12.16 黒雷宮の攻防 中編
「レーザー!」
地下通路の奥から飛び出してきた竜人の一種、翼魔人は、シノブが左手から放ったレーザーを受けて消し飛んだ。
シノブ達は、溢れ出る竜人達と戦いながら少しずつ前進をしている。彼らは古代オリエント風の壁画が描かれた神殿か何かのような通路を帝都の中央に向かって真っすぐに進んでいた。
既に、シノブとアミィもオルムルの背から降りている。ホリィも含めた彼らは、それぞれ襲い来る竜人達を相手取っていた。
竜人達とは、意思の疎通は出来ない。そもそも、彼らに人間らしい感情があるかも疑わしい。先に竜人と戦ったガンドは、そうシノブ達に伝えてきた。竜達は思念で、イヴァール達は言葉で呼びかけたが、一切反応を示すことは無かったという。
そのためシノブ達は、竜人達と交渉することを諦め、彼らを打ち倒すことに専念していた。
「ここにいるのは、翼魔人だけみたいですね!」
アミィは、シノブと同じくレーザーで竜人を攻撃していた。
普段のアミィは指くらいの太さのレーザーしか使えない。しかし現在は、手に持つ魔法の杖の効果で大幅に威力が増しているようだ。
シノブやアミィが放つレーザーは収束率が高く、周囲からは光束の直径を判断しがたい。だが攻撃を受けた竜人や背後の壁に穿った穴からすると、レーザーの直径は彼女の拳ほどと思われる。
──そうですね! 父さまが言っていた魔人というのはいないみたいです!──
鋭く絞ったブレスを放ったオルムルは、地上にいる岩竜ガンドの名を出した。彼女は時折ガンドと交信しているのだ。
ガンドは、竜人には翼を持ち飛行可能な『翼魔人』と翼の無い『魔人』の二種類がいると伝えてきた。だが、地上とは違い、地下には翼魔人しかいないようである。
「翼魔人の方が強いからかな!?」
シノブは、光弾でも攻撃している。レーザーとは違い、シノブ自身が狙いを付ける必要がないため、無数の敵が押し寄せる現状に光弾は最適であった。彼は、右手に持つ光の大剣で魔力を増幅し、二十を遥かに超える光弾を操っている。
「それにしても、同じようなのが沢山出てくるな!」
シノブが言うように、人外の存在である翼魔人は、人間らしい特徴を失ったからか、どれも同じように見えた。
竜人は全身を赤っぽい鱗で覆われ、背後にはトカゲのような長い尻尾を持った姿である。頭部も全体としては爬虫類のような形状で、前面は先が尖り大きな口で、頭上には角が生えていた。正に、竜と人を混ぜたような外見である。
服を纏わず厚い鱗で守られた肉体を持つ彼らは、外見から性別を判断することは不可能である。しかも顔も鱗で覆われ髪も無いため、シノブ達に判別可能な個体差は、身長の違いだけであった。
ガンドによれば地上には翼の無い魔人もいるらしいが、こちらは翼魔人だけであり、尚更見分けがつきにくい。
──火炎を放つのは翼魔人だけみたいです! こっちの方が上位の存在なのでは!?──
ホリィは風魔術を駆使し、翼魔人を切り裂いていた。彼女は襲い来る敵の翼を切り裂いて足止めをし、目や喉など守りが薄い場所を中心に攻めている。
なおシノブ達には知る術も無いが、翼魔人は竜の血を与えて作った存在で、魔人は翼魔人の血から作ったものであった。したがってホリィの推測通り、翼魔人の方が一段上の存在である。
しかし竜の力を強く得た異形だろうが、シノブ達の敵ではなかった。アムテリアの眷属であるアミィとホリィ、そして幼くとも竜であるオルムルの魔力は、翼魔人を圧倒している。ましてや眷属を遥かに上回る魔力を持つシノブにとって、何十もの翼魔人が押し寄せてこようと敵ではない。
シノブは、念のために自分や仲間の周囲に敵の攻撃を吸収するための光鏡を配していた。しかし、それらに翼魔人の炎が当たることはない。シノブ達が先手を取って倒しているのもあるが、アミィやホリィ、そしてオルムルすらも魔力障壁を展開していたからだ。
「このまま進むぞ!」
シノブ達が進んでいる道は、地下通路の中でも主要なものらしい。周囲の支道よりも一段大きく、幅も高さも10m程もある。そして、色取り取りのタイルで人物や動物を表した神殿のような壁を持つ地下通路は、一直線に伸びていた。
この先には、本殿のようなものがあるのではないか。通路の構造のせいか、シノブはそんな思いを抱きつつ、延々と続く石畳を前進していた。
