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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第13章 南国の長達
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13.05 勝者と敗者の軌跡 後編

 都市ロイクテンの大神殿に着いたシノブ達は、一旦魔法の家でシェロノワに戻った。ここからは神殿での転移で移動するため、馬を伴うことは出来ないからである。

 数度の拡張を経た魔法の家には、入ってすぐの場所に居住部分全体と同じくらい広い石畳の区画がある。居住部はフローリングの床であり靴を脱ぐが、ここは土足で構わない。そのため、拡張前とは違い馬達の輸送も容易であった。


「神殿での転移にも、意外な弱点があったね」


 シノブは、魔法の家を格納するアミィを見ながら、誰に言うとも無く呟いていた。

 神殿で転移をするには聖壇に上がらなくてはならない。聖壇は、通常足を踏み入れることが出来ない区域であり、馬を引いて上がるわけにもいかない。それ(ゆえ)シノブ達の愛馬は魔法の家で送り返すことになったのだ。

 魔法の家の呼び寄せる権限は、ミュリエル達も持っている。そこでシノブはホリィをロイクテンに残し、ミュリエルに魔法の家を呼び寄せてもらった。帰りは神殿経由で帰ってきても良いのだが、わざわざシェロノワの大神殿まで行くのも非効率だ。そこで、ホリィを呼び寄せ役として残したわけだ。


「馬車とかは魔法のカバンに入れることも出来ますが、生き物は入りませんからね」


 魔法の家をカードに戻したアミィは、苦笑いを見せながら答える。

 彼女が言うように、魔法のカバンには大量の物資を格納できるが、生き物を入れることは出来なかった。もっとも、植物の種子などは入るため、厳密には全ての生き物が入らないというわけではない。しかし、二人が知っている限りでは魔法のカバンに生きた動物を入れることは出来なかった。


「馬車が入るだけでも凄いですけど~」


「そうですね……」


 ミレーユの言葉に、アリエルは同感したといった(てい)で頷いている。彼女だけではなく、一行の警護をしているアルノー・ラヴランとアデージュ・デュフォーも同様だ。


「魔法のカバンって、一体どれだけ入るのでしょうか?」


 狼の獣人の女戦士アデージュはアルノーに近寄ると、小声で尋ねかけた。種族が同じためだろう、彼女はアルノーと親しくしているようだ。


「私も知らないが……あまり気にしない方が良い」


 アルノーは、シノブの親衛隊長を務めるだけに側にいることが多い。そのため、シノブやアミィの持つ魔道具についてあれこれ考えても仕方ないと悟ったのかもしれない。少し笑みを浮かべた彼は、アデージュに(ささや)き返す。


──私がグーベルデンに先行しても良かったのですが──


 そんな中、ホリィは少々不満げな思念を発していた。彼女は、自分が次の目的地である都市グーベルデンに行き、魔法の家を呼び寄せれば、と思ったようだ。ロイクテンからグーベルデンまでは200km以上離れているが、アムテリアの眷属である彼女なら30分少々で飛行可能である。


「少しですがロイクテンの視察も出来ました。ですから、これで良かったのでは?」


 シャルロットは、ホリィに優しく笑いかけた。シノブ達は、西の城壁を直した後、中央区の大神殿に移動した。その間、少しだけだが街の様子を見ることが出来たのだ。

 ガンド達が操る巨大な竜の像は、都市ロイクテンの近くを通り過ぎた。空を往く二つの岩の巨像に、街の住民は驚愕したようだが、それらは都市の脇を抜けただけだ。そのため、街はさほど混乱しなかったらしい。

 そういう経緯もあり、戦いから僅か十日(とおか)しか経っていないが、街中は意外なほどの活気に溢れていた。大通りの商店は全て店を開けているし、客も沢山訪れているようだ。実は、ちょっとした特需が到来していたのだ。

 新たに駐留した王国軍は、食料や物資を購入する。それに従来の守護隊、つまり帝国軍は解体され、周辺の町から集められた若者は故郷に戻る。彼らは出身地に帰る前に、渡された一時金で多少の土産物や旅に必要な物を購入しているらしい。

 それに、街の者達も喜捨の強制が無くなり財布の紐が緩んだようである。大神殿まで案内してくれた兵士は、多くの住民が今までの分を取り戻すかのように商店を回っていると語っていた。


「ああ。街の人達の様子が判って良かったね。さあ、グーベルデンに行こうか」


 シノブも、そんな街の様子に安堵していた。

 一時的な活性化かもしれないが、混乱しているよりはよっぽど良い。後は、この活気が続くようにしていこう。シノブは、そんな思いを(いだ)きつつシャルロットに笑いかけた。

