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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第12章 帝国の支配者
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12.04 海竜島の魔獣 前編

──お待たせしました──


 日差しが少し和らいだころ、炎竜のイジェが空から舞い降りてきた。彼女は後ろ足でぶら下げていた磐船を砂浜に降ろすと、シノブ達から少し離れた場所に着陸する。


──母さま!──


 イジェの娘シュメイが、砂浜をヨチヨチと歩みながら母の下に近づいていく。シノブやオルムル達と海水浴を楽しんだシュメイだが、やはり母が恋しいのだろう。嬉しげな思念は、そんな彼女の内心を表しているかのようだ。


「こっちは海水浴を楽しんでいたから問題ないよ。道中、何もなかった?」


 シノブも、シュメイと共に進み出てイジェへと言葉を掛けた。魔法の家の前に並んでいた他の面々も、シノブに続いてイジェの側に寄っていく。

 彼らは、既に水着から元の服に着替えている。あまり長時間泳ぐのも健康に良くないだろうし、夕方が近づいて少し気温も下がってきた。そのため、あたりを散策したり魔法の家で休憩したりと、のんびり過ごしていたのだ。


──ええ。幸い、天気も良く風も少なかったので──


「おお! 平穏無事な空の旅だったぞ!」


 イジェに続いて、磐船から降りてきたイヴァールが威勢の良い声で答えた。

 今日の彼は、いつもの鱗状鎧(スケイルアーマー)ではなく、革の服を着ている。万が一落水したら、鱗状鎧(スケイルアーマー)を着たままでは危険だからだろう。しかし、愛用の戦斧や戦棍(メイス)は背負ったままである。これらは背負い紐を外せば何とかなるとはいえ、海上では危険ではなかろうか。


「それなら良かった。こちらは海竜の棲家(すみか)らしい場所を見つけたよ」


 シノブは、イジェとイヴァールに、島で発見した洞窟について説明をしていった。

 ここからでも洞窟がある断崖は良く見えるが、砂浜から断崖までは少し上り坂になっているのでシノブの目には洞窟の上半分だけしか映らない。しかし巨大な竜であるイジェは背も高いから、首をもたげた彼女には洞窟の全体が良く見えているようだ。

 洞窟の内部や、そこで発見した卵の殻などについてシノブが語ると、イジェは洞窟を見つめながら興味深げに聞き入っている。


──私も見てみたいですね。もしかすると、海竜の手がかりを(つか)めるかもしれません──


 シノブの説明を聞き終えたイジェは、洞窟に行ってみたいと言い出した。単なる興味本位ではなく、何か目算があるような、自信ありげな様子である。


「ああ、お願いするよ! アミィ、魔法の家を仕舞ってくれないかな?」


「はい、シノブ様!」


 シノブの指示を受けたアミィは、魔法の家をカードに変えた。そして彼女は、カードを魔法のカバンへと仕舞いこむ。


「海竜の手がかりが見つかると良いですね!」


「イジェさんなら、きっと何かを発見してくださいますわ」


 ミュリエルとセレスティーヌは、シノブと共に歩きながら楽しげに語りあっている。

 島には海竜が造った結界があるらしく、危険な生き物はいない。そのため、二人とも街中を散歩するかのように寛いだ様子である。


「ミュリエル達はシェロノワに戻ってもらうよ」


 これから、シノブ達は海上の調査へと乗り出す。結界のためだろう、島の近くの海域には魔獣はいない。だが、その外には大型の海生魔獣が棲んでいるらしい。それ(ゆえ)シノブは、女性や子供達をシェロノワに戻すつもりだったのだ。

 洞窟の脇には、各地の大神殿へと転移できる神像がある。それを使えば、一瞬にしてシェロノワに戻ることが可能である。


「えっ! 帰るのですか!」


「仕方ありませんよ。私も帰りますから」


 シャルロットは、ミュリエルの銀に近いアッシュブロンドを、優しく撫でた。ミュリエルは、姉も一緒に帰ると聞いて少し気を取り直したようである。


「シャルロット様は大事(だいじ)な体ですし、ミュリエル様も次代のフライユ伯爵の母となるお方です。危険な海に連れて行くわけにはいきません」


「そうですね。殿下もご理解されていると思いますが……」


 シメオンに続いて、白百合騎士隊のサディーユが王女に釘を刺した。残念そうな表情をしていたセレスティーヌも、護衛の女騎士の忠言を受けたためだろう、それ以上は何も言わなかった。


