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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第3章 ベルレアン伯爵家の人々
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03.03 憂愁のシャルロット

 ヴァルゲン砦はベルレアン伯爵領の北端、メリエンヌ王国の国境を守る要衝である。とはいえ隣国ヴォーリ連合国との関係は良好で三百年以上争いはない。

 北のヴォーリ連合国と南のメリエンヌ王国。その間にはリソルピレン山脈という東西に続く大山脈が存在する。しかもリソルピレン山脈以北も山がちで、耕地となる平原は少ない。

 そのため北には頑健な肉体を持ち鉱石採掘や鍛冶に長けたドワーフが定住し、ヴォーリ連合国を興したといわれている。

 人族や獣人族は過酷な北の大地に関心がなく、逆にドワーフ達はリソルピレン山脈以南の鉱物資源の少ない平原に興味を持たない。南北の環境の差が自然とそれぞれの領域を定めていった。

 かといって南北の両国は没交渉ではない。北からは金属製品や細工物、南からは農産物が輸出され交易は盛んである。

 またリソルピレン山脈からは、良質の鉄鉱石を始めとする鉱物資源が産出する。そこでベルレアン伯爵領ではヴォーリ連合国からドワーフを招き、積極的に鉱山開発を実施している。


 ヴァルゲン砦は、そんな両国を結ぶ交通の要所であった。

 峻厳(しゅんげん)なリソルピレン山脈に(さえぎ)られ、両国を結ぶ経路は限られている。特に大きな荷馬車が通れる街道は、ヴァルゲン砦を通過するベルレアン北街道しかない。

 そのような事情もあり、ヴァルゲン砦から領都セリュジエールまでのベルレアン北街道と領都から王領へと向かうベルレアン南街道は、常にヴォーリ連合国と行き来する隊商で賑わっていた。

 当然、それらの隊商が通るヴァルゲン砦も単なる防衛拠点ではなく、交易の中継地点としての機能を備えている。そのため高さ10mほどの城壁に囲まれた敷地内には隊商向けの宿や商店も存在し、運営を行う民間人も数多い。

 もっとも一番多いのは軍人だ。砦の守護隊は約四百名。昼夜交代で国境警備や魔獣退治、街道の見回りを行うためこの大人数となっている。

 隣国との交通の要衝であり、大部隊を抱えるヴァルゲン砦守護隊。それ(ゆえ)司令官には次期領主が就任することが多かった。


 現司令官も、その伝統に則り伯爵家継嗣シャルロット・ド・セリュジエだ。

 まだ十七歳のシャルロットだが、既に二年ほどヴァルゲン砦司令を務めている。もちろん部下である大隊長達の支えあってのことで、それを理解している彼女は彼らの進言を素直に聞き司令官の務めを大過なく果たしていた。

 加えてシャルロット自身も『ベルレアンの戦乙女』の異名を得るほどの武力を持つ。そのため隊員達からの信頼も厚い。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……シャルロット様、シャルロット様!」


「なんだ、ミレーユ?」


 『ベルレアンの戦乙女』ことシャルロットは、物思いに(ふけ)っていた。しかし彼女は、腹心の一人ミレーユ・ド・ベルニエの呼び掛けで我に返る。

 ミレーユの隣では、もう一人の腹心アリエル・ド・スーリエも案じ顔となっていた。二人の様子からすると、シャルロットは随分長く考え込んでいたようだ。


 既に一日の務めも終え、今は夕食の最中である。

 場所はヴァルゲン砦の最上部にあるシャルロットの自室、他に人はおらず三人だけだ。もっとも大隊長以上だと朝食や夕食は自分の部屋、昼食は執務室か付属の部屋が一般的だ。したがって特に贅沢をしているわけではない。

 質実剛健を(むね)とするシャルロットだけあって、メニューも素朴なものだ。フランスパンのような硬いパン、砦の厨房の大鍋で作ったシチュー、他も近郊で採れた野菜や同じく近くの農家から卸してもらった肉で、配下と変わらない。


