12.19 流れゆく時代 後編
「地下への入り口が発見されました!」
『大帝殿』の控えの間にいたシノブ達は、入室してきた兵士の言葉に思わず腰を浮かしていた。
宰相が使用していた控えの間のソファーには、シノブやアミィの他に、先代アシャール公爵ベランジェ、イヴァール、アルノー、アルバーノが座っていたが、全員立ち上がって兵士の顔を見つめている。
──シノブさん?──
岩竜の子オルムルは、首をもたげてシノブを見つめている。辺りが騒がしくなったせいだろう、それまでソファーの上で丸くなって眠っていた彼女は、起きてしまったらしい。
「ああ、地下通路に繋がる入り口が見つかったみたいなんだ」
シノブは、オルムルを抱き上げながら優しく微笑んだ。今のオルムルは、子猫ほどの大きさに変じているから、抱えるのも容易である。
「それで、入り口はどこにあるのかね?」
「はっ! 皇帝用の礼拝堂です!」
ベランジェに答えた兵士は、礼拝堂は皇帝のための区画にあると説明した。
皇帝専用の区画は、謁見の間からそう遠くない場所にあり、その中の一室に『排斥された神』の神像が祭られていた。そして、地下への通路は神像のある部屋に隠されていたという。
「こちらにどうぞ!」
シノブ達は、先導する兵士に続いて控えの間を後にした。地下通路を見たのは、今ここにいる者の中では、シノブとアミィ、そしてオルムルだけだ。地下への入り口と言うからには間違いはないのだろうが、実際に見たシノブ達が確認しに行くべきであろう。
「ありがとう。でも、良く見つけたね」
シノブは、先導する兵士へと語りかけた。
彼は、僅かな間に地下への通路を発見できたことに驚いていた。何しろ『黒雷宮』は広い。宮殿の敷地は一辺600m程の正方形であり、その面積はメリエンヌ王国の王都にある宮殿『水晶宮』の倍以上もあった。
もっとも、王国の兵士達も『黒雷宮』の中を一律に探索していたわけではない。
シノブ達は、皇帝が地下神殿に現れたことから、入り口が『大帝殿』か『小帝殿』にある筈だと考えた。しかし、どちらもベーリンゲン帝国の中枢に相応しい巨大な宮殿だ。その一室一室を調査していくのだから、数日かかってもおかしくない。
「ドワーフの方々のお陰です」
「ほう! 我らの力が役に立ったか!」
イヴァールは、兵士の言葉を聞いて顔を綻ばせていた。
ドワーフ達は宮殿の中を歩き回るだけで、隠された空間があることに気がついたという。彼らは鉱山で坑道を掘ったり移動したりするため、室内や通路を立体的に把握する能力が磨かれるらしい。
そして、彼らは工作技術に長けた種族でもある。不自然な場所を特定すると、僅かな時間で礼拝堂から隠し扉を発見していた。
「ドワーフの皆さんには感謝しないとね! 怪しげな地下通路が隠されたままの宮殿なんか、使いたくないからねぇ!」
ベランジェは、イヴァールに屈託のない笑顔を向けていた。彼は、これで懸案が一つ片付いた、と言いたげな顔をしている。
「確かに……とはいえ、帝都を統治するには、ここを使わないわけにはいかないでしょうし」
「そうだよ! 我々にはやるべきことが沢山あるからね! 使えるものは使って、次に進まなきゃ!」
急ぎ足に歩くベランジェは、シノブに頷いてみせた。
彼が言うように、ここで立ち止まることは出来ない。帝都は『排斥された神』、つまりバアル神から解放されたらしく、禍々しい魔力は消え失せた。しかしバアル神が去っても、それまで支配されていた人々の心は解き放たれなかったようである。
そもそも、『排斥された神』が直接影響を及ぼせる範囲は、皇帝直轄領の中だけらしい。つまり、普段は伯爵領にいる元メグレンブルク伯爵の支配が解けないように、『排斥された神』の及ぼす力が無くなっても、いきなり元に戻るわけではないようだ。
そして、生き残った者達の支配を解いても、重職にあった者達は記憶の大半を失ってしまうだろう。そうなれば、帝都や皇帝直轄領、そして今回攻略した西の二領バーレンベルクやブジェミスルの統治は、王国側が主導していくしかない。
つまり、シノブ達が忙しくなるのは、これからなのだ。
「これからですか……当面は、今までと同様に軍管区として統治するしかないと思いますが」
「暫くはそうするしかないね。でも、今まで手に入れた領土だけでも、王国の半分を超えるんだよ。それに、帝国全体だと王国よりも広いようだ。それを、単なる軍管区とし続けるわけにはいかないだろうねぇ」
ベランジェは、一応はシノブの言葉を肯定した。しかし彼は、軍管区としての統治は、あくまでも暫定的な措置に過ぎないと考えているようだ。
「そうなると……やはり……」
二人の後ろに従っていた猫の獣人アルバーノは、どこか期待混じりの声音で呟いていた。彼は、ベランジェの言葉から何かを感じ取ったらしい。
「そうだよ! 最終的にはアマノ王国を立ち上げてもらうことになるね!」
ベランジェは歩みながらも後ろに視線をやり、アルバーノに大きく頷いてみせた。どうやら、ベランジェはこの話に持っていきたかったようで、輝くような笑みを浮かべている。
「おお! 閣下、おめでとうございます!」
アルバーノは、早くもシノブに祝福の言葉をかけていた。しかし、喜びを顕わにしたのは彼だけではない。アミィやイヴァール、アルノーなども嬉しげな声を上げていた。
「シノブ君、直ぐにじゃないよ! 一年……いや、もっとかかるかもねぇ。
とりあえず、今回得た土地を安定させなくてはならないし、その後には、東の六伯爵領がある。それまでは、我がメリエンヌ王国の一部ということにしておかないと、手助けも出来ないしね!
