12.07 リーベルガウの陰謀 前編
「ローラント様。いつまでここに潜めば良いのでしょうか?」
窓もない薄暗い部屋の中を、微かに灯りの魔道具が照らしている。室内には、数人の男女が立っているようだ。その中の一人、町人風の衣装を身に着けた青年が、焦りを滲ませながら問いかける。
「奴が来るまでだ」
こちらも町人風の服を着た三十代半ばの男性が、静かに答えた。氷のように冷静な声音が若い男と対照的である。
現在は、素朴な衣装を纏ってはいるが、男の醸し出す冷たい雰囲気は彼がただの町人ではないことを示していた。それもそのはず、彼は、皇帝直属の特務隊長ローラント・フォン・ヴィンターニッツであった。
およそ二十日前、ゴドヴィング街道の崩壊の直後にローラントは皇帝の勅命を受けて、数十名の部下を率いて帝都ベーリングラードから西へと向かった。そして彼らは、まずはゴドヴィング伯爵領のディンツ村へと赴いた。ゴドヴィング街道と同じく地面が陥没したという村に、人為的なものを感じたからだ。
そして、ローラント達はゴドヴィング伯爵領やメグレンブルクの幾つか村から獣人達が消え去ったことを知った。それらが戦闘奴隷を解放できるシノブの仕業だと感じた彼らは、該当する村々を訪れた。だが、そうしているうちに王国軍がメグレンブルク伯爵領への進攻を開始したのだ。
そのため、彼らはメグレンブルク軍管区となった旧伯爵領に留まったままであった。皇帝からの命はシノブに関する情報の収集である。したがって、無理に王国に潜入するよりは、自分達が良く知るメグレンブルクで待ち構えようと考えたわけである。
しかし、ローラントの目論見は、彼らにとっては予想外の事情により頓挫したままであった。
「王国側の行動は、残念ながら我々では捕捉できません。竜を使った移動に加えて、神殿経由で遠方と行き来しているようです。私も、王国の要人が中央区の大神殿に出現したのを目撃しました」
こちらは、若い女性だ。一見どこにでも居そうな町娘だが、鋭い表情を浮かべた相貌は、それが擬態だと示すかのようである。ここにいるのは、ローラントの部下の中でも特に優れた者達だから、それも当然だ。
ローラント達は、王国軍がメグレンブルクを制圧した以上、シノブが定期的に訪れると考えた。彼らは民衆に紛れて情報を収集し、東方守護将軍であるシノブが軍管区の最高司令官だということも把握していた。そのため、シノブがメグレンブルクに常駐しない場合でも、何日か滞在することはあると考えたのだ。
しかし、シノブは自身が住むフライユ伯爵領のシェロノワとメグレンブルクを神殿経由の転移で往復している。それ故、シノブは不定期に来訪するのみで、しかも用件が済めば自領に戻ってしまう。その結果、彼らは充分に情報を収集することが出来なかった。
「下手に接近すると魔道具で記憶を奪われるらしいですな。我らが来たときには、既に多くの兵士が過去のことを忘れていたようですが……」
こちらはローラントと同年齢らしい、ごく普通の商人といった風体の男性だ。
ローラントの部下は諜報に携わるため、見るからに軍人という者はいない。しかし諜報や暗殺の専門家だけあって外見から想像もつかない曲者揃いで、この男も無数の人々を殺めている油断ならない人物である。
それはともかく普通ならば王国の兵士に接近して探りを入れるところだが、そうは行かない事情がある。シノブ達が神々の御紋で帝国人を『排斥された神』の支配から解放したことは、彼らにとって驚愕すべき事件であった。
下手に竜や王国軍の中枢に接近すると、自身の記憶と信仰を失いかねない。それは、彼らを躊躇させるに充分な理由である。
「そういうことだ。中央区で行動を起こした場合、失敗する可能性が高い。街中に出てくるのを待つしかないだろう」
ローラントは、表情を動かさずに呟いた。軍人にしては珍しい色白の肌に、短く纏めた黒髪と黒に近い濃い茶色の瞳は、薄暗い室内のせいもあり陰鬱とした印象が増している。
「街ですか……」
室内にいた誰かが呟いた。その口調は疑問混じりのようでもあり、納得しているようでもあった。
