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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第3章 ベルレアン伯爵家の人々
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03.04 アミィ先生大いに頑張る!

 魔狼を売った翌日。朝食を食べ終えたシノブとアミィは、ベルレアン伯爵コルネーユの次女ミュリエルのところに向かう。先日来の約束、魔術の教授を果たすためだ。

 そこで二人は侍女アンナに先導され、館を伯爵家のプライベートスペースである左翼側へと進んでいく。


 ベルレアン伯爵家の館は右翼側に公的な場、左翼側に私的な場が置かれていた。伯爵の執務室や来客が滞在する部屋などが右翼側、伯爵家の住み暮らす場が左翼側である。

 ちなみにシノブやアミィが逗留している貴賓室は右翼三階、そしてミュリエルが待っているのは左翼三階だ。しかし館の端から端までは100mを超え、更にアンナは静々と歩むから結構な時間が掛かる。

 そこでシノブは通路の壁に飾られた絵画などを鑑賞しつつ、ゆっくりと付いていく。


「シノブ様とアミィ様をお連れしました。お取り次ぎをお願いします」


 歩みを()めたアンナは、扉の前に控えていた若い侍女達に奥への伝達を頼む。

 ここはコルネーユの第二夫人ブリジットが暮らす区画である。まだミュリエルは九歳だから、母と共に暮らしているのだ。


「どうぞ、お通りください」


 一旦中に消えた侍女の一人が、大きく扉を開く。といっても、そこにミュリエル達がいるわけではない。

 ブリジットとミュリエルの居室もシノブ達の滞在する部屋と同様に、入り口で一間、その奥が居間となっているようだ。それに侍女達の控えの間など、付属の部屋も脇にあるらしい。

 それらをシノブは横目で見ながら、案内する侍女に続いて進む。


 居間に入ると、ブリジットとミュリエルの他に三人の侍女、そしてミュリエルよりも幾らか年下らしい少女がいた。少女は狐の獣人だから、おそらくジェルヴェの孫のミシェルだろう。

 ブリジットとミュリエル、そして狐の獣人の少女がソファーに腰掛け、侍女達は後ろに控えている。


 室内はシノブの滞在する貴賓室と同様に広々としているが、内装は若干控えめである。ブリジットは第二夫人だから、自身の立場に配慮したのかもしれない。

 しかしシノブは、過剰な装飾のない部屋に好感を(いだ)いた。部屋の主に通ずる落ち着いた上品さから、何となく居心地の良さを感じたのだ。


「わざわざのお越し、ありがとうございます」


 まず口を開いたのは居室の主であるブリジットだ。

 彼女はソファーから立ち上がり、優雅な仕草で頭を下げる。すると薄茶色の長い髪がさらりと前に流れ、窓から入る光に(きら)めいた。

 ブリジットは娘への魔術指導を非常に歓迎しているらしい。彼女の柔らかな笑みや穏やかな声音(こわね)には、シノブ達への感謝が滲み出ている。


「シノブお兄さま、アミィさん、今日はよろしくお願いします!」


 ミュリエルも母に倣って起立し、お辞儀をした。

 伯爵に似た銀髪に近い色のアッシュブロンドを、ミュリエルは長く伸ばしている。それが母と同じくキラキラと光を放ちながら揺れ、仕草と相まって人形のように愛らしい。

 大きな好奇心と期待からだろう、ミュリエルは父母同様の緑色の瞳も年齢に相応しい澄んだ光を宿して微笑ましさを増している。


「初めまして! ミシェルです!」


 ミュリエルの隣にいた狐の獣人の少女は、やはりミシェルであった。彼女はシノブ達に元気良く挨拶し、ペコリと頭を下げる。

 ミシェルはアミィと似たオレンジがかった茶色の髪を長くし、可愛い侍女服のようなワンピースドレスを着ている。アミィと同じ狐の獣人ということもあり、まるで姉妹のようだ。


