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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第12章 帝国の支配者
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12.06 平原の魔竜伯

「ガルック平原は寒いね」


 ガルック砦の城壁に降り立ったシノブは、外気の冷たさに思わず呟いた。吹きさらしの砦の上だけに、顔に当たる風は容赦なくシノブの体温を奪っていく。

 オルムルに乗ってシェロノワからここまで来たが、その間は魔力障壁で風を(さえぎ)っていた。そのためシノブは、さほど寒さを感じなかった。

 しかし魔力障壁を解除した途端、まだ冬のような高地の冷涼な空気が押し寄せてきた。砦の周囲は、まだ雪が深く積もっているから当然である。


「昨日は海竜の島でしたから、余計に寒く感じますね」


 アミィは、苦笑いしながらシノブに同意した。

 二人は、アムテリアから授かった白い軍服風の衣装を身に着けている。この服は防寒能力に優れた魔道具だが、流石に肌を晒している箇所までは守ってはくれない。


──涼しくて気持ちが良いですよ?──


──お家の近くみたいですね──


 シノブの腕に抱かれたシュメイとファーヴは、彼の顔を不思議そうに見上げていた。岩竜と炎竜は、どちらも険しい山の中に棲家(すみか)を作るから、幼竜であっても寒さには強いようである。


「魔竜伯だ……あれは、竜の子か?」


「乗ってきた竜が小さくなったぞ……」


 見張りの兵士達は、シノブが抱える幼竜達や、腕輪の力で猫ほどの大きさへと変じたオルムルを見て、驚きの表情で(ささや)いていた。東方守護将軍であるシノブの前であるから、彼らは敬礼した姿勢を崩さない。しかし、その一方で子竜達から目が離せないようだ。


「閣下、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 砦の中から現れたのは、ガルック砦の守護隊長を務める狼の獣人アリスト・ジャレットである。彼は、少し緊張した様子でシノブ達を砦の中へと(いざな)った。

 シノブとアミィはジャレットの後に続き、オルムルは三人の後をゆっくりと飛翔し砦へと入っていく。


「ありがとう。こちらの勤務には慣れたかな?」


 ジャレットに先導されたシノブは、彼に近況を尋ねた。実は、シノブとジャレットは旧知の仲であった。

 ジャレットはベルレアン伯爵領軍で参謀を務めていたが、つい最近この地にやってきた。王国軍が予想以上の速度でベーリンゲン帝国に進攻していったため、王領や各伯爵領から新たに多くの軍人が派遣されている。その中に、彼も入っていたのだ。


「お気遣い、ありがとうございます。ガルック砦は前線からも遠いので問題ありません」


 ジャレットは、シノブの柔らかな口調に安堵したのか表情を綻ばせた。

 彼はベルレアン伯爵領での出来事、イヴァールと愛馬ヒポが『戦場伝令馬術』で伝令騎士と競うことになった一件で、シノブの機嫌を損ねたままではないかと恐れていたようだ。

 『戦場伝令馬術』の件は、ジャレットと親しい騎士ジョフレがヒポの能力を疑ったことに端を発している。二人は新参者のシノブやイヴァールに恥をかかせようと考えたらしい。しかし、イヴァールやヒポが予想外の健闘をし、横車を押したジャレット達は逆に自身の不明を恥じ入る結果となった。

 そんな経緯もあり、ジャレットはシノブとどう接するべきか戸惑ったと見える。


「それは良かった」


 シノブは、ジャレットの内心を察してはいたが、それには触れなかった。

 突然現れた自分が魔術指南役となりベルレアン伯爵に重用されたのだから、多少の反発は仕方がないことだ。当時も今もシノブはそう思っていた。シノブとしては、イヴァールやヒポが正当に評価されることを望んだだけであり、ジャレット達が納得してくれればそれで充分だと思っていた。

 それに、ジャレット達は自身の軽率な行動の報いを受けていた。彼とジョフレは、先のガルック平原での戦いから外されていた。ベルレアン伯爵は、不要な波風を立てた彼らを領内に留めたのだ。つまり、彼らは戦で活躍する機会を失ったわけである。


「……閣下やベルレアン伯爵閣下から、ご配慮頂いたこと感謝しております。ジョフレもです」


 砦の司令室に入ったジャレットは、シノブに席を勧めながら呟いた。

 シノブ達が戦で大活躍したため、余計な難癖をつけたジャレット達は領軍に居づらくなったようだ。そのため、ベルレアン伯爵は彼やジョフレを国境警備の王国軍に転属させたらしい。

