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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第12章 帝国の支配者
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12.12 史上最大の巨竜 前編

 創世暦1001年3月6日の朝。皇帝直轄領の町ゼルスザッハの通りを、一人の若い男が走っていた。


「ディトガー! 大変だ、竜だ!」


 男は、通りに並んでいる商店の一つに駆け込むと同時に、奥に向かって大きな声で叫んだ。そして彼は、全力疾走で乱した呼吸を、膝に手を当てつつ整えている。


「フォイゲン、竜など最近は珍しくも無いだろう」


 奥から現れたのは、店主である青年ディトガー・ツェンヒである。彼は、駆け込んできたフォイゲンという男に、(あき)れたような顔を向けている。

 ゼルスザッハは、皇帝直轄領の中でも最も西に位置する町である。つまり、メリエンヌ王国の支配下となったゴドヴィング伯爵領、王国で言うところのゴドヴィング軍管区と隣接している。そのため、少し西に行けばゴドヴィングと皇帝直轄領の境目付近を飛行する竜を見ることが出来る。

 しかも、竜達はゴドヴィング軍管区を守るだけではなく、時折は皇帝直轄領に侵入してくることもあった。流石に、謎の雷撃で守られている六つの都市で囲まれた領域には近づかないが、それでも何日かに一度はゼルスザッハ辺りの空を飛翔することもある。

 そんな事情もあり、ディトガーは竜が来たというだけでは驚かなかったのだ。


「違う! 凄く大きな……十倍はあるらしい!」


「本当か? いくらなんでも大きすぎだろう」


 フォイゲンの言うことが本当なら、全長200mの巨体である。そのためディトガーは、不審そうな表情となっていた。


 なお、彼らは成竜の大きさを正確に把握しているわけではない。

 ノード山脈で炎竜ゴルンやイジェを捕らえた軍人達や、四頭の炎竜達が攻め寄せた都市グーベルデンの住民は、竜達を間近に見ている。しかし双方とも皇帝直轄領の北東で、グーベルデンからゼルスザッハまででも直線距離で300km以上は離れている。そのため、ごく普通の商人の彼らに詳しいことは伝わっていないのだ。

 しかも竜達は皇帝直轄領に侵入する場合、地上近くに降りてこない。したがって、彼らが正確な大きさを知ることは困難であった。


「確かに十倍は大袈裟かもしれないが……でも、今まで来たのとは全然違うようだ! 西側を守る兵士達が発見したんだ。大型弩砲(バリスタ)で迎え撃つつもりらしい」


 フォイゲンの語る内容を聞いて、ディトガーは表情を改めた。大型弩砲(バリスタ)が届くというなら、かなり低い位置を飛んでいるのだろう。大きさはともかく、低空飛行は今まで無いことである。


「……一旦、街を離れるか」


「ああ、巻き添えを食うのはゴメンだ!」


 フォイゲンは、我が意を得たり、という表情で頷いた。

 彼らには、メグレンブルクやゴドヴィングの状況を知る(すべ)はない。流石にメリエンヌ王国が二つの伯爵領を支配下に置いたことは把握しているが、そこまでである。そのため王国や竜が、住民達に危害を加えないように留意していることなど知らなかった。

 そんな彼らの頭にあるのは、兵士達が竜を攻撃したら反撃で街に被害が出るかもしれない、ということであった。それ(ゆえ)彼らは、街から逃れることにしたのだ。


「それじゃ俺達は南に逃げる。あっちには親戚もいるからな。お前達も来るか?」


 南側の隣町にはフォイゲンの従兄弟が住んでいる。彼は、そちらに避難するつもりのようだ。


「そうさせてもらう。女房とフィルマさんを連れて行くから少し待ってくれないか」


 フィルマとは、二十日(はつか)ほど前に軍に召集された近所の若者リュリヒの母である。リュリヒに約束した通り、ディトガー夫妻は病で伏しているフィルマの面倒を見ていたのだ。


「わかった、こっちも荷を(まと)めるからな。それじゃ、南門で落ち合おう。今なら、兵士達は全員西に気を取られている。それに、他にも逃げ出す者は多いだろう」


 フォイゲンはそう言い置くと、再び通りに飛び出した。彼を見送ったディトガーは、こちらも駆け足で直ぐ近くにあるフィルマの家に向かっていった。そこには、フィルマの世話をしている彼の妻もいるのだ。