「海の調査が済んだら、また連れてくるから」


 シノブは、がっかりした様子のミュリエルとセレスティーヌに優しく語りかけた。そんなシノブを、甘いと思ったのか、シャルロットとシメオンは、少し苦笑しながら見つめている。


「本当ですか! 楽しみにしていますわ!」


「シノブお兄さま、必ずですよ!」


 だが、セレスティーヌやミュリエルはシャルロット達の視線には気がつかなかったらしい。二人は、瞳を輝かせながらシノブを見つめている。


「約束するよ。さあアミィ、皆をシェロノワに連れて行ってくれ」


 シノブは、洞窟の脇の神像を指し示しながらアミィへと言葉を掛けた。

 アムテリアの像を中心に並んだ七体の神像は、シノブやアミィ、ホリィだけが使用できる特殊な転移の場所である。侍女や従者見習い達を含め、ここから一旦シェロノワに送り返すのだ。

 その後は本格的な調査を再開する。シノブは海竜発見の手がかりが得られることを祈りつつ、アミィ達が転移する様を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 洞窟を調べたイジェは、ここが竜の棲家(すみか)だと断言した。そして、主は海竜で間違いないだろうと続ける。

 炎竜である彼女や、岩竜などと違い、海竜は空を飛ぶのは苦手らしい。海竜は首長竜のような外見であり、翼がないためだ。そのためイジェは、海から近い場所に洞窟を造るのは、海竜だと判断したようだ。


──炎竜や岩竜なら、島の中央にある少し高い場所を選びます。嵐竜も風属性ですから、おそらく同じでしょう──


 イジェは、洞窟の中を見回しながら説明する。なお、それを聞いているのは、シノブ、シメオン、イヴァール、ジェルヴェの四人だけである。

 セメントか何かを塗ったように、洞窟はツルツルした壁面や床になっている。イジェは、これらも海竜が加工した結果だという。


──海竜は我々とは姿形が異なりますから。こういう横幅が広くて平らな洞窟の方が使いやすいのでしょう──


 炎竜である彼女や岩竜達は、二足歩行の肉食恐竜の背に翼が生えたような外見である。そのため彼らの洞窟は横幅より高さの方があるが、ここは横幅の方が長い。

 おそらくだが、直立しない海竜の体に合わせた結果なのだろう。


「そうだね。それに、ここは海岸から500mしか離れていない。起伏や障害物も無いし、海から上がってくるには最適な場所だからね」


 シノブは、イジェの説明を聞いて頷いていた。

 洞窟の前に広がる海は湾の奥にあるため、波もなく穏やかである。これなら、幼竜に泳ぎを教えるのにも、ちょうど良いだろう。


「しかし、海竜の棲家(すみか)が陸で良かったですね」


 シメオンは、少々安堵したような様子である。シノブはシメオン達に、海竜が海中で出産するかもしれないと言ったことがあるのだ。

 首長竜は基本的に海中で生活していたようで、卵胎生だと判明している種も多い。したがって海竜も同じような生態の可能性はあった。

 とはいえ海竜は重力操作で浮遊できるから、首長竜ほど陸上での行動が制限されるわけでもない。おそらく、そのあたりが卵生の理由なのだろう。


「確かに、海の中で出産するなら、発見は難しいからな」


 イヴァールも、棲家(すみか)が自分達ドワーフの苦手な海中ではなかったことを喜んでいるようだ。

 そもそも、海中で出産する場合は棲家(すみか)自体を作らないかもしれない。そうなれば、海竜の発見は更に困難になるだろう。


──『光の使い』よ。この卵の殻に残った魔力を感じ取ることが出来ますか? もし感じ取れるなら、呼びかけてください──


 イジェは、オルムルが発見した青い卵の殻を見ると、シノブに尋ねかけた。イジェによれば、卵はさほど古くは無いらしい。そのため、海竜達が近くの海域にいるかもしれないと考えたようだ。

 シノブは、竜達よりも遥かに遠くに思念を届かせることが出来る。イジェ自身も、シェロノワから1000km以上離れたヴォルケ山でシノブの思念を受け取った。したがって、近くに海竜がいれば、呼びかけることも可能だと思ったのだろう。


