚かない方がどうかしているだろう。
一方のシノブ達は、静かに磐船から降りていく。
軍人や内政官達は舷側から垂らした何本かの縄梯子を使うが、流石に女性達はそうはいかない。そこで彼女達は、甲板からクレーンで吊り下げた大きな籠に乗って降りていた。
クレーンは荷を降ろしたり海上でボートを降ろしたりするための装置だが、貴人の乗り降りにも転用されていた。甲板の両脇に置かれたクレーンは双方とも籠を吊り下げ、地面に向かってゆっくり降ろしていく。
もっとも降りたのは主要なものだけだ。ここはメリエンヌ王国とカンビーニ王国の国境で、カンビーニ王国の者の出迎えを受け越境の手続きをしたら再び磐船に乗って南方へと飛び立つからである。
「あれが竜か……」
「あんな船が空から襲ってきたら……」
カンビーニ王国の者達は、恐ろしげな炎竜と全長40mもの巨船が自分達の住む街を襲ったら、と思ったのだろう。彼らは引き攣ったような顔で、遠慮がちに呟いている。
兵士達はバイザー無しの兜と肩や胴を覆う金属の鎧を身に着け、更に右手には長槍、左手には大きな紋章が描かれた長方形の大盾を持っている。しかし彼らの装備では、巨竜のブレスどころか強靭な脚や長い尻尾から繰り出される一撃すら防げないだろう。
──アミィ、何となく古代ローマの歩兵みたいな感じだね──
──はい。シノブ様が持っていた画像と、良く似ていますね──
東方守護将軍の正装、つまり軍服を身に纏ったシノブは、心の声でアミィに語りかけた。挨拶を受ける全員が降りるまで、まだ少々ある。その間、彼は初めて見るカンビーニ王国の兵士達を眺めるともなく眺めていたのだ。
シノブの前には、千名を超えると思われる兵士達が整然と並んでいる。一国の使節団を出迎えるのだから、それに相応しく威儀を正した、ということなのだろう。もっともカンビーニ王国に詳しいブリュノは、全員が常備兵というわけではなく、半分以上は臨時の傭兵ではないかと指摘した。
出迎えの一団を率いているのはモッビーノ伯爵家の者達だが、中ほどから後ろは別らしく後方には別の紋章や紋章が無い盾もあったのだ。
手前の豪華な頭飾りの付いた兜の武官や飾り布が多い衣装の内政官は、モッビーノ伯爵家の紋章だから家臣で間違いないだろう。もしかすると隊長格の一部にも傭兵が混じっているのかもしれないが、全てが黄と黒の横縞の紋で揃えている。
「アマート子爵の娘アリーチェでございます! メリエンヌ王国の使節団の方々をお連れしました!」
カンビーニ王国の大使の娘アリーチェ・デ・アマートは良く響く声を張り上げると、磐船から降りたシノブ達を紹介するように体を振り向ける。そして彼女は、鞘に収めた儀礼用の大剣を持った従者を従えて、出迎えの兵士達に歩み寄っていく。
「モッビーノ伯爵の継嗣エヴァンドロ・デ・カプリーコである! お役目、大義!」
整列したカンビーニ王国の軍団から、少々甲高い声で指揮官らしき男が答えた。一際立派な羽飾りの付いた兜を被り豪華な赤いマントを纏った青年だ。
そしてエヴァンドロと名乗った青年は、同様の大剣を持った部下を連れて歩いてくる。
事前にアリーチェが語った通りなら、エヴァンドロは虎の獣人だ。実際そうなのだろう、兜は獣人用で上部の二箇所が大きく盛り上がっていた。
これは獣耳を入れるための膨らみである。獣人族は他の種族とは違い頭上に耳があるから、兜の形も当然違っているのだ。
獣人族なら身体能力に優れているし、ましてや虎の獣人であれば力自慢が殆どだ。しかしエヴァンドロは違うようで、被った兜や下の豪奢な鎧が重くて堪らないらしい。その証拠に彼の足取りは少々怪しかった。
「あれが? あの軟弱そうな男がアリーチェ殿の?」
シノブの至近で、虎の獣人ナタリオの唸るような声を漏らす。彼はガルゴン王国の大使の息子だから、イヴァールやエルフのメリーナと並んで越境の儀式に立ち会っていたのだ。
ナタリオが憤るのも無理はない。エヴァンドロの姿は、ひ弱としか表現できないものであった。胴鎧から出ているのは肉付きの薄い手足で、顔や腕なども色白だ。十七歳と年が若いため綺麗な肌をしているが、それが逆に貧弱さを強調しているようである。
しかもエヴァンドロの表情は緩んでおり、頬も紅潮していた。彼はアリーチェの婚約者と自称しているらしいが、自身が妻と迎えるつもりの女性と再会できて有頂天なのかもしれない。
