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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
220/745

11.15 シェロノワの一日 中編

 シノブ達は、アムテリアから授かった茄子の予想外の成長に驚きつつも、温室を後にした。

 農務長官のアルメルは職場の領政庁へ、カトリーヌとブリジットは滞在中の貴族の夫人達を持て成すためにサロンへ、そして侍女のアンナ達もそれぞれの仕事をすべく持ち場へと、散っていく。

 また、金鵄(きんし)族ホリィは領都シェロノワからみて南東にあるヴォリコ山脈へと向かっていた。ヴォリコ山脈とは、メリエンヌ王国、ベーリンゲン帝国、デルフィナ共和国の三国が接する辺りのことだ。

 このヴォリコ山脈の西側は、北がフライユ伯爵領、南がエリュアール伯爵領となっているが、その辺りは火山性の山脈らしい。そこでホリィは炎竜達の移住先とできるか確認に向かったのだ。


 そしてシノブはと言えば、シャルロットとミュリエル、そしてアミィを連れて王太子テオドール達が逗留している居室へと向かっていた。


 現在、館の右翼三階には多くの上級貴族達が滞在しているが、王太子であるテオドール達は右翼四階を全て使った王族を迎えるための区画にいる。

 シノブが聞いたところでは、どこの伯爵家の館でも王族が訪れたときに備えてそれに相応しい貴賓室を用意しているらしい。もっとも、王都メリエからシェロノワまでは、通常の旅程では十日程度であり、実際に王族が訪れたことは数えるほどしかないそうだ。

 現在逗留中の王太子テオドールとその妻ソレンヌ、そして王女セレスティーヌも、魔法の家の転移がなければ、こんな気軽に来ることは出来なかったはずである。


 それはともかく、シノブ達が王太子テオドールのところに訪れるのは、メグレンブルク伯爵領についての報告をするためである。実は、この日の昼食時に逗留中の伯爵達にもベーリンゲン帝国での話をするのだが、その前に帰還の挨拶を兼ねてテオドールに先に話しておこうというわけだ。


「サディーユ殿、シヴリーヌ殿、久しぶり。テオドール様は在室されているかな?」


 居室の手前にある控えの間に入ったシノブは、警護をしている白百合騎士隊の女騎士サディーユとシヴリーヌに声をかけた。


「はい、いらっしゃいます。お通り下さい」


「殿下、フライユ伯爵がお見えになりました」


 シノブ達の訪問は先触れが伝えているので、彼女達も落ち着いた微笑みと共に答えた。そして、見事な敬礼をした二人が室内へと声をかけると、殆ど間を置かずに扉が開かれる。


 広々とした窓から光が降り注ぐ室内は、王族が滞在するための場所だけあって選りすぐりの調度品ばかりである。白いソファーは雪魔狼の革を用いた逸品だし、金の縁飾りのホールクロックに使われている木材は、南方で採れる黒檀を用いた重厚な品だ。

 もちろん室内自体も負けていない。複雑な模様を描く寄木細工の床や、抜けるように白い化粧漆喰の壁、天井の精密かつ華麗な絵画などはシノブが王宮で見た広間にも劣らぬ豪華絢爛(けんらん)なものであった。


「やあ、シノブ殿」


 入室したシノブに、豪奢なソファーから立ち上がったテオドールが、親しげな笑顔と共に呼びかけた。そして、両脇に座っていたソレンヌとセレスティーヌも同じように立ち上がる。


「テオドール様、お時間をいただき、ありがとうございます。

ソレンヌ様、セレスティーヌ様、お早うございます」


 礼儀正しくテオドールに答えたシノブだが、その言葉は柔らかく顔には快活な笑みを浮かべていた。そして彼は、三人並んで出迎える王族へと歩み寄っていきながら、女性達にも挨拶をする。


「……さあ、掛けて」


「失礼します」


 それぞれ挨拶をしたシノブ達にテオドールは、着席を促した。その言葉を受けて、シノブが王太子テオドールの正面に、シャルロットとミュリエルがその両脇に腰掛ける。なお、アミィは脇に置かれた少し小ぶりのソファーに腰を下ろしている。


「……ところで、今日はミュリエルも一緒なんだね」


 侍女達が淹れたお茶を一口含んだテオドールは、ミュリエルへと視線を向けていた。どうやら、シャルロットやアミィはともかくミュリエルまで来るとは思っていなかったようである。