 そしてシノブは笑顔のまま、愛妻の肩を抱き大神殿へと歩んでいく。二人の後には、アミィ達も朗らかな笑みを浮かべて続いている。そして一行は、楽しく談笑しながら大神殿の中へと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ君、お疲れ様! シャルロットも元気そうだね!」


 帝都ベーリングラードに到着したシノブ達を出迎えたのは、先代アシャール公爵ベランジェだ。彼は、『大帝殿』の宰相の控え室だった区画を自身の執務室と定めていた。そのため、最近は帝都にいることが多いらしい。


「グーベルデンも、思ったより問題なさそうで安心しました」


 都市グーベルデンの城壁を修復したシノブは、こちらも短時間だがシャルロット達と街中を見て回った。

 炎竜達が墜落したグーベルデンは、街中も大きな被害を受けていた。しかし、壊れた建物は王国兵やドワーフ達により片付けられ、アマテール村のような丸太で作った家が幾つも立ち並んでいた。

 北のノード山脈に近いグーベルデンは、材木の入手も容易である。そのため、ドワーフ達は自身の村と同じような建物にしたらしい。


「ジルン達も手伝ってくれたからね!」


 ベランジェは、嬉しげに顔を綻ばせている。実は、材木の切り出しや運搬を手伝ったのは、炎竜達である。彼らは、街を壊したお詫びとして復旧作業を手伝ったのだ。

 炎竜は、岩竜とは違って土や岩の操作は得意ではない。そのため彼らは、城壁の修復や建物の再建に関わることは無かった。しかし炎竜達が、山から大木を切り出しグーベルデンへと運んだお陰で、街の再建は通常では考えられない速度で進んでいた。


「王国軍も、歓迎されているようですね」


 シャルロットは、豪華なソファーに腰掛けながら伯父に微笑みかけた。シノブの右隣にはシャルロット、左隣にはアミィが座る。なお、ホリィはアミィの腕の上だ。


「うわ~、後ろで立っているほうがマシかも~」


「静かに!」


 少々引き()った表情のミレーユを(たしな)めたのは、同じく固い表情のアリエルだ。二人は緊張した面持ちで、脇の小振りなソファーに腰を下ろしている。

 何しろ一国の宰相の使っていた部屋だ。彼女達が座ったソファーも、座面には選りすぐりの雪魔狼の革を使用しているし、銀細工のフレームには繊細な彫刻が施され宝石まであしらわれている。

 なおソファーは三脚で、シノブ達三人が座った向かい側にはベランジェが一人座っている。そのため、アルノーとアデージュは、シノブ達の後ろに佇立したままだが、二人はむしろホッとしたような表情を浮かべていた。


「アリエル君、ミレーユ君、もっと楽にしたまえ。それに、君達の伴侶も将来こういう部屋を使うだろうから、少し慣れた方が良いね!

まあ、先のことは置いておくとして……グーベルデンは、竜が墜落して被害が出たからね。こちらとしても手厚い対処をしたんだ。でも、帝国軍のやり方が酷かったから、想像より楽だったよ!」


 ベランジェが言うのは、ヴォルハルト達が街の住民から魔力を奪い取ったことである。

 竜を隷属させる『隷属の首輪』が効果を発揮するには、魔力を充填した『魔力の宝玉』が必要だ。そして、帝国軍は多くの住民達を犠牲にして『魔力の宝玉』に魔力を溜めたのだ。


「我々王国が予想以上の速度で攻めてきたから焦ったんだろうけど……自国民を犠牲にするとは形振り構わないにも程があるんじゃないかねぇ……まあ、お陰で色々すんなり進んだがね」


 ベランジェは、少々眉を(ひそ)めながら呟いている。

 彼を含めた王国の司令官は、支配下に置いた都市を安定化させるために、これらの帝国の無慈悲な行いを最大限に活用していた。『魔力の宝玉』を使用するための犠牲、竜人化などの非道は、帝国人にとって大きな衝撃だったようだ。そのため、従来の信仰を捨てて王国の神官達が語る教えに耳を傾ける者が多いという。


 シノブはベランジェの言葉を聞きながら、複雑な思いを(いだ)いていた。出来るだけ早く安定した統治を行うには、相手の失政を利用することも必要なのだろう。

 別に、嘘をついているわけではない。宮殿にいた下働きの者達、つまり竜人化を免れた人々によれば、グーベルデンで住民を犠牲するように指示したのは皇帝のようだ。それに竜人化も同様で、シノブ達は事実を語っているだけである。

