12.13 史上最大の巨竜 後編
「……竜だ。ロイクテンを通過した。こちらに来るようだ」
玉座に座った第二十五代皇帝ヴラディズフは、黒々とした髭を扱きながら唐突に呟いた。その言葉を聞いた臣下達は、一様に表情を険しくする。
「何頭でしょうか?」
宰相のメッテルヴィッツ侯爵が、居並ぶ者達を代表して質問した。『轟雷帝』という名が示す通り、ヴラディズフ二十五世は苛烈な性格である。そのため、ここ『大帝殿』の謁見の間にいる重臣達でも、不用意に質問することは出来ない。
したがって、こういう時は皇帝の信頼も厚いメッテルヴィッツ侯爵の出番となることが多かった。
「二頭……しかも、全長150mはある岩の塊だ」
皇帝は、大柄な肉体に相応しい朗々たる声で宰相に言葉を返した。彼は四十歳を超えてはいるが、鋼のような肉体は現役の武人同様に鍛え上げられている。そのためだろう、特に声を張り上げたわけでもないのに、謁見の間の隅々まで響き渡っていた。
「そ、それは!」
内務卿のドルゴルーコフ侯爵は、蒼白な顔で叫んでいた。他の者達も、一様に不安そうな表情となっている。何しろ、岩竜や炎竜の成体は全長20mほどである。150mの巨竜など、皇帝以外の言葉なら、一笑に付したことだろう。
「……神は、ロイクテンを守護して下さらなかったのでしょうか?」
絶望すら滲んだ声音で内務卿に続いたのは、財務卿であるボアリューク侯爵だ。
帝都やその周辺は、『排斥された神』の雷撃に守られているはずだ。その守りがあるから、彼らはメリエンヌ王国が西側の伯爵領を次々に落としても、大きな動揺を見せなかった。しかし今、彼らの支えである雷撃の防御網は敢え無く破られた。ボアリューク侯爵が大きな衝撃を受けたのも当然であろう。
「雷撃の対策をしてきたようだな。そのままこちらに向かって進んでいる」
『大帝殿』は、帝都ベーリングラードの中央に位置する宮殿『黒雷宮』に存在する。それなのに、皇帝は100kmも西にある都市ロイクテンを通過する岩で造った巨竜のことを、まるでその目で見ているように語っている。
しかし、家臣達は皇帝の語る内容に疑いを挟むことは無い。彼らは、これも『排斥された神』による神託だと察しているのだ。
以前皇帝は、炎竜ゴルン達がヴォルケ山に棲家を作ったと、大将軍ヴォルハルト達に教えていた。これはヴォルハルトがシュタールに語ったように、彼らが信奉する『排斥された神』による神託であった。したがって、皇帝が各地の様子を自在に把握できるわけではない。
なお、『排斥された神』の神託は、皇帝直轄領の中で起きた重大事を皇帝に伝えるもののようだ。そのため、領域外の出来事を皇帝が知ることは出来ないらしい。
ちなみに、神託を授かるのは代々の皇帝のみである。次代の皇帝、つまり皇太子は皇族から適性のある者が選出されるが、帝位を受け継ぐまでは神託を授かることはないらしい。
「シュタールを向かわせる。それに、あの者達の力を試す、良い機会であろう。ヴォルハルトは帝都の守りとして残す」
皇帝は、謁見の間に姿の無い大将軍ヴォルハルトと将軍シュタールの名を挙げた。どうやら、シュタールとその部下か何かを、迫りくる二頭の巨竜へと充てるようだ。
「陛下……いくらシュタール殿が、我らの想像もつかぬ力を得たといっても、そんな桁外れの竜に勝てるのでしょうか」
気弱な口調で尋ねかけたのは、商務卿のゴドガノフ侯爵だ。彼は、皇帝の叱責を恐れているのだろう、額に冷や汗を浮かべている。
「竜達が纏った岩は雷撃を通さないらしい。だが、結局のところ単なる岩でしかない。ならば、シュタール達の魔術で倒すしかないだろう。それに、空を飛べなければ戦いにならん」
皇帝は、勝てるとは言わなかった。しかし、帝都に向かってくる以上、勝てないから戦わないというわけにもいかないだろう。そして戦うのであれば、飛翔が出来るシュタールなどが当たるしかない。
そういう意味では、シュタール達を派遣するしか手はないと言える。
「た、確かに……」
ゴドガノフ侯爵は、皇帝の答えを聞いて引き下がった。表情は相変わらず不安げなままであり、決して納得したわけではないのだろう。どうも、重ねて問うても皇帝の機嫌を損ねるだけと判断したようである。