「ミュリエルももうすぐ10歳ですから。将来の伯爵夫人として、知るべきところは知ってもらおうかと思いまして」


 シノブの言葉に、ミュリエルはその顔を輝かせていた。

 実は、これはシノブとシャルロットが相談して決めたことである。メリエンヌ王国や近隣の国々では、10歳からは見習いとなるのが一般的らしい。それは貴族の間でも同様であり、上級の貴族の下で側仕えとして学んだり父や祖父について軍務や政務に接したりと、徐々に大人への道を歩むようである。

 そのため、ミュリエルも子供扱いせず、政治がらみの話に関わらせることにしたのだ。


「良かったですね、ミュリエルさん!」


「ミュリエルさん、おめでとうございます」


 それを聞いたセレスティーヌとソレンヌは、それぞれ祝福の言葉を贈っていた。セレスティーヌはその身を乗り出して華やかに、ソレンヌはゆったりと腰掛けたままで優しくと違いはあるが、二人ともミュリエルが大人の世界に加わっていくのを心から喜んでいるようである。


「ソレンヌ様、セレスティーヌ様、ありがとうございます!」


「ミュリエル、良かったですね」


 朗らかな笑みを浮かべているミュリエルだが、その緑の瞳は僅かながら涙で潤んでいるようだ。そして、感動に頬を染めた少女に、笑顔のシャルロットが温かい祝福の言葉をかけている。

 その光景を見守っているシノブは、彼らにとって10歳の誕生日がどれほど大切なものなのかを、改めて感じていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは、本来の目的である帝国についての報告を開始した。

 テオドール達は、メグレンブルク伯爵領をほぼ王国の支配下に置いたことや『排斥された神』に支配された人々を解放できたことなどを、瞳を輝かせて聞いていた。だが、皇帝直轄領に赴いたシノブとガンドが、都市ロイクテンを前にして遭遇した謎の(いかづち)の話は、彼らの表情を一変させた。


「……帝国の『排斥された神』はそこまでの力を持つのか。正直なところ、シノブ殿でも手を焼く相手がいるなんて、想像もしていなかったよ。

でも、それなら叔父上が言うように、オベールとシュラールに行くのが良いだろうね。私も同行するよ」


 シノブが語り終えると、王太子テオドールは大きな溜息をついた。そして彼は、アシャール公爵が提案した、残り二つの公爵家が守る神具の入手の際には、自身が同行すると伝えていた。

 メリエンヌ王国の国王となった者は、即位直後に王家と三公爵家に伝わる神具を手に出来るかを試すという。したがって、テオドールも公爵家が秘蔵する神具について知っているのだ。


「テオドール様、ありがとうございます」


 シノブは、テオドールの配慮に感謝していた。アシャール公爵は国王アルフォンス七世から勅許状を貰えば良いと言っていたが、次代の国王たるテオドールが同行した方が穏便に話が進むと思ったのだ。

 そして、シャルロットやミュリエルも安堵したような溜息をついている。どうやら、二人もシノブと同じような感慨を(いだ)いたらしい。


「いや。シノブ殿やアミィ殿には世話になったからね。私も父上に良い報告が出来て嬉しいよ」


「あなた……」


 上機嫌なテオドールの言葉に、ソレンヌは頬を染める。実は、帝国の話をする前にアミィがソレンヌを診察したところ、彼女も身籠っていると判明したのだ。

 テオドールとソレンヌは結婚しておよそ五年である。その間、子供が出来なかったため、彼女は非常に肩身が狭い思いをしていたという。当然、テオドールに次の妃をという声も大きかったが、彼は頑として受け付けなかったらしい。

 そんな仲睦まじい夫婦だけに、この吉報は至上の喜びであったのだろう。アミィの言葉を聞いたソレンヌは暫く泣き止まず、テオドールすら感激に頬を濡らしていたくらいである。


「ともかく、これで王家の懸案も一つ片付いた。オベールとシュラールに行くくらいは、何でもないよ。

……ところでシノブ殿。この機会にポワズールやマリアン、そしてエリュアールにも足を延ばしてはどうだろう?」


 笑顔のテオドールは、シノブに意外な提案をした。

 シノブが今まで訪れたことがある伯爵家はベルレアン、フライユ、ボーモン、ラコストの四家である。フライユ伯爵領は自領であり、ベルレアン伯爵領にも長く滞在した。そして、ボーモンとラコストの二領は、ガルック平原の戦いを終えてシェロノワから王都メリエに向かう道筋であり、それぞれの領都で泊まっていた。

