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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第11章 受難の竜達
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11.10 皇帝直轄領の秘密 中編

 シノブ達は、領都リーベルガウの中央区にある大神殿へと向かっている。馬車に乗った彼らは、王国軍の騎士達の先導でメグレンブルク伯爵の館を出立したのだ。

 馬車の座席に腰を下ろしているのは、シノブの他にアミィ、アシャール公爵、ベルレアン伯爵、シメオン、侍従のヴィル・ルジェールである。なお、シノブの肩には子猫ほどの大きさになった岩竜の子供オルムルも乗っている。


 メグレンブルク伯爵領の都市の構造も、基本的にはメリエンヌ王国のものと大差はないらしい。都市の中央に領主か代官の館があり、その周囲は政庁や軍の本部、神殿などがある。これらと家臣達の公館を含めた一帯が中央区を形成し、その外周を一般区が囲んでいる。


 だが、高地が多く寒冷な気候のせいか、建物自体はメリエンヌ王国のものとは若干異なるようである。リーベルガウの中央にある建築物は、どれも重厚な石造りだが王国のものと比べて重苦しい印象を与えてくる。

 王国では中央区の公的施設は、アーチを多用し外壁にも複雑な装飾が施された壮麗なものである。また、これらは『メリエンヌ古典様式』に則った、左右対称の幾何学的な建築物が殆どであった。

 しかし、リーベルガウの中心にある建物は、外装への装飾もなく四角の窓も小さい無骨な造りをであった。また、建築物の多くは素っ気無い箱型をしている。それらの実用一辺倒の建物は、対称性に拘ったというよりは、建築の容易さを優先したようにもみえる。


 もちろん、分厚い石造りの建物や小さな窓は、王国より寒いこの地に適しているのだろう。それに、装飾に凝るよりも優先すべきことがあるのかもしれない。だが、そんな殺風景な都市は、シノブ達に、ここがメリエンヌ王国とは異なる国だと無言で主張しているようでもあった。


「シメオン、領政庁のほうはどうだ?」


 馬車の中にいるシノブは、隣に座っているシメオンへとメグレンブルク伯爵領の内政の状況について訊ねた。ガンド砦、つまり元ゼントル砦から来たシメオンは、配下と共に内政の現状を調べるために領政庁に赴いていたのだ。


「財政自体は驚くほど良好ですよ。奴隷としていた獣人の村からは、最低限必要な物を除いて全て奪い取っていたようですし。

それと、例の喜捨の一割程度が領の収入となっていました。ちなみに八割が中央に送られ、残りの一割は神殿に残るようです。王国の神殿とは大違いですね」


 シメオンは皮肉げな微笑を浮かべながらシノブへと説明した。

 ベーリンゲン帝国では、村は奴隷である獣人達の暮らす場所である。それ(ゆえ)彼らの手元には何とか生活が出来る程度しか残らない。それに、町や都市の住民達から取る税金もメリエンヌ王国の倍近くはあるという。

 更に、奴隷以外の住民には、神殿への喜捨が義務付けられている。これは実質的には税金と同等であり、帝国を支える制度となっているらしい。


「神殿がそれほどまでに力を持っているとは……しかし、これでは生活が成り立たないのでは?」


 向かいに座っているベルレアン伯爵は、眉を(ひそ)めている。領主としての経験が長い彼は、シメオンが語った内容だけでも、大よそを察したようである。


「はい。通常時でも、領民の手元には半分程度しか残りませんし、戦争や大規模な事業があれば、更に徴収される分が増えるようです。

とりあえず、ご指示のあったとおり喜捨だけは一旦取りやめにしました。今後は王国と同等の税率まで下げ、喜捨も同じように任意にしたいと思いますが、如何(いかが)でしょうか?」


 ベルレアン伯爵に答えたシメオンは、シノブへと視線を向けた。

 まだ正式には決まっていないが、メグレンブルク伯爵領は、国境の砦と同様に王国直轄の地となり、国境防衛軍の支配下に置かれる予定である。そうなれば、名目上の最高責任者は、東方守護将軍であるシノブということになる。


「それで良いと思うが……義伯父上、義父上、どうでしょう?」


 シノブは、王国と同様の体制で問題ないとは思ったが、念のためにアシャール公爵とベルレアン伯爵へと訊ねた。それに、隣に座っているアミィも二人の顔を窺っている。

 一方そんな彼らを余所に、オルムルはシノブの肩で気持ちよさそうに微睡(まどろ)んでいた。彼女は、人間の政治には興味がないのだろう。


「問題ないよ! まずは王国と同等で良いのではないかね?