「もう少しで帝都の中心、宮殿の敷地内です!」
左右の通路からも、翼魔人が低空を滑るように飛翔してくる。そのため、シノブ達は両脇や後方への警戒を緩めるわけにはいかなかった。しかしアミィが言うように、そんな遅々とした歩みでも、遂に彼らは帝都ベーリングラードの中央にある『黒雷宮』へと肉薄していた。
──シノブ様、扉です!──
一行の中で一番目が良いのはホリィである。彼女は、アムテリアの眷属の一種である金鵄族、つまり青い鷹である。視力が良いのも当然であろう。
そんな彼女が薄暗い通路の彼方に発見したのは、人の背の倍以上もある巨大な扉であった。しかも、シノブ達がいるところから少し先は、支道もない一本道のようだ。壁画の続く通路の先には、青銅製らしい巨大な扉しか見当たらない。
「あれが、地下神殿の中枢部か!? ……面倒だ、一気に倒すぞ!」
シノブは、光鏡や光弾の光に照らされた大扉を見据えると、およそ半数、十数個の光弾を前方に放った。光弾は、シノブ達から僅かに離れた後に、通路全体を覆い尽くすほどに巨大化し、物凄い速度で扉の手前まで突き進む。
おそらく、あれが皇帝や『排斥された神』の待つ場所なのだろう。そう察したシノブは、自分達の体力や魔力を削るように湧き出てきた翼魔人との戦いに終止符を打ったのだ。
前方の敵を一掃したシノブ達は、新たな翼魔人が来る前に大扉に辿り着こうと、速度を上げていく。シノブとアミィは地を駆け、ホリィとオルムルはその翼で飛翔する。
「このあたりは、謁見の間のある『大帝殿』よりはだいぶ手前です。たぶん『大帝殿』と宮殿を囲む城壁の中間……いえ、もう少し城壁に近いですね」
最初に大扉の前に着いたのは、身体強化を駆使して疾走したシノブであった。そして、少し遅れて来たアミィが、シノブに現在位置を説明する。
──父さま達は、もっと先の方みたいですね──
オルムルが言うように、ガンド達の魔力は更に東の方、おそらく100m以上先のようだ。流石にここからではイヴァール達の魔力までは判別できないが、ガンドの説明からすると、竜達の向こうにいるらしい。
「なるほどね……それじゃ、入るぞ」
二人の説明を聞いたシノブは、アミィ達を順繰りに眺めていた。幸い彼女達は怪我一つなく、意気軒昂とした様子である。そして仲間の様子を確認したシノブは、巨大な人物像を刻んだ青銅製の扉を押し開き、決然たる表情でその向こうへと歩んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆
扉の向こうは、今までに倍する高さの天井を持つ広い空間であった。正面には、身を起こした成竜ガンドに匹敵するような巨大な神像が聳え立ち、その下の祭壇には二人の男が佇んでいる。そこまでの距離は、およそ100mであろうか。幅も同じくらいである。
天井は一定間隔で並んでいる巨大な柱が支えている。太い石柱を囲むには大人が三人は必要であり、広々とした空間に相応しい豪壮なものであった。
そして周囲の壁は、通路と同じような青や金などの色タイルで描いた壁画で埋められている。シノブが古代オリエント風と評したように、壁画に描かれた人物や動物は、どれも真正面か真横からの構図であり、顔や手足は厳格な法則を感じさせる、一定の様式に則ったものだ。
正面の帝国の神を象った神像といい、荘厳な様といい、正しく神殿というべき場所であった。
「……お前がシノブか」
祭壇の中央に立つ黒々とした髭の男は、シノブを真っ直ぐに見つめていた。彼の声は非常に力強く、大扉の前にいるシノブにも、はっきりと聞こえていた。祭壇の手前には大勢の翼魔人が並んでいるが、彼らは一言も発することない。そのため、地下神殿の内部は静まり返っているのだが、それにしても良く響く声である。
豪華な衣装を身に纏い頭上に冠を乗せた男は、大声で叫んだわけではない。しかし何らかの魔術により声量が増したかのような、不自然かつ重々しく押し寄せる声音であった。
「そうだ。ヴラディズフ二十五世だな?」
シノブはアミィ達を引き連れ歩みながら、自身を呼んだ巨漢へと尋ねかけた。
