11.26 光の奇跡
創世暦1001年2月27日零時過ぎ。シノブ達は、再び五頭の竜と共に皇帝直轄領に侵入していた。
同行する竜達は前回と同様に全て雄の成竜だ。矢尻のような隊列で飛ぶ竜達の先頭はシノブとアミィが乗った岩竜ガンド、そして右側に岩竜の長老ヴルムと若手のヘッグ、同様に左は炎竜の長老アジドと一行では最年少のゴルンである。
彼らは、前回とほぼ同じ経路でゴドヴィング伯爵領の上空を飛び越え東進し、都市ロイクテンの南西の荒野を目指していた。
ロイクテンは皇帝直轄領では最も西にある都市で、そこから先は『排斥された神』の雷撃の範囲内となる。そのため前回同様に、雷撃の圏外で街道や町村からも遠いこの地が戦いの場として選ばれたのだ。
「炎竜達は帝都近くにいたようだね。これならゴドヴィングの攻略も問題ないだろう」
岩竜ガンドの背に乗ったシノブは、隣に座っているアミィへと安堵の笑みを漏らしていた。決戦の場に近づいた彼は、東から飛翔してくる巨大な魔力を感じ取っていたのだ。
竜と思われる大きな魔力が四つ、そしてそれよりは小さいが人よりは遥かに大きい魔力が二つ接近してくる。これらは、四頭の炎竜とヴォルハルトやシュタールで間違いないだろう。
「はい! ベランジェ様に連絡しますね!」
にっこりと微笑んだアミィは用意していた紙片を通信筒へと入れ、メグレンブルク軍管区の東端で待つ先代アシャール公爵ベランジェへと転送した。シノブ達が四頭の炎竜を引きつけている間に、ベランジェ達がゴドヴィング伯爵領へと進攻する予定である。
ゴドヴィング攻略は、四頭の雌の成竜によって行われる。領都ギレシュタットが岩竜リントと炎竜ハーシャ、北の都市ナムエストが岩竜ヨルム、南の都市サッスハイムが炎竜イジェの担当だ。四頭の巨竜が、イヴァール達の作った鉄の外甲で覆われた船を空輸して、都市を制圧する兵を送り込む。
もちろん、メグレンブルクを攻略したときと同様に奴隷解放や抵抗を和らげる準備もしている。奴隷が装着している『隷属の首輪』を無効化するための魔道具は、竜達は『解放の竜杖』、魔術師は『解放の杖』、そして兵士達は『解放の腕輪』と、作戦に参加する全員が所持している。
更に、竜達は人間の体力を奪う『無力化の竜杖』を持っているので、奴隷以外の軍人や都市中枢にいる官僚や神官などの抵抗も最小限に抑えられるはずだ。
だが、巨大な船をぶら下げて飛行する竜達は、敵から見れば格好の的である。
もちろん、彼らの強力な魔力障壁は大型弩砲や投石機の攻撃などは通さない。しかし、同じ竜達のブレスは別である。千人近く乗ることが出来る巨大な船と、自身を包む障壁を展開するのは竜達にとっても楽ではないからだ。
そのため、ゴドヴィング伯爵領を攻略するには、帝国に隷属した竜達を皇帝直轄領に留めておく必要があるのだ。
「竜達と、マルタン達が作った魔道具と、イヴァール達が作った船……俺達の総力戦だね」
シノブは、遥か西で動き出すゴドヴィング攻略作戦の様子を脳裏に思い浮かべていた。
彼らが使う魔道具は、マルタン・ミュレやハレール老人が作り上げたものであり、メリエンヌ王国の魔道具技術とアミィが伝えた知識の結晶とでも言うべき品である。また、ドワーフ達が作った鉄甲の巨船には、彼ら自身も含め王国兵や解放された獣人など、様々な人達が乗り込んでいた。
そして、それらを運ぶは人と共に歩み始めた竜達だ。したがって、彼の言葉は決して大げさではない。
「はい。沢山の人達がこの戦いを支えてくれています。邪神を倒し、あるべき姿を取り戻すために」
アミィは、シノブに優しい笑みを見せて頷いていた。どうやら、彼女はシノブの抱いた感慨に気がついたようだ。