 まだ六歳とミシェルは幼い。そのため彼女は遊び相手として上がっているのか、主であるミュリエルの隣に並んでいた。

 家族のような距離感で、ミュリエルに続けて挨拶するのだ。やはりミシェルは特別な位置付けで、主達と親しく接することを許されているのだろう。

 そんなこともあってか頭を上げたミシェルは無邪気に微笑んでおり、後ろではアミィと似たフサフサした尻尾が楽しげに揺れている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 挨拶が終えた一同は、ソファーに腰を下ろす。

 シノブとアミィの対面には、ブリジット、ミュリエル、ミシェルと並ぶ。そして三人の後ろには侍女が一人ずつ控え、アンナもシノブ達の後ろで同じように起立する。


(ミシェルの後ろの人、同じ狐の獣人みたいだしお母さんかな? 六歳で奉公に上がるって大丈夫かと思っていたけど、保護者付きなら理解できるか……)


 シノブはミシェルの後ろに立つ女性を見て、どこか似ていると感じていた。

 ミシェルの後ろの女性も同じような明るい茶色の髪で、よく似た獣耳が頭上に立っている。それに対し他の二人の侍女は人族のようで、耳はシノブと同じく側頭部だ。


「それでは魔術のお勉強の前に、ちょっとお話させてもらいますね」


 アミィは微笑みと浮かべると、ミュリエルとミシェルに向かって語りかける。

 既に魔力を感じることができるかなどで、指導の仕方も変わるそうだ。そこでアミィは自己紹介がてら、雑談めいた話をしながら色々聞き出していく。

 主にアミィとミュリエルが話し、たまにミシェルが口を挟む。しかしシノブは暇を持て余し気味で、用意されたお茶を飲みながら少女達の様子を眺めるのみだ。


(魔術を覚えたての俺には指導なんて無理だしね……。しかしアミィとミュリエルって近い年齢に見えるから、子供が先生の真似をしているみたいだ……)


 アミィの身長が140cm強、ミュリエルがそれより5cmほど低いだろうか。その隣のミシェルは六歳だから当然ではあるが、ミュリエルより頭半分以上低いようだ。

 シノブは、なんだか小学生の集まりにでも迷い込んだような気がした。


「えっと、アミィさんは何年前から魔術を習い始めたのですか?」


 ミュリエルは僅かに首を傾げている。自分と大して外見の変わらないアミィが、どのくらい修行したか気になったらしい。

 まだミュリエルはアミィの魔術を見てはいない。しかし伯爵からでも幻影魔術のことを聞いたのだろう、アミィを魔術の達人と思っているようだ。


「えっと……。よく覚えていませんが……」


 アミィは咄嗟(とっさ)に答えが思い浮かばなかったらしい。

 何しろアミィは、二百年前には地上監視の役目に就いていたのだ。当然、それ以前から魔術を使っていたに違いない。

 しかし遥か昔だと素直に答えたら、不審に思われるか大騒ぎになるかだろう。


「アミィは物心つく前から修行したようだから」


 シノブはアミィに助け舟を出した。

 ミュリエルを含むベルレアン伯爵家に伝えている経歴だと、シノブがメリエンヌ王国の騎士階級に相当する武士という身分で、アミィは家臣で従士階級に当たる者とした。どちらも代々続く家としており、幼少時から家伝の技を学んでも不思議ではない。

 そしてシノブは、秘伝を受け継ぐ家系を匂わせた。このような背景であれば、重ねて問われないだろうという計算である。


「私……俺もよく知らないけど、彼女の一族は幼いうちから特殊な修行をするらしいんだ」


 シノブが『私』と言いかけたら、ミュリエルが不機嫌そうな顔をした。そこで慌てて『俺』と言い直す。

 ミュリエルは『シノブお兄さま』と呼ぶようになってから、シノブに自分のことは呼び捨てで良いし口調も普段のものにしてほしいと言い張っているのだ。兄と妹なら本来の姿で接するべきだという主張である。


