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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.19 南の公爵 前編

 メグレンブルク軍管区の領都リーベルガウへと戻ったシノブ達は、早速、皇帝直轄領での出来事を先代アシャール公爵ベランジェ達に伝えた。

 炎竜の長老アジドが言うとおり、四頭の炎竜は帝国に隷属していた。しかも、大将軍ヴォルハルトと将軍シュタールは異様な姿に変じ、強力な稲妻をシノブ達に放ってきた。


 それらを聞いたベランジェは、東方守護副将軍を拝命した自分にメグレンブルクを任せて、残り二公爵家の神具を早急に手に入れるよう勧めた。

 アシャール公爵家が守ってきた光の大剣のような神具が、他の二公爵家オベールとシュラールにもある。それ(ゆえ)、残りの神具を入手して『排斥された神』に対抗しようというわけだ。


 メグレンブルクにはベランジェとベルレアン伯爵コルネーユが常駐する。それに、先代ベルレアン伯爵アンリも頻繁に詰める。どうやらアンリは、どさくさに紛れて己の居場所を二人からもぎ取ったらしい。

 アムテリアが神殿による転移を授けたため、彼らは自領と前線を頻繁に行き来できるようになり、距離による制約を受けなくなったのだ。

 しかも、メグレンブルクには、竜達も厳重な防衛網を敷いてくれる。そのため、シノブ達は彼らに後事を託し、王都メリエで待つシャルロット達の下へと帰還していった。


 王都メリエに戻ったシノブ達は、日の出と共に国王アルフォンス七世や王太子テオドールのところに赴き、四頭の炎竜や大将軍達のことを報告した。彼らは王都に集まった上級貴族達も交えて対策を協議し、王国の防衛強化やメグレンブルクへの人員派遣や物資輸送などを決定した。


 そして翌朝、シノブは、公爵家第二位のオベール公爵が治める都市オベールへと訪れた。

 彼に同行したのは、まずは側近であるアミィに、シャルロットとミュリエルの姉妹である。なお、彼らの世話をするアリエルとミレーユ、家令のジェルヴェと侍女のアンナも一緒だ。更に、王太子テオドールや王女セレスティーヌと、その警護役も伴っている。


「ここがオベールですか……なんだか王都とは違いますね」


 軍服姿のシノブは、都市オベールの大神殿からオベール公爵の館へと向かう馬車から、朝日に照らされる窓外(そうがい)の風景を眺めていた。彼らは王都メリエに来たときと同様に、大神殿の神像を経由してオベールへと移動したのだ。


 都市オベールの中央区には、王都に比べて頑丈な造りの建物が多かった。ベーリンゲン帝国との国境に近い都市グラージュほどではないが軍の施設が多数存在し、政庁や公館なども塀が高く、その向こうに覗く窓も小さめである。


「ああ、オベールは南の守りだからね。王都に比べて華やかさが欠けるのは仕方ないよ」


 シノブの向かいに座っている王太子テオドールが、穏やかな笑みと共に説明する。

 都市オベールは王都メリエの南西およそ170kmに位置している。なお、更に南に70km少々進むと、海に面した都市ブリュニョンが存在する。

 王領南部の海岸は、ガルゴン王国とカンビーニ王国に挟まれた湾状の海の奥にあたる。湾の西にガルゴン王国、東にカンビーニ王国、そして中央がメリエンヌ王国となるこの海域は、メリエンヌ王国ではシュドメル海と呼ばれている。

 オベール公爵家は、それらと南の海岸を持つマリアン伯爵領やエリュアール伯爵領の監督が主な役目であった。


「ああ、そういう事ですか」


 シノブはテオドールの話を聞いて、ある意味ここも最前線だと理解した。実際には、ガルゴン王国やカンビーニ王国とは長年良好な関係を保っているが、王国成立の直後、都市を築いた時期にはまだ不安もあったのだろう。


「シノブ様。オベールは、王都とアシャールに続く大都市です。人口およそ二万九千人、シュラールもほぼ同じですが、こちらの方が少々大きいはずですわ」


 王女セレスティーヌは都市オベールの概要を語りだした。

 都市オベールは、都市アシャールと同様に、早くから重要な拠点として整備された。何しろ、シュドメル海からの守りであり、王都からマリアン伯爵領やエリュアール伯爵領へと続くマリアン・エリュアール街道に位置する要所である。そのため、南方を守る王国軍が大勢駐留しており、軍事施設も他に比べて大きいのだ。