 だが、帝国と戦う前線を希望する者は多い。そこで、前線からも遠く閑職となってきたガルック砦を、彼の配属先としたようである。したがって一種の左遷ではあるが、ジャレット達からすれば過去の経緯が伝わっていないガルック砦は過ごしやすいのかもしれない。


「ご配慮下さったのは義父上だよ。ところで、今日のことは伝わっているかな?」


 シノブは、抱えていたシュメイとファーヴを床に降ろすと、ソファーに座った。アミィもシノブの隣に腰を下ろし、オルムルは幼竜達の脇に静かに降り立つ。


「はい、ガルック平原に街道を敷設してくださると伺っております。平原内は、既に立ち入り禁止としてあります」


 シノブの向かいに座ったジャレットは、真剣な表情で頷いていた。シノブは、前日の午前中にシェロノワから伝令を出していたのだ。


「それは助かる。巻き込まれると大変だからね」


 シノブは帝都進攻前に、あることを試しておきたかった。そしてガルック砦から旧ゼントル砦、現在はガンド砦と改称した東側の砦まで街道を引いてほしいと頼まれたとき、ここで試せると考えた。

 しかしシノブが考えた街道敷設方法は大規模な魔術を使用するから、平原の中にいるのは危険であった。


「その……街道の敷設は、竜の子も手伝うのでしょうか?」


 ジャレットは、僅かな躊躇(ためら)いの後にシノブへと問いかけた。彼は、シノブが何故(なぜ)幼竜達を連れてきたのか気になったようだ。


「ああ、この子達は連れてきただけだよ。まだ、イジェ達は戻っていないからね」


 シノブは、怪訝そうな顔をしているジャレットに、微笑みと共に答えた。

 シノブ達は、海竜の島で一泊し、今朝早くシェロノワへと戻ってきた。そして、炎竜イジェとイヴァールは、まだ北方へと飛行している途中である。そのためシノブは、預かっている幼竜達もガルック平原に連れてきた。幼竜達をシェロノワに残すより、この方が安全だからである。


「はあ……」


 シノブが詳しく説明しなかったため、ジャレットは彼の言葉を理解しかねる様子であった。そんな彼の様子を、アミィは面白く感じたのか、僅かに笑みを浮かべている。一方、幼竜達は初めてきた砦の様子が珍しいのか、室内をキョロキョロと見回していた。


「さて、それでは早速取り掛かるか」


 シノブは、従卒が用意したお茶を飲み干した。ガルック平原への街道敷設を終えたら、シェロノワに戻ってやることもある。したがって、あまりゆっくりしているわけにもいかない。

 彼は、窓から見える雪原に一瞬目を向けた後、再び幼竜達を抱えてソファーから立ち上がった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは、再びオルムルに乗ってガルック第二砦と第三砦を結ぶ城壁の手前に移動した。彼の背後には、巨大な城門があり、その手前は雪原となっている。

 ガルック第二砦と第三砦は、シノブがガルック平原の戦いの直後に土魔術で建造したものだ。戦いで作成した岩壁を砦の一部とし、そこから従来の砦や国境に沿って南北に伸びる城壁を結んだ新造の砦である。

 しかし、平原の向こう側、東のゼントル砦はメリエンヌ王国のものとなり、さらに東のメグレンブルクやゴドヴィングまで支配下に収めた。そのため、城壁の上は歩哨も少なく、その歩哨達もシノブ達の様子を興味深げに見下ろしているだけで、かつての最前線という印象は全くない。


 シノブ達の周囲は、城門の前ということもあり雪掻きがされていた。そのため、シノブ達がいる場所は地面が露出しているが、前方は人の背の倍くらいもある雪の壁である。したがって、彼のいる場所からではガルック平原がどうなっているかを見て取ることは出来なかった。


──ホリィ! ガンド砦側は大丈夫か?──


──はい、問題ありません! こちらも全員砦の中に退避しています!──


 ホリィは、約10km東にあるガンド砦にいる。彼女は、シノブ達と同様にガンド砦に降りて、そちらの守護隊長に兵士達が平原に入っていないかを確認していたのだ。


──シノブさん、平原には誰もいません!──


 こちらは、上空のオルムルである。オルムルは、シノブとアミィ、そして二頭の幼竜達を地上に残し、空から平原を確認していた。


「この積雪ですからね。それに、元々は国境だったから、民間人の立ち入りは禁止されていますし」


 アミィは、シノブの脇でシュメイとファーヴの面倒を見ていた。彼女は、雪を集めて遊ぶ幼竜達を微笑みと共に見守っている。


「そうだね……それじゃ、街道を造るよ」


 光の大剣、光の首飾り、光の盾の三つの神具を装着したシノブは、暫し目を(つぶ)った後にアミィに宣言をした。そして彼は、光の盾から四つの光鏡を出現させた。光鏡のうち三つはシノブの前面に、残り一つは雪原の上に移動していく。