 幸いミュリエルは、シノブの訂正を受け入れてくれたようだ。シノブが言い直すと彼女は笑みで応じ、続いての言葉に聞き入る。


「凄いのですね……」


 ミュリエルは感嘆の表情となり、アミィを見つめた。それにミシェルも大きく目を見開いている。

 一方のブリジットを含む大人達は、慎み深くと考えたようで大袈裟な反応はしない。とはいえ彼女達も大きな驚きを(いだ)いたらしく、アミィに賞賛の視線を注いでいる。


 どうやら魔術の習得や魔力を使いこなす訓練は、シノブが思っている以上に重要らしい。武人や魔術師など実務に使う者ならともかく、伯爵夫人や令嬢、侍女達が多大な関心を示すのだから。

 おそらく、これは魔術や魔道具が生活の支えとなっているからだろう。シノブは再び始まったアミィ達の語らいを聞きながら、それらを用いた人々の暮らしに思いを馳せていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ミュリエル様は、既に魔力感知の基礎が出来ていますね。まだ精度は低いですが、魔道具を使ったときに魔力の流れを感じていますから。

魔力量はかなりあるようですし、修行すれば立派な魔術師になれると思います」


 ミュリエルとの話を終えたアミィは、聞き取りの結果をシノブとブリジットに告げる。

 基本的に感知能力や魔力量は生得のもので、しかも差が激しい。遺伝するようで親子や一族だと似た傾向を示すが、多少のバラつきはあるし得意な系統などは兄弟姉妹でも違うことがある。

 しかし幸いミュリエルは豊かな素質を受け継いでいたようだ。早くも彼女は大まかだが魔力を感じ取れるし、魔道具を使うときも魔力で困ったことはないという。


「まあ、それほどまでに……」


 母親のブリジットも嬉しそうだ。いつも控えめな彼女だが、ほんのり笑みを浮かべている。

 実際に魔術師になるかはともかく、魔力量が多ければ貴族として充分な長所である。遺伝性が強いから縁談などでも有利で、女性でも多いに越したことはない。

 長女のシャルロットが継嗣だから、ミュリエルは他家に嫁ぐだろう。そして子孫に優れた素質を与えてくれる者なら、是非にと願う家が押し寄せる。

 そのため娘に良縁をと願うブリジットは、強い喜びを(いだ)いたに違いない。


「はい。おそらく、伯爵と同じくらいはあると思います」


「お父さまはかなり魔力をお持ちだと聞いています! 私もお父さまみたいになれるのですか!?」


 アミィの評を聞き、ミュリエルは満面に笑みを浮かべた。そして彼女は緑の瞳をキラキラと輝かせたまま、更なる言葉を待つ。


「はい。もちろんきちんと修行すれば、ですけど」


 アミィは肯定しながらも、修行が必要と釘を刺すのも忘れない。

 魔力量が多くても、一度に引き出せる量を増やすには訓練が必要だ。それに攻撃魔術や治癒魔術などで魔術師として活躍するなら高い感知能力が必須で、これも長い時間を掛けて磨くものだという。


「旦那様は領内でも有数の魔力量、と聞いていますが……」


 ブリジットは、夫のコルネーユと同程度と聞いて驚いたようだ。

 貴族は魔力の維持を優先し素質に恵まれた者を家に迎えるし、実際に伯爵家の人々は他より遥かに魔力が多い。しかしベルレアン伯爵領は人口およそ三十万人だから、アミィが言う通りならミュリエルは極めて希少な逸材である。

 したがってブリジットが目を見張るのも無理はない。


「同じくらいの方は、この領地だと他にアリエルさんしか見かけませんでしたが……」


「どうしたの? アミィ」


 何故(なぜ)か口を濁したアミィを、シノブは少々怪訝に感じた。

 アミィの様子からすると、深刻な話ではなさそうだ。そこでシノブは小さく頷き、続きを促す。


「その……。ミシェルちゃんも結構魔力あるんですよね……」


「私も魔術、使えるんですか!?」


 どこか困ったようなアミィとは対照的に、ミシェルは可愛らしい顔を輝かせていた。

 弾む声を部屋中に響かせたミシェルは、アミィと良く似た狐耳もピンと立て更に腰を浮かせてすらいる。やはり大きな魔力量は、多くの者にとって非常に嬉しいことなのだろう。


(確かに結構大きな魔力を感じるな。そう言えばアミィが質問しているとき、ミシェルも『私も!』と一緒に答えていたし……)