「オベール公爵は、南方海軍の元帥でもあるのです。ブリュニョン、ルベルゾン、レヴィロワ、メローワの軍港と駐留する海軍を束ねています」


 今日のシャルロットは公爵家を訪問するため青い落ち着いたドレスにシノブが贈ったネックレスとイヤリングを身に着けている。しかし、シノブに語る南方海軍についての情報は、彼女がただの貴婦人ではないことを示していた。


 ちなみに、ブリュニョンは王領の都市だが、ルベルゾンとレヴィロワはマリアン伯爵領、メローワはエリュアール伯爵領の港湾都市である。メリエンヌ王国では海軍は王領軍のみが持ち、それらの都市の軍港は王家の直轄地となっているのだ。

 そのため各伯爵家は本格的な海軍を持たず、海岸付近を警備する小規模な海上警備隊のみを抱えている。


「海軍か……帆船だって言っていたね?」


 シノブは、シャルロットやジェルヴェから教わった知識を思い出しながら尋ねた。

 海軍の艦船は、大きなものでも全長30mから40m程度の船体で、殆どが二本マストだが、ごく一部の艦が三本マストのようだ。シノブが聞いた範囲では、まだ大航海時代のように遠洋に乗り出すことはなく、商業船も近海を航海する程度だという。


「はい。多くは帆走する船ですが櫂を併用するものもあると聞いています。大型弩砲(バリスタ)などを数門搭載していますが、弓や接舷しての斬り込みも重要なようです」


 ベルレアン伯爵領は内陸であるため、シャルロットも海を見たことはない。そのため、彼女も知識としては知っているが、海軍を直接目にしたわけではない。


「シノブ殿は、海軍にも興味があるのかな?」


「いえ。でも、海は見てみたいですね。海竜のこともありますし」


 興味深げなテオドールの問いを、シノブは微笑みと共に否定した。

 ごく普通の大学生であったシノブは、海水浴や釣りの経験はあっても軍艦を見たことは殆どない。せいぜい、観光に行ったときに、たまたま寄港した艦船を見かけたくらいである。

 しかし、日本で魚などを食べなれていた彼としては海への興味は当然あるし、今は海竜探しという目的もある。そのため、改めてシャルロットに質問したのだ。


「シノブ様、明日はブリュニョンですわ! きっと、海のものも沢山ありますし、海の伝説に詳しい人もいると思います!」


 セレスティーヌが言う通り、都市オベールで神具を得たら一泊し、翌日は南方の都市ブリュニョンへと訪れることになっていた。そこで、海の魔獣などに詳しい海軍の軍人や漁師に話を聞く予定である。


「ホリィさんも頑張っていますから、私達もお手伝い出来ると良いですね!」


 シノブ達と一緒に海に行けるとあって、ミュリエルもいつも以上に楽しそうにしている。彼女は、緑の瞳をキラキラと輝かせながら隣のシノブに笑いかけた。


「ああ、そうだね。流石にホリィが漁師達に尋ねて回るわけにはいかないからね」


 現在、ホリィは西方や南方の海を回っている。

 しかし、金鵄(きんし)族、つまり外見が青い鷹のホリィが人間に海竜の居場所を聞いて回るわけにはいかない。そこで、シノブ達が直接尋ねようというわけだ。


「せめてホリィ殿がどこを回るべきか、それだけでも見当がつくと良いのだけどね」


 テオドールは、期待を篭めて語るシノブやミュリエルに、温かな笑みを見せていた。

 なお、彼やセレスティーヌはホリィがただの鷹ではないと知っている。思念でやり取りできることや、通常の鷹の何倍もの速さで飛翔できることを、シノブが彼らに伝えたからだ。


「殿下、到着しました」


「ありがとう。では、まずはオベールの神具を手に入れようか」


 警護を務める白百合騎士隊の女騎士サディーユの言葉に、テオドールは穏やかに礼を言った。いつの間にか、馬車はオベール公爵家の館へと着いていたのだ。


 館の入り口には、オベール公爵やその家族を始め、大勢の人々が待っていた。

 軍服を着たオベール公爵クロヴィス・ド・サレイユの隣には、嫡男オディロンが控え、彼らの左右には女性達が並んでいる。まずは公爵夫人のリュクレースとオロール、続いてオディロンの妻イアサントとオベール公爵の娘ドリアーヌである。公爵一族の勢揃いだが、王太子や王女の来訪だから、当然であろう。