 周囲は侍女くらい置いたらどうかとシャルロットに勧めたが、彼女は特別待遇を嫌い断った。ベルレアン伯爵家は尚武の気風が強く、過去の継嗣達も伴ったのは軍人だけだった。一種の修行としての赴任だから、甲斐甲斐しく世話を焼く従者など付けないのだ。

 シャルロットに随伴したのも、副官のアリエルとミレーユのみだ。ただし共に修行を重ね軍務に励んだ二人だから、伯爵継嗣と男爵の娘という差はあれど強い絆で結ばれた友でもある。

 そのためアリエルやミレーユは、シャルロットが何も言わなくとも彼女の胸中を察したのだろう。


「……マクシムのこと、気にしているのですか?」


 三人だけということもあり、ミレーユは言葉を飾らない。彼女はシャルロットの又従兄弟、今は罪人として拘留中の男の名を口にする。


 マクシムは伯爵家の分家であるブロイーヌ子爵家の嫡男だ。その彼が暗殺未遂事件、それも本家の跡継ぎであるシャルロットを狙った不祥事中の不祥事は、当然のことながら多くの者に衝撃を与えていた。

 もちろんシャルロットも一族の愚行を嘆いた一人である。そのため形としては問うたミレーユだが、マクシムの件だと確信しているようで表情に揺らぎはない。


「ミレーユ!」


 アリエルはミレーユを(にら)みつける。どうやら年下の同僚の率直すぎる問いが気に(さわ)ったらしい。


「アリエル、構わない。……砦に戻ってから一日、気を取られていたのは事実だ。こんなことでは司令官失格だな」


 シャルロットは美しい眉を(ひそ)め、自嘲気味に呟く。今日の自分が平静とは違うと、彼女も理解してはいたのだ。


「婿候補とも言われていた人物の暴挙です。気にならない人などいないと思いますが」


 アリエルは表情を(くも)らせつつ、シャルロットを慰める。

 シャルロットがマクシムを意識していた様子はない。とはいえ血族であり幼いときから知っている人物が、自身の暗殺を目論んだのだ。心乱れて当然であろう。


「だが指揮官たる者、私情に囚われて判断を鈍らせるようでは……」


 シャルロットの顔は相変わらず冴えない。それに普段は力強い光を宿す濃い青の瞳にも、いつもの輝きはない。


「シャルロット様。『自分より強い男性としか結婚しない』と宣言したのを後悔されていますか? 『あんな事を言わなければマクシムも暴走しなかった』などと思ってらっしゃるのでは?」


 図星であったのか、アリエルの言葉にシャルロットは(うつむ)く。軍務を終えて(ほど)いた長いプラチナブロンドが顔に掛かった(さま)は、痛々しさすら感じさせる。


「シャルロット様のせいではありません! 努力もせずに暗殺なんて卑怯な手段に出たマクシムがいけないんです!」


 悄然としたシャルロットを慰めようと思ったのだろう、ミレーユは(いきどお)りも顕わに叫ぶ。すると後ろで(まと)めた赤い髪が、彼女の激情を示すかのように大きく揺れる。


「そうですね。ミレーユの言うとおりです。

……生真面目なのはシャルロット様の美点ですが、こういうときまで発揮しなくても良いと思いますよ。それに武の名門であるベルレアン伯爵家に婿入りする以上、半端な強さでは務まらないのも事実です。

ごく普通の家でも妻より弱いなどと言われて喜ぶ男性はいません。ましてや初代伯爵シルヴァン様以来、高名な武人を輩出してきたベルレアン伯爵家です。婿入りして妻女に勝てないなど、結婚当初はともかくいずれ破局の元となるのでは?」


 アリエルは理と情の双方に訴えかけようと思ったのだろう。理性的でありながらも細やかな心遣いをする、彼女に相応しい選択だ。


「先代様も伯爵閣下も、お強いですからね~。婿入りしてシャルロット様含め誰にも勝てないとか、悲劇ですよね~」


 ミレーユは心底納得したという表情で、アリエルに同意した。

 もっともミレーユならずとも頷いただろう。義祖父と義父は経験の差があるからともかく、年少の妻にも勝てないなど武勇を志した男にとって針の(むしろ)に違いない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……それにシャルロット様の宣言は先代様のご意思に則ったものでは?」