「将軍に、伝令を……」
「不要だ。我が伝えておく」
メッテルヴィッツ侯爵の言葉を、皇帝は自身が伝えると遮った。しかし、彼は玉座から動くことは無い。
「陛下のお力か……」
謁見の間に控える者達は、その表情に畏れを滲ませていた。実は、皇帝は自身の思念をヴォルハルトやシュタールに届かせることが出来るのだ。
正確に言えば、元々皇帝は思念で会話する能力を持っていたが、他に同じ能力を持つ者がいなかっただけである。
しかし、どうやらヴォルハルト達も思念での意思疎通を可能としたようだ。以前ヴォルハルトは、異形としての力を使いこなせるようになれば思念で会話できると言った。その言葉の通り、その後順調に能力を向上させたようだ。
「陛下は神のご加護を授かっていらっしゃるからな」
臣下の一人が呟いたように、皇帝が神託を授かるのは『排斥された神』の強い加護を持つかららしい。初代からの受け継がれる血が、彼らを特別な存在としているようだ。もしかすると、彼の年齢を感じさせない若々しさや、隆々たる肉体も、加護によるものであろうか。
謁見の間に集う者は、崇拝とも畏れともつかない表情で、玉座の主君を見つめている。しかし皇帝は、そんな視線に動じることもなく、冷徹な表情で彼らの視線を受け止めていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「しかし、暇だな……」
巨大な洞窟のような空間に置かれた磐船の甲板で、ドワーフの戦士イヴァールは退屈そうに呟いていた。彼は豊かな顎鬚に手をやりながら、灯りの魔道具で照らされた周囲を所在無げに見つめている。
「暇、大いに結構ではありませんか。ロイクテンを通過して、後は帝都に迫るばかり。まさに順風満帆の空の旅ですな。少し窮屈ではありますがね」
少々気取った様子で言葉を返したのは、猫の獣人のアルバーノ・イナーリオである。彼らはガンド達が操る巨大な岩の竜の内部にいるのだ。
「文句を言っても仕方ないか」
イヴァールは、愚痴を零したことを恥じたらしい。彼は大きく伸びをすると、気晴らしをするように体を動かした。とはいえ周囲には大勢の兵士がいるから、肩を回したり屈伸したりと準備運動のような事しかできない。
「朝からずっとこのままなのは堪えますな」
アルバーノも苦笑しながら、軽く体を動かし始めた。
早朝ゴドヴィング軍管区の領都ギレシュタットを出発してから、既に五時間近い。その間彼らはこうやって待機しているだけだから、鬱憤が溜まるのも仕方がないだろう。
──あと一時間ほどだ。もう少し辛抱してほしい──
磐船の斜め後方から、岩竜ガンドが抑え気味の咆哮で二人に語りかけてくる。
岩で造った竜の胴体には巨大な空洞が用意され、その中央には磐船が鎮座している。そしてガンドと岩竜の長老ヴルム、炎竜のジルンとニトラは磐船を取り囲むように並んでいる。巨大な空洞は前後がおよそ50mで幅は30m近いが、四頭の成竜が身動きする余裕など存在しない。
そのためガンドは周囲に配慮し、低く唸る程度に絞ったようだ。
「とんでもない。こうやって安全に移動できるのです。少々時間が掛かるくらい、何でもありません」
済まなげな表情で答えたのは、狼の獣人アルノー・ラヴランだ。彼も、帝都に進攻する部隊に加わっていたのだ。
流石の竜達も、全長150m以上もの岩の塊を動かしながらでは、普段通りの速度では飛行できない。そのため彼らの進攻は、通常の巡航速度に比べれば半分以下のゆっくりとしたものであった。
しかし、アルノーが言うように、雷撃を防ぎつつ安全に帝都に接近できるのは、移動速度を引き換えにするだけの価値があった。
ガンド達によれば、現在も彼らが乗っている岩で造った竜には、激しい雷が降り注いでいるらしい。しかし内部には通気用の穴から伝わってくる騒音が低く響くだけであり、雷撃からは完全に守られている。
「アルノー殿が仰る通りです。竜の皆様のお力があるから、これだけ大勢の兵士を連れていくことが出来るのです」