 それに対し、テオドールが挙げた海沿いの三領には、シノブはまだ訪れたことはない。


「はあ……いずれ行ってみたいとは思いましたが……」


 シノブも海に面した三つの伯爵領には興味があったが、王太子の意図がどこにあるのか理解できなかったため、曖昧な言葉を返した。

 彼個人としては、それらの領地で海産物を直接見たいとは思っていたので、その意味ではテオドールの提案に反対する理由はないが、今は帝国との戦いがある。


「シノブ殿には、特別巡見使であるセレスティーヌと共に各地を廻ってほしいからね。

それに、デュスタールが嘆いていたよ。シノブ殿はボーモンとラコストには行ったのに、エリュアールには来てくれない、とね。

都合が良いことに残りは海沿いの土地だ。ガンド殿が教えてくれた海竜を探してみるのも良いと思うよ」


 テオドールは、怪訝な表情のシノブに自身の考えを伝えていた。


 王女セレスティーヌは、各伯爵領を巡ってその実情を視察する特別巡見使という役目を授かった。もちろん、これはシノブが持つ魔法の家や竜達による輸送を当てにしたものである。そうでなければ、伯爵領を廻るだけで多大な時間を費やすことになるだろう。

 つまり、シノブはいずれ王女と共に他の伯爵領にも行くことになる。


 しかし、エリュアール伯爵デュスタールは、将来の来訪を待ちきれないようである。もっとも、現在ここシェロノワに滞在している伯爵達の中では、彼の領地だけシノブが訪れていないから、その気持ちも理解できなくもない。

 そのため、テオドールは海竜探しも兼ねて他の伯爵家も訪問してはと考えたのだろう。穏やかで気遣いに溢れた彼らしい発想である。


「シノブ様、それが良いですわ! 皆で海竜を探しに行きましょう!」


 テオドールの提案を一番喜んだのは、妹のセレスティーヌである。彼女は、ここのところ会えなかったシノブと一緒にいる時間が増えそうだと思ったのだろう、その青い瞳を輝かせている。


「今は帝国との戦いがあります。それに海竜がすぐに見つかるとも限りませんし」


 だが、帝国との戦いを優先すべきだと思っていたシノブは、テオドールに自身の考えを伝えた。

 アシャール公爵やベルレアン伯爵は、メグレンブルク伯爵領を安定させたらゴドヴィング伯爵領の攻略へと乗り出すつもりらしい。『排斥された神』の雷撃は、皇帝直轄領でも中心の主要都市を含む一帯だけのようである。そのため、ゴドヴィング伯爵領など皇帝直轄領の西に位置する諸領を押さえることにしたようだ。

 シノブも岩竜ガンドが語った海竜には興味があったが、今は帝国への対応に集中すべきだと考えたのだ。


「シノブ殿。だからこそ、時間があるときに海竜を探すべきではないかな?

帝国は竜をも支配する魔道具を持っている。今のところ彼らが海に出たという話は聞かないが、もし炎竜のように支配されたら、恐ろしいことになるよ。だから、我々が海竜に先んじて会う意味はあると思う」


 テオドールの言葉に、シノブは考え込んだ。

 現在の彼は、魔法の家での転移や竜での飛翔という移動手段があるため、時間はあまり問題にならない。それに、ゴドヴィング伯爵領などに軍を進めるには、まだ時間があるだろう。進軍の準備が整う間に、国内を巡る時間は確かにある。


「わかりました。ですが、前線のこともありますし、義伯父上に相談しましょう」


 シノブは、テオドールの意図を理解したものの、念のためにアシャール公爵に相談することにした。

 前線とは通信筒で連絡が取れるようになったため、シノブが各地を飛び回っても、何かあれば充分対応ができる。それであれば、本格的な進攻の前に海竜探しをすることも可能かもしれないと思ったのだ。