「ア、アリエル!」


 アリエルの言葉に、シャルロットは何故(なぜ)か慌てる。しかも叫びと共に上げた顔は、真っ赤に染まっている。


「えっ、何それ!? 私知らない!」


 慌てるシャルロットの様子を見て、ミレーユが素っ頓狂な声を発した。よほど驚いたのだろう、彼女は目を大きく見開いている。


「ああ、あれはまだ貴方が来る前のことでしたか。実は……」


「アリエル!」


 同僚に語り始めたアリエルに、シャルロットは慌てた様子で手を伸すと相手の口を塞ぐ。この件はシャルロットにとって、よほど触れてほしくないものらしい。


「シャルロット様、私だけ仲間外れなんて嫌です! 教えてください!」


「……分かった。アリエルが知っていてミレーユが知らないのも不公平だな」


 ミレーユは青い瞳に涙を滲ませつつ頼み込む。すると彼女の懇願に折れたらしく、シャルロットはアリエルの口から手を放した。


「……貴女が行儀見習いに来る一年前、シャルロット様が十歳を過ぎた頃のことです」


 どこか懐かしげな顔でアリエルは語りだした。それは、今から七年少々前の出来事だ。


「そのころ先代様は、シャルロット様への武術指導を本格的に開始されました。もちろん更に幼いころから手ほどきはされていましたし、家臣の子達との試合で経験を積んでもいました。ですが、このときからは本格的にベルレアン流の秘技をお授けになったのです。

厳しい指導でしたが、シャルロット様は(またた)く間に技を修めていきます。それをご覧になった先代様は、シャルロット様の天賦の才を大層お喜びになったのです」


 アリエルはミレーユよりも三年早くベルレアン伯爵家に来た。

 双方とも十歳から伯爵家で行儀見習いを始め、シャルロットのお付きとなった。しかしアリエルはシャルロットより二歳年上で、ミレーユは逆に一歳年下だ。

 つまり二人には三年の差があり、その分アリエルは多くを知っている。


 一方のミレーユは息すら潜めて聞き入っている。彼女にとって深く敬愛するシャルロットの逸話は、何よりも貴重なものなのだろう。


「ある日のこと……確かシャルロット様が槍術の『稲妻』を会得なさったときでした。長足の進歩に大喜びされた先代様は『お前の婿は儂並みに強くないといかんな。そうでなくては我が伯爵家に相応しくない』と仰ったのです。

そのとき先代様はシャルロット様の将来を確信したのでしょう。このまま十年、二十年と修行を積めば、代々の伯爵に勝るとも劣らぬ武人になると」


 当時を思い浮かべたのだろう、アリエルは大きな笑みを浮かべていた。そして彼女は、姉のように優しげな顔をシャルロットに向ける。

 どういうわけだか、シャルロットは顔を赤く染めていた。その様子からは、修行中の微笑ましい一幕という以上の何かがありそうだ。

 もしかするとシャルロットは、祖父と何か特別な約束でもしたのだろうか。そんな思いすら浮かぶ恥じらいようである。


「なるほど~! それで『自分より強い男性』となったわけですか~!」


 ミレーユは感動も顕わな声を上げる。彼女も武術に邁進(まいしん)する女性だから、強さへの(こだわ)りに共感したのかもしれない。


「当時も今も、シャルロット様の目標は先代様ですから」


「あ、ああ。お爺様の御眼鏡に(かな)う方を、と思ったのだ……」


 アリエルの言葉通り、シャルロットは祖父を心から尊敬しているようだ。シャルロットは真っ赤な顔のまま、か細い声で応じる。


「でしたら、初心のままで良いのでは? 先代様も、閣下もきっとそう思っていらっしゃいますよ」


 にっこり微笑みながら、アリエルは諭すような口調でシャルロットに語りかける。

 アリエルの琥珀色の瞳には、気遣うような優しい光が宿っていた。やはり彼女はシャルロットを主として立てつつも、年長の自分が導かなくてはと考えているのだろう。


「ありがとう、アリエル。マクシムのことで悩むのは()める。彼はベルレアン伯爵家に相応しくなかった……それだけだ」


 まだ割り切れないものもあるはずだ。しかし心配してくれる腹心達を安心させるためだろう、シャルロットは笑顔を作る。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「それが良いと思います! ……で、そうなるとシャルロット様の婿はどうなるのですか?」