「ああ。戦う人達だけじゃない。後方から魔術師を運んでくれた神官達、その準備をしてくれた王都の人達、そして、シャルロットやシメオン達も」
この世界で絆を結んだ全てが、この戦いに関わっているのかもしれない。シノブはアミィの言葉から、そんな感慨を抱いていた。
今回の戦いには、多くの魔術師が参加している。魔力の多い彼らが『解放の杖』を使えば制圧は大幅に楽になるからだ。そして、彼らは各地の大神殿を経由してメグレンブルク軍管区へと送り込まれていた。
もちろん、それらは魔術師や神官達だけの力に寄るものではない。有用な人材を手配し、期日までに送り届ける。その裏には、幾多の苦労があったはずである。その意味では、最大の功労者は為政者や文官達なのかもしれない。
「……かなり近づいてきたな。アミィ、打ち合わせ通りに頼むよ」
シノブは、背負っていた光の大剣を抜き放った。既に、光の首飾りと光の盾は装着済みで、神々の御紋も取り出しやすい位置に収めている。
これで、準備は完了した。そう思ったシノブは、迫りくる決戦に鋭く表情を引き締めながら、眼前に広がる漆黒の空を見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆
東から飛行してきた炎竜達は、前回と同様に雷撃の範囲内に留まっていた。中央が雄の二頭ジルンとザーフで、左右に雌のニトラとファークが並んでいる。そして、ジルンの背には大将軍ヴォルハルト、ザーフには将軍シュタールが乗っている。
赤黒い炎竜達は、闇夜に溶け込んでおり肉眼では判別しがたい。シノブやアミィは魔力感知でその位置を正確に把握しているが、前方10km近くに静かに浮かぶ竜達は、そこにあると思って目を凝らさなければ見逃してしまうだろう。
そのため、背に乗ったヴォルハルトやシュタールなど、アミィが手に持つ光の魔道具で照らして、やっと視認できるかどうか、といったところである。
──もう少し前進するぞ──
──我らが先に出よう──
ゆっくりと前に進み始めたガンドに続いて、岩竜の長老ヴルムが思念を発する。すると竜達は、今までの矢尻のような形から、V字型に両端を前に出した陣形へと隊列を組み直した。
「シノブよ! また懲りずに現れたのか!」
ヴォルハルトは、天を轟かすような咆哮を上げていた。常人より頭二つ以上は大きな肉体に変じた彼は、様々な面で人の範囲を超えているようだ。そのためか彼の大音声は10km近く離れたシノブにも、はっきり聞こえてくる。
「貴方達に、我らの神の加護を突破することは出来ませんよ!」
シュタールもヴォルハルトに負けず劣らずの大声を張り上げていた。ヴォルハルトより少々小柄な彼だが、こちらも異形に変じたためか、人の限界を遥かに超えた能力を得たようだ。
「……雷撃対策は、あるんだよ。行くぞ!」
異形の二人とは対照的にシノブは静かに呟くと、その身を宙へと投じていった。そして、光の首飾りと光の盾から、十を超える光の塊を放ち展開する。
「シノブ様、気をつけて!」
今回、シノブは重力魔術で飛翔し、ガンド達とは別に動く。それは事前に打ち合わせた通りなのだが、アミィは心配げな表情となっていた。入念に準備を重ねてきたとはいえ、実戦では何が起こるかわからない。彼女が案ずるのも当然であろう。
「その光で雷に対抗するつもりか!?」
「攻撃用では!?」
ヴォルハルト達は、ノード山脈での戦いでシノブの飛翔を見ている。したがって、彼が空を飛んだことには驚かなかったようだ。しかし彼らは、光鏡や光弾を見るのは初めてである。そのため二人は、シノブの周囲に現れた光弾や光鏡に、訝しげな声を上げていた。
「行け!」