この頼りない上に浮ついた様子を見たナタリオは、同じ虎の獣人として恥ずかしく思ったのだろう。
「あれって、絶対普段は着ていませんよね~」
「しっ!」
ミレーユの呟きと彼女を窘めるアリエルの囁きが、シノブの耳に入った。二人は普段通り、シノブの隣に並ぶシャルロットの後ろに控えているのだ。
もっとも違いもあり、アリエルとミレーユは常と同じ軍服だがシャルロットはドレス姿だった。炎竜イジェと磐船という恐ろしげな組み合わせで飛来したから、シャルロットは少しでも空気を和らげようとドレスを選んだわけだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「……以上でございます!」
シノブが背後に気を取られながらも見守っているうちに、アリーチェはシノブや主だった者の紹介を終えていた。
磐船の上ではエヴァンドロへの嫌悪を顕わにしていたアリーチェだが、流石に公式な使節の入国の場で、そんな感情は顔に出さない。彼女は、厳粛な場に相応しく気品と優雅さを保ちつつ話し終え、綺麗に一礼してみせる。
「うむ!」
アリーチェが顔を上げると、頬を紅潮させたままのエヴァンドロは、部下が鞘ごと捧げ持っていた大剣の柄を握り、そのまま引き抜いた。とはいえ、もちろん戦闘を始めるわけではない。向かい合うアリーチェも、同じように従者が持っていた大剣を抜き掲げているが、周囲の空気は落ち着いたままである。
これから二人は、カンビーニ王国の儀礼に則り、掲げた大剣を打ち合わせる。ここまでシノブ達を案内してきたアリーチェから、エヴァンドロが役目を引き継ぐための儀式である。もちろんアリーチェとここで別れるわけではなく、カンビーニ王国の王都カンビーノまでは、エヴァンドロが案内役の首座に就くだけだ。
「くっ……」
「ぷっ……」
しかし、厳粛な儀式にも関わらず、両方、特にエヴァンドロの背後の軍団から笑いが漏れる。大剣を手にしたエヴァンドロは、よろよろと体を揺らしていたのだ。
儀礼用の大剣は、人の背ほどもある巨大な物だ。シノブが使う光の大剣よりも、一回り大きいのではなかろうか。シノブが事前にアリーチェに聞いた話だと、剣身には刃が付いていないというが、その重量があれば、刃など無くても恐ろしい武器となる筈だ。
「アリーチェさんは、見事ですね~」
「ミレーユ!」
再び女騎士達が、シャルロットの後ろで囁く。もっともシノブ達は引継ぎの儀式を行う二人から少々離れた位置におり、小声程度ならアリーチェ達や更に向こうのカンビーニ王国の者達には聞こえはしない。
それはともかく、アリーチェが大剣を操る様は見事であった。目にも留まらぬ速さで斬り下げかと思えば、瞬転して一呼吸で横薙ぎ、突きは空気を貫きエヴァンドロの羽飾りを大きく揺らす。しかも流れるような動きには華やかさもあり、舞のように美しい。
アリーチェは猫の獣人だから、さほど力に優れていない筈である。しかし長年の修練の成果か、はたまた身体強化を得意としているのか、彼女は幅広の大剣を優美な仕草で数回振ると、真っ直ぐ天に突き上げた。
一方エヴァンドロの太刀筋は、アリーチェの手練と比べるまでも無かった。儀式とはいえ刃筋も立たず、剣の軌跡も揺らぎまくったものだ。何より腰が据わっておらず、一振りするごとによろけているのが何とも情けない。シノブ達も事前に聞いていなければ、彼が力に優れた虎の獣人などと思いもしなかっただろう。
「あっ!」
遂に双方から大きな声が上がってしまった。何とか大剣を掲げてみせたエヴァンドロだが、アリーチェと剣を打ち合わせると、その衝撃のせいか剣を取り落としてしまったのだ。
予想以上に酷い結末に、シノブも思わず顔を顰めていた。これならアリーチェが嫌がるのも当然、彼女の父のガウディーノも娘を嫁がせようと思わないだろう。
この地方の国の貴族は一朝事あれば軍を率いて戦地に赴くし、伯爵であればメリエンヌ王国なら数千人の上に立つ司令官だ。ましてやカンビーニ王国は、力に秀でた獣人が治める国である。そこの伯爵家の嫡男が、この有様では跡継ぎとして立つことも難しいのではなかろうか。
そんな人物が使節団を案内する大役を果たせるのか、シノブは不安に感じずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「アリーチェさん。流石に、あれでは伯爵家の跡取りとして問題では?」
