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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第13章 南国の長達
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13.06 磐船の中で

 創世暦1001年3月20日、シノブ達はカンビーニ王国に訪問すべくシェロノワを旅立った。もっとも最初の目的地は国内、マリアン伯爵領の領都ジュラヴィリエである。領都ジュラヴィリエに二日ほど逗留し、それからカンビーニ王国に向かう予定だ。

 エリュアール伯爵領に行ったときと同様に、シノブ達は炎竜イジェが運ぶ磐船に乗っている。シェロノワから領都ジュラヴィリエまでは直線距離でも600km近いから、およそ4時間の空の旅である。


「しかし、大勢になったね」


 甲板から船室に戻ったシノブは、室内を見回しながら呟いた。何しろこの部屋だけで十名少々、そして磐船全体では百人近くが乗っているのだ。


「一国を代表する使節団ですから、当然です」


 一緒に入室したアミィが、シノブに微笑みかけた。彼女が言うように今回はメリエンヌ王国を代表する一行としての体裁を整えており、随伴する者も多かった。


 まず、シノブの妻であるシャルロットに婚約者のミュリエルだ。そして、アリエルやミレーユ、アルノーにアルバーノなどの軍人達も護衛として随伴していた。

 更に王家を代表してセレスティーヌが、護衛の女騎士や侍女と共に乗船している。また、客分のイヴァール、エルフのメリーナ、カンビーニ王国の大使の娘のアリーチェに、ガルゴン王国の大使の息子のナタリオも乗り込んでいた。

 こうなると、身の回りの世話をする侍従や侍女も大勢必要である。今回は他国への訪問ということもあり、家令のジェルヴェとその妻で侍女長のロジーヌも一行に加わり、使用人達を指揮している。

 その上、折角だから南方との貿易の可能性を探ろうと、内政官達や数名の商人まで乗せていた。正に、大訪問団である。


「シノブ様、お帰りなさいませ」


「こちらにどうぞ!」


 室内に入った二人を、セレスティーヌとミュリエルが出迎えた。もちろん、二人の後ろにはシャルロットもいる。彼女達は、シノブとアミィをソファーへと(いざな)った。


 磐船は軍用艦として造られているため、兵士達を詰め込むための大きな船室や、大型弩砲(バリスタ)や矢が格納された戦闘用の区画が殆どであり、上等な船室はごく僅かであった。

 しかし、ここには固定式の大きなソファーやテーブルまで存在している。それは、ここが司令室というべき場所だからだ。他とは違い甲板の上に設けられた部屋には、貴人を迎えるに相応しい上等な家具が置かれている。

 そして今、ソファーには、シャルロット達の他にメリーナが座っている。あとは、従者や侍女が若干名である。他の者達は、それぞれ船内の各所で待機していたり打ち合わせなどをしていたり、様々だ。なお、初めて磐船に乗るアリーチェとナタリオは、イヴァールの案内で船内を回っている。


「外は寒いね。雨も少し降っているよ」


 ソファーに座ったシノブは、向かいのシャルロット達に船外の状況を伝えた。

 竜達は、雲の上を飛ぶこともできる。しかし、気温の低い高空を長時間飛行するよりは、低空を飛ぶほうが船内の人間にとっては楽であった。イジェに船全体を魔力障壁で包んでもらうことも可能だが、長時間それを強いるのも心苦しい。そこで、雲の下を行くことにしたのだ。


「シュメイやファーヴは、外で元気にしていますけど」


 シノブの隣に腰掛けたアミィは、苦笑していた。

 今回も、オルムルにシュメイ、ファーヴの三頭が同行している。オルムルは自身の翼で空を往き、シュメイとファーヴは羨ましげにそれを見つめているのだ。

 高空を飛び極寒の北の島で暮らす竜達は、人間より遥かに寒さに強い。そのため、まだ生後三ヶ月にも満たない幼竜達も、少しくらい冷たい空気や小雨など気にもならないようだ。