シノブが命ずると、彼の周囲に舞っていた光弾と光鏡の殆どが、ヴォルハルト達へと向かって放たれた矢のような猛烈な速度で飛びかかっていく。シノブの近くには光弾と光鏡を一個ずつ残っているだけで、それ以外は全て炎竜達へと突進していったのだ。
「たったこれだけ、避けるくらいは何でもないわ!」
ヴォルハルトの嘲りの通り、四頭の炎竜は光弾や光鏡を軽々と躱していた。炎竜達の周囲には、それぞれ八個の光弾と光鏡が飛び交っているが、当たる様子はない。
「遠距離から自在に操るとは恐るべき技ですが、それでは私達を倒せませんよ!」
シュタールは、遥か遠くから自在に光の塊を操っていること自体には瞠目したようである。通常の魔術、水弾や岩弾などで打ち出した弾は、真っ直ぐ進むだけであるから、それも当然であろう。
しかし、いくら自由に動くといっても一頭当たり四つだけである。その程度であれば、重力魔術で自在な飛翔を可能とする竜達にとっては、難なく回避できるのだろう。
おそらくヴォルハルト達が命じているのだろう、炎竜達は決して前には出ず、上下左右や後方への移動のみで回避していく。時折光弾や光鏡が竜の側を掠るが、魔力障壁で防御しているのか、その体に触れることはない。
とはいえ炎竜達も光の塊を躱すばかりで、撃ち落とすまでには至らない。光弾や光鏡は竜達の間を飛び交っておりブレスなどを放ったら味方に当たりかねないし、煌めく光の塊は竜達の行動から最適な位置や間合いを掴んだらしく付かず離れずを保っているからだ。
◆ ◆ ◆ ◆
そんな状況に変化を齎したのは、ヴォルハルトである。おそらく彼は、延々と続く膠着状態に我慢ならなかったのだろう。
「シノブ、お前の技はこれだけか!? では、俺達の番だな!」
ヴォルハルトは一際大きな咆哮を上げると、炎竜ジルンの背から飛び降りた。何と彼の背から岩竜や炎竜が持つ翼のようなものが広がり、その体を宙に留めていたのだ。しかも彼だけではなく、シュタールも宙に舞っている。
岩竜や炎竜の翼は翼竜やコウモリの持つ羽のように、羽毛のない皮膜である。そして二人の背にある翼も、竜達のそれと酷似していた。殆ど羽ばたかずに宙に留まるあたり、飛行方法も竜と同様に重力を操作したものなのかもしれない。
人間とは思えぬ長身に前のめりに曲がった背、そして足よりも長そうな腕。既に異形の彼らではあったが、翼まで生えた姿は、もはや魔獣の一種と思ってしまうような異相であった。
「雷達よ、降り注げ!」
血のように赤い目を輝かせながらヴォルハルトが叫ぶと、彼の周囲に数えきれない青白い電光が出現した。そして、それらの輝きはシノブ達に向かって物凄い勢いで突き進んでくる。
「これだけの数、受けきれますか!?」
シュタールもヴォルハルトに続いて、無数の雷撃を放ってきた。天から降り注ぐ謎の雷撃とは異なり、一本一本は細いものだが、まるで前面を埋め尽くすかのように青白い光が乱舞している。
「光鏡よ!」
しかし、シノブは一つ残した光鏡を一瞬にして前方に進めて稲妻を防いだ。通常は人の背ほどの光鏡は、その十倍もの大きさになり、全ての雷撃を吸収したのだ。
「ちょうど良い……行くぞ!」
前面に光鏡を展開したため、シノブの姿はヴォルハルト達からは見えない。それを好機と察したシノブは、己の魔力を解き放ち、更に光の大剣で増幅しながら勢いよく光鏡に飛び込んでいく。その溢れんばかりの魔力は彼を金色の光で包み込み、さながら闇夜の中に突然現れた流星のようである。
「まずは、ニトラだ!」
その言葉だけ残して、シノブの姿は光鏡の中へと消え去った。そして彼は、左端に位置していたニトラの上空に位置していた光鏡から現れる。
