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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第12章 帝国の支配者
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12.05 海竜島の魔獣 後編

 巨大な烏賊(いか)の魔獣、島烏賊を退治したシノブ達は、磐船を海上へと戻し航海を再開した。再び海上を走る磐船の上空には、戦いなど無かったかのように金鵄(きんし)族のホリィが気持ち良さそうに飛翔している。


──イカも美味(おい)しいです!──


──もう少し下さい!──


 触手や甲の柔らかそうなところを持ち帰ったオルムルは、甲板の上で幼竜のシュメイとファーヴに与えている。炎竜イジェのブレスが直撃した島烏賊は炭化した部分も多いため、オルムルは触手などブレスから遠い場所を取ってきたようだ。幼竜達は、それらを脇目もふらず啄んでいる。

 成竜は自然から吸収した魔力だけで生きるが、幼竜達はそうはいかない。子供のうちは、魔力を吸収する能力が未発達なようで、魔獣が持つ魔力を食事によって己のものとするのだ。

 なお、一般には大きな魔獣ほど魔力が多いそうだ。そのためか、シュメイとファーヴは、オルムルが取ってきた触手や甲を猛烈な速度で啄み、飲み込んでいる。


「意外に柔らかいんだね」


 シノブも、少し貰って食べてみた。島烏賊は全長100mもある大物だ。そのため彼は、もっと固いと思っていたのだ。

 しかし、アミィが醤油を付けて少し焼き直した触手は、ほどよく柔らかい。シノブは、串に刺された醤油の香ばしさが漂う焼きイカを、顔を綻ばせて食べている。


──柔らかいところを選んできましたから!──


 オルムルは、得意げな様子である。シノブや幼竜が喜んで食べているのが、嬉しいようだ。

 そんな彼女は、一際大きな塊を食べていた。幼竜達とは違い、彼女は馬よりも大きな体を持つ。そのため、人の胴ほどもある甲の一部を巨大な口で丸呑みにしていた。


「シメオンさんやイヴァールさんも食べませんか?」


 アミィは、串に刺した焼きイカを、シメオンやイヴァールへと差し出した。

 彼女は先ほどまで、オルムルが取ってきた触手や甲のうち、良さそうな部分を切り分けて魔法のカバンへと仕舞っていた。どうやら触手の先のほうや外套(がいとう)膜についているヒレなどは、比較的柔らかいようだ。


「それでは頂きましょう」


「……おお! 旨いな!」


 シメオンとイヴァールは、アミィが差し出した串を手に取り食べだした。シメオンは端の方から少しずつ上品に、イヴァールは串に刺された塊を一気に口に入れてと食べ方は随分異なるが、未知の食物に躊躇(ちゅうちょ)することもない。

 彼らは、アミィが作る変わった料理、つまり日本食を口にすることが多い。そのため、彼女が出す食べ物は、少々変わっていても外れはないと思っているのだろう。

 なお、イカやタコは、王都メリエでも乾物として売られている。したがって、島烏賊も規格外の大きさを別にすれば、それらと同じだということも出来る。


「醤油味が美味(おい)しいですね」


 ジェルヴェも、アミィから手渡された串焼きを味わっている。彼は、シノブやアミィと接する時間が長いこともあり、和食風の味付けにも慣れたようだ。


「本当ですね……」


 一方、この中では一番後に仲間に加わったアルノーは、醤油も珍しければイカも珍しいようである。彼は、長らく戦闘奴隷として内陸のベーリンゲン帝国にいたため、もしかするとイカを食べるのも初めてなのかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……もうすぐ島を一周するが、海竜は出てこなかったな」


 串焼きを食べ終わったイヴァールは、残念そうな表情で海面を見つめていた。

 彼は、ドワーフ達が造った鉄甲船、磐船が海上でも問題ないと確認できて喜んでいた。自分達が造った船が、本当に海でも活躍できるかが気になっていたようである。とはいえ、海竜との出会いにも少しは期待していたのだろう。

 イジェに曳かれて南に進む磐船は、島を四分の三以上は周ったようだ。その間、島烏賊以外に姿を現した魔獣はいない。もっとも、並の魔獣であれば成竜であるイジェから逃げて当然である。したがって、島の周囲を巡る一時間以上の航海は、先ほどの島烏賊との戦いを除けば、実に平穏なものであった。