それにガルゴン王国やカンビーニ王国とも調整しないといけないし! もちろん、ヴォーリ連合国とも!」
喜びに沸く周囲の中、一人顔を顰めたシノブに、ベランジェは慌てたように手を振ってみせる。
彼は、少なくとも帝国の全土を掌握するまでは、現行の体制で良いと思っているらしい。それを聞いたシノブは、表情を緩ませた。シノブも、ここまで帝国打倒に関与しておいて、今更手を引けると思ってはいなかった。しかし、今の時点で放り出されても困るのは事実である。
「協力してくれた国々ですか……具体的には、どんな調整をするのですか?」
アミィは、今後シノブが対応すべき課題が、どんなものか気になったようだ。彼女は、小首を傾げながらベランジェへと問いかける。
「今回の戦いは、我が国主導で行ったのは間違いない。でも、他国の力も随分借りているからね。新たな王国が出来たら、それぞれの出身者を重用するくらいは当然だろうね。功績が大きかったところには、伯爵領くらい与えるべきだし、個人についても、子爵位や男爵位くらいは授けるべきかなぁ……」
ベランジェは、なるべくはメリエンヌ王国出身の者だけで新王国を作りたいと思っているようだ。しかし、それでは、各国の不満を抑えられないだろうと思っているらしい。
「出来れば、他国の者でもなるべくシノブ君の息のかかった者に領地を与えてだねぇ……例えば、ここにいる三人とかね!」
「ほ、本当ですか!」
アルバーノは、ベランジェの言葉を聞いて狂喜していた。彼は、元々一旗揚げるために傭兵となったのだ。それ故喜ぶのも当然であろう。
一方、アルノーやイヴァールは、爵位を授かるかもしれないと聞いても、表情を変えることはなかった。どうやら二人は、ベランジェの言葉をシノブの支えとなるための方便として受け取ったようである。
「後は、この国出身の戦士達かな。今回活躍した……ああ、ヘリベルトだったか。彼なんかは、子爵か男爵にしても良いだろうねぇ。まあ、各国にはそれぞれの出身者が一つずつ伯爵領を治めるくらいで我慢してもらおう」
「義伯父上、そう上手くいくのですか?」
シノブは、都合の良い未来図を描くベランジェに、少々苦笑しながら問いかけた。彼の隣では、アミィも同じような表情をしている。
「シノブ君が行けば大丈夫さ! お礼も兼ねて訪問して君自身を見てもらうのが、一番手っ取り早いからね! 大神アムテリア様の加護を授かった君が行けば、上手く纏まるさ!」
ベランジェは、シノブに各国を訪問させたいようだ。
ベランジェによれば、シノブがアムテリアの強い加護を授かっていることを、ガルゴン王国やカンビーニ王国は察しているという。どうやら両国は、シノブを神の使徒かそれに類した存在と思っているらしい。
そのためベランジェは、シノブ自身が交渉する方が、より良い結果を引き出せると考えたのだろう。
「……ともかく、今は地下への通路ですね。あれが入り口ですか?」
会話をしている内に、シノブ達は礼拝堂へと着いていた。アミィが指し示す先、礼拝堂の奥にある祭壇には、大きな穴が空いており、その脇には神像が倒されている。おそらく、リーベルガウでイヴァールが地下通路を見つけた時のように、隠し部屋を発見したドワーフが祭壇を打ち壊したのだろう。
シノブは、繊細なのか荒々しいのか良くわからないドワーフ達に、苦笑しながら隠し部屋の中へと入っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
リーベルガウの領主の館と同様に、隠し部屋の中には螺旋階段があった。礼拝堂は『大帝殿』の二階であり、シノブ達が『排斥された神』の神像と戦った神殿は、地下30m程のようである。そのため、階段は百段を大幅に超えている。
「やっと着きましたか……」
狼の獣人アルノーは地下通路へと降り立つと、手に持った灯りの魔道具で先を照らした。
薄暗い通路には、先に下りた兵士達が持つ灯りが所々で輝いている。その中には、ドワーフの戦士もかなりいるようだ。鉱山などで坑道を掘ることが多いドワーフは、地下の専門家と言って良い。そのため、地下通路の探索に加わっているのだろう。