「ミレーユ!」


 天然なのか空気を変えるためなのか、ミレーユは微妙な話題を持ち出す。そして真面目さ(ゆえ)に看過できなかったらしく、アリエルは再び年少の同僚を叱責する。


「アリエル、どのみち避けて通れない話なのだ……怒らなくても良い。……実際問題、婿選びは振り出しに戻っただろうな」


 吹っ切れたのか、シャルロットは微笑みすら浮かべている。

 これまでシャルロットの婿候補は、又従兄弟のシメオンとマクシムだとされていた。しかしマクシムは重罪人であり、おそらくは極刑に処されるだろう。つまり残りはシメオンだが彼は文官で、武勇を重視するベルレアン伯爵家の婿に入るのは難しいらしい。


「お血筋としてはシメオン殿ですけど、強くないからダメですか?」


 シャルロットの許しが出たからか、ミレーユは更に勢い込んで訊く。その横でアリエルは、(あき)れ混じりの笑みを浮かべている。


「シメオン殿は……どうだろうな。実はあの方に『マクシムに譲る』と言われたことがあるのだ」


 シャルロットは意外なことを言い出した。

 婿候補であったはずのシメオンが、自身が降りると発言していた。彼と張り合っていたマクシムが聞いたら、驚愕したに違いない。


「えっ、そんなことがあったんですか!? アリエル、知っている?」


「いえ、私も初耳ですね」


 ミレーユとアリエルは、初めて聞く話に驚きを隠せないようだ。この二人が知らないのだから、おそらくシメオンはシャルロットのみに語ったのだろう。


「あれは三年前のことだったか……まだ砦の司令官となる前、領都本部付きだった頃の話だ。そのころ私は身体強化の上達で、既に領内の若手に負けることはなくなっていた」


「そうですね、あのころでも二十代後半の方で勝てるか、というくらいでした」


 当時を思い出すような遠い目をしつつシャルロットが呟くと、アリエルが静かに応じる。

 三年前だとシャルロットは十四歳だ。それで十歳も年長の武人に連戦連勝するのだから、恐るべき腕と言うべきだろう。


「マクシムとは何度か対戦したが、シメオン殿は一向に動く気配がない。……そこでシメオン殿に『貴方は私の婿候補ではないのですか?』と訊いたことがあったのだ」


「うわ~、シャルロット様、ズバッと訊きますね~」


 ミレーユは、感心半分(あき)れ半分といった表情だ。アリエルも笑いをかみ殺している。


「当時は領都にいたせいで今以上に婿、婿、とうるさかったからな。もちろん、今となっては馬鹿なことを訊いたと思っている。

……話を戻すが、私の質問にシメオン殿は『私は人を率いる器ではありません。マクシムに譲ります』と答えたのだ」


 その時のことを思い出したのか、シャルロットは恥ずかしげな顔である。確かに成人前の発言だとしても、行き過ぎであるのは否定できない。


「……なるほど。シメオン殿はご自分の器量をわきまえていらっしゃる、ということですか。私もですが、あの方も副官として人を支えることで活きる方だと思います」


 アリエルは真顔となっていた。シャルロットの説明への納得に加え、自身の立ち位置に思いを馳せたのだろう。


「でも、そうなると領内外を合わせてお相手に相応しい貴族はいないのでは? アドリアン殿は見事に負けましたし、他はまだ成人前の方ばかりですよね?」


 ミレーユは笑いを(こら)えているようだ。

 アドリアンとはフライユ伯爵の次男で、ベルレアン伯爵の第二夫人ブリジットの甥に当たる。つまり家格としては充分に釣り合う。

 しかしアドリアンはシャルロットとの決闘で惨敗し、婿候補から除外されている。


「まあ、その通りだが。しかしミレーユ、今日はやけにしつこいじゃないか?」


 シャルロットは、(いぶか)しげな顔をしていた。どうやら彼女はミレーユの意図を(つか)めていないらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ミレーユは、こう言いたいのでしょう。『シャルロット様に勝てるお方は領内にいる。先代様も閣下も認めた方が』と……そうでしょう?」