「伯父上なら、喜んで賛成しそうですね。自身も行くと言い出しそうです」


 シノブの言葉を聞いたシャルロットは、アシャール公爵がどう反応するか想像したのか苦笑をしていた。彼女は自身の伯父の性格を良く把握しているようである。


「……ですが、義伯父上やお父さまがメグレンブルクにいないと、皆が困るのではないでしょうか?」


「そうだね。義伯父上は王都に一緒に行ってもらうけど、その後は戻ってもらわないとね」


 おずおずと言い出したミュリエルに、シノブは優しく微笑んで同意をした。彼女の言う通り、アシャール公爵までメグレンブルク伯爵領を留守にしたら、次の戦に備えるどころではないだろう。


「まあ、そのあたりは叔父上も理解していると思うよ。叔父上はとても賢い方だから」


「そうですね……あっ、義父上からの連絡のようです」


 テオドールの言葉に頷いたシノブは、自身が持つ通信筒が震えたことに気がついた。彼は懐に入れた通信筒を取出すと、その中に現れた紙片を(つま)みだす。


「やはり義父上でした。義伯父上達の準備が出来たそうです」


 シノブの予想通り、紙片はアシャール公爵達の転移を要請するものであった。なお、今回は公爵とシメオン、マティアスが来て、ベルレアン伯爵はリーベルガウに残ることになっている。


「……それでは私は義伯父上達を連れてきます。テオドール様達は、会議までゆっくりなさってください」


 シノブはソファーから立ち上がって辞去を申し出る。もちろん、彼だけではなくシャルロットやミュリエル、アミィも同行するために席を立った。


「いや、折角だから皆で行こう」


 しかし、テオドールもシノブ達と同様に席を立っていた。飾らない性格の王太子は、前線から戻ったアシャール公爵達を(みずか)ら、出迎えるようである。


「では、一緒に行きましょう」


 テオドールの言葉を聞いたシノブは、三人の王族と自身の家族達を伴って歩み出す。彼らは和やかな談笑を続けながら王族用の貴賓室を後にし、魔法の家を出すべく庭へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アシャール公爵を招いての会議は、滞りなく終わっていた。

 シメオンとマティアスを連れてきたアシャール公爵は、直ちに館にいる伯爵達を呼び集めた。しかも、公爵は息子のアルベリクや、侯爵の嫡男で年長の者も呼んだため、会議室には十数名の当主や嫡男が集合することとなった。


 集まった彼らに、まずはシノブが帝国での出来事について説明した。彼が語る『排斥された神』の支配や謎の(いかづち)などに出席者は驚きつつも、奪取した領土の順調な掌握に、大きな喜びを見せていた。

 そして彼らの興奮もやまぬ内に、アシャール公爵が他の二公爵家を回ると告げた。公爵は詳しく語りはしなかったが、その言葉だけで上級貴族達は何を意味するかを悟ったようであった。

 そのため彼らは、シノブやアシャール公爵が語る今後の腹案についても異議を挟むことなく、むしろ積極的に協力する姿勢を見せていた。


「……さ~て、これで根回しも済んだし後は兄上の許可を貰うだけだね!」


 伯爵達が退席した後、アシャール公爵は大きく伸びをしながら、シノブに楽しげな表情を向けた。

 会議室には、シノブの他には僅かな者しか残っていない。常に側に控えるアミィは当然として、後はシャルロットとミュリエル、アシャール公爵が連れてきたシメオンとマティアス、それにシノブの背後に控えるジェルヴェだけである。


「はい。許可を頂かないとメグレンブルクを運営する手が足りません」


 シノブは、アシャール公爵の様子に苦笑いしながらも頷いた。彼らは、侯爵の嫡男達にもメグレンブルク伯爵領の統治を手伝わせるつもりなのだ。更に、三人の伯爵達はそこまでの物資輸送などを受け持つ。今後、ゴドヴィング伯爵領へと進むためにも、彼らの協力は欠かせない。


「後は、ガルゴン王国やカンビーニ王国をどこまで噛ませるかだねぇ。

本音を言えば、帝国は我が国だけで対処したい。その後、我々の領地とするためにもね。とはいえ、帝国の神を倒すには、彼らの力を借りるかもしれない。それを見越して、今から協力させておくべきかもしれないねぇ……」