「イジェ殿と狩場の中を周っていたら、向こうも気がつくかと思いましたが、そう上手くは行きませんね」


 シメオンが語った内容が、炎竜イジェと航海した理由の一つである。

 シノブ達が訪れた島は、海竜の棲家(すみか)で間違いないようだ。島には海竜の姿は無かったが、子竜に泳ぎを教えている最中なら、この辺りにいる可能性は高い。岩竜や炎竜も、子育ての後半は長時間の飛行訓練などで棲家(すみか)に丸一日帰らないこともあるという。

 しかし、竜の魔力感知能力は高いから、島の近海にいるのなら他の竜の存在に気がつくだろう。そう考えたシノブ達は、島を一周することにしたのだ。


「いや……そうでもないぞ。下から何か来る!」


──『光の使い』よ。深海から何か上がってきます。おそらく海竜でしょう!──


 シノブに僅かに遅れて、イジェも緊迫した思念を伝えてくる。この辺りは、100m級の巨大イカが潜むくらいである。島の近くは別として、かなりの深さがあるようだ。


「総員、戦闘配置! 両舷共に大型弩砲(バリスタ)の準備を終えたら待機しろ!」


 アルノーは、甲板に設置されている伝声管へと叫ぶ。

 海竜であれば、シノブやイジェが話しかけることになる。しかし万一、島烏賊のような魔獣であれば戦闘になるかもしれないから、警戒は当然であろう。

 イヴァールやシメオンも、それまでの寛いだ様子から一変して真顔そのものだ。イヴァールは背中の戦斧を確かめるように一瞬手を添え、シメオンは再び命綱を近くの手すりに取り付けた。

 それにアミィとジェルヴェも、二頭の幼竜に命綱を装着していく。


「凄い速さみたいですが……海中だと、わかりにくいですね」


 振り返ったアミィの顔には困惑が滲んでいる。彼女も接近する魔力を感じ取ったようだが、普段と勝手が違うことに戸惑っているらしい。


「そうだね……」


 シノブも探るが、地上や空中と違って相手の位置が(つか)みにくい。

 巨大な魔力が接近していることは感じ取れる。しかし海中(ゆえ)か魔力が多い特殊な海域だからか、今一つ距離が判然としないのだ。


──右の方に浮上します!──


──右舷に影が!──


 イジェとホリィの思念が、同時にシノブに伝わってくる。

 自身が海水に()かっているせいか、イジェはシノブやアミィより正確に相手の位置を把握しているようだ。そしてホリィは魔力感知ではなく、海面の変化で気がついたとみえる。


「デカいな!」


「これは、岩竜や炎竜以上ですね……」


 イヴァールとシメオンは、右舷の海上に現れた海竜の姿に絶句していた。

 100mほど向こうに浮上した青い巨竜は、首だけでイジェと同じくらい、つまり20mくらいありそうだ。とはいえ海面に(そび)え立つ首はほっそりして、頭部も長さの割には小さい。そのため、まるで象の鼻が水面から突き出しているかのようである。

 そして首の後には、巨大な亀のような胴体が海上に僅かに覗いていた。亀とは違って甲羅などは無いらしい青い胴体は、波に隠れて判然としないが少なくとも10m以上はあるのではなかろうか。


「やっぱり、首長竜に似ているな」


 少なくとも海上に現れている部分からは、巨大な首長竜としか言いようがない。もっともシノブが知っている首長竜は、最大の種でも20mには届かないはずである。そのためシノブも、海上の青い巨竜を食い入るように見つめていた。


──我らの同族を使役するなど、許さん!──


 海竜は怒りが滲む強烈な思念をシノブ達に叩きつけると、その口から青いブレスを放ってきた。巨体に比べれば針のように細く絞られたブレスは、磐船とイジェを結んでいた鎖を呆気(あっけ)なく断ち切ってしまう。


