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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第12章 帝国の支配者
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12.02 南海の島 中編

 朝食後、シノブとアミィは館の裏手にある建物に向かっていた。マルタン・ミュレや魔道具技師のハレール老人、そして治癒術士のルシール・フリオンなどが詰めるこの建物は、元は倉庫であった。しかし、現在は新たな魔道具の開発の場となり、研究所という名称が定着している。


「アミィ、マルタン達は強化の魔道具の解析もしていたよね?」


 館から出たシノブは、隣を歩くアミィへと尋ねかけた。

 シノブは、ミュレ達に『無力化の竜杖』の機能向上を依頼するつもりである。『無力化の竜杖』は、人間から軽度の体力剥奪を行う魔道具だ。ミュレ達が開発した治療用の魔道具を応用したもので、指定した範囲にいる人間は、倦怠感や眩暈(めまい)などに襲われる。

 元々が巨大な医療装置であったため、『無力化の竜杖』は非常に大きな魔道具であり、消費する魔力も膨大である。そのため、現在のところ人間が使用できるものは存在しない。

 『無力化の竜杖』は、ベーリンゲン帝国への進攻、特に都市の攻略で非常に役立った。しかしゴドヴィング伯爵領の攻略で、強力な体力強化の魔道具を装着している者に対しては、効果が少ないことが判明していた。そこでシノブは、ミュレ達に対策を頼むつもりであった。


「はい、ガルック平原の戦いや、その後の戦いで得た魔道具は、ミュレさん達も調査しています」


 アミィは、ミュレ達に帝国との戦いで得た数々の魔道具を渡していた。

 前フライユ伯爵クレメンは、領内の魔道具産業を発展させた。しかし、その陰にはメリエンヌ王国への進出を狙う帝国の陰謀があった。帝国はクレメン達に魔道具に使う高度な部品を与えることを餌に、クレメン達を懐柔し、将来の内応を約束させたのだ。

 しかし、それらの部品がどのような構造になっているかはクレメン達に明かされることはなかった。そのため、クレメン亡き後、重要部品の入手が不可能になったフライユ伯爵領の魔道具産業は、大きく後退すると思われた。

 幸い、魔道具製造工場で働いていたハレール老人の知識と尽力で、魔道具産業の混乱は最小限に抑えられていた。彼やミュレは、シノブ達から渡された帝国の戦闘用魔道具を解析したり、重要部品を他の物で代替したりと、様々な方法で対応した。

 その結果、魔道具製造は、一部の製品が多少の大型化や若干の機能低下をする程度で継続できたのだ。


「おそらく、効果の維持を受け持つ部品を無効化することで、体力強化の魔道具だけに干渉できるはずです。『無力化の竜杖』の効果をそのまま上げたら、強化をしていない人には危険ですから」


 アミィは、体力強化そのものを無効化するのではなく、発動や効果継続のための部品を動作させないことで、対処できると説明した。

 司令官級の者が持つ魔道具は、大幅な強化を行うものが多い。したがって、それらを装着した者が行動不能に陥るほど強力な体力剥奪を行えば、常人なら生命維持すら出来ないかもしれない。

 したがってアミィは、単純に『無力化の竜杖』を強化するのではなく、新たな妨害機能を追加する方向で考えているようだ。


「やっぱり、そうなるか。次の戦いまでに間に合うと良いけど」


「そうですね」


 シノブとアミィは、目の前の研究所に改めて目を向けていた。研究所は元々資材置き場だったため、素っ気ない外観である。しかし、今はフライユ伯爵領が誇る人材が働く上に、高度な魔道具が置かれた場所であり、周囲は衛兵達が厳重に警備している。

 二人は、立哨をする衛兵達の敬礼に応えながら、研究所の中へと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ルシール先生も一緒なのですね! 嬉しいです!」


 魔法の家で待機していたミュリエルは、ルシールの登場に瞳を輝かせていた。

 ミュリエルはルシールから治癒魔術を習っているため、彼女と仲が良い。それ(ゆえ)ルシールが南方の島に同行するのが嬉しいようである。


「ええ、皆様に何かあってはいけませんから。治癒術士として同行することにしました」


 ルシールは、ミュリエルへと優しく微笑んだ。

 研究所にいた彼女は、シノブとアミィから海竜の棲家(すみか)と思われる島の話を聞いて、自分も連れていってほしいと申し出たのだ。

 治癒術士である彼女は、王都メリエで治癒に使う魔道具の構造についても学んではいたが、ミュレやハレール老人ほど詳しくはない。彼女の興味は、魔道具を治癒にどう使うかに向いており、製造自体にはあまり関心が湧かないようだ。