前面に光鏡を展開したシノブは、直接炎竜の姿を目にすることは出来なかった。しかし彼は、炎竜やヴォルハルト達の位置を魔力波動によって把握していた。そのため、ニトラに最も近い光鏡へと移動できたのだ。
「これでどうだ!」
シノブは右手に光の大剣を構え、左手に神々の御紋を翳していた。多数の光弾や光鏡を従え、更に御紋の力を引き出すためか、彼は一際眩しい輝きを放っている。
そして、その輝きが乗り移ったかのように御紋からも強烈な光が放たれた。近距離であるためか、レーザーのように収束させてはいなかったが、御紋が放つ七色の光はニトラの姿を完全に包み隠すほどであり、その光量からも込めた魔力の大きさが窺い知れる。
神秘的な光に包まれた炎竜ニトラは、苦しげな咆哮を上げながら高度を落としていく。おそらく、魔力干渉と同時に『排斥された神』の影響を断ち切っているのだろう。
「し、シノブが! ジルン、ザーフ、あいつを殺せ!」
炎竜ニトラを包む輝きと彼女が上げた叫びで、ヴォルハルトはシノブが転移したことに気がついたらしい。彼は、近くにいた二頭の炎竜に、シノブを攻撃するよう命じていた。
しかしシノブの周囲は光弾や光鏡が取り巻いているから、如何に竜とはいえど簡単に接近できないらしい。飛び交う光の塊に遮られ、二頭の炎竜は手出しが出来ないままである。
「上手く干渉しているようだな……」
一方、シノブは眼下のニトラの様子を観察していた。
前回の戦いで、シノブは御紋の輝きに自身の魔術の特性を乗せることが出来ると気がついた。そして彼が単独で放つより、光の大剣で魔力を増幅し神々の御紋を通したほうが、効果が大きいらしい。
そのため強力な障壁を備える竜専用の『隷属の首輪』も、遠間からでも無力化できるようだ。
「うわっ!」
シノブが半ば失神しているニトラの首元に接近した時、上空から辺り一帯を揺るがすような雷が降ってきた。ヴォルハルト達が放つ稲妻とは桁違いの光量と轟音である。
しかし、天空からの雷撃は、シノブの上空に待機していた光鏡に吸い込まれていた。どうやら、アムテリアが授けた神具である光の盾は、『排斥された神』の力にも充分対抗できるようだ。
「まずは一頭!」
シノブが光の大剣を片手で振るうと『隷属の首輪』はあっさり切り落とされ、ニトラの首から外れていた。そして、ニトラは前方に回ってきた家ほどもある大きな光鏡の中に吸い込まれていく。
──『光の使い』よ! ニトラを受け取ったぞ!──
シノブの脳裏に炎竜の長老アジドの喜びの思念が響いた。ニトラは、シノブがガンド達の側に残した光鏡へと転移したのだ。
謎の雷撃の範囲に飛び込むのは、光鏡の防御があれば可能である。しかし、それだけでは炎竜達を救出できない。解放した竜を雷撃の範囲から移動させなくては救出が完了しないからだ。
そのためシノブは、光鏡で生物を転移できるかを試験した。彼が解放した竜を安全な場所に転移させる。そして、待機している竜達が墜落しないように受け止め守る。それが、シノブの立てた作戦であった。
──次に行く!──
シノブはアジドの思念に答えると、再び手近な光鏡へと飛び込んだ。次は、反対側のファークを助けるつもりである。
「こ、こんな馬鹿な! あの輝きは竜をも倒すのか!」
「竜を救出しに来たと思っていたのですが……」
ヴォルハルトやシュタールは、ニトラが光鏡の向こう側に転移したとは気がついていないようだ。
だが、それも仕方ないだろう。実は光鏡の向こう側では、魔法の杖で魔力を増強したアミィが大規模な幻影を展開していた。彼女はアジドがいた位置に幻影を残し、そしてニトラを掴んでガンドの後ろに下がった彼の姿を消している。