 そんな彼らの出迎えに、テオドールは王太子らしい威厳と彼独特の親しみやすい雰囲気を(まと)いつつ、ゆっくりと馬車を下りていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 オベール公爵クロヴィスは、南方海軍元帥に相応しい偉丈夫である。身長190cm近い鍛え抜かれた体と(いか)めしい顔つきの、正に軍人の鑑とでもいうべき容姿の持ち主だ。

 金髪碧眼の整った顔立ちは兄である国王アルフォンス七世や先代アシャール公爵となったベランジェと似通ってはいるが、歴戦の将軍のような雰囲気が前に出て一見すると兄弟には見えない。


「殿下、シノブ殿。早速、地下へと参りましょう」


 オベール公爵は、外見通りに実務的な性格らしく、挨拶もそこそこに神具の安置されている地下へとシノブ達を(いざな)った。彼は、嫡男以外の家族達に二階のサロンで待つように伝え、二人が歩き出すのを待っている。


「セレスティーヌ達は、上で待たせた方が良いかな?」


 テオドールは、オベール公爵にセレスティーヌ達を置いておくべきか確認した。

 公爵家が守る神具、第二代国王アルフォンス一世の武具は、その家の当主と嫡男、そして代替わりの際に訪れた新国王しか見ることを許されない。そのため厳密に言えば、王太子であるテオドールも、まだ見る権利はない。

 したがって、伝説の武具を手に出来る可能性があり国王から勅許状を授かっているシノブは別として、他の者達の入室は許可されないはずだ。


「アミィ殿はよろしいかと」


 しかしオベール公爵は、アミィだけ同行を許可した。やはり、公爵もアミィの正体を薄々察しているのだろう。


「それではこちらへ」


 嫡男のオディロンを連れたオベール公爵は、エントランスホールの左手にある通路を指し示した。どうやら、そこが地下へと繋がっているようである。


「シャルロット、ミュリエル、済まないけど上で待っていてくれ。セレスティーヌ様もサロンでお待ちになってください」


 シノブはシャルロット達に言葉をかけ、テオドールやアミィと共にオベール公爵に続いていった。


 地下室への通路はそれほど広くはなかった。オディロンも父同様の巨漢であるため、二人が並んで歩くと尚更狭く感じる。しかも、灯りの魔道具で照らされてはいるが窓も無いため、どことなく陰気な印象すら受ける場所である。


