11.09 皇帝直轄領の秘密 前編
シノブ達がメグレンブルク伯爵領の領都リーベルガウを落とす数日前。ベーリンゲン帝国皇帝直轄領の西端にある町ゼルスザッハは騒然としていた。普段なら家に帰って食事でも取ろうかという夕暮れの町のあちこちでは、住民達が心配げな顔を見合わせたり相談したりと慌ただしい。
この、まるで明日からの暮らしが立ち行かなくなったかのような騒ぎの原因は、つい先ほど町の守護隊が出した、とある布告だった。
「おい、リュリヒ! お前、軍に入って帝都に行くんだって!?」
そんなゼルスザッハの片隅にある粗末な家に駆け込んできた青年は、職人風の若者へと動揺した表情で問いかけた。青年は非常に急いで来たのか、その息は荒い。
「ディトガーさん……ああ、明日の朝、町の駐屯所に来いって」
食卓の椅子に座っていた濃い茶色の髪の若者リュリヒは、家に入ってきた青年ディトガーへと顔を向けた。小さな窓から差し込む夕日に照らされたリュリヒの顔には、憂鬱そうな表情が浮かんでいる。
「だが、お前には病気の母親がいるだろう……」
リュリヒの言葉を聞いたディトガーは、部屋の奥へと視線を向けた。彼が見つめる先には、リュリヒの母の部屋がある。
「俺も兵士に言ったよ! でも、例外は認めないって! だけど、俺がいなければ母さんは……」
まだ十代後半のリュリヒは、どうしたら良いのかわからないといった様子で、年長のディトガーに叫び返した。
「俺達が面倒みるさ。フィルマさんには小さい頃から世話になったしな。女房もいるから、大丈夫だ」
ディトガーは、リュリヒの肩に手を置いて優しく語りかける。
「お願いします……」
「気にするな……しかし、お前と同じ年頃の男は全て軍に連れて行かれるようだな」
ディトガーは涙ぐむリュリヒに笑いかけたものの、再び表情を暗くした。実は、帝都に行く若者は、リュリヒだけではなかったのだ。
「そうなんだよ。俺も書かれた名前を見て驚いたけど……去年の暮れに、大きな戦争で負けたらしいから、その穴埋めかな?」
リュリヒが触れたのは、おそらく昨年末のメリエンヌ王国との戦いだろう。ガルック平原での戦い、そしてその後のフライユ伯爵領への侵攻では、1万人以上の帝国兵が帰ってこなかった。そのため、兵士の補充が必要なのは事実だろう。
「それだけではないぞ。西のメグレンブルクやゴドヴィングでは、獣人達が大勢逃亡したらしい。
それにこの前の街道の崩落だ。向こうの様子は良くわからないが、復旧作業に大勢の獣人達が必要だから、軍の戦闘奴隷も出すんじゃないか?」
ここゼルスザッハは、西のゴドヴィング伯爵領から皇帝直轄領に入って最初の町である。そして、ゴドヴィング街道を東に進むと、都市ロイクテンを経て帝都ベーリングラードに到る。そのため、ディトガーは、帝都やゴドヴィング伯爵領の情報もある程度は知っているようである。
「戦闘奴隷か……俺達だって、奴隷のようなものじゃないか! 母さんのことなんか関係なしに帝都に連れて行かれるし、ディトガーさん達だって、また喜捨をするんだろ!?」
リュリヒは緑の瞳に涙を滲ませ、ディトガーを見上げている。また激昂してきたのか、彼の言葉は荒く捨て鉢な感じすら受ける。
「ああ……俺の割り当ては三万ベールだ。月の稼ぎの半分以上だな」
ベールとは、ベーリンゲン帝国の通貨単位である。ちなみに、メリエンヌ王国の通貨単位はメリーであり、1メリーはおよそ3ベールにあたる。