小細工ではあるが、弱ったニトラを抱えたアジドが戦うことは出来ない。そのため、僅かな時間でも敵の目を誤魔化したかったのだ。
「くっ、光の塊が邪魔で近づくことも出来ません!」
シュタールは稲妻を何本も放つが、それらは全て光鏡へと吸収されてシノブには届かない。焦ったのか、彼は水弾や火球に切り替えるが、それらも同じである。
「ともかく、シノブを始末するぞ!」
遠距離攻撃は無理だと感じたのか、ヴォルハルトは接近戦をとばかりに飛び込んでくる。しかし、シノブの周囲には数多くの光弾が待ち構えており、突破することなど出来はしない。
そうこうしているうちに、シノブはファークどころかザーフまでも解放し、光鏡でガンド達の下へと転送をしていた。
「一旦、引きましょう! せっかくの竜を全て失っては元も子もありません!」
シュタールは、シノブへの攻撃を諦めないヴォルハルトの前に回り込み、退却を提案していた。このままでは全ての竜を失ってしまうから、当然の判断である。
「嫌だ! また逃げ去るなど、俺には出来ん!」
しかし、ヴォルハルトはシュタールを押しのけると再びシノブへと稲妻を放ちだす。彼は、ノード山脈での戦いでシノブ達の前から逃げ去った屈辱が、忘れられないのだろう。
「ジルン、今行くぞ!」
そんな彼らには構わず、シノブは光鏡を使って最後に残った炎竜ジルンの下へと転移した。
彼らが引かないのは、シノブにとって好都合であった。光鏡での転移は、初回だからこそ最大の効果を発揮する。シノブが試した結果、光鏡を操作可能な範囲は10km少々である。したがって、謎の雷撃が守る奥深くに下がられては、救出は困難となる。
今は、ヴォルハルト達もそんなことに気がついていないだろう。しかし時間を置けば、あるいは何度も対戦すれば彼らも察するかもしれない。そのためシノブは、彼らが光鏡の限界に気がつかない内に、全ての竜を救出するつもりなのだ。
そしてヴォルハルトが逡巡する間に、シノブはジルンの解放を進めていく。
天空からは今も雷撃が降り注いでいる。今は光鏡が防いでくれてはいるが、シノブが魔力を使い果たしたら、それらも消えてしまうだろう。そもそも、魔力が無ければ飛翔も出来ないから、ガンド達の下に戻ることすら出来ないかもしれない。
したがって、竜達の救出を可能な限り短時間で終えて、雷撃の圏内から出なくてはならない。
「やった!」
だが、シノブの恐れは現実のものとならず、ジルンは無事に解放された。『隷属の首輪』を外されたジルンは、無事に光鏡の中に姿を消したのだ。
「ヴォルハルト達は?」
予定通り、全ての炎竜を救い出したシノブは、ヴォルハルトやシュタールの姿を探していた。天からは、相変わらず雷撃が降り注いでおり、辺りは連続する閃光で包まれている。そのため、彼は魔力感知でヴォルハルト達を探ることにした。
「くっ、いつの間にあんな遠くに! ……レーザー!」
何と、ヴォルハルトとシュタールは、遥か東の方に飛び去っていた。竜達を失った今、長居は無用だと思ったのだろうか。
シノブは、そんな彼らの背に向けて光の大剣で増幅した魔力を使い、太さが身長ほどもある極太のレーザーを放った。
だが、ヴォルハルト達は、魔力障壁でレーザーをある程度は防いだようだ。それに彼らを守るように、黒々とした雷雲がレーザーの進路に発生していた。雷を操る『排斥された神』は、雷雲までも操るのだろうか。
「見えなくなったな……」
雷雲は、ヴォルハルト達を守った後も、その場に残っている。そのため、シノブの方からは彼らの姿を確認することは出来ない。
──シノブ様、引き上げましょう! 目的は達したのです!──