──私は使役されているわけではありません!──


 幸い、ブレスはイジェや船体には被害を与えていなかった。そのためイジェは前足に残った鎖を磐船の甲板に降ろすと、そのまま宙に舞い上がる。

 彼女は磐船の右舷に移動し、そのまま船を守るように浮かんでいる。


「あのブレスって、ウォータージェットみたいなものか!?」


 シノブは、急いで磐船の右舷に魔力障壁を張った。彼は念のために光の大剣を出して、魔力の増強もしている。


「すっぱり切れていますね!」


 アミィは、イジェが甲板に降ろした鎖の切断面を見て、感嘆したような声を上げていた。

 岩竜のブレスは、命中した対象を押しつぶすようなものであり、炎竜のそれは高温の炎で燃やしつくすものであった。しかし鎖を見ると、圧潰でも溶解でもない、まさに切断としか言いようのない状態である。


──どうやら精神まで操られているようだな! 少々手荒だが許せ!──


──誤解です! 私は自分の意思で『光の使い』に協力しているのです!──


 海竜は、鎖を断ち切ったものとは違う広範囲に広がるブレスを放ってきた。しかしイジェは、ブレスを魔力障壁で防いでいるらしく、彼女の体に当たることはない。彼女は、海竜に向けて少しずつ前進をしている。

 しかし、イジェは思ったように前に進めないようだ。海竜のブレスは、かなりの水量らしく、その衝撃も凄まじい。そのため、磐船もブレスが魔力障壁に当たる度に、大きく揺れている。


──母さま、頑張って!──


──イジェさん!──


 シュメイとファーヴは、イジェの応援をしていた。シュメイは、自分達を守る母の背中を心配そうに見つめ、ファーヴは背中の翼を動かし甲板の上で跳ねている。


──何と、子供達まで捕まっているのか!──


──捕まっているのではありません! シノブさんは、アムテリアさまに認められたお方なのです!──


 驚愕したような海竜に、上空から呼びかけたのはオルムルである。彼女は、シノブが作った魔法障壁を飛び越えて、海竜の上に移動していたのだ。


──シノブさん、神々の御紋を!──


 オルムルは、シノブに御紋を(かざ)すように促した。彼女は海水浴をしたため、装具を外したままだ。磐船を曳いていたイジェも同様である。そのため、シノブが持つ御紋を見せるのが最も簡単である。


──わかった! 海竜よ! 君を呼んだのは私だ! 君達を狙う者がいると、警告をしたかったんだ!──


 シノブは、磐船の前に魔力障壁を維持したまま、重力魔術で宙に飛びあがった。そして彼は、懐からアムテリアから授かった御紋を出すと、海竜に見えるように(かざ)す。


──おお……何と神々しい光だ……そなたは、大神アムテリア様の御使いなのか?──


 海竜は、ブレスを止めてシノブが持つ神々の御紋から放たれる七色の光を見つめていた。アムテリアの存在は海竜達も知っているようだ。


──その通りです。ですから『光の使い』と言ったでしょう──


 我を忘れたかのように御紋の神秘的な輝きを見つめる海竜に、イジェは安堵したような思念で語りかけていた。同じ竜族のブレスを防ぐのは、彼女にとっても並々ならぬ苦労であったようだ。そのためだろう、彼女の思念には、どこか疲れたような雰囲気が漂っている。


──それは済まぬことをした。(われ)の名はレヴィ。『光の使い』よ。我らを狙う者とは、一体何なのだ?──


 海竜レヴィは、高くもたげていた頭を海面近くまで下げながらシノブに問いかけてきた。

 どうやら、誤解は解けたようだ。そう思ったシノブは、穏やかな笑みを浮かべながら、ベーリンゲン帝国や『排斥された神』について、レヴィへと説明し始めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──そのような邪神がいたとはな……『光の使い』よ。わざわざ知らせに来てくれたのに、済まぬことをした──


 海竜レヴィは磐船を曳きながら、改めて謝罪をした。

 レヴィが切った鎖は、シノブが土魔術を使って元通りに直している。その鎖をレヴィは口で(くわ)えながら、曳いているのだ。

 話に聞いていた通り、海竜は首長竜と良く似た体形であった。縦長の楕円形の体から四本のオールのような手足が生え、その後ろの尻尾は短い。首の付け根から尻尾の先までで20mくらい、残りの頭から首が同じくらいである。