それはともかく、月収の半分以上を喜捨という名で強制徴収されるディトガーの表情は暗かった。
ベーリンゲン帝国では、税の他に神殿への喜捨が義務付けられている。しかも神殿も皇帝の権力が及ぶ範囲であり、実際には税金と変わらない。そして、災害や戦争などのときは、臨時の喜捨が割り当てられるのが常であった。
「ディトガーさん……神って何なのかな? 俺達から奪うだけ奪って、獣人達を奴隷にして……それに、なんだか帝都に行った奴らは変わってしまうし……俺、怖いよ」
「ああ……俺は兵士に取られなかったが、軍に入ったのはな……だが、そんなことを外で言うんじゃないぞ。兵士や神官に聞かれたら処刑されかねん」
俯くリュリヒにディトガーは同意したものの、厳しい口調で注意をした。彼が言うように、帝国では神や皇帝への批判は、死罪となっても不思議ではないのだ。
「とにかく後は任せておけ……帝都に行ってからのことは、気にしても仕方がない」
ディトガーの重苦しい言葉に、リュリヒは静かに頷いた。そして、二人は夕日が差し込む部屋で黙然と佇んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆
ゼルスザッハでディトガーやリュリヒが先行きを案じていた日から更に二日後、創世暦1001年2月15日の深夜。シノブ達により炎竜を奪還されヴォルケ山から逃げ出した大将軍ヴォルハルト・フォン・ギレスベルガーと将軍シュタール・フォン・エーゲムントは、帝都ベーリングラードへと帰りついていた。
シノブ達の戦いから一日弱、魔獣である雪魔狼に騎乗した彼らは、軍馬に勝る速さで帝都へと帰還した。だが、帝都の中心『黒雷宮』の皇帝が政務を執る『大帝殿』へと現れた二人の様子は、戦いの前と大きく変わっていた。
まず大将軍ヴォルハルトの軍服の袖は、左側だけ何も入っていないかのように、歩みに連れて揺れている。そして将軍シュタールは杖を突いており、更に士官達に支えられていた。
実はアミィが放ったレーザーにより、二人は回復不能な傷を負っていた。ヴォルハルトは左腕、シュタールは右足の膝から下を失ったのだ。
通常の治癒魔術では、欠損部位の修復は不可能である。そして、どうやら『魔力の宝玉』を使った治癒の魔道具でも、それは変わらないらしい。
そして、彼らの表情は蒼白である。いくら魔道具で傷を塞いでも、失った血までは戻らないのだろうか。それとも、これから皇帝が下す裁きに恐れをなしたのか。いずれにせよ、謁見の間に入った彼らは、そこに集う誰よりも血の気の引いた顔をしていた。
「ヴォルハルト、シュタール。この失態、どう償う?」
第二十五代皇帝ヴラディズフは、玉座の前に跪く敗軍の将達を、氷のような冷たい視線で見つめていた。黒々とした顎鬚も厳めしい皇帝の冷然たる顔は、彼の激しい怒りを表しているかのようである。
何しろヴォルハルト達は、炎竜達を捕獲し一旦は使役までしておきながら取り逃がした。しかも使役に使う竜専用の『隷属の首輪』を稼動するために大勢の奴隷達を送ったが、それも全て無駄になった。
つまり、ヴォルハルト達は二重に失敗したといえる。
「……この命にて。
ですが、同じ死ぬなら戦場にて死にとうございます! 一兵卒でも構いません、あのシノブという男と戦う機会をお与えください!