 そして彼女は、医療担当としてシノブ達に同行したいと言ってきた。もしかすると、海竜という未知の生物への興味が湧いたのかもしれない。


 ちなみに、ミュレやハレール老人は、研究所に籠ったままである。シノブから与えられた課題に嬉々として取り組んだ彼らは、南海の探索には全く興味を示さなかった。二人は改善の目算が立っているようで、早くそれを試してみたいらしい。もちろん、ハレール老人の弟子であるアントン少年もそれに巻き込まれている。

 ルシールの助手のカロルも同様だ。意外なことに彼女はルシールの誘いを断った。どうやら、ミュレ達の世話をしたいようである。シノブが見たところ、カロルはミュレに好意を(いだ)いているようである。元々幼馴染であり、気が合うのかもしれない。


「専門家がいるのは安心だからね」


 シノブも、ルシールの同行を歓迎していた。

 島には危険な生物はいないようだが、用心しておくに越したことはない。魔獣がいなくても、毒を持った虫や植物などは警戒すべきであろう。単純な怪我などであれば、シノブも魔術で治すことができるが、毒や病気への対処は、治癒術士として経験を積んだルシールの方が何枚も上手である。


「シノブ様、ホリィへ連絡をしました。もうすぐ転移すると思います」


 アミィの言葉に、魔法の家にいる者達は様々な反応を見せた。


 何度も転移を経験しているシャルロットやミュリエル達は落ち着いた様子である。アリエルやミレーユ、家令のジェルヴェや侍女のアンナなども同様だ。それに、王女セレスティーヌや護衛の女騎士サディーユとシヴリーヌも、転移を経験しているため、驚く様子はない。


 一方、子供達はそうはいかないようだ。

 初めて魔法の家で転移をするフレーデリータやネルンヘルムは落ち着かない様子である。ネルンヘルムは、既に何度も転移を経験した従者見習いの先輩レナン達に、何かを尋ねているようだ。それに、フレーデリータも、同じ側仕えの仲間であるミシェルや、アントン少年の妹で侍女見習いのリーヌと何か話している。


 ちなみに島に赴く者は20名を超えていた。

 フライユ伯爵家の従者や侍女だけではなく、セレスティーヌの侍女達も同行するから、それも当然である。魔法の家も数度の拡張を経て広くなったから良いものの、当初のリビングでは20名以上にオルムル、シュメイ、ファーヴの三頭が入ると少し狭かったかもしれない。

 更に、午後からシメオンが合流し、夕方には空路で来るイジェやイヴァールが加わる。最初、シノブはアミィと二人で調査するつもりだったが、まるでツアー旅行のような大人数となっていた。


「……転移したね」


 魔法の家の転移は、音や衝撃などは伴わない。僅かな魔力の動きがあるので、魔力感知に優れたシノブやアミィはそれで察するものの、普通の者は転移したことに気がつかないだろう。

 そのため多くの者は、シノブの言葉を聞いてリビングの窓へと視線を向けていた。彼らは、夏のような強い日差しと白い砂浜、そして紺碧に輝く海を見て、思わず嘆声を漏らしている。


「さあ、南の島の探検と行くか!」


 シノブは、勢いよくソファーから立ち上がると、リビングの入り口に向かって歩み始めた。


「どんなところか楽しみですね」


「はい!」


 シャルロットやミュリエル、そしてセレスティーヌも楽しげな表情で彼に続いていく。先行しているホリィから安全な場所と聞いていることもあり、南の島の冒険と言うより観光旅行といった和やかな雰囲気だ。

 シノブは、常夏の島に一体何があるのかと期待に胸を膨らませながら、リビングの扉に手を掛けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ホリィ、お疲れ様。どうやら、ここが海竜の島で間違いないようだね」


 魔法の家から出たシノブは、扉の前で待っていたホリィに微笑みかけた。

 辺りに立ち上る強い魔力は、岩竜ガンドの棲家(すみか)を訪れたときに感じたものと良く似ている。ガンドの棲家(すみか)も、強力な結界で人や魔獣を近づけないようになっていた。どうやら、この島もそれと同じような濃密な魔力に包まれているようだ。