磐船に戻ったシャルロットは、船室に入ると間を置かずにアリーチェに問いかけた。彼女は、自身と同じ伯爵の継嗣なのに頼りないエヴァンドロの姿を見たためだろう、不快そうに眉を顰めている。
今、磐船はエヴァンドロや彼の部下十数名を一行に加えて、空の旅へと戻っている。そして、エヴァンドロはシノブの案内で磐船の中を回っているが、シャルロット達は別行動を取っていた。
「シャルお姉さまの言う通りですわ! 我が国では、あのような軟弱者には爵位を継がせません!」
セレスティーヌも、豪奢な金の巻き髪を振り乱しながら、憤然とした様子で従姉妹に同意した。実は、彼女の言うことは、大袈裟ではない。メリエンヌ王国の伯爵は、ベルレアンやフライユ、そしてエリュアールのような武を表看板とした家は当然として、それ以外の伯爵や継嗣も相応の武技を身に付けている。
なお、ここには、彼女達の他にはミュリエル、エルフのメリーナ、そしてマリアン伯爵の継嗣ブリュノの妻グレースなど、女性しかいない。側に控えているものも、アミィにアリエルやミレーユ、ソニア、モカリーナなどだけだ。
何しろエヴァンドロは、アリーチェを自身の婚約者だと思い込んでいるようだ。そして、嫌がるアリーチェの様子から察するに、下手に二人を接近させると、良からぬことが起こりかねない。そう思ったシノブ達は、アリーチェには女性陣を持て成す役目があるという名目で、彼と引き離したのだ。
「はい……」
アリーチェは、嫌いな相手とはいえ同国人を非難をしたくないのか、顔を曇らせたまま押し黙る。とはいえ、沈黙する彼女の様子そのものが、シャルロット達の言葉を肯定しているとも言える。
「モッビーノ伯爵には次男がいる筈です。確か、十歳くらいだと思いましたが……」
「はい、そうですね。エヴァンドロ様が第一夫人の息子で嫡男、そして第二夫人のお子様でアッティーロ様という十歳の若君がいらっしゃいます」
ソニア・イナーリオに続いて、モカリーナ・マネッリがモッビーノ伯爵家について説明する。彼女達は、カンビーニ王国の出身であるから、そのあたりの事情も当然承知している。そのため、侍女に商人という立場ながら、発言をしたのだ。
「その、アッティーロさんという方は、どんなお方なのでしょうか?」
ミュリエルは、自身と同じ年齢の少年について、小首を傾げながら尋ねた。彼女の動きにつれて、銀糸のようなアッシュブロンドがサラリと揺れる。
メリエンヌ王国では、必ずしも長男が跡を継ぐとは限らないし、ここカンビーニ王国でも同じである。もちろん、多くの場合は年長の者が跡継ぎとなるが、ミュリエルもエヴァンドロの失態がよほど頭に残っていたのか、次男が後継者となる可能性があると思ったようだ。
「聡明なお方だと聞いていますよ。まだ幼いですから、武術の方までは存じておりませんが、こちらも虎の獣人ですから、普通はそれなりの腕になると思うのですが……」
商人のモカリーナは、引継ぎの儀式には同席していなかった。しかし、エヴァンドロの噂は知っていたようで、どんな結果になったかは察していたらしい。そのためだろう、彼女は笑いを堪えながら答えていた。
「では、アッティーロ殿が跡を継ぐこともありえると?」
「あの腕ですからね~。アリーチェさんは、決して強く当てたわけではないのに……」
アリエルとミレーユも、まだ見ぬ次男がモッビーノ伯爵の継嗣となるかもしれないと思ったようだ。
モッビーノ伯爵が治める都市モッビーノは、メリエンヌ王国との国境にも近い都市である。両国の関係は良好であり戦いが起きる可能性は極めて低いが、それでも国境の要地を担う伯爵が、単に血筋だけで決まるとは考え難い。
「モッビーノ伯爵自身には、悪い噂はありませんでしたね?」
アミィは、薄紫色の瞳をソニアに向けながら問いかけた。シノブ達も、当然事前にカンビーニ王国の情報は集めていた。流石に伯爵達の家族までは把握していなかったが、それでも伯爵以上の当主については押さえている。
ちなみに、現在のカンビーニ王国は、公爵家が一つ、侯爵家が三つ、伯爵家が八つである。この合わせて十二家は、それぞれ王都以外の都市と周辺を領地としている。今回、それらの全てに赴くことはないだろうが、シノブ達は、家名や当主の大まかな情報くらいは事前に押さえていたのだ。
「はい。武勇も統治も並以上です。それに、領民からも不満は上がっていません」
ソニアにとっては、アミィは上司というべき存在だ。そのため彼女は、率直にモッビーノ伯爵について説明していく。