 色は背が濃い青だが、腹部は薄い。レヴィは一度宙に浮いてシノブ達に全身を見せてくれたが、腹部や首の前面など下になる側は白っぽい青で、それ以外は海面のような濃い青をしていた。


──レヴィの無礼、お許しください──


 こちらはレヴィの(つがい)、雌竜イアスである。イアスは磐船の右舷側を、夫と並んで泳いでいた。なお二頭は、イジェと同じく二百数十歳だという。


──父さまは、母さまと私を守りたかっただけなのです──


 甲板の上にいるのは、彼らの子供のリタンである。彼は、オルムルやシュメイ、ファーヴと並んでいた。

 リタンは生後四ヶ月くらいの雄の幼竜だが、既に全長5mはある。もっとも、半分は長い首だから、それを除けば成長の度合いは岩竜や炎竜と変わらないともいえる。

 なお、海竜の子供も親とは違って色が薄かった。リタンの上面は薄い水色、下の方は真っ白である。


「知らない竜や船が縄張りに入っていたのだから、当然だよ。気にしないで」


 シノブは、彼らから聞いた話を思い出していた。


 海竜達は、かなりの長時間潜水できるという。成竜なら丸一日近く、幼竜のリタンでも一時間は潜れるらしい。

 生後三ヶ月を過ぎると、海竜の子供は一日の大半を海中で過ごすようになる。もっとも、巨大な海生魔獣がいる海域であり、親達が付きっきりで泳ぎの訓練をするようだ。リタンも生後二ヶ月くらいで泳ぎを覚えて、三ヶ月目には、シノブ達が遊んだ湾から外に出るようになったそうだ。


 彼らは、潜水の訓練をしているときに、シノブの思念を感じ取ったという。そのとき三頭は、もう少し遠洋の、狩場の境界に近いあたりにいたらしい。

 自身の棲家(すみか)からと思われる思念を感じ取ったリタンは、非常に驚いたようだ。そして、海中を用心しながら戻ってきた三頭は、イジェや磐船と遭遇したのだ。


「両方とも無事だったんだから、それで良いじゃないか」


──そうですよ! 気にしないで下さい!──


 シノブがリタンの頭を撫でながら笑いかけると、オルムルも大きく頷きながら同意していた。そして、シュメイやファーヴも、オルムルに続いて慰めの言葉を掛けている。


「できれば他の海竜達にも伝えたいんだけど……」


──レヴィ。貴方達は他の海竜の魔力波動を知っているはずです。それを『光の使い』に教えてください。彼は、私達よりはるかに遠くに思念を届かせることが出来ます──


 シノブに続いて、イジェがレヴィへと呼びかける。現在、彼女は磐船の上をゆっくり飛行している。


 海竜は、他に六頭はいるらしい。しかし、彼らは広い海を自由に回遊しているため、この島の近くにはいないようだ。そしてレヴィ達は子育てのためこの海域から離れることは難しい。そこで、レヴィから魔力波動を教わり、残りの海竜達に思念を伝えようというわけだ。


──もちろんだ。『光の使い』よ、これが我らの長老の波動だ。こちらが(つがい)の……──


 レヴィは、シノブに魔力波動を伝え始めた。シノブは、伝わってくる波動に意識を集中しながら把握していく。

 海竜達は、あちこちに散っているため、一度では伝わらないかもしれない。しかし、一頭でもシノブの思念を受け取れば、後はその海竜が伝えてくれるとレヴィは言う。したがって、遠からず海竜全体に帝国に関する警告を伝えることが出来るだろう。

 思わぬハプニングはあったものの、無事に海竜と会うことが出来た。安堵と高揚を胸に(いだ)いたシノブは、海竜レヴィが伝えた魔力波動をイメージしながら、強く思念を発していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 レヴィ達の棲家(すみか)の前に広がる砂浜に戻ってきたシノブは、海竜達にアムテリアの神像を見せ、転移についても説明した。そしてアミィは実際にシェロノワへと戻り、シャルロット達を連れてくる。