──ありがとうございます! この島やその周囲は、ガンドさんの狩場と良く似ているので、近づいたら直ぐに気がつきました!──


 ホリィによれば、島および岸から1kmくらいの海域には魔獣はいないらしい。そして、その外側には巨大な海生魔獣の棲む海域が広がっているという。ホリィは、島とその周囲が棲家(すみか)、その外側が狩場と判断したようだ。


──確かに、父さまや母さまが作った結界と良く似ていますね──


 魔法の家から出てきて元の大きさに戻ったオルムルは、周囲を見回すと嬉しげな思念を発していた。彼女は上空に舞い上がると、悠然とシノブ達の頭上を旋回し始める。


「綺麗な場所ですね……あの洞窟が、海竜の棲家(すみか)なのでしょうか?」


 軍服姿のシャルロットは、強い日差しに目を細めながら海岸を見た後、反対側の断崖へと目を向けた。

 魔法の家は、海岸から少し離れた小高い場所に置かれていた。海までは500mくらいであり、海岸には白い砂浜が広がっているが、そこからこちら側は膝くらいまでの背の低い草が生い茂る草原となっている。そして、更に内陸側には、切り立つ崖があり、そこには高さ20mくらいの巨大な洞窟が口を開けている。


「ああ、たぶんね。今は海竜はいないみたいだけど」


 シノブは、シャルロットと並ぶと、洞窟へと視線を向けた。

 ホリィは事前に洞窟を調べたが、そこには海竜はいなかったという。また、この島の周囲にも竜の姿はないらしい。


「シノブお兄さま、これからどうするのですか?」


「とりあえず洞窟を見に行くつもりだよ。シメオンが来るまでに、ある程度は調査したいからね。ミュリエルは、どうする?」


 シノブは、自分を見上げているミュリエルに今後の予定を伝えた。

 ホリィが調査をしているから間違いは無いと思うが、自分の目でも確認したい。それに、竜であるオルムル達がいれば、新たな事実を発見できるかもしれない。彼は、そう思ったのだ。


「私も一緒に行きます!」


「私もですわ!」


 ミュリエルに続いてセレスティーヌも同行したいと宣言した。

 ちなみに二人や侍女達は、港湾都市ブリュニョンで南方海軍の旗艦メレーヌ号に乗艦したときと同様に、ゆったりとした足首までの長さのキュロットパンツのようなものを身に着けていた。そのため、島の中を歩き回るくらいなら問題は無い。

 彼女達は厚手のシャツを着ているため、夏のようなこの島では暑そうに見える。だが、実は下にアムテリアから授かった魔法のインナーを装着しているため、服の内側は一定の温度に保たれている。なお、これは他の者達も同様で、一行は春になったばかりのシェロノワから来たにも関わらず普段と変わらぬ様子である。

 しかも、彼らは魔法の家に置かれている日焼け防止や保湿効果のあるクリームを肌に塗っている。そのため、北方からきたシノブ達も、常夏の島の強い日差しや高い気温を気にせずに行動できるのだ。


「ここで遊んでいても良いんだけど……まあ、竜の棲家(すみか)を見る機会なんて、めったに無いからね。それじゃ、一緒に行こうか。

……アミィ、一旦魔法の家を仕舞ってくれ」


「はい! それじゃ片付けますね!」


 二人の同行を許可したシノブは、アミィに魔法の家の格納を頼んだ。全員で行くなら、魔法の家を出しておく必要は無い。

 アミィが魔法の家をカードに変えたことを確認したシノブは、眼前の洞窟へと再度視線を向けた。洞窟は、ガンド達の棲家(すみか)や炎竜ゴルン達がいた洞窟よりも、かなり大きいようだ。シノブは、何らかの手がかりが得られることを期待しつつ、洞窟に向かって歩き出した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 洞窟の壁面や床は、ツルツルとした岩とも土を固めたものともつかない素材であった。少し登り気味の内部は、まるでセメントか何かを塗ったように綺麗に整えられており、とても自然のものとは思えない。


 そんな奇妙な洞窟の中を、シノブはホリィに先導されて進んで行った。洞窟の内部は、ずっと20mほどの高さであり、ホリィやオルムルは自由にその中を飛んでいる。なお、ホリィは自身の前に魔術で灯りを浮かべているから洞窟の中でも問題ない。そしてオルムルは、暗さが気にならないようでそのまま飛行していた。