「ご名答! その名は『シノブ・アマノ様』で~す!」


 アリエルの悪戯っぽい問いかけに合わせたように、ミレーユも芝居じみた仕草で答える。長く同僚として働いているだけあって、実に息の合ったやり取りだ。


「な、何を言う、ミレーユ! シノブ殿はこの国の貴族ではないだろう! それに故郷では『武士』という騎士に相当する階級だと聞いている……」


 二人の言葉が予想外だったのか、シャルロットは再び真っ赤になる。そして彼女は、しどろもどろと言うべき様子で言葉を紡いでいく。


「畏れながら、初代伯爵シルヴァン様も建国王エクトル一世陛下が即位されるまで騎士階級でした。身分は今後の活躍次第でどうにでもなります」


「そっか! たとえばブロイーヌ子爵家に養子に入るとか!」


 アリエルとミレーユは、ますます勢い付いたようである。おそらくシャルロットが狼狽するのを見たからだろう。


「確かに我らを助けたときの技の冴え、お爺様も父上もお認めになるとは思うが……」


 シャルロットは、街道での暗殺者の襲撃を思い出したようだ。

 シノブは強力な身体強化であっという間に駆け付け、風の魔術で襲撃者達を吹き飛ばした。そしてシャルロット達の前に立った彼は、たった一人で二十人以上もの襲撃者を抑え込み倒していった。それも二人も三人もいるように見えるほどの、桁違いの速度でだ。

 更に矢を跳ね返すため使った岩壁の術。一瞬にして大人の背を超える高さにするには、いったいどれだけの魔力を込める必要があるのか。

 後ろで見ていたシャルロットからすれば、どれも驚愕すべき技であっただろう。それを示すかのように、彼女は深い吐息と共に言葉を途切れさせる。


「……それでも他国人が事実上の当主になるなど、家臣達が認めまい」


 僅かに間を空けた後、シャルロットは静かに言葉を継いだ。

 シャルロットは伯爵家の継嗣である。そして彼女が跡を継いだら女伯爵として当主となり、婿は準伯爵と名乗る。だが、このような場合、多くは婿が事実上の当主として政務を取り仕切るという。

 それ(ゆえ)家臣に認められない結婚などあり得ない。シャルロットは、そう腹心達に語る。


「どうでしょうか?

家令のジェルヴェ殿は、シノブ様と大層親しい仲だとか。例の事件も一緒に解決されましたし、閣下がシノブ様達を見極めるためジェルヴェ殿を宛がったように思えますが」


「アリエルの言うとおりかも! シノブ様担当の侍女はアンナさんですし、閣下が信頼している人をお側に付けていると思いますよ!」


 アリエルの意見に、ミレーユも同調する。

 侍女のアンナはシャルロット付きでもあったし、その後は彼女の母でコルネーユの第一夫人カトリーヌを担当している。つまりアンナは、若手でも特に重用されている一人だ。


「……シノブ殿を一族に取り込むなら、ミュリエルでも良かろう。ミュリエルに魔術の手ほどきをするようだし、あの子も『お兄さま』と慕っているからな」


 シャルロットは二人に押され気味らしい。彼女はそっぽを向きながら、異母妹のことを口にする。


「あ~、それはありますね。跡取りのいなくなったブロイーヌ子爵家を、シノブ様とミュリエル様に継がせるとか……」


 ミレーユは一転して真面目な表情になった。

 マクシムの処刑は既に確定しているが、ブロイーヌ子爵の息子は彼だけだ。そしてブロイーヌ子爵は最低でも隠居すると思われる。したがって子爵家の行く末は、宙に浮いた状態なのだ。


「そうだろう。家臣達の反発を避けるには、それが妥当だ」


「ミュリエル様のお相手は、ボーモン伯爵家のディオン殿かポワズール伯爵家のセドリック殿ではないですか? お二人とも嫡男ですし、歳も十代前半でミュリエル様と釣り合いが取れています」