「リュリヒ……死ぬなよ」


 実は、徴兵されて帝都ベーリングラードに行ったリュリヒは、東の都市ロイクテンに守護兵として配属されていた。身体強化に優れた軍馬なら一日も掛からずに往復できる距離だが、末端の兵士である彼に自由行動が許されるわけもなく、一通の便りが来たのみである。

 もし、竜がゼルスザッハを通過して街道沿いに東進すれば、その先にはロイクテンがある。ディトガーは、新兵として上官に従うしかないリュリヒを案じたのだろう、顔を曇らせつつフィルマの家へと急いでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして、およそ一時間半の後。都市ロイクテンの兵士達は信じ難い光景を前にして、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。


 ロイクテンの西側の草原には、ずらりと並ぶ大型弩砲(バリスタ)を操作するため、多くの兵が集っていた。何故(なぜ)なら先日のシノブと岩竜ガンドの攻撃により、ロイクテンの西側の城壁は崩壊している。そのため彼らは、都市の手前の小高い丘に大型弩砲(バリスタ)を並べ、臨時の砲台としていたのだ。


「な、なんだ! あんなにデカい竜がいるのか!」


「グーベルデンに落ちた竜は、もっと小さいと聞いていたが……どう見ても100m……いや150m以上あるな」


 ディトガー達とは違って彼らには、一旦は捕らえた炎竜達に関する情報が伝えられている。だが、それ(ゆえ)驚きも大きいようである。


 何しろ西から接近してくる二頭の巨竜は、兵士達の(ささや)きの通り、全長150mを優に超えている。巨竜は濃い灰色をしているから、岩竜のようにも見える。しかし背中には黒光りする高い背びれが生えており、岩竜や炎竜とは違う存在のようでもあった。


「何だか、不気味だな……」


 桁外れな大きさの巨竜は、全くと言って良いほど身動きせずに飛んでくる。

 実は、竜達は重力操作を併用して飛んでいるため、殆ど羽ばたかずに飛行できる。しかしロイクテンへと近づいてくる巨竜は、時々首や尻尾を揺らす程度で、翼を動かしているようには見えない。

 そのため兵士達は、飛翔というより浮遊しているような竜を、異質な存在と感じたようである。


「途中の守護隊は……」


「全滅じゃないか? それとも逃げ出したのか……」


 街道沿いにある町の守護隊は、ロイクテンよりも貧弱な装備しか持たない。したがって兵士達は、町の守護隊が全滅でなければ逃亡したと思ったようだ。


「それにしても、あの鎖は一体何なんだ? まさか、王国では竜を鎖で縛っているのか?」


 照準を担当している兵が、手に持つ望遠鏡を覗きながら怪訝そうな表情をしていた。

 肉眼では判別しがたいが、確かに竜達は何本かの鎖を地面に垂らしていた。竜が途轍もない巨体だから、鎖は細い糸のようにしか見えない。しかし実際には、巨大な軍艦の錨につける鎖のように、その直径は人間の胴ほどもあるようだ。


「そんなことはどうでもいい! さっさと射角を調整しろ!」


 ざわめく兵士達を、指揮官が叱咤した。そろそろ謎の巨竜は大型弩砲(バリスタ)の射程圏に入る。現在は、まだ2km以上離れているが、射程である1kmに到達するまで後一分も掛からないだろう。


「矢を運んでまいりました!」


 そして、新兵のリュリヒもその中にいた。まだ軍に入って間もない彼は、特別な技能を持たない。そのため、大型弩砲(バリスタ)の矢を運ぶ係に回されている。


「そこに置いておけ! 調整が完了したものから、順次発射しろ!」


 指揮官は、リュリヒの方を見ずに、自身の手に持つ望遠鏡を覗いている。そもそも、通常の成竜であっても大型弩砲(バリスタ)が通用するとは思えない。指揮官もそれを知っているのだろう、彼の顔からは血の気が引いており、望遠鏡を握る手も微かに震えていた。


「了解しました! 射角調整完了……発射!」


 とはいえ、攻め寄せる敵に攻撃をしないわけにもいかない。数十を超える大型弩砲(バリスタ)から、低空をゆっくり飛翔する竜達に向かって巨大な矢が次々に放たれる。しかし、それらは当然と言うべきか巨竜には通用しなかった。