 しかし王国軍がそれらを広めたのは、統治の速やかな安定を意図したからで正義や公正だけに基づいた行動ではない。そういった背景を知っているシノブとしては、忸怩たる思いがあるのも事実であった。


「……まあ、こういったことは私達に任せておきたまえ!」


 シノブが浮かない表情となったのを見たせいだろう、ベランジェは快活な笑みと共に自分が今後も受け持つと宣言した。四十も半ばを越えた彼は、二十歳(はたち)前のシノブに全てを押し付けるのは酷だと思ったようである。


「義伯父上、ありがとうございます」


「何を言っているのかね! 私はシノブ君のように、邪神を倒したり街道や城壁を直したり出来ないからね! 取り得の無い私としては、裏方仕事で頑張るだけだよ!」


 ベランジェは、シノブに大仰な調子で手を振ってみせた。

 その様子に、シノブ達は思わず笑いを(こぼ)していた。性格こそ少し変わっているが、優れた領主で軍務にも長けた彼である。その彼に対して取りえが無いと思う者はいなかったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ところでシノブ君。邪神のことだけど、少しだけ判明したよ」


「本当ですか!?」


 ベランジェの言葉に、シノブは思わず身を乗り出した。両脇のシャルロットやアミィも小さく驚きの声を上げている。


「ああ、実はね……」


 ベランジェによれば、ここ『大帝殿』や、皇帝や皇族が住んでいた『小帝殿』には、『排斥された神』や皇帝家の出自を明示するものは見つからなかったらしい。ただし、宮殿内の書庫には、ベーリンゲン帝国が編纂した歴史書などが残っていた。その中には、一般には伝わっていない秘録のようなものもあったのだ。


 それによれば、皇帝や重臣の先祖は東の山脈の向こうから来たらしい。秘録やその他の記述を照らし合わせると、この山脈は、帝国の東端にあるオスター大山脈のことだと思われる。やはり、彼らはエウレア地方の外から来た存在で間違いないようだ。

 そして、彼らは陸路や海路で来たわけでは無いらしい。秘録には、神の力を得た超人によって、空から現在の帝都に直接飛来したと記されていた。


「どうも、この辺りはヴァイトグルントという名前だったようだね」


 ベランジェは、秘録に記されていた名称を口にした。

 元々、このあたりには人族や獣人が住むヴァイトシュタットという都市国家があったらしい。そして都市国家の周辺の平原は、ヴァイトグルントと呼ばれていたという。


──アミィ、ヴァイトグルントって『広い地面』だっけ?──


──はい。シュタットは都市ですね──


 シノブとアミィは、密かに心の声を交わしていた。

 やはり、これらはドイツ語に由来したものらしい。ちなみに、古い名前ほど直接的な表現が多いようだ。そうすると、ヴァイトグルントやヴァイトシュタットは、かなり古くからある名前なのかもしれない。


「ついでに侯爵達の家も調べたんだ。そうしたら、やっぱり空から超人に乗ってここに来た、という書簡が見つかったよ。あっ、超人とはヴォルハルトとかいう者の同類のようだね」


 ベランジェは多くの部下を使い、五人の侯爵全ての家を入念に調査した。

 その結果、幾つかの家から当時の日記や覚書を(まと)めたものが見つかった。発見した文書によると超人は、青白い肌に赤い瞳、人並み外れた巨躯に長い腕、そして背中に翼を持つという。


「そうすると、超人は大勢いたのですか?」


 アミィは、小首を傾げながらベランジェに問いかけた。皇帝と五侯爵の先祖だから、少なくとも超人は六人以上いたのではないか。それに、皇帝達の親族まで連れてきたなら、もっといたかもしれない。


「そのあたりは、はっきりしないんだよ。ただね、あの地下通路を造ったのは皇帝と超人らしいね。それと、超人は結界の礎になったとか……具体的な意味はわからないんだけどね」


 ベランジェや彼の部下が秘録を調べたところ、帝都の下に広がる地下通路は、周囲の六都市と関係があるらしい。主要な通路は六方向に伸びているようだが、それらは、帝都を囲む結界を形成し、更に周辺に『排斥された神』の神力を送るためにあるという。