それに折角広がった領地だから、悪感情を(いだ)かれるよりは景気良く行こうよ! 彼らも、喜んでいるようだしね!」


 上機嫌な様子で外を眺めていたアシャール公爵は、シノブに顔を向けなおすと朗らかな様子で頷いた。

 公爵は、通りを歩く人々の様子を見ていたらしい。帝国の軍人や官僚がいなくなった中央区を歩いているのは、大半が王国の軍人だが、そこには僅かながら領民らしき者も混じっている。

 その領民達は一様に明るい表情をしていた。もしかすると、穏便な占領や喜捨の停止などが良い方向に働いたのかもしれない。


「そうですね。

……シノブ、軍は王国全体で負担するから、以前より税率を下げても大丈夫だろう。後は、王国から支援をしやすくする必要があるね。この先ずっと魔法の家と竜達の輸送に頼るわけにもいかないから」


 ベルレアン伯爵は公爵に続いて同意をしたが、シノブに新たな問題を提示した。

 従来、メリエンヌ王国とベーリンゲン帝国の国境であったガルック平原などは、ここよりも更に標高があり、厳冬期である二月現在は積雪が酷く軍を動かすことも難しい。それらの気象条件は、これまで王国側の防御の助けとなっていたが、メグレンブルク伯爵領を新たな領地とした今、大きな障害となっているのだ。


「輸送は後でどうにかするとして、とりあえずは人員も強化したいね。

……そうだ! シェロノワにいる侯爵の息子達にも手伝わせるか!」


「それは問題ないのですか?」


 アシャール公爵の提案はシノブにはありがたかったが、次代の国政を担う彼らを連れ出して良いものであろうか。そう思ったシノブは、公爵に問い返していた。


「既にシーラスが働いているのだから、別に良いだろう!

でも、一旦兄上のところに許可を求めに行くべきかな?

シノブ君、少し落ち着いたら王都に行こう! 戦勝報告も必要だしね!」


 アシャール公爵が言うとおり、国境防衛軍の前線司令官であるシーラスは軍務卿の嫡男である。

 とはいえ、彼自身が触れたように、それについては国王の許しが必要である。そして、これだけ大規模な戦果が上がったのだから、王都メリエに行って報告するのも当然であろう。


「お館様、そろそろ神殿のようです」


 馬車に同乗していた侍従のルジェールが、シノブ達に声をかけた。

 ここリーベルガウも、領主の館と大神殿は程近い場所にある。そのため、ゆっくりと進んでいた馬車は、もう大神殿の敷地に入っていたのだ。


「さて、神殿には一体何があるのかね! シノブ君、楽しみだねぇ!」


 相変わらず上機嫌なアシャール公爵は、早くも席から立ち上がっていた。シノブ達は、そんな彼の様子に苦笑しながら、馬車が大神殿の大扉の前に到着するのを待っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 領都リーベルガウの大神殿は、他の建物同様に分厚い石壁で出来ており、窓も小さい。しかし、その内部は灯りの魔道具で照らされており暗くはなかった。

 大神殿の大扉を開けると、その中は広い空間となっていた。何百人も収容できそうな上に、吹き抜けにより三階分ほどの高さのあるその奥には、巨大な祭壇があり、その後ろの壁には天井まで達するかのような神像が安置されている。


 巨大な神像は、メリエンヌ王国に祭られているアムテリアや従属神の像に比べると、簡素な印象を与えるものであった。王国の神像が写実的であるのに対し、こちらは細部が省略され顔や手足も単純な曲面や線で構成されている。