「……これだね。それじゃ、呼んでみるよ」


 シノブは目を閉じて、手に載せた卵の殻に意識を集中した。暫くそうしていると、シノブは卵の殻に残った魔力の残滓を感じることが出来た。そこで彼は、その魔力に呼びかけてみることにした。


──流石シノブさんです!──


 オルムルは、尊敬を滲ませた思念を発していた。彼女だけではなく、背に乗ったシュメイとファーヴも、期待の視線をシノブに向けている。

 相手の魔力が判明していなくては、思念での会話は出来ない。結界や魔力を使って掘った洞窟にも、親竜達の魔力は残ってはいるが、それらは術として発現する際に変質しているらしい。しかし卵の殻は、幼竜から漏れ出たままの魔力が染みついている。

 とはいえ、それは本当に僅かなものである。そのためイジェやオルムル達には、思念を発する元には出来なかったようだ。


──海竜達よ! 私はシノブという者だ! 私は君達に会いたい。近くにいるなら来てくれないか!──


 シノブは、海竜達に会いたいということだけ伝えた。

 これが、本当に海竜に届くかはシノブにもわからない。そのため自身の名前だけを伝え、イジェやオルムルの存在に触れるのもやめておいた。もし、敵対的な存在、例えば帝国の『排斥された神』などに知られたら、海竜の棲家(すみか)に余計なものが来るかもしれない。

 以前ゴルンやイジェに呼びかけたときは、シノブの思念は1000km以上先でも明瞭に聞こえたという。それから考えると、同じくらいの強さで発した思念は、北はメリエンヌ王国のあるエウレア地方、南はシノブ達が訪れたことのない大陸の内陸まで到達するだろう。つまり、その間に広がるこの海全体に充分届いたはずだ。


「……さて、外に出て磐船の進水式といこうか! もしかすると、海竜達と出会えるかもしれないし!」


「おお! ついに『イワフネ』を海に浮かべるときが来たか! 楽しみだな!」


 シノブの言葉が終わるか終わらないかのうちに、イヴァールは外に向けて歩み出していた。彼は自分達が造った磐船を海に浮かべるためだけに、ここまで付いてきたのだろう。


「イヴァール殿は泳ぐのは苦手な筈なのに、船は好きなのですね」


 ジェルヴェは、上機嫌で外に向かうイヴァールに、微笑みを浮かべていた。家令として節度ある態度を心がける彼が、人の嗜好に触れるのは珍しい。


「ドワーフは、筋肉が多すぎて水に浮かばないといいますが……」


 僅かに笑みを浮かべたシメオンが、ジェルヴェに相槌(あいづち)を打った。

 ドワーフは足が短く樽のような胴体をしている。それらは強靭な筋肉で覆われていて彼らの戦闘力の源だが、それが災いするのが水中であった。


「イヴァールくらい身体強化が出来れば、浮力が弱くてもバタ足だけで水面に浮かぶことは出来るだろうけど……念のために、浮き輪でも用意しておこうか?」


 アムテリアから授かった浮き輪やビート板を思い浮かべたシノブは、二人に提案してみる。

 シメオンとジェルヴェは、シノブの言葉に一瞬驚いたようだ。しかし次の瞬間、彼らは浮き輪を装着したイヴァールの姿を想像したらしく、大きな笑いを漏らしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「水漏れも無いようだし、大丈夫そうだね」


 砂浜に戻ったシノブは、目の前の磐船を感嘆の眼差しで見つめていた。

 全長40mの鉄の装甲で覆われた船は、海上に浮かべられた後、一旦砂浜へと戻されていた。通常の船とは違い、炎竜イジェが運んでくれるため、海に出るのも陸に戻すのも容易である。そのため、一度陸に戻してから、異常がないか確認していたのだ。


「当然だ! もっとも、俺も実際に見て安心したがな!」


 内部の点検をしていたイヴァールは、甲板の上から満面の笑みを浮かべてシノブを見下ろしている。


「アミィ様が到着したら、本格的に外洋に乗り出すのですね?」


「ああ、そのつもりだよ。しかし、遅いな……」


 ジェルヴェに返答したシノブは、神像のある内陸へと視線を向けた。アミィはシャルロット達を送ったら、すぐに戻ってくると思っていたシノブだが、予想に反して彼女は中々帰って来ない。