「海竜の皆様。シノブの妻のシャルロットです」


「レヴィさん、イアスさん。ミュリエルです、よろしくお願いします!」


 シャルロットとミュリエルは、それぞれ海竜達に挨拶をしている。彼女達は、岩竜や炎竜とは違う海竜の姿に興味を示しているようで、瞳を輝かせながら二頭の竜を見上げていた。

 ちなみに海竜達も人間の言葉を最初から理解できた。アムテリアは、彼らにも人語を(かい)する能力を授けていたのだ。

 しかもレヴィ達は既に『アマノ式伝達法』を修得している。そのため彼らはシノブやアミィの助けを借りず、自身の声で返答していく。


「メリエンヌ王国の王女セレスティーヌと申します。我が王国は、皆様との友好を望んでおります」


 セレスティーヌは、早速メリエンヌ王国と海竜達の間に友好関係を築こうとしていた。

 岩竜や炎竜と結んだ協力関係は、島に戻るまでにシノブが多少は伝えた。それ(ゆえ)レヴィ達も高い関心を(いだ)いており、今も王女の言葉に深く耳を傾けているようだ。


「アミィ様、このくらいで良いでしょうか?」


「はい! 大丈夫です!」


 そして、アミィはといえば、砂浜でバーベキューの準備をしていた。彼女は、再び魔法の家を砂浜に展開し、少し離れた場所に焚火の準備をしているのだ。そして従者見習いの少年達は、アミィの指揮下で忙しく働いている。


「アミィさん、このお魚は、どうしましょうか?」


 侍女のアンナが、魔法の家の中から姿を現した。

 侍女達は、魔法の家の中で食材を切ったり調理したりと、こちらも忙しい。多くは、魔法のカバンに入っていた食材で、アンナも良く知っているものだ。しかし、島烏賊や、あの後にレヴィ達が獲ってきてくれた魚などは、アンナにとっては初めて見る食材だ。そのため、一応確認しようと思ったのだろう。


「それは、切り身を照り焼きにしましょう。醤油を元にしたタレがありますから!」


「わかりました!」


 アンナは、アミィの指示を聞いて足早に魔法の家へと入っていく。

 なにしろ、バーベキューに参加するメンバーは大人数である。海水浴に参加した従者見習いや侍女、アリエルやミレーユなど護衛の騎士も再び呼んできた。もちろん、アルノー以下の兵士達もいる。総勢で七十名を超えるため、侍女だけではなく、アリエルやミレーユまで食事の手伝いをしているのだ。


「これで良いかな?」


「大丈夫です!」


 シノブは、土魔術で簡単な(かまど)を造っていた。

 三方を覆っただけの(かまど)の上には、これも土魔術で(こしら)えた薄い板が乗っている。石製の板は火が通るように細い棒を幾本も渡したもので、その上に食材を置くのだ。


──シノブさん達は、火を使って食べるのですか──


──そうなんですよ。人間は、生のお肉を食べないのです。魔力が失われて美味(おい)しさが減ると思うのですが──


 海竜の子リタンは、オルムルと一緒にシノブ達の様子を眺めていた。

 食材の準備には、オルムル達も協力してくれた。成竜達は非常に大きいから、彼らが捕まえる獲物はどうしても巨大になってしまうのだ。

 そこでオルムルとリタン、それにホリィは人間が食べやすい大きさの魚などを、日も落ちかけた海から沢山獲ってきてくれた。


 オルムル同様にリタンもブレスを使えるから、二頭は細く絞ったブレスで大きめの魚を仕留めた。

 一方ホリィは、風魔術を使って魚を水上へと巻き上げ足で捕まえるという豪快な漁だ。もっとも青い色を除くと彼女は普通の鷹と変わらない外見や大きさだから、獲った魚も大きめのアジ程度である。