祭壇の下には翼魔人のみ。そして、脇にいるのは異形に変じたヴォルハルト。ならば、残る一人が第二十五代皇帝ヴラディズフであろう。ベーリンゲン帝国の制度には詳しくないシノブだが、大将軍が仕え、冠を被った人物が、他にいる筈もないと考えたのだ。
「そうだ。我が、ベーリンゲン帝国の主、神の加護を受けし者だ」
皇帝は、その両手を広げながら、堂々たる声でシノブの問いを肯定した。彼の脇では、ヴォルハルトが畏れを表すかのように片膝をついて主君に頭を下げている。
皇帝が現役の戦士に勝る隆々たる肉体を持つとはいえ、頭三つは大きい人外の体躯を持つヴォルハルトが身を縮めている様は、どこか異様な光景でもある。
しかし、皇帝が放つ得体のしれぬ威圧感には、異形の巨人が伏すだけの何かが含まれているようだ。そのためだろう、シノブもヴォルハルトが恐懼する様に、違和感を覚えることはない。
「……神とは、ベール、あるいはバアルのことか?」
「我らが神の名を軽々しく口にするな!」
シノブの問いかけに反応したのは、跪いていたヴォルハルトである。彼は、弾かれたかのように勢い良く立ち上がると、異形の相貌を怒りで歪ませながら叫んでいた。
ヴォルハルトの姿も、シュタール同様に更なる変化を見せていた。異様に長い腕、血の気の全くない蒼白な肌に真っ赤な瞳は以前と変わらない。しかし、シノブ達と戦ったときに比べて頭一つは大きくなった体に、指よりも長そうな鋭い爪、鱗が浮かんだような硬質な肌と、その姿は一層禍々しいものへと変じている。
「我が神の名を、どこで知ったのだ? もしや、お前はこの地の者ではないのか?」
一方、皇帝は冷静なままであり、声音も表情もそれまでと変わりはない。彼は、むしろ興味深げな様子で、シノブを見つめている。
「ベーリンゲンとは、『ベールが支配する土地』という意味なんだろう? それに、この神殿の壁画……決め手は長物と稲妻を握った神像……『気高き主』バアル・ゼブルの姿だ」
神殿の中を三分の一ほど進んだシノブは、皇帝ヴラディズフ二十五世の言葉に直接的な答えは返さなかった。だが、彼が語る内容は、この世界の者達が知りえぬものであった。
地下通路の移動中にシノブが語ったように、『ingen』という接尾辞はドイツ語では地名に見られるものである。具体的には、『ingen』が付くと、手前に来る語基となるものが、その地の支配者だと示す語になる。つまりシノブが口にしたように、ベーリンゲンは『ベールが支配する土地』という意味を持つ。
それに古代オリエント風の壁画から、シノブは遥か昔に中東で篤く信仰された嵐や雷の神バアルを連想していた。このバアルは像だと右手で矛を振り上げて左手で稲妻を握る軍神として表現されるが、シノブの目の前にある巨神像も同じである。
「そもそも『ベル』とは主を表す言葉だ。だから『我らが神』なのかもしれないが……」
シノブは、尚も言葉を続けていた。
彼が言うようにバアルという言葉は、本来特定の神を示すものではない。それ自身が主を示すものであり、ベルやバアルを冠する主神級の存在は古代オリエントに多かった。つまり、我らが神、とは原義に沿った呼びかけとも言えるし、神を畏れて近似の言葉で代用したとも言える。
「そして『排斥された神』とは、他の民族に貶められ『バアル・ゼブブ』という蔑称で呼ばれ悪魔とされたことを示すものだ。いくら敵の崇める神とはいえ、蝿だなんて酷いものだな……」
邪神とされた存在の憤りを想像したシノブは、やりきれない思いを抱く。
『バアル・ゼブブ』とは『蝿の王』という意味だ。異教の神を悪魔とした経緯には、虐げられた民族故の屈折した思いもあっただろう。しかし主神かそれに近い存在として崇められ『気高き主』とまで呼ばれた神には、我慢ならない屈辱であった筈だ。
「だけど……排斥したのは、ここの人達じゃないだろう! なのに、こんな酷いことを!」
シノブは祭壇の前に並ぶ大勢の翼魔人に一瞬目をやると、再び皇帝を睨みつけた。
排斥されたとはいえ、それは地球での出来事だ。この地に来た神が帝国の人族を縛り、獣人達を奴隷と定めた理由にはならない。ましてや自分を崇める民を人ならぬ存在に作り変えるなど、許されて良い筈がない。
「お前如きに我らが神の意思は理解できん。それに、お前達も王や貴族が民を支配しているではないか……どこが違うと言うのだ?