囮でも何でもこなします! ですから、どうか再戦の機会を!」
帯剣も許されないのか丸腰のまま跪礼をした大将軍ヴォルハルトは、顔も伏せたままで皇帝の言葉に答えていた。しかし彼の言葉は激しく、シノブ達に復讐するという意欲は衰えていないらしい。
「私も同様です。このままでは死ぬに死にきれません」
将軍シュタールも、ヴォルハルトと同様に頭を床につけんばかりに下げたままで返答をする。足が不自由となった彼は、その体勢を崩しながらも再戦を願い出ていた。
「ふむ……そこまで言うなら、そなた達に機会を与えよう」
「ありがとうございます!」
皇帝の言葉に、大将軍ヴォルハルトは声を弾ませ顔を上げていた。彼の表情には喜びと、僅かな安堵が浮かんでいる。
隣のシュタールは相変わらず頭を下げているが、口元には微かな笑いが浮かんでいた。もしかすると再戦を願い出たのは、己の命を繋ぐための方策なのかもしれない。
「礼を言うのはまだ早い。そなた達には、我らが神の試しを受けてもらう。そなた達の強い意志があれば、神も応えて下さるだろう」
皇帝の静かな言葉に、謁見の間に集う高官達は恐怖の滲んだ声を上げていた。
なぜならヴラディズフが言う『我らが神の試し』とは、実質的には処刑なのだ。その詳細は代々の皇帝しか知らないが、試しを受けて戻った者など500年を越える帝国の歴史でも片手に満たない。したがって彼らは、試しという美名で真実を覆い隠した処刑だと思っているのだ。
「へ、陛下!」
「何卒ご慈悲を!」
それ故ヴォルハルトとシュタールも、蒼白な顔に焦りの色を浮かべていた。しかし皇帝は無言のまま、主君の命を実行すべく親衛隊が素早く進み出る。それを見た二人は腰を浮かせるが、多勢に無勢で僅かな間に取り押さえられていた。
「……慈悲なら我らが神に求めるが良い。もしかすると、そなた達の願いを聞き届けてくれるかもしれん」
皇帝の呟きは、ヴォルハルトとシュタールには聞こえなかっただろう。なぜなら既に二人は親衛隊に腕を取られ、外に向かって引き摺られていたからだ。
皇帝ヴラディズフ二十五世は現役の戦士にも勝る鋼のような巨体を玉座へと沈めたまま、許しを願うヴォルハルト達を見送る。そして二人が扉の向こうに消え去ると、彼は厳粛とすら呼べる面持ちで自身の豊かな鬚へと手を伸ばした。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブ達の都市攻略は、無事に完了した。領都リーベルガウ、北の都市クブルスト、南の都市デックバッハは、それぞれメリエンヌ王国軍が制圧している。竜達により未明に上空から侵入した王国軍は、魔法の家での兵員輸送もあり圧倒的な戦力で帝国兵を無力化した。
ミュレやハレール老人が作った奴隷解放や敵を無力化する魔道具があるから、戦いは呆気ないほど簡単に終息した。竜達は『解放の竜杖』を、そして魔術師は『解放の杖』、兵士達は『解放の腕輪』と、奴隷となった獣人達を解放する準備は整っており、更に人間から体力を奪う『無力化の竜杖』もあるのだ。
そして今、拘束した帝国人達は、軍の拠点の側にある戦闘奴隷の居住区に押し込めている。牢屋並みの厳重な作りになっている居住区は、彼らを捕らえておくのに最適であったからだ。
とはいえ、全ての帝国人を拘束しているわけではない。抵抗を示したのは軍人や官僚などであり、民衆は王国兵が安全を保証すると言うと、素直に従ったからだ。しかも帝国軍人は例外なく激しい抵抗を示したが、末端の官僚達は比較的素直に降伏してきた。
そのような経緯もあり、明け方ごろには三つの都市は大よそ平穏を取り戻していた。
「メグレンブルクは、どういう統治体制にするのですか?」
メグレンブルク伯爵の館のサロンにいるシノブは、向かいのソファーでのんびりと寛ぐアシャール公爵に問いかけた。
今、シノブの側には、アシャール公爵、ベルレアン伯爵、アミィ、そしてオルムルがいる。
アミィはシノブと並んでソファーに座り、オルムルはシノブの足元で丸くなっている。なお、オルムルは『小竜の腕輪』で大型犬くらいの大きさに変じている。
「当面は国境と同じかな! 王国直轄扱いだね!」
シノブの対面に座ったアシャール公爵は、睡眠不足を感じさせない朗らかな口調でシノブに答えた。
シノブも含め、彼らは交互に仮眠を取ったが、それでも通常の半分も眠ってはいない。しかし、王国の領土が大幅に広がったためか、公爵は普段以上に上機嫌であった。
「そうですか……」
シノブは、アシャール公爵の言葉を聞いて安堵していた。ここも治めろ、などと言われたらどうしようかと案じていたのだ。不安材料がなくなり顔を綻ばせた彼は、従者見習いのパトリックが入れたお茶を、一気に飲み干した。