「イヴァール! この通路は、どうやって作ったのだ!?」
「俺が知るわけないだろう。だいたい、坑道掘りはお主の方が得意だろうに」
ドワーフの中の一人が、イヴァールに掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。全速力で駆けてきた髭面の彼は、興奮のあまりシノブ達の姿も目に入らないようである。
彼の名は、カッリ・ソリヤ・コレル。イヴァール達アハマス族の北方に住むコレル族の出身だ。鉱物資源が多いフライユ伯爵領の北の高地に移住してきたドワーフの一人である。
カッリも戦士ではあるが、どちらかと言うと鉱山掘りに力を注いでいるらしい。
「ここを見ろ! この通路の岩は、継ぎ目が無い! 一つの岩なのだ!」
カッリが戦斧で示したのは、通路の壁である。真新しい傷がついた壁面の下には、大量のタイルが剥がれ落ちている。どうも、ドワーフ達がタイルを削り落としたらしい。
ドワーフ達は、かなり広範囲のタイルを剥ぎ取っていた。彼らはどこまで岩が続いているのか確認したかったようで、ざっと見ても幅20m以上は露出している。
「下の石畳は、後から敷いたものかもしれん。だが、これも少し整いすぎているな……」
「シノブよ。お主のような魔術で通路を造ったのではないか?」
イヴァールは、しゃがみこんでブツブツ呟き続けるカッリは置いて、シノブへと顔を向けた。
シノブは、土魔術でアマテール村まで街道を敷設したこともあるし、つい先日ガルック平原には屋根付きの街道まで造った。それらを知っているイヴァールは、シノブなら出来ると考えたようだ。
「そうかもしれないけど……しかし誰が?」
シノブも、自分なら同じような通路を造ることは出来るだろうと感じていた。表面に貼ったタイルや、それを使って描いた壁画などは別にして、下地の岩は土魔術で造った岩壁に良く似ていたからだ。
──それはわかりませんが、この壁は誰かが造ったものです! 継ぎ目も無く、ずっと続いています!──
シノブに抱かれていたオルムルは、自信ありげな思念で壁が切れ目なく繋がっていると断言した。岩竜である彼女には、壁の構造が判るらしい。
「そういえば『人間が造った壁かもしれません』って言っていたけど、それって……」
シノブは、地下通路に出たときのことを思い出した。あのときシノブは、オルムルの指摘を人間が切り出した岩で通路を造ったと解釈していた。しかし、彼女の発言は少々別の意味であったようだ。
岩竜は人間でいう土魔術で棲家の洞窟を掘る。今回、岩竜達は、それを応用して巨大な岩の像を作り上げた。つまり、岩竜である彼女にとっては、魔術による洞窟作成の方が一般的なのだろう。
「でも、シノブ様以外に、そんなことを出来る人がいるなんて……邪神の仕業でしょうか?」
アミィは、『排斥された神』が直接地下神殿や通路を造ったと思ったようだ。アムテリアの眷属である彼女でも、全長が何kmにも及ぶ広大な地下通路を造るには長い時間が必要だ。したがって、彼女が邪神の関与を疑うのも当然であろう。
「ヴォルハルトみたいな存在なら出来たかもしれないね。皇帝はどうかな?」
異形となったヴォルハルトやシュタールは、竜やアムテリアの眷属であるアミィやホリィに匹敵する魔力を持っていた。もし彼らが土魔術を使えたなら、充分な年月を与えれば巨大な地下空間の作成も可能だろう。
それに対し、皇帝の魔力量や能力については、今一つ判然としなかった。皇帝はシノブ達と直接対決することは無かったからである。
「……初代皇帝がいた時代には、これだけのことが出来る何かがいたのかもしれないねぇ。
それに、シノブ君は皇帝の先祖が東から来たかもって言っていたけど、オスター大山脈に塞がれているから東域とは行き来できないらしいじゃないか。ヴォルハルトやシュタールというのは空も飛べたそうだし、そういうのが皇帝の先祖を連れてきたのかもねぇ」
ベランジェは、思案深げな表情で辺りを見回している。
シノブは、ベーリンゲン帝国の皇族や一部の上級貴族の名前から、東欧やロシアのような印象を受けていた。そして、アミィによれば、それらは、もっと東の方の名前らしい。