「ひ、(ひる)むな! 逃げずに戦えば、我らの神が助けてくれる!」


 指揮官の言葉に、動揺気味の兵士達は落ち着きを取り戻していた。

 先日のシノブとガンドの攻撃は、深夜であったため直接見た者は殆どいない。しかし、その知らせを聞いた皇帝は、都市ロイクテンを守った雷撃を神の加護によるものと臣下達に説明した。それに、都市グーベルデンで竜達を倒した(いかづち)は、日中ということもあり、多くの者が目にしている。

 ベーリンゲン帝国の伝説では、神は雷撃を自在に操り逆らう者を(いかづち)(たお)すと伝わっている。彼らは、通常の武器では倒せない巨竜でも、神の(いかづち)なら打ち倒すと信じているのだ。


 そんな彼らの願いが通じたのか、雲一つない空から直視することが出来ないくらい強烈な稲妻が降ってきた。兵士達の視界を奪う青白い光が、上を飛んでいた巨竜の背びれに落ちたのだ。


「なっ! 通用しないのか!」


 (まぶ)しい光に僅かに遅れて轟音が響き渡る。しかし、グーベルデンで(いかづち)を受けた炎竜ジルン達とは違い、二頭の巨竜は悠然と飛行を続けていた。

 兵士達は、閃光と轟音の降り注ぐ中を迫りくる巨大な竜から目が離せないようだ。彼らは大型弩砲(バリスタ)の操作も忘れて茫然と見上げている。


「何だこれは!」


「い、岩か!」


 竜達は、降り注ぐ(いかづち)を物ともせずに大型弩砲(バリスタ)が並ぶ陣地へと接近した。そして彼らは高度を下げると、その体から何かを発射した。

 それは、兵士達の(いず)れかが叫んだように、一抱えもある巨大な岩であった。


「ブレスではないのか? それに、岩が戻っていくぞ……」


 指揮官は、上空を見つめたまま動かない。

 およそ上空30mまで接近した二頭の巨竜達により、日の光は完全に(さえぎ)られている。しかし、それだけ高度を下げたため、竜達がどうやって攻撃しているのかは、誰の目から見ても明らかであった。

 岩竜や炎竜は、口から放つブレスで攻撃をする。それに対し、二頭の巨竜は体から直接岩を生み出して攻撃の手段としたのだ。しかも発射された岩は、全ての大型弩砲(バリスタ)を破壊すると再び宙に舞い上がり、吸い込まれるように竜の体と一体化していた。


「か、(かな)うわけがない!」


「俺は逃げるぞ!」


 竜達が引きずる鎖が迫る光景を見た兵士達は、このまま立ち(すく)んでいては巻き込まれると気が付いたようである。

 人間の胴ほどもある何本もの太い鎖は、兵士達の命を簡単に奪う凶器となる。更に落雷のためであろう、地上に接している部分からは、時折火花が散り周囲の枯草を燃やしていた。

 このままでは圧死か焼死だ。そう思ったのだろう、彼らは思い思いの方向に散っていく。


「逃げるな! 戻れ!」


 指揮官や士官らしき者達は、兵を留めようと口々に叫ぶが、若手の兵を中心に半分以上が持ち場を離れていた。そして、その中にはゼルスザッハ出身のリュリヒの姿もある。


「うわっ! 退避!」


 そして、ついに指揮官も逃げ出した。既に攻撃する手段を失ったのだ。このまま陣地にいても無駄死にである。


 謎の巨竜達は、そんな地上の様子に構うことなく、飛翔を続けていた。彼らは、再び高度を上げると、都市ロイクテンを回避しつつ、東に向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ガンド殿達は、無事に都市ロイクテンを越えました。雷撃も問題なく(しの)いでいるそうです」


──おお、それはめでたい!──


 喜びに頬を紅潮させたベルレアン伯爵コルネーユは、先代アシャール公爵ベランジェからの情報を、炎竜ゴルンに伝えた。ベルレアン伯爵の喜びが乗り移ったのか、吉報を聞いたゴルンが返す咆哮(ほうこう)も普段より弾んでいるようである。