「シノブさま、どうぞ」


「温まりますよ!」


 フレーデリータとミシェルが、シノブとアミィに温かいお茶を差し出した。そして、侍女見習いのリーヌが、焼き菓子の入った器を二人の前に置く。


 旅の間、年上の者ばかりではミュリエルも気詰まりだろう。そう思ったシノブは、三人の少女をミュリエルの世話係という名目で連れてきた。

 フレーデリータとリーヌはミュリエルと同じ十歳で、ミシェルは後半月もしないうちに七歳になる。しかし、まだ子供といって良い年齢の彼女達は、大人達に混じって忙しく働いていた。


 ミシェルの祖父母はフライユ伯爵家の家令と侍女長、両親もベルレアン伯爵家で同じ役職に就いている。そのためだろう、彼女は意外なほどに洗練された仕草で給仕を行っていた。とはいえ、まだ幼い少女である。狐の獣人のミシェルが、尻尾を揺らしながら行き来する姿に、室内の者は思わず頬を緩ませていた。


 フレーデリータも、楽しげに働いている。彼女は、つい先日まで伯爵家の令嬢、つまり給仕される側だったことなど忘れてしまったかのようだ。

 父のエックヌートはシメオンの補佐官、弟のネルンヘルムもシノブの従者見習いとして働いている。それに、エックヌートの二人の妻も、アルメルの側に上がっていた。そのため、彼女もミュリエルの単なる学友に甘んじていてはいけないと思ったのかもしれない。


 そして、二ヶ月ほど前までシェロノワの街で暮らしていたリーヌも、最近は伯爵家に慣れてきたようである。狼の獣人である彼女にとって、同じ獣人のミシェルが側にいるのは非常に心強いのだろう、二人は一緒にいることが多い。

 しかも、フライユ伯爵家の使用人には獣人も多く、ミシェル達アングベール家だけではなく狼の獣人のラブラシュリ一家や猫の獣人のソニアなどもいる。彼らは、親の無いリーヌに何くれとなく世話を焼いているようだ。


「ありがとう。そういえば、アンナ達はどうしているかな?」


「その……マリアローゼさ……ん達と一緒です」


 シノブの問いに、フレーデリータは遠慮がちに答えた。どうやら彼女は『マリアローゼ様』と言おうとしたらしい。元伯爵令嬢のフレーデリータは、侯爵の孫娘であったマリアローゼにどう接するべきか迷っているのだろう。


「そうか……」


 フレーデリータの返答を聞いて、シノブは微かに表情を動かした。向かい側に腰掛けたシャルロットも、少々苦笑気味である。

 シノブは、そんな妻の様子を見ながら、つい先日の『大帝殿』の出来事を思い出していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 四日前、先代アシャール公爵ベランジェは、マリアローゼをシノブの側に置いてはどうかと言った。もっとも、それはシノブやシャルロットをからかうために口にした言葉なのだが、かといって全くの冗談でもなかったらしい。


「あの子を、今度の訪問に伴ってはどうかな? いや、シノブ君の側に置くわけじゃない。シャルロットの従者に加えてだよ」


 ベランジェは、マリアローゼにカンビーニ王国を見せてはどうかと提案した。

 カンビーニ王国は獣人族が多い国で、王族も獣人族である。国土は、三方を海に囲まれた森林が多い半島と一つの大きな島だ。また、カンビーニ王国は温暖ではあるが、その分多種多様な命に満ちた風土で魔獣も多いという。そのため、身体能力に恵まれた獣人達が多く住むようになったらしい。

 そして、魔獣を倒しながら半島とその東の島を統一したのは、獅子の獣人の一族カンビーニ家であった。代々レオンの名を受け継いできた王達は、その種族に相応しくいずれも国一番の武人であったという。


「あの子も、獣人達が国を動かす様子を見たら、何か感ずるところがあると思うのだよ。現国王のレオン二十一世陛下も、文武共に優れたお方だと聞いているし」


 ベランジェは、マリアローゼの心を開くには、カンビーニ王国の姿を見せるのが一番だと語った。どうやら、百聞は一見に()かず、と言いたいらしい。


 シノブも一理あると考えた。メリエンヌ王国でも、高位の軍人や内政官として活躍している獣人達はいる。しかし、どうせなら獣人が頂点に立つ国に連れて行った方が効果的だと思ったのだ。