「光鏡は、大きさだけじゃなくて、形も制御できるんですね……」


 アミィは、シノブの正面に広がった一つの光鏡を見て呟いていた。

 前面に移動した光鏡のうち手前の二つは小さな円盤のままだったが、その向こう側で巨大化した光鏡は半円状に形を変えていた。雪原よりも遥かに背の高い巨大な光鏡は、地面に接するか接しないかという位置に浮かび上側に弧を向けている。そのため、一見すると巨大な円盤が地面から半分だけ覗いているようであった。


──行くぞ!──


 シノブは、ホリィやオルムルにも聞こえるように、心の声を発すると、巨大な光鏡を前進させた。すると、光鏡は前方の雪を吸い込みながら前に移動し、その後ろに同じ大きさの岩壁が出現する。

 岩壁は光鏡とほぼ同じ大きさだが、その内部は空洞になっているため、巨大なトンネルのように見える。屋根の厚みだけでも人の背と同じくらいはあり、内部は大きな馬車が余裕を持って並べるだけの広さがある。


──シノブさん、順調に伸びています! 2kmを超えました!──


 上空のオルムルは、嬉しげな思念でシノブに状況を伝えてくる。彼女は、光鏡が進むのと合わせて東に移動しているようだ。


──アミィさん、吸い込まれた雪はどうなるのですか?──


 シュメイは、雪遊びを止めてアミィを見上げていた。彼女の脇では、ファーヴも同様に金色の瞳で見つめ答えを待っている。


「四つ目の光鏡を雪原の上に向かわせたでしょう? あの光鏡から、雪原の上に出てくるんですよ」


 アミィは、二頭の幼竜達にシノブがどのように街道を造っているかを説明した。

 巨大な光鏡が吸い込んだ雪は、雪原の上に移動した四つ目の光鏡から噴き出していた。四つ目の光鏡は、巨大な光鏡と同じ速度で、東に向かって移動している。そのため、シノブが造った岩壁から少々離れたところには、排出された雪の壁が並んでいる。


──シノブさんは、あんな向こうまで岩壁を造ることが出来るんですね!──


 ファーヴは、オルムルが伝えてくる距離に驚いたようだ。オルムルが思念で伝える数字は、既に5kmを超えている。


「あれは残り二つの光鏡のお蔭です。シノブ様の手前に残った小さな光鏡、あれを通して大きな光鏡に続いていった光鏡から魔力を出しているんです」


 アミィは、残り二つの光鏡の役目をファーヴに教えた。

 シノブの正面1mほどの位置に浮かんでいる光鏡は、彼の魔力を吸い込む。そして、先頭の巨大な光鏡の直後に続いている光鏡から出た魔力によって、岩壁は形成されている。したがって、シノブは光鏡が移動可能な範囲なら、自身の近くと同じように魔術を使うことができるのだ。


──シノブ様、もうすぐガンド砦に到達します! 秒読み開始します……3、2、1、完成です!──


 シノブは、ホリィの魔力を目印として巨大な光鏡を進めていた。そのため、彼は光鏡の行方を直接確認できないにも関わらず、岩壁はガンド砦へと真っ直ぐ伸びている。だが、そのまま伸ばしたらガンド砦の城壁にぶつかってしまう。そこで、ホリィがシノブに終了のタイミングを伝えたというわけだ。


「ふう……無事に完成したか」


──シノブさん、これはトンネルというものですか?──


 安堵の表情を浮かべたシノブを、シュメイは下から見上げている。どうも、ヴォルケ山から逃れてくる途中にシノブが掘った洞窟を思い出したようだ。


「これはトンネルというより屋根付きの道路じゃないかな……実は、左右は完全には塞いでいないんだよ」


 シノブは、シュメイとファーヴを抱いて自身が造った街道の中へと入っていった。アミィも、その後に続いていく。

 半円状の天井を持つ街道は、シノブが言う通り左右に一定間隔で穴が開いていた。暫くは上り勾配となっている街道は、途中で雪原の上に出ているらしく、途中から光が差し込んでいる。