 相変わらず横を向きながら語るシャルロットに、アリエルは微笑みながら答える。ミレーユほどではないが、アリエルもシャルロットの婿取りには多大な関心を(いだ)いているようだ。


「いずれにしても、父上とお爺様がお決めになることだ。私達があれこれ考えても仕方ない」


 これで打ち切り、という勢いでシャルロットは言い放つ。

 そしてシャルロットは中断していた食事を再開する。どうやら彼女は自身の心を隠すことにしたらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 夕食を終えて幾らか経ち、アリエルとミレーユはシャルロットの部屋を辞した。そして二人は隣接する控えの間へと移る。


「アリエル。シャルロット様、結構本気に見えたけど、どう思う?」


 ミレーユは軍装からナイトウェアに着替えながら問いかける。もう、後は就寝するだけなのだ。


「見たままでしょ。身分だの家臣だの仰っているけど、単なる言い訳ね」


 アリエルも同じく着替えながら答える。

 十九歳と十六歳。三歳の年齢差があるとはいえ、たった二人の同僚である。そのためだろう、二人きりになると口調もだいぶ砕けている。


「だよね~。もっとはっきり仰ってくださるかと思ったけど、意外に固いよね」


「伯爵家継嗣というお立場はそれだけ大変ってことよ。……でも確かに私達には、もう少し本音で語って下さっても良いと思うけど」


 二人はシャルロットが胸襟を開いてくれないのが不満なようだ。

 何しろ子供の頃から仕えているのだ。単なる主従を超え、親友や家族のように感じているのだろう。


「そうよね! ともかくシャルロット様には幸せになってほしいな~。

あれだけお強い方だから、旦那様もそれなりの人じゃないと釣り合わないでしょ。でもシノブ様は、あんなに強いんだから問題ないと思うな……異国の方だけど」


「ええ。先代様に勝てるか分からないけど、間違いなく良い線行くわね。

それに館に着くまで色々話したけど、頭も悪くなさそうよ。こちらの作法には詳しくないけど、紳士的な態度は良かったわよ」


 期待が滲むミレーユの言葉を、アリエルは否定しなかった。

 そしてアリエルは、暗殺者に襲撃された場所から伯爵の館に着くまでシノブと相乗りしたときのことに触れる。


「そうだった、アリエルは移動中に結構話したんだよね! どう? 次代の伯爵になれそう?」


「アミィさんにも凄く慕われているようだし、このまま功績を上げれば伯爵家の家臣も認めるんじゃないかしら」


 青い瞳を輝かせ身を乗り出すミレーユに、アリエルは更なる印象を答える。

 でしゃばりすぎず主を立てるアミィだが、控えめなだけではなく様々な魔術を使いこなし剣技も優れているという。その彼女が仕えるシノブには当然それなりの器量があるだろう、とアリエルは思っているようだ。


「そっか~。じゃ、応援する?」


「そうね。シャルロット様がいらないなら私が貰いたいくらいだけど」


 ミレーユが首を傾げながら問うと、アリエルは冗談めかした表情で答える。しかし表情とは裏腹に、アリエルの声は僅かだが真剣な響きを伴っていた。


「アリエル~。今のかなり本気でしょ。笑えないよ……」


 ミレーユはアリエルの心の内を察したようだ。おそらくは、長い付き合い(ゆえ)だろう。


「ごめん。でも十九歳にもなると、結構後がないのも事実なのよ。良い人いたら紹介しなさいね」


 アリエルの言葉は大袈裟ではない。

 貴族の場合、殆どの女性は二十歳(はたち)前に嫁ぐ。それに王族や上級貴族だと、成人とされる十五歳になったと同時に輿入(こしい)れする者も珍しくない。


「十歳から奉公している私に、そんな知り合いいないって……。それより、アリエルの弟さんを紹介してくれないかな?」


「貴方がしてくれたら私もするわよ。さあ、もう寝ましょう。明日も早いわ」


 冗談めかしたミレーユの言葉に、アリエルは素っ気ない調子で応じた。これで雑談は終わり、ということなのだろう。

 そしてアリエルは灯りの魔道具を消し、室内は静寂に包まれた。


お読みいただき、ありがとうございます。


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