「シノブ様~! お待たせしました~!」


 シノブ達が神像の方を見つめていると、アミィの元気の良い声が響き渡る。

 どうやら、彼女は無事に戻ってきたようだ。そう思ったシノブは、安堵の笑みを浮かべていた。


──アミィ、シノブ様は砂浜ですよ──


 上空を舞っていたホリィが、思念でアミィに呼びかけた。シノブ達の位置からでは、巨大な神像の足首から上は見えるが、その下にいるであろうアミィの姿は目に入らない。


──シノブ様。アミィはアルノーさん達を連れてきたようです。随分多くの兵士が同行していますね──


「そうか、ありがとう」


 シノブの腕に舞い降りたホリィは、上空から見た様子をシノブに伝えた。どうやら、アミィの帰還が遅れたのは、兵士達を連れてきたためらしい。

 シノブは、アルノー・ラヴランやその部下を出迎えようと砂浜から草原に向かって歩み出す。


「アルノー、どうしたんだい?」


「未知の海に乗り出すのですから、我々もお供させていただきます。この者達は、前回の戦でも『イワフネ』に乗り込んでいますから、(いしゆみ)の扱いにも慣れています」


 アルノーは、シャルロットからシノブの護衛を命じられたと続けた。確かに、領主一行が魔獣の潜む海域に数人だけで乗り出すのは不用心である。


「アルノー殿、ご苦労様です。

……シノブ様、折角の海上調査ですから、領軍の軍人達に経験させておくのも良いのでは?」


 アルノーを(ねぎら)ったシメオンは、シノブに向き直ると僅かに微笑んだ。どうやら、彼はアルノー達を呼んだ件に噛んでいたようだ。


「まあね……でも、船酔いしなければ良いけど」


 シノブは、アルノーが連れてきた五十名ほどの軍人を見ながら呟いていた。

 海上に出ることを考えたのだろう、アルノーを含め全員軽装である。しかし、多くは内陸出身であり、船に乗った経験など無いはずだ。その証拠に、彼らは目の前に広がる紺碧の海を、驚きの表情で見つめている。


「シノブ様、早く磐船に乗りましょう!」


 そんなシノブの内心に気がつかなかったのか、アミィは薄紫色の瞳をキラキラと輝かせながら見上げている。ちなみに、彼女やシノブは、南方海軍の旗艦メレーヌ号に乗った時、船酔いはしなかった。そのため、アミィは船酔いについて心配していないようだ。


「それじゃ、南海の探検に繰り出すか。……皆、乗船をしてくれ!」


 シノブはアミィの頭を優しく撫でた後、威勢の良い声を上げて一同に乗船するよう命じた。

 ぶっつけ本番となった兵士達には気の毒だが、問題があれば陸に引き上げれば良い。竜達に運んでもらえば、船から島に戻るのも簡単だ。

 彼らが海に強いことを祈りつつ、シノブは磐船の甲板から下がっている縄梯子を上っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 幸いシノブが心配したような事態にはならず、兵士達は全員普段と変わらぬままであった。

 アルノーによれば内陸の伯爵領でも河などで船に乗っての訓練はあるし、自身も従士時代にベルレアン伯爵領を流れるレーヌ川で訓練したという。今回連れてきた兵士達は、それらの訓練を受けてきた者で一応は乗船経験があるというわけだ。

 しかもイジェに曳かれる磐船は、滑るように海上を進んで行く。そのため波の影響を受けず、殆ど揺れが生じない。

 実は、イジェは磐船を太い鎖で引っ張っているだけのように見えるが、魔力で船体を支えて安定させていたのだ。空を飛ぶときも単に後ろ足で(つか)んでいるだけではなく、そういった配慮をしているらしい。


「良い調子だな! もうすぐ、島を半周するぞ!」


 船首近くの甲板にいるイヴァールは、シノブへと振り返り上機嫌な顔を向けた。彼は、太陽の位置などから、大よその方角を割り出したらしい。


 シノブ達がいた砂浜は南向きで、そこから時計周りに、つまり西側に出航した。しかし今は東に向かって進んでいるから、イヴァールは半周したと判断したのだろう。

 現在は島から20kmほど離れたらしく、甲板から海竜の棲家(すみか)がある島は見えない。しかし船にはスマホから得た能力で現在位置を正確に判断できるアミィがいるし、竜達も位置の把握は得意である。したがって、シノブ達は安心して航海を楽しんでいた。