 そこでシノブとシャルロットは、マリアローゼと彼女の友人であるマヌエラ、財務卿ボアリューク侯爵の息子マンフレートなどに、メリエンヌ王国への移住を提案した。


 マヌエラは、謁見の間でマリアローゼの袖を引いた少女で、アンブローシュ子爵の娘であった。マリアローゼと同じ13歳だが、大人しげな印象の少女であり、王国側にもあまり反感を(いだ)いていないようである。

 彼女が選ばれたのは、マリアローゼを一人だけ王国に移しても孤立しそうだからだ。そのため、友人である彼女にも声を掛けたわけだが、幸いマヌエラは理解を示してくれた。


 そしてマンフレートなどに関しては、シノブは別の意味でメリエンヌ王国に移住させたかった。

 父と兄が竜人化して命を落としたと知って、マンフレートは強い衝撃を受けたようだ。生き残った者のうち彼のように成人した男性の多くは、何らかの理由で宮殿を離れていたから助かったらしい。

 年長である彼らは、神々の御紋の光により、皇帝や『排斥された神』についてを含む多くの知識を失っていた。そのため、まっさらな気持ちで帝国のこれまでを振り返ることになり、余計に動揺したようだ。そこでシノブは、彼らをシメオンやエックヌートに預け、暫く療養させることにしたのだ。


「……獣人族が活躍する国を見てみないか?

身内を失って(いきどお)っているのは理解できる。……それに負けて悔しいのも。だが出来ればそれらは一旦置いて、君達が奴隷とした者の本当の姿に触れてほしい」


 謁見の間に近い控え室の一つで、シノブはマリアローゼに静かに語りかけた。彼の隣には、シャルロットが並んで座っている。


「私達が間違っていた、と言いたいのですか?」


 マリアローゼは、シノブを真っ直ぐに見返していた。しかし声音(こわね)は揺れており、彼女が内心動揺していることが窺える。


「それは自分で確かめてくれ。私達が、何を信じ、何を望み、何を目指してきたか。言葉にするのは簡単だが、それを聞いたからといって納得できるものでも無いだろう? 特に、今の君は」


 シノブの言葉を聞いたマリアローゼは、僅かに肩を震わせた。

 マリアローゼは祖父や親が理不尽な最期を迎えたことを嘆いているだけではないようだ。彼女に残ったのは、帝国の上級貴族という誇りだけだ。それ(ゆえ)彼女は、自身の拠り所を否定するものを認めたくないのだろう。

 話すべきことを話して口を(つぐ)んだシノブは、強気な様子を崩さないマリアローゼを見ながら、そう考えていた。


「今後、貴女が身を立てるなら、各国の統治者や有力者を知っておいて損はありません。もっとも、今回は使節団の一員に加わるだけですから、貴女が直接話す機会は無いと思いますが」


 マリアローゼは、宰相であった祖父を尊敬しているらしい。そのためだろう、シャルロットは、他国への訪問が将来文官の道を歩む上で役立つと、マリアローゼに語っていた。


「弟はどうなるのですか? それに、マヌエラの弟も?」


 マリアローゼには5歳の、マヌエラには4歳の弟がいる。幼子の行く先を案じたのだろう、マリアローゼは初めて見せる心配げな顔でシノブを見つめている。


「幼い子は、もう暫くここで暮らしてもらう。世話をする人はつけるし、不自由はさせない」


 マリアローゼの問いを受け、シノブは年少の者達の扱いを説明した。

 ある程度大きな者は、内政官や軍人に相応しい知識を身に付けてもらう。学校が出来ればそちらに集めるが、それまではここで出来ることをするしかない。そして、幼い者には、まずは読み書き計算や常識を身に付けてもらう。