同じく狼の獣人ヘリベルト・ハーゲンは、周囲の兵士達へと視線を向けた。
彼らは、帝都に到着した後に帝国の中枢である宮殿や政庁などを制圧するための戦力だ。磐船は千人もの兵士を輸送することが可能であり、今回はその上限まで兵士を乗せていた。イヴァールを始めとする四人の指揮官は、彼らを率いて帝都に攻め込むのだ。
──上手く降ろせるとよいのだがな──
岩竜の長老ヴルムは、磐船を無事に地上に降ろすことが出来るか、案じているようだ。
帝都の中心にある宮殿に、岩で造った巨竜を横付けして、その腹部を開いて磐船を降ろす。そこまで宮殿に接近してしまえば、雷撃で攻撃した場合、皇帝やその臣下も無事ではいられない筈である。したがって、後は人間と人間の戦いに持ち込める。それが、彼らの考えであった。
しかし、『排斥された神』が、帝都の人間達より敵の殲滅を優先する可能性もある。ヴルムは、それを心配しているようだ。
──何かが迫ってくるぞ! ……あの異形達の魔力だ!──
──それに似たような魔力が沢山……しかもこれは!──
岩竜達と人間の会話に、炎竜のジルンとニトラが割り込んだ。
巨大な岩の像の維持を岩竜であるヴルムとガンドが担当し、ジルンとニトラは、飛行と攻撃、それに周囲の警戒を担当している。像の内部からは外を直接視認できないため、竜達は魔力で外部の状況を把握しているのだ。
そしてジルン達は、帝都で自身を捕らえていたシュタールの魔力を感じ取ったようだ。しかもシュタールだけではなく、同様の魔力も多数接近しているらしい。
「む……我らには、何もできんのが残念だな」
イヴァールは、自分達が磐船に大人しく乗っているだけという現状に不満を感じたようだ。彼は顔を顰めつつ、磐船の舳先の方に視線を向ける。もちろん、そこには岩の壁があるだけで、外の様子などわからない。しかし彼は敵の姿が見えているかのように、険しい表情のまま前方を見据えていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「あれが岩でできた竜ですか……」
将軍シュタールは、背中に生えた翼で飛翔しながら、西からゆっくりと迫る岩製の巨竜を見つめていた。彼は、翼竜やコウモリの翼のような羽毛のない皮膜を大きく広げているが、殆ど羽ばたくこともなく宙に留まっている。どうやら、竜達と同じように重力操作などを併用して飛行しているようである。
「神託によれば、岩は鋼などとは違って稲妻を通しにくいとか……」
将軍シュタールは、宙に浮かんだ巨大な岩の塊を眺めている。
彼の姿は既に人間とは言い難いものになっていた。常人を遥かに超えた巨体、異様に長い腕、血の気の全くない蒼白な肌に真っ赤な瞳を持つ彼は、正に人外と言うべき存在である。
しかも、シュタールは以前より更に巨大化した上に、その指には長く鋭い爪まで生えている。良く見ると、肌も鱗のような硬質的な何かで覆われているようである。前回シノブ達と戦ったときに比べても、一層の変貌が明らかな姿は、更に禍々しさを増していた。
「ともかく雷撃が効かない以上、直接削るしかありませんね。高温の火魔術なら溶かすことも可能でしょう。都合の良いことに、竜人達は火属性ですし」
シュタールの周囲には、彼と似てはいるが異なる存在がいる。おそらく、それらが竜人なのだろう。
シュタールが従える百以上もの配下は、人とも魔獣とも言えぬ姿をしていた。配下達は、その体に服も着けず、トカゲや竜に似た真紅の固そうな鱗が全身を覆っている。
彼らは背中に翼を持ち、それで飛翔しているところはシュタールと同じだ。しかし、その頭には鋭い角を生やし背後には長い尻尾がある。しかも彼らの頭部は、前方に巨大な口が突き出した竜に似たものである。
そんな彼らの人と竜を混ぜたような外見は、シュタールが口にした通り、竜人と表現するのが相応しいだろう。
「雷撃も止みましたね……」
牽制のためだろう、途切れる間もなく降り注いでいた雷だが、シュタール達の集結が完了すると同時に収まっていた。いくら異形であるシュタールや竜人達でも、神力の発露である雷撃を受けては無事では済まないからである。