「ここです」


 通路の先にある階段を下ると、アシャール公爵家と同様の何も置かれていない地下室があった。

 そしてオベール公爵は、その正面の壁に一人歩むと壁の石を操作し始める。彼がある石を押すと別の石が飛び出し、それを引くと更に別の石が動く。


「ここもアシャール公爵家と同じなのか……」


「ええ。三公爵家の地下は、同じような構造だと聞いています。もちろん、隠し部屋を開ける手順は違うのでしょうけど」


 シノブの呟きに、オディロンが良く響く声で答えた。

 彼は母親のオロールに似たのか父とは違い、アッシュブロンドの青年である。しかし、その顔つきや瞳は父と良く似ている。巨体もそうだが、父から多くを受け継いだのだろう。


「これで終わりです」


 暫く壁の石を押し引きしていたオベール公爵は、そう言うとテオドールやシノブへと振り返った。彼の背後では、壁の一部が下がっていく。


「さあ、入りましょう」


 オベール公爵の案内で入った隠し部屋は、アシャール公爵家とほぼ同じ構造であった。

 部屋の中央には、大人が10人ほどいれば囲めそうな大きな岩らしきものがあった。黒々と光る表面の金属のようにも見える巨大な塊は、不思議な光沢を放っている。

 そして、垂直に(そび)える物体の正面には、ちょうどシノブの顔の高さぐらいに、何か輪のようなものが貼り付いていた。


「……あれが、神具ですか?」


 アミィの持つ光の魔道具で照らされたものを見て、シノブは驚きを隠せなかった。彼の目の前にある輪は、どう見ても武具とは思えなかったのだ。


「その通り。あれこそが、我らオベール公爵家が代々受け継いできたアルフォンス一世陛下の遺宝、光の首飾りだ」


 思わぬものを目にして呆気(あっけ)に取られていたシノブに、オベール公爵が厳粛な表情で頷いた。そう、シノブが目にしたものは、沢山の宝玉がつけられた首飾りであった。

 謎の黒い物体に貼り付いた首飾りは、ダイヤモンドのように透き通った大きな宝石がミスリルらしい白銀に輝く台座に()まっており、それが何十個も連なったものだ。大粒の宝玉の連なりは伝説の王が身に着けた品に相応しい神秘的な輝きを放っているが、武器や防具の(たぐい)とは思えない。


「さあ、シノブ殿」


 シノブの内心に気がつかなかったのか、それとも神聖な場での余計な発言を控えたのか、オベール公爵は言葉少なにシノブを促した。

 そんな雰囲気がシノブに乗り移ったのか、彼も無言で黒々とした神秘の壁へと歩み寄っていく。アシャール公爵家のものと同様に、謎めいた物体からは神聖な魔力が放たれているようである。シノブは、その膨大な力を感じながら、壁面に貼り付いている首飾りへと手を伸ばす。


「おお……」


「光の首飾りが……」


 シノブが触った瞬間、光の首飾りは壁面から自然と離れ、彼の手に収まった。そして、それを見た公爵達が思わず畏れを滲ませた(ささや)きを漏らしていた。


「シノブ殿。首にかけてください」


 テオドールは、シノブに光の首飾りを着けるように勧めた。彼は、伝説の神具を装着した姿を早く見たいようで、頬を紅潮させ声も普段より上ずっているようである。


「お手伝いしますね」


 首飾りは、後部に留め具がある物だったため、アミィが装着の手伝いを申し出た。彼女は体を低くしたシノブに、手早く光の首飾りを装着する。


「なんて綺麗な……」


「まるで御紋の光のようですね……」


 シノブが光の首飾りを着けると、今まで透き通っていた宝石が七色の輝きを一瞬放った。神々の御紋のような光輝は、ごく僅かな間だけであったが、オディロンとテオドールは、神秘の光に魅了されたようで心を奪われたように見つめていた。


「ところで、クロヴィス殿。これは一体どのような武具なのですか?」


 だが、そんな彼らを余所に、シノブはオベール公爵クロヴィスへと疑問混じりの視線を向けていた。

 シノブは、帝国の『排斥された神』との戦いに役立つ神具を探しに来たのであって、宝飾品を求めていたわけではないからだ。


「シノブ殿、我が公爵家に伝わる口伝では……」


 そんなシノブであったが、オベール公爵が語る内容に、次第にその瞳を見開き驚愕の表情となっていった。オベール公爵が告げた内容は、シノブが想像もしなかったものであったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……確かに『光を操り敵を撃つ』だね」


 シノブは、オベール公爵から聞いた口伝の一節を呟いていた。

 彼の周囲には、十数個の光の弾がゆっくりと飛び交っている。宙を自在に飛び回る直径30cm程の神秘的な光弾、これこそが光の首飾りを武具とする所以(ゆえん)であった。


 地上に戻ったシノブ達は、都市の近郊にある王領軍の演習場で光の首飾りの効果を確かめることにした。

 南方防衛の重要拠点である都市オベールには広大な演習場が存在する。そこで、隠し部屋から出た彼らは、サロンで待っていた者達と合流して演習場へと赴いたのだ。


「シノブ様、次は水弾を放ちます!」


 シノブに声をかけたアミィは、アリエルと共に上空に向けて水弾を放っていく。

 元々魔力の多いアミィと、魔法の杖で魔力を増強したアリエルだけあって、数えきれないほどの水の弾が、日の光に(きら)めきながら上昇していった。


「自動的に攻撃するとはね……」


 シノブは、上空を見上げて感嘆の声を漏らしていた。彼の周りを舞っていた光弾は、水弾に勝る速度で天空へと昇っていったのだ。

 光の首飾りから出た光の弾は、装着者が意識しなくても自在に宙を動くようである。しかも、シノブの認識に合わせて敵や味方の区別をしているらしく、光弾は標的として放たれた水弾だけを撃墜すると、彼の下に戻ってきて何事もなかったかのように周囲を飛び回る。