 何より違うのは、王国などではアムテリアの神像の左右に三体ずつ、計七体が安置されているのに対し、ここには一体の神像しか存在しなかった。たった一体だけの金属で造られた神像は、右手で槍のようなものを振りかざし、左手に稲妻のようなものを握っている。


「これが帝国の神……ですか」


 シノブは、目の前の軍神か何かのような神像を見上げながら、密やかな声で呟いた。灯りに照らされる神像は、どことなく不気味な感じがする。写実を排した青銅製らしい像からは、人や生き物を象ったものに共通する柔らかさを感じないのだ。

 しかも、それはシノブだけが感じたことではないらしい。彼らを案内してきた騎士達も、同じように禍々しいものでも見るように顔を(しか)めている。


「ああ、シノブ君は初めてだったね。砦にも小さい像があったんだよ。

でも、不気味だから即刻撤去したけどね! 外に放り出して帝国の軍旗と一緒に埋めたよ!」


 シノブの呟きを聞いたアシャール公爵は、その時を思い出したのか、実に楽しそうであった。

 帝国以外の国では、アムテリアを頂点とする七柱の神のみが信仰されている。というより、それ以外の神の存在を彼らは知らないのだ。そして、この世界を作ったアムテリアが、従属神や眷属、更に全ての生き物を創造したと伝えられている。

 それ(ゆえ)、アシャール公爵からすれば帝国の神など、その存在すら認めがたいようである。


「砦に神官はいなかったがね。礼拝などはしていたようだが、経典なども見つからなかった」


 ベルレアン伯爵も不快げな様子で神像を見上げている。

 そう感じたのは彼だけではなく、アミィやシメオン、侍従のルジェールも同様らしい。それどころか、シノブの肩に乗ったオルムルすら普段とは違う嫌悪感が混じった鳴き声を上げていた。


「シノブ君、この像を何とかしてくれないかね?」


 シノブが強力な土属性の魔術を使えると知っている公爵は、期待を篭めた視線をシノブへと向けた。金属も土属性で操作できるし、シノブも金属を変形させたことはある。したがって、膨大な魔力を持つシノブなら、不可能ではないだろう。


「……やってみますか」


 シノブは、公爵の言葉に頷いた。目の前の神像は異質な印象を受けるが、魔力などは感じない。どうも普通の像であり、特別な力が宿っているわけでは無いらしい。


「そうだ! 大神アムテリア様の像に作り変えることはできるかね!?」


 アシャール公爵は、良いことを思いついたという表情で、シノブに提案をした。どうやら、彼は神像の元が何であったかなどは、気にしないようである。

 しかも、ベルレアン伯爵達も反対はしない。撤去して新たな像を造るのは面倒で時間もかかるとはいえ、王国の人々は随分合理的なようである。


「しかし、私が作っても……」


──シノブさん、ダメですか? アムテリアさまの像は作れませんか?──


 躊躇(ためら)うシノブに、肩に乗ったオルムルまで懇願してくる。

 その思念を受けたシノブは、何とか出来ないものかと考えるが、単純な造形ならともかく神秘の美を誇るアムテリアの容姿を自身が再現できるとは、どうしても思えなかった。


「シノブ様、私に魔力を下さい! 私なら正確にアムテリア様と神々のお姿を再現できます!」


 悩みつつも神像を見上げるシノブに、アミィは自分が作るから魔力を提供してほしいと願い出た。彼女はいつになく強い口調であり、その薄紫色の瞳でシノブを真っ直ぐに見つめている。


「そうか! アミィなら大聖堂の神像を再現できるよね!」


 シノブはアミィの提案に、思わず顔を綻ばせて彼女へと振り向いた。

 以前、シャルロットの絵姿を作った時のように、アミィの魔力だけでは出来ないことも、シノブの魔力を注ぎ込むことで可能となる。それに、彼女はシノブのスマホから得た能力で、自身が見たものを忠実に再現することが可能だ。そのため、二人が協力すれば巨大な金属塊を思う形に仕上げることが出来る。