 ミシェルの魔力量にはシノブも気付いていた。

 シノブは伯爵の館でも魔力感知や操作の訓練を続けたから、だいぶ感覚が鋭くなっていた。今ではアミィと変わらないか、場合によってはシノブの方が上回るようになってきたのだ。


 シノブが見たところベルレアン伯爵、アリエル、ミュリエル、ミシェルの四人は、領内で見た人の中でも別格に魔力量が多い。

 ちなみにブリジットは一段階劣るが四人に続く魔力量だ。それに先代伯爵やシャルロット、第一夫人のカトリーヌもブリジットと同じくらいである。


「ブリジット様の魔力量も充分多いですし、ミュリエル様は伯爵とブリジット様のお血筋からですね。

それとブリジット様より少し少ないですが、ミシェルちゃんの後ろの方も結構あります。ミシェルちゃんのお母様ですよね?」


 アミィはミシェルの後ろの侍女へと顔を向ける。ミシェルと同じ狐の獣人で、良く似た容貌の女性だ。


「は、はい。母のサビーヌと申します……」


 やはり後ろの女性がミシェルの母だったのだ。突然話を振られたからだろう、彼女は少々驚いたらしく僅かに声が揺れていた。

 そして僅かな間の後、彼女は遠慮がちに自身の名を答える。


「やっぱり。魔力量は遺伝するので、サビーヌさんのお陰ですね。ミシェルちゃんはサビーヌさんより多いから、お父様も魔力が多いのだとは思いますが……」


 アミィは納得したような顔となった。しかし彼女は、何か思案したのか口篭もる。


「アミィ、小さい子に魔術を教えるのは良くないんだっけ?」


 シノブは、以前アミィから聞いたことを思い出した。魔術は十歳前後から教えることが多いと、彼女は言ったのだ。

 ミュリエルは九歳だからともかく、ミシェルは六歳だ。教わったことを理解できなかったり、幼さ(ゆえ)に暴発させたりもあるだろう。


「はい、少し早いのは事実ですけど……」


 アミィは困り顔でシノブに答える。するとミシェルは我がままこそ言わないものの、明らかに残念そうな表情となる。


「ミシェルも一緒にお勉強できませんか?」


「う~ん。魔術は危険も伴いますからね~」


 可哀想に思ったようでミュリエルが口を挟むが、アミィは眉根を寄せたままだ。

 本来なら断るところなのだろうが、さんざん世話になったジェルヴェの孫である。アミィも可能ならミシェルの願いを(かな)えたいのかもしれない。


「アミィ、とりあえず体内魔力操作までなら良いんじゃないか?」


 シノブも、このままミシェルを除け者にするのは可哀想だと思っていた。

 別に一日で全てを教えるわけではない。まずは魔力操作だけでも教えればミシェルも満足するのでは、とシノブは思ったのだ。


「あ、それは良いですね!」


「シノブお兄さま、ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


 アミィは笑顔を取り戻し、ミュリエルとミシェルも満面の笑みでシノブに礼を伝える。それにブリジットや侍女達の顔も綻んだ。

 そして華やぎを取り戻した室内で、魔術の手ほどきが開始される。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「それでは私を良く見てくださいね~」