──シノブ様、巨大な烏賊(いか)が接近してきます! おそらく、島烏賊だと思います!──


 だが、やはり魔獣の多い海域だけに、クルーズを楽しむだけとは行かなかったようだ。磐船の上空を飛んでいたホリィが、海生魔獣の一つである島烏賊の接近を伝えてくる。

 島烏賊は、その名の通り島ほども大きくなるイカの一種である。中には、全長100mにもなる大物もいるという。なお、それだけ大きくなるのは魔力の多い海域だからであり、そこから外れた場所には姿を現さないらしい。


──シノブさん、北です!──


 ホリィと同じく上空を飛翔していたオルムルには、接近する島烏賊が見えたようだ。このあたりの魔力が濃いせいか、それとも島烏賊の魔力はそれほど大きくないのか、シノブにはまだわからない。


──まだ見えないな。追いかけてくるのは、こっちが縄張りに入ったからかな? 何とか逃げられないか?──


 シノブは、オルムルが伝えてきた北の方、つまり左舷へと目を向けた。しかし、まだ甲板からでは見えないようだ。そこで、彼は上空のホリィと心の声で問いかけてみた。


──海上にいるかぎりは無理ですね。イジェさんにお願いして、空中に逃げた方が良いと思います。あと、1分もしないうちに追いつかれます。急いでください──


 シノブの問いに、ホリィは海の上では島烏賊の方が速いと伝えてきた。いくら炎竜といえど、船を曳いた状態では海生魔獣の泳ぐ速度には(かな)わないようだ。


「シノブよ、折角だから大型弩砲(バリスタ)の試験をしてみないか? 空に逃れてからなら、魔獣の攻撃を受けることもないだろう」


 イヴァールは、アミィからシノブ達のやり取りを聞いていたらしい。彼は、大型弩砲(バリスタ)がどこまで通用するか知りたかったのだろう。そのため、島烏賊を良い標的だと思ったようだ。


「わかった! イジェ、磐船を宙に運んでくれないか!?」


──わかりました。それでは、鎖をお願いします──


 シノブの指示を受け、イジェは船を曳くための鎖を手放した。

 イジェは船体中央を横切る太い鉄棒へと移動する。この鉄棒を後ろ足で(つか)んで、磐船を飛行させるのだ。


「右舷担当は曳き鎖を格納しろ! 左舷は大型弩砲(バリスタ)発射の準備だ!」


 アルノーは、伝声管に叫んでいる。

 船内には、大型弩砲(バリスタ)の射撃を担当する兵士達がいる。今ごろ彼らの半数は、巻き揚げ装置を操作しようと駆け出しただろう。


「兵士達を同行させて良かったですね」


 シメオンは、腰に巻いた命綱を近くの手すりに取り付けながらシノブに笑いかけた。シメオンが言う通り、兵士達がいなければ、鎖はそのままにしておくか、シノブ達が船内に行って格納するしかない。


「ああ……あれか! 本当に島みたいだな!」


 シメオンに頷いたシノブは、海上に浮かぶ巨大な槍の穂先のようなものを発見し、驚きの声を上げていた。磐船を超える巨大なイカが、青く輝く海をこちらに向かって突き進んでくるのが目に入ったのだ。

 イジェが磐船を宙に持ち上げたため、はっきりと見えるが、白っぽい胴体だけでも磐船よりは大きいようだ。どうやら、足を合わせると100m級の大物のようである。


「左舷! 大型弩砲(バリスタ)発射!」


 アルノーが、船内の兵士達に大型弩砲(バリスタ)の発射を命じると、舷側から二十数本の矢が放たれる。大型弩砲(バリスタ)は、何本か(まと)めて撃つことも可能であり、矢の数は舷側にある発射用の窓の数より多い。


「……あまり効いていないな」


「あれだけの大物ですから仕方がありません」


 悔しそうなイヴァールを、ジェルヴェが慰めた。

 大型弩砲(バリスタ)の矢など、巨大な島烏賊にとって裁縫針や小さな棘が刺さった程度なのだろうか。島烏賊は僅かに身を(よじ)ったものの、それまでと変わらぬ速度で突き進んでくる。


──私が攻撃しましょうか?──


 イジェも、人間達の武器では島烏賊を倒すのは無理だと思ったようだ。彼女は、シノブとアミィに思念で問いかける。


──イジェさん、私がやってみます!──


 オルムルは、そういうと上空から島烏賊へと接近していく。彼女は、島烏賊の長い触手に捕まらないように、高度100mあたりからブレスを放った。


「流石にブレスは効くようだね!」


「でもシノブ様、致命傷ではないようですが……」


 シノブは顔を綻ばせたが、アミィは少し眉を(ひそ)めていた。彼女が言うように、島烏賊は苦しんではいるものの、勢いよく触手を振り上げてオルムルを捕まえようとしている。