「……アミィさん。これは、私が会ったときの印象なのですが、あの方は少々お子に甘いような気がします。こんな悪口のようなこと、あまり言いたくは無いのですが……」
遠慮がちに口を開いたのは、グレースである。彼女は、緑の瞳に僅かながら憂いの色を浮かべながら、自身が過去にカンビーニ王国に訪問したときの印象を伝えた。
グレースの夫はカンビーニ王国と領地を接したマリアン伯爵家の嫡男だ。したがって、二人は過去に何回かカンビーニ王国に足を運んだことがあるのだ。そのため、ソニアやモカリーナ達とは違い、モッビーノ伯爵とも何度か会話したことがあるという。
「ともかく、エヴァンドロ殿はアリーチェさんの夫として相応しくありませんね。他国の私達が口出しできることではありませんが、お父上も反対されているのなら、アリーチェさんの側に寄せないくらいは問題ないでしょう。アミィ、シノブにもそう伝えてください」
深い湖水のような青い瞳を鋭く煌めかせたシャルロットは、いつになく強い調子でエヴァンドロをアリーチェの側に近づけないと宣言した。更に彼女は、美しいプラチナブロンドを揺らしながらアミィに顔を向けると、シノブに連絡するように頼む。
伯爵家を継ぐために努力してきたシャルロットとしては、軟弱なエヴァンドロがどうにも好きになれないらしい。家臣や領民には優しい彼女だが、貴族の当主や跡取りという、強くなくては立ち行かない者達に対しては、また別のようだ。
おそらく彼女は、自身を含め特権階級である貴族には、それに相応しい強さや能力が必要だと考えているのだろう。
「はい、お伝えしておきます」
シャルロットの言葉を聞いたアミィは、にっこり微笑んだ。
シノブ達男性陣はエヴァンドロの案内をしているが、アミィなら心の声で随時連絡をすることが可能だ。そのため彼女は、シャルロット達の側に残ったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
一方、そんな女性達の団結があるとは知らないエヴァンドロは、楽しげに磐船の中を回っていた。彼は、自身が引き継ぎの儀式で大失敗をしたことなど、既に忘れてしまったかのようであった。
どうも、エヴァンドロは好奇心旺盛な性格らしい。飛び立つ前に炎竜イジェやオルムル達を紹介されたのだが、そのときも質問を繰り返し、竜達を辟易とさせていた。
実は、竜達は人の強い感情が読み取れる。岩竜ガンド達は、初めてメリエンヌ王国の国王アルフォンス七世とあったとき、わざと高圧的な態度を示したが、それは国王の本心を確かめようとしたからだ。そして彼らは、心の奥底に隠した感情ならともかく、自身に向けられた感情であれば、容易に読み取れるらしい。
そのイジェ達がシノブに思念で教えてくれたのだが、エヴァンドロは竜を単なる乗り物として考えているようである。そのため、イジェやオルムル達はエヴァンドロを嫌い、彼には近づきたくないとシノブに漏らしていた。
「なるほど! これだけの大型弩砲があれば、竜に命じなくても充分な攻撃ができますな!」
エヴァンドロは、発射機構を厳重に縄で縛られ、封印を施された大型弩砲を興味深そうに触っていた。
大型弩砲は、事前にイヴァールやシノブの家臣達の手で縄をかけて発射できないようにしてあった。そして、飛び立つ前にカンビーニ王国の兵士達により、縄の上から封蝋を施されている。これは、他国に軍艦が寄港するときと同様の措置であった。
通常、軍艦は友好国であっても直接港に着けることは許されず、沖合に停泊する。しかし、修理などで寄港する場合は、このような封蝋をした上で、港や船渠に入る。もちろん、封を外すことは簡単ではあるが、寄港地の担当官の許可無く封印を解くことは、重大な協定違反とされている。
今回であれば、案内役であるエヴァンドロの許可があればともかく、それ以外で封印を解くことは出来ないだろう。
「……両舷合わせて二十門だ」
イヴァールも、事前に色々聞いていたせいか、普段以上にぶっきらぼうな物言いであった。しかし、ドワーフが無骨で言葉少ない種族であることは、南方にも伝わっているらしく、エヴァンドロがそれを気にした様子はない。
ドワーフであるイヴァールは顔中が髭に覆われていて表情も読みにくい。そのため、もしかするとエヴァンドロは自身に向けられた感情に気が付いていないのかもしれない。もっとも、女性達に嫌われたと察することの出来ないエヴァンドロなら、髭がなくても同じだったかもしれないが。