 いずれは、養子や従者、家臣としての引き取り手が出るかもしれないが、それらは先のことだろう。そのため、まずは勉学に励んでもらいたいと、シノブは思っていた。


「……わかりました。その話、お受けしますわ。あくまでも、私や弟の将来のために、ですが」


 暫し黙り込んだマリアローゼだが、平板な口調で自身の意思を表明した。自身の心を整理できないままなのだろう、彼女の緑の瞳には、複雑な感情が揺れていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブよ。あの娘、中々根性があるな」


 アリーチェとナタリオに磐船の中を見せていたイヴァールは、戻ってくるなりシノブに笑いかけた。


「あの負けん気には、感心しましたわ」


「そうですね。見どころはあると思います」


 朗らかな笑みを浮かべたイヴァールとは違い、アリーチェとナタリオは、何となく思うところがあるような物言いである。

 だが、それも仕方が無いだろう。彼らが噂しているのは、獣人達を隷属させた帝国の娘、つまりマリアローゼについてなのだ。アリーチェは猫の獣人、ナタリオは虎の獣人であり、距離感があるのも当然だ。


「どんな様子だった?」


 イヴァール達が空いている席に座ると、シノブは早々に尋ねかけた。シャルロットも興味深げな様子でイヴァールの返答を待っている。


「ジェルヴェ殿から、カンビーニ王国の歴史を学んでいたぞ」


 ナタリオと並んで座ったイヴァールは、シノブにマリアローゼ達の様子を説明した。

 イヴァールの話では、ジェルヴェが講師になり、アンナ達侍女や彼女の弟パトリックなど従者見習いの少年達に、これから訪問する国について説明しているらしい。そして、マリアローゼやマヌエラも、そこに混ざっているというわけだ。


「ええ。私達が通ったときは、覚えた内容の試験をしていました」


 こちらはメリーナの横に腰を下ろしたアリーチェだ。どうやら、ジェルヴェは競い合わせることで融和を図ろうとしているようだ。ジェルヴェは狐の獣人、アンナとパトリックは狼の獣人だ。今まで獣人達を自分達より劣る種族と教わってきたマリアローゼからすれば、負けられない勝負に違いない。


「アンナ殿が一番です。マリアローゼという娘も中々でしたが、パトリック殿に並ばれて悔しかったようですね。もう一回、と言っていましたよ」


 ナタリオは苦笑いをみせた。よほど興味を惹かれたのか、三人は試験の結果が出るまで見ていたのだ。

 ナタリオによれば、マリアローゼは人族の従者や侍女については、さほど気にしていなかったらしい。しかし、二つ年上とはいえ獣人の娘に負け、10歳の少年にも並ばれたのがショックだったようだ。そこで、再度の試験を要求したのだろう。


「アンナ達は、厳しく教育されていますから」


 シャルロットは、ベルレアン出身の二人の健闘を聞いて嬉しさを隠せないようだ。隣のミュリエルも、同様である。

 アンナは、シャルロットの侍女となるべく努力してきたし、パトリックも競争率が高いシノブの従者見習いとして頑張っている。そもそも、王族とも親しく接する伯爵家当主や継嗣のサポートをするのは、並大抵の能力では務まらない。つまり、侍女や従者だからといって侮ってはならないのだ。


「しかし、ジェルヴェ殿も考えましたね。魔力や身体能力は種族の差が顕著ですが、知能には差がありませんから」


 メリーナも、帝国の少女の動向は気にかかっていたようだ。エルフの国であるデルフィナ共和国は、帝国と国境を接している。険しい山脈があるから両国は行き来できないものの、それでも隣国には違いない。そのため、帝国人がどんな人々なのか、関心があるようだ。


「そのあたりに気がついてくれれば良いのだけどね。もう一回は……まあ、意欲の表れということにしておこうか」


 シノブは、噴き出しそうになるのを我慢していた。彼だけではなく、この場にいる者の殆どは、程度の差こそあれど苦笑を浮かべている。

 そんな中、二人だけ恥ずかしげなのが、フレーデリータとその弟のネルンヘルムである。彼らは、同国人であるマリアローゼの行動が、他種族や他国との諍いの元にならないかと、案じているようだ。