「魔力の消費も思ったほどではないとか。この調子なら往復しても大丈夫とのことでした」


──こちらも制圧を完了したし、ヨルム殿からも予定通りと連絡があった。順調だな──


 通信筒から取り出した紙片を続けて読み上げるベルレアン伯爵に、ゴルンは満足そうな様子で返答をしていた。


 実は、彼らはバーレンベルク伯爵領の領都シュタルゼンの制圧を終えたばかりであった。ベルレアン伯爵とゴルンは、バーレンベルク伯爵の館の庭にいるのだ。

 バーレンベルクはゴドヴィング軍管区の北東に位置する伯爵領で、シュタルゼンとライムゼナッハの二つの都市を持つ。そして、シュタルゼン攻略をゴルンとベルレアン伯爵が率いる部隊、ライムゼナッハ攻略を岩竜ヨルムとマティアスが率いる部隊が担当していた。


「おそらくルンヴァーフェンやクブドルックも、もうそろそろでしょう」


 ベルレアン伯爵が挙げたのは、ブジェミスル伯爵領の都市である。ブジェミスル伯爵領はバーレンベルクから見て南、ゴドヴィング軍管区の南東である。そして、領都ルンヴァーフェンには炎竜アジドと先代ベルレアン伯爵アンリ達、都市クブドルックにはハーシャとシーラス達が赴いている。

 なお、バーレンベルクとブジェミスルの攻略が完了すれば、皇帝直轄領より西は、全て王国の支配下に入ったことになる。


──しかし、(いかづち)を防ぐために岩や鉄を使うとはな。『光の使い』は、様々なことを知っているのだな──


「それも竜の皆さんの協力があってのことです。知識だけでは、どうにもなりません」


 シノブを讃えるゴルンに、ベルレアン伯爵は柔らかな口調で竜族のお蔭だと答えていた。


 実は、皇帝直轄領に侵入した全長150mを超える二頭の巨竜は、合計八頭の竜が動かす岩の塊であった。単純に言えば、内部が空洞の石像である。一体ごとに、岩竜二頭と炎竜二頭が入り、四頭が協力して動かしているのだ。

 岩竜達は、人間で言うところの土魔術で巨大な岩の像を維持し、炎竜達が重力を制御して飛行を担当する。流石に、本物の竜のように機敏な動きは出来ないが、岩石の形状を操ることで緩慢ではあるが竜らしく振る舞うことも可能であった。

 なお、岩石の口からブレスを吐くことは出来ないが、岩を操ることで若干の攻撃も可能としている。


──だが、魔力だけでもどうにもなるまい。岩が(いかづち)を通しにくく、鉄が通しやすい。それを知っているから邪神の攻撃を防げるのだ──


 ゴルンが言うように、シノブは、岩が電気を通しにくく鉄が通しやすいことを竜達に伝え、岩で造った竜の像に潜んで帝都に侵入することを提案した。

 幸い岩竜達は土属性であり、岩石や鉄の操作に長けていた。そこで彼らは、協力して巨大な岩で出来ている竜の像を作製した。

 しかも竜の像には、避雷針代わりに鉄で覆った高い背びれを付けて、そこから軍艦が使う錨を繋ぐための鎖を地上に垂らしている。それ(ゆえ)落雷は内部に通らず、地面に流れていったのだ。


「ともかく、空からの侵入は順調です。イヴァール殿達もとても喜んでいると記してありました」


 二つの岩の像のうち、ガンドが動かしている方には磐船が格納されている。そこには、イヴァールやアルノー、アルバーノなどに率いられた兵士達が乗り込んでいた。彼らは、帝都に到着したら、皇帝が住む『黒雷宮』へと突入することになっている。

 いくら『排斥された神』が雷撃を自由に操るとはいえ、皇帝やその臣下がいる宮殿に入ってしまえば、(いかづち)での攻撃は難しいだろう。


──そうだな。もし『鉄腕』達を外に出せないなら、岩の像で宮殿とやらを潰しても良い──


「そうならないことを祈ってはいますが……それに、本命はシノブ達ですし」


 ゴルンの過激な意見に、ベルレアン伯爵は苦笑していた。

 万一、宮殿の中でも雷撃での攻撃があるなら、イヴァール達が突入することは出来ない。だが、シノブなら光鏡で雷撃を防ぐことが可能である。したがって、本命は別行動しているシノブ達であり、空からの襲撃は一種の陽動であった。

 とはいえ、シノブ達が帝都に潜入出来ない場合には、ゴルンが言ったように、巨大な岩の像で宮殿ごと押しつぶすことになっている。もっとも、宮殿にも侍女や従者など国政とは直接関係の無い者達もいるだろうから、それは最後の手段という位置付けではある。


