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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.24 三つの神具 前編

 光の盾を手に入れたシノブ達は、翌朝、都市シュラールからフライユ伯爵領の領都シェロノワへと移動した。シノブ達の王都メリエへの訪問は五日前だから、久々の帰還である。

 なお、王太子テオドールとはシュラールで別れたため、シェロノワに戻ったのはシノブ達と、王女セレスティーヌのみである。テオドールがシェロノワを訪れてから既に十日以上経っており、彼が王都へと戻るのは当然であろう。


 一方、セレスティーヌは今後もシェロノワへの逗留を続けるようだ。

 彼女には特別巡見使として各地を巡る役目があり、その最初の訪問先としてフライユ伯爵領が選ばれた。新領主が治める土地を最初に見ておこうという判断は、至極当然のものだ。

 とはいえ、そこにはシノブと王女の仲を接近させようという王家の意思があるはずだ。そのためだろう、彼女は次の訪問先に行くと言い出すこともない。


 なお、シェロノワに逗留していた上級貴族達は、それぞれ王都や自領へと帰っていった。神殿経由での転移があるため、シェロノワに常時詰める必要が無くなったのだ。

 そのため侯爵の嫡男達などは、新たな領土メグレンブルク軍管区の統治を補佐するために、王都と任地を足繁く行き来しているらしい。後方支援を担う伯爵達も同様で、自領とシェロノワ、あるいはメグレンブルクを頻繁に往復しているようである。

 ともあれ、それらの支援もあってメグレンブルクの掌握は問題なく進み、次の目標であるゴドヴィング伯爵領攻略の準備も順調だという。


 そこで、シノブとアミィは、それらの詳細を聞くために早速メグレンブルク軍管区の領都リーベルガウへと赴くことにした。


「シノブ君、アミィ君、久しぶり! でも、もっとゆっくりしていても良かったのだがね!」


 先代アシャール公爵ベランジェ・ド・ルクレールは、シノブ達に会うなり朗らかな笑みを見せつつ歩み寄ってきた。彼は、息子のアルベリクに爵位を譲って東方守護副将軍となってからは、殆どメグレンブルクに詰めているらしい。


「ありがとうございます。通信筒での連絡で、順調だとは聞いていましたが……」


 シノブは、普段通りに陽気なベランジェを見て、安堵していた。

 通信筒は、アムテリアによって機能強化されたときに大幅に追加されていた。そこで、ベランジェやセレスティーヌ、テオドールにも通信筒を渡したのだ。

 現在、メグレンブルク軍管区の総督は、東方守護副将軍であるベランジェが兼務している。そのためシノブは、軍管区の現状については彼から頻繁に伝えられていたが、やはり直接目にして感じることもある。

 幸い、リーベルガウの大神殿から総督府となった元メグレンブルク伯爵の館に移動する間に見たかぎりでは、治安も良く道を行く人々の顔にも陰はなかった。

 どうやら、ベランジェ達は大過なく統治をしているようである。


「おお、何も案ずることは無いぞ! 書いて送った通りだ!」


 先刻までサロンのソファーに座っていた先代ベルレアン伯爵アンリも、ベランジェと同様にシノブ達を出迎えに来た。彼が持っている銀色の小さな筒が、通信筒である。

 通信筒は指先ほどの大きさであり、大量の文章を送ることは出来ないが、距離の制約を受けずに連絡が出来る利点は大きい。そのためメグレンブルク軍管区の統治にも、欠かすことが出来ないものとなっていた。


「シノブ、オベールとシュラールの遺宝で『排斥された神』に対抗できそうかね?」


 サロンにいたもう一人、ベルレアン伯爵コルネーユがシノブに尋ねかけた。

 今のシノブは、三つの神具を手にしてはいない。そのためコルネーユは魔法のカバンを持つアミィが気になるようで、シノブに問いかける直前、僅かに彼女に視線を向けていた。


「ええ。何とかなりそうです。アミィ、神具を出してくれ」


「はい、シノブ様!」


 シノブが手を差し出すと、アミィは三つの神具を順に取出していく。


 まずはオベール公爵家で得た光の首飾りだ。ダイヤモンドのように透き通った何十個もの大きな宝石が、ミスリルらしい白銀の輝きの台座に()まった豪奢な宝飾品である。しかし、その正体は装着者を守り敵を打ち倒す光弾を秘めた神具なのだ。