彼らはゴドヴィング街道やディンツ村の崩壊を、シノブか竜の仕業だと考えていた。そのため広く障害物の無い場所で仕掛けても、任務を達成できない可能性が高いと結論付けた。
そして彼らは、シノブが領民達や親しい人を盾にされたときに、どう行動するのかを知りたかった。単純な戦闘能力では勝ち目がない。ならば、心理的な弱点を探り出すべきと方針を定めたのだ。
「奴は、随分甘いようだからな。同行者を人質にしても良い」
ローラントの言葉に、彼を見つめていた男女は頷いた。そして部下達の納得を確認したローラントは、その身を翻すと扉を開くと室外に歩み出していった。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブお兄さま、リーベルガウに連れて行ってもらえませんか?」
朝食の席で、ミュリエルはシノブへと意外なことを言いだした。彼女は期待と不安の入り混じった表情で、シノブの返答を待っている。
「リーベルガウに?」
シノブは、思わずミュリエルの顔を見つめてしまった。何故ミュリエルが他の都市を訪問したいと思ったのか、シノブは不思議に思ったのだ。
メグレンブルク軍管区の領都リーベルガウ、つまり元メグレンブルク伯爵領の中心都市は、大きな街ではある。しかし、ミュリエルの興味を引くようなものがあるとは思えない。
現在リーベルガウは、外務卿フレモン侯爵の嫡男トヴィアスが統治している。メグレンブルク総督である先代アシャール公爵ベランジェは、新設したゴドヴィング軍管区の総督も兼ねており、最近はそちらに詰めているからだ。
そしてミュリエルの父であるベルレアン伯爵や祖父のアンリは、ベランジェと共にいる。したがってミュリエルがゴドヴィング軍管区の領都ギレシュタットに訪問したいと願うなら、まだ理解できる。
しかし、リーベルガウに何の用事があるというのだろうか。
「シノブお兄さまは、ガルック平原に街道を造りました。ですから、これからはメグレンブルクとの交易も始まるはずです。だから、どんなものがあるのか気になったのです」
ミュリエルは、シノブやシャルロット、それにセレスティーヌの視線を受けて恥ずかしげな表情をしていた。彼女は明日10歳になるとはいえ、それでも成人には五年もある。その自分が、大人達に余計な差し出口を言ったと思ったのかもしれない。
「交易ねぇ……確か、メグレンブルクは羊毛や大麦やライ麦、あとは芋が特産物だったかな。そういえばビールもあったか……フレーデリータ、合っているかな?」
シノブは、現地で見た資料や、ベランジェやトヴィアスから聞いた話を思い出していた。
メグレンブルクは、三方を高い山脈に囲まれており、しかも領地の殆ど全てがシェロノワより標高の高い場所である。そのため、フライユ伯爵領と緯度は変わらないものの、より寒冷な気候であった。どちらかといえば、ドワーフ達の国ヴォーリ連合国に近い風土のようである。
「はい、そのとおりです。北部や南部の山には鉱山もありますが、こちらでも採れるものだと思います」
フレーデリータは、元メグレンブルク伯爵エックヌートの娘だ。そのため、メグレンブルクの産物については、当然詳しかった。
彼女は、隣に座っているミシェルと同様に、ほぼ一日中ミュリエルの側に控えている。そのため、朝食にも同席することとなっていた。
「ありがとう」
シノブは、フレーデリータに礼を言った。どうやら、彼の記憶は正しかったようである。
「鉱石は北の高地から充分取れますからね。こちらが輸出したいくらいです」
シメオンが言うように、北の高地は、鉱山として非常に有望であることが判明していた。そのため、ヴォーリ連合国からもドワーフ達が出稼ぎに来るどころか、移住を希望するものすら多かった。
ヴォーリ連合国とは、そちらに棲家を持つヘッグとニーズが、定期的に行き来している。そして、北の高地の開発を加速したいシノブ達は、出稼ぎや移住については大歓迎であった。それ故、鉱物資源が枯渇した土地のドワーフ達には、フライユ伯爵領が希望の新天地と映ったようである。
「イヴァール殿やタハヴォ殿も忙しそうですね」