 そして、地下通路によって造られた結界の中に『排斥された神』は潜んでいたとみえる。


──結界があるから『排斥された神』の存在が(つか)めなかったのかな?──


 シノブは、アミィとホリィに心の声でこっそり問いかけた。そうだとしたら、地下通路をもう一度調べた方が良いのかもしれない。


──邪神像と戦ったときには、強烈な魔力が漂っていましたが……でも、これまで気がついた眷属はいないようですし、もしかすると普段は隠れるのに力を使っていたのでしょうか?──


 アミィは確信が持てないようで、腕の上のホリィに視線を向けた。もちろん、彼女も口には出さず思念で問いかけている。


──その可能性は高いと思います。もう一度調べ直しましょう──


 ホリィも思念だけで答えを返す。そして彼女はアミィの腕から舞い上がり、窓から外に飛び出した。

 どうやらホリィは、地下神殿の調査に向かったようだ。地下神殿は(いま)だ陥没したままで、宮殿の庭ではドワーフ達が神殿を掘り返している。彼女は、そこから調べるつもりなのだろう。


「ホリィ君は?」


 ベランジェは、勝手に窓が開閉する様子を見ても平然としたままだ。実は、ホリィは魔力で窓を開け閉めして出て行ったのだ。


「ちょっと帝都の偵察に行ったようです」


「そうかね。まあ、今のところはそのくらいだね。ところでシノブ君。もう皇帝は倒れたのだから、帝都というのはやめたまえ」


 ベランジェは、シノブが口にした帝都という言葉に、不本意そうな表情をみせた。確かに、王国の統治下に入ったこの地を帝都だの皇帝直轄領だの呼ぶのは好ましくはないだろう。


「そうですね。それに、ベーリングラードという名前は……」


 シャルロットは、バアル神に由来する都市名を変えるべきだと言いたいようだ。

 シノブは、シャルロットなどごく一部の者だけには、ベーリンゲン帝国や帝都ベーリングラードという名が『排斥された神』の正体であるバアル神に由来していると伝えていた。そのため、彼女は名称の変更を提案したのだろう。


「では、先ほどお聞きしたヴァイトシュタットにしますか? その場合、皇帝直轄領はヴァイトグルント軍管区ですね」


 シノブも、ベランジェやシャルロットの気持ちはわかる。それに、先日シノブが王都に行ったときにも、ベランジェと同様のことを口にする者がいた。

 そこでシノブは、先ほどベランジェから教えてもらった古い地名を候補として挙げた。


「ふ~む……シノブシュタットとかアマノグルントでも良いのだがねぇ……」


「お断りします!」


 シノブは、どこか面白がっているようなベランジェに、素早く拒否の意思を示した。

 ベランジェは、将来ここをシノブの治める地にしたいようだ。しかし皇帝直轄領は、当分は王国軍が統治する軍管区になる予定である。それなのに、シノブ自身の名前を入れるのはどうかと思ったのだ。


「まあいいよ。ともかく兄上に伝えておこう。どうなるかはそれ次第だ」


「……義伯父上、そのシノブ何とかや、アマノ何とかは候補に入れないで下さいね」


 シノブの言葉に、ベランジェは意味深な笑みを浮かべたまま黙っていた。そして、そんな彼の様子を見た一同は、再び苦笑いを浮かべざるを得なかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は『大帝殿』の謁見の間に移動した。本日帝都を訪れたのは、ベランジェと歓談するためだけではない。実は、これから行うことが来訪の主目的であった。


「……それでは東方守護将軍、お願いします」


 ベランジェは、改まった口調で玉座を背にして立つシノブに声をかけた。彼は、普段とは違い『シノブ君』ではなく東方守護将軍と呼びかけている。

 ベランジェの脇にはシャルロットとアミィが並んでいる。更に、周囲には警護を担当するアリエルにミレーユ、アルノーやアデージュなどが集っている。


「私の名はシノブ・ド・アマノ。東方守護将軍として、この地を預かる者だ」


 シノブは、下手に向かって堂々と名乗りを上げた。彼の目の前には、上品な服を着た大勢の男女が並んでいる。

 下手にいる者達は、帝都にいた貴族や騎士、従士の生き残りだ。彼らは、一際上等な服を来た者、つまり貴族が前に、そして騎士や従士の出身らしい者が後ろに並んでいる。

 なお、集まった人々の多くは未成年の少年少女である。シノブ達が帝都に攻め入ったとき、宮殿の防御を固めるために多くの軍人や内政官が参集していた。そして宮殿に集まった者達は、皇帝が用意した秘薬により竜人と化した。そのため、生き残った者達の多くはまだ参内できない未成年で、残りも老人か夫人達だ。