 そして、シノブに首飾りを着けたアミィは、光の盾を取り出した。

 左腕に装着する鏡のように輝く籠手は、光の首飾りと対になる神具といえる。光の盾からは、シュラール公爵が光鏡と呼んだ鏡のような円盤が現れる。光の首飾りの光弾と同様に十数個も現れる光鏡は、敵の攻撃をある時は吸い込み、ある時は跳ね返す鉄壁の防御となる。

 しかし、こちらも繊細な装飾が施された美術品というべき外観であり、実用的な武具とは思えない美しさである。しかも、少女のようなアミィが手にしていることもあり、光の盾は貴婦人が着ける装身具のようにも見える。


「おお……何と美しい」


「確かにね! 流石はアルフォンス一世の遺宝だね!」


 そのため、コルネーユやベランジェも感嘆の溜息を漏らしつつ、美しい神具に見惚れていた。

 第二代国王アルフォンス一世の遺宝は、他に王家が守ってきた額冠が存在する。この額冠は略王冠として位置付けられ、現在も複製が国王の軍装として使われている。しかし、残りについては後世に正確な姿を伝えず秘匿してきたらしい。

 そのため、ベランジェはともかく、コルネーユやアンリはその詳細を知らなかったようだ。


 そしてベランジェ達が感動の面持ちで見つめる中、アミィは魔法のカバンから光の大剣を取り出した。こちらは、コルネーユ達も何度も見ているため、彼らに驚きはない。


「光の首飾りは攻撃の、光の盾は防御の神具です。通信筒でも簡単に記しましたが……」


 アミィの背よりも大きな大剣を受け取ったシノブは、青い宝玉のようなものが付いた柄頭が右肩の上に出るように背負った。そして彼は、三人の観客に向けて新たに得た神具について説明をする。


「なるほどね! で、シノブ君はこれなら謎の(いかづち)に対抗できると思うんだね?」


「はい。三つの神具と神々の御紋の力を上手く組み合わせれば、ですが。それに、もう少し使い方に慣れる必要もありますね」


 シノブは、ベランジェの期待に満ちた言葉に、深く頷いた。

 彼は、この後ガンドの狩場に行き、三つの神具の使用方法、特に光の盾についてを試してみるつもりであった。そこでシノブは、それらについても三人に説明していく。


「ふむ……ならば、遺宝の試しが終わったら、いよいよ進攻だな。

シノブ、実は儂らは、炎竜達の解放とゴドヴィングの攻略を同時に行おうと思っていたのだ。攻略にあたって最も大きな障害となるのは、帝国の手に落ちた四頭の炎竜だからな」


「こちらは竜と共に空から奇襲を掛けるつもりだけど、ゴドヴィングを守る竜がいれば、良い的になるだけだからね。シノブが、炎竜達を引きつけておいてくれれば、安心して作戦を実行できるよ」


 父のアンリに続き、コルネーユが説明をする。現在、十頭の成竜がシノブ達を助けてくれている。彼らは、その全戦力を次の作戦に注ぎ込むつもりなのだ。


 まず、シノブとアミィ、そして前回と同様に五頭の竜達が皇帝直轄領に侵入する。

 そして、それと同時に四頭の竜が、ゴドヴィング伯爵領の主要拠点、領都ギレシュタットと二つの都市ナムエストとサッスハイムに攻撃を仕掛ける。メグレンブルクを落とした時と同様に、竜に乗った兵士達が、都市中枢部に奇襲を掛けるのだ。

 なお、メグレンブルクの守りは、残り一頭の岩竜ニーズが担当するという。


「全ての竜が参加できるのですか?

ニーズの子供はまだ生まれたばかりです。それにシュメイも生後一月半ほどですし……」


 シノブは、コルネーユの言葉に疑問を(いだ)いた。

 岩竜ヘッグとニーズの子供に、シノブはまだ会ったことはない。しかも、前回皇帝直轄領に行ったとき、ニーズはちょうど出産をした直後だったという。

 ちなみに、竜の子供が飛翔を習得するのは生後三ヶ月を過ぎてからだ。そのため、炎竜の子供シュメイも含め、彼らはまだ空も飛べずブレスも吐けない、か弱い存在である。

 シノブは、そんな子供達を置いて親竜達が戦に同行すると聞いて驚いたのだ。


「これは、竜達の意思でもあるんだ。彼らは、仲間達が安易に皇帝直轄領に侵入し捕らわれたことを、恥じているのだよ。

確かに四頭の炎竜達は、邪神の(いかづち)については知らなかった。だが結果は結果だ。誇り高い竜達は、同族の過ちを自分達で償いたいようだね」


 ベルレアン伯爵コルネーユは、竜達の固い決意をシノブに伝えていた。

 竜達は、順調に進んでいた帝国との戦いが一族の過ちによって予想外の難局を迎えたと感じたらしい。しかも同族が邪神の手先となったなど、彼らにとっては許しがたい事態である。そのため一族の恥を(すす)がんと、彼らから次の作戦への全面的な協力を申し出てきたという。