 伸びを終えて正面に向きなおった公爵は、少々悩ましげな表情であった。

 確かに、調子の良い時はメリエンヌ王国のみで牛耳っておきながら、劣勢になって協力を求めても反感を招きそうである。


「公爵閣下。シノブ様達は、ナタリオ殿やアリーチェ殿と良い関係を築いています。

今回の件は電撃戦ですから仕方ないとして、その後の物資購入や傭兵受け入れなどを彼らを通して提案してみては如何(いかが)でしょうか?」


 考え込むアシャール公爵に、シメオンが大使の子供達の名を挙げた。ナタリオがガルゴン王国の大使の息子で、アリーチェがカンビーニ王国の大使の娘である。


「やっぱり、そうなるか……シノブ君、明日、彼らを王都に連れて行こう!」


 シメオンの提案に、アシャール公爵は少々悩みつつも、結局は同意した。そして彼は、二人を王都に同行しようと言い出した。


「わかりました。ジェルヴェ、彼らに使者を送ってくれ」


「かしこまりました」


 シノブは、家令のジェルヴェに、大使の子供達がいる領事館に使者を出すように伝えた。

 なお、王都メリエへの移動は魔法の家で行うつもりだが、魔法の家については彼らも承知しているからそれ自体は問題ではない。


「では、後はよろしく頼むよ。私は妻達と温泉に入ってくるから!」


 アシャール公爵はそう言い置くと、シノブ達の答えを待たずに会議室の外へと向かって歩き出す。彼も、久しぶりに家族とゆっくりしたいのだろう。


「……シメオン、マティアス、少し良いかな?」


 アシャール公爵を見送ったシノブは、少し表情を改めてシメオンとマティアスに語りかけた。

 昨夜、王女セレスティーヌの発言が発端となり、アリエルはマティアス、ミレーユはシメオンへの思慕を明らかにした。

 しかしシメオンは既にミレーユの実家であるソンヌ男爵家に使者を送っているらしいが、シノブ達にはまだ伏せたままである。そしてマティアスはアリエルと親しいようだが、彼の意思は確認してはいない。

 そこで、シノブは彼らがどう思っているか聞こうと考えたのだ。


「ええ、問題ありません」


「はっ! 何なりと!」


 シメオンは穏やかに、マティアスは軍人らしく厳めしくと、対照的な返事だが、彼らはシノブに視線を向けなおし、続く言葉を待っている。


「その……シメオンはミレーユと結婚するつもりなんだろう? 既にビューレル子爵家からソンヌ男爵のところに使者を送ったと聞いているが……」


 シノブは、自身が結婚したばかりなのに年長者の二人の私事に口を挟むようで、少し気後れしていた。しかし、こういう事も領主の仕事なのだと思い直し、少し顔を赤らめながらもシメオンに尋ねかける。

 そんな光景をシャルロットとミュリエルは静かに見守っているが、少々興味深げな表情なのは、若い女性だから仕方がないだろう。


「随分、お耳が早いですね……もしやフレモン侯爵家の方々から聞きましたか?」


 シメオンはシノブ達がビューレル子爵家の内情まで知っていることに驚いたらしいが、すぐにどこから情報を得たか悟ったようだ。彼は僅かに苦笑しながら、シノブに返答をした。


「ああ、セレスティーヌ様を通してだけどね」


 シノブはシメオンに情報源を答えた。シメオンの母オドレイの実家はフレモン侯爵家である。そのため、フレモン侯爵家の息女を通してセレスティーヌが知ったのだ。


「そういう事ですか……御心配をかけ、申し訳ありませんでした。実は、内々にソンヌ男爵には許可を頂いております。先日、セリュジエールで父と会ったときに、仲介を頼んだのです」


 シノブ達がセリュジエールに立ち寄ったのは、一ヶ月以上前のことだ。シメオンは、そんな以前から着々と準備を進めていたらしい。


「それならそうと教えてくれても良かったのに……」


 シメオンの説明を聞いたシノブは、思わず眉を(ひそ)めていた。彼はシメオンのことを親友だと思っていたので、秘密にされたのを少し残念に思ったのだ。


「なんとめでたい! ですがシメオン殿も水臭い。教えてくれても良かろうに!」


 シメオンの隣で静かに聞いていたマティアスは、笑顔で彼の肩を叩いている。


「アリエル殿のこともありましたので」


 シメオンは、僅かにマティアスへと視線を向けた後、穏やかに答えを返した。どうやら、彼もアリエルのことを案じていたようである。


「シメオン殿らしい……」


「はい!」


 シャルロットとミュリエルは、シメオンの答えに顔を綻ばせていた。

 シメオンは、継嗣として難しい立場にあったシャルロットを何年も陰ながら見守っていたらしい。冷徹なように見えるシメオンだが、その心はとても繊細で優しさに溢れていると、シャルロット達も徐々に理解してきたのだ。