「君達の主君であった皇帝は(たお)れた。彼は、メリエンヌ王国に攻め入り獣人達を誘拐した。そして、奴隷として迫害した。そのため、我々は帝国と戦い同胞を取り戻し、自由を奪われた者達を解放した。

更に皇帝は、君達の家族を異形の姿に変え、戦いを強制した。これらの非道は断じて許すわけにはいかない。もちろん、それらを皇帝に指示した帝国の神も同様だ」


 シノブは、皇帝が行ったことの全てを把握しているわけではない。しかも、これらが彼自身の意図なのか、『排斥された神』が指示したことなのか、今となっては判然としない。

 しかしシノブは、それらの疑問を一旦忘れ、帝国の非人道的な行いを並べ立てた。これも旧帝国に安定と平和を(もたら)すための方便なのだと自分に言い聞かせながら、シノブは言葉を紡いでいく。


「私は、君達を迫害するつもりはない。もちろん我らが国の定める法に従ってもらうが、才ある者、志のある者には、活躍できる場も用意するつもりだ。ただし、我々と手を(たずさ)えていくために必要なことは学んでもらうが」


 要するにシノブは、生き残った子供達や運良く難を逃れた大人達に新たな体制の中で生きる場所を見出してほしいのだ。もちろん王国風の教育を施した上でだが。

 本来は旧帝国で一つの国として独立させるべきなのだろうが、この情勢下では難しいだろう。であれば次善の策として、彼らを旧帝国で働けるよう道をつける。そして奴隷から解放された獣人達と共に教育を施し、優秀な者をこの地に返す。シノブは、そうしたかったのだ。


「我らの方針に賛同できない者には、強制しない。しかし、その場合は貴族や騎士、従士としての特権は剥奪する」


 これまで貴族であった者達が、市井で生きていけるかシノブにはわからない。だがメリエンヌ王国では従士以上であれば、軍人や内政官として統治に関わることを要求される。したがって野に下るのであれば、支配階層としての身分は奪うしかなかった。


「……以上だ。何か質問はあるか?」


 学校の開設には、まだ時間が掛かる。そのため当面は帝都のどこかに彼らを集めた上で、準備をさせるつもりだ。それらを含め説明を終えたシノブは、一息入れて下座を見回した。

 集められた者達の多くは、不安そうな顔でシノブを見つめている。彼らは、ベランジェの部下から事前に説明を受けている筈だ。しかし今まで想像もしたことの無い事態に、動揺している者が殆どとみえる。


「ヴィクトール・フォン・ガウロスヴァと申します。私達も、メリエンヌ王国の方と同じことを学べるのでしょうか?」


 最初に手を上げたのは、まだ10代前半のほっそりとした少年であった。彼は、シノブの許しを得ると、新たな教育制度について質問した。

 理知的な瞳の少年が身に着けている服は上等のもので、それに相応しい気品を備えた、いかにも上級貴族の子弟という(てい)である。それもそのはず、彼は内務卿ドルゴルーコフ侯爵の孫であった。


「出身や種族で区別はしない。能力があればそれに応じた教育をする。ただし、人品も鑑みてのことだが」


 シノブは、ヴィクトールという栗色の髪と青い瞳の少年を真っ直ぐ見つめ、ゆっくりと答えを返した。相手は自身の従者見習い達と同じ年頃、つまり10歳を少々過ぎたくらいの子供である。そのためシノブは、威厳を保ちながらも穏やかな口調で返答をする。


「マンフレート・フォン・コルヴェルカと申します。王国の文官でも構わないのですか?

正直に言うと、父や兄が異形に変じたというこの場には居たくないのです。私はたまたま帝都を離れていたから助かりましたが、父や兄は……」


 ヴィクトールに続いて沈痛そうな顔をした30歳前後の男性が手を上げた。文官風の装いの彼は、財務卿ボアリューク侯爵の息子である。彼の父や兄、それにヴィクトールの祖父は、この場で竜人に変じ帰らぬ人となっていた。

 ちなみに公爵家、つまり皇族は二人の幼子を残して世を去った。それに、伯爵は地方の領主であり帝都にはいない。したがって、ここにいる貴族は侯爵家、子爵家、男爵家の者である。