 皇帝直轄領には、前回と同様にヴルム、アジド、ガンド、ヘッグ、ゴルンの五頭の雄竜が向かう。相手が四頭いるということもあるが、前回と同数を当てることでゴドヴィング伯爵領の攻略から目を()らすという意味もある。

 そして残りの雌竜達、リント、ハーシャ、ヨルム、イジェが都市の攻略を担当する。メグレンブルクに残るニーズは防衛担当であり、オルムルと共に幼竜達の守護役でもある。


「シュメイ達もここに来るのですか?」


 アミィは、コルネーユの言葉に驚いたようだ。確かに、それぞれの棲家(すみか)に子供達を残しているよりは安全かもしれない。しかし生まれて間もない幼竜達を連れてくるなど、何よりも子供を慈しむ竜達には似合わないと思ったのだろう。


「そうだよ。オルムルはもう自分を充分に守れるからヨルム殿の参加は問題ない。だが、シュメイはまだ小さいからね。そこで、イジェ殿はシュメイをニーズ殿とオルムルに預けることにしたのだよ」


 コルネーユは、アミィに優しく微笑んでみせた。どうやら、ゴドヴィング攻略については、竜達ともかなり細かいところまで打ち合わせているらしい。


「ふっふっふっ。準備は万端だよ! 幼竜達を連れてくることも含めてね!」


 ベランジェは、悪戯っぽくシノブに片目を(つぶ)ってみせた後、説明を引き継いだ。

 ヘッグとニーズは、作戦の直前に自身の棲家(すみか)から子供のファーヴを連れてくるそうだ。そして、オルムルを含めた三頭の子竜がリーベルガウに滞在し、ニーズはオルムルの思念が届く範囲で防衛を担当するという段取りだ。


「もしかして、ついにあれが完成したのですか? では、私も急ぎます!」


 後は三つの神具の試験だけだ。そう思ったシノブは、竜達の思いが乗り移ったかのように気を引き締めていた。


「うむ、そうしてくれたまえ! ミュリエル君の誕生日には、戦勝報告をプレゼントしたいからね!」


 気負うシノブとは対照的に、ベランジェは朗らかな笑顔でミュリエルの誕生日に勝利をささげようと宣言した。

 シノブは、いつもと変わらぬ彼らの様子を心強く思いながら、彼らに作戦の詳細を確認していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブとアミィは、リーベルガウにいた岩竜ヘッグにアマテール村まで送ってもらうことにした。


「忙しいのに、すまないね!」


──問題ない。ちょうど、我らの棲家(すみか)へと向かうところだったのだ──


 飛翔中のヘッグは、背の上のシノブに穏やかな思念を返した。現在、竜達はそれぞれの棲家(すみか)とメグレンブルクの間を往復しているらしい。

 岩竜ヘッグとニーズの棲家(すみか)は、ヴォーリ連合国にあり、リーベルガウからは900kmほどである。そのため毎日往復するわけではないようだ。


「でも、子供が生まれてすぐなのに大丈夫なのですか?」


 アミィは、幼竜のファーヴと(つがい)であるニーズを残してメグレンブルクへと来ているヘッグを心配したようだ。彼女の薄紫色の瞳は、彼らを案ずるような陰りを宿している。


──まだこの時期は食べる量も少ないからな。(われ)が狩った獲物をニーズが保存しているし、狩場も二日に一度ほどで維持できる──


 幸い、生まれたばかりの幼竜は、まだ食事の量も少ない。そのため、二日に一度くらい棲家(すみか)に戻り、その際に狩った獲物を母竜であるニーズに渡すだけでも充分だとヘッグは言う。