しかし、メリエンヌ王国やベーリンゲン帝国を含むエウレア地方の東端には、オスター大山脈という高山帯が存在し、そこから東に行くことは出来ない。そのため、皇帝達がエウレア地方の東から来たとして、どのような経路を使ったかは、謎であった。
だが、ベランジェの言うように空を飛んで来たなら、彼らが東域から来た経緯が判然としないことも説明できる。彼の意見は一見荒唐無稽にも思えるが、ヴォルハルト達の飛行能力を考えると否定は出来ない。
「ともかく一通り調べてもらおう。もしかすると、何か手がかりが見つかるかもしれないし」
シノブとしては『排斥された神』がどうやってこの世界に現れたかなど、知りたいことは沢山ある。
地下通路を調査したからといって、それらが判明するとは限らないが、通路や神殿に残された古代オリエント風の壁画は、明らかに地上のものと異なる。したがって、微かな期待を抱いていたのだ。
「まあ、その辺はドワーフの皆さんにお任せしよう。だいたいシノブ君、君には他にやるべきことがあるだろう?」
「他の都市の神像の造り変えですか?」
意味ありげな笑みを見せるベランジェに、シノブは少々戸惑いながら答えた。
同時に攻略を行った二つの伯爵領、バーレンベルクやブジェミスルでは、合わせて四つの都市を制圧している。それらの都市も、大神殿の神像をアムテリアと従属神の像に造り変え、他の都市との転移を可能にしなくてはならない。
「まあ、それもやってもらうけどね……シノブ君、一度シェロノワに戻りたまえ。帝国を完全に統治下に置くには、まだまだ時間がかかるんだ。少しは休まないとね」
ベランジェは、シノブの肩に手を置いて優しく語りかける。彼は、それまでとは違う穏やかな笑みを浮かべていた。
「シノブ様、一日で全てを片付けることは出来ませんよ。それに、シャルロット様達に無事なお姿を見せたほうが……」
「閣下、こちらはお任せください」
アミィやアルノー達もシノブに一旦帰還するように勧めた。確かに、広大な宮殿を調べ上げ、人口九万人の帝都を掌握するのは、一日や二日では終わらないだろう。
「そうだね。一旦戻ろうか」
「あっ、シノブ君。私もアシャールに連れて行ってくれんかね? あの子達をアンジェやレナエルのところに連れて行きたいしね!」
焦りは禁物だ。そう思ったシノブに、ベランジェは最前のように少々おどけた口調で都市アシャールに送ってくれと頼み込んだ。彼は、早速皇帝の孫達を二人の妻に預けるつもりらしい。
そんな普段と変わらぬ飄々としたベランジェに、シノブ達は思わず笑いを零していた。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブとアミィは、攻略した各都市の神像を造り変えた後、ベランジェと皇帝の孫達を都市アシャールへと送っていった。そして二人は、オルムルを連れてシェロノワへと帰還した。
帝都ベーリングラードには、イヴァール、アルノー、アルバーノの三人に加えてホリィも残っている。神殿での転移もあるし、彼らは通信筒も持っている。したがって、シノブやアミィも帝都についてはさほど心配していなかった。
その帝都には、最終的には五千人近くを送り込んだ。帝国を動かしていた者達の多くが竜人と化したため、代わりとなる内政官や、地下に広がる通路を調べる学者なども派遣したためである。竜達も磐船を使って輸送してくれたため、帝都は急速に落ち着きを取り戻している。
──シノブさん、また明日!──
「ああ、今日は助かったよ。ゆっくり休んでね!」
シェロノワの大神殿からフライユ伯爵家の館に向かう道筋で、オルムルは馬車から飛び出していった。シノブに見送られた彼女は、館の庭で待つ幼竜シュメイとファーヴの下に飛翔していく。
──『光の使い』よ。無事な帰還に安堵しました──
幼竜達の側にいる炎竜イジェは、身を起こして首をもたげている。夕日で真っ赤に染まった巨大な竜は、シノブ達やオルムルを祝福すべく、高らかな咆哮を上げていた。
──オルムルお姉さま、おかえりなさい!──
──邪神の打倒、おめでとうございます!──