──うむ。では、(われ)も役目を果たすとするか──


 ゴルンが言う役目とは、拘束したバーレンベルク伯爵達を『排斥された神』の支配から解くことである。

 今回は、ミュレやハレール老人が改良した『無力化の竜杖』により、バーレンベルク伯爵達が持っていた体力強化などの魔道具の無効化に成功していた。

 『無力化の竜杖』は、効果範囲にいる者の体力を奪い抵抗を困難にする魔道具だが、体力強化のような魔道具を装着している場合、効果が相殺されてしまう。そこでシノブはミュレ達に改良を依頼し、体力剥奪に加えて、強化系の魔道具の発動を阻害する機能を追加してもらったのだ。

 そのためベルレアン伯爵達は、バーレンベルク伯爵などの拘束に見事成功していた。後は、ゴルンが身に着けている神々の御紋の光を照射して、『排斥された神』の支配を断ち切れば良い。


「ええ、お願いします」


 ベルレアン伯爵は、ゴルンの言葉に頷いた。そして彼は、拘束した者達を連れてくるように、近くにいた王国兵に指示を出す。


「シノブ、後は頼むよ」


 駆け去る兵士を見送りながら、ベルレアン伯爵は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。帝都に侵入し、『排斥された神』と対決するであろうシノブを案じたのか、彼の表情は鋭く引き締められていた。

 だが、それは一瞬のことであった。内心の不安を押し殺したのだろう、彼は再び司令官に相応しい自信に満ちた表情となり、悠然とした態度でバーレンベルク伯爵達の到着を待っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ベルレアン伯爵とゴルンが会話を交わしていた頃、シノブはアミィにホリィ、そしてオルムルと共に、ゴドヴィング軍管区の東端へと移動している最中であった。

 シノブはアミィと共にオルムルに乗り、ホリィがその脇に並んで飛んでいる。


「オルムルさん、もう少し南です!」


──わかりました!──


 アミィの言葉を受け、オルムルは飛翔する向きを変えていた。眼下には、両岸が険しい崖となった急流が見える。


 このあたりは険しい山中であり、地上にも人影はない。何しろ街道からも遠く、更に急流で隔てられている。シノブ達も空路で来たから良いものの、仮に徒歩で来るとしたら少々面倒な場所であった。


「もう少し東です……人もいないから、ちょうど良いですね」


 アミィはオルムルの背から、あたりの様子を確認している。

 彼女には、シノブのスマホから得た位置把握能力がある。そのため彼女の案内で、ゴドヴィング軍管区で最も帝都ベーリングラードに近い場所に向かっているのだ。


「ガンド達も予定通り進んでいるし、こっちも頑張らないとね」


 シノブは、その表情を綻ばせつつ答えた。彼は、光の大剣を背負い光の首飾りと光の盾を身に着けた完全武装と言うべき姿であった。まるで式典に臨む司令官のような美々しい装いだが、それを見ているのは、アミィにホリィ、オルムルだけであり、少々寂しくもある。


──はい! 父さまや母さまに負けないように頑張ります!──


 オルムルは、空路で帝都に向かっている父ガンドや、都市ライムゼナッハの攻略を担当している母ヨルムの名を挙げていた。彼女の思念は、その決意を示すかのように、いつにも増して気合が籠っている。


──私もです!──


 こちらはオルムルの脇を飛ぶホリィだ。彼女は、勢いよく羽ばたきながら、甲高い鳴き声を上げていた。


「二人の力、当てにしているよ。もちろん、アミィもね!」


「はい!」


 シノブが言うことは、決して大げさではない。それを知っているアミィは、輝くような笑顔で賛意を示していた。


「さあ、俺達も帝都に行こう。帝国が史上最大の竜に目を向けている間にね!」


 シノブは、アミィ達に力強く宣言した。

 ガンド達が上空から攻め寄せれば、帝都を守る者達もその対応に追われるはずだ。彼らがガンド達の陽動に惑わされている間に、シノブ達は別の経路で侵入する。そうすれば、帝都の中枢部にいるはずの皇帝に迫ることも容易となるはずである。

 皇帝と、その背後にいるはずの『排斥された神』を退け、帝国との戦いを終結に導く。シノブは、強い決意を胸に秘めながら、東の空を見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年7月26日17時の更新となります。


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