「ああ、竜は獲物を長時間保存できるんだったね!」


 シノブは、以前ガンド達と狩りをした時のことを思い出した。彼らが飲み込んだ獲物は仮死状態になるため、一度に多くの獲物を確保し、それを少しずつ与えているらしい。


──うむ。とはいえ、もう暫くすれば、ファーヴも沢山食べるようになるだろう。そこから飛べるようになるまでが一番大変で、しかも危険な時期なのだ──


 ヘッグが言うように、生後半月から三ヶ月くらいの時期は親竜達にとって最も手間がかかる時期らしい。

 その時期の幼竜は非常に食欲旺盛であるが、まだ飛行が出来ない。なお、そこを越えて飛翔とブレスを身に付ければ、幼いとはいえど大抵の魔獣よりは強くなるため、子育てもだいぶ楽になるようである。


「そうか……早く落ち着いて子育てが出来るようにしないとね」


 ヘッグの説明を聞いたシノブは、捕らわれた炎竜達の救出を急ごうと改めて決意していた。ヘッグ達も、本当は子育てに専念したいのだろうと、シノブは思ったのだ。


──そのとおりだ。幸い狩場も増えたから、我ら竜達も今まで以上に増えるに違いない。人の子と意思を交わせるようになったしな──


 だが、ヘッグはシノブの思いには気がつかなかったようである。彼は、明るい未来図を想像しているようで、思念からも、どこか浮き立つような雰囲気が感じられる。


「ヘッグさん、もっと竜達のこと教えてください!」


──もちろんだとも。我らも人の子の生活を知りたい。ファーヴやオルムルのためにもな──


 アミィの要請に、ヘッグは上機嫌な様子で応じている。

 なお、ヘッグとニーズの子供ファーヴは雄であった。これは、岩竜達に大きな喜びを(もたら)したようである。何故(なぜ)なら、ガンドとヨルムの子であるオルムルは雌だからだ。そんな事情もあり、二頭は次世代の担い手として早くも期待されているらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「凄いですね! この辺りもだいぶ開拓が進みましたね!」


 上空から見る北の高地の活況ぶりに驚いたのだろう、シノブへと振り向いたアミィは興奮気味の早口で語りかける。


「そうだね! もう、村も数えきれないくらいだね!」


 シノブも、アミィと同様に喜びの声を上げていた。彼も報告を受けてはいたが、直に見る北の高地は想像以上の発展を見せていたのだ。

 ガンド達の狩場から東側には、今や数十にもなる村が存在している。かつては魔獣が跋扈していた高地も、竜の道で守られた現在は豊かな可能性を備えた希望の土地となっている。


 そして、村々にはその数に相応しい人々が生活を始めていた。

 まず、帝国から解放された獣人達である。彼らの多くは開拓地への定住を選択したのだ。メグレンブルク出身の者達も、殆どが故郷に戻ることなく家族を呼び寄せたらしい。おそらく、悲惨な記憶のある場所よりは新天地に惹かれたのだろう。

 それに、前フライユ伯爵クレメンの反乱に関与した者達もいる。彼らの多くは、北の高地で一定期間の労役に就いている。積極的に関与した高官以外は、開拓村で経過観察をすることになったからだ。


 そのため、北の高地も、以前シノブとアミィが訪れたような荒野ばかりではなくなっていた。南方へと続く街道にも一定間隔で村が存在しているし、アマテール村より東側は、かなりの部分が耕作地として綺麗に整えられている。


「アミィ、あれが例のものかな?」


 西へ向かって飛行するヘッグがアマテール村へと近づいたとき、シノブは村の周囲に四つの巨大な箱状の物体があることに気がついた。まだ遠くて判別しがたいが、つい先日乗船した南方海軍の旗艦メレーヌ号と同じくらいの大きさがあるようだ。

 しかも、巨大な箱は形状も海軍の船と良く似ている。違いはマストが無いくらいで、それ以外はブリュニョンの港で見た軍艦とほとんど変わらない。


「多分そうです! 本当に全部金属で覆ったのですね!」


 アミィが言うように、四つの船のようなものは黒々とした金属で出来ているようだ。内部まで金属製ではないだろうが、少なくとも外側は鉄か何かで覆われているらしい。


──我らが運ぶ空往く船だ。何度か見たが立派な出来だな──


 ヘッグはアマテール村の直ぐ脇に急降下しながら、感嘆したような思念を伝えてくる。

 彼は自分の棲家(すみか)に戻る途中、アマテール村やガンドの棲家(すみか)にも寄っている。そのため、これらの船についても既に知っていたようだ。


「あれでゴドヴィングに輸送するのか……」


 シノブは、成竜であるヘッグの倍くらいもある巨大な船を見て、思わず呟いていた。これが、ベランジェの言っていた準備の一つである。


 以前、イヴァール達は岩竜ガンドに頼んでアマテール村にドワーフ達や家畜を連れてきた。そのとき彼らは家ほどもある巨大な籠を作って、ガンドにヴォーリ連合国からアマテール村まで運んでもらったのだ。