「おっ! 触手を切り落としたぞ!」


 一本の触手がブレスによって切り落とされたのを見て、イヴァールは歓声を上げていた。どうやらオルムルは、本体から触手の方に狙いを変更したようだ。


──オルムルお姉さま、頑張って!──


──僕も空を飛べたらなぁ……──


 島烏賊と戦うオルムルにシュメイは思念で声援を送り、ファーヴは羨ましそうに見つめている。

 まだ飛行できない二頭は、命綱を装着していた。彼らが宙を舞いブレスを使えるようになるには、後何ヶ月かが必要である。


──オルムル、あまり無理しないで! イジェにも協力してもらおう!──


──残念ですが、仕方ないですね──


 シノブは、オルムルにそのまま上空で島烏賊を牽制してもらい、イジェのブレスで止めを刺そうと考えた。そこで彼は、二頭の竜やアルノー達に自身の考えを伝える。


「撃ち方、やめ!」


 アルノーは大型弩砲(バリスタ)の射撃を止めるように伝声管越しに兵士達に命じた。

 イジェがブレスを撃つなら、磐船は島烏賊の方に舳先を向けることになる。大型弩砲(バリスタ)は左右の舷側に配置されているため真正面に向かっては撃てないから、仕方が無い。


──『光の使い』よ。炎の温度を高くします。海中の相手を仕留めるには、そのほうが良いでしょう。ですから、目を(つぶ)って下さい──


「イジェさん、大丈夫です! シノブ様、これを着けてください。シメオンさん達も!」


 アミィは、魔法のカバンからゴーグルのようなものを取り出した。


──アミィ、これもアムテリア様からの贈り物?──


──はい。シノブ様がガンドさんに光のブレスを撃たせたことがあったからだと思います──


 シノブに心の声で答えたアミィは、甲板にいる全員、シノブ、シメオン、イヴァール、ジェルヴェ、アルノーにゴーグルを配っていく。更に彼女は、小さなゴーグルをシュメイとファーヴにも着けると、自身も装着する。


「アルノー、念のため、舷側の窓も閉じさせて!」


 アミィが出したゴーグルは、濃いサングラスのように色がついていた。シノブはそれを着けながらアルノーへと指示を出す。

 どのくらいの光量になるか判断できないため、念のため下の兵士達も外を見ないようにしたほうが良いと思ったのだ。


「イジェ、準備は出来た! ブレスを頼む!」


 アルノーから船内の準備も完了したとの報告を受けたシノブは、イジェにブレスを放つように伝えた。そして彼は、しゃがみこんで足下にいたシュメイとファーヴを抱き寄せる。

 既に、牽制をしていたオルムルもホリィがいる上空高くに去っている。彼女達は、ブレスを直視しないためだろう、島烏賊に背を向けるように飛んでいた。


──行きます!──


 イジェは強烈な思念を発した瞬間、(まばゆ)い閃光を巨大な口から放っていた。炎の温度はかなり高いようでブレスは青白く、しかも収束率も上げたのか、一直線に島烏賊へと突き進んでいく。


「今日の晩御飯は、焼きイカですね!」


 ゴーグルを外したアミィは、シノブに屈託のない笑みを向けていた。イジェのブレスを受けた島烏賊は、あっけなく絶命していたのだ。


「あれって食べられるの……って、オルムルは食べているね」


──海の魔獣も美味(おい)しいですね!──


 シノブはオルムルの素早い行動に苦笑していた。オルムルは、焼けた島烏賊の上に降り立ち、啄んでいたのだ。しかも、彼女は触手の先を食いちぎると、それを持って飛んでくる。シュメイとファーヴにも食べさせたいと思ったのだろう。

 こんな巨大な魔獣が棲む海域を狩場にする海竜は、どんな存在なのだろう。そんなことを一瞬考えたシノブだが、それは置いておくことにした。

 まずは喜び勇んで戻ってくるオルムルを迎えなくてはならない。シノブは、満面の笑みを浮かべながら船首に向かって歩いていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年7月10日17時の更新となります。


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