 シノブ達も、アミィや従者見習いの少年達が灯りの魔道具で照らしているし、洞窟の床は平らに整えられているため、足取りも軽かった。


「シノブ、お父さんみたいですね」


「まあね。可愛い子供達だよ」


 微笑むシャルロットに、シノブは両手を軽く揺すってみせた。すると、彼の両腕にいるシュメイとファーヴが、微かに鳴き声を上げる。


──シノブさんの魔力、美味(おい)しかったです~──


──魔獣より、こっちのほうが好きです~──


 シュメイとファーヴは、腕の中で目を(つぶ)っていた。

 シュメイはまだ全長80cmほどで、ファーヴは更に半分くらいの大きさだ。そのため、歩かせるより抱いていった方が早いと思ったシノブだが、ついでに魔力を与えたら眠気を誘ったようである。


──シノブさん、後で私にも下さいね──


 そんなシノブに、オルムルは上空から少し残念そうな思念を発していた。彼女は、シュメイとファーヴの前ではあまりシノブに甘えてこない。やはり、年下の二頭にお姉さんらしいところを見せたいのだろう。


「ああ、後でね……ここが一番奥かな?」


 上空のオルムルに答えたシノブは、前方へと顔を向けなおす。

 そこは、今までの倍以上の広い空間となっていた。どうやら、ここで洞窟は行き止まりのようだ。ガンド達の棲家(すみか)も、最奥部は同じような構造であったが、こちらの方が更に広いようである。

 シノブは、その広さから海竜は岩竜や炎竜に比べてかなり大きいのではと想像していた。


「ここも、自然のものとは思えませんね……」


「本当です……」


 セレスティーヌとミュリエルは、声を潜めつつ辺りを見回している。そして、彼女達だけではなく、護衛のはずのサディーユ達や、侍女や従者見習いの少年達も、興味深げな表情であった。

 それはともかく、セレスティーヌ達が言うように、ここも壁や床は滑らかに整えられている。少なくとも、この洞窟が何らかの存在によって造られたことは間違いないようだ。


──オルムルさん、どうですか?──


 ホリィは、床に降り立ったオルムルへと問いかけた。彼女は、自身が発見した場所が竜の棲家(すみか)だと確信しているようだ。そのため思念からも、どこか自信のようなものが感じられる。


──間違いありません! これを見てください!──


 オルムルの嬉しげな思念を聞いたシノブは、彼女の下へと歩み寄る。すると、オルムルの前には、何かの破片が落ちていた。


「もしかして、これは卵の殻ですか?」


「海の色みたいで綺麗ですね……」


 シャルロットとアミィは、オルムルの足下に落ちていた破片を拾い上げていた。大小の破片は、厚みもかなりあり、大きなものは手のひら以上である。これが殻だとすると卵もかなり大きいのだろう。


──私達の殻は灰色をしていますし、シュメイのものは赤かったそうです。ですから海竜は青いのではないでしょうか?──


 岩竜達は灰色で、炎竜達は濃い赤だ。そして、卵の色も親の肌と同じ色になるらしい。

 そのため、オルムルは海竜は青い色だと思ったようだ。海竜なら、海の色に紛れるよう青系の色でもおかしくはない。彼女の言葉は、おそらく正しいのだろう。


「これが殻ですか……そうすると卵の大きさは直径40cmはありそうですね。そんな生き物は王都の書物にも記されていませんでした」


 ルシールは、手に取った大きめの殻を見て呟いていた。治癒術士である彼女は、動物の生態にも詳しいようである。


「それじゃ、ここが竜の棲家(すみか)で間違いないようだね。海竜かどうかはまだわからないけど」


 そうは言ったものの、シノブはここが海竜の棲家(すみか)だろうと思っていた。岩竜の長老ヴルムによれば、他にいるのは嵐竜(らんりゅう)と呼ばれる風属性の竜だけらしい。魔術の属性に対応しているなら、他に光・闇・無が存在するが、ヴルムはそのような竜は知らないという。

 嵐竜は、風属性というくらいだから、飛翔は得意だろう。こんな海から近い場所に棲家(すみか)を造るのなら、首長竜のような外見らしい海竜ではなかろうか。彼らは重力操作で浮くことはできるが、岩竜や炎竜のような翼は持たないため、必要が無い限り飛行はしないそうだ。


 海竜の存在に近づいた。シノブは、湧き上がる思いに、思わず顔を綻ばせていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「さて、これからどうしようか?」