「……中身は空洞のようだけど、結構肉厚だね」


「それでは、アムテリア様の像は、この半分くらいにしましょうか。それで、従属神の方々を、更に半分くらいに……」


 早速土魔術で神像の構造を探り始めたシノブに、アミィが提案する。

 祭壇の後ろは広い場所があり、少しサイズを小さくすれば、彼女が言うように七体を並べることも不可能ではなさそうだ。


「ああ、どうするかは任せるよ。それじゃ、始めようか」


「はい!」


 アミィと手を繋いだシノブは、彼女に微笑んだ。そして、彼女の手を通して魔力を送り込み始めた。

 そして、シノブの膨大な魔力のためか、頬を赤く染めたアミィは、彼の顔を見上げ元気よく返事をする。


「……土操作」


 アミィは正面に向きなおると、暫く精神を集中するかのようにその目を閉ざしていた。だが、再び神像を見据えた後、彼女は静かに呟いた。

 すると、青銅製の像がまるで柔らかな粘土で出来ているかのように変形し、中央に大きな塊が一つ、その左右に半分くらいの塊が三つずつの合計七つに分裂する。


「おお!」


「流石はシノブとアミィだね……」


 アシャール公爵やベルレアン伯爵は、感嘆の声を上げながら青銅の塊が変形していく様を見守っていた。

 アミィが操作する金属塊は、彼らが見守る中、僅かな時間で人を表したとわかる程度に形を変えていった。そして、その細部もみるみるうちに作りこまれていく。


──シノブさん、アミィさん、凄いです!──


「凄いのはアミィだよ。俺は、ただ魔力を注いでいるだけだ」


 肩の上で嬉しげな思念を発するオルムルに、シノブは苦笑しつつ答えた。

 シノブも金属の形を変えることは出来るが、簡単な形ならともかく、以前見たものとそっくりに変形させるなど自分には不可能だと感嘆していたのだ。


「素晴らしいですね……大聖堂の神像と並ぶ出来栄えです」


 シメオンが言うように、そこには七つの神像が完成していた。ギリシャ彫刻のような躍動感溢れる写実美で表現されたそれらは、彼が言うように聖地サン・ラシェーヌの神像と非常に良く似ていた。

 アムテリアの輝かんばかりの美だけではなく、戦いの神ポヴォールは力強く、森の女神アルフールは(たお)やかに優しくと、七柱の神々の全てがまるで動き出さんばかりの姿で表されている。


「なんだか、明るくなったような気がしますね」


「確かに……」


 侍従のルジェールの感慨は、決して彼の錯覚ではないようで周囲の騎士達も頷いている。彼らだけではなく、シノブも、辺りの空気はどことなく清められたような気がしていた。


「シノブ君、ありがとう! やっぱり神殿はこうでなきゃね!

さて、それでは神官達から話を聞こうじゃないか!」


「はっ! すぐに連れてきます!」


 アシャール公爵の言葉に、感動の面持ちの騎士達も我に返ったようである。彼らは勢い良く駆け出し、神官達を連れに行った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「こ、これは! お前達、我らが神の像をどこにやった!?」


 騎士達が連れてきた三人の神官達は、祭壇の後ろの像がアムテリアと従属神のものに変わっていたのを見て驚愕していた。彼らが拘束された未明まで存在したはずの神像が撤去され、シノブ達が新たな像を運び込んだとでも思ったのだろう。


「騎士君、この男が神官長だったね……名は?」


 そんな神官達には構わず、アシャール公爵は神官長である白髪白髯(はくはつはくぜん)の老人の名を、拘束している騎士へと尋ねた。


「フォルデル・アーゲナーです! 残りの二人が、その側近のギンラート・ポーゼマンとクンラッハ・ヴィンラゼルです!」


 長身の騎士は、身を(よじ)り暴れる神官長など構わず、公爵に彼らの名を告げた。なお、ポーゼマンとヴィンラゼルという神官は、それぞれ50歳前後の中年男性である。


 彼らは、攻撃魔術を使う魔術師ではないため、制圧時に拘束できたらしい。

 魔術は術者の意思と魔力で実現するもので、その発動を防ぐことは困難である。呪文を唱える必要もないから、話すことが出来ないようにしても無意味であり、魔術や酒、薬物などで意識を朦朧(もうろう)とさせるくらいしか対策はない。