「シノブ様、凄いですわ!」


「はい!」


 遠くからシノブ達の様子を見守っているセレスティーヌとミュリエルは、その顔を輝かせ、中空に舞う光を見つめていた。

 通常、術者から離れた水弾や岩弾は、打ち出された方向に進むだけである。しかし、光の首飾りから出た光弾は、まるで生きているかのように標的を巡って飛び回っているのだ。


「シノブが操っているのでは無いのですか……」


「あれなら、後ろから矢が飛んできても、勝手に撃ち落としてくれそうですね~」


 シャルロットやミレーユも驚きを隠せないようである。軍人である彼女達は、光の首飾りが乱戦でどれだけ役に立つかと考えたらしい。


「まさか、ここまでとは……」


 だが、一番驚いていたのはオベール公爵であった。普段は謹厳実直な様子を崩さない彼だが、別人のように茫然とした顔をしている。


「叔父上?」


「アルフォンス一世陛下は三つの光球を従えたとあります。ですが、あのように十以上も出すとは……それに、大きさも随分違うようです」


 テオドールの問いに、オベール公爵は我に返ったようだ。王太子へと振り向いた彼は、公爵家に伝わる口伝について語っていた。


「すると、シノブ殿の加護はアルフォンス一世陛下よりも何倍も大きいと?」


「そうだろう。それに、使い方に習熟すれば、もっと出せるようになるかもしれん。アルフォンス一世陛下も、最初から三つ出せたわけではないらしいからな」


 オベール公爵は、息子のオディロンの問いに答える。

 その言葉を聞いて、オディロンだけではなく、周囲にいる者達が一様に目を見開き、息を飲んでいた。どうやら、シノブの加護の大きさが図らずも明らかになったようである。


「アミィ! 次は、なるべく大きな水弾を一つだけ打ち上げてくれないか!?」


「はい! わかりました!」


 シノブの要請に、アミィはアリエルから魔法の杖を借りて魔力を込め始めた。

 アリエルより、アミィの方が桁違いに魔力が大きい。しかも、魔法の杖で増幅しているため、彼女の前には巨大な水の塊が形成されていく。


「セレスティーヌ様! アミィさんって、伝説の大魔術師のようですわね!」


 オベール公爵の娘ドリアーヌは、長く美しい金髪を(ひるがえ)しながらセレスティーヌへと視線を向けた。彼女の青い瞳には、隠しきれない興味が浮かんでいる。


「ドリアーヌさん、アミィさんはあのシノブ様のお側に仕える方ですよ。何があっても不思議ではありませんわ」


 セレスティーヌは、どこか嬉しげな様子で従姉妹へと笑いかけた。

 彼女やテオドールはフライユ伯爵領に滞在する間に、シノブやアミィと様々な話をしていた。そのため、彼らの並はずれた能力を(おぼろ)げながら察しているようだ。


「そ、そうでしたわ……でも、あんなに小さいのに……」


 ドリアーヌはアミィへと再び視線を向けている。僅か10歳程度の少女にしか見えないアミィの少し上には、家ほどもある水塊が完成していた。


「シノブ様! 行きます!」


 アミィが一声叫ぶと、水塊は勢いよく上空に上がっていった。流石に今までの水弾のような速度ではないが、その質量を考えると驚異的な速さである。


「行け!」


 アミィに少し遅れて、シノブは周囲を飛び回る光の弾に、水塊を攻撃するように命じていた。シノブは、色々試している内に光弾が自身の指示にも従うことに気がついたのだ。

 どうやら、対象を指定しない場合は自律的に動くようだが、目標を決めてやるとそれを優先して攻撃するらしい。


 シノブの命を受けて光の弾は、あっという間に高空の水塊へと追いついた。

 十数個の光弾は、あるものは水塊を貫き、またあるものは表層近くを旋回しと、目まぐるしく動き回っている。


「綺麗……」


 天空を見上げていた女性の誰かが、(ささや)くような声を漏らしていた。

 飛び回る光の球の輝きを得て、巨大な水の塊が(まぶ)しくも美しい(きら)めきを放っていたからだ。しかも水塊から(こぼ)れ落ちた水は、虹のような輝きと共に霧雨のように地に降り注いでいる。