「ところでシノブ様、帝都……いえ領都ヴァイトシュタットでのご活躍を、もっとお聞かせいただけないでしょうか? 最近ゆっくりお会いする時間もありませんでしたから」


 軍人でもあるナタリオは、『排斥された神』や皇帝との戦いがどんな風だったのか知りたいようだ。今日の目的地、マリアン伯爵領の領都ジュラヴィリエに着くまでは、まだかなり時間がある。それ(ゆえ)ナタリオは、ゆっくり話が聞けると思ったのだろう。

 なお、結局のところ皇帝直轄領はヴァイトグルント軍管区、帝都ベーリングラードは領都ヴァイトシュタットと呼ぶことに決まっていた。流石のベランジェも、兄である国王にシノブの名を入れた名称は伝えなかったのかもしれない。


「そうだね。時間は充分にあるし……」


 シノブは、ナタリオの要望に応えることにした。カンビーニ王国に行けば、同じことを求められる。それもあってシノブは、ここで予行練習をしておくのも悪くないと思ったのだ。

 もっとも、ミュリエルやフレーデリータ、ミシェルなどもいるから、あまり詳しく話すつもりは無い。だが、カンビーニ王国の宮廷でも、女性や子供もいるだろうから当たり障りの無い範囲で語ることになる。シノブは、どの程度まで話そうかと考えながら、テーブルの上のティーカップに手を伸ばしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──シノブさん、何を話しているのですか?──


 シノブが、帝国での出来事を語り終えたとき、オルムルが部屋に入ってきた。竜達は魔力で物を(つか)んで動かすことが出来るから、鍵が掛かっていない扉を開けるのも簡単だ。

 オルムルは猫ほどの大きさに変じて飛翔し、後ろにシュメイとファーヴが続いている。


 炎竜の子シュメイは、この一週間ほどで40cm近くも大きくなっていた。この時期の幼竜は凄まじい勢いで大きくなる。そろそろ生後二ヶ月半の彼女は現在体長1.4m程だが、更に半月も経つと2m近くになるのだ。なお体重も、既に成人女性二人分はあるらしい。

 もっともシュメイは重力操作に習熟してきたようで軽やかに跳ねているし、床が音を立てることも無い。距離も伸び、今は室内だから派手に跳ねないが既に一跳び10mくらいは余裕である。

 それに対し、岩竜の子ファーヴは全長50cm少々と可愛らしいものだ。彼は、空を飛ぶオルムルと飛翔の手前に到達したシュメイを羨ましげに見ながら後に続いていた。


「ああ、帝国のことをね。ところでオルムル、どうしたの? 調子でも悪くなった?」


 シノブはイジェの脇を飛翔していた筈のオルムルが戻ってきたことを訝しく思い、ソファーから立ち上がっていた。

 今の彼女なら、領都ジュラヴィリエまでの600kmを飛び続けることは充分に可能である。まだ半分も飛んでいないし、仮に疲れて戻ってくるにしても、少し早すぎるだろう。それ(ゆえ)シノブは、彼女に何かあったかと思ったのだ。


──あっ、私は大丈夫です! 少し雨が激しくなってきたのですが、私が飛んでいるとシュメイやファーヴが甲板の上から動かないから──


 そう言われてシノブが外を見やると、確かに窓ガラスは大きな雨粒で濡れていた。なお、幼竜といえど雨くらいで体調が悪くなることは無いが、万一を考えてオルムルは二頭を室内に入れることにしたらしい。


「そうか、それなら良かった」


 シノブは、肩に乗ったオルムルを撫でてやる。ちなみに、オルムル達は全く濡れていなかった。三頭は魔力障壁の応用で、体に付いた水を跳ね飛ばしたのだろう。


「シュメイとファーヴは、飛びたくて仕方がないのですね」


 シャルロットは、シノブの周りに集まる竜達を微笑みながら眺めていた。

 シュメイはソファーに乗るには大きくなりすぎたので脇からシノブに首を伸ばし、まだ小さく体重も軽いファーヴは、彼の膝の上によじ登っていた。大きさが違う二頭だけに居場所は異なるが、共通している点もある。二頭は、ずっと背中の翼を動かし続けていたのだ。