ヴォルハルト達が去った方向を見つめるシノブの脳裏に、アミィの案ずるような思念が響き渡る。彼女はシノブが魔力を使い果たさないかと、心配しているようだ。
──わかった! 今戻る!──
シノブも、いつまでも雷撃の圏内に留まっているわけにもいかないと考え直した。帝都までは100km以上はある。戦闘で大量の魔力を使った今、雷撃を防ぎつつヴォルハルト達を追いかけて行くのは無理がある。彼は、そう思ったのだ。
彼は、再び手近な光鏡に飛び込むと、ガンドの前にあった光鏡からその姿を現した。
◆ ◆ ◆ ◆
──『光の使い』よ。我らの同胞の救出、心からの感謝を捧げる。我ら炎竜は、そなたのためなら何でもしよう──
──我々岩竜もだ。そなたがいなければ、どうなっていたことか──
ガンドの背に戻ったシノブに、炎竜の長老アジドと、岩竜の長老ヴルムが接近し、その頭を下げていた。いや、彼らだけではない。ヘッグやゴルンも、同様である。
「俺達は友達だ。助け合うのは当然だろ? さあ、早く戻ろう! 皆そのままじゃ大変だしね!」
シノブは、厳粛な様子の竜達に、明るく笑い返した。ガンド以外の四頭は、後ろ足で捕らわれていた炎竜達をぶら下げたままなのだ。確かに、まずは一旦帰還すべきだろう。
──それでは『光の使い』よ。凱旋だ!──
ガンドは一際大きな咆哮を放つと、巨体を西へと向けなおした。更に残りの四頭も、同様に嬉しげな叫びを上げて向きを変える。
「あっ、ジルン達にも魔力を補給しないとね!」
一旦はガンドの背に落ち着いたシノブだが、再び宙に戻り救出した炎竜達へと近づいていく。『隷属の首輪』から解放された直後は、魔力を極めて消耗した状態になる。彼は、それを思い出したのだ。
「シノブ様! 大丈夫なのですか!?」
アミィは、そんなシノブの様子に、呆れたような表情を見せていた。あれだけ魔力を放出して、まだ補給する余裕があるとは、思っていなかったのだろう。
「大丈夫だよ! 皆、西へと向かってくれ! 俺は魔力を渡しながら順番に回っていくから! アミィは、義伯父上達に連絡してくれ!」
──流石は『光の使い』だな。では、行くぞ!──
ガンドも感嘆したような思念を発したが、彼はシノブの言葉に従い西へと飛び始める。流石に同じ竜を抱えていては速度を出せないようで、普段よりはゆっくりとした飛翔である。
だが、時折楽しげな咆哮を上げている彼らは、その速度以上に軽やかに飛んでいるように見える。仲間を救った喜び、新たな土地で得た友人への感謝。竜達の叫びと飛翔には、そんな彼らの心が表れているようだ。
シノブは炎竜ニトラの背の上で魔力を注ぎながら、彼ら竜族の歓喜に満ちた凱歌を聞いていた。
これで王国や竜達を縛るものは無くなった。大きな安堵と喜びに顔を綻ばせたシノブに、更なる嬉しい頼りが届く。
「シノブ様! ベランジェ様から連絡がありました! 向こうも順調なようです!」
アミィが通信筒で連絡を入れたからだろう、ゴドヴィング伯爵領の攻略をしているベランジェ達から返信が来たらしい。
「そうか! 次は、皇帝直轄領だな!」
シノブは顔を大きく綻ばせる。
まずは竜を解放し、王国軍も無事に一歩前進をした。今は、それを素直に喜ぼう。そして次の戦いに備えるのだ。そう思ったシノブは、西で待つ人々の顔を思い浮かべながら、まだ暗い空へと目を転じていた。
己と共に戦う人、己が守るべき人、多くの絆に支えられながら、ここまで来たのだ。今さら焦る必要はない。そう悟ったシノブは、柔和な笑みを浮かべながら静かな時を過ごしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年6月24日17時の更新となります。