お前達の国では、人族が王となり大領主となっている。獣人達は平民か家臣、良くて小領の主だとか。国を率いる者が、下々の生き方を決める。帝国と王国に何の違いがあろうか」
メリエンヌ王国の王族や上級貴族は人族であり、獣人達は男爵以下となっている。それに、そもそも王制や貴族制自体が、人を身分で縛るものである。要するに皇帝は、それらと奴隷や竜人化は変わらないと言いたいらしい。
「そんなことはありません!」
「そうだ! 王国では人の意思を縛ったり奪ったりはしていない!」
鋭い声で否定したアミィに続き、シノブも皇帝に叫び返した。
どのような社会であっても完全な平等は実現できないだろう。身分で縛られない社会でも、職業や貧富による格差は厳然として存在する。それに、地球でも身分制度が緩和されてきたのは近世に入ってのことだ。メリエンヌ王国や周辺の国々も、いずれ新たな段階に進んだときには、より公平な社会となるだろう。
だが、人の自由意思を奪う帝国の姿は、それらの普遍的な人の営みとは異質なものである。それを一緒にするのは、詭弁であろう。
シノブは、傲岸不遜な態を崩さない皇帝に対し、激しい怒りを感じていた。
「神に仕え神に命を捧げる。それが愚かな民草に相応しい生き方なのだ。それが理解できんとはな……ともかく、我らが神を貶めた罪は重い。死んでもらおう」
皇帝の命を受け、ヴォルハルトと翼魔人達が、神殿の中ほどまで歩んだシノブ達に襲いかかる。そして、同時にシノブ達の入ってきた扉が、誰が操作したわけでも無いのに勝手に閉じていく。
シノブ達と、『排斥された神』の使徒達。帝都の地下の戦いは、文字通りその最終局面を迎えていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブよ! ここがお前の墓場だ! ここでならお前を倒せる!」
先頭を切って飛翔しているのは、ヴォルハルトである。彼は、翼魔人と同様の羽毛の無い皮膜を広げ、シノブへと迫っていた。そして、ヴォルハルトは前に突き出した手から、雷撃を放つ。
「そうは行くか!」
シノブは、ヴォルハルトの繰り出した雷撃を光鏡で吸収し、光弾で迎え撃つ。光の大剣で魔力を増幅しているため、光鏡と光弾はそれぞれ二十以上も展開されていた。
彼らの攻防は、常人には想像すら出来ぬ領域に達していた。
攻めるは光弾や雷撃など、守るは光鏡や魔力障壁である。互いに遠方から光を打ち合い、輝く円盤や暗黒の盾で防ぐ二人は、歴史上最高の魔術師でも及びもつかない高次元の戦いを繰り広げている。
しかも、彼らが繰り出す無数の輝きの一つ一つが、周囲を焼き尽くすだろう絶大な威力を持っていた。だが、それらは相手に到達することはなく、空しく打ち消されるばかりであった。
「光弾やレーザーが通らない!?」
シノブは、足を止めての打ち合いでは、埒が明かないと感じていた。ヴォルハルトが発生させる黒雲のような魔力障壁に、レーザーや光弾が全て遮られたのだ。
レーザーは光を収束させたものである。岩竜ガンドとの戦いでもそうであったが、光を散乱させる性質のものには弱かった。ヴォルハルトが発生させる黒い魔力障壁は、光を拡散する効果があるらしく、シノブが放ったレーザーは宙に散るだけであった。
そして、光弾は、魔力障壁の力場に弾き返されるようである。障壁を回避しようと複雑な軌道を描いて飛翔する光弾は、どれもヴォルハルトに近づくことが出来ずに受け流されている。
「……ならば!」
真正面から打ち合って駄目なら、相手の隙を突くだけ。そう決断したシノブは、極限まで高めた身体能力で、ヴォルハルトの死角に一瞬にして移動した。
「甘い!」
しかし、ヴォルハルトも同じことを考えていたらしい。彼もシノブと同時に猛烈な速度で位置を変え、背後を取ろうとしていた。