 その上、神官達の抵抗は激しく、攻撃魔術や催眠の魔術などを使える者は全て戦いの中で命を落としたという。


「神像をどうしたと訊いているのだ!」


「あの変な像は、我々が正しい姿に作り直しておいたよ! ああ、礼は不要だよ!」


 激昂する神官長に、アシャール公爵は普段通りの飄々(ひょうひょう)とした口調で語りかける。しかし、口調とは裏腹に公爵の表情は皮肉げであり、シノブは彼が内心非常に憤慨しているのではないかと想像していた。


「な、なんだと! 貴様、我らが神を!」


 思わず詰め寄ろうとする神官長だが、屈強な騎士がそれを許すはずもない。彼だけではなく、二人の神官ポーゼマンとヴィンラゼルも暴れるが、やはり同様に取り押さえられている。


「その『我らが神』というのは何とかならんのかね? それとも、名乗ることも出来ないほど変な名前なのかな?」


 どうやら、アシャール公爵は神官達を怒らせて情報を引き出そうとしているらしい。

 彼らを連れてくる間に、シノブ達は神殿を調査していた軍人に話を聞いたが、経典らしき物には『排斥された神』への絶対服従などが書かれているだけで、その出自を示すようなことは書いていなかったという。

 僅かに『神に逆らう者は(いかづち)に打たれ死に至る』『その槍はあらゆる敵を貫く』などと記されており、神像同様に雷神としての性格が窺える程度であった。

 そのため、帝国に潜む謎の神の正体を知りたいシノブ達としては、神官長から何か引き出せないかと期待していたのだ。


「神の名を口にするなど畏れ多い! お前達のように複数の神を信じる者には理解できんだろうがな!」


「その通りだ! この異教徒が!」


 一方、アシャール公爵の言葉を聞いた神官達は、顔を真っ赤にして怒鳴り返していた。

 それを聞いたシノブは、彼らが神の名を知らない可能性もあると考えた。一神教であれば神を名前で区別する必要はない。そして長い歴史のうちに、その尊名は秘するべきとなってもおかしくはない。

 そうであれば、中央の高位神官はともかく、地方の神官長程度が名を知らないのは当然かもしれない。


「神々は、あそこにいらっしゃる。大神アムテリア様に、闇の神ニュテス、知恵の神サジェール、戦いの神ポヴォール、大地の神テッラ、海の女神デューネ、森の女神アルフール。

貴方達は本当に知らないのか?」


 ベルレアン伯爵が、右手を上げシノブとアミィが作った七つの神像を指し示した。

 帝国以外の国々では、創世の神アムテリアが全てを創ったと伝わっている。それ(ゆえ)ベルレアン伯爵は、それを知らない人々がいるということ自体、想像の埒外なのかもしれない。彼は、どこか不思議そうな顔をして問い返している。


「あんなものが神なわけはない! 神というなら証拠を示せ!」


「そうだ! 我らの神の像を返せ!」


 落ち着いた様子のアシャール公爵やベルレアン伯爵と対照的に、神官達の怒りは増すばかりである。特に、中央の神官長は、今にも倒れそうなくらいに顔を赤黒く染めている。


「神の証拠ねぇ……そうだ、シノブ君、神々の御紋を見せてあげなさい!」


「えっ、あれを出すのですか!?」


 シノブは、自身に笑顔を見せるアシャール公爵に、思わず問い返していた。そもそも、他の神を信じないという彼らに、何かを見せたところで懐柔できるとは思わなかったのだ。


「そうだよ! あれほど神秘的なものはないだろう?

光の大剣でも良いけど、あれだと何だか武器で脅しているようだし……」


 笑顔を崩さないアシャール公爵に、シノブは苦笑しながらも神々の御紋を懐から取り出した。大神官を通して授かったこの紋章は、厚めのスマートフォンか携帯電話くらいであり、持ち運びには困らない。そのため、普段シノブは上着の内ポケットなどに入れているのだ。


「君達、控えたまえ! この御紋が見えるだろう!