実は戦いが終結した後に、シェロノワから侍女や従者を連れてきたのだ。シノブの侍従であるヴィル・ルジェールや侍女のリゼットやソニア、従者見習いの少年達などが、魔法の家でここリーベルガウへと急遽派遣されていた。
また帝国から解放した獣人達のうち、家事に長けた者達も彼らと同じく各都市で働いている。帝国の奴隷であった彼らは現地の事情にも詳しいから打って付けである。
「シノブ、国境と同じということは、国境防衛軍の管轄となる。つまり形式上ここを治めるのは、国境防衛軍の最高司令官、東方守護将軍であるシノブだよ」
アシャール公爵の隣では、ベルレアン伯爵が笑っていた。彼はシノブの内心の動きを読み取ったらしい。
「……私がですか?」
シノブは先行きの大変さに眉を顰めた。フライユ伯爵となったばかりなのに、新たな領地を背負い込むのかと思ったのだ。
「当然だよ! まあ、私達が助けるから、安心してくれたまえ!」
「国境防衛軍の管轄とするのは、それもあるんだよ。流石にフライユ伯爵の下に私達が入るわけにはいかないからね」
あくまで上機嫌なアシャール公爵の言葉を、若干苦笑いを浮かべながらベルレアン伯爵が補足する。
ここをフライユ伯爵領としてしまっては、公爵家筆頭であるアシャール公爵やシノブと同格の伯爵であるベルレアン伯爵が、その統治に直接関わることは出来ない。しかし、国境と同じく王国直轄領としておけば、彼らも問題なく関与できるというわけだ。
事実、国境防衛軍の前線司令官であるシーラス・ド・ダラスは軍務卿エチエンヌ侯爵の嫡男であり、その部下も多くは王領の兵士達である。そのため、ここも同様にしておけば、軍人や内政官、そしてそれを束ねる者達も王国全体から呼び寄せることが可能となる。
「ありがとうございます」
二人の意図を理解したシノブは、再び安堵の表情となった。
敵国であったメグレンブルク伯爵領を安定させるには多くの人員が必要であり、いくらなんでもシノブ達だけで統治するのは無理がある。しかし公爵達は、国境防衛軍と同じくシノブ自身はあまり関わらなくても良い体制を考えてくれたらしい。
「礼は不要だよ! 王国の領土は大きく東に広がったし、後方の各領も安全になるのだからね!
しかし、このお茶は良いねぇ……従者君、もう一杯頼むよ!」
笑顔のアシャール公爵だが、やはり眠気は残っていたのだろう。彼は、側に控える従者見習いのレナン・ボドワンに、お茶のお代わりを催促した。
「このお茶は、魔力回復の効果もありますから」
シノブの隣に座っているアミィは、アシャール公爵へと微笑んでいた。
シノブ達が飲んでいるお茶は、魔法の水筒から出したものである。本来は冷茶であるが、一旦ポットに移した後にアミィが火系統の魔術で温めたため、普段より香気が増している。
「ところで、今日はどうするのですか?」
シノブは、将来のことは一旦置くとして、直近のことに話題を転じた。
今、王国軍は都市以外も掌握すべく動き出している。メグレンブルク伯爵領には22の町があり、更に800を超える村々がある。
各町には、50人程度の駐留兵がいるだけであり、竜達が手分けをして回り、王国兵を送り込んで制圧をする。そして、村には奴隷とされた獣人達と監督する数人の軍人がいるから、そちらは先日の救出作戦と同様に『隷属の首輪』を無効化しつつ解放をする。
いずれも解放のための魔道具があるから、シノブが各地に赴く必要はなくなった。そこで、それらについては軍人達に任せることになり、アルノー・ラヴランやその部下の獣人達も含め、各地を手分けして回り始めている。
そして、猫の獣人アルバーノ・イナーリオも、配下の半数近くをリーベルガウに連れて来た。彼らは街の各所に散って、情報収集や監視を行っている。
なお、イヴァールはヨルムと一緒に一旦フライユ伯爵領のアマテール村へと戻っていた。竜の狩場には炎竜のイジェがいるし、ヨルムも定期的に戻って狩場の維持をするらしい。そのため、魔獣を警戒しているドワーフの戦士の一部を前線に連れて来たいようである。
もちろん、ホリィも偵察飛行へと出発している。彼女は竜よりも早く飛行できるし、通常の鷹と同じ大きさなので、気付かれずに接近することも容易である。そこで、各地域を竜達に先行して回っているのだ。
「皆も動き出していますし、私ものんびりとはしていられません」
シノブは、各所に散って行動をしている仲間達の顔を思い浮かべつつ、アシャール公爵とベルレアン伯爵の答えを待つ。
「そうだねぇ。一度、帝国の神殿を見てみたいね!