「私達は翼魔人を!」
激しく動き回る二人に、周囲の者は手出しを諦めたようだ。
仲間に指示したアミィは、レーザーを中心にした攻撃で翼魔人を撃ち落としていく。同様にホリィは風魔術、オルムルはブレスと、それぞれの技で翼魔人を撃破していた。
翼魔人の側も、下手にヴォルハルトの援護に回るよりは、シノブを守る者達を倒す方が良いと判断したようだ。彼らは、何人かずつで連携しながら、アミィ達と戦っている。
「どうしたシノブ、お前の力はこんなものか!?」
ヴォルハルトは、シノブと互角の戦いを繰り広げていた。以前、彼が炎竜達を従えていた時とは異なる、桁違いの威力と手数である。
それに、力を増したのはヴォルハルトだけではない。翼魔人達も外にいた者より数段強いようである。
「ここの魔力のせいか!?」
『排斥された神』の本拠地とでもいうべき場所のせいか、帝都の中心に近づくほど強くなっていた異様な魔力は、物質化しそうな密度で充満していた。その忌まわしさすら感じる濃密な魔力は、神殿の奥の神像から発しているらしい。
シノブが、魔力の発生元と思われる不気味な神像に目を向けると、その足元では皇帝ヴラディズフ二十五世が、シノブ達の方を見ながら何か呟いていた。どうやら、自身の神に祈りを捧げているらしい。
「レーザー!」
シノブは、皇帝の祈りが魔力を引き出していると思い、彼に向かってレーザーを放った。しかし、それはヴォルハルトの魔力障壁に邪魔され届かない。光弾での攻撃も同様である。
「ヴォルハルトを倒すしかないか……」
「何だ、もう終わりか!?」
足を止めたシノブを、ヴォルハルトは嘲弄した。どうやら彼は、シノブが魔力を使い果たしたと思ったようだ。
「……お前が力を増したなら、こちらも魔力を高めるだけだ!」
シノブは、以前ガンドに魔力を注ぎ込んだときや四頭の炎竜達を救出したときのように、自身の膨大な魔力の全てを振り絞っていた。それらのときと同様に、シノブの体は金色の光に包まれ、辺りを圧する輝きを放っている。
「シノブ様!」
アミィは翼魔人を倒しながら、眩い光を発するシノブに一瞬だけ視線を向けていた。彼女は、シノブを守るように位置を変え、ヴォルハルトへと牽制のレーザーを放っている。
──あの光です!──
──こ、これが!──
光り輝くシノブを三つの神具の試験で見たことがあるオルムルは、喜びの思念を発し、唯一未見のホリィは驚きを露わにしていた。二人は、神々しい光を放つシノブを気にしながらも、アミィと同じく彼の周囲を固めながら翼魔人と戦っている。
「光弾よ、奴を足止めしろ! アミィ達は手出しを控えてくれ! ……行くぞ!」
シノブは一際鋭い声で叫ぶと、流星のように光の尾を引いて飛び出していった。ヴォルハルトに接近戦を挑むなら、アミィ達の攻撃は同士討ちとなる可能性がある。そのため彼は、手控えするように言ったのだ。
「馬鹿が!」
ヴォルハルトは大きく顔を歪め、剣を振りかざすシノブを嘲笑う。己の強力な魔力障壁を、単なる剣で突破できるわけはない。バアルにより増した力が、彼に絶対の自信を与えたのだろう。
しかしシノブが横薙ぎに放った光り輝く一撃は、あっさり魔力障壁を切り裂き消滅させる。
シノブはフライユ流大剣術『天地開闢』に、自身の魔力を限界まで篭めた。並の剣なら持たないだろうが、手にしているのは神が造りし光の大剣だ。
光の大剣は、ありとあらゆる物体を切り裂く神具である。しかもシノブが魔力を注ぎこんだためだろう、光に包まれた剣身は魔力障壁すら無効にしていた。どうやら魔力を注ぎ込むと、対魔術効果を持つ利剣と化すようだ。
そしてシノブは間を置かず、薙いだ剣を頭上に回して振り下ろす。