家令のジェルヴェは、イヴァールや彼の祖父のタハヴォについて触れた。おそらく、北の高地と聞いたせいだろう。
炎竜イジェと共に海竜の島から帰還したイヴァールは、早速アマテール村に戻っていた。新たに来たドワーフ達の一部には、戦に参戦したいという戦士達もいるからだ。
ジェルヴェは、慌ただしいイヴァールの様子を思い出したのか、柔らかな笑みを浮かべている。
「ミュリエル、リーベルガウはつい半月前までは帝国だったのですよ。ゴドヴィングに比べれば危険は少ないとは思いますが、貴女が行かなくても良いのでは? それに、明日は貴女の誕生日です。準備は終わりましたが、今日はゆっくりすべきでは?」
一方シャルロットは、案ずるような表情でミュリエルを見つめていた。諭すような口調の彼女だが、深く青い瞳は、妹を心配する姉の優しさが宿っており、その愛情の深さが窺える。
それに、ミュリエルの祖母のアルメルも眉を顰めている。彼女も、ミュリエルが旧帝国領に訪れるのは時期尚早だと考えているのだろう。
そんなシャルロットやアルメルの様子に、ミュリエルだけではなく、セレスティーヌまで表情を曇らせていた。今まで口を挟まなかったセレスティーヌだが、自身も同行できるかもしれないと思っていたのだろう。
「ミュリエル、見たいものがあれば取り寄せても良いんだよ。神殿経由なら、すぐだからね」
シノブは、ミュリエルの真意を確かめようと彼女の顔を見つめながらゆっくり語りかけた。
賢い彼女なら、シャルロットが指摘したことくらいは思いつくはずだ。それなのに、どうしてリーベルガウに行きたがるのか、疑問に思ったのだ。
「リーベルガウの街の人から直接お話を聞いてみたかったのですが……ダメでしょうか?」
ミュリエルは、フレーデリータへと一瞬視線を動かした。フレーデリータは彼女の左手から下座側、ミシェルを挟んだ向こうに座っている。
そしてフレーデリータは、微かに顔を赤くして俯いていた。ミュリエルの語る内容には、彼女が恥じ入るようなことは含まれていない筈である。そう思ったシノブは、二人の様子を訝しく思った。
「シノブさま、私もリーベルガウに行ってみたいです」
何と、ミシェルまでリーベルガウに訪問したいと言い出した。どうやら彼女は、ミュリエルの後押しをしたいようだ。
「それじゃ、とりあえず総督府までは連れて行こう。街に出るかは、トヴィアス殿にも相談するけどね」
シノブは、ミュリエルやミシェルが突然リーベルガウ行きを望んだのは、表向きの理由以外に何かありそうだと感じていた。例えば、自身が暮らしていた土地を懐かしんだフレーデリータを、ミュリエルが気遣ったのかもしれない。そう思った彼は、少女達の希望を叶えることにした。
総督府、つまり先日までのメグレンブルク伯爵の館は、大神殿の隣である。したがって、神殿経由で移動すれば殆ど街に出ずに移動できる。もし、それも危険だというなら、シノブかアミィが先行して総督府に赴き、魔法の家を呼び寄せても良い。
「ありがとうございます!」
「シノブ様、私も同行してよろしいでしょうか?」
輝くような笑顔でシノブに謝意を伝えたミュリエルに続いたのは、セレスティーヌだ。彼女の顔や声音には、隠しきれない期待が覗いている。
「総督府まではね。そこから先は、今は保証できないよ」
シノブは、少し甘いかと思ったが、セレスティーヌの同行も許可をした。
そして彼は、午後から出かけると一同に宣言をした。それまでに、トヴィアスやベランジェ達に聞いて現地や前線の状態を確認しておこうと思ったのだ。
シノブは、うきうきした様子で食事をするミュリエルやセレスティーヌを見ながら、彼女達の願いが叶えられるように祈っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「シャルロットやアミィは、何でミュリエルがリーベルガウに行きたがるか、わかる?」
一旦庭に行ってから居室に戻ったシノブは、ソファーに腰掛けて待っていた二人へと問いかけた。姉であるシャルロットや、ミュリエルと仲の良いアミィなら、何か知っていないかと思ったのだ。
「私もわかりませんが……フレーデリータを気にしていたようですね」