「行きますよ!」
シュタールの命を受けた竜人達は、一言も漏らさずに従っている。竜に似た頭部を持つ彼らは、人語を発することは出来ないのかもしれない。彼らは、黙ったまま、二つの巨大な岩の塊に向かって飛翔していく。
「火球です!」
シュタールの命を受けて、宙に並ぶ異形の存在達は、一斉に巨大な火の玉を放っていた。かなりの高温なのだろう、激しく燃える炎の塊は青白い。
「……魔力障壁ですか!」
青い火球は二つの岩で出来た竜に突き進むが、手前で何かに阻まれていた。どうやらシュタールが言うように、魔力障壁で遮ったのだろう。
「あの巨体を全て覆うことは出来ない筈です! 接近して攻撃しなさい!」
遠方からの攻撃では防がれると判断したようで、シュタールは配下の竜人達に前進を命じた。そして彼も、竜人達の後方から迫っていく。
──我らの力を悪用せし者達よ。人の道を外れた者達よ。そなた達を許すわけにはいかん──
「お前は、あの炎竜ですね!」
シュタールは、思念を発している相手が炎竜ジルンだと察したようだ。姿が見えなくても、伝わってくる魔力の波動で以前捕らえていた相手だと判るのだろう。
「これは好機です! 岩を剥ぎ取れば、雷撃で竜を落とせます! お前達、散開して囲みなさい!」
シュタールは、岩で造られた像の中にいる竜達を引きずり出して再び隷属させようと考えたようだ。彼は竜人達に指示を出し、巨大な岩の塊を包囲させた。
──愚かな……紛い物が、我らに敵うわけがなかろう──
今度は岩竜ガンドの思念である。そして激しい怒りを感じさせる思念と同時に、二つの巨大な岩の像から、無数の岩が放たれた。どうやらガンドは、表層に近い部分を分離したようだ。
竜が造りし巨大な像と、竜に似た異形の存在。そして謎の神の力を得たシュタール。帝都ベーリングラードまで残り僅かという空の上で、常人が想像もしない戦いは佳境を迎えようとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「竜の力を得た者だと!?」
巨大な竜の像の内部では、イヴァールが驚愕の叫びを上げていた。アルノーやアルバーノ、そしてヘリベルト達も唖然とした様子で立ち尽くしている。
──はい。私達は捕らえられている間、何度か血を奪われました。おそらく、それを使ったのでしょう──
炎竜のニトラは、帝国に捕らわれていたときのことに触れた。
竜は、その肉体に魔力を多く蓄えている。したがって、竜の血が体力回復や魔力回復などの魔法薬になっても不思議ではない。
「薬にするのだと思っていたがな……」
「ルシール殿も、そう言っていましたね」
憤懣やる方ないといった表情のイヴァールに、アルノーが相槌を打つ。
帝都での出来事について炎竜達から聞いたシノブとアミィは、治癒術士のルシールにも伝えていた。その時ルシールは不確かな話と前置きした上で、竜の血に関する伝承をシノブ達に語ったのだ。
──周囲を囲む者達からは私達と似た魔力を感じます。おそらく、邪神が私達の血を使って、人の子を作り変えたのでしょう──
どうやら帝国は、竜の血を異形に変える道具として使ったようだ。おそらくニトラが語るように、ヴォルハルト達に人を超えた力を授けたのと同じく、『排斥された神』が絡んでいるのであろう。
「非道な……」
「許せませんな」
アルノーやアルバーノ、それにヘリベルトは戦闘奴隷として帝国に使役されていた。そして自身の意思を無視して戦いのための存在とされた彼らは、竜人達の正体を知って激しい怒りを燃やしたようである。
彼らは一様に鋭い表情となり、拳を固く握りしめている。
──もはや人とは言えぬ存在となったのだろう。伝わってくる魔力は、人でも竜でもない異質なものだ。それに知能も、そなた達ほど高くはなさそうだ。おそらく、岩猿ほどではなかろうか──
岩竜の長老ヴルムが苦々しげな思念を発すると、空洞の壁面が変形し、何かの模様が浮かび上がる。それは、高空を飛翔する異形達の姿であった。ヴルムは自身の魔力で壁の表面を操作し、外部の様子を描写してみせたのだ。
「これが、人の変じた姿だと言うのか……」