「ぐおっ!」
驚愕も顕わなヴォルハルトを、シノブは大上段からの一撃で切り伏せた。今度は、フライユ流大剣術『神雷』である。
神から授かった雷撃を放つヴォルハルトに『神雷』とは、単なる偶然だが何とも皮肉な結末ではあった。
「今です!」
ヴォルハルトがシノブに倒され、翼魔人達も動揺したのかもしれない。彼らは一瞬、動きを止めていた。
そしてアミィは、その隙を逃さなかった。彼女は、ホリィやオルムルと共に、残った翼魔人達を撃破していく。ここを先途とばかりに力を振り絞った三人は、程なく全ての翼魔人を打ち倒す。
「ヴラディズフは!?」
未だ眩しい光に包まれたままのシノブは、祭壇の上にいるはずの皇帝を探していた。
ヴォルハルトは討ち取り、翼魔人達も全滅した。皇帝さえ倒せば、この戦いも終わりになる。シノブは激闘の幕を閉じるべく祭壇へと迫るが、敵の首魁はそこにはいなかった。
「し、神像に!?」
何と皇帝ヴラディズフ二十五世は、巨大な神像に吸い込まれようとしていた。
宙に浮かび上がった皇帝の体は、高さ15mはある神像の胸に触れると、そのまま青銅製らしい像の中に沈み込んでいく。そして、まるで神像の表面が固い金属では無く水面か何かであるかのように、皇帝の体は一切の抵抗を感じさせずに像の内部へと姿を消した。
──我は神である──
シノブの脳裏に、人のものとは思えぬ殷々とした思念が響き渡る。どうやら、神像の内部から発しているようだ。
「お前は!?」
シノブは、無意識のまま祭壇から飛び退っていた。神像から放たれた不気味な思念に、不吉なものを感じたからだ。
──我は気高き主……帝国の支配者……高き館の主……東より来し者……雷と嵐を操る神々の主──
謎の思念は、不安定に揺れている。その波動は安定せず、まるで二つの何かが入れ違いに出ているように、周期的な変動を見せていた。
「バアルとヴラディズフの意識が混ざっているのか!?」
「そうかもしれません! 邪神自身か分霊かは、わかりませんが……」
シノブの叫びに、後ろから駆け寄ってきたアミィが応える。思念の片方は皇帝で間違いないだろうが、もう一つは神そのものか、それとも一部なのか。アミィは、そこを判断しかねているようだ。
「どちらにせよ、倒すだけだ! レーザー!」
──私も!──
シノブがレーザーを放つと、オルムルも続いてブレスを放っていた。『排斥された神』の像は巨大だが、逆に言えば良い的である。シノブとオルムルの攻撃は、その胴体に一直線に吸い込まれるかに見えた。
──下賤の者達よ……神に逆らうとは愚かな──
シノブ達の攻撃は、バアルを象った神像から放たれた眩い障壁に打ち消されていた。稲妻とは違う輝きは、一種の魔力障壁なのかもしれない。
「う、動きました! それに、思念が!」
──青銅の塊ではなかったのですか!?──
アミィとホリィは驚愕の叫びを上げていた。
二つの意識の統一が終わったのか、像が発する思念は安定したものとなっていた。そして青銅で出来た神像は生きているかのように足を踏み出し、振り上げていた巨大な矛をゆっくりと打ち降ろした。
神像はシノブ達へと一直線に向かってくる。しかも動きが緩慢だったのは最初だけで、みるみるうちに速さを増す。
「皆、下がるんだ!」
シノブは小山のような巨大な像を睨みつけながら、アミィ達に指示を出す。そして自身も大きく飛び退き、神殿の中央近くに後退した。
どうやら、この巨大な敵を倒さないことには、戦いは終わらないらしい。シノブは最後の難敵を打ち倒す術を見出すべく、巨神の動きを注視していた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年8月3日17時の更新となります。