──そのまま食べたら楽なのに──


──人間は、生のままだとお腹を壊すらしいですよ?──


 こちらはファーヴとシュメイである。シュメイの方がオルムルといた期間も長いから、その分、人間の生活にも詳しいようだ。

 ちなみに子竜達は早々に食事を開始していた。彼らが食べているのは島烏賊や大魔蛸などで、いずれもレヴィやイアスが獲ったものだ。


「刺身って言って、俺の故郷では生のお魚を食べることはあるけどね。でも寄生虫が怖いから、火を通す場合が殆どかな」


 (かまど)を作り終えたシノブは、子竜達の会話に混ざった。オルムル達四頭の子竜は、シノブが語る内容を興味深げに聞いている。


「シノブ、ここの魚は『サシミ』には向かないのですか?」


 レヴィやイアスへの挨拶を終えたシャルロットは、シノブの側に歩み寄ってくる。彼女は、シノブと子竜達の会話を聞いていたようだ。


「う~ん、大丈夫だとは思うんだけど……」


「シノブ様、魔力で反応を調べたから大丈夫ですよ! ホリィが獲ったアジみたいなお魚を刺身にしてみました!」


 首を傾げてみせたシノブに、後ろからアミィが快活な声を掛けた。この世界の生き物は、全て魔力を活用して生きている。そのため、魔力感知が出来れば生体反応が判別可能なようだ。


「今、持ってきますから、ちょっと待っていて下さいね!」


「アミィ、俺には酒を頼む!」


 魔法の家に向かって駆けていくアミィに、イヴァールが大きな声を張り上げた。イヴァールは、つい先ほどまでは磐船の点検をしていたが、何の問題もなかったようで朗らかな顔をしていた。


「そうか……今日は刺身が食べられるのか……」


「シノブ様は魚、イヴァール殿は酒があれば、他には何もいらないようですね」


 嬉しげに顔を綻ばしたシノブに、魔法の家から出てきたシメオンが冷やかすような言葉を掛けた。半日ゆっくり過ごしたせいか、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「そ、そうかな……他にも大切なものは沢山あるつもりだけど」


 シノブは、頭を掻きつつシャルロットの方にちらりと視線を向けた。そんな夫の様子に、シャルロットは優しい笑みで応える。


「これは失礼しました。ですが、奥方様と仲が良いのは良いことです」


「そうですわね。未来の奥方様が心配でキッチンを覗きに行った方のお言葉ですから、尚更説得力がありますわ」


 シノブとシャルロットに意味深な笑みを向けていたシメオンだが、背後から掛けられた言葉に驚いたのか、素早く振り返っていた。そこには、シメオン同様の笑みを浮かべていたルシールが立っている。


「ほう! シメオン殿がミレーユ殿の心配をな! これは驚いた!」


 大声を上げたイヴァールはシメオンの顔をまじまじと見つめるし、いつの間にかシノブの側に来ていたミュリエルやセレスティーヌも、歓声を上げている。

 シノブやシャルロットも声こそ出さなかったものの、シメオンから目が離せないままである。


「……ルシール殿。それはこの場だけの話にしてもらえませんか?」


 シメオンは、彼に似合わぬ真っ赤な顔で、ルシールへと頼み込んでいた。


「あらあら。ご結婚も近いのにそんなに恥ずかしがらなくても……でも、良いことをお聞きしました。そういえば、治療院と研究所に……」


 シメオンの弱みを握ったと思ったのか、ルシールは悪戯っぽい表情で何かを言いかけ、そこで意味ありげに言葉を止める。


「ルシール、その辺にしておいたら? 治療院と研究所は大切な仕事だと皆理解しているよ」


「失礼しました。初々しいシメオン様を見たら、つい余計な口出しをしたくなったようです」


 シメオンの様子を可哀想に思ったシノブは、仲裁に入った。ルシールも、本気では無かったのだろう。シノブに一礼をすると素直に引き下がる。


「まあ、今日は皆ゆっくり楽しもうよ。ほら、アミィ達も出てきたよ」


 シノブは、魔法の家から出てきたアミィやアンナ達を見て微笑んでいた。

 海竜も無事に発見できたし、海までは『排斥された神』の魔手も伸びていないらしい。シノブは、安堵の思いと共に、新たな竜達と南海の美しい海へと顔を向けなおした。

 時ならぬ南海の冒険は思わぬ休養となったようだ。愛する者達の笑顔に囲まれたシノブは、浮き立つような気持ちで夕食の始まりを待っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年7月12日17時の更新となります。


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