 そして女性達が陶然と天を眺める間も、水塊は光の弾に削られ幾らも経たないうちに消滅する。


「よし! ここまでにしよう! アミィ、アリエル、ありがとう!」


 水塊の消滅を見届けたシノブは、アミィとアリエルに声をかけた。彼らは、離れて見守っていたシャルロット達の下へと戻ってくる。


「シノブ、どうですか?」


「ああ、攻撃としては申し分ないね。

自由に動くから、障害物の向こうにいる相手にも使えるし、敵味方を識別してくれるのも助かる。かなり遠距離まで対応できるようだから、あの(いかづち)の範囲から出てこない相手にも使えるね」


 シャルロットの問いかけに、シノブは光の首飾りを試してみて感じたことを答えていく。

 試験してみた結果、光弾は1km以上向こうの標的にも有効であった。それに、自由に飛翔するから城壁の背後に隠れた敵を狙うことも可能だろう。威力もシノブの意思で調整できるから、最も弱くすれば命まで奪わなくても済むかもしれない。


「攻撃としては、とは? 防御にも充分役立つと思ったのですが……」


 シャルロットは、少し首を傾げながらシノブに問いかける。彼女の動きに合わせて、波打ったプラチナブロンドが、日の光に(きら)めいて美しい。


「ああ、通常の攻撃なら問題なく防ぐだろうね。でも『排斥された神』の(いかづち)を防ぐことは難しいと思う」


 最後の巨大な水塊は、その消滅までには少々時間を要した。光弾は、触れた範囲に効果を及ぼすようで、広い範囲を防御するには向いていない。

 したがってシノブは、十数個の光弾を並べたとしても、一面に降り注ぐ雷撃を完全に防ぐことは困難だと思ったのだ。


「シノブ殿。光の首飾りは攻めの武具だが、シュラールに伝わる遺宝は守りの為のものらしい」


 オベール公爵は、シュラール公爵家が守る神具についてある程度の知識があるらしい。少なくとも、その概要くらいは聞き及んでいるようだ。


「そうですか! それは期待できますね! いえ、こちらの神具も攻撃には大変役に立つのですが……」


 嬉しげな声を上げたシノブだが、オベール公爵家が守ってきた光の首飾りを(けな)したような気がして、思わず赤面し頭を掻いた。


「問題ない。攻めと守り、それぞれ役目が違うのだ。

それはともかく、今日は光の首飾りを得たことを祝おう。貴公は魚などが好きだと聞いたから、ブリュニョンからも色々取り揃えているぞ。明日は、軍港や海軍を見せるが、その前に南海の名物を堪能してほしい」


 幸いオベール公爵は、シノブの言葉を不快に感じなかったようだ。彼は(いか)めしい顔を僅かに綻ばせている。

 ちなみに港湾都市ブリュニョンから都市オベールまでは、荷が少なく足の速い馬車なら半日程度で着く。そのため多少高価だが、鮮魚を取り寄せることも可能である。


「ありがとうございます!」


 元々シノブは、都市ブリュニョンでは海産物を入手しようと思っていた。しかし彼は、一日早く食べることが出来ると知って、その顔を綻ばせた。


「シノブ、お魚と光の首飾り、同じくらい嬉しいようですね」


「シノブさまには、もっとお魚を召し上がって頂くべきでしょうか?」


 嬉しげなシノブに、シャルロットとミュリエルは苦笑を隠せないようである。シャルロットは悪戯っぽく、ミュリエルは少々真剣な様子で、シノブを見つめている。


「も、もちろん、光の首飾りの方が嬉しいよ! 魚料理も出来れば頻繁に食べたいのは確かだけどね」


 二人の言葉に、シノブは再び赤面をする。

 そんな彼を見た一同は、思わず笑みを(こぼ)していた。伝説の国王以上の力を示したシノブだが、その心根は自分達と変わらない。彼らは、そう思ったのかもしれない。


 シノブは新たな神具を得た喜びに(ひた)りつつ、周囲の人々の温かな様子に嬉しさを感じていた。

 自分の力が並はずれたものということは、もはや隠しようがない。しかし周囲の人達は、それでも変わることなく接してくれる。シノブは、それを感じ安堵していたのだ。

 この人達と共に生き、守りたい。シノブは自身を取り巻く人々との絆に改めて感謝しながら、胸中に浮かんだ思いを深く心に刻み込んでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年6月10日17時の更新となります。


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