 アミィは居間の中央に立ち、ミュリエルとミシェルの二人と向かい合う。そして教わる二人は、アミィから少し離れて真剣な面持ちで立っている。


「どっちの手に魔力が集まっているか判りますか~?」


 アミィは両手を左右に広げると、左手に魔力を集めた。シノブがピエの森で教わったときと同じで、彼女は魔力感知の確認から始めるようだ。


「左手です!」


「うん、左!」


 ミュリエルとミシェルは、すぐに変化を察したようだ。二人とも元気よく返事をする。

 シノブのときのように、アミィは左右の手に魔力を移動したり強弱を変えたり様々に試す。しかしミュリエル達は、迷うことなく答えていく。


「二人とも感知は大丈夫みたいですね」


 ソファーに座ったままのシノブは、同じく対面に座すブリジットに語りかけた。こちらはお茶を飲みながらの歓談を続けているのだ。


「ええ、でもアミィさんの教え方がお上手だから……」


 何事にも控えめなブリジットは、こんなときでも謙遜を忘れない。彼女はアミィの指導のお陰と微笑む。

 実際、今のアミィは判りやすいように魔力を漏らしながら動かしており、ブリジットの言葉も間違いではない。

 とはいえ全く戸惑うことなく当てていくミュリエル達は、やはり相当な素質の持ち主であろう。


「二人とも感知は大丈夫ですね! 次は魔力を動かしてみましょう! さあ、私と同じように両手を広げてください!」


「はい!」


「うん!」


 アミィの指示にミュリエルとミシェルに笑顔で(いら)える。そして二人はアミィに倣い、大きく手を広げる。


「では、まず右手に魔力を集めましょう!」


 アミィは宣言したとおり、右手へと魔力を移動させる。

 身体強化のような全身を対象とした術以外であれば、発動させる場所に魔力を集める。そのため任意の場所に必要な量を集めるのは、魔術習得の基礎中の基礎である。


「えっと……」


「う~ん……」


 二人は魔力を移動させようとするが、なかなか上手くいかないらしい。どちらも難しい顔をしたり力んだりと頑張るが、肝心の魔力は心持ち動いたかどうかである。


「え~と、魔道具を使うときと同じようにすると良いですよ。灯りの魔道具とか使ったときのことを思い出してください」


「あっ!」


「できた!」


 アミィがアドバイスすると、二人は笑顔になって声を上げた。

 確かに二人とも、明らかな量の魔力が右手に移動している。どうやら手に持った魔道具を使うイメージが、魔力の移動を促したらしい。


「よくできましたね。では次は左手に移動させてください!」


 しばらく二人は、アミィの指示に従って魔力を移動させる。一方シノブとブリジットは、ぎこちないながらも魔力を動かしていく二人をソファーから見守るだけだ。


「……シノブ様も、ああやって練習されたのですか?」


「ええ、ああやってアミィの父から教えてもらいました」


 遠慮がちに問うブリジットに、シノブは素知らぬ顔で応じる。本当は最近アミィに教えてもらったばかりだが、まさか明かすわけにはいかないだろう。


「む~」


 しばらく二人は黙々と魔力の移動に取り組んでいた。

 しかし単調な訓練に飽きたのか、ミシェルが顔を(しか)める。三歳上のミュリエルは年の差か不満を表さず練習しているが、まだ六歳の彼女には早すぎたのかもしれない。


「ミシェルちゃん、頑張らないと魔術が使えませんよ」


 見かねたのか、アミィが声を掛けた。それにミュリエルも魔力操作を続けながら、心配そうな顔を隣の少女に向けている。


「もっとやらないとダメ?」


「そうですね~。これくらいスムーズにできるようにならないとダメですね~」


 シノブとの訓練で見せたように、アミィは素早く魔力を移動させた。誇張ではなく(まばた)きする間に、両手の間を十回ほども力の塊が移動したのだ。


「わっ、アミィお姉ちゃん凄い!」


 ミシェルはアミィの妙技に驚愕し、更に強い尊敬を(いだ)いたようだ。幼い少女は薄い緑の瞳をキラキラさせて教師役の顔を見つめる。

 示されたのは成人しても会得できるか分からない、稀なる高みである。しかしミシェルの顔が曇ることはなかったのだ。