「それなら問題はない。

……マティアス、アリエルは君のことを慕っていると言っていたよ」


 シノブは、シメオンの隣に座るマティアスへと視線を向けた。シメオンの方は問題ないようだと察したシノブは、マティアスの表情を見逃すまいと注視する。


「そ、それは!」


 この期に及んでもマティアスは自分に話が振られると思っていなかったらしい。彼は、顔を真っ赤にして腰を浮かせていた。


「マティアス殿。どうやら私がめでたくなるかどうかは、貴方の答え次第のようです」


 シメオンはいつものような飄々(ひょうひょう)とした口調でマティアスへと語りかける。

 しかしシメオンの顔には、僅かな微笑みが浮かんでいる。もしかすると彼は、単に冷やかすだけではなく同僚の後押しをしようと思ったのかもしれない。


「し、シメオン殿……閣下、お話お受けします!」


 椅子を蹴立てて起立したマティアスは、軍務で鍛えられた大音声(だいおんじょう)でシノブへと結婚の承諾を伝えた。しかも彼の顔はますます赤く染まり、視線は宙へと向けられている。


「マティアス、私は強制するつもりはないよ。君がアリエルを心から愛しているなら祝福するが……」


 マティアスの様子を見たシノブは、彼もアリエルを憎からず思っているとは悟っていたが、敢えて尋ね返した。この国では領主や家長が結婚を取り(まと)めることが多いらしいが、日本で育ったシノブとしては、当人の意思を無視して押し付けるのは嫌だったのだ。


「わ、私も、アリエル殿をお慕いしております!」


 今や湯気でも出そうな顔のマティアスは、室外にも響き渡るのではないかと思えるような絶叫と共にシノブに答えを返した。そして、そんな初心なマティアスの様子に、シャルロットにミュリエル、そしてアミィまでもが歓声を上げている。


「悪かった、マティアス。しかし、こればかりは君の意思を無視して進めるわけにはいかないからね」


「そうですね。でもシノブ様、結婚式はいつにしますか?

できれば早い方が良いと思います。アリエルさんは四月で二十歳(はたち)になりますし……」


 マティアスへと謝るシノブに、今まで黙っていたアミィが彼らの結婚式をいつにするのかと尋ねかけた。

 この国の貴族の女性で、二十歳(はたち)を過ぎて結婚しない者は稀らしい。そして、アリエルの誕生日は4月10日である。そのため、慣習に従うなら出来るだけ早く結婚した方が良いというのだ。

 アミィはミレーユと仲が良いから、その辺りの事情も聞いていたようである。


「そうか……どうせなら、イヴァールの結婚式も一緒にやるか? でも、三組合同なんて嫌かな?」


 シノブが知っている地球の歴史では、和解などの象徴として双方の領主や嫡男が互いに妻を娶り合同結婚式をした例もある。しかし、それは政略結婚とでもいうべきものであり、彼らがどう受け取るのか疑問に思ったのだ。


「それは良いですね。別々に行うと、皆さんに出席していただくのも大変ですから」


「はい! アリエルさんとミレーユさんも、一緒が嬉しいと思います!」


 しかしシャルロットやミュリエルの答えは、シノブの予想とは違うものだった。

 確かに、日本のように交通手段が発達していないメリエンヌ王国では、祝いに来る客達に何度も往復させるよりは(まと)めて実施したほうが良いのかもしれない。


「まあ、当人達に聞いてからにするか。勝手に決めたら悪いしね。

……シャルロット、ミュリエル、その辺は頼むよ」


 二人の言葉を聞いたシノブだが、肝心のアリエル達の意思を確かめていないことを思い出した。

 頭を掻きつつ微笑むシノブは、ここにはいないイヴァールに、このことを伝えたらどうなるだろうと考えていた。派手な式典を嫌がる彼のことだから、いつものように難色を示すだろうか。それとも、案外ティニヤのためなら渋々ながらも同意するのだろうか。

 シノブは、アマテール村にいるだろうイヴァールの髭に覆われた顔を思い浮かべながら、穏やかな微笑を浮かべていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年6月2日17時の更新となります。


 本作の設定集に、11章前半の登場人物の紹介文を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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