 洞窟から出たシノブは、次に何をしようかと思案した。

 まだ、昼には少々時間がある。シメオンは午前中で仕事を切り上げるらしいから、昼食前にシェロノワに戻って連れてくるつもりである。ミュリエルの祖母であるアルメルにも通信筒を渡しているし、魔法の家を呼び寄せる権限も付与している。そのため、帰るときはアルメルに頼むつもりなのだ。


「シノブ様、ここが我が国の領土という印を作りませんか?」


「えっ、領土の?」


 驚くシノブに、セレスティーヌは説明を続ける。


 この島が無人島であり、人間が造った建造物がないのはホリィが確認済みである。それに、竜の棲家(すみか)であれば、常人が近づけない結界が存在するので、そもそも上陸した者すらいないだろう。

 炎竜ゴルン達のいた洞窟は、帝国軍に見つかってしまったが、どうやらあれは『排斥された神』の支援があってのことらしい。したがって、竜自身か神、あるいはそれに近い魔力を持つ者でもない限り、ここを発見することは出来ないはずだ。


「領土が欲しいわけではありませんわ。我が国から遠く離れた島ですし、海には大きな魔獣もいるそうですから、海軍が来ることすら難しいと思います。

ですが、念のためにシノブ様の領地と宣言しておいたほうが良いですわ」


 確かに、セレスティーヌの言う事にも一理ある。シノブの領地、つまりメリエンヌ王国の一部として宣言しておけば、何かの役に立つかもしれない。


「なるほどね……なら、王家とフライユ伯爵家の紋章でも、この崖に刻んでおこうか?」


 シノブは、洞窟が口を開けている崖へと視線を向けた。

 巨大な竜が入る洞窟である。切り立った崖も少なくとも高さ50mはありそうだ。シノブが土魔術を使えば、崖の表面を整えて、壁面一杯に紋章を刻むくらい、造作もない。そこで、ここに大きく紋章を刻み、その下に領有権を主張する文章でも彫っておけば充分だと思ったのだ。


「シノブ様、それでしたらアムテリア様達の像も造ってはいかがでしょう? 竜がいつ来るかわかりませんし、ここをずっと見張っているわけにもいきませんから」


 アミィは、アムテリアと六柱の従属神の像を造り、こことシェロノワを往復できるようにしたらどうかと言う。


「ですが、竜の島と神殿を軽々しく繋いで良いのでしょうか? 神官達は、正しい心の持ち主ですから悪用はしないと思いますが……」


 シャルロットは、多くの者が竜の棲家(すみか)に訪れると困ると思ったようだ。

 神官達は、神々への信仰を失うと、自身に授かった加護も失う。そのため、彼らが私利私欲のために神殿の転移を利用するとは思えないが、万一を考えたのだろう。


「繋いでくださるかどうかは、アムテリア様のお心次第です。ですから許可を頂けなければ、ただ神像を彫っただけになりますが、それでもここが祝福された土地と示すことはできますから」


「そうだね。じゃあ、やってみようか」


 アミィは口にはしなかったが、転移はアムテリアの眷属達が承認しないと発動しない。したがって、シノブも神官達が悪用する可能性は低いと思っていた。


「洞窟から少し離れた辺り……あの辺に作ろうか。少し掘り下げて、余った岩で手前を石壇にしよう」


 シノブは腕に抱いていたシュメイとファーヴをそっと地面に降ろすと、アミィに洞窟の右手を指し示す。


「そうですね。大きさはどのくらいにしますか?」


「洞窟よりは高くしようか。大きい方が海からでも、はっきり見えるだろうし」


 そう言うと、シノブはアミィと手を繋いで崖を見上げた。

 シャルロットやミュリエル、そしてセレスティーヌ達は、そんな二人の様子を息を飲んで見つめている。彼女達は、メグレンブルクやゴドヴィングでシノブとアミィが帝国の神の像を作り変えた話は聞いているが、実際にその光景を目にするのは初めてである。

 もっとも、それは他の者達も同じであった。ジェルヴェやアリエル、ミレーユのようにシノブと長く接している者達も、神像を刻むという神聖な行為のためだろう、敬虔な表情で見つめている。それに、侍女や従者見習い達には、早くも神への祈りを捧げている者までいる。