「どうしたらアミィお姉ちゃん……えっと、アミィさん……みたいにできますか?」


 思わず『お姉ちゃん』と言ってしまったのに気付いたのだろう、ミシェルは慌てて言い直す。でも、その目はアミィに釘付けになったままだ。


「ミシェルちゃん、『お姉ちゃん』で良いですよ。

……いっぱい練習すればできるようになります。それに操作が上手くないと、魔術は上達しませんよ」


「うん、頑張る!」


 憧れからだろう、ミシェルは意欲を取り戻したようだ。彼女は単調な魔力移動を再開する。

 一方のアミィは微妙な笑顔となっていた。もしかすると彼女は、今のミシェルには無理だと示したかったのだろうか。


──ミシェルちゃん、なかなか頑張るね──


──ええ、これで諦めるかと思ったんですけど……でも──


 シノブが心の声で語りかけると、アミィは複雑な感情が滲む思念を返した。やはり彼女は今のミシェルに早いと伝えたかったようだが、その一方で傷付けずに済んだと安堵しているらしい。


──頑張り屋みたいだし、これからも続けそうじゃない?──


──それは困りますよ! 単調な訓練は無理だから、もう少し大きくなって、ってことにしようかと……普通はジックリ学ぶべきなんです!──


 アミィの心の声は焦り気味である。

 幼い場合、気付かないうちに限度を超えてしまうことがある。それに思いつきをそのまま実行し、事故を招くのも珍しくない。そのため一定の知識を得るまで、魔術の伝授は望ましくないそうだ。


──当分は魔力操作ってことで納得できたみたいだし、もう少し楽しい訓練法を教えても良いんじゃない? 具体的な術は先々のことにして──


──はい!──


 シノブの言葉に納得したようで、アミィは明るい思念を返す。そして彼女は何かを思いついたのか、大きく顔を綻ばせる。


「ミュリエル様、ミシェルちゃん、よく頑張りましたね。同じことの繰り返しばかりで(つら)かったでしょうけど、飽きずに良くやり遂げました。

ご褒美に、少し楽しい練習の仕方を教えましょう!」


 アミィが楽しいと口にしたからだろう、二人とも顔を輝かせた。

 小さいミシェルはもちろん、ミュリエルも単調だとは思っていたようだ。訓練を中断した二人は、期待の表情でアミィを見つめている。


「それでは私に続いてくださいね!」


 アミィは、ゆったりしたメロディの歌を歌いだした。

 なんとアミィが歌っているのは、日本の童謡だった。蝶々が菜の葉に……というシノブには懐かしい歌詞である。


 単純な歌だからアミィが二回ほど歌うとミュリエル達も覚えたようで、一緒に歌い出す。するとアミィは歌に合わせて身振りも入れる。


 アミィの踊りは、シノブの特訓に使ったエクササイズ風の激しい動きではない。歌に合わせ、ゆったりと手を動かしたり体を揺らしたりという穏やかなものだ。

 足も立った場所から動かさない、あくまで単純な体の動きと手振りのみだ。そのためミュリエル達も見習って体を動かし始める。

 三人が声を合わせてゆっくりと歌い踊る様子は、まるでお遊戯のようでほのぼのとした光景だ。


「歌と踊りは大丈夫ですね! では魔力も動かしましょう! シノブ様、歌をお願いします!」


 アミィはシノブに歌い手を頼むと、二人に「右手に~」「左手に~」と指示を出し始める。彼女の姿はシノブとの特訓と違って優しげなもので、幼稚園の先生を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 いきなり振られた役割にシノブは驚きつつも、アミィの代わりを務める。それにブリジットやサビーヌも覚えたようで一緒に歌い出し、娘達の訓練を応援する。


 最初ミュリエルとミシェルは、魔力と体の動作を合わせるのに苦労していたようだ。しかし二人とも慣れてきたようで、楽しげな笑顔で歌いながら魔力を動かしていく。

 いつしか侍女達も歌っていた。そして明るい光が差し込む室内に、可愛らしく舞う三人と見守る者達の澄んだ声が広がっていった。


お読みいただき、ありがとうございます。


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