 そのため、ヴィクトールやマンフレートは、この場で最上位とも言える。彼らが先んじて質問した背景には、そういう身分の差もあるのだろう。


「希望はなるべく(かな)えるつもりだ。それに、既に王国内で文官として働いている者もいる」


 シノブは、元メグレンブルク伯爵のエックヌートの顔を思い浮かべながら答えた。エックヌートは、シメオンの補佐官として働いている。


「仕方ありませんわ。私達は負けたのですから。殺されないだけでも感謝すべきでしょう」


「マリアローゼ様!」


 濃いブロンドに緑の瞳をした華やかな容貌の少女が、やりきれなさを滲ませながら呟いた。彼女が、発言の許可を得ずに口を開いたせいか、隣にいた同年代の少女が慌てた様子で袖を引く。

 二人は、成人手前、つまり14歳か13歳くらいのようである。なお、帝国の上級貴族の女性の多くは、成人すると宮殿で皇族の女性に仕えるようだ。そのため、この場にいる女性は、成人前か逆に子供がいそうな者、あるいはかなり年配の者ばかりであった。


「そう思うなら、思えば良い。その屈辱を胸に(いだ)いて切磋琢磨してくれるなら、何も言わない……いや、出来ればこの国を動かす立派な人物に成長してくれ」


 シノブは敢えて挑発的な口調でマリアローゼという少女に答え、そのまま視線を据え続ける。彼女は一瞬悔しげな表情となったが、きっと口を結んでシノブを見つめ続けている。


「女性にも男性と同じ機会を与えます。貴女達が努力を怠らなければ、出自に相応しい地位を得るかもしれませんね」


 シャルロットも、夫と同じく硬い声音(こわね)で答えていた。言葉自体は丁寧だが、戦に赴くかのような鋭い表情だ。そんなシャルロットに圧倒されたのか、マリアローゼ達は押し黙る。


「では、ここまでにしよう。意欲のある者は、名乗りを上げてくれ」


 シノブは、そう言い置くと歩み始めた。そして、ベランジェやシャルロット達も続いていく。シノブは、なるべく多くの者が、新たな国造りに参加してくれるよう祈りながら、謁見の間を去っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「あのマリアローゼという子は、宰相の孫娘だよ。つまり彼女の祖父が、ここの元の主というわけだね」


 元の部屋に戻ると、ベランジェはシノブ達にマリアローゼの出自を伝えていた。彼は、主だった出席者を把握していたようだ。


「宰相の一族ですか……彼女が幸せになれると良いのですが」


「そうですね。私達を恨んでいるようですが、それを力に変えることが出来れば……」


 先刻の様子を思い出して顔を曇らせたシノブに、シャルロットが言葉少なに答えた。

 シノブは、自分達への憎しみが、彼女の生きる原動力になるなら、それでも良いと思っていた。そして、どうやらシャルロットも同じ考えだったようだ。そのため彼女も、厳しく突き放すかのような返答をしたのだろう。


「君達は優しいねぇ……でもシノブ君、彼女を幸せにする方法は、あるにはあるんだ。もっとも、私としては勧めかねるがね」


 ベランジェは、彼独特の悪戯っぽい笑みを浮かべながらシノブを見つめていた。その様子は、シノブがどんな反応を返すのか、今から楽しみにしているようでもある。


「えっ、そんな方法があるのですか!?」


「彼女を君の側に置けば良いのだよ! 君はシャルロット達に責められて不幸になるかもしれないがね!」


 シノブの問いに、ベランジェは取って付けたような陽気な口調で答えた。そして彼は、シノブとシャルロット、それにアミィの表情が変わったのを、面白そうに眺めている。


「そんなことは出来ません!」


「伯父上!」


 シノブとシャルロットの悲鳴のような叫びに、ベランジェは噴き出していた。彼も、本気で言ったわけではないのだろう。


「ベランジェ様……今のお言葉、セレスティーヌ様にお聞かせしても良いでしょうか?」


「アミィ君、待ちたまえ! 単なる冗談だってば!」


 静かな口調だが怒りを滲ませたアミィに、ベランジェは慌てた様子で弁明していた。彼にしては珍しく、冷や汗らしきものが顔に浮かんでいる。


「……まあ、いずれあの子達もわかってくれるさ。今は祖父や親を失った悲しみで見えないものも、いつかは見えるだろう。そうなるように、頑張りたまえ」


 途中から真面目な口調になったベランジェに、シノブとシャルロットは深く頷き返していた。

 竜人化は、シノブ達が仕組んだことではない。とはいえ、戦が無ければ避けられたことでもある。シノブは、悲劇に遭遇した人々が少しでも幸せになれるように力を尽くそうと、胸中で静かに誓っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年8月21日17時の更新となります。


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