そしてイジェの足元にいるらしい二頭の幼竜が、無事に戻ったオルムルへと、しきりに呼びかけている。人間の子供並みに小さな幼竜の姿は、当然馬車から見ることは出来ない。しかし二頭の思念からは、彼らが喜び胸を撫で下ろした様子が伝わってくる。
「シノブ様……」
館の敷地に入ると、アミィがシノブに声を掛けてきた。彼女の示す方向、馬車の前方に目をやると、館の大扉の前にはシャルロット達が待っていた。
中央にシャルロット、その両脇にはミュリエルにセレスティーヌだ。アリエルやミレーユ、家令のジェルヴェを始めとする館の内回りを担当する者達も集まっている。もちろんシメオンやミュリエルの祖母であるアルメルもいる。それどころか館に滞在中のエルフの使者メリーナまで、出迎えの一同に加わっていた。
シノブとアミィが窓から顔を出して手を振ると、彼らは満面の笑みと歓呼の声を返してきた。
「シノブ。見事な勝利、おめでとうございます」
馬車から降りたシノブに、シャルロットが祝福の言葉を掛ける。
夕日に照らされた彼女のプラチナブロンドは、それ自体が光を放っているように煌めいていた。そして彼女の深く青い瞳に浮かんでいる涙も、沈み行く日の光に彩られている。
「遅くなってごめんね」
涙ぐむシャルロットを見て、シノブはもっと早く帰って来れば良かったと後悔していた。
シノブやアミィは、通信筒で作戦の成功を伝えていた。しかし、シノブ達は邪神と戦ったのだ。それを聞いた彼女達の心配は如何ばかりであっただろうか。
今更ながら待つ身の辛さに思い当たったシノブは、せめてもの償いとなればと思い、シャルロットをそっと抱きしめる。
「いえ……無事に戻って下さったのですから……」
シノブの腕の中で、シャルロットはついに涙を零した。
武人として戦を経験した彼女であっても、神と名乗る存在と夫が戦ったと聞いては、心安らかではいられなかったのだろう。アムテリアと会ったこともある彼女は、神が人知を超えた存在だと肌身で感じている。そして、そういった経験を持つだけに、尚更案じていたのかもしれない。
「はい、シャルロットお姉さまの仰る通りです……」
「そうですわ……」
ミュリエルとセレスティーヌも、頬を濡らしている。いつも元気なミュリエルに、王女として気品に満ちた振る舞いを心がけているセレスティーヌも、普段のままではいられなかったようだ。
「ミュリエルとセレスティーヌにも、心配かけたね」
シノブが微笑みかけると、二人は躊躇いつつもシノブに寄り添っていく。そして、どちらも泣き顔を隠すようにシノブの体に顔を伏せてしまった。
「邪神に勝ったシノブ様でも、女性の涙には勝てませんか。
……シノブ様、とりあえず夕食にしましょう。本日最後の試練に立ち向かうには、少々力をつけたほうがよさそうです」
「お館様、祝宴の準備は整っております」
どこか面白がっているような口調のシメオンに続いて、ジェルヴェが僅かに笑みを含みつつ一礼をしてみせる。とはいえ、二人の声音は温かい。どうやら彼らは、少々湿っぽくなった雰囲気を和らげようと思ったようだ。
「ありがとう。皆、中に入ろうよ。今日は、もうどこにも行かないから」
「そうですね。さあ、ミシェルちゃんも」
シノブの言葉に、アミィもホッとした様子で続いていた。実は、彼女はジェルヴェの孫のミシェルに抱きつかれていたのだ。アミィを姉のように慕うミシェルは、よほど心配していたようだ。彼女は、今もアミィの手をしっかりと握ったままである。
家族に囲まれたシノブは、一つの節目を迎えたのだと実感していた。まだ戦いは終わっていないし、獣人達の解放も道半ばだ。その上、竜人化により親兄弟を失った子供達をどうするかもある。だが、シノブは悲観しているだけではなかった。
これまでも多くの人に助けられて進んできた。それに子供達には、ベランジェのように手を貸す人がいるはずだ。もちろんシノブも、自分がメリエンヌ王国に受け入れられたように支援したいと思っている。
きっと、シャルロット達も手助けしてくれるだろう。シノブは自分を迎えてくれた温かな人達の笑顔を見ながら、そう確信していた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年8月9日17時の更新となります。