 そして、それを知っているシノブ達は、帝国領の攻略に使えないかと考えて、より発展させたものを準備していたが、残念ながらメグレンブルクの攻略には間に合わなかった。しかしゴドヴィング攻略では、これらの巨船に兵士を乗せていくことが出来る。


──ああ。それに、ファーヴを連れてくるときにも使うぞ。後は山の民に訊くが良い──


 降下の最後、ヘッグは思念を発しながら急激に速度を落としていく。しかし、竜達は重力を制御して飛行しているので、乗り手であるシノブ達は、さほど速度の変化を感じない。

 しかも、着地の際にはほぼ速度を落としきっていたようで、ヘッグは巨体からは考えられない全くの無音で大地に降り立った。


「おお! シノブ、久しぶりだな!」


 アマテール村から走り出てきたのはイヴァールである。彼は、黒々とした髭を(なび)かせながら、巨大な船の脇に降り立ったヘッグを目掛けて走ってくる。


「ああ、久しぶり!」


 槌音も賑やかな村から走ってきたイヴァールは、相変わらず元気そうだ。シノブも、そんな彼の様子を見て笑顔になる。


──『鉄腕』よ、一つ貰っていくぞ──


 どうやら、ヘッグは自身の棲家(すみか)へと急ぎたいらしい。シノブ達の挨拶が済んだと思ったのだろう、彼はイヴァールへと『アマノ式伝達法』で語りかける。


「おお、どれも完成しているから、好きなものを持って行ってくれ!」


──すまぬ。それでは『光の使い』よ。また会おう!──


 ヘッグは一番近い船の上に飛び上がり、その上端を(つか)んだ。船の中央には竜の後ろ足で握れる太い鉄棒が取り付けられており、そこを(つか)むや否や巨竜は勢いよく空へと舞いあがる。


「……しかし、立派なものを作ったね。大変だっただろ?」


 ヘッグを見送ったシノブは、改めてイヴァールへと向きなおった。彼は、これらを短期間で造ったドワーフの技術力に驚嘆していたのだ。


「故国からも多くの職人に来てもらったからな。お蔭で納得のいくものが出来たぞ。

外は鉄板で覆ったし、船としても使える。陸上に降ろすため平底にしたがな」


 イヴァールは、(そび)え立つ巨船を惚れ惚れとした表情で眺めている。どうやら、この船は彼らの自信作なようだ。


「竜達に運んでもらうから、船としての性能は大したことはない。だが、その代わりに運べる量は凄いぞ。一隻で千人は乗せられる。ただし、身動きも出来んがな。

それに大型弩砲(バリスタ)を積んでいるから、地面に降ろした後は要塞として使うこともできる」


 イヴァールは、その手で巨船の舷側を指し示した。確かに、彼が示す先には開閉可能な窓のようなものが付いている。


「ドワーフって、造船も得意なんだね……海は嫌いだと聞いていたけど」


「ドワーフに作れない物など無い。メリエンヌ王国の軍艦も、俺達ドワーフが作っているのだ」


 ますます自慢げな表情となったイヴァールは、ドワーフと造船の関わりについて説明を始める。


 元々、ドワーフは武器や防具などから装飾品まで多様な品を作って他国に輸出している。最初は自国の中で使うために作っていたが、メリエンヌ王国やヴォーリ連合国が成立し安定した交易が可能となった後は、各国に定住するドワーフも僅かながら出たらしい。

 なお、当初は海が苦手なドワーフが造船を手掛けることは少なかったが、優れた木工や金属加工の技術を人族や獣人達に教えているうちに、ついに船大工となるものも出たという。


 そして、一旦そうなってしまえば後は早かった。

 ドワーフに海の知識は無くとも、船は一人で造るものではない。それに、一見頑固そうなドワーフ達だが、工芸については良いものは良いと認める度量を持ち合わせている。そのため、造船についてもいつの間にか重要な位置を占めることになったらしい。


「これだけの鉄板を調達するのは大変だったのでは?」


 三隻の船を見上げていたアミィは、イヴァールへと振り向いた。ガンドの狩場の中には、鉄鉱石を産出する鉱山もあるらしい。しかし、これだけの量をそう簡単に調達できるものであろうか。