 そして、三頭の子竜達も円らな瞳をシノブ達に向けていた。竜達もアムテリアを最高神として崇めているから、子竜達にとっても神聖な光景と映ったようだ。


「……あっ!」


「崖が!」


 侍女のアンナや、彼女の隣にいた侍女見習いの少女リーヌは、驚きの声を上げていた。彼女達が見つめる中、崖は見る見るうちに形を変え、七体の神像が完成していたのだ。


 中央に洞窟の高さの倍ほどもあるアムテリアの像、そして、その左右に三体ずつ少し小さな従属神の像が並んでいる。崖を10mほど掘った石窟とでもいうべき形式で、像の後方は壁面に繋がったままである。そして、その前には大神殿の聖壇を模した大きな石壇が造られている。


「なんて綺麗な……」


 完成した神像を見て、誰かが呟いた。

 像を作る時に土魔術で岩から不純物を取り除いたようで、神像や石壇、そして周囲の壁面は周囲とは違い白く輝いている。巨大な真白き神像を、シノブとアミィを取り囲む者達は魂を抜かれたかのように茫然として眺めていた。


──この神像は、シノブ、アミィ、ホリィのみに使用権を付与します。あなた達と、同伴した者しかここには転移できません。

シノブ、竜達を助け出してくれたこと、感謝しています。これからも彼らとの絆を大切にし、共に歩んで下さい。私は、いつでもあなた達を見守っています──


 シノブの脳裏に、アムテリアの声が響き渡った。驚いたシノブは、思わず隣にいるアミィを見つめてしまった。


──アムテリア様です!──


──私にも聞こえました!──


 アミィと、上空を舞っていたホリィから驚きを含んだ思念が返ってきた。

 どうやら、三人にしかアムテリアの思念は聞こえなかったらしく、シャルロットやミュリエルは、突然アミィへと振り向いたシノブを、怪訝な表情で見ていた。それは竜達も同じらしく、オルムル達も小首を傾げながらシノブを見つめている。


「シノブ、どうしたのですか?」


「いや、すごく良く出来たからね。アミィも腕を上げたなって思ったんだよ」


 シノブは、気遣うようなシャルロットに、温かな笑みと共に答えた。

 シャルロットやミュリエルは、シノブの真の来歴を知っている。そのため、シノブは彼女達には後で本当のことを伝えるつもりだった。しかし、侍女や従者見習い達がいるこの場では口に出来ない。

 シノブが造った神像に転移という奇跡が宿る以上、何らかの神の加護があるとは彼らも察しているだろう。しかし、直接神の言葉を授かるのは、聖地の大神官など長く修行を積んだ最高位の神官だけである。シノブが聞いている範囲では、各国に一人ずついるだけのようだ。

 そのため、アムテリアから言葉を授かったことは軽々しく口にすべきではないと思ったのだ。


「そうですか……確かに、素晴らしい神像ですね。大聖堂のものと比べても見劣りしません」


 シノブの言葉を聞いたシャルロットは、安堵の表情を見せていた。彼女は、眼前の神像のような輝く笑顔をシノブに見せる。


「ああ……そうだ、転移は出来るみたいだよ! 紋章とかを彫ったら、神像でシメオンを迎えに行こう!」


 愛妻に頷いたシノブは、転移が出来ることを彼女に伝えた。アムテリアから言葉を授かったことで、シノブは何のために神像を造ったのか、一瞬忘れてしまったのだ。


「素晴らしいですわ!」


「シノブお兄さま、素敵です!」


 セレスティーヌやミュリエルは瞳を輝かせてシノブに称賛の言葉を贈っている。

 彼女達だけではなく、他の者達も目の前で起きた不可思議な出来事に強く心を動かされたようだ。シノブやアミィに、崇拝とさえ言える視線を向けている。


──シノブさん、今度、私達のところにもアムテリアさまの像を造っていただけませんか? アマテール村でも良いですけど──


 オルムルは、自分達の棲家(すみか)にも神像が欲しくなったらしい。彼女は、期待が滲む思念を伝えてくる。


──私も欲しいです!──


──僕も!──


 オルムルに続いて、シュメイやファーヴも神像を欲しいと言ってくる。

 子竜達が直接使うことは出来ないが、自身の棲家(すみか)とシノブのいるシェロノワを簡単に往復できるようしたいようだ。


「それも良いかもね。でも、ここの調査が先だよ。それに、折角の海だから少しは遊びたいしね」


 シノブは、三頭の子竜に微笑みかけた。アムテリアが口にした、竜との絆は確実に強くなっている。そして、これからもますます強くなるだろう。

 シノブは、三頭の子竜の純真な瞳を見ながら、彼ら竜族が人と共存する未来を守っていこうと胸の奥で誓っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年7月6日17時の更新となります。


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