「フレーデリータさんがリーベルガウに帰りたくなった、とかでは無いようですね。もしかすると、フレーデリータさんがお友達の様子を気にしたのかも……」
シャルロットは首を振り、アミィは小首を傾げながら答えた。
彼女達も思い当たるところが無かったようで、その顔からは僅かな戸惑いが感じられる。しかし、二人とも、フレーデリータに関連した何かだとは思っているようだ。
「やっぱりね。アミィ、トヴィアス殿や義伯父上はなんて言っていた?」
シャルロットの隣に座ったシノブは、向かいのアミィへと問いかけた。彼女はリーベルガウまで行って状況を確認してきたのだ。
幸い、ベランジェもリーベルガウを訪れていた。前日の夜から自領である都市アシャールに戻っていた彼は、ゴドヴィング軍管区に行く前にリーベルガウに寄っていた。それ故、アミィは思いのほか早くシェロノワに戻ってくることが出来た。
「神殿経由で総督府に訪問してほしいとのことでした。充分に護衛を用意してくださるそうです。街への視察も大歓迎だそうです。ベランジェ様は、そろそろリーベルガウの視察をお願いしようと思っていたと、お喜びでした」
アミィは、意外そうな顔をしているシノブへと説明を続けていく。
現地を統治しているのはトヴィアスだが、メグレンブルクとゴドヴィングの両軍管区の最高司令官はシノブである。攻略したばかりのゴドヴィングはともかく、治安も安定したメグレンブルクに最高司令官が顔を出さないのは、領民の掌握という意味では望ましくない。
しかも、シノブは神殿経由の転移や、竜での移動で時々リーベルガウにも訪れている。それなのに、領民の前に姿を現さないのは、人心乖離を招く元だというのだ。
「ベランジェ様は『奥方や婚約者を連れて街を視察したまえ。美人のご婦人方には、こういう時に活躍してもらうものだよ』と言っていました」
アミィは、苦笑しながら締めくくった。
おそらくベランジェは、妻や家族を連れていくことで領民の好感度を稼げ、と言いたいのだろう。確かに、姿も見せなければ、家族も連れて来ない統治者など、隔意があると言っているようなものである。
「そうか……シャルロットは大丈夫かな?」
「ええ。ジオノは是非訪問してほしい、と言っていました。護衛まで出してもらうことになりましたが」
シャルロットは、苦笑しながら領都守護隊司令であるジュスタン・ジオノの意図を説明する。
ベルレアン伯爵の家臣であったジオノは、フライユ伯爵となったシノブの下で仕えることを希望した。新たな英雄となったシノブと共に働きたいのもあるが、ベルレアン伯爵領から離れることとなったシャルロットやミュリエルを助けたいという思いもあったのだろう。
そしてジオノは、ミュリエルやセレスティーヌのみが新領を訪問しシャルロットだけが赴かない場合、ベルレアン伯爵の継嗣である彼女の不名誉になると危惧したらしい。
彼は、先日と同様にアルノーと50人の兵士を護衛として用意したという。王女も含めて三人の貴婦人を護衛するのだから、そのくらいは当然ではある。
「なるほどね……」
シノブは、二人の答えを聞いて、統治者である貴族は公人としての姿を常に意識しているのだな、と今更ながら感じていた。
領民からの視線に、貴族としての名誉。どちらも、単なる庶民であった彼が想像もしなかったものである。アムテリアの教えは、王族や貴族の存在を否定はしない代わりに、支配階級である彼らは特権に相応しい義務を果たすべきだとしている。
そのため、この国の支配階級の殆どは、民からどう思われるか、自身の立場に相応しい行為か、といったことを、非常に厳格に考えるようである。
「オルムル達はどうするのですか?」
「ああ、置いていくことにしたよ。今日は、イジェが一日ここで面倒を見てくれる」
朝食後、シノブは庭の訓練場に寄っていた。訓練場には、オルムルやシュメイ、ファーヴが暮らす岩屋がある。
リーベルガウは、竜に乗った兵士達が急襲して制圧した。そういう経緯があるので、竜やその子供を街中に連れて行った場合どう受け取られるか、シノブは今一つ不安であった。そこで彼は、オルムル達をシェロノワに残すことにしたのだ。