「それだ! シノブが教えてくれた蒸気機関も使ったのだ! 剣や工芸品を作るのには向かんが、鉄板を作るなら問題はない。あの槌音も、蒸気機関で打っている音だぞ!」


 イヴァールによれば、鉄鉱石自体は村を作った当初から採掘し、製錬もしていたらしい。しかし、それらを鉄板に加工するのには、シノブが発案した火属性の魔道具を使った蒸気機関も使っているという。


「この短期間によくそこまで……まだ一ヶ月と少しだよ?」


「やっぱり、ドワーフの技術力は凄いのですね……」


 単なるアイディアを一ヶ月少々でものにしたドワーフ達に、シノブとアミィは驚きを隠せなかった。

 アマテール村の周辺は魔力が多いため、他の土地に比べて魔道具の効率は飛びぬけて良い。しかし、アイディアを実用まで持って行くには、様々な苦労があったのではなかろうか。そして、それらを乗り越える執念と能力は、彼らが天性の職人(ゆえ)なのだろう。


「ところで、ティニヤさんやアウネさんは?」


 今さらながらシノブは、イヴァールの妹アウネや、彼の婚約者であるティニヤの姿が見えないことに気がついた。アマテール村に訪れたときは、彼女達も大抵出迎えてくれるのに、今日はイヴァールだけである。シノブは、それを不思議に思ったのだ。


「ああ、ティニヤ達は、ドレスを作るのに忙しくてな……」


 イヴァールは、髭に隠された顔を真っ赤に染めながら顔を背けていた。どうやら、少々照れたらしい。

 彼は、四月早々にシェロノワで結婚式を挙げる予定である。シノブが半分冗談で言った合同結婚式は、シャルロット達により着々と準備が進んでいたのだ。

 イヴァールがティニヤ、シメオンがミレーユ、そしてマティアスがアリエルと結ばれる。そして、この三組の結婚式は、フライユ伯爵領だけではなく各地の貴族も出席する盛大な式典になる。そのため、イヴァールとティニヤの親族は、女衆が総出でドレスを縫っているという。


「幸い、機織りは何とかなるのだ。蒸気機関があるからな。女衆は手織りでなくては、と(うるさ)かったが……だが、縫う方が大変らしい」


「そこまで蒸気機関を使っているんだ! でも、手縫いか……ミシンとかあれば良いのにね」


 シノブは、イヴァールの説明を聞いて驚いた。彼らは、既に機織りにも蒸気機関を活用しているらしい。

 魔道具で熱を発生させるため、自然破壊もないし二酸化炭素も発生しないからと教えたシノブだが、急激な産業革命とでもいうべき事態に、少々戸惑いを隠せなかったのだ。


「シノブ、その『みしん』とは何だ? 俺達に作れるものなら、教えてくれ! このままでは、俺も針子の真似事をしないとならんのだ! 下手をすると次の戦いにも参加できん!」


 シノブの呟きを聞きつけたイヴァールは、必死の形相で問いかけていた。彼らにとっては、船を作るよりもドレスを縫う方が大変なようである。


「今から間に合うかわからないけど……機械で上から糸の通った針を刺して、下糸と絡ませるんだけど……アミィ、ミシンの構造ってわかる?」


 シノブは、流石にミシンの構造がどうなっているかまでは知らなかった。ボビンというものに下糸を巻いておく、彼が知っていることといえば、そのくらいである。


「う~ん……あっ、シノブ様が絵美(えみ)さんに見せた動画がありました! これなら役に立つかも!」


 考え込んでいたアミィだが、暫くするとその表情を輝かせた。

 彼女の言葉を聞いたシノブは、妹の絵美にミシンの構造を訊ねられた時のことを思い出した。彼は上手く説明出来なかったため、ミシンについて説明しているサイトを見せたのだ。どうやら、その時保存した情報がスマホに残っていたのだろう。


「流石シノブだな! ちょっとそれを見せてくれんか! 針子をやるくらいなら、『みしん』とやらを作るほうが何倍もマシだ!」


「えっとですね……それでは、まずこの幻影を見てください。これがボビンというもので……」


 イヴァールの真剣な様子に、アミィも同情したのか、早速動画を幻影として再現し始めた。

 果たして彼らがミシンを作ることが出来るかはわからない。だが、それが出来れば領内の、そして新たに得た土地の大きな産業になることだろう。そう思ったシノブは、アミィがミシンの構造を説明する様子を、顔を綻ばせながら聞き入っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年6月20日17時の更新となります。


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