それはともかく、エヴァンドロには、十数名の部下が付き従っていた。出迎えに来た兵士達のうち、彼ら以外は陸路で戻っているが、ごく一部はエヴァンドロの供として乗船していたのだ。
乗り込む時に紹介があったが、彼らのうち大半は家臣で、三名のみが傭兵だという。国王まで獣人のカンビーニ王国らしく、部下達の殆どは虎や猫の獣人で、傭兵の三名のみが人族である。
「閣下……」
「何かな?」
シノブは、自身に囁きかけたアルバーノへと顔を寄せた。シノブとブリュノ、そしてアルノーなどシノブの家臣は、磐船の内部機構を説明するイヴァールや、それを聞くエヴァンドロ達から少し離れた場所に立っていたのだ。
「あの傭兵ですが……」
眉を顰めたアルバーノが顔を向けた方向には、三名の傭兵がいた。彼らは、エヴァンドロやその家臣とは、少し離れたところから大型弩砲を眺めている。
「ああ、だいぶ出来るみたいだね」
シノブは、アルバーノが傭兵達の腕を察したのかと思い、それに触れた。シノブが見るところ、エヴァンドロの部下達の中では、その三名が際立っているようである。身のこなしや視線の配り方が、他の者とは全く違うのだ。
「いえ……それもそうなのですが……左の男が私の甥に似ているのです」
アルバーノは、戦闘奴隷から解放された後、一旦は故郷であるカンビーニ王国に戻っていた。そこで、彼は甥とも会ったそうだ。そして彼は、目の前の傭兵の一人が、自身の甥と似ているという。
「君の甥って……確か猫の獣人だったよね? まさか?」
シノブがソニアから以前聞いた話の通りなら、彼女やアルバーノの一族は、皆、猫の獣人の筈である。であれば、単なる他人の空似ということになるが、そんなことをアルバーノが一々伝えてくるとは思えない。そこでシノブは、傭兵はアルバーノの甥が変装をした姿では、と考えたのだ。
「はい……人族のように見えますが……もしかすると例の道具のようなものを使っていませんか?」
アルバーノも、自信が無いのか少々躊躇っているようだ。しかし、彼にはこのままにしておけない理由もあるらしく、僅かに逡巡した後に言葉を続けていく。
「う~ん……ちょっと待って……確かに、あれに似た感じがするね……」
シノブは、アルバーノが言っている道具が、アミィの作った変装用の魔道具と察した。そこで彼は、自身の魔力感知能力を高め、三人の傭兵を調べてみた。すると、確かに三人から、獣人族や人族に変装するための魔道具と似た波動が僅かながら発生している。
「どうも、三人ともみたいだ……他の者達からは感じないけど」
シノブは、変装の魔道具と良く似た波動を感じた三人の人族の傭兵を見つめていた。左端の一人、アルバーノの甥と似ているという若者が二十代半ば、中央の男は若干年下だろうか。そして右側の男が三十代のようである。いずれも、かなりの腕の持ち主らしく、隙の無い自然体で立っている。
「やはり……だとすると……ブリュノ様、あちらのお方、どなたかに似ていませんか? あの、真ん中の方です」
シノブの返答を聞いたアルバーノは一瞬真剣な表情になった。しかし彼は、それを押し隠したかのように普段の顔に戻り、いつもの陽気な声でマリアン伯爵の継嗣ブリュノへと声を掛けた。
「む……中々凛々しい顔の青年だが……確かにどこかで……そうそう、王太子殿下のシルヴェリオ様があんな感じだったかな。だが、シルヴェリオ様は獅子の獣人だ。しかし、良く似た顔だな……」
ブリュノの返答を聞いて、シノブとアルバーノは顔を見合わせた。
シノブは以前アルバーノから、彼の甥、つまり彼の長兄の息子が、王太子の親衛隊に入ったと聞いたことを思い出した。帰国したアルバーノに、彼の父、つまりソニアの祖父が自慢したらしい。
なお、ロマニーノ・イナーリオというのが、その甥の名だが、彼の父が長兄、ソニアの父が次兄、そしてアルバーノが末弟である。
もしかすると、三人並んでいる傭兵の中央に立つ人物が、この国の次代の国王かもしれない。もしそうなら、この出会いはアリーチェや自分達にとって予想外の幸運となりそうだ。そう思ったシノブは、自然と顔を綻ばせていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年9月2日17時の更新となります。