「帝国の奴らめ!」
壁面に浮かんだ巨大な絵を見た兵士達は、口々に憤りの声を上げていた。
周囲を魔力のみで感じ取っているためだろう、非常に大まかな絵だが、それでも兵士達が外部の様子や竜人達の姿を知るには充分な出来である。残念ながら動画ではないが、壁画が映す光景は時折更新されている。そのため彼らは、襲い来る敵の様子を大まかながらも理解することが出来た。
「それで、どうするのだ? 残念ながら、乗っているだけの我らには何も出来んが……」
イヴァールは、ヴルムが作った即席の壁画を見て、ますます顔を顰めていた。彼は、自分達が手出しできないのが、残念で堪らないのだろう。
──斃すしかあるまい。
あのように命を弄ばれた者達に、更なる苦しみを与えるのは本意ではないが……かといって、このまま放置して置くことは出来ない。あのような存在を新たな種族として定着させるわけにはいかぬのだ──
ヴルムは、その思念に憐れみを滲ませつつも、毅然とした様子であった。そして彼は、ガンドやジルン、そしてニトラの様子を確かめるように首を動かした。
──皆、魔力は充分にあるようだな……では、我が岩の像を維持、ガンドが岩塊で攻撃する。ジルンとニトラは、飛行しながら魔力障壁を維持してくれ。リント達も頼むぞ──
もう一つの岩の像を動かしているのは、彼の番の岩竜リント達である。そちらはリントの他に、岩竜ヘッグや炎竜のザーフとファークが乗り込んでいるのだ。
長老ヴルムの思念を受けたガンド達は、鋭い思念を返すと、それぞれの役目に集中していった。イヴァール達は、急激に高まる魔力にどよめきつつも、ヴルムが作った壁画を食い入るように見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「岩如きでは倒せませんよ!」
シュタールと竜人達は迫りくる岩石を軽々と躱していた。無数の岩に囲まれた彼らだが、本物の竜にも勝る飛行速度で、避けている。
──幼稚な……全てを見て取ったと過信する姿、未熟さの表れと言うべきか──
ガンドの思念が終わると同時に、二体の竜の像を取り巻く岩の群れは急激に速度を増していった。その速度は竜人達を捕捉するに充分なものであり、しかも渡り鳥の群れのように統制の取れた動きを見せている。
「竜人達が!」
数えきれない岩石は、ある時は爆発したかのように散開し、またある時は流れる河のように纏まり宙を横切っていく。そんな変幻自在な岩の群れに、竜人達は呆気なく倒されていく。
後方にいたシュタールは辛うじて躱したものの、竜人達は一瞬にして半数以下に減っていた。
「岩の流れから離れなさい!」
シュタールの叫びは、空しく宙に吸い込まれていた。
二つの竜の像は、その周囲に無数の岩で作った流れを輪のように展開していた。そして高速で回転する輪は、その軌道や流れの太さを変えつつ、竜人達を追い詰めていく。
圧倒的な質量のためだろう、飛行する竜の像は相変わらず緩やかに前進するだけである。しかし岩塊は大きいとはいっても、一つ一つは人間が抱えることの出来る程度のものだ。したがって岩の群れの速度は桁違いに早いし、竜達が制御可能な範囲も、かなり広いようである。
要するに、これらを把握する前に不用意に接近したシュタールの失策であった。
「くっ、このままでは!」
──我ら竜を隷属させ、多くの命を弄んだ報い、受けるが良い──
全ての竜人を失ったシュタールの脳裏に、ガンドの冷酷な宣言が響き渡った。
だが、彼にそれを理解する時間があっただろうか。何故ならシュタールの姿は、次の瞬間に無数の岩塊の中に消えていたからだ。
──哀れな者達だったな──
──ええ。このようなことを二度と起こさないためにも、邪神を倒さなくてはなりません──
岩竜の長老ヴルムの悲しげな思念に、番のリントが続く。そして周囲を囲む岩塊を戻した二つの巨大な竜の像は、心持ち速度を上げながら東への飛翔を続けていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年7月28日17時の更新となります。