やっぱり、『排斥された神』がどんな存在か、気になるしね!」
「確かに……帝国人を支配しているのは、皇帝というより背後にいる彼らの神のようですからね。
神官達も、軍人同様に激しく抵抗したそうですし」
リーベルガウにも、当然神殿は存在する。メグレンブルク伯爵の館のすぐ側には、領内で一番大きい神殿があるのだ。
そして、神殿に行きたいというアシャール公爵の言葉に、ベルレアン伯爵も真剣な表情で頷いていた。帝国の謎の神の存在は、やはり伯爵も気になっていたのだろう。
シノブ達は報告を受けただけだが、リーベルガウの大神殿にいた神官達は、取り押さえようとした王国兵に最後まで立ち向かったという。
メリエンヌ王国の神官達は、神々への信仰や知識の継承、そして人々の助けとなる治癒魔術などの研鑽に励んでいるが、攻撃魔術などを学ぶことはない。しかし、メグレンブルク伯爵領の神官達は、岩弾や水弾、そして炎の魔術などを使って戦ったらしい。
もっとも、戦闘に使えるほどの者は少なく、しかも『無力化の竜杖』で激しい疲労状態となったため、長くは続かなかったようである。だが、魔術師である彼らを拘束するのは難しく、多くは王国兵の弓矢や投槍で斃されていた。
「それでは、早速行きましょうか。私も、どんな宗教なのか気になっていました」
「はい! アムテリア様と敵対する神など、許せません!」
早速ソファーから立ったシノブに、アミィも力強く同意する。アムテリアの眷属の天狐族であったアミィにとっては、帝国の神は見逃せない存在であろう。彼女の薄紫色の瞳には強い決意が宿り、頭上の狐耳もピンと立っている。
──シノブさん、お出かけですか?──
夜遅くまで起きていたためか、半分眠っていたらしいオルムルは、シノブが立ち上がったことで目が覚めたようである。彼女は、その首を伸ばしてシノブを見上げている。
「ああ、神殿ってところに行くんだ。オルムルはどうする?」
──もちろん一緒に行きます! 小さくな~れ!──
オルムルが念じると、彼女の体はあっという間に子猫ほどとなる。そして、小さくなったオルムルはその翼を羽ばたかせ、シノブの肩へと飛び移った。
「おおっ! いつ見ても凄いねぇ!
……しかし、シノブ君。その姿は『竜の友』というよりは『竜の父』と言うべきだねぇ」
肩に乗ったオルムルを撫でるシノブを、アシャール公爵は何となく慈しむような表情で見つめている。しかも、それはベルレアン伯爵も同様である。どうも、小さくなったオルムルの愛らしい姿には、人を和ませる何かがあるようだ。
「せめて『竜の兄』くらいにしてください……」
──お兄さま……それも良いかもしれませんね──
シノブは苦笑しつつもオルムルを撫でる手を止めなかった。そして、オルムルはと言えば嬉しそうな思念を発しながらシノブの顔に自身の小さな顔を擦り付けている。
「まあ、父でも兄でも良いではないかね! では、神殿へと出発しよう!
ふっふっふ……帝国の神殿、どんな場所か楽しみだね! 伝説の宝具とか見つからんかねぇ……」
アシャール公爵は、そう宣言すると、律動的な歩みでサロンの入り口へと向かっていく。彼は、一体どんな想像をしているのか、その表情は子供のように興味に満ちたものとなっている。
そんな彼に、シノブやアミィ、ベルレアン伯爵は互いの顔を見合わせて苦笑いをしていた。アシャール公爵が期待するようなものがあるかどうかはわからない。しかし、帝国の謎に迫る何かが見つかるのではないか。シノブもそんな期待を抱きつつ、公爵へと続いていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2015年5月23日17時の更新となります。