こちらにいる若者を誰と思っているのかね!? 彼こそは畏れ多くも大神アムテリア様から御紋を授かった東方守護将軍、フライユ伯爵シノブ・ド・アマノだよ!」


 アシャール公爵は、何となく(いか)めしい調子で神官達にシノブを紹介する。

 一方シノブは右手で神々の御紋を示したまま、『頭が高い』とか『控えおろう』などと言った方が似合いそうな公爵の様子に内心苦笑していた。

 記憶にある展開だと、紋章を示す者が口上を行う。それに公爵家筆頭の彼、つまり『アシャール公』をシノブが紹介するほうが、合っていると思ったのだ。


「うっ……」


「おお……」


 だが、シノブが少々的外れな感慨を(いだ)いている間に、神官達は膝を屈していた。彼らは、シノブが手にした神々の御紋から放たれる玄妙な光を見たとたん、茫然とした様子となり、その直後に崩れ落ちるように(ひざまず)いていたのだ。

 どうも、騎士達も神々の御紋が放つ神秘の輝きに目を奪われてしまったらしく、思わず神官達を押さえる手が緩んだようである。もっとも、それも仕方がないかもしれない。中央の円を六つの三角形が放射状に取り巻く太陽のような紋章は、七色の神々しい光を放ちながら生きているように脈動していたからだ。


「おお! やっぱり効果があったか!」


 アシャール公爵は、喜びの叫び声を上げていた。それに彼だけではなく、ベルレアン伯爵やシメオンも、驚いたようなどよめきを漏らしている。


「義伯父上は、こうなると予測していたのですか?」


「もちろんだよ! 御紋の輝きを見て、心を動かさない者がいるものかね!」


 シノブの問いに、アシャール公爵は大きな頷きで答えた。


「アムテリア様の授けた紋章ですから、当然です!」


「ですがアミィ殿、効果がありすぎたのでは? 彼らは、意識を失っているように見えますが……」


 公爵と同じような得意げな笑顔を見せるアミィに、シメオンは戸惑いを滲ませながら問いかけていた。

 どうも、神官達は、(ひざまず)いたというよりは、人事不省に陥ったらしい。その証拠に、彼らは取り押さえていた騎士達が声を掛けても、全く反応しない。


「義兄上、これでは尋問もできませんね……無事に意識を取り戻すと良いのですが」


「まあ、邪教を信じて生きるよりはマシではないかね?」


 苦笑をしているベルレアン伯爵と対照的に、アシャール公爵は悪戯っぽい笑みすら浮かべていた。


 そんな彼らの会話を聞きながらも、シノブは僅かな光明を見出したように感じていた。期待通りの効果ではなかったが、帝国の神の支配を断ち切る手がかりを見つけたのでは、と思ったのだ。

 以前アムテリアは、死を目前としたベルノルトがシノブの強い加護により『排斥された神』の影響を抜け出したと語っていた。どうやら、死の直前に彼の命が揺らいだためらしい。

 しかし今回、神官達は生命の危険に接してはいない。彼らが果たして人事不省から立ち直るかはわからないが、その結果次第では、大きな前進になるかもしれない。


「義伯父上、義父上。ともかく、もっと神殿を調査しましょう。彼らは、暫く様子を見るしかなさそうですし……」


 ともかく、出来ることから進めていくしかない。そう思ったシノブは、内心で神官達が回復するよう祈りつつも、やるべきことをアシャール公爵やベルレアン伯爵に伝えていた。


「そうだね! それでは騎士君、彼らは頼んだよ! さあ、何から手を付けようか!」


 アシャール公爵もシノブの思いを察したのか、明るい笑顔で言葉を返した。

 そして彼らは、謎の神の正体を探るべく、先行して調査をしていた軍人達と共に、大神殿の奥へと進んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2015年5月25日17時の更新となります。


 本作の設定集に、主人公達がフライユ伯爵領で開発した魔道具や、ベーリンゲン帝国の魔道具について説明文を追加しました。

 設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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