「雪に埋もれると困るから天井を付けたんだけど、そのままじゃ換気が出来ないからね。それに、中が暗くて見えないだろうし」


 シノブは、街道の構造について二頭の幼竜達に説明していく。

 積雪の激しいガルック平原は、冬場は完全に閉ざされてしまう。そのため、一年を通して行き来するのは、単純に街道を引くだけでは困難だ。しかし長距離のトンネルでは空気が淀むし、灯りが無いのも困る。そのため、地上に屋根付きの街道を建設したのだ。


──シノブ様、内部も完璧です!──


──外側も綺麗に仕上がっています!──


 街道の前方からはホリィが、そして、後方からはオルムルがやってきた。彼女達は、中と外の両方から仕上がりを確認しながら戻ってきたのだ。


「ありがとう! これで街道も出来たし、光鏡があれば遠距離でも魔術を使えると確認できたね!」


 シノブは、帝都攻略に今回の光鏡経由での魔術行使を応用するつもりであった。

 二日後に迫るミュリエルの誕生日を過ぎたら、次の作戦を行う予定となっている。その前提条件の一つが、これでクリア出来た。そのため、シノブの声には喜びが満ち溢れていた。


「ガンドさん達の準備も順調ですし、ガルゴン王国やカンビーニ王国からの支援もあります。これなら大丈夫ですね!」


 アミィも、シノブに笑顔を向けていた。彼女の言葉に、腕に止まったホリィも頷いていた。

 シノブ達は、竜達に帝都攻略を手伝ってもらうつもりであった。彼らはシノブのもう一つのアイディアを元に帝都を囲む雷撃への対策を準備しているのだ。

 そして、ガルゴン王国やカンビーニ王国は、人材や各種物資を送ってきていた。あまりに急激に拡大した領地を治めるには、王国だけでは人も物も不足していたからである。

 軍に関しては指揮系統の混乱を防止するため王国兵で固めてはいるが、新たに得た土地の治安維持など、仕事は幾らでもある。彼らは磐船に乗って、王都メリエやマリアン伯爵領の領都ジュラヴィリエなど両国に近い都市からメグレンブルクやゴドヴィングへと移動している。


「そうだね……そうだ、義伯父上や義父上にも、成功を伝えないと!」


 シノブは、懐から紙片を取り出すと急いで街道敷設について記していった。


 街道が繋がったことで、陸路での大量輸送が可能となった。ガルック砦やガンド砦まで登ってくる道は、軍道として充分整備されているから、これから春になれば問題はないだろう。それに次の冬までに、ここと同じような整備をすることも出来る。

 帝都への進攻の障害となる雷撃も、今回の方法を応用すれば多少の制限はあるが回避できるはずだ。明るい見通しに顔を綻ばせたシノブは、それらを記した紙片を通信筒に入れると、遠く東にいる先代アシャール公爵ベランジェの下に転送した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──シノブさん、『排斥された神』って一体何なのでしょうか? 炎竜の皆さんを従えたり、人間を作り変えたりしたんですよね?──


 ガルック砦とガンド砦の双方に街道の完成を伝えたシノブ達は、来た時と同様にオルムルに乗ってシェロノワに引き返していた。

 オルムルの上には、シノブの前にファーヴとシュメイ、後ろにアミィが乗っている。そして、オルムルの横にはホリィも並んで飛んでいる。


「どこか、別のところから来た神みたいだけど……」


──あんな酷いことをするなんて、本当に神様なのでしょうか?──


 シノブの呟きに反応したのはシュメイである。子竜達は、『排斥された神』の力に触れたことは無いが、彼女は、帝国の魔道具によって両親達が隷属させられた姿を見ている。シュメイは、その時のことを思い出したのか、(いきどお)りとも恐怖ともつかぬ感情を乗せた思念を放っていた。


「神様か……俺のいた国では、神様っていうのは自然に宿ると考えられていたんだ。だから、人間にとって都合の良い神様だけじゃなくて、嵐や洪水とか疫病とかを司る神様もいるんだよ」