 そんな彼らの様子は、雛鳥が飛ぶ準備を始めているようで愛らしい。そのため部屋にいる者達は皆、顔を綻ばせつつ見守っている。


──はい! もう少しの我慢だとは思うのですが、でも、我慢しきれません!──


 幼竜が飛行できるようになるのは、生後三ヶ月くらいだという。したがって、シュメイは後二週間もすれば空を飛べるが、その二週間が待ちきれないようである。


──僕は、まだ二ヶ月は先だから、尚更です──


 それに対し、一人置いていかれるファーヴは羨ましそうな思念を発している。

 シノブ達からすれば、二ヶ月などあっという間のような気がする。しかし、生後一ヶ月少々の彼にとっては、今までの生の倍に近い時間であり、とても長く感じてしまうようだ。


「竜の子供達は、本当に賢いのですね。『アマノ式伝達法』もあっという間に習得したそうですし、我が国の歴史くらい、暗記するのは簡単ですわね」


 セレスティーヌは、三頭の竜を感嘆の視線で見つめていた。彼女は、つい先刻までのマリアローゼ達の話を思い出したらしい。


──歴史は、シノブさんから少しだけ教えていただきました!──


 オルムルは、シノブの肩の上で得意げな思念を発している。彼女は肩の上に立ち上がり、首をもたげ胸を張ってみせる。


「そ、そうなのですか!?」


「オルムルさん、どんなことを学んだのですか?」


 セレスティーヌとミュリエルは、驚きの声を上げていた。まさか竜達が人間の国の歴史を学んでいたとは思わなかったようだ。


──父さまが生まれたころの話を教えていただきました!

創世暦465年に、ヴォーリ連合国が出来たそうですね。私も生まれた棲家(すみか)に剛腕アッシと闇の使いアーボイトスが来たのも、その頃だそうです。

メリエンヌ王国とアルマン王国の建国が450年、ガルゴン王国が442年、カンビーニ王国が456年、デルフィナ共和国が405年、ベーリンゲン帝国が351年です!──


 オルムルはシノブやアミィと王都メリエに行ったり、帝都に地下から侵入したりと、行動を共にすることが多かった。そんなとき、シノブやアミィは、少しずつ彼女に教えていたのだ。オルムルは、自分の父親であるガンドが生まれた時代に興味を持っていたから、シノブ達はその辺りを中心に伝えている。


「す、凄いですわ!」


「私など、自国が建国した年はともかく、他は知らないのもあるのに……」


 アリーチェとナタリオは、オルムルが答えた内容に衝撃を受けたようだ。特にナタリオは、まさか竜が人間である自分以上に詳しいとは思わなかったようで、絶句したまま固まっている。


──私もオルムルお姉さまから教えてもらいました!──


──僕も!──


 シュメイとファーヴは、自分達も知っているとアピールしたくなったようだ。二頭はシノブとアミィが教えたメリエンヌ王国の出来事、建国王エクトル一世や第二代国王アルフォンス一世の事跡などを、口々に語りだした。


「シノブ様。マリアローゼさんにはオルムルさん達のことをお伝えした方が良いと思いますわ。まだ、どちらにも(わだかま)りがあるかもしれませんが……」


 セレスティーヌは、(あき)れ半分といった様子で首を振った後に、シノブに提案した。豪奢な巻き髪の金髪を揺らした彼女は、真摯な眼差しをシノブに向けている。


「そうだね。もっと互いを良く知れば……そうすれば、少しでも諍いを減らせるだろうしね」


 シノブも、彼女の言うことには一理あると思っていた。帝国は、竜と獣人のどちらも自分達と対等の存在として扱わなかった。そして、それが帝国が敗れた原因の一つだと、シノブは思っていたのだ。

 今、磐船には多くの種族、多くの国の者が乗っている。彼らが互いを知り尊重することで、より豊かな未来が訪れるのではなかろうか。シノブは、そんな未来を実現したいと考えていた。そして彼は、そのための一歩となるカンビーニ王国の訪問を、実り多きものにしようと決意していた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年8月23日17時の更新となります。


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