幸い今日は、イジェが一日シェロノワにいる。前日の夕方、大神官達が新たに加わった竜達のための神々の御紋を届けに来た。そのため彼女は、昨晩ヴォリコ山脈にいる四頭の炎竜に御紋を渡しに行ったが、今日は終日子供達の側にいるようである。
「その代わり、思いっきり魔力を与えてきたけどね。オルムル達は、お腹が一杯になって気持ちよさそうに寝ているよ」
岩屋の中で丸くなっている三頭の子竜の姿を思い出し、シノブは微笑んだ。
今までの経験からすると、オルムル達には今日一日どころか数日分もの魔力を与えたはずである。通常の食事とは違って魔力を過剰摂取しても、竜達に害はないらしい。もっとも魔力により生きる竜達だから支障が無いだけで、普通の生物であれば良くて体調不良、悪くすれば命に係わるところである。
「オルムルさん達は、普通より早く大きくなるかもしれませんね。イジェさんも、そんなことを言っていましたし」
アミィが触れたように、オルムルは通常の岩竜の子供に比べると若干大きいらしい。だが、真に驚くべきは大きさよりも彼女の能力である。
オルムルの飛行能力は、既に成竜と比べても遜色がないそうだ。それに魔力で物を包み込んで動かすなどの技も、両親達と同様かそれ以上に器用に使いこなす。
それらがシノブから魔力を与えられているからなのか、シノブやアミィ、ホリィなどから魔力操作を学んだからなのか、判断しがたい。ただ、彼女の成長はイジェなど他の成竜達から見ても並はずれたもののようである。
案外、成竜達がシノブの下に子供を預けているのも、自身の子供がより早く成長することを望んでいるからなのかもしれない。
「何だか早く大きくなってほしいような、このままでいてほしいような、複雑な気分だね。子竜達が元気に育っているのは嬉しいけど、抱っこ出来なくなるのは寂しいかな」
シノブはシュメイやファーヴを抱える度に、幼竜達が少しずつ重くなっていることに気がついていた。
特に、生後二ヶ月が近づいてきたシュメイは、後半月もすれば体重が50kgを超えるはずである。そして、更に一ヶ月後には、全長は2mほどになり、体重は300kgを超えるらしい。重さは身体強化をすれば何とかなるだろうが、サイズはどうにもならない。
「それなのですが……アムテリア様から海竜のリタンさんの腕輪をお預かりしています。オルムルさんのと同じで、大きさを変えるためのものです。たぶん、シュメイやファーヴが大きくなれば、新たな腕輪をお授け下さるのではないでしょうか?」
室内に自分達三人だけだからだろう、アミィはアムテリアの名を口にしていた。
オルムルが付けている腕輪は、彼女の意思に応じてその肉体を自由に小さくすることが出来る。その腕輪が海竜の子リタンに用意されたのなら、シュメイやファーヴにも与えられるのは間違いないだろう。
「そうか! それは嬉しいな!」
「シノブは、オルムル達のお父さんみたいですね。先々が楽しみです」
喜色満面のシノブに、優しく微笑んだシャルロットがそっと寄り添った。彼女は、自身のお腹に手を当てている。
子供を授かったシャルロットだが、まだ外見に変化は見られない。アムテリアが11月頃の出産だと告げたように、まだ八ヶ月も先だから当然だ。
とはいえ、彼女も徐々に母になりつつあるようだ。シノブの婚約者となった頃から男勝りの言動は少なくなったシャルロットだが、結婚後は更に女性としての魅力や深みが増してきたようである。
まるで、母であるカトリーヌのような優しい笑みを見せることも増えたが、決して丸くなっただけではない。落ち着きと器量の大きさを感じさせる姿は、家臣や軍人達も一層の敬愛を寄せているようである。
「ああ、この冬が楽しみだよ」
シノブは、シャルロットの輝くプラチナブロンドをそっと撫でつつ優しく語りかけた。愛する妻の幸福そうな姿は、彼にとって何よりの喜びである。彼は、この光景に更なる幸せを加えてくれるだろう新たな命を思いながら、心の底からの笑みを浮かべていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年7月16日17時の更新となります。