 シノブは、幼竜達に理解できるだろうかと思いつつも、彼らに答えていった。


 この世界では、アムテリアを頂点とした七柱の神がいる。シノブが今まで教わった知識や、実際にアムテリアと接して受けた印象では、彼らは善神というべき存在のようである。

 もちろん、全てが人間の思うままになる都合の良い神ではないが、世界をより良く発展させるという意思を持った神々であるのは間違いないようだ。


 それに対して、地球の神話には災厄を司る神や善神と対立する悪神が存在する。しかし、帝国の『排斥された神』、雷撃を操る何者かは、そういう自然の摂理に組み込まれた災厄神とも異なるようにシノブは感じていた。


──悪いことをする神様がいるのですか?──


 案の定、子竜達には悪神の存在は理解し難かったようだ。ファーヴは戸惑い混じりの思念を返してきたし、オルムルやシュメイも同じような疑問を(いだ)いているらしい。


「自然現象を司る神様は、必ずしも悪いとは言えないけどね。悪というなら、悪魔とかが近いのかな」


 シノブは、以前から思っていたことを竜達に語っていた。

 地球の歴史では、神々の序列は人間界の力関係を表しているとも言える。征服者が従えた民族の神を自身の神の下に置く、あるいは悪と決めつけて排斥する。それらは歴史上、珍しくもないことだ。

 その一部は征服した側の神に習合され、あるいは一族に組み込まれた。しかし、悪魔や鬼、妖怪などとして(おとし)められた例もある。

 『排斥された神』が、この世界の神であるアムテリア達に退けられたのではないとすれば、別の世界で排斥されたのではないだろうか。シノブは、そう考えていたのだ。


「悪魔ですか……雷撃を使う悪魔って……」


 アミィは『排斥された神』の特徴である雷撃から、その正体を探ろうとしたようだ。

 現在のところ『排斥された神』について判明していることは、雷撃の他には神像の姿くらいしかない。右手で槍のようなものを振りかざし、左手に稲妻のようなものを握った神像である。


「もし『排斥された神』という名が正しいなら、悪魔というよりは悪魔に落とされた神かな」


 シノブは口にしたように、単なる悪魔というよりは過去には神や天使として崇められた存在ではないかと考えていた。

 例えばサタンはルシフェルという天使の堕した姿だというし、地中海世界や中近東の神々の一部も悪魔としてその配下に加えられている。もちろん、これらは一例であり、他の宗教や神話でも敵対する神々を悪と定義し(おとし)めた例は幾らでもある。


「幾つか思い当たるものはあるんだけど……でも、思い込みは危険だからね。それに、地球から来たとも限らないし。とりあえずは、雷撃を使う得体のしれない敵ってことで良いんじゃないかな」


 まだ姿を見たこともない敵の正体を決めつけるのは危ういと、シノブは感じていた。

 確たる証拠もないのに勝手な想像で恐れる、あるいは侮る。いずれも害となるであろう。ならば自身の力を高め、仲間と手を(たずさ)えて備えるべきだ。不確かな予想に左右されるより、その方が前向きだと考えたのだ。


──そうですね! シノブさんなら悪い神様なんて倒してくれます!──


 オルムルは、そんなシノブの内心は理解できなかったのかもしれない。彼女は純粋な信頼を明るい思念に乗せ、シノブに伝えてきた。


──オルムルお姉さまの言う通りですよね!──


──シノブさんには、アムテリアさまのご加護があります!──


 オルムルの思念を聞いたシュメイやファーヴは、元気を取り戻したようだ。二頭の思念も、それまでとは違って曇りのないものとなっている。


「ああ、俺に任せてよ!」


「そうです! シノブ様なら大丈夫です!」


 生まれたばかりの幼竜達に、シノブは朗らかな笑みと共に力強く宣言した。そして、アミィも優しくも力強い口調でシノブに続く。


 オルムルは、背の上の陽気な雰囲気が乗り移ったかのように、飛行速度を上げていった。もしかすると、彼女は幼竜達を元気付けるために、敢えて明るい予想を口にしたのかもしれない。

 まだ生後半年少々のオルムルですら、幼少の同族を守ろうとしている。ならば自分は、オルムルやアミィ、そして更に多くの人々を守ろう。もちろん、一人だけで出来ることではない。側にいる者の力を借りながら、相談しながら、乗り越えていけば良い。


 いつの間にかシノブは、西に飛ぶオルムルの進む先を見つめていた。そこには、自身の愛する家族、守りたい人々が待っている。その人々こそ、力の源なのだ。

 己の拠り所を再認識したシノブは、シェロノワへと飛翔するオルムルの背の上で、温かな笑みを浮かべていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年7月14日17時の更新となります。


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