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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.21 北の竜、南の鷹

 ベーリンゲン帝国の帝都ベーリングラードの近郊には、帝国軍の大演習場がある。一辺数kmもある広大な演習場には、整地、未整地など様々な場が設けられ、川や沼地などまで再現されている。

 通常、大演習場では騎士や歩兵の模擬戦、または攻城兵器の試射などが行われる。しかし、現在はその(いず)れとも違う戦いが繰り広げられていた。


 赤い瞳を持ち蒼白な肌をした異形の二人が、目まぐるしく位置を変え魔術を放ち、大剣を振るう。その体は人とは思えぬ巨体に加え、極端な猫背で手が足よりも長い。しかも口からは牙らしきものまで覗いている。

 そんな、魔人とでも呼びたくなるような人外の者達の戦いは、やはり人の常識を超えたものであった。彼らは、軍馬に倍する速度で走り回り、家や城壁よりも高く跳躍し、剣を振るう手はあまりの速さに幾本もに増えて見える。

 しかも彼らは魔術まで使っている。火や風の魔術、そして時折放つ稲妻の魔術は一面を焦土と化す、どんな大魔術師でも驚愕するような威力である。

 しかし、それらの魔術も二人にとっては、驚くべきものでは無いらしい。彼らは強力な魔力障壁でそれらを無効化し、戦闘を続けていた。


「ここまでにしよう!」


 異形の者のうち、大柄な方が、対戦相手へと声をかけた。常人より頭二つ以上大きな体のその男は、大将軍ヴォルハルトである。

 ヴォルハルトには以前の面影が僅かに残っているが、人とは思えぬ姿が先に立ち同一人物とは思えない。彼は巨漢ではあったが、皇帝が『我らが神の試し』と語った謎の試練を受けるまでは、あくまで常人としては体が大きい、というだけであった。

 それが、今では人とは明らかに違う容姿である。しかも、手に持つ大剣も異様に長い両腕に相応しい長大なものであり、彼以外には扱えそうもない。


「この体にも馴染んできましたね……」


 対戦相手は、当然将軍シュタールだ。

 彼はヴォルハルトよりは小柄だが、それでも通常の大男、例えば今は亡き将軍ヴェンドゥル、身長2m近かった僚友に比べても頭一つ近く大きく、別人のようである。こちらもヴォルハルト同様に変わり果てた姿であり、仮に身長が変わっていなくても一瞥しただけでシュタールと見抜く者は存在しないだろう。


「ああ。以前は話すのにも苦労したが……しかし、まだ強くなる必要がある。昨日の戦いでは、思わぬ攻撃に苦しんだからな」


 ヴォルハルトは、都市ロイクテンの南方でのシノブ達との戦いを思い出したようだ。彼は顔を(しか)め、口調も苦々しげである。


「あの謎の光ですね。まさか、神の力を得た我らに通用する魔術があるとは……何かを(かざ)していたように見えたから、魔道具かもしれませんが」


 シュタールは、ヴォルハルトと同様に忌々しげな顔を見せている。彼は、シノブが神々の御紋を利用して放った七色の光について、魔術と魔道具の(いず)れによるものか判断しかねているようだ。


「まさか一日近く動けなくなるとはな……まだまだ強化が必要だ」


 神々の御紋は、帝国人を『排斥された神』の支配から解放することができる。

 通常の帝国人に御紋の光を浴びせた場合、帝都や『排斥された神』に関連した記憶を失うだけだが、ヴォルハルトには別の効果を発揮したらしい。もしかすると、『排斥された神』によって新たな肉体を得たヴォルハルトにとっては、その肉体の維持に関わる何かとなったのであろうか。

 いずれにせよ、2月21日の零時過ぎにシノブ達から戦ってから一日半、ようやくヴォルハルトは元通りに動けるようになったらしい。


「ええ。更なる力を得るには、もっとこの体を使いこなさなくてはなりません。ですが、その効果は大きいはずです」


 シュタールは、彼には似合わぬ熱っぽい調子で語っている。以前は皮肉げな口調が目立った彼だが、今はヴォルハルトに刺々しい態度を見せることもない。もしかすると『排斥された神』による支配が強まった結果、その精神も変容してきたのであろうか。


「そうだな。熟達次第で思念での会話も出来るというからな。アイツも、そうやって竜を操っているのだろうし、我らも負けるわけにはいかん」


 シュタールの言葉に頷いたヴォルハルトは、演習場の脇へと目をやった。そこには『隷属の首輪』を装着した四頭の炎竜が(うずくま)っている。


「竜達に遠隔地から指示できれば、作戦の幅も広がります。捕らえるときにあれだけ犠牲を払ったのですから、もっと竜を活用したいものです」


「その通りだ。グーベルデンでは随分苦労したからな」


 ヴォルハルトの顔には、苦笑いともいうべきものが浮かんでいた。『排斥された神』により大きく変貌した彼らだが、人間としての感情を全て失ったわけでもないらしい。

 どうやらヴォルハルトは、炎竜を捕獲した時のことを思い出したようだ。四頭の炎竜に顔を向けた彼は、竜達ではなく、どこか遠いところを見ているような眼差しをしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ベーリンゲン帝国の第二十五代皇帝ヴラディズフは、窓の無い石造りの一室を訪れていた。

 そして、その部屋の中央に置かれた簡素な寝台には、生者とは思えぬ血の気の無い肌の巨人が二人、仰臥(ぎょうが)している。そう、ヴォルハルトとシュタールである。


「ヴォルハルト、シュタール。試しが終わったばかりだが、一働きしてもらうぞ」


 皇帝は、寝台に横たわるヴォルハルトとシュタールに、感情が読めない平板な声で呼びかけた。

 灯りの魔道具で照らされた室内には三人だけであり、しかも地下なのか彼らの会話以外に物音一つしない。そのため、皇帝の低く威厳のある声は、石造りの部屋に陰々と響き渡る。


「陛下……」


 それまで目を(つぶ)っていたヴォルハルトは上体を起こし、真紅の瞳で皇帝を見つめ返した。彼の隣では、シュタールも同じように皇帝に視線を向けている。


「まだ、会話は難しいか……試しから間もないからな……体は、どうだ?」


 皇帝の言う試し、つまり『我らが神の試し』をヴォルハルトとシュタールが受けたのは、2月15日の深夜だ。それから僅か一日半では、まだ変貌した肉体を充分に使いこなせないのかもしれない。


「問題……ない……」


 皇帝の問いに、寝台から立ち上がったシュタールが答える。

 主君への答えにしては無愛想であり、不敬罪に問われても仕方がないものである。やはり、ヴォルハルトとシュタールの会話能力は、大幅に衰えているようである。

 しかし、身を起こしたシュタールの動きは機敏なものであり、彼が語るように身体の動き自体には問題がないようである。もしかすると、試しによる変貌は、肉体自体より精神や思考に大きな影響を(もたら)したのかもしれない。


「そうか。ヴォルハルトも大丈夫なようだな。

神託があった。北から四頭の竜が侵入してきた。おそらく、我らに復讐するつもりだろう。南下を続けているから、このまま放置しておいても我らが神の怒りに触れるかもしれん。

しかし千載一遇のこの機会、逃すわけにはいかん。そなた達は北に赴き、竜がグーベルデンに接近するように誘導するのだ」


 シュタール同様に素早く立ち上がったヴォルハルトを見て、皇帝は満足げに頷いた。そして彼は『排斥された神』から受けたという神託を、ヴォルハルト達に伝えていく。


 『排斥された神』は、皇帝直轄領全域に、何らかの力を行き渡らせているらしい。そのため領域内で起きた出来事を、帝都の皇帝に伝えることが出来るようである。

 とはいえ、シノブ達が見た雷撃のような攻撃は、更に限定された範囲でしか使えないようだ。おそらく帝都を囲む六つの都市あたりまでが、その効果範囲なのだろう。


 そして都市グーベルデンも、帝都を取り巻く六都市の一つであった。帝都から見て北東に存在する都市グーベルデンから更に北に進むと、炎竜ゴルン達が捕らえられたヴォルケ山に到達する。

 そのため皇帝ヴラディズフ二十五世は、四頭の炎竜を雷撃の範囲まで誘き寄せる役目をヴォルハルト達に担わせようと考えたらしい。


「だが、命を粗末にするな。

試しを無事に乗り越えた者は、長い帝国の歴史でも殆ど存在しない。(われ)も初めて見るからな。しかも二人同時など、前代未聞の出来事だ。

竜は我らの新たなる力となるだろうが、そなた達を失ってまで得るものでもなかろう。だから、必ず生きて帰るのだ」


 皇帝は四十代を半ば過ぎているはずである。したがって少なくとも四十年以上、試しから生還した者はいないらしい。ヴォルハルト達が稀なる体質の持ち主であったのか、それとも彼らの執念(ゆえ)か、いずれにしても稀有な出来事ではあるようだ。


「時間が……」


 ヴォルハルトは、都市グーベルデンへの誘導が間に合うか気になったらしい。

 帝都ベーリングラードからグーベルデンまで、道なりに進めば180kmくらいである。しかし、竜は長距離の飛翔でも同じくらいの距離を一時間で移動できる。彼がそこまで知っているかは不明ではあるが、ゴルン達を捕らえたときにでも、ある程度の生態を把握したのであろうか。


「心配するな。我らが神が、そなた達を送ってくれる。試しから生還して力を得たそなた達なら、各都市まで飛ばせると聞いた。行った先から帰還させることは不可能だがな」


「おお……」


 皇帝の言葉を聞いた二人は、畏敬の念に打たれたかのように頭を下げた。神の力を得たヴォルハルト達だが、『排斥された神』についての知識は、依然として皇帝の方が詳しいようだ。


「竜のための『隷属の首輪』は後で渡す。グーベルデンに着いたら、向こうの兵達と民を使って……」


 自身が考えた案か、それとも『排斥された神』の神託で伝えられたものか、皇帝は、都市グーベルデンに着いてからの行動を二人に指示していく。良く響く重々しい声で語られた内容は、ヴォルハルト達にとっても意外なものであったのか、彼らは、その目を大きく見開き、主君の言葉に聞き入っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 創世暦1001年2月17日の早朝、都市グーベルデンの兵達は突如現れた異形の二人組の言葉に驚愕していた。


「わ、我らに捨て石になれと! それに領民も!」


「そうだ……」


 都市の守護隊司令の問いに、ヴォルハルトが静かに頷いた。

 『排斥された神』の力で都市グーベルデンの守護隊本部に転送されたヴォルハルトとシュタールは、皇帝直筆の指令書を彼らに見せていた。そこには守護隊が竜を捕らえるための囮とすること、『隷属の首輪』に使う『魔力の宝玉』に都市の住人達の魔力を提供させることなどが記されていたのだ。

 なお、『隷属の首輪』などの道具は、ヴォルハルト達と共に帝都から転送されている。どうやら生物以外であれば、一定量の転送は可能らしい。


「どうせ……死ぬ……急げ……」


 ヴォルハルトに続いて、シュタールも守護隊司令へと命令した。

 このまま炎竜の攻撃を受けたら都市が壊滅する。したがって一部の住民の命で済むなら問題ない。二人は、そう言いたいらしい。


「そんな!」


「だが、全員死ぬよりは……」


 守護隊の面々は、シュタールの言葉を聞いて動揺していた。

 実際には、『排斥された神』の雷撃があれば都市の防御は出来るはずであり、詭弁ではあるのだが、そんなことは守護隊の面々にはわからない。そのため、彼らの多くは全体を救うためなら、と考えたようである。


「いくら大将軍の命令でも、そんなことが出来るか! こんな首輪や武器なんて!」


 とはいえ、納得できなかった者もいたようだ。ヴォルハルト達の後ろ、守護隊本部の庭に積まれた巨大な『隷属の首輪』や武器などを壊そうと思ったのか、若手の兵士の一人が走り出す。


「ぐわっ!」


 しかし、若い兵士は、数歩踏み出したかと思うと血飛沫(ちしぶき)を上げて倒れていた。ヴォルハルトが人並み外れた巨体に相応しい大剣を抜き放ち、一瞬にして兵士を薙ぎ払ったのだ。


「急げ……」


「わ、わかりました! ……お前達、準備を急げ!」


 ヴォルハルトの真紅の瞳で(にら)まれた守護隊司令は、悲鳴のような叫びを上げると部下達に指示を出していく。

 竜達の誘導に使う魔道具は『魔力の宝玉』を使わないものばかりであった。したがって、誘導自体には『魔力の宝玉』は不要だ。しかし捕獲した炎竜を従えるには、一つの『隷属の首輪』に四つの『魔力の宝玉』が必要である。

 要するに、炎竜達が行動不能な間に、最低でも一つの『隷属の首輪』を使用可能にして装着する。その後は従えた竜に魔力を注がせるとしても、最初の一頭の隷属だけは早急に行わなくてはならない。そのため、奴隷である獣人に限定せず、都市の住人達全てを対象としたようだ。

 おそらく都市グーベルデンが選ばれたのは、魔力の提供者が多い大都市だからであろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「来たな……」


 都市グーベルデンの北方50km程に慌ただしく軍を展開したヴォルハルトは、上空に四頭の炎竜を発見していた。

 『魔力の宝玉』については残ったシュタールへと任せ、彼はグーベルデンの守護隊司令と共に、数百人の軍人を率いて北の荒野に進軍したのだ。

 炎竜達は、途中に存在した町を攻撃しつつ来たのか、ヴォルハルト達が都市グーベルデンに現れてから二時間近く経っている。そのため、軍馬を飛ばしてきた彼らはグーベルデンのかなり北で竜達と遭遇したのだ。


「……やれ」


「撃ち方、始め!」


 ヴォルハルトの命を受け、守護隊の面々は持ち運び可能な大型弩砲(バリスタ)や、ヴォルハルト達が帝都から持ってきた魔道具で炎竜達を攻撃し始めた。


 大型弩砲(バリスタ)といっても馬車に積むのを前提とした品であり、さほど大きくないものだが、その威力は通常の物にも劣らない。おそらく、威力を犠牲にしてでも飛距離を伸ばしたのだろう。上空に向かって放たれる矢は、普通の弓で使うものとあまり変わらない大きさだ。

 そのため、矢は高空を飛ぶ炎竜達にも届くが、炎竜達の害となるようなものではなかったらしい。もっとも、攻撃用の魔道具から放たれる火球や水球も効いていないようだから、注意を惹きつける以上のことは期待していないのだろう。


「こちらに気がついたぞ! 撤退開始! 大型弩砲(バリスタ)は放棄しろ!」


 守護隊の攻撃を受けた炎竜達は、進路を変えて彼らに接近してくる。それを見た司令は、乗馬をすると大型弩砲(バリスタ)の放棄を命じた。

 彼らは、攻撃用の魔道具や弓での攻撃を続けながら、南に軍馬を疾走させていく。


「うわっ!」


「ブレスが!」


 ヴォルハルトや守護隊司令など、一部の者には高度な防御の魔道具が渡されているが、多くはただの騎士であり、彼らは通常の戦いに使う防御の魔道具しか持っていない。そのため、彼らは炎のブレスを受けると、あっけなく脱落していく。


 しかし、竜達を引きつけるという意味では、それは最適な選択であったようだ。

 炎竜は周囲の荒野に燃え移らないようにと配慮しているらしく、細く絞ったブレスで騎士を一人ずつ狙っている。それもあり、竜達は逃げる守護隊を追いかけつつ、徐々に南へと移動していった。


「はっ!」


 そんな中、一人別格の攻撃力を見せつけているのがヴォルハルトである。彼は、他とは隔絶した威力の岩弾や水弾などを放っていた。

 対する炎竜達も、ヴォルハルトの魔術だけは無視できないらしい。彼らは、強力な魔力障壁を張ってヴォルハルトの攻撃を防いでいる。

 もちろん、炎竜達もヴォルハルトへの反撃を試みるが、特別製の防御の魔道具の効果か、それともヴォルハルト自身の魔術なのか、それらは直前で防がれ届かない。


「着いた……」


 馬上のヴォルハルトは、血の気の無い顔に(ゆが)んだ笑みを浮かべていた。

 身体強化した軍馬は、地球の馬とは比べ物にならない速度で疾走できる。そのため、僅か30分程で、彼は都市グーベルデンの城壁が見える場所まで戻ってきたのだ。

 しかし、後続の者は殆どいない。彼以外には数人が続いているだけである。守護隊司令もどこかで脱落したらしく、その姿は見えない。


「おお!」


(いかづち)が!」


 その残った数人の騎士達は、歓喜の叫びを上げていた。都市からおよそ数kmの位置まで南下した炎竜達が、四本の(いかづち)に撃たれたのだ。

 しかも苦しげな咆哮(ほうこう)を上げた竜達に、更に雷撃が降り注ぐ。どうやら天空から突然降り注ぐ強烈な(いかづち)に、炎竜達は気絶したらしい。追撃を受けた竜達は、もはや叫びを上げることもなく、都市の中に墜落して行った。


「新たな力……得た……」


 都市グーベルデンに落ちた四頭の竜を見たヴォルハルトは、更に顔を(ゆが)めて暗い喜びを表していた。そして彼は竜達を隷属させるべく、再び軍馬を疾走させていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ホリィ、久しぶり! 海竜の探索、大変だろ!?」


 夕日に(きら)めく海岸でシノブは、三日ぶりに会うホリィへと温かな笑みを見せていた。

 2月20日に、ホリィは王都に訪問をしたシノブ達と別れ、海竜を発見する旅へと出ていた。彼女は西方や南方の洋上を飛び回りつつ、竜と思われる魔力波動を探していたのだ。


──とんでもありません! それに、まだ発見できずに申し訳ありません……──


 空から舞い降りアミィの腕に止まったホリィは、シノブに向けて済まなそうに頭を下げた。

 午前中に南方海軍の旗艦メレーヌ号に乗ったシノブ達は、午後は都市ブリュニョンの商人達や漁師の長などを招いて海竜についての伝説を知らないか尋ねていた。


 生憎、具体的な情報は入手できなかったが、その中で一つ、気になるものがあった。南洋に浮かぶ小島に出没する、空を飛ぶ首の長い大亀の伝説である。

 海竜は、岩竜や炎竜とは大きく姿が異なる。彼らは翼を持たず、地球でいう首長竜のような姿をしているらしい。殆どは海中で過ごすらしいが、岩竜や炎竜と同じく重力を操って宙に浮かぶことはできる。

 したがって、この伝説を知ったシノブは海竜ではないかと思ったのだ。


「ホリィ、だいたいこの辺りではないかと思うのですが……」


──なるほど……そこはまだ行っていませんね!──


 シノブが広げた地図をアミィが指し示すと、ホリィは嬉しげな思念を放っていた。

 彼女の飛翔速度は通常の鳥とは比較にならない速度ではあるが、広い海上を二日や三日で全て調べることは出来なかったようである。竜の魔力を探しつつ、くまなく回ったのだから、当然であろう。


「岩竜や炎竜と同じなら、子育ての期間しか寄らないかもしれないけどね。でも、何も当てが無いよりはマシだろ?」


──はい! 早速探しに行きます!──


 シノブが言うとおり、子育てに使う場所なら、常にいるとは限らない。だがホリィは、当てもなく海上を回るよりは見込みがあると思ったのだろう。元気の良い思念を返してくる。


「まあ、今日の所はゆっくりしたら? もうすぐ、夜だからね」


「そうですよ! それに、皆さんも待っていますし」


 シノブに続いて、アミィはホリィに休むように提案した。そしてアミィは、海岸の方に体を向け、その手で駆け寄ってくる人々を指し示す。


「ホリィさん、お久しぶりです!」


「海の上は、寒く無かったですか~?」


 駆け付けたのは、ミュリエルとミレーユだ。海辺を散策していた彼女達は、アミィの手に止まったホリィの頭を撫でたり、その羽に手をやったりしながら、(いたわ)りの言葉をかけている。


──ありがとうございます! 大丈夫ですよ!──


 ホリィも、久々の再会が嬉しいらしく、いつになく上機嫌である。それは思念だけではなく、彼女が発する鳴き声にも表れていた。


「ホリィも元気そうで何よりですね」


「ああ。通信筒で時々連絡が入るけど、こうやって直接会うと安心するよ」


 シノブは、隣に寄り添うシャルロットへと頷いた。


 ホリィの思念はシノブほど遠くには届かない。したがって距離がある場合、彼女は通信筒に入れた紙片を送ってくる。

 もっとも、鷹の姿をしたホリィが文字を書くことは困難である。そこで彼女は、紙片に(くちばし)で『アマノ式伝達法』に則った傷を付けて送ってくるのだ。


 とはいえ紙片での連絡より直接対面して語り合う方が嬉しいし、お互いに安心できる。シノブもホリィの元気な姿を目にし、常以上に顔を綻ばせていた。


「シノブ様~! 海の水って、本当にしょっぱいのですね~!」


 夕日に輝く海を見つめているシノブとシャルロットに、王女セレスティーヌの声が響いてきた。今日初めて海を見た彼女は子供のように喜び、海岸に落ちている貝殻を拾ったり打ち寄せる波に歓声を上げたりしていた。しかも王女は触れるだけでは満足できず、海水まで舐めてみたようである。


「まあ、セレスティーヌ様……」


 従姉妹の行動にシャルロットは、少々(あき)れ気味のようだ。しかし彼女は、それでも微笑みを絶やさず見守っている。


「俺達も行こうか。君も海の水を(すく)ってみたらどうだい?」


 シノブも愛妻の肩を押し、波打ち際へと歩き出した。シャルロットも海水に興味を示していると、シノブは感じたのだ。


「アミィやミュリエルもお()でよ! もちろんホリィもね!」


 ホリィには南方の探索に力を注いでもらうつもりだが、明日からで良いだろう。そう思ったシノブは青い鷹と戯れる少女達にも声をかけ、セレスティーヌが待つ水際(みぎわ)へと